カジマヤーとキジムナー


今日は……
旧暦10月26日、カジマヤー

数え年97歳のトゥシビーに長寿の祝いをする。「風車」とか「風車祭」とか表記する。

トゥシビーについてはこちらを…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1428.html

カジマヤーとは「風に舞うもの」の意。かざぐるまをそんなふうに呼ぶ。美しいと思う。転じて十字形のものもカジマヤーといい、四辻(十字路)などもカジマヤーである。
老いれば童心に帰るからカジマヤーなのだというふうに言われているが、古来は模擬葬式であったらしい。昔は人が死ぬと、墓まで七つの四辻を渡っていった。それを模して、例えば名護では97歳の老人に死装束を着せて盛大にパレードをする。七か所の十字路では人々が待ち受けていて、ご当人から風車を貰ってその長寿にあやかる。
「もうあの世に行かれる歳になりました。どうぞお引き取り下さい」
そんな内容の祈願でもあったのだと聞けば、なんだか悲しくもある。

映画監督のOさんがOさんと一緒にやって来た。ややこしい。ひとつは、11月31日の中央公民館の会議が終わった後に発表する。もうひとつ、というかふたつというか、来年一月の沖縄映画祭の上映作品のこと。Oさん(監督の方)から、連絡を待って発表する。

今日は他にもやらなければいけないことが山積み、でもそれらはそっちのけで、やっぱりあれこれ大嫌いな政治がらみのことを考えていたのだ。しかし、もうそれどころではない。あしたは保育園での本番。ちゃんとした仕事である。
ふと、思いついた。宇夫方女史をカジマヤーならぬキジムナーに仕立てよう。童心に返ってもらう。よし、これで行こう!そう決めたら腹が減っていることに気がついた。マーチャンそばに飯を食いに行くことにした。

肉野菜炒め

Yさんが今夜も飲んでいた。そのYさんから、Yちゃんに(またややこしい)殴り掛かられたという話を聞いて、またひとつ呟けない話を聞いてしまったのである。

【追伸】
この日の新聞に、上原成信さんがお亡くなりになったという記事が載った。

上原成信逝去1 上原成信逝去2

思わず声が出た。
成信さんと初めてお会いしたのは、大崎の“沖縄語を話す会”(2009年7月)であった。その時に成信さんからゴーヤーの苗を頂いた。今年は忙しくてゴーヤーまで手が回らなかったが、以来事務所で栽培するゴーヤーは、苗ではなくその前年に収穫したゴーヤーの種から育てているもので、つまり成信さんに貰った2009年の苗の子孫たちなのである。

上原成信さんとは2010年の忘年会が最後になってしまった。2014年に沖縄へ戻られていたことは知らなかった。
2016年の沖縄映画祭比嘉賢多「沖縄/大和」を上映したが、その映画には上原成信さんが登場されていた。普天間に立つ元気な上原成信翁をスクリーンに観て、成信さんはいてもたってもいられずに時々沖縄に行かれているのだろうと思っていたのだが、「沖縄/大和」は2014年の作品、その頃に沖縄に戻られたということか。

しかし、「沖縄/大和」の中の上原成信氏は、ネトウヨに毛が生えたような若者たちと議論してかみ合わず、むしろ論理的には負けていた。でもそれは、成信翁の責任ではないと僕は感じたのだ。なんというか、彼らを説き伏せるだけの力を持つ思想を構築して来なかった「内地」の運動の脆弱さを思ったのである。さて、そのシーンを撮って映画に使った比嘉賢多はどう思ったのか、今度会ったら聞いてみたいと思う。

自宅の書斎の本棚から、上原成信さんが2009年に出版した「那覇軍港に沈んだふるさと」を引っ張り出してきた。
那覇軍港に沈んだふるさと

装丁は三線で使われる蛇皮の柄、そして上原成信さんの言葉が書かれている。
「沖縄の基地をめぐる状況は、64年余、基本的には何ひとつ変わっていない。しかし、若いウチナーンチュたちが中心となり、闘っていくことでいつか基地のない沖縄がくることを信じている」
それからもう8年、相変わらず何も変わらない沖縄。むしろ状況は酷くなっている。

