2010年11月27日(土)21時24分
せんがわ劇場で“ひめゆり”を観る(後日執筆)
※検査のことはひとまず忘れて……
《11月27日(土)-2》
M.A.P.でも応援していた「ひめゆり」を、せんがわ劇場に観に行きました。

さて僕は、「狛食の奥様に知って頂きたくて」という記事の中で次のように書きました。
「ひめゆり」の他にも、たくさんの学徒隊の悲劇があったのだということを、多くの日本人が知らないということ、今度の“ひめゆり”を入口にして、是非とも知って欲しいと思うのです。そんなふうに繋がっていける映画であることを願って、僕も必ず見に行こうと思っています。
はたして、どうだったのか……
この記事は12月5日に書いているのですが、今日の僕は少し弱っているようで、これ以上は書けません。後日必ず書きます。
とりあえず、ふたつのリンクを貼っておきます。ワンクリック、ツークリックを面倒がらず、是非お読みくだされば嬉しいのです。
⇒沖縄の声に耳を傾けること【生と死・いのちの証言“沖縄戦”】
⇒宮城巳知子さんの辿った重い歴史の道を歩く(アメブロ)
《11月27日(土)-2》
M.A.P.でも応援していた「ひめゆり」を、せんがわ劇場に観に行きました。
さて僕は、「狛食の奥様に知って頂きたくて」という記事の中で次のように書きました。
「ひめゆり」の他にも、たくさんの学徒隊の悲劇があったのだということを、多くの日本人が知らないということ、今度の“ひめゆり”を入口にして、是非とも知って欲しいと思うのです。そんなふうに繋がっていける映画であることを願って、僕も必ず見に行こうと思っています。
はたして、どうだったのか……
この記事は12月5日に書いているのですが、今日の僕は少し弱っているようで、これ以上は書けません。後日必ず書きます。
とりあえず、ふたつのリンクを貼っておきます。ワンクリック、ツークリックを面倒がらず、是非お読みくだされば嬉しいのです。
⇒沖縄の声に耳を傾けること【生と死・いのちの証言“沖縄戦”】
⇒宮城巳知子さんの辿った重い歴史の道を歩く(アメブロ)
2010年11月18日(木)13時30分
狛食の奥様に知って頂きたくて
ひとつ前の記事で「ひめゆり」の上映会のチラシを紹介した。だから、お昼を“狛食”で食べることにした。
注文をとりにきたのは、奥様ではなく、若い男性だった。
「奥様、まだ悪いの」
「そうですねえ。でも薬で少しはいいのですが」
奥様は今、リュウマチで苦労されているのである。
黒酢の酢豚セットを薄味でお願いした。

頼めば、味の調節はやってくれる。当たり前の話なのに、センターから半調理品が配送されてくるようなチェーン店が増えて、当たり前が当たり前でなくなった。
“狛食”はごく普通の中華食堂だが、店内を見渡せば、泡盛もあるしあちこち諸々「沖縄」がある。

奥様のお母様はいわゆる「ひめゆりの生き残り」である。「生き残り」、嫌な言葉だ。チラシでは「ひめゆりの方々」となっている。それで分かるほど“ひめゆり”は認知されている。新聞などには「生存者」と書かれることが多い。
僕は“みやらび”の竹原くんに“狛食”にチラシ持って行ってみたらとすすめて、僕は遠慮していた。さて、チラシ、届いているかなと気になっていた。
若い男性に聞いても分からない。彼は厨房のご主人を呼んでくれた。
「今度、せんがわ劇場で“ひめゆり”って映画をやるんですけど、誰か、案内に来ました?」
「いや」
「そうですか」
ごちそうさま、と言って店を出た。
道を隔てた反対側に“中む食堂”があってお昼もやっている。そこには、竹原くんから預ったチラシを僕が届けた。そのチラシが残っているはずだ。

