東電の下請け作業員

東日本大震災から25日目……

地震以来、当ブログへのアクセス数が半分になった。東北地方からのアクセスは、ほとんどなくなった。

地震の前、僕は原発の記事を二つほどアップしていた。
 ⇒《電力中央研究所の中に原子炉がある(?)という噂》(2011/1/15)
 ⇒《日立と旧武蔵工大にあった原子炉のこと》(2011/2/3)
これらの記事を、いったいどのくらいの方が読んでくださったのだろう。被災された方々の中にも、もしかしたらお読みくださった方がいるのかもしれない。今読み返してみれば、なんともぼんやりした記事である。僕はいったい、どうしちまっていたんだろう。
2/3の「日立と旧武蔵工大~」の記事では、僕は原発で働く下請け作業員のハナシを、ひとつの「都市伝説」であるかのように紹介したのだ。真実に違いないと思っていたにもかかわらずである。「都市伝説」なんて言葉を使ってしてしまえば、きっと誰も耳を貸さない。僕は、いったい何に拘っていたのか。

また日高さんからメールが届いた。

山谷の食堂が閉鎖される前(閉鎖は1996年3月で私は93年1月から専従していました)のことです。福島原発の老朽炉をリニューアルする作業に従事して、放射能被曝で体調を崩して怖くなり飯場から逃げ出してきた日雇い労働者の話を聞く集会がありました。そこで驚くべき非人間的な労働現場の実体を知りました。
原発の燃料棒を抜きとった原子炉隔壁容器の中に、彼ら日本のホームレス労働者100人と、アメリカから黒人のホームレス労働者100人を、10~15人ずつ3分交代で入れて、原子炉内部の壁に分厚くこびりついたカス状の放射能酸化物を雑巾で拭き取らせるという話でした。
アメリカではロボットにさせる作業だが、コストを減らす目的から、身寄りがなく、誰からも文句を言われる恐れがなく、使い捨てにできる日米のホームレスを、簡単な短時間の仕事で高額報酬を払うという約束でかき集め、福島原発をはじめとする各地の過酷な環境現場で働かせていたという話。
手配師は暴力団系で、「60歳以下で住所不定の、家族との関係が切れて友人知人もいない孤立したホームレス」という条件で人を集め、飯場では逃げないように、監視役の暴力団員が大勢事務所にたむろしていたらしい。彼らには毎日現金が支払われたが、食費、宿泊費、入浴費、洗濯などの費用を徴収され、手元にはタバコ銭ほどしか残らなかったというのです。
原子炉容器は、隠語で「シュラウド」と言われていたそうです。調べてみると「シュラウド」とは「死装束」や「京帷子」を意味する"shroud” だと分かりました。
福島原発の原子炉の製造元はアメリカのジェネラルエレクトリック社(GE)ですが、GEから始まった俗称を東電もそのまま使ったのでしょう。使い捨て人夫としてかき集められた日米のホームレスたちは、放射能被曝で遠からず死ぬ運命にさらされたわけで、彼らは生きたまま京帷子(原子炉)を着せられたのです。
私の記憶ですと、福島原発から始めて、その後全国の他の原発でもホームレスを動員して同じ作業をする予定だと聞いたように思います。


日高さんの話について、僕は原発の作業現場など実際に見たわけでもないので、真偽はまったくわからないと申し上げるしかない。
日高さんは沖縄語を話す会のメンバーで、とても穏やかな紳士である。でも、時々広瀬隆氏の資料などを持ってきて配ったりする。山谷で行われた集会も、藤田祐幸氏のキャンペーンだったようだ。広瀬氏も藤田氏も、「~のデマ」とネット検索すれば、彼等を詐欺師だと断じるような記事がたくさんヒットする。
日高さんが嘘を言うとは考えられない。しかし、藤田祐幸氏がやらせのイベントをやった、あるいは話をした作業員が何らかの理由で嘘を語っていたという可能性をまったく否定できるものでもない。だから、後はどうかご自分で判断していただきたい。

ああ、僕はまだ何かに拘っている。

朝日新聞の、3月26日の記事。
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それは、次のように結ばれている。
「東電は今後、放射線量が高く変化する可能性がある場所で作業する場合、事前に放射線管理計画を提出させた上で、社員が作業員に同行する。」
この記事を注意深く読めば、東電という会社が、かつてそんなとんでもないことをやっていたとしても、ちっとも不思議ではないと感じる。