享年90歳。普通なら大往生なのかもしれない。しかし死因が膵臓がんだと聞けば、まだまだ戦っていらっしゃたのに違いないと思えてくる。カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュにとっては早すぎると、僕はそう思う。

最近、このブログに登場する方のタグリストなるものを作った。
 ⇒このブログに登場する沖縄の人たちのタグリスト
亡くなられた方には、△印をつける。その数がずいぶんと増えてしまった。上原成信さんにも今から△をつける。僕はこちらに住んでいらした成信さんしか知らないので、「内地」在住のウチナンチュのママにしておこうと思う。

間もなくこの僕も還暦である。まだまだ小僧である。世相を越えてゆったりした存在になれる日が、はたしてこの僕に来ることはあるのだろうか。

上原成信さんの御冥福を心からお祈りしている。

tag: 比嘉賢多  沖縄この日何の日  うちなーぐち  喜多見_居酒屋.マーチャンそば  上原成信 

今年の方言の会は鬼になる

告知記事はこちら…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4552.html

tag: うちなーぐち 

何か忘れていないかなと色々呟いてみたら…

ともかく、今日は気になるイベントが色々あった。

三線仲間のIさんが、ツイッターでこんな事を呟いた。
「湛水流伝統保存会、平光雄師97才かじやま―記念公演へ行った。東京江戸博物館の中にあるホール。照明は先日、お世話になった渡辺さんだったとか・・・」
この珍しい湛水流の公演、何にもなければ是非行きたかったのだが残念。そうか、Iさん、行ったわけね。でもさ、この前の11日の我々の発表会で照明をお願いしたのは龍前照明の坂本さんだよ。音響は渡邉禎史さん。しょうがない、返信しちゃおっと。

gajumui

渡辺さんは音響さんですよ。
11-18 21:48

そうしたら「あら、失礼!音響さんだったわ。いやぁん、呆けちゃった・・」と来た。

そうか、あの日の打ち上げの時、山川夏子が渡邊さんに頼んでいた沖縄関係イベントの音響の仕事って、これだったのか。それにしても本番一週間前に音響を探してるってのは、いったいどんな事情があったんだろう。気になるなあ。

中真水才くんのfacebookで、彼の弟の光石の勝利を知った。(そうか、水才はツイッターよりもフェイスブックか、なんて思いながら、こっちはツイッターにこだわって…)

光石、勝利、おめでとう!世界チャンピオンへの道、繋がった?いつ帰ってくるんだい?
11-18 22:15

…兄貴にメンションを送った。と、返信があった。
「有難うございます。何とか、まだ、ボクシングやれそうです。(^_^;) 自分は明日帰りますが、弟は1週間くらい沖縄に残ると思います」

勝利直後の中真光石そして別途メールで一枚の画像が届いた。

水才兄貴によると、試合後の画像はこれ一枚だけ、光石はとっとと奥さんの実家へ行っちゃったらしい。そりゃあそうだ。親父の家よりずっと居心地がいいに決まっているもん。北谷でやった高江の朗読劇の時、宮城康博氏と「嫁さんの実家は最高さあね~」みたいな話をした。沖縄って、特にこの感覚が強い気がする。

←※(クリックすると大きくなります。)
おや、それにしても光石くん、だんだん親父さんにとっても似てきていないかい?
 ⇒親父さんの顔が見られる記事へ
そうか、沖縄の男性ってイケメンだが、歳を重ねていくとこうやってシーサー顔になっていくんだ、きっと。

一回ダウンを奪っての判定勝ち、いったいどんな試合をしたんだろう。鬼になって右を打つ、そんな試合が出来たんだろうか。
 ⇒“出ないなら出る練習をする”
次の試合、後楽園ホールでみたいなあ。それも勝つ試合をさ。
ともかく水才兄貴、ご苦労様でした。そして中真光石くん、勝利おめでとう!お疲れ様でした。

お疲れ様といえば、シーサーたぬき、じゃない、シーサー玉城さんの一世一代の公演「シーサー玉城祭り」、どうしたかなあ。相方の比嘉ハゲル、じゃない、比嘉モエルくんにツイッターでメンション送ってみようっと。