「この前はありがとうございました」
11月3日の試合のことである。
「どうするの、格闘技、やめるの」
「やめられなくなりました」
「そうか。また、夜来るね」
“ひめゆり”一緒に見に行こうよって言おうかどうしようか、迷っている僕がいた。結局それは言わずに、チラシを数枚戻して貰い、道を渡って狛食に戻った。
「うちに貼っておいても、誰も見ないよ」
「ともかく、奥さんにはお知らせしたくて。どうか奥さんにお渡ししてください。」
リュウマチを患っている奥様が、仙川まで来られることはないだろう。だが、近くに頑張っている若者がいるよということを、どうしても知ってもらいたかった。もしかしたら、奥様が案内してくだされば、小学校の関係とかで、来てくださる方もいらっしゃるかもしれないし。
竹原くんは、そのうちここへ来るのだろうか。一緒に行こうよと言ったのだが。僕はもしかすると先走って出すぎたことをしたのかもしれない。
一緒に行った宇夫方女史は、このあと、まず厚木へ向かった。今日は、厚木と狛江の琉球舞踊教室の日なのである。
⇒http://mapryukyubuyou.ti-da.net…
【追伸】
22日。Twitterで、竹原くんが(たぶんですけれど)狛食に行ったことを知りました。
⇒http://twitter.com/sengawahimeyuri…
「狛食」を「狛江」と間違っていたけれどそれはご愛嬌?
今度の上映会の後、竹原くんはどうするのだろう。なにか活動を続けていくのだろうか。ちょっと気になる。
何度もしつこく言って申し訳ないけれど、狛食の奥様のお母様は「ひめゆり」だが、お父様は「対馬丸」の生き残りだし、「ひめゆり」の他にも、たくさんの学徒隊の悲劇があったのだということを、多くの日本人が知らないということ、今度の“ひめゆり”を入口にして、是非とも知って欲しいと思うのです。そんなふうに繋がっていける映画であることを願って、僕も必ず見に行こうと思っています。
注文をとりにきたのは、奥様ではなく、若い男性だった。
「奥様、まだ悪いの」
「そうですねえ。でも薬で少しはいいのですが」
奥様は今、リュウマチで苦労されているのである。
黒酢の酢豚セットを薄味でお願いした。
頼めば、味の調節はやってくれる。当たり前の話なのに、センターから半調理品が配送されてくるようなチェーン店が増えて、当たり前が当たり前でなくなった。
“狛食”はごく普通の中華食堂だが、店内を見渡せば、泡盛もあるしあちこち諸々「沖縄」がある。
奥様のお母様はいわゆる「ひめゆりの生き残り」である。「生き残り」、嫌な言葉だ。チラシでは「ひめゆりの方々」となっている。それで分かるほど“ひめゆり”は認知されている。新聞などには「生存者」と書かれることが多い。
僕は“みやらび”の竹原くんに“狛食”にチラシ持って行ってみたらとすすめて、僕は遠慮していた。さて、チラシ、届いているかなと気になっていた。
若い男性に聞いても分からない。彼は厨房のご主人を呼んでくれた。
「今度、せんがわ劇場で“ひめゆり”って映画をやるんですけど、誰か、案内に来ました?」
「いや」
「そうですか」
ごちそうさま、と言って店を出た。
道を隔てた反対側に“中む食堂”があってお昼もやっている。そこには、竹原くんから預ったチラシを僕が届けた。そのチラシが残っているはずだ。
「この前はありがとうございました」
11月3日の試合のことである。
「どうするの、格闘技、やめるの」
「やめられなくなりました」
「そうか。また、夜来るね」
“ひめゆり”一緒に見に行こうよって言おうかどうしようか、迷っている僕がいた。結局それは言わずに、チラシを数枚戻して貰い、道を渡って狛食に戻った。
「うちに貼っておいても、誰も見ないよ」
「ともかく、奥さんにはお知らせしたくて。どうか奥さんにお渡ししてください。」
リュウマチを患っている奥様が、仙川まで来られることはないだろう。だが、近くに頑張っている若者がいるよということを、どうしても知ってもらいたかった。もしかしたら、奥様が案内してくだされば、小学校の関係とかで、来てくださる方もいらっしゃるかもしれないし。
竹原くんは、そのうちここへ来るのだろうか。一緒に行こうよと言ったのだが。僕はもしかすると先走って出すぎたことをしたのかもしれない。
一緒に行った宇夫方女史は、このあと、まず厚木へ向かった。今日は、厚木と狛江の琉球舞踊教室の日なのである。
⇒http://mapryukyubuyou.ti-da.net…
【追伸】
22日。Twitterで、竹原くんが(たぶんですけれど)狛食に行ったことを知りました。
⇒http://twitter.com/sengawahimeyuri…
「狛食」を「狛江」と間違っていたけれどそれはご愛嬌?
今度の上映会の後、竹原くんはどうするのだろう。なにか活動を続けていくのだろうか。ちょっと気になる。
何度もしつこく言って申し訳ないけれど、狛食の奥様のお母様は「ひめゆり」だが、お父様は「対馬丸」の生き残りだし、「ひめゆり」の他にも、たくさんの学徒隊の悲劇があったのだということを、多くの日本人が知らないということ、今度の“ひめゆり”を入口にして、是非とも知って欲しいと思うのです。そんなふうに繋がっていける映画であることを願って、僕も必ず見に行こうと思っています。
tag: 厚木教室 MAP琉球舞踊教室 ひめゆり学徒隊 対馬丸 沖縄居酒屋.中む食堂 狛江_居酒屋.中む食堂 #竹原学 狛江_中華.狛食 健康ゲーム
2010年11月18日(木)09時45分
映画「ひめゆり」自主上映会のご案内
来る11月27日(土)と28(日)の2日間、京王線仙川駅徒歩4分のせんがわ劇場にて、長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」(柴田昌平監督作品)が上映されます。
この上映会を企画したのは、仙川で“ちゅらかじ”、つつじヶ丘で“みやらび”という沖縄料理の居酒屋を経営する“まんぶー”こと竹原学氏。
M.A.P.もこの上映会を応援します。
この機会に是非この映画を観て、沖縄の声を聞いてください。
長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」自主上映会
【場所】せんがわ劇場 ⇒アクセス
【日時】
11/27(土) 《昼》13:30 《夜》17:00
11/28(日) 《朝》10:00 《昼》13:30 《夜》17:00
(※上映時間は2時間30分です。)
【料金】
学生(高校生・浪人生) 800円
一般前売り 1,000円 一般当日 1,200円
【お問合】
仙川ひめゆり自主上映の会・竹原 090-7461-7084
⇒詳細は“せんがわ劇場”のホームページへ

それから、昨日の東京新聞の武蔵野版にでっかく紹介されていましたね。

竹原くん、やったね!
だからさ、是非とも下の記事も読んでみてください。高山正樹のたってのお願いです。
⇒ 「ひめゆり」上映会を応援する。そして……
この上映会を企画したのは、仙川で“ちゅらかじ”、つつじヶ丘で“みやらび”という沖縄料理の居酒屋を経営する“まんぶー”こと竹原学氏。
M.A.P.もこの上映会を応援します。
この機会に是非この映画を観て、沖縄の声を聞いてください。
長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」自主上映会
【場所】せんがわ劇場 ⇒アクセス
【日時】
11/27(土) 《昼》13:30 《夜》17:00
11/28(日) 《朝》10:00 《昼》13:30 《夜》17:00
(※上映時間は2時間30分です。)
【料金】
学生(高校生・浪人生) 800円
一般前売り 1,000円 一般当日 1,200円
【お問合】
仙川ひめゆり自主上映の会・竹原 090-7461-7084
⇒詳細は“せんがわ劇場”のホームページへ