それから3月29日の記事では、作業員の話がいくつか紹介されている。
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「給料は日給制で、1日1万数千円。『俺らは東電から仕事を受注した元請け企業から仕事をもらう立場。今回の状況であいつらは来なかったと思われたら、その後の仕事はどうなると思う?』」
「東電の孫請け会社に勤める、第一原発の近くで生まれ育った40代男性は、避難所で会社からの呼び出しを待つ。『ここは原発以外に働くところがないから』」


2/3日のコメントで紹介した動画を、あらためてここに貼り付けてみることにする。
“隠された被曝労働~日本の原発労働者~”
1995年、イギリスで放映されてTV番組である。


2・3・4は続きにて…

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tag: #日高さん 

あくまでも僕個人の感覚です

《4月2日(土)-1》
東日本大震災から22日目……

【この日呟いたこと】

11:17
八百長相撲と福島原発の記者会見。妙に重なる。「八百長なんかやってない」と「嘘は言ってない」。もし「八百長やって何が悪い」「嘘も言わねばならぬ時がある」って本音を言ったら、いったいどうなるんだろう。

12:05
例えば首都圏で今放射能を浴びている人の30%が10年後死ぬというのが真実だとして、それを知り、かつ日本を動かせる立場にいる人間はいったいどういう選択をするだろう。真実を公表すれば日本国は機能を失う。安全だと言い続ければ細胞(人間)を入れ替えながらも日本という「入れ物」は生き続ける。続く……

12:25
つまり、東電や政府や保安院の発表には明らかな隠蔽がたくさんあるのに、能天気に暮らしている人々を見ていると、そういうことがあってもおかしくはないと思ってしまう。できれば嫌なことは忘れていたいという人間の性を知り尽くしているからこそ言える大本営の見え透いた嘘。

12:53
池田信夫氏が「地震で分譲マンションがパーになるリスクは大きい。だから私は賃貸」と呟いていたので、「原発と自分の家選びと言ってること逆じゃないか」と素朴に疑問を返信したら、途端にブロックされ今までのリツイートも全て消え去った。呆れている。

14:09
原発に関して二項対立の概念を持ち出すことに違和感がある。一見、推進か反対かという単純な二者択一的思考を止揚しているように見えるが、根源的な哲学が不在。池田信夫はただの経済学を振りかざして人々を傲慢に見下しているが、人間はもっと高度な概念によって生きていると僕は信じている。



腎臓ガンの再発防止の定期健診、レントゲンのことについて書いた記事を、どうかお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/koukai…(キーワードは「後悔しないこと」)

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tag: 井上真喜  #日高さん  311 

日高さんが来ただけのことなのに……

久方ぶりに日高さんが“喜多見で沖縄語を話す会”にやってきました!
……という記事を書こうと思ったのですが、M.A.P.沖縄関連教室合同新年会のことをまだアップしていなかったので、まずはその記事を先に書きました。
 ⇒「M.A.P.の沖縄サークル合同新年会」の記事

それから、日高さんから届いていたレポートが二つばかりあったので、それも先に御紹介しておかなければと思ったのです。

まずは【ネオニコチノイド】のこと。
でも、これについては添加物を使っていないというセブンイレブンのお弁当のことと一緒に記事にしたかったので、まず「セブンイレブンの社長に会ったぞ」という記事を、さらに先に書くことにしました。
というわけで……
 ⇒《同窓会でセブンイレブンの社長に会った》
 ⇒【ネオニコチノイド】のこと

日高さんのもうひとつのレポートは川崎市にあった【原発】の話し。
こっちはもっと大変です。この原発がかつての多摩の横山の範囲にあったのと、狛江市の“鳥研”の前にある電力中央研究所の中にも原発があったとかなかったとかで、まずもって川崎市民劇の暫定記事と“鳥研”の暫定記事を仕上げなければなりません。
というわけで……
 ⇒「2011年初“鳥研”」の記事
 ⇒「電研のこと」と「狛江市のカテゴリ」の記事
 ⇒市民劇《省エネ化した言葉から言霊が消えていく》
 ⇒市民劇《広福寺から桝形山を歩く》
 ⇒市民劇《異界と交信する琵琶法師》
 ⇒市民劇《稲毛の今昔物語》多摩の横山に【原発】があったという話