お疲れ様でした。今頃打ち上げですかね。シーサーたぬき、じゃない、シーサー玉城ちゃんにも、「おめでとう、おつかれさま」とお伝えください。 @moeruhiga
11-18 22:19

返信なし。まあ、そうだよね、きっと今頃大騒ぎ。
そのかわり、パンローリングの丸山さんから画像が届いた。
シーサー玉城祭り1

シーサー玉城祭り2丸山さんは4日に発売開始になったばかりの「うちなーぐちフィーリング~語てぃ遊ばなシマクトゥバ~」を「シーサー玉城祭り」の会場のロビーで販売していたのである。

「シーサー玉城祭りに伺って参りました。初めてシーサーさんのステージを拝見したのですが、お客様がビール(オリオンとゴーヤドライ)片手に唄って踊っての大合唱で、私もつられて手踊りと合いの手を挟ませていただきました。シーサー玉城愛にあふれた、本当に素敵なステージでした。」

すばらしい!これからは「たぬき」なんて失礼なこと言っちゃあいけませんな。
肝心のCDも5冊売れたようで、購入して下さった方は…
(1)普段から「琉神マブヤー」でお子様にうちなぁぐちの英才教育をしているという沖縄出身の女性、(2)東京にいるといつの間にか忘れかけてしまうと言っていた60代位の女性、(3)俺も勉強したいと言っていた50~60代の男性、など。
さすがに丸山さん、ちゃんとリサーチしてるんですね。我が社も見習わなくてはいけませんねえ。しかし、「琉神マブヤー」でうちなぁぐちの英才教育が出来るとは知らなかった。

それからっと、そうだ、YS氏のお姉さまのMさんに、昨日のお礼をまだしていない。こりゃいかん。

昨日はご来場ありがとうございました。で今日のいわき公演には、お知り合いはお見えになれなかったようです。残念。 @maribook
11-18 22:29

Mさんは福島のお友達に声を掛けてくださっていた。
Mさんからの返信…
「プリモ、本当に素敵なスペースですね!決算でウニ状態の頭がすっきりしました!福島の友人は、今週は東京でした。残念がってた」
こちらも残念。次の機会に是非!

さあ、こんなもんかな。もしツイッターがなければ、こんなマメなこと、僕にはきっとできなかった。これ、ツイッターの効用かな。

事務所は仕事中

さて、何か忘れてないかな。(事務所ではまだ口腔、じゃない煌々と明かりをつけて地図の仕事中。僕は離れた場所に布団を敷いて寝るのだ。寒いけれど。そして明日は、ともかくまず歯医者なのだ。)
11-18 22:35

降圧剤を飲むのを忘れていたさ。
11-18 23:25

あら、また線量測定を忘れてた…

tag: うちなーぐち  うちなぁぐちフィーリング  地図の仕事  中真光石  シーサー玉城  MAP事務所の線量 

ウチナーグチのこと、頑なではなく

(※この記事は11月10日にアップしました。)
《9月2日(金)》
大震災から175日目……

沖縄の情報を流しているツイートをいくつかフォローしている。そのひとつから、こんなツイートが流れてきた。
「宜しくお願いします⇒ゆたしく、うにげ~さびら」
つまり、日本語の「宜しくお願いします」を、ウチナーグチで言うと「ゆたしく、うにげ~さびら」だというのである。
どうでもいいかなと思ったのだが、でもちょっと興味があって、返信してみたのである。

【呟いてみた】
12:07
正しくは「ゆたさるぐとぅうにげーさびら」沖縄語を話す会の国吉しぇんしぇいは「こうして本当の美しいうちなーぐちが間違っていく」と嘆いています。さて…