それから、昨日の東京新聞の武蔵野版にでっかく紹介されていましたね。
竹原くん、やったね!
だからさ、是非とも下の記事も読んでみてください。高山正樹のたってのお願いです。
⇒ 「ひめゆり」上映会を応援する。そして……
2010年10月27日(水)22時17分
「ひめゆり」上映会を応援する。そして……
連続ドラマ風に。
前記事のラストシーンから…
今日のドラマは此処からである。
10月23日に、●●さんからメールが届いた。その内容は、少し長いので、記事の「続き」で書いた。そちらを読んでいただきたい。
「この“ひめゆり”のさあ、柴田昌平って監督、俺の高校の後輩なんだよね」
それがどうしたという類のはなしである。
少し話しが飛ぶが、許して欲しい。
都立駒場高校の同窓会報、その86号に対馬丸の話題が載っていたことは、7月31日の記事の最後に会報の画像を載せてほんのちょっとだけ触れた。「ほんのちょっとだけ」しか触れなかったのは、同窓会費が未払いだからというだけではない。別にも理由があった。それはチエちゃんが言っていた武州丸のことが気になっていたからだ。
対馬丸の事件は大城立裕氏等が小説に仕立て、その映画まで出来たりして、それなりに多くの人に知られるようになった。それでも“ひめゆり”の知名度に比べれば全く足りないという思いから、我々M.A.P.でも、駒場高校で同窓だった元日テレアナウンサーの菅家ゆかりに声を掛け、対馬丸のCDを作ったのだ。
しかし、その頃の僕らは、武州丸なんて聞いたこともなかったのである。武州丸のことを知っている人って、いったいどのくらいいるのだろう。
武州丸とは奄美大島の学童疎開船。徳之島の疎開者など約200人を乗せて九州本島に向かう途中、トカラ列島沖で米潜水艦の魚雷によって沈没し、77人の子供を含む182人が命を落とした。
先日、都立駒場高校の同窓会報の87号が届いた。

そこに「ひめゆり」の監督である柴田昌平氏の記事が載っていた。「ひめゆり」に続く新作「森開き」を紹介するのが本旨だが、旧作「ひめゆり」のことも書いてあった。
「(ひめゆり)は誰でも知っている名だが、実は生存者本人たちが体験をきちんと語った映画記録はこれまでほとんどなかった。香川京子や吉永小百合主演の劇映画は、他者が想像をまじえて神話化していったものだった」
駒場高校は柴田昌平氏を招いて、「ひめゆり」の上映会とトークショーを開催したらしい。
おい柴田、お前は沖縄のことを必死に考え続けている先輩が喜多見にいることを知っているか。その先輩(俺の事だが…)は、少しでも多くの人たちに沖縄を知ってもらいたいと、ずっといろいろ活動を続けているのだ。同窓会報を作っている連中に、そのことを伝えて、是非とも高山正樹のことも記事にしろと伝えておけ!
因みに、柴田昌平は弟と同い年、弟は帝京と全国大会の東京代表をかけて戦った都立駒場サッカー部のキャプテンだった。その時に駒場に通っていたなら、よほどのガリ勉でもない限り、弟を知らぬはずはない。そこで弟を使ってコンタクトを取ってみるかなどと考えたりもしたが、柴田が、いやいや柴田君が天下の東京大学のご出身と知って、弟の伝手でなんとか柴田さんに繋がろうなんてお下品なことはやめることにいたしました、ハイ。自爆。
もちろん冗談ではある。しかしだ。柴田昌平は、対馬丸のこと、武州丸のこと、そしてずいせん学徒隊のことを知っているだろうか。ずいせん学徒隊の唯一の語り部である宮城巳知子さんがどんな思いで「ひめゆりは嫌いだ」と呟いたのかを知っているだろうか。
「僕たちもさ、上映会を企画して開いたことがあるんだけどさ」
西山正啓監の“ゆんたんざ沖縄”と“チビチリガマから日本国を問う!”の上映会2本。
5月18日に西山監督を連れて“みやらび”にやってきた日、竹原くんは不在だったけれど、西山監督は一生懸命店の女の子に話をしていた。その時のハナシ、女の子は竹原くんに報告してくれたのかなあ。
竹原くん、僕が上映会のチラシを持参して“みやらび”に来た日のこと、君は覚えているだろうか。
我々の上映会の日、5月26日と、5月28日、きっと竹原くんは仕事で忙しかったのだろうね。
結局、僕らがやった上映会に来てくださったお客さまはごくわずかだった。竹原くんが宣伝してくれなかったからだなんて言うつもりは全くない。集客できなかった原因は僕らの努力が全然足りなかったの一言に尽きる。
でも今度の竹原くんのやる上映会はきっと大丈夫だ。竹原くんにはたくさんのいい仲間がいるみたいだから。もちろん僕たちだって出来る限り協力するよ。といっても、自分たちの上映会にさえろくろくお客さんを呼べなかったのだから、偉そうなことは言えないね。
柴田くんの“ひめゆり”は、上映用のデータを借りる料金が一日3回上映の場合は20万、2回なら15万、チラシも一枚いくらで買うらしい。僕らの上映会は、少ない入場料をそのままお支払いしようとしたが、西山監督は何かの足しにしてよと言って、受け取ってはくださらなかった。
「チラシ、預かっていくよ」

チラシには宮本亜門の推薦文が印刷されていた。
「亜門は大学で一緒に演劇を学んでいた」
どうでもいい話である。
柴田昌平と西山正啓、いったい何が違うのだろう。
裏には僕のカミサンが大好きなCoccoがメッセージを寄せている。
僕は竹原学氏の今回の挑戦を精一杯応援しようと思う。11月の山猫合奏団の公演まで、きっとバタバタと忙しいが、それでも合間を縫って宣伝したいと思っている。
「狛江に狛食っていう中華の食堂があるの知ってる?」
「いや」
「あそこの奥さんのお母さんがひめゆりの生き残りなんだよ」
「そうなんだ、行ってみようかな」
結局、店を出たのは午前3時過ぎ。

