玉城流喜納の会公演“初華に舞う”(6月の沖縄8)

国立劇場おきなわ大劇場・・・
玉城流喜納の会、会主・師範・教師お披露目公演
“初華に舞う”

開演は3時から。
受付には宇夫方路の先生の関りえ子さんが。「今踊ってるよ」と言われて急いで客席へ。

第一部の古典は、まるで能のよう、すぐに気が遠くなって、いつしか気を失いました。
(隣に座っていた金城君の「眠いですね」の囁きに起こされました。)
宇夫方路が踊った踊りは「天川」と、初代家元・喜納初子先生が創作した「銭掛の花」という踊り。

第二部は少し賑やか。八木政男さんが進行役、そのウチナーグチは、僕には95%理解不能でしたが、でも、会場をいっぱいにしていたご年配には、大いに受けていました。この年代の方たちの間では、まだまだウチナーグチは生きています。
宇夫方路は「仲島小唄」と「海のチンボーラー」を踊りました。

宇夫方路に、古いお友達のるみさんからお花が届いていました。
宮崎るみ子さんから届いたお祝いのお花

パンフレットのイラストは宇夫方隆士さんが担当。
パンフレットのイラスト
八木政男先生のご紹介。
八木政男先生の掲載写真
いったい何年前の写真を使っているのでしょうかしらん。

最後は、舞台に全員揃って、二代目家元の伊波正江先生と八木政男先生に花束をお渡しして幕、ちなみに、八木先生に花束を渡したのは宇夫方路さんでした。

沖縄の二日目は、M.A.P.としてはちょっと小休止っぽい一日でした。

《おまけ》
かみさんの実家へ。
近頃、「白百合」などというとても泥臭い泡盛が、一部で密かに流行っていたりするようですが、基本的には、最近の泡盛はどの銘柄もずいぶんと飲みやすくなって、どれもこれもあまり変わらなくなってしまいました。35年ほど前、僕が初めて飲んだ泡盛たちは、それぞれみんなとてつもなく癖があって個性を主張していました。
今日、そんな懐かしい味を思い起こさせる実にうまい古酒を飲みました。
古酒の瓶
瓶の裏側にはこんな説明書きが……
古酒の能書き
1956年ということは、52年ものの古酒ですね。
「2000年沖縄サミット各首脳晩餐会で乾杯の音頭に使用」とあります。そういえば2000円札も流通しなかった。あれから沖縄は何も変わってはいません。いや、むしろ閉塞感や絶望感が拡がっているのではないか、そして、とてつもない断絶が、密かに進行しているような気もします。
今日は、実に様々な沖縄を廻りました。
(文責:高山正樹)

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さき、ぬでぃねーらん

酒断ち、半日もたず。
さき、ぬでぃねーらん

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浅野さんの娘さんと、秋武一也君と、浅野さんの仲間。お店の仕事を終えてのお疲れさんらしい。まだ暖簾出てるのに、さき、ぬでぃねーらん

ぼく、帰りましょうね、っと。

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またもや宇夫方路の沖縄報告その1 100シリーズ【みぃーむーん食堂】

まず腹ごしらえ。
「みぃーむーん食堂」にて。
みぃーむーん食堂
以前は首里にあったお店が2月14日に西原でオープンしました。
材料にとことんこだわっています。使用するのは自然食品のみ。
ランチです。
ランチ
玄米雑穀米を選べます。おかずはヘルシーに野菜だけですが、スープと食後のドリンクと、そしてミニデザートまでついて、何と、お値段650円也。沖縄タイムスの朝刊で紹介されたばかりで大繁盛。お弁当を買いに来る人もたくさんいました。
(こういうお店が新聞に載ったとたんに、地元の人たちが集まってくるということは、沖縄の食生活も、ずいぶんと変わってきちゃったということなのかなあ。ランチは楽天市場じゃ出せないし……、ん?)

