11/26(沖縄)のツイートまとめ

gajumui

只今沖縄宜野湾。昨日とはうって変わった天気。台風並みのスコール。レンタカーを路肩に停車させて呟く。
11-26 12:07

儀間進先生のお宅へ出来上がったCD をお届けに。すぐにお暇するつもりだったが、まあまあということでつい長話。親富祖恵子さんのこと、比嘉バイロンのこと、そしてうちなーぐちの未来のこと、帰ったらブログに書く。
11-26 12:17

普天間にある「まるよし」というラーメン屋さんへ。この店のオーナーは津嘉山正種さんの息子さん。壁のお品書きは親父直筆。意外に優しい父親?今まで沖縄で食べたラーメンの中で一番うまかった。あれ、僕、沖縄ではじめてラーメン食べたんだ。でも、本当においしかったです。
11-26 12:28

壁一面、津嘉山正種さん直筆のお品書き!
まるよしの手書きメニュー

(下の画像はどちらもクリックすると大きくなります↓)
津嘉山正種直筆のお品書き まるよしの名刺の裏

呟いているうちに雨が上がったので出発。
11-26 12:30

国立劇場おきなわの楽屋口で北村三郎さんを待ってます。どこかで見覚えのあるシバイシーが続々と。
11-26 13:52

県立博物館に納品を終え、通用口から出ると、頭上にオスプレイが。と、呟いていると又!
11-26 15:11

オスプレイ

tag: 儀間進  津嘉山正種  親富祖恵子 

ツイッターはユダヤを巡る連載小説&【外間守善氏死去の報を受けて…】

ubukatamichi

この記事にコメントしました。なんだか胸がしめつけられます。→“晴読雨読”「沖縄」に出会った一冊 http://t.co/m6eTsBpe
11-21 07:11


一方、僕のツイッターは時々連載小説。本日はまず注釈抜きで。

gajumui

始まりは昨日の最後の呟き…

4年前、俺は能天気な記事を書いていたもんだ。スタバやマックなら食わずにもいられるが、インテルやIBMがNGならMacも使えない。→/ http://t.co/UVPJq6XN (よろしかったらコメントも併せて読んでください。)
11-20 18:56

そして今日の呟きへ…

朝からずっと