これでやっとこの日の日高さんについて書けるようになりました。
というわけで……

日高さんが“沖縄語を話す会”にやってきました!
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まるで、ヘリコプターから降って来たようないでたちです。
“沖縄語を話す会”でどんな勉強をしたかについては、専用ブログをご覧ください。
 ⇒「第25回ゆんたくぬくゎい(喜多見で沖縄語を話す会)」

たったこれだけのことを書くために、どんだけ手間取ったのでしょうか。

M.A.P.after5はいくつもの連載記事で成り立っているのです。
めんどくせえブログ。

【追伸】
狛江の「中央公民館のつどい」では、“沖縄語を話す会”のメンバーが、ウチナーグチで司会をします。

http://www.facebook.com/kumaso.hidaka

tag: #日高さん   

稲毛の今昔物語《日立と旧武蔵工大にあった原子炉のこと》

枡形山からここが見えたのだから、ここから枡形山が見えるはず。
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おん……?
ズーム。
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見えた!
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しかし、相変わらず多摩の横山は、開発の波にさらされているんだね。
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確か神野美奈実さんはこの辺りに住んでいるんじゃなかったっけ。

少し話しが逸れるのだけれど、でも多摩の横山の範囲のこと。
【ネオニコチノイドのこと】に続けて、日高さんの昨年夏のレポート。
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川崎市麻生区と横浜市青葉区の境に原子炉が2基あります。今日、その辺りを見てきました。

付近は、かつて大規模に開発された分譲宅地であったらしく、小綺麗な個人住宅が並んでいました。
原子炉は、一見手つかずの自然であるかのような鬱蒼と繁った樹木に覆われていて、みごとに目隠しされていました。
枝の重なりが少し薄めの場所では、日立の建屋らしき建築物の輪郭が見えましたが、携帯でとらえた建物は煙突風の塔屋のみでした。
塔屋を写した私の背後は丘陵地でして、東側約3kmに東急田園都市線が走り、たまプラーザ駅やあざみの駅があります。

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直線道路の突き当たりの「森」が、旧武蔵工大の王禅寺キャンパスです。
※武蔵工大は今春から「東京都市大学」へ名称変更になりました。
「武蔵工業大学の研究用原子炉の廃炉が決定」という記事を見つけました。

 ⇒kawasakiseisou/news…
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なぜ今頃になって日高さんのレポートをお知らせしたのか、鳥研で原発のハナシを聞いたから。
原発の掃除は、貧しい人々によって行われていて、定められた被爆量に達すると、もうそれ以上仕事は続けられないという噂。このブログで、まことしやかに「都市伝説」とやらを語りたくはない。ネットの世界では、正史と伝説の各々の擁護者たちが、お互いを罵倒し合っている。日立の成瀬くん、本当のこと、教えて欲しい。
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ただ、これだけは言えるんだ。かつて土地を耕すことでさえ、大地を傷つける行為であると、人々は「地神」の崇りを畏れていた時代が確かにあったのだ。「平家物語」を語る座頭は、大地の守護神を宥めるために「地神経」をも読誦していたらしいが、一級史料(正史)には殆どその記録はないらしい。

そして、僕は今日も鹿島田の稽古場まで自転車に乗って行くのです。

「琵琶法師」の中で兵藤裕巳氏は、17世紀の筑前の「座頭」の持ち芸として「浄瑠璃」「小唄」「稽」があったという永井彰子さんの研究結果を紹介している。「稽」とはなんだろう。チャリという「戯物語」だというのだが、初めて聞いた。
「稽」とは、元来「考える」という意味である。つまり、「稽古」は古(いにしえ)について考えを巡らすことに他ならない。昔を研究し、つまり物の道理や故実を学び、今やるべきことを考える。
「稽」という「戯物語」、なんだか興味をそそられる。「戯れに古を考えてみる」、いいじゃないか。

あれ、女性しか写っていない。決して意図的ではありません。
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大地を守護する神は女神であったとか。
北條時頼率いる一万の軍勢が、南から稲毛領に向かってくる。稲毛三郎重成は、郷の民百姓を戦いに巻き込まぬために、城から出て南で待ち構えることに決める。
「稲毛の郷を人馬に踏み荒らされることは断じて許さぬ」
心優しき男は、歴史の表舞台から消え去るのが必定。でも、河原者は、常に隠された裏の物語を語るのです。

