M.A.P.的な報告

今日は東長崎の一音会ひびきホールで“どんぐりと山猫”の公演がありました。

大崎の沖縄語を話す会の内田さんが観に来てくださいました。
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内田さんは宮沢賢治作品の人形劇をやっていらっしゃるのだそうです。
そして会場で販売していたセロ弾きのゴーシュのCDを買ってくださいました。感謝!

M.A.P.は、こういうつながりを求めていたのです。だからとってもうれしいのです。
内田さん、ありがとうございました。

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tag: 山猫合奏団  #大崎の沖縄語を話す会 

本家“沖縄語を話す会”の忘年会(まだ執筆途中の記事です)

《2010年12月4日(土)》
今日の富士山。
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お昼の1時から、大崎の本家“沖縄語を話す会”の忘年会にお邪魔しました。
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 ⇒2009年の夏の宴
 ⇒2009年の忘年会

お弁当です。
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沖縄とは全く関係ないお弁当です。いいんです、それで。

上座には長老3名がお座りになられています。
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左の方は「那覇軍港に沈んだふるさと」をお書きになった一坪反戦地主会関東ブロック代表(現在は顧問かも)の上原成信さん、平和運動家ならそのお名前を知らない人はいないという方です。(残念ながら僕は平和運動家ではないので、大崎でお会いするまで存じ上げませんでしたが。)右の方は野村琉古典音楽保存会の師範、仲宗根善久先生です。(只今秘かにミステリー進行中?)

上座で思い出しました。おきなわおーでぃおぶっくのカクテル・パーティーのページで、書こう書こうと思っていながら、一年以上もほったらかしになっていたことがありました。それを急遽書いてアップしました。
 ⇒大城立裕「カクテル・パーティー」の“後来坐上”の場面について

しかし、本当の長老は……
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(以下暫定虫食い状態です。後日更新します。)

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本日、大槻紀子さんは欠席でしたが……
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今日は沖縄芸能フェスティバル2010のリハーサルがあって、善久先生は途中でお帰りです。
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それでも予定よりかなり時間オーバー、大丈夫なのかなとちょっと心配しましたが、そこはきっと沖縄タイムでクリアなのでしょう。
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tag: こんな人あんな人_沖縄関連の人.大槻紀子  #とみ久さん  #大崎の沖縄語を話す会  #鈴木修  #炭屋由美子さん  沖縄_沖縄の人.金城驍  #富士山  沖縄_沖縄の人.仲宗根善久  沖縄_沖縄の人.上原成信 

大崎“沖縄語を話す会”2009年忘年会

今日は大崎の“沖縄語を話す会”の忘年会です。
会報の第13号が配られました。
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今年7月の夏の宴の写真が掲載されていました。
「事務局から」というあとがきで、國吉眞正さんが私たちM.A.P.のことを紹介してくださいました。
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その他にも、最近の沖縄語を話す会の活動実績(その中には我々が國吉さんと同行した沖縄国際大学の西岡ゼミのこともありました)や、國吉さんが作られた小冊子「沖縄のわらべうた」など。
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これはうれしいなあ。

そしていよいよ……

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tag: 沖縄_沖縄芸能.三線  #大崎の沖縄語を話す会  西武門もみ子 

“沖縄語を話す会”喜多見分室

午前中は代田橋で無伴奏デクノボー奏鳴曲の稽古。
そして……
第一第三土曜日は大崎の“沖縄語を話す会”

今M.A.P.の事務所で育てているゴーヤーは、もともと“沖縄語を話す会”の夏の宴でいただいた苗。その苗からこんな立派な(?)ゴーヤーが出来ましたという御報告と御礼のため、一本収穫して持っていきました。
 ⇒夏の宴の記事
 ⇒頂いた時の苗

黒糖と一緒に、お別れの記念撮影。
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さて、本日の会話のお勉強は接尾語「しが」

わんねー、うちなーんちゅやいびーしが、うちなーぐちぇー、じょーじぇーあいびらん。ならいぶさいびーしが、ちゃーさらーましやいびーがやー。

前回の“沖縄語を話す会”の時の記事に、重要な告知は後日などと書きながら、まだ告知していなかったことを……
 ⇒前回の“沖縄語を話す会”の時の記事
ようやく本日告知いたします。