ちょっと疲れた感じ。なんだって仕事は大変だ。客商売となれば尚更。誰もが「ひめゆり」のことを知りたいわけじゃない。
けれど、ひとつだけ竹原氏にお願いがあったのだ。“ひめゆり”のことをたくさんの人に知らせたいと考えた竹原君なら、僕らがやっている沖縄の色々なことにも、どうか目を向けて欲しい。たとえば、ひめゆり部隊とは違って引率の先生がいなかったために、殆ど記録の残っていない“ずいせん学徒隊”のことも、多くの人に知ってもらいたいという我々の思いに、今度の君の上映会で少しばかり協力してはもらえないだろうかということ。
でも、会場は調布市の施設だから難しいのかな。僕らは会社の事業としてやっている。だから営利だとみなされる。元さえ取れていない。それどころか大赤字なのにね。元が取れるとも思っていないけれど、ひどい赤字では続けていけない。だから君の今度の上映会も、絶対に成功して欲しいのだ。

頑張って、そしてできることならばよろしくね。
もう午前3時半、今日のところは、おやすみなさい……
【追伸】
学徒隊の貴重な証言を集めた労作があります。あまり知られていませんが、大変貴重な資料です。そういうものもあるのだということも知って頂きたいと思うのです。有名なものだけがすばらしいわけではないということ、それを沖縄にこだわり続けることによって僕は教えらたのです。
⇒行田稔彦編『生と死・いのちの証言“沖縄戦”』のこと
【さらに追記】
監督の柴田昌平氏は民族文化映像研究所の御出身らしい。
民族文化映像研究所の姫田忠義氏のことを書いた記事が「社長とは呼ばないで」にあります。
そこに書いた僕のエピソードは、僕の沖縄経験の原点です。是非お読みください。
⇒物語の始まりのエピソード
そして今朝方自転車で自宅へ。書斎にてブログ記事のアップ方法を思案して、夜の8時、また自転車で事務所へ戻る。明日までに諸々支払い登録の手続きなどをしなければならない。でも、ちょっとした不手際があって、今日のところは中途までしかできなくなった。残りは明日。早いうちに片付けなければならないから、明日の朝は8時から作業開始だな。
というわけで今日は少し時間ができた。これから、昨日“みやらび”で預かったチラシを持って“中む食堂”に行く。今晩こそは午前様にならないように。
いったい健康ゲームなのか、不健康ゲームなのか。
前記事のラストシーンから…
店は混んでいる。何もかも散漫な感じ。
それはこの用件で来たからだ。
みやらびの竹原学くんが中心になって、映画「ひめゆり」の自主上映会を開く。その話題になかなかたどり着けなくて、なんだか落ち着かない。
お客さんが途切れて、やっと少し話せそうになった。
「竹原くんがマーキーさんの後輩なんて驚いたよ」
「ねえ、僕もおどろいた」
「豊見城高校なんだってね。実はさ、俺のカミサンも豊見城高校」
「へえ、そうなんですか」
やっぱりなんだか少し空回りしている…
今日のドラマは此処からである。
10月23日に、●●さんからメールが届いた。その内容は、少し長いので、記事の「続き」で書いた。そちらを読んでいただきたい。
「この“ひめゆり”のさあ、柴田昌平って監督、俺の高校の後輩なんだよね」
それがどうしたという類のはなしである。
少し話しが飛ぶが、許して欲しい。
都立駒場高校の同窓会報、その86号に対馬丸の話題が載っていたことは、7月31日の記事の最後に会報の画像を載せてほんのちょっとだけ触れた。「ほんのちょっとだけ」しか触れなかったのは、同窓会費が未払いだからというだけではない。別にも理由があった。それはチエちゃんが言っていた武州丸のことが気になっていたからだ。
対馬丸の事件は大城立裕氏等が小説に仕立て、その映画まで出来たりして、それなりに多くの人に知られるようになった。それでも“ひめゆり”の知名度に比べれば全く足りないという思いから、我々M.A.P.でも、駒場高校で同窓だった元日テレアナウンサーの菅家ゆかりに声を掛け、対馬丸のCDを作ったのだ。
しかし、その頃の僕らは、武州丸なんて聞いたこともなかったのである。武州丸のことを知っている人って、いったいどのくらいいるのだろう。
武州丸とは奄美大島の学童疎開船。徳之島の疎開者など約200人を乗せて九州本島に向かう途中、トカラ列島沖で米潜水艦の魚雷によって沈没し、77人の子供を含む182人が命を落とした。
先日、都立駒場高校の同窓会報の87号が届いた。
そこに「ひめゆり」の監督である柴田昌平氏の記事が載っていた。「ひめゆり」に続く新作「森開き」を紹介するのが本旨だが、旧作「ひめゆり」のことも書いてあった。
「(ひめゆり)は誰でも知っている名だが、実は生存者本人たちが体験をきちんと語った映画記録はこれまでほとんどなかった。香川京子や吉永小百合主演の劇映画は、他者が想像をまじえて神話化していったものだった」
駒場高校は柴田昌平氏を招いて、「ひめゆり」の上映会とトークショーを開催したらしい。
おい柴田、お前は沖縄のことを必死に考え続けている先輩が喜多見にいることを知っているか。その先輩(俺の事だが…)は、少しでも多くの人たちに沖縄を知ってもらいたいと、ずっといろいろ活動を続けているのだ。同窓会報を作っている連中に、そのことを伝えて、是非とも高山正樹のことも記事にしろと伝えておけ!
因みに、柴田昌平は弟と同い年、弟は帝京と全国大会の東京代表をかけて戦った都立駒場サッカー部のキャプテンだった。その時に駒場に通っていたなら、よほどのガリ勉でもない限り、弟を知らぬはずはない。そこで弟を使ってコンタクトを取ってみるかなどと考えたりもしたが、柴田が、いやいや柴田君が天下の東京大学のご出身と知って、弟の伝手でなんとか柴田さんに繋がろうなんてお下品なことはやめることにいたしました、ハイ。自爆。
もちろん冗談ではある。しかしだ。柴田昌平は、対馬丸のこと、武州丸のこと、そしてずいせん学徒隊のことを知っているだろうか。ずいせん学徒隊の唯一の語り部である宮城巳知子さんがどんな思いで「ひめゆりは嫌いだ」と呟いたのかを知っているだろうか。
「僕たちもさ、上映会を企画して開いたことがあるんだけどさ」
西山正啓監の“ゆんたんざ沖縄”と“チビチリガマから日本国を問う!”の上映会2本。
5月18日に西山監督を連れて“みやらび”にやってきた日、竹原くんは不在だったけれど、西山監督は一生懸命店の女の子に話をしていた。その時のハナシ、女の子は竹原くんに報告してくれたのかなあ。