すると、先方から返信が来た。
「方言は大切にしていきたい沖縄の文化のひとつ。正しく伝えていきたいものですね♪ありがとうございます♪」

この記事は11月10日に書いている。実は小生、「よろしく」は「ゆたしく」ではなく「ゆたさるぐとぅ」でなければならないと、「国吉しぇんしぇい」のように頑なに考えているわけではない。ウチナーグチを勉強し始めて、どんどんと「ゆたしく」だって構わないと思い始めているといってもいい。ともかくそう簡単な話ではない。いずれきちんと追記したいと思うが、とりあえず関連したことを書いた記事にリンクを貼っておこう。
 ⇒(ハイサイとハイタイのこと)
 ⇒(藤木勇人氏の色紙)
 ⇒八重山では「ゴーヤー」ではなく「ゴーヤ」ですという話題
 ⇒オジイ・オバアとタンメー・ウスメーのこと
……と、重要な記事を暫定のママにしていることに気がついた。
2010年7月23日の記事。
 ⇒お久しぶりの儀間進先生

いやいや、早いところなんとかしないと、忘れそうだ……

【追伸】
数日後、定期的に自動配信でもしているのだろうか、「宜しくお願いします⇒ゆたしく、うにげ~さびら」というツイートが、全く変更されることなく流れてきたのであった。

tag: うちなーぐち 

松・竹・梅・鶴・亀【中央公民館のつどい】第4回実行委員会

今日はバレンタインデー。M.A.P.の西岡さんが、手作りお菓子を作ってきてくださった。
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本日、宇夫方女史は誰かの代理でどっかにお出掛け。
 ⇒http://mapryukyubuyou.ti-da…

ところで、琉球舞踊に“松竹梅鶴亀”というなんとも欲張りな演目があるそうで、頭に松・竹・梅・鶴・亀の被り物を乗っけて踊るんだとか。最低5人。松・竹・梅・鶴・鶴・亀・亀で7人の場合もあり。松・松・竹・竹・梅・鶴・鶴・亀・亀だと9人。松・松・松・竹・竹・竹・梅・鶴・鶴・亀・亀で11人。いったい何処まで増やせるのだろう。何故か梅は必ず一人。何だか想像しただけで笑えるが、決して笑わす踊りではないらしい。
因みに宇夫方女史の初舞台は痩せていたので鶴だった。今なら亀か。

高山正樹はお昼にツルツルっとカップ沖縄ソバを食べました。
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そして、この日の宇夫方さんが、出席した会合で貰ってきた御土産はこれ。
田芋のドラ焼き
ドラえもんの好物。バレンタインとは無関係。単なる日常。

沖縄の“オバー”の、カメー攻撃って知ってますか?
(※ウチナーグチで「カメー」とは「食べなさい」の意)

【“中央公民館のつどい”第4回実行委員会】
この日私が出掛けたのは東京琉球舞踊教会の会議です。それが終わって事務所に戻って仕事、それから例の会議に行きました。

役員の名前が読み上げられました。
「あれ、〜さんの名前が抜けてる」
「あら、あたしの名前はないから、やらなくていいんじゃないの」
「そんなこと言わないでやってくださいよ」

私たちの二つ前に“ハウオリウクレレメイツ”というウクレレのサークルの方々の発表があります。その中に沖縄の方がいらっしゃいました。「楽しみにしていますから、頑張ってくださいね」と、声を掛けてくださいました。
その方のご紹介は本番の時に。でもウクレレを聞く時間の余裕あるかなあ。控え室のこととか、スムーズにいけばいいんだけど。なにしろ一つ前が〜さんだから。
(宇夫方路?)

tag: オバア  松竹梅鶴亀  MAPの人  中央公民館のつどい  沖縄そば  うちなーぐち 

アイヌのこと、少し……

智内さんから電話があった。松元さんがNPOを立ち上げて、そのパーティーが今日の夜、青山であるから行かないかというお誘いである。智内さんはいつもいつも今日の今日電話してくるからなあ。今晩は三線教室、残念ながらパーティーには行けそうにない。

三線教室のことは宇夫方女史が専用ブログに書くだろうから、こちらは別のこと。

最近、比較的大きな劇場に芝居を見に行くと、大量のチラシを渡されて辟易する。開演前の時間つぶしにはいいのだが、その後の始末に困る。それでも、沖縄関係の演目があれば、それだけは商売柄スクラップ用に持ち帰るので抜き取るが、後は座席の下に重ねておく。