この度、國吉眞正さんの御協力を得て……
喜多見近辺で“沖縄語を話す会”分教室を開くことにいたしました。

國吉眞正氏のお写真再掲。
國吉眞正さん

日時や会場などの詳細は、お仲間が何人か集まった段階で、皆さんのご都合を考慮しながら決定しようと考えています。
興味のある方、ウチナーンチュかナイチャーか、そんな区別は一切いたしませんので、是非ともご一報ください。
 ⇒問い合わせフォーム

また、9/26の記事「ずっとウチナーグチを学んでいくために」で、ちょっと触れましたが、沖縄の那覇においても、同様の教室開催を模索してまいります。
 ⇒「ずっとウチナーグチを学んでいくために」

さあ、おもしろくなってきたぞ!

tag: 沖縄_うちなーぐち.  #國吉眞正  喜多見_ゆんたくの会  ゴーヤー栽培記.2009年  #大崎の沖縄語を話す会 

いわゆる「沖縄の3母音」について再び

いわゆる「沖縄の3母音」について、今まで時々書いてきました。何度も言いますが、沖縄語には[a]と[i]と[u]の3母音しかないというのは間違いです。それについては特に下記の記事をお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/au-oo-uu…

今日は、「沖縄の3母音」というステレオタイプっぽい通説の問題点についてお話したいと思います。

確かにウチナーグチには、[e]と[o]の短母音は極めて少ないということは事実です。また沖縄の言葉が、3母音化という歴史を経てきたことも間違いなさそうです。
ただ、いつごろどのように3母音化が起こったのかは、以前にも書きましたが、正確には分かりません。こうした言語の3母音化という現象は、世界的、歴史的にみて珍しいことではないのですが、日本国の場合、一方に3母音化することのなかった「標準語」というものが存在しているために、それとの比較で、ウチナーグチは日本語の[e]と[o]が、それぞれ[i]と[u]に「訛(なま)った」のだというような印象を生んでいるようです。常に「標準語」を基準にして考えるという発想が、「沖縄は3母音」で、極端な場合は[e]と[i]が欠落したというような思い込みを許している側面もあるのではないのかと思うのです。

長母音を考慮すれば、沖縄語には[e]も[o]も普通にあります。これは、いったん3母音化した後に、その空いた[e]と[o]の席に、別のところから別の音が変化して入ってきたということのようです。
(短母音の[e]と[o]も、その数は極めて少ないが存在します。)

さらに沖縄語の母音は、実は「3母音」どころではなく、声門破裂音などの半母音まで考えれば、日本語より遥かに複雑なのです。日本語を使っている我々が、そうした音を聞き分けることは不可能です。なぜならば聞き分ける必要がないから。(その理由については以前の記事「沖縄語の音韻講座プロローグ」をお読みください。)だから我々は、日本語と比較して、沖縄語に不足しているものしか見ないし、見えないのです。日本語の岸から、対岸の沖縄語を眺めている限り、日本語の方に不足しているものの方は、なかなか見えてきません。ところが対岸に渡って沖縄語を身近に触れたとき、はじめてウチナーグチの音韻の豊富さを知ることができ、むしろ「日本語」が「不足」しているのだということを知るのです。
(具体的な事例については、ウチナーグチ音韻講座などで、おいおいお伝えしていきたいと思っています。)

「沖縄語は3母音」なのではなく、「3母音化」を経験した言語であるということは確かで、そしてそれが、ウチナーグチの「色あい」に大きく影響していることも事実です。しかし、それがあたかも沖縄語が日本語に較べて音の種類が少ないというような印象を生む原因になっているとしたら、それは間違いです。実は逆で、何度も言いますが、音韻に関しては、沖縄語のほうが、はるかに「標準語」よりも豊かなのです。
どうか過去の記事も、併せてお読みくだされば幸いです。
(余談ですが、世界の言語を見渡すと、日本語は極めて音韻の少ない言語だということが分かります。しかし、音韻が多いのと少ないのと、どちらが優れた言語かということは、一概に言えるものではありません。そのことはいずれまた。)