店長の呉屋君です。
(真ん中のナオちゃんがケーキ焼いてます。右の方のお顔になんだか妙なものがはりついているように見えますが、これはキッチンにぶら下がっている色んなもののひとつが重なっちゃったのです。こんど機会があったらきちんとご紹介しますので、今日のところはこれでごめんなさい。)
ぐぅー……
呉屋君たち

ピース!(それとも、じゃんけんぽん?
ピースのアップ


“みぃーむーん”の「みぃー」は「猫」で、「むーん」は「月(moon)」なんだとか。
あれ、これって、もしかして「勾玉」?
(勾玉の記事を読んでみてください。コメントも一緒にね。⇒http://lince.jp/…

でも金城君いわく、ウチナーグチの「新しいもの」という言葉にも引っ掛けているんじゃないかなって。

さあ、おなかいっぱいになったので、いざ出陣!

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一歩一歩焦らず地道に【船津好明さん】

前明星大学経済学部教授、現法政大学沖縄文化研究所研究員、船津好明さんと新宿でお会いしました。
船津さん
メインの肩書きは沖縄語教育研究所長。元創造の女優さん、桑江テル子さんのお知り合いです。劇団創造の又吉さんにご紹介していただいたのです。東京近郊にいらっしゃってウチナーグチの話せる方を紹介してくださることになりました。

ウチナーグチをしゃべりたいというたくさんの若者たちを集める、なかなか大変ですが、一歩一歩こうして進んでいくしかありません。焦らず地道に。ああ、でも儀間さんのために、早く形にしたいなあ。

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うぶかたみちの沖縄日報(1)【首里の“富久屋”】

首里の「富久屋」というお店。
富久屋の看板

富久屋の入口

“しよん”のメンバーに会いました。
紹介してくれた金城君も同席してくれました。
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後列左から金城君、喜久村敦子さん、山城恵美子さん。
前列は左から富久屋のマスター、私、そして長池朋子さんです。
長池さんは前回のおきなわワールドでお話ししました。敦子さんはその時の貴子さんの妹さん。山城さんは初めましてですね。
怖いおかみさん(マスターいわく)は今日は確定申告のためお休み。
このマスター、べらべら方言でしゃべるからよくわからん。金城君もなまりが強いって、どこの言葉だろう……、マスターに聞いたら首里だって。

定食を食べました。
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喜久村さんと山城さんは全くお酒が飲めないそうなんですが、長池さんはお酒大好き。一杯飲むくらいなら飲まない。いっぱいじゃなきゃ。って。というわけで本日はアルコール抜きでした。めずらしい。
長池さんは、今度高山さんと飲むのを楽しみにしています。

続く…

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うぶかたさんの沖縄通信その3の3

私たちはCDの販売で忙しく、ロビーの歓談には不参加。やっと落ち着いてから、改めて楽屋に御挨拶に伺いました。
知念正真さんと再会です。
知念正真さんと再会
横を向いていらっしゃる時は笑っておられるのですが…

楽屋通路で皆さんと記念に。
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この画像はOfficial Blogでも使用したのですが、撮影したのは金城君。
金城君「知念先生、笑ってください。」
知念先生「今、思いっきり笑ったんだけどなあ。」

左の方は、もちろん演出の幸喜良秀さん。そして右の方は今回制作を担当された「創造」の又吉さんです。
又吉さんは終演後の舞台挨拶で私たちのCDを宣伝してくださいました。
「人類館のCDをロビーで販売しています。定価2300円のところ、本日おいでの皆様には、特別に2300円で販売いたします。」
場内大爆笑!おかげでたくさんのお客さまにCDを買っていただきました。ありがとうございました。

この日、沖縄の劇場に来たお客様の感じは、東京とはずいぶん違いました。ウチナーグチは、東京では「違い」を際立たせる武器、でもここでは、「同じ」であること分かち合う温かい命の道具なのですから。

劇場を出ると、知念先生の奥様にお会いしました。
記念に一枚お願いします。カシャ!
知念先生の奥様と

これで、今回の沖縄からの報告は、全て終わり!