竹原くん、僕が上映会のチラシを持参して“みやらび”に来た日のこと、君は覚えているだろうか。
我々の上映会の日、5月26日と、5月28日、きっと竹原くんは仕事で忙しかったのだろうね。
結局、僕らがやった上映会に来てくださったお客さまはごくわずかだった。竹原くんが宣伝してくれなかったからだなんて言うつもりは全くない。集客できなかった原因は僕らの努力が全然足りなかったの一言に尽きる。
でも今度の竹原くんのやる上映会はきっと大丈夫だ。竹原くんにはたくさんのいい仲間がいるみたいだから。もちろん僕たちだって出来る限り協力するよ。といっても、自分たちの上映会にさえろくろくお客さんを呼べなかったのだから、偉そうなことは言えないね。
柴田くんの“ひめゆり”は、上映用のデータを借りる料金が一日3回上映の場合は20万、2回なら15万、チラシも一枚いくらで買うらしい。僕らの上映会は、少ない入場料をそのままお支払いしようとしたが、西山監督は何かの足しにしてよと言って、受け取ってはくださらなかった。
「チラシ、預かっていくよ」
チラシには宮本亜門の推薦文が印刷されていた。
「亜門は大学で一緒に演劇を学んでいた」
どうでもいい話である。
柴田昌平と西山正啓、いったい何が違うのだろう。
裏には僕のカミサンが大好きなCoccoがメッセージを寄せている。
僕は竹原学氏の今回の挑戦を精一杯応援しようと思う。11月の山猫合奏団の公演まで、きっとバタバタと忙しいが、それでも合間を縫って宣伝したいと思っている。
「狛江に狛食っていう中華の食堂があるの知ってる?」
「いや」
「あそこの奥さんのお母さんがひめゆりの生き残りなんだよ」
「そうなんだ、行ってみようかな」
結局、店を出たのは午前3時過ぎ。
ちょっと疲れた感じ。なんだって仕事は大変だ。客商売となれば尚更。誰もが「ひめゆり」のことを知りたいわけじゃない。
けれど、ひとつだけ竹原氏にお願いがあったのだ。“ひめゆり”のことをたくさんの人に知らせたいと考えた竹原君なら、僕らがやっている沖縄の色々なことにも、どうか目を向けて欲しい。たとえば、ひめゆり部隊とは違って引率の先生がいなかったために、殆ど記録の残っていない“ずいせん学徒隊”のことも、多くの人に知ってもらいたいという我々の思いに、今度の君の上映会で少しばかり協力してはもらえないだろうかということ。
でも、会場は調布市の施設だから難しいのかな。僕らは会社の事業としてやっている。だから営利だとみなされる。元さえ取れていない。それどころか大赤字なのにね。元が取れるとも思っていないけれど、ひどい赤字では続けていけない。だから君の今度の上映会も、絶対に成功して欲しいのだ。
頑張って、そしてできることならばよろしくね。
もう午前3時半、今日のところは、おやすみなさい……
【追伸】
学徒隊の貴重な証言を集めた労作があります。あまり知られていませんが、大変貴重な資料です。そういうものもあるのだということも知って頂きたいと思うのです。有名なものだけがすばらしいわけではないということ、それを沖縄にこだわり続けることによって僕は教えらたのです。
⇒行田稔彦編『生と死・いのちの証言“沖縄戦”』のこと
【さらに追記】
監督の柴田昌平氏は民族文化映像研究所の御出身らしい。
民族文化映像研究所の姫田忠義氏のことを書いた記事が「社長とは呼ばないで」にあります。
そこに書いた僕のエピソードは、僕の沖縄経験の原点です。是非お読みください。
⇒物語の始まりのエピソード
そして今朝方自転車で自宅へ。書斎にてブログ記事のアップ方法を思案して、夜の8時、また自転車で事務所へ戻る。明日までに諸々支払い登録の手続きなどをしなければならない。でも、ちょっとした不手際があって、今日のところは中途までしかできなくなった。残りは明日。早いうちに片付けなければならないから、明日の朝は8時から作業開始だな。
というわけで今日は少し時間ができた。これから、昨日“みやらび”で預かったチラシを持って“中む食堂”に行く。今晩こそは午前様にならないように。
いったい健康ゲームなのか、不健康ゲームなのか。
tag: #竹原学 狛江_中華.狛食 西山正啓 対馬丸から 都立駒場高校 沖縄戦 対馬丸 沖縄居酒屋.みやらび(つつじヶ丘) 健康ゲーム ずいせん学徒隊
2010年10月15日(金)23時21分
ハンサム・マーキーさんと“球屋”
勉強会の後、一緒にこのフライヤーを持ってつつじヶ丘の“みやらび”にでも行こうと思っていたのですが、すでに“みやらび”にはマーキーさんが届けていたのです。なんと“みやらび”のオーナー竹原くんは、マーキーさんの高校の後輩ということが判明しました。どこの高校かというと、沖縄の豊見城高校で、なんとなんとまあ高山正樹のカミサンの後輩。もうびっくり。竹原クンの携帯に電話をすると、いま法事で沖縄にいるんだって。
というわけで、久しぶりに“球屋”に行くことにしました。
一年ぶりです。一年1回のペース。ごめんなさい。でも、カテゴリはあるのです。
マーキーさんと飲みに行ってボトルを入れた時は、まずお酒の神様に供えるのです。
お店の中、暗いからなあ。
海ぶどうも、琉球ガラスのグラスも、紅型柄のクロスも、ちっとも綺麗に写らないんです。
さて、減塩対応居酒屋探検隊としての見解ですが、“球屋”さんの場合、ママが自分でも飲みたいせいか、特に遅い時間になるとママは既にちょっと酔っているので、出来上がっている肴を出してくれることが多いのです。また、お客さんも比較的若い方中心。
マーキーさん曰く、「おいしいね」
まあ、マーキーさんまだまだ若いからね。そりゃそうなんだけどね。マーキーさんも脳梗塞かなんかで倒れた経験があるんだからさ、血圧も高いっていうし、少し塩っ辛いもの控えた方がいいんだけどねえ。
ともかく、残念ながら減塩対応店三軒目ゲットとはなりませんでした。
ママとマーキーさんとみっちゃん。3M。
では問題です。年齢順に並べなさい。
まだ11時ちょっと過ぎ。もう一軒行こうか。
2010年04月11日(日)03時26分
バースデーのサプライズ【つつじヶ丘の“みやらび”】と【Aサインバー】
その1はつつじヶ丘の“みやらび”
だが、おめでたいハナシをする前に。
ふと見上げると、そこには……