例えばです。「言葉(ことば)」という単語は、沖縄では「くとぅば」と言いますが、これはいつからそうなのでしょうか。古来沖縄に「ことば」という単語があって、それが3母音化して「くとぅば」という発音に変わっていったのでしょうか。あるいは、既に短母音が3母音的であるという沖縄の音韻体系が確立された後に、「ことば」という単語が外来語として入ってきて、それが沖縄の音韻体系にはめ込められたことによって「くとぅば」と変化したのでしょうか。
しかし、それはどうでもいいことだといえるのかもしれません。「くとぅば」という言葉が、その出自を辿れないほどにも昔から、沖縄で「くとぅば」と発音されて使われていたのならば、それはもう沖縄語なのです。「ことば」が「くとぅば」に変わったというをことさらに主張するとするならば、その基底には、日本語が沖縄語の上位言語であるという認識が隠されているのかもしれません。
「ことば」と「くとぅば」は、同等な言語の、それぞれ別の単語であっていいのです。

そこで、僕は船津好明さんに、次のような質問をしてみました。
「元来沖縄にはなかった言葉をウチナーグチを喋る中で使おうとするとき、たとえば『パソコン』は『パスクン』と言うべきなのでしょうか」
それに対する船津さんのお答えは、結論から言うと、「パソコン」は「パソコン」のママでいいのではないかということでした。仮に[e]は[i]に、[o]は[u]に言い替えて発音するということを許してしまうと、例えば「猫」ですが、沖縄では「マヤー」という別の言葉があるのに、それを使わずに「ねこ」を「にく」といって済ましてしまうというような現象が起こり始めて、残すべきウチナーグチが失われていきかねない、それは避けなければという理由をあげていらっしゃいました。

この日は、船津さんと國吉さんと、帰りの電車でも、話は尽きることがなかったのでした。
ちょっと長くなったので、重要な告知は後日にしましょうね。

それから【補足】ですが……
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tag: 沖縄_うちなーぐち.「三母音」  沖縄_うちなーぐち.【うちなーぐち講座】  #大崎の沖縄語を話す会 

久々の“沖縄語を話す会”うちなーぐち講座《5》【形容詞の否定】【新沖縄文字】

“沖縄語を話す会”の今日の課題は形容詞の否定。
「暑い」=「暑(あち)さん」/「暑くはない」=「暑(あち)こーねん」
「遠い」=「遠(とぅー)さん」/「遠くはない」=「遠(とぅー)こーねん」
「旨い」=「旨(まー)さん」/「旨くはない」=「旨(まー)こーねん」
(ちなみに「まずい」は「にーさん」と言います。)
さて、全てこのパターンでいいのかというと、そうはいかないところがミソなのです。
「淋しい」=「淋(さびっ)さん」/「淋しくない」=「淋(さび)こーねん」
「珍しい」=「珍(みじら)さん」/「珍しくない」=「珍こーねん」
「忙しい」=「忙(いちゅな)さん」/「忙(いちゅな)こーねん」
この「」が入るかどうかに、ルールはありません。まあおおむねヤマトグチで「〜しい」という言葉の場合に「」が入るという傾向があるにはあるようですが、だからといってそれが全てに通用するわけでもないとのこと。例えば、「恐ろしくない」などは「恐(うとぅる)こーねん」でも「恐(うとぅる)こーねん」でもいいらしい。
また「香ばしい」=「香(かば)しい」の場合は「香ばしくはない」=「香(かば)こーねん」で、「」は入りません。
まあ、考えてみれば、日本語も、なんで「美しい」といって「美(うつく)い」と言わないのかなんて聞かれても答えられません。それと同じことですよね。要するに憶えるしかないということです。

さてこうしたお勉強が終ると、今度は「昔物語(んかしむぬがたい)」をみんなで読むのです。
今日のテキストはこれでした。
宮古の来間島のお話「来間(くりま)ぬ祭(まち)りぬ始まい」
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あれ、よく見ると、見慣れない字が。そうなんです。これが船津好明さんが考案された新沖縄文字です。
この文字を使ってブログに文章を書いたり、ワードやメールなどでも使いたいと思えば外字登録をすればいいわけです。
それが入っているのがこのフロッピーです。
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関連記事を読む
(この個々の沖縄文字については、今ちょっと時間が無くて執筆中断している「ウチナーグチの音韻講座」の中で、順次ご紹介していこうと考えています。もし、今すぐに知りたいという方は、下記のサイトへどうぞ。)
沖縄語教育支援文庫
沖縄語を話す会のホームページ