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沖縄出張4日目(長ーい一日5)

…と、大城立裕氏より携帯に電話あり。

「できたけど、今日来ないの」
確かにお願いしていたことがあったのですが、相変わらずお早い対応に感謝。「来ないの?」とおっしゃられれば、行かないわけにはいきません。
「飛んで参りますとも」

本日の大城立裕さんです。
大城立裕と高山正樹
というか、高山君、だんだん厚かましくなってません。
大城先生の「呆れたもんだ」という感じの笑顔。

記念撮影です。奥様が撮ってくださいました。
大城立裕先生を囲んで

長島さんとは、ここでお別れ。次は、きっと白石准を連れてきますね。

金城君に案内してもらって桜坂劇場へ行きました。
 ⇒桜坂劇場のOfficial_Site
ここのホールで「どんぐりと山猫」とかできないかな。「ウラジロガシと西表山猫」版。
市民講座でも、何かできるかもしれない。宇夫方路の日舞教室なんてのはどうだろう。高山正樹の「標準語朗読講座」とか「鼻濁音講座」とか。はたして面白がってくれるか、石もて追われるか。
(ここまで書いて八木政男さんのお話を思い出しました。これもまたそのうちにOfficial_Blogにて。)

玉城さんと待ち合わせした時間にはまだ少し時間があります。劇場の前のベンチで、しばらくボーっと、道行く人たちを眺めていました。いい季節です。内地は温暖化で季節が失われている、そして春と秋が、とても短くなっている気がします。沖縄にはその春と秋が残っている、そんなことを実感した時間なのでした。

ボチボチ行こうか。テクテクと…

※やっぱりサブカテゴリが足りません。あといくつ記事を分ければいいのだろう…

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沖縄出張4日目(長ーい一日2)

お昼。
沖縄タイムスで教わった「てぃあんだー」で食事、そばタイムです。
てぃあんだーのソバ

さあ、食べるわよ、長島さん!
路さん戦闘開始 長島さんは写真撮ってから
長島さん。お久しぶりです。長島千加さんは白石准ウォッチャーです。山猫合奏団沖縄誘致を画策してくださっていたりするのですが、夕刊がなくなるくらいの不景気で、なかなか「ムチカシー」、じゃない「ムチカサン」。

てぃあんだー
ご馳走様でした。 …ん?
 
売切れ次第で完売
この看板、「売切れ次第で完売」って、なんか変じゃない?

さて、お仕事の始まりです。

tag: うちなーぐち  山猫合奏団  沖縄の呑食処.てぃあんだー  沖縄料理.沖縄そば  沖縄の旅_2009年春  長島千加 

沖縄出張2日目の午後

金城君の案内で。

首里の末吉公園近くの路上から撮影した那覇郊外の風景です。
那覇郊外の風景
当たり前のことですが、ここには沖縄の「普通の」人たちの生活があります。
画像左下に見える銀色のタンクは水を貯めておくもの。沖縄では一般の家屋にも「普通に」よくあるものです。
10年以上前に聞いた話。
「沖縄は恒常的な水不足で、台風の時期に一挙に降る水を各家庭で確保し、水不足に供えている。しかし、水の不足する時期にも貯めてしまうので、それがまた水不足を助長している。」
ダムがいくつか出来て、今はだいぶ改善されているようですが、全てうまくいっているのでしょうか。ダムと自然環境は、うまく折り合いがついているのでしょうか。金城君、教えて。

さて180度振り返ると、路地の反対側には…
下門の入口
沖縄そば下門(しむじょう)の入口。
沖縄で「門」を「じょう」と読むのは「普通」のこと。でも「『門』を『じょう』と読む」という表現はどうなのでしょう。「『城』を沖縄では『じょう』ではなく『グスク』と読む」というより、「沖縄の『城』は『グスク』という」という方が正しい感じがする。それに従うと「沖縄の『門』は『じょう』という」のが正しいのでは?
ああ、なんだか分かんなくなってきた。カナグシク君、助けて。うり、カネグシクは間違い? ああムチカシイ。「ムチカシイ」って、首里言葉では何て言うんだっけ……

ブツブツ言いながら入って行くと…
下門の建物1
2007年の3月に、国の登録有形文化財に指定された家屋です。
中は、観光客の方で賑わっていました。

ソーキそばを注文して、出来上がる前のちょっとの間、表を巡ってみました。
下門の建物2
下門の建物3

裏手にはこんなものが。
フール
フールです。豚の飼育小屋 兼 人間の便所。
人間の汚物を豚が食べる。いわば自動餌供給システムですね。
「カミサンの母上はやんばる出身、20年以上前だが、その実家のあたりで普通に見た記憶がある。もちろんもう使ってはいなかったけれど」とは、高山正樹の便、じゃない、弁。

便所の後に食べ物の画像とは、ちょっと気が引けないでもありませんが、結局、育った豚は人間に食べられたわけだから、この並びも間違いではありませんね。
下門のソーキそば
ご馳走様でした。

表に出ると、あ、モノレールだ。
モノレール
冒頭の画像のちょっと右側、駅舎に停まっている車輌、分かりますか?

さて、腹ごしらえも終わり、いよいよ金城君引き回しの旅のはじまりです。

まずは沖縄タイムス社へ。
さあ、あらためて、金城君のご紹介です。
又吉さんと金城君
左側で笑いこけているのは金城君じゃありませんよ。例の又吉千夏さんです。
右でにこやかに笑っているのが金城史彦。年齢不詳。

続けて琉球新報へ。
久場安志記者と金城君
いつも“おきなわおーでぃおぶっく”を記事にしてくださる久場安志記者と金城君。
久場さんのお兄さんが金城君の同級生だと判明。(こんなふうにあっちの友達とこっちの親戚が繋がっているみたいなことは沖縄では「普通」のこと。)
つまり、金城君は久場さんより年上だということですね。で、久場さんはおいくつなの? ミステリー!

沖縄出張2日目は、まだまだ続く……

tag: 金城史彦  又吉千夏  久場安志  那覇  沖縄の呑食処.下門(しむじょう)  うちなーぐち  沖縄料理.ソーキそば  琉球新報  沖縄タイムス  沖縄の旅_2009年春 

カテゴリー“儀間進”

儀間進氏のカテゴリーを作成しました。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/tag=儀間進

そういえば儀間進さんのご紹介をOfficial_Siteでもきちんとしてないなあということで、とりあえずここでご紹介しておくことにしました。

1931年、首里に生まれる。
琉球大学文理学部国文学科卒。
伝説の雑誌「琉大文学」にも参加。

ずっと高校の先生でいらっしゃいました。
以前ご紹介した海の一座の作者、謝名元慶福氏も、人類館の知念正真氏も、儀間先生の教え子です。
高校教師のかたわら、1970年には個人誌「琉球弧」を創刊し復帰前後の評論を発表。あの温和な儀間さんは、当時どんな論客だったのでしょうか。
また、今でこそたくさんのウチナーグチにまつわるエッセイやコラムがありますが、儀間さんは「琉球弧」に「沖縄の言葉遊び」と題して書いていて、それが「新沖縄文学」、「沖縄タイムス連載」と繋がっていくのです。まさにこの分野でのパイオニア的存在です。
(儀間先生に限らず、当時の沖縄は、いわゆる文筆業だけで暮らしていけるような状況ではありませんでした。大城立裕氏も小説家と博物館館長という二足の草鞋、劇団創造はアマチュアでみなさん仕事を持っていらっしゃいます。詩人新川明氏も新聞記者などなど、ただ、これは沖縄にかぎったことではないのかもしれません。まだまだ中央文壇という存在はとても大きい。なんだか風穴開けたいなあ)

では最後に著作のご紹介もしておきましょう。

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tag: 大城立裕  儀間進  うちなーぐち  知念正真