沖縄好きの若者は多いが、Aサインバーを知る者はほとんどいない。復帰前、バーだけではなく、アメリカ軍人が入店できる飲食店・風俗の店・ホテルを開くには許可が必要だった。米軍は、兵士が病気に感染することを恐れたのである。特に性病。
そして許可証を受けたものをAサイン業者といった。たとえばバーやキャバレーなら青い字のA、赤いAはレストランである。
子どもの頃、「オキナワ」は、僕にとっていかがわしく魅惑的な異国であった。「Aサイン」という言葉は、その記憶を呼び覚ます。
WELCOME MILITARY
今、沖縄は、基地に揺れている……
(本当は、今に限ったことではない。沖縄は、ずっと基地に揺れていたのだ。)
この日、オーナーの竹原学さんは酔っていた。聞けば今日10日が誕生日なのだという。お客さんたち開いてくれたPartyを開いてくれたのだという。
「飲まされちゃって」
「あたし、明日誕生日なのよ」
宇夫方路がそう言うと、俄然盛り上がった。
「そうなんですか。姉さんと一日違いですか」
その4月11日まで、あと数分。カウントダウンで日が変わった。
途端に電気が消え、ケーキが「姉さん」の前に。

サプライズ!
竹原さんが●●さんに目配せして、ケーキを買いに走らせていたのだ。

最近は仙川の“美ら風”には行かず、たいがいこちらにいると竹原さんは言った。どうしても、こっちのほうがお客さんと親しくなって、気楽なのだとか。
「でも、僕はあっちのベタベタしない感じも好きだよ」
「そうでしょ。そうなんですよ。あっちはあっちでいいんですよ」
事業拡大というばかりではなく、彼がもうひとつ別の店を開きたくなった気持ちが、少し分かるような気がした。

みんなで記念撮影。

学くんは、きっと幸せ者です。

誕生日おめでとう。そしてご馳走様でした。
その2はスナック“ぎま”
だって、“みやらび”と本部の間に“ぎま”があるんだもの。
あらら、今日はやけに混んでるねえ。

国立劇場にしろ、“みやらび”にしろ、“ぎま”にしろ、どこも人が一杯。当たり前のハナシなのだけれど、人それぞれが無関係に、それぞれの場所で「つるんでいる」ということが、なんだか不思議な感じがする。そしてこの僕は、どこからもはじかれていると感じている。なぜなのかな。きっと、基地のこと。
宇夫方路の誕生日だということがわかると、サプライズのワインが出てきた。

かなり酔っ払った知らないお客様も一緒に乾杯!

「ママ、ありがとう」
気がつけば、間もなく11日の午前3時。
だが、おめでたいハナシをする前に。
ふと見上げると、そこには……
沖縄好きの若者は多いが、Aサインバーを知る者はほとんどいない。復帰前、バーだけではなく、アメリカ軍人が入店できる飲食店・風俗の店・ホテルを開くには許可が必要だった。米軍は、兵士が病気に感染することを恐れたのである。特に性病。
そして許可証を受けたものをAサイン業者といった。たとえばバーやキャバレーなら青い字のA、赤いAはレストランである。
子どもの頃、「オキナワ」は、僕にとっていかがわしく魅惑的な異国であった。「Aサイン」という言葉は、その記憶を呼び覚ます。
WELCOME MILITARY
今、沖縄は、基地に揺れている……
(本当は、今に限ったことではない。沖縄は、ずっと基地に揺れていたのだ。)
この日、オーナーの竹原学さんは酔っていた。聞けば今日10日が誕生日なのだという。お客さんたち開いてくれたPartyを開いてくれたのだという。
「飲まされちゃって」
「あたし、明日誕生日なのよ」
宇夫方路がそう言うと、俄然盛り上がった。
「そうなんですか。姉さんと一日違いですか」
その4月11日まで、あと数分。カウントダウンで日が変わった。
途端に電気が消え、ケーキが「姉さん」の前に。
サプライズ!
竹原さんが●●さんに目配せして、ケーキを買いに走らせていたのだ。
最近は仙川の“美ら風”には行かず、たいがいこちらにいると竹原さんは言った。どうしても、こっちのほうがお客さんと親しくなって、気楽なのだとか。
「でも、僕はあっちのベタベタしない感じも好きだよ」
「そうでしょ。そうなんですよ。あっちはあっちでいいんですよ」
事業拡大というばかりではなく、彼がもうひとつ別の店を開きたくなった気持ちが、少し分かるような気がした。
みんなで記念撮影。
学くんは、きっと幸せ者です。
誕生日おめでとう。そしてご馳走様でした。
その2はスナック“ぎま”
だって、“みやらび”と本部の間に“ぎま”があるんだもの。
あらら、今日はやけに混んでるねえ。
国立劇場にしろ、“みやらび”にしろ、“ぎま”にしろ、どこも人が一杯。当たり前のハナシなのだけれど、人それぞれが無関係に、それぞれの場所で「つるんでいる」ということが、なんだか不思議な感じがする。そしてこの僕は、どこからもはじかれていると感じている。なぜなのかな。きっと、基地のこと。
宇夫方路の誕生日だということがわかると、サプライズのワインが出てきた。
かなり酔っ払った知らないお客様も一緒に乾杯!
「ママ、ありがとう」
気がつけば、間もなく11日の午前3時。
2009年10月04日(日)23時55分
つつじヶ丘の“みやらび”
仙川の“美ら風”のオーナー、竹原さんに電話をしたら、今日はつつじヶ丘の“みやらび”の方に出ているとのことで、さっそくお邪魔してみることにしました。
⇒仙川の“美ら風”に行った時の記事
⇒沖縄DiningBar“みやらび”のホームページ
使っている食器など“美ら風”と同じコンセプトらしい。