でも、この外字を使ってブログでを書いても、あるいはメールを送っても、読み手や受け手のパソコンにも同じ外字登録指定していなければダメです。
では、ちょっと実験してみましょう。「遠さん」の「とぅーさん」を沖縄文字を使ってブログに書いてみますね。
「?ーさん」
いかがでしょうか、きっと皆さんのPCに外字登録がされていなければ「・ーさん」とか「□ーさん」とか表示されていることだろうと思います。
でも、こちらのPCではこんなふうに見えているのです。

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もし、この外字データご所望の方がいらっしゃいましたならば、問い合わせフォームなどから御連絡ください。
「新沖縄文字の輪」が拡がってくれば、サークル専用ページを作るのも、きっと楽しそうですね。

沖縄語を話す会は、通常16:00で終わりですが、この日は皆さんがお帰りになったあと、國吉眞正さんと船津好明さんと、なんと19:00まで話し込んでしまったのでした。

その話は、また別の記事で。

tag: 宮古  沖縄_うちなーぐち.【うちなーぐち講座】  沖縄_うちなーぐち.新沖縄文字  #大崎の沖縄語を話す会 

前原弘道さんと“きじむなあ物語”

“沖縄語を話す会”へ。
琉球舞踊教室のチラシを國吉眞正さんに渡した。
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そしたら國吉先生……
「これは、今の宇夫方さんじゃあないですよね。えへへへ…」
……だって。
うほほほ…。

“沖縄語を話す会”には、いろいろな方がいらっしゃいます。特に理由があるわけではないのですが、何をしていらっしゃる方なのかは、あまり聞きません。それだけ、言葉というものの魅力が大きいという事なのかもしれません。“くとぅば”があればそれだけで十分。
実は船津好明さんは数学者です。でもそんなこと、皆さんもう何年もお付き合いがあるのに知らない。それがいいのです。だから、僕だけちょっと不純みたいな気がして、そんなふうに思っている方なんかいないのでしょうが、ちょっと落ち着かないこともあるのです。

でも今日は、やはり“沖縄語を話す会”のメンバーでいらっしゃる前原弘道さんが朗読会の案内を出された、だから僕も、スッとチラシを出すことができたのです。

では、前原弘道さんのご紹介です。
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那覇出身の俳優さんです。「東演」の研究所、「民衆舞台」等を経て「山本安英の会」に参加。つまり、久米明さんの後輩、「夕鶴」や「子午線の祀り」などの舞台にも立っていらっしゃいます。
1933年から、「郷土の詩人・山之口獏を詩う」などの朗読公演を始められました。
2008年にはNHKの大河ドラマ「篤姫」にも御出演されました。

この前原弘道さんが10年間御指導されている朗読会「道」の10周年記念公演の“きじむなあ物語”の御案内です。

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“きじむなあ物語”は亡くなられた船越義彰さんの代表作ですね。
船越義彰さんの関連記事

日時:2009年11月10日(火)19:00開演
場所:沖縄県浦添市てだこホール
料金:前売り2500円

ちらしに、前原さんは次のように書かれています。
「“きじむなあ物語”を沖縄で初演したのは1995年であった。その頃、沖縄には未だ舞台で朗読をする人もできる人もほとんどいなかった。それで初演の時は東京から女優さんを連れて行って朗読を手伝って貰うしかなかった。
ところが、沖縄でも舞台朗読のできるグループが育っていてくれた。それで今回はヤマトンチュのきじむなあではなく、本場沖縄生まれのきじむなあたちが登場してくれることになった。
“きじむなあ物語”にはウチナーグチ、ウチナーヤマトグチ、ヤマトグチ、英語と多彩なことばの群れがとび出してきます。朗読会“道”のみなさんが、どのように楽しく表現してくれるか・・・私も今からチムドンドンしているところです。」(抜粋)

