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「初心」を見つけに南部へ

今日は“読谷祭り”に浦添の“てぃーだ祭り”などなど、色々被っている。でも、今日は南部に行くと、昨日ハロウィンを見て決めたのだ。

海軍戦没者慰霊之塔

海軍壕入口

※三日後に、どうしても帰る前に呟こうと思って呟いたこと。


アメリカの人なのかな。
アメリカ人かな1

アメリカ人かな2

三月に前田高地に行った時も、やはり米軍族関係者と思われる外国人が多かった。ただあの頃は、映画ハクソーリッジが公開されていたから、きっとその影響なのだろうと思った。だがたぶん、30年前にここを訪れたあの時代に較べれば、今は、沖縄の戦跡に対するアメリカ人の興味ははるかに増している、そう思えて仕方がない。
しかし、それがいいことなのかどうか、アメリカンビレッジのハロウィンに感じたのと同じ思いに駆られるのだ。

この土産は、いったいどういう人が買って行くのだろう。
海軍壕のお土産1

海軍壕のお土産2

定番の戦跡へ。
陸軍病院壕跡1

陸軍病院壕跡2

修学旅行生たちが大挙してやってきた。
修学旅行生1

修学旅行生2

少し安堵している俺がいた。
修学旅行生3

修学旅行生3

ひめゆり。
定番1
ひめゆりの塔には、10年前に寄ったことがある。しかしその時は、お土産のシーサー以外一枚も写真を撮っていない。それほど、僕にとっても、当たり前すぎて興味のない場所になっていたのだ。

平和祈念資料館。
定番2

摩文仁。
定番3

30年ぶりの「初心」
本当かな。ボクは考え続けていた。

tag: 日の丸  沖縄の旅_2018年10月  ひめゆりの塔  旧海軍壕  平和祈念資料館 

ほんとうの強行軍の記憶

沖縄に関わっていると、人と人の「つながり」ということを改めて思うのです。

高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。

巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)

その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)

ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。

ナゲーラ壕への道
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。
識名園入口
和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。

でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。

確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。

識名壕へ入る入口。
識名壕へ入る入口

識名壕の中から見た入口。
壕の中から見た入口
四角くシルエットに見えるのはウガミ(拝み)の場所です。帰り際に、先生がお線香を供え、手を合わされていらっしゃいました。

もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。

女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。

本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。
お帰りシーサー
これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。

和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。
遠くに見える久高島
遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。

長い一日。タグの数が足りそうもないので、記事を分けることにします。

tag: ひめゆりの塔  ガマ  久高島  別ブログへ  沖縄の旅_2008年10月  識名園  シーサー  識名壕  ずいせん学徒隊  宮城巳知子