なるべく、創作料理っぽいものを頼んでみる。
島豆腐にアーサーをあんかけにしてかけてある。

揚げ出し豆腐に似た感じ。でも島豆腐はしっかり硬いから揚げる必要なし。揚げてないから脂っこくなくていい。
豚のタン。

確かに豚だから沖縄っぽい。そういえば、沖縄料理でタンなんて食べたことないなあ。
ミミガー入のつくね。いいアイディア、きっと悪くない。

うん、おいしい。でも、ミミガーの軟骨の食感を期待していたのだが、それがなくて残念。
それからヒラヤーチーです。沖縄の定番を、マスターはどうアレンジするのか……

意外にママでした。でも、もっとシンプルなのが食べたいなあなんて。ところが、『沖縄大百科事典』の“平焼(ひらやき:ヒラヤチー)”の項にはこんなセンテンスが……。
「ニラやキャベツなどの野菜をせん切りにして入れ……」
「本来はおやつだが、戦時中から戦後の一時期は小麦粉だけのものが主食代用にされ……」
そうか、我が家で時々おやつの感じで出てくる葱だけちょこっと入ったヒラヤーチーには、こんな背景があったのか。つまり、“みやらび”のヒラヤーチーが正統だということなのでしょうか。
(※M.A.P.after5では、いままで「ヒラヤーチー」と「ヤ」を伸ばしてきましたが、「ヒラヤチー」が正しいのかなあ。)
基本的にメニューも何も、“美ら風”と同じ、でも雰囲気はだいぶ違います。店の広さの違いが大きいのでしょうが、それだけではなさそう。開店間もない“美ら風”には、襟を正した緊張感がありました。でも、“美ら風”の方が、きっとこれから変わっていくのでしょうね。さて、慣れたとき、どうなっているのか、ちょっと興味があります。

お誘いのメールを送っておいたら、11:00を大きく回ったころにやってきた水才君。“みやらび”は深夜2時までやっている。
「喜多見には12時過ぎても入れるこういう飲み屋さんがないから、うれしいですね」
⇒前回の中真水才
遅い時間なのに、お客さんが次々やってくる。

そんなひとり、スタイリストの佐土幸太郎くん。
つつじヶ丘のAROという美容室に行けば、きっと素敵な彼に会えますよん。
《オマケ》

⇒仙川の“美ら風”に行った時の記事
⇒沖縄DiningBar“みやらび”のホームページ
使っている食器など“美ら風”と同じコンセプトらしい。
なるべく、創作料理っぽいものを頼んでみる。
島豆腐にアーサーをあんかけにしてかけてある。
揚げ出し豆腐に似た感じ。でも島豆腐はしっかり硬いから揚げる必要なし。揚げてないから脂っこくなくていい。
豚のタン。
確かに豚だから沖縄っぽい。そういえば、沖縄料理でタンなんて食べたことないなあ。
ミミガー入のつくね。いいアイディア、きっと悪くない。
うん、おいしい。でも、ミミガーの軟骨の食感を期待していたのだが、それがなくて残念。
それからヒラヤーチーです。沖縄の定番を、マスターはどうアレンジするのか……
意外にママでした。でも、もっとシンプルなのが食べたいなあなんて。ところが、『沖縄大百科事典』の“平焼(ひらやき:ヒラヤチー)”の項にはこんなセンテンスが……。
「ニラやキャベツなどの野菜をせん切りにして入れ……」
「本来はおやつだが、戦時中から戦後の一時期は小麦粉だけのものが主食代用にされ……」
そうか、我が家で時々おやつの感じで出てくる葱だけちょこっと入ったヒラヤーチーには、こんな背景があったのか。つまり、“みやらび”のヒラヤーチーが正統だということなのでしょうか。
(※M.A.P.after5では、いままで「ヒラヤーチー」と「ヤ」を伸ばしてきましたが、「ヒラヤチー」が正しいのかなあ。)
基本的にメニューも何も、“美ら風”と同じ、でも雰囲気はだいぶ違います。店の広さの違いが大きいのでしょうが、それだけではなさそう。開店間もない“美ら風”には、襟を正した緊張感がありました。でも、“美ら風”の方が、きっとこれから変わっていくのでしょうね。さて、慣れたとき、どうなっているのか、ちょっと興味があります。
お誘いのメールを送っておいたら、11:00を大きく回ったころにやってきた水才君。“みやらび”は深夜2時までやっている。
「喜多見には12時過ぎても入れるこういう飲み屋さんがないから、うれしいですね」
⇒前回の中真水才
遅い時間なのに、お客さんが次々やってくる。
そんなひとり、スタイリストの佐土幸太郎くん。
つつじヶ丘のAROという美容室に行けば、きっと素敵な彼に会えますよん。
《オマケ》
2009年09月29日(火)23時48分
仙川の“美ら風”
M.A.P.after5としては、喜多見周辺の居酒屋はご紹介しなければばらない大切な素材です。全店網羅はまだまだ先ですが。
沖縄料理のお店なら、小田急線沿線ならば経堂から登戸くらいまで、京王線でもつつじヶ丘と仙川くらいは守備範囲にしなければ、なんて考えています。
(肝臓くん、大丈夫?)
というわけで……
仙川にあるお店、沖縄料理“美ら風(ちゅらかじ)”です。

お店に入ると、まず大きなカウンターが見えます。

その周りを囲むように、ゆったりしたテーブル席。
いやいや、こんなご紹介はM.A.P.after5らしくない。お店の雰囲気や詳しい場所などをお知りになりたい方は、“美ら風”の素敵なホームページで確認できますのでそちらをご覧くださいませ。
⇒http://churakaji.jp/
この9月4日にオープンしたばかりのお店。でも結構なお客さんで賑わっています。
器は、もちろん壷屋焼に琉球ガラス、なのかな(?)