ああ。観たいなあ、でも11月前半の沖縄じゃあ、ちょっと無理かなあ。

さて、沖縄語を話す会のハナシはまだ終りません。
続く……

tag: #大崎の沖縄語を話す会 

カバンにいっぱい詰め込んで

月に2回の“沖縄語を話す会”に、今日もお邪魔しました。
國吉眞正さんと船津好明さんから、とてもたくさんの貴重なものを頂いたりお預かりしたり。
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ひとつひとつについて、お話したいことがたくさんあるのですが、相変わらずやらなければならないことが山積みで、すぐにご報告というわけにはいきそうにありません。
落ち着いて、
ウチナーグチ講座のように、ぼちぼちとご披露していこうと思っています。

たくさんのお土産は「お宝」でもあり「宿題」でもあり、それらをカバンいっぱいに詰め込んで、大崎から吉祥寺に向かいます。

吉祥寺は、今、沖縄の町といってもいいほど、沖縄の方たちが多く住んでいたり、沖縄の居酒屋がたくさんあったりするらしいのですが、でも今日は時間が無いので、街をゆっくり見る暇も無く、まっすぐに前進座劇場へ。

急ぎ足。自然と斉藤哲夫の懐かしき歌を、心の中で口ずさんでいます。
♪きちじょーじからー みなみへおりてー…
♪ちきちきちーきちじょーじー、ちきちきちーきち きちきちきちじょーじー……

※オリジナル音源はyouTubeから削除されてしまった…

※そこで、ライブ版を見つけてきた。
 テンポもゆっくりで、ちょっと違うけれど我慢しよう…(2017年2月24日)



劇団コーロ。“ハンナのかばん”
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ユダヤ人少女ハンナ・ブレイディのかばんには、ホロコーストの真実が詰まっている。
ユダヤをめぐる現況は、そう単純ではありません。でも、「今、何故ホロコーストなのか」、そんなありがちな質問をする気もありません。ただ、歴史に学ぶことが、対立を持続するためにあるのだったら、歴史など忘れ去ってしまったほうがいい。

僕は、島尾敏雄氏が1972年に書いた「大城立裕氏芥川賞受賞の事」という文章の一節を思い出していました。
(1972年ということは、斉藤哲夫「吉祥寺」の前年ですね…)

「彼(大城立裕)の目がひとつではなく、いわば複眼の構造を持っているということだ。小説の表現の世界で期待できるのは、この複眼の構造ではないだろうか。(中略)つまり『カクテル・パーティー』に登場するそれぞれの人物は、それぞれが被害者であると同時に加害者でもある条件を背負っている。作者が、そのところに目を据えている姿勢を、私ははっきりと読みとり、そのことに読後の充実を味わうことができた」

今ユダヤの人々は、ホロコーストの経験を、未来へ向けて、どのような精神的遺産として位置づけていこうとしているのでしょうか。
そして“ハンナのかばん”を演じる俳優の皆さんたちは、ハンナのかばんの中身に、どのような関心を寄せているのでしょうか。さらには、それはどれほど切実な関心なのでしょうか。できることならば、この舞台が終った後も、ずっともち続ける関心であって欲しいと願うのですが、しかし役者とは因果なもので、次々と新しい興味に乗り換えることができなければ、どうもやっていけない職業でもあるようです。

島尾敏雄氏は、さらにこう述べています。

「(大城立裕氏が)『沖縄のもっている荷の重さ」と書いた琉球弧を、文学的な複眼の構造で見た場合、それは言い知れぬ豊饒な母体として写ってくるのを私は払いのけることができない。しかし(中略)その母体を享受することのできる者が、限られていることも、どうしようもないことに思う。でも大城氏の場合は明らかにそれを手に入れている。琉球弧は内発的な表現力を生み出す母体として彼の前に横たわっている。彼はただ手をのばしてつかみとりさえすればいいのだ。
私は琉球弧の中の奄美に十二年も住んできたが、その条件が私の内面にわかちがたくはたらくところまで、まだたどりつけないでいる。ひとつのかすかなのぞみは、奄美の土着の世界への尽きない関心を失っていないことだ。」