先日の紀伊国屋ホールでは、文化座のチラシを一枚だけ持って帰った。それと同じチラシを、今日の三線教室、持田明美が持ってきた。その芝居で三線の指導をしたのだという。文化座は沖縄にずっとこだわってきた劇団でもある。宇夫方女史の琉球舞踊の先生で、高山正樹のカミサンの親友である関りえ子さんが、文化座の「ハブの子タラー」で踊りの指導をしたのはもう20年も前のことだったと記憶するが、2004年の再演の時には、持田女史のユニットのシーサーズが、三線に加えて踊りの指導もしたらしい。なんだかなあ。

「銀の滴降る降るまわりに 首里1945」
銀の滴降る降るまわりにチラシ表 チラシ裏
それもこれも、きっと新城亘しぇんしぇいと文化座の繋がりがあってのことなんだけど。
佐々木愛さんと亘さんはお友達。

詳細は下記サイトからご覧いただくとして……
 ⇒http://www.bunkaza.com/theater/ginnosizuku…

実は、ボクの沖縄はここから始まった。
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そして今、ウチナーグチの勉強をしているのも、きっとここが始まりなのだと思う。
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“社長とは呼ばないで”に、「アイヌのこと」というカテゴリがあって、遅々として進まず停滞中だが、しかしそれがもう少し進めば、いずれこちらの表のブログでも、アイヌのことを正面から扱う時がくるのかもしれない。だから、「アイヌ」というカテゴリを作ってしまうことにした。今はまだ、アイヌの周辺をウロウロしているだけの記事ばかりだが。
果たして、あらためて読んでくださる方などいるのだろうか。
アイヌのことを語り始めれば、沖縄のように大変なことになることが分かっている。
だから、文化座の芝居、見に行こうかどうしようか、迷っている。

やっぱり、これから青山は無理だな。智内さんに連絡したが、留守番電話だった。しょうがないから三線教室の皆さん、一時間一本勝負で飲みに行きましょうか。

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tag: 佐々木愛  三線  アイヌ  智内好文  持田明美  MAP三線教室  関りえ子  うちなーぐち 

もう少し《コンケン・アイの営業情報》【鳥肌が立つburugiidaci】

本部から見えた今日の富士山。
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頂に雪が被っている。もう少し空気がキンとなって、鳥肌立つくらいになれば、きっともっと鮮やかに見えるんだろうな。
 ⇒2008年12月28日の富士
 ⇒2010年2月4日の富士
 ⇒2010年9月7日の富士

 ↓(何日か前の昼間のコンケン・アイ)
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現在休業中のコンケン・アイの親父さんから留守電が入っていた。
「15日から20日、営業します。一日でもいいから来て下さい」

奥さんは店に出るのかなあ。タイ料理は食べられるのかなあ。
奥さんが退院したというハナシは聞いていた。でもまだまだらしい。足の傷からばい菌が入ったのだとか。でもきっともう少し、完全復活を待っています。
もちろん奥さんがまだ出ていらっしゃらなくても、必ず一度は伺いますとも。


健康ゲームは食べ物ばかりではない。
10kgのダンベル
もう少し、がんばらなっちゃ……
バランスボールに座る渋谷保幸
もう少し、もう少し……
[subcate.健康ゲーム]
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tag: MAPの人  健康ゲーム  MAP琉球舞踊教室  金城多美子  松原通_居酒屋.コンケン・アイ  富士山  うちなーぐち  旧友 

“仲宮里”再訪《藤木勇人の色紙》と《大場久美子の色紙》

日本橋高島屋で時間を潰して、やっと夕方になりました。宇夫方路女史と東京奏楽舎の桃原くんと、新富町で待ち合わせ。雨の中、三人連れ立って仲宮里に向かいます。10月20日以来、10日ぶりです。

御挨拶して、それから軽く食事をして帰るつもりが、肝臓ノーダメージと言われたわたくし高山正樹、ついつい頼む泡盛のロック。
泡盛ロック

お酒を頼めばお通しが出てきます。クーブイリチー。
クーブイリチー

宇夫方さん御注文の沖縄ソバ。
沖縄ソバ

桃原くんの好物、フーチャンプルー。
フーチャンプルー

そして僕はプリン体汁、じゃないイカの墨汁!塩なしで頼みました。
イカの墨汁
やっぱり少し薄い。味ではなく墨がです。僕のカミサンが東京で作る墨汁も同様、沖縄のあの濃厚なイカ墨は東京では手に入らないのかもしれません。でも、おいしかった。ご馳走様でした。