しかし、重成の思いも、あるいは今でもあちこちで行われている五穀豊穣の祭りも、大地に対する畏れを忘れて、ただのヒューマニティーや御利益宗教で理解しようとしたら、何にも見えてこないのかもしれませんねえ。そして何も伝えられない。

人間、この先いかなる道を選ぶべきなのか、そのためにこそ古(いにしえ)を考えて、なんてね、そんなことしている暇があったらまず台詞を憶えろ、少ない台詞なんだからってか、おっしゃるとおりであります、はい。

それを考えるのは男の仕事。女性はただ美しく蝶の如く舞っていればいいのでしょうか。宇夫方路さん、教えておくれ。
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 ⇒「琉球新報“晴読雨読”本物だと信じる踊り」を読む
やっぱり“晴読雨読”じゃなくて“晴耕雨読”じゃなきゃダメなんだよね。

そしてもうひとつ、役者って、女性の範疇じゃないの、と、いうこと。

1月28日発行の「タウンニュース多摩区版」に、関昭三さんの記事が掲載されているのを発見しました。
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役者より、制作のほうが断然偉い。だって「演劇を通じて地域交流」しようなんてお考えなのだから。役者は自分勝手に楽しんでいるだけ。でも僕は演劇を通じて古(いにしえ)と現代を結ぼうと思っているのですが、俺の仕事じゃねえか……

すいません、チケット、ちっとも売れなくて。

【2月28日追記】
この日は厚木カルチャーの琉舞教室でした。やっとその記事が、琉舞専用ブログにアップされました。どうやら新しい仲間ができたようです。知らなかった……
 ⇒http://mapryukyubuyou.ti-da…

tag: 「枡形城落日の舞い」  #日高さん 

枡形城の勉強会と見学会【旧陸軍登戸研究所のこと】

《10月31日その4》
今日はこんなことをやっているのである。

「枡形城」現地見学会のチラシ

枡形城は、秩父党の末裔、稲毛三郎重成が建てたと伝わる。
で、いったい何でこのところ唐突にこんな話ばかりを書き始めたのか。
実は自分でも、もうひとつはっきりとしていないのだ。
ともかく、ふじたあさや氏が川崎の市民劇の演出をすることになった。その市民劇は鎌倉時代の、ここ多摩区の丘陵あたりが舞台であり、稲毛三郎重成がその芝居の中心的な登場人物であるらしい。本番は来年の5月。ずいぶんと先のことなのだが、それがもう動き出したということなのだ。で、それが高山正樹とどんな関係があるのかなのだが、はて、それがどうもモヤモヤしている。まあそれについては、今しばらくお待ちいただきたい。もう少し見極めたいことがある。

ともかくだ。本日午前中の小沢城址&菅の薬師堂ツアーは、市民劇関係者が参加しての催しだったようだが、午後からは一般の市民の方々を交えての稲毛三郎重成についての勉強会と枡形城の見学会である。

薬師堂の本堂を閉めにいらした奥様にお礼を申し上げて、登戸にある専修大学まで歩いていくことにした。これも健康ゲームである。

ここから先は、我が家からかなり離れたことでもあるし、もう詳しいご説明はやめよう。

配られた資料

ただ、秩父一族の中の河越氏が、島津氏の祖だというちょっとした話が、M.A.P.的には妙に気になったのではあるが。

専修大学での地元の研究家の方による講義を終えると、本日の御一行は、枡形城址と重成の縁の広福寺を巡った。
薄くなったあさやさんの頭 稲毛館跡の碑
広福寺は重成の屋敷跡であったとも伝えられている。

夕方、現地解散とあいなった。

そして、小生は新しく「川崎市」というカテゴリを作成したのである。

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tag: 小川信夫  「大いなる家族」  「枡形城落日の舞い」  川崎  #日高さん 

《伊波洋一の講演》【普天間飛行場の危険】と【島尾伸三写真展】

M.A.P.after 5に度々登場する怪しいおじさん(日高さん)のカテゴリーを作りました。
その日高さんのご案内で、水道橋の文京区民センターまで、こんな会に参加するために行ってきました。
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宮森小学校米軍ジェット機墜落事件51周年と銘打った伊波洋一宜野湾市長による普天間基地関連の講演です。