抱瓶(ダチビン)です。

泡盛をカラカラに入れて出してくれるお店はあるけれど、抱瓶(ダチビン)は初体験です。
抱瓶を上から見ると、三日月の形をしています。ぶら下げて持ち歩くとき、これで体としっくり合わさるのです。そういえば、軍隊なんかで使う水筒も、上から見るとたれパンダの目みたいな形をしている、あれもおんなじ理屈なんでしょうね。
要するに、抱瓶はアウトドアーグッズなのです。それを室内でお客様に出す、それを沖縄のうるさいお年寄りがどう考えるか、色々あるのでしょうけれど、僕はおもしろいアイデアだと思います。
今では抱瓶って、すっかり鑑賞用の置物になってしまいました。でも道具なら使わなきゃつまらない。本来の使用方法と違っていたとしても、飾っておくよりは使うことの方が大事、使われる抱瓶も、きっと喜んでいるに違いありません。
お料理にも色々な工夫があるみたい。

定番のゴーヤーチャンプルーですが、にんじんやもやしが入っている。味にもちょっとした工夫がされている感じがします。海ぶどうは最近よく知られてきた食材ですが、そのサラダ仕立てというのは、考えてみると、ありそうであんまり見かけないメニューです。
(なお、この画像は、かなりみんなで突っついて食べた後です。ちょっと食べるのをストップして撮影しました。)
豚肉の料理。

これは創作料理なのかな。
料理は、どれもこれも大変おいしく頂戴しました。ご馳走様でした。
オーナーの竹原学さんです。
(僕の女房と同じ豊見城高校のご出身なんだって。)

竹原さんは、つつじヶ丘の沖縄ダイニングバー“みやらび”のオーナーでもあります。“美ら風”は、2軒目ってことですね。がんばってるなあ。
ネーティブな沖縄を提供するのか、都会風で独創的な新しさを表現するのか、いや、たった一日お邪魔しただけで、お店のコンセプトを勝手に想像してコメントするのはやめましょう。
竹原さんの笑顔にはどこかウチナーの暖かさがあります。それを感じるために、またお邪魔しますね。次は“みやらび”を体験してみようかな。
竹原さん、今度“みやらび”のお店に出ていらっしゃるのはいつですか?
ちょっとした関連記事を読む……
⇒http://lince.jp/hito/sobaparty……
沖縄料理のお店なら、小田急線沿線ならば経堂から登戸くらいまで、京王線でもつつじヶ丘と仙川くらいは守備範囲にしなければ、なんて考えています。
(肝臓くん、大丈夫?)
というわけで……
仙川にあるお店、沖縄料理“美ら風(ちゅらかじ)”です。
お店に入ると、まず大きなカウンターが見えます。
その周りを囲むように、ゆったりしたテーブル席。
いやいや、こんなご紹介はM.A.P.after5らしくない。お店の雰囲気や詳しい場所などをお知りになりたい方は、“美ら風”の素敵なホームページで確認できますのでそちらをご覧くださいませ。
⇒http://churakaji.jp/
この9月4日にオープンしたばかりのお店。でも結構なお客さんで賑わっています。
器は、もちろん壷屋焼に琉球ガラス、なのかな(?)
抱瓶(ダチビン)です。
泡盛をカラカラに入れて出してくれるお店はあるけれど、抱瓶(ダチビン)は初体験です。
※もちろんカラカラもあります。

角度の悪い画像でごめんなさい。
角度の悪い画像でごめんなさい。
抱瓶を上から見ると、三日月の形をしています。ぶら下げて持ち歩くとき、これで体としっくり合わさるのです。そういえば、軍隊なんかで使う水筒も、上から見るとたれパンダの目みたいな形をしている、あれもおんなじ理屈なんでしょうね。
要するに、抱瓶はアウトドアーグッズなのです。それを室内でお客様に出す、それを沖縄のうるさいお年寄りがどう考えるか、色々あるのでしょうけれど、僕はおもしろいアイデアだと思います。
今では抱瓶って、すっかり鑑賞用の置物になってしまいました。でも道具なら使わなきゃつまらない。本来の使用方法と違っていたとしても、飾っておくよりは使うことの方が大事、使われる抱瓶も、きっと喜んでいるに違いありません。
お料理にも色々な工夫があるみたい。
定番のゴーヤーチャンプルーですが、にんじんやもやしが入っている。味にもちょっとした工夫がされている感じがします。海ぶどうは最近よく知られてきた食材ですが、そのサラダ仕立てというのは、考えてみると、ありそうであんまり見かけないメニューです。
(なお、この画像は、かなりみんなで突っついて食べた後です。ちょっと食べるのをストップして撮影しました。)
豚肉の料理。
これは創作料理なのかな。
料理は、どれもこれも大変おいしく頂戴しました。ご馳走様でした。
オーナーの竹原学さんです。
(僕の女房と同じ豊見城高校のご出身なんだって。)
竹原さんは、つつじヶ丘の沖縄ダイニングバー“みやらび”のオーナーでもあります。“美ら風”は、2軒目ってことですね。がんばってるなあ。
ネーティブな沖縄を提供するのか、都会風で独創的な新しさを表現するのか、いや、たった一日お邪魔しただけで、お店のコンセプトを勝手に想像してコメントするのはやめましょう。
竹原さんの笑顔にはどこかウチナーの暖かさがあります。それを感じるために、またお邪魔しますね。次は“みやらび”を体験してみようかな。
竹原さん、今度“みやらび”のお店に出ていらっしゃるのはいつですか?
(文責:高山正樹)
《おまけ》ちょっとした関連記事を読む……
⇒http://lince.jp/hito/sobaparty……
tag: #竹原学 海ぶどう 沖縄居酒屋.美ら風 ゴーヤーチャンプルー
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