今日はあまり時間がないので、これで失礼します、そういってレジへ、ふと見上げると藤木勇人さんの色紙。
有名人の色紙
沖縄語録だって。

「だからよー」
「なんでかねー」
「であるわけさ」

沖縄語にうるさい方々は、これはウチナーヤマトゥグチであってウチナーグチではないと眉間に皺を寄せられることでしょう。でも僕は、それは少し違うと、奄美にルーツを持つ藤木勇人さんと、実際に会って話をしてから思うようになりました。きっと藤木さんは全て分かっていて、敢えて「ウチナーヤマトゥグチ」を「ウチナーグチ」だと言っている。この色紙を見て、あらためてまたそう思ったのです。
 ⇒藤木勇人さんと会った日のこと

だから、僕も語録にいくつか付け加えてみましょうね、っと。

「しましょうね」
「じょーとーさー」
「だーはずよ」

桃原くんは横浜生まれ。沖縄の言葉も宮古の言葉も全くしゃべれません。お亡くなりになったお父様も、いわゆる「標準語」しか使われなかったそうです。田舎に帰っても、御兄弟がいわゆる方言を使っているのに、お父様は標準語で受け答えをされて、一切「方言」は使われなかったようです。つまり、聞き取れるけれど(そしてたぶんしゃべれるにもかかわらず)「標準語」しか話さなかった桃原くんのお父様。「桃原」は「とうばる」と読むのですが、かつてお父様は「ももはら」と名乗っていらしたと桃原くんから聞きました。

沖縄の言葉、それに対して、きっといろいろな人がいろいろな思いを抱いているのだろうなあ。

藤木勇人さんは弟みたいな人、そう仲宮里の奥様はおっしゃいました。

最後に奥様と桃原健一くんとで記念撮影です。
“仲宮里”の奥様と桃原健一くん
「頑張ってね、ウチナーンチュはみんな応援してくれるさー」

【追伸】
藤木勇人さんの色紙の下に大場久美子さんの色紙もありました。大場久美子さんは最近「ウンジュよ」という朗読劇をはじめられたらしい。
 ⇒朗読『ウンジュよ』公演実行委員会公式ブログ
そしてこの仲宮里にもよくおいでになると伺いました。すっぴんで、とっても気さくな方だとか。
おきなわおーでぃおぶっくを企画するM.A.P.としては、とても興味がわいてきた……

「今度、大場久美子さんが来るときに来たらいいさ。紹介するからね」と、奥様は桃原くんだけに言ってました。

tag: 宮古  藤木勇人  うちなーぐち  イカ墨汁  フーチャンプルー  沖縄そば  クーブイリチー  沖縄居酒屋.仲宮里  桃原健一 

高山正樹「紅い手」を読む【怪奇幻想朗読百物語 第八夜】

先日告知した朗読会、午後5時開演。その1時間ほど前に、会場入り。立川駅から歩いて12分。Cafeばくだん畑。
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怪奇幻想朗読百物語 第八夜

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僕は3度目になる。
 ⇒1度目:2009年2月20日 遠藤周作「蜘蛛」
 ⇒2度目:同年3月14日 夏目漱石「蛇(永日小品より)」

そして本日の演目は……

●矢内のり子「悋気の火の玉」
●河崎卓也「もう半分」
●高山正樹「紅い手(夢丸新江戸噺し)」

開場間際、矢内さんと河崎さんが最後の確認をしている。
河崎卓也さんと矢内のり子さん

河崎さんの台本を、ちょっと見せていただいた。
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「おまえ」→「おめえ」
「だいいち」→「でえいち」
これ、沖縄語とおんなじ音韻変化である。ウチナーグチの音韻講座を丹念に読んでくださっている方なら(そんな方がいらっしゃるのかどうか)、聞覚えのある話だろう。
こうした落語の言葉(江戸弁)が、台本にどう書かれているのかが知りたかったのだ。なるほど、ルビを振っているんだな。