劇中、白石准が生演奏でピアノを弾いたのです。そのことを語ろうと思っていたのですが、それを語るならもっと適任の方々がいるように思うので、僕は遠慮することにしましょう。
http://juninho.blog…

終演後の、御主人様が去ったあとのピアノ…
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朝から何も食べていなかったので、有名な“いせや”へ。
劇団あとむの面々。
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楠さんと、織田さんと、大女優改め天才の…
やーめた、また名前変わるかもしれないから、今度会ったとき名前変わってなかったら紹介するね、今ちゃん。

(ちなみに、youTubeの斉藤哲夫「吉祥寺」に“いせや”が出てきます。)

tag: 白石准  楠定憲  ユダヤとイスラエル  大城立裕  斉藤哲夫  #大崎の沖縄語を話す会 

“沖縄語を話す会”夏の宴【沖縄の“乾杯”は“かりー”なのか】

ウチナーグチの勉強は小休止。
大崎の沖縄語を話す会、その“夏の宴”です。
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何人かの方の御挨拶やお話は、もちろん全てウチナーグチです。
我々の理解度は…
 國吉眞正さんの主宰者挨拶:高山10%、宇夫方10%
 船津好明さんの柳宗悦に関する話:高山90%、宇夫方10%
 Yさんの御挨拶:高山3%、宇夫方10%
 演芸大会の沖縄芝居のせりふ:高山0%、宇夫方0%
 雑談:高山93%、宇夫方95%
  (時々顔を出すウチナーグチが分からない)
 乾杯の音頭(かりー):高山0%、宇夫方100%
  (要するに知っていたかどうかの違い)


でも、この「かりー」、昭和38年に国立国語研究所が出した「沖縄語辞典」には載っていませんし、「乾杯」という意味のウチナーグチ自体が、この辞典には全く見当たりません。

比嘉光龍さんは、琉球新報の『光龍ぬアハー!うちなぁぐち』というコラムで、次のように書いています。
「『嘉例(かりー)』は日本語の『かれい』から来ているらしく、意味は広辞苑に『めでたい先例』だとある。」
「これが乾杯の意味で使われだしたのはどうやら戦後のようで、うちなぁの経済界の有志たちがはやらせたようだ。」
「うちなぁぐちには『乾杯』に当たる言葉がなかったようだ。」


なるほど、してみると、やっぱり「うちなーぐち」と「うちなーやまとぐち」の線引きは、なかなか難しいですね。

するとまた、日本における乾杯の起源が知りたくなりました。
取り敢えず、こんなサイトを見つけました。
http://www.uraken.net/zatsugaku…
真偽のほどは、各自でお調べくださいませ。

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tag: 沖縄_沖縄の人.比嘉光龍  #大崎の沖縄語を話す会  沖縄_うちなーぐち.  ゴーヤー栽培記.2009年  沖縄_沖縄芸能.琉球舞踊.加那よー 

今日の報告のプロローグ【うちなーぐち講座《2》の1】

沖縄語を話す会に、またまたお邪魔しました。

今日の日のご報告をする前に、前回の宿題から片付けましょう。
(⇒前回の記事を是非とも読んでください。

まずは日本語の「〜へ」「〜に」の違いから。
簡単にいってしまえば、「〜へ」は方向を表し、「〜に」は点を表すというような違いがあるようです。
訪れるその場所に、何か明確な目的がある場合は、「〜に」を使う。「役所行く」と「役所行く」とを比べると、確かに「役所行く」の方が、印鑑証明を取りにいくというような、何か明確な用事がある印象がありますね。
逆に、失った恋の思い出から逃れるための北国の旅(近頃あまり聞きませんが)は、「北行く」よりも「北行く」と言った方がよく似合います。それは、「〜に」だと、なんだかはっきりした目的があるみたいで、あてのない放浪の寂しい感じがあんまりしないからでしょう。
ちゃんと授業に出席する(そんなこと滅多にありませんでしたが)つもりの時は、「学校行ってくる」と、堂々と母親に告げて家を出ましたが、ハナっから学校の近くの喫茶店や雀荘に引っかかることがわかっている場合は、根が正直な僕は、無意識のうちに「学校行ってくる」と、小声で呟いていたような記憶があります。(つまりいつもそうだった。)
とはいうものの、大概の場合、「〜へ」「〜に」に置き替え可能です。「〜へ」は、方向を示す時など限定的にしか使われませんが、「〜に」は、かなり広義に使われ、単に方向を示す場合に使ったとしても間違いでなさそうです。