会場の様子ですが……
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(前の席は仏教関係の方ですね。近頃、こうした集会によく参加されているようです。)
宇夫方女史がデジカメをサンディエゴに持っていったので、加えて携帯電話のカメラなんか滅多に使わないので、こんな写真しか撮れませんでした。

この会で配布された資料の中に、こんな記述がありました。
「サンディエゴ市のフェルナンデス上級政策補佐官は、『閉鎖される海外基地を多く受け入れたい』と語っており、普天間飛行場の受け入れ実現の可能性を示唆しました。」
このことについて、補足の説明が必要です。できれば、宇夫方女史がサンディエゴにいるうちに彼女に伝え、現地の人と話してきてもらいたいと思っていることなのですが、きっと間に合わないでしょう。
帳簿なんかと格闘していなければ、もっと準備ができたのにと、残念でなりません。

今日のことは、宇夫方女史が帰ってきたら、あちらの情報(たぶん不十分な情報)を一応聞き取り、それを合わせて整理して、日を改めてご報告したいと考えています。
※【追伸】(8月13日)
 未だ報告できません。⇒理由はこちら

その後、水道橋から千駄ヶ谷へ。智内さんに誘われて、島尾伸三氏の写真展にお邪魔しました。青山タンバリンギャラリー。
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(かりゆしウェアっぽい服を着ている後姿の方が島尾伸三氏です。)
今日が最終日ということで、到着した時には、もう皆さんビールを飲んでいらっしゃいました。
展示写真を片付け、近くの居酒屋へ。すっかりご馳走になってしまいました。

島尾氏からとても興味深いお話を伺ったのですが、果たしてどこまでブログに書いていいものか、ただ今思案中です。こちらはいずれ、本記事に追記したいと思います。お楽しみに。むふふ……

でも智内さんの秘密は書きません、絶対。
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(哀愁の智内さん)

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tag: 宮森小事件  奄美  島尾伸三  智内好文  #日高さん  普天間 

ライブが終わればいつもの“たきどぅん”

ライブが終わればいつもの“たきどぅん”
マーキーさんはYusuke氏のipadをいじくり……
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Yusuke氏はユキへぃ君のエレキカンカラ三線をいじくり……
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あらまあ日高さん。
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さすが、市民運動家ですね。
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みんなそれぞれバラバラだけど、いちゃりばちょーでー、「一度会ったら皆兄弟」です。だからみんなで記念撮影。
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もう一枚。
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でも、僕たちはとっても少数派。だって今晩はワールドカップの日本対オランダ戦、みんなテレビにかじりついているはず。こういう日は、殆どお客さん来ないと、“たきどぅん”のママが言っていました。
「今日は助かった、ありがとねえ」
ちなみに、日本は0-1で敗れたようです。

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tag: 沖縄_沖縄の人.平安山高宏  沖縄居酒屋.たきどぅん  ハンサム・マーキー  旧友  #日高さん  辺野古 

“たきどぅん”にて【あまみのユキへぃのライブ】

町田の公演からいったん事務所に戻り、たった2時間弱しかありませんが、少しの間を惜しんで帳簿作業です。
そして代田橋へ向かいます。

去年ゴーヤーがたわわに実っていた場所、黄色い花が一輪、もう咲いていました。
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そうか、こんなふうにネットを張ればいいんだな。

今朝告知しましたが、あまみのユキへぃ君のライブを聞きに来たのです。
“たきどぅん”に入ると……
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間もなく開演ですね。

奥でユキへぃくん(麦藁帽を被っている少年)が準備中。
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鈴木修さんも来ました。宇夫方さんの影に隠れて、山猫合奏団のドラさんもいます。町田からそのまま拉致してきたのです。

いよいよ、ユキへぃ君登場!
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では、ユキへぃくんのご紹介。
本名、福永幸平。鹿児島県奄美大島出身。2001年、NHK教育テレビ「真剣10代しゃべり場」に出演。そこで映画監督の河瀬直美氏と出会い、映画「沙羅双樹」の主演に抜擢される。「沙羅双樹」は、2003年カンヌ国際映画祭コンペ部門に出品された。