僕はまだどう読むか決めかねている。

【11月29日にようやく追記】
先にやられたお二人の朗読(?)を聞きながら考えた。「紅い手」は派手な噺ではない。おかしな噺でもない。だから結局、普通に静かに読むしかないと思っていたのだが、急遽それはやめることにした。僕は会場をできる限り明るくしてもらった。そして……

行きつけの飲み屋、開店前の仕込みの時間。時間を持て余した落語家が少しばかり早く店にきてしまった。そこで新作落語の練習を始める。奥で仕込みをしているだろう女将さんに聞こえるような声で。
僕は先日お亡くなりになったばくだん畑の奥様が、この会場のどこかで聞いていてくださるというイメージを、その設定にダブらせた。
落語の内容は、街道沿いの居酒屋に立ち寄った男が、その店の女将さんに、なぜ江戸を逃げてきたのかを語るという形で進んでいく。実際の落語なら、落語の中の「地の文」は、時に主人公の男性が話しているようでもあり、あるところは落語家の言葉として書かれていたり……、しかしこの場では、稽古している落語家が読んでいる台本に書かれた単なる地の文なのである。
こんな複雑な構造にして、それを枕で喋って、落語を朗読するという困難さを煙に巻くことにした。

果たしてそれは成功したのかどうか。お亡くなりになった奥様に、楽しんでもらえる出来栄えだったのかどうか。

僕は、この日のことを書きあぐねていたのだが、観に来ていた山猫合奏団の楠定憲氏が翌日、なぜか「宮澤賢治考」で僕の朗読をネタにしてトットと書いた。
 ⇒宮澤賢治考「読むも語るも」
その記事に、やっぱり観てくれた白石准氏と河崎卓也氏がコメントをつけてくれたが、僕は未だにそれには何も答えていない。

ありがたいことに、文芸評論家の大友浩さんがいらしてくださった。そして、10月21日のご自分のブログで取り上げてくださった。過分な評価に恐縮している。
 ⇒芸の不思議、人の不思議「『紅い手』の朗読」

終演後、少しだけだが大友さんとお話することができた。
「落語は、熊さんだろうが大家さんだろうが、その言葉の出所はいつも落語家本人なのです。だから、つっかかろうが言い間違えようが、傷にならない。話す度に違う芸なのです。」

これを聞いて僕は考えた。今も考えている。
実はこの記事だが、なんとか三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川江戸資料館公演の前にアップしたかった。しかしそれができなかった理由がここにある。ひとつの音符の間違いが傷になるクラシック音楽と、ミスが傷にならない即興性の強い落語という芸、それを対等に合体させることは、論理的に不可能なことなのではないか。こんなネガティブなことを、プロデューサーが本番前に書いてはいけない。せめて本番を見極めたうえで書こうと思ったのだ。
だが結局、それについてはいまだ語れない。そして、考え続けている。

先に出て、立川の駅近くの居酒屋で待っていてくれた楠氏と白石氏。
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何を話していたのか、今となっては思い出せない…、ということにしておこう。

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tag: うちなーぐち  高山正樹外部出演  山猫合奏団  朗読  東京奏楽舎 

キジムナーフェスタ終わってリラックス

最終ステージも無事終わって、表方(おもてかた=これって専門用語?)の皆さんの記念撮影です。
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毎回の呼び込み、アンケートの回収などなど、いろいろとお世話になりました。またお会いできる日がありますように。

高山正樹とヨーフーさんは、この2日間、会場でスレ違うたびお茶目な挨拶を交わしていたら、いつの間にか仲良しになりました。
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でも、ヨーフーさんとも今日でお別れ。
ちなみに、この三人が被っているキャップは
コリンザの2階にある100円ショップで買ってお揃いです。
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100円ショップだけど210円でした。
みんなで撮影した記念のスナップはOfficial_Blogで見てね。⇒http://lince.jp/lince/korinza…

今日からは3泊、みんなでチャンプルー合宿です。
キジムナーフェスタ、ささやかな打ち上げ。
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リラックス、リラックス。
あ、そうだ、ウチナーグチで「クス」というと「うんち」のことです。

tag: 山猫合奏団  キジムナーフェスタ  うちなーぐち  沖縄の旅_2010年7月