『広辞苑』には次のように書かれています。
「え(へ)」:(1)移動の意味をもつ用言に対し、動作・作用の進行するその目的の所在の方向を示す。…の方に。…に向かって。
(2と3は今日のはなしとは直接関係ないので省略。)
「に」:(1・格助詞)存在し、動作し、作用する点を、時間的・空間的・心理的に「そこ」と指定するのが原義で、時・所・対象・目的・原因・結果・状態・手段・資格・よりどころなどを指定する。(1は時間に関するものなので省略)(2)所・方角を指定する。(3から6まで省略)(7)目的を指定する。(8から14、及び「接続助詞」と「終助詞」の記述も省略。)

さて、では本題に移りましょう。

先日おきなわ堂で購入した沖縄語辞典より引用します。
「-kai」(〜かい):(助)。目的地を示し場所を表す語につく。
「-Nkai」(〜んかい):(助)
「-nakai」(〜なかい):(助)のなかに。存在する場所を表す。
極めて簡単な記述です。しかし、日本語の「〜へ」「〜に」を理解したうえで、じっくり考えていたら、もうちょっと詳しい説明は必要なのではないかと思えてきたのです。

日本語の「〜に」には、先にご説明したように、多分に「〜へ」という意味も含まれています。それを踏まえたうえで、沖縄語辞典の「〜かい」「〜んかい」の項目の説明を読み直してみました。
「〜かい」の項にある日本語訳の「に」ですが、それは日本語の「に」に含まれる広義の意味のうち、「〜へ」的な意味だけを表しているのではないかと思われるのです。ちなみに、「〜かい」の項目の中で例文として採用されているのは、全て「〜行く」といった、方向をきっちり表す文章ばかりです。
一方、「〜んかい」の項の「に」の方ですが、今度は逆に、日本語の「に」が意味する全範囲から、「〜へ」という意味を除外した、若干狭い意味に限定されているように思われます。
「〜んかい」の項の例文は次の通りです。
「木に登る」「親に言う」「先生に差し上げる」「先生に習う」「兄に叱られる」「仕事に熱中する」
つまり、「北に行く」的な、「へ」に置き換えられる、方向を示すような例文はひとつもないのです。
「〜なかい」は少し難しい。沖縄語辞典の例文の日本語訳をご紹介しますので、イメージでお考えくださいませ。「首里あったはなし」「どこもない」「あっち海が見える」「あの道お化けが出た」)

國吉眞正さんのお話によると、本来「〜かい」というべきところを、最近はみんな「〜んかい」で済ますようになってきたとのこと。國吉さんは、致し方ない変化かもしれないと、この件については寛容でいらっしゃいます。
しかし、日本語の「〜へ」「〜に」の意味を考えたうえで、「〜んかい」「〜かい」の区別がなくなっていくというこの現象を考えてみた時、僕はひとつの仮説にたどり着きました。
もしかすると、日本語の広義な「〜に」が沖縄へ入ってきて、その結果、直訳的に「〜に」「〜んかい」となってしまって、本来「〜へ」の意味のなかった「〜んかい」に、「〜に」に含まれる「〜へ」の意味が付与されることとなり、そしてその結果、「〜かい」というべきところも全て「〜んかい」で言い表すようになってきたのではないか、ということなのです。
これも、比嘉光龍さんから教えていただいた、「ミクストランゲージ」の一種ではないだろうか。だとすれば、「〜んかい」の乱用は、看過できないものなのではないか……
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
このことについては、いずれ光龍さんの意見も聞いて、「ミクストランゲージ」の詳しい説明とともに、またここでご紹介したいと思います。

ちょっと前置きが長くなりました。その上、だいぶ難しい話になってしまいましたので、ここでちょっと小休止。この後は次の記事にて。

この日の次の記事を読む

tag: 沖縄_うちなーぐち.【うちなーぐち講座】  #大崎の沖縄語を話す会