そんな経歴を持つユキへぃ君と初めてこの“たきどぅん”で会った日、ユキへぃ君がちょいと唄ってくれた奄美民謡は、まるで泣いているかのようで、深い哀愁があってすばらしかった。その唄をもう一度聞きたくて、このライブを開いてもらったのです。

でもまあ、ユキへぃ君、若いんだもんね。歌いたい歌があるんだよねえ。
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例えばこんな感じ。

これはしっとりしていますが、彼の真髄はこんなもんじゃない。クラシックのドラさん「びつくり?」 youTubeにもあるんだけどね、あんまりだから紹介しません。
でもね、ユキへぃ君、奄美の方言なんかもちゃんと練習しているのです。
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奄美民謡を期待していたお客さんたちの微妙なノリ。
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宇夫方女史は三板(サンバ)で、ちょっと遅れて来た日高さんはタンバリンで盛り上げるのですが、こちらも微妙な空気です。
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でも、後半にはしっかり奄美民謡も披露してくれたし、そうして、最後はやっぱりカチャーシーで盛り上がったのでした。
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ライブが終われば……

tag: #鈴木修  カチャーシーの光景  山川夏子  #日高さん  しまくとぅば  沖縄居酒屋.たきどぅん  奄美  沖縄_奄美の人.あまみのユキへぃ(福永幸平)  ゴーヤー  三線 

第13回 喜多見で沖縄語を話す会【海外移住の日とスーパーウチナーンチュ】

“喜多見で沖縄語を話す会”の第一回は昨年の11月でした。早いもので、今日で大よそ半期が終わるということですね。
いつも皆さん全員集まるというわけでもなく、だから2回に1回しか来なくても、久しぶりに参加しても、特に置いてきぼり感なしという緩ーい感じがよろしいようで。

今日はいろいろ今までの復習をしてみました。アーカイブはサブカテゴリーにて。

するとあんまりちゃんと國吉先生を撮影していないことが判明。そこで今日はでっかく行きましょう。國吉眞正先生です!
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ピーチクパーチク生徒さんたちです。
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では本日の参加メンバーをご紹介してみますかね。
M.A.P.代表理屈担当の高山正樹と、琉球舞踊教室のメンバーでもある炭屋さん。
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過激な小説(饒舌)家、Mr.Tomihisaと、謎のおじさんMr.Hidaka。九州男児×2
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本日は見学の鈴木修さんと、お馴染み五味さん。演出家とカメラマン。
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それとも裏方さんと自転車乗り?
そして、花田さんとは不思議なご縁。
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写真撮影は宇夫方路でした。
本日のご報告はこれまで。
第14回(M.A.P.after5)へ
第14回(沖縄語を話す会専用ブログ)へ

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tag: #鈴木修  沖縄この日何の日  ゆんたくの会  ノロエステ鉄道  #日高さん  國吉眞正  #五味正伸  #とみ久さん  うちなーぐち 

今日の西岡さん 【陶器と磁器】

ルーシー・リー展を見に行った西岡さん。ずいぶんと遅いお帰りでした。どうだったの、ルーシー・リー。

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真っ白な、陶磁器を、眺めては飽きもせず……
井上陽水の歌。
あれ、そういえば陶器と磁器ってどう違うの。
「だめですよ、焼き物扱ってるのにもっと勉強しなくちゃ」
おじさん、叱られちゃった。
今日“沖縄語を話す会”があると勘違いしてやって来てしまった日高さん、せっかくだからとお誘いして一緒に飲んでいたのです。その物知り日高さんのウンチクによると、「陶器は土で磁器は石だよ」。
西岡さんはちょっと首を傾げてる。間違いではないけれど、どうやらそんなに単純でもないらしい。

たった今、午前0時を回って8日になりました。
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お酒なんか飲んでないのに、美幸は変な奴だ。
[subcate.ふくや]

ちょっと酒菜に寄ってご挨拶。
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みなさま
しんゆり芸術祭の山猫合奏団公演
ご来場ありがとうございました。
[subcate.山猫合奏団]
中真水才のカテゴリも作っちゃおっと。
[subcate.中真水才]


本部に戻ったらこんな感じ。
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みんなお疲れのようで。
さあ、もうお休みあそばせ……
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tag: 中真水才  喜多見_居酒屋.酒菜  喜多見_居酒屋.ふくや  #日高さん  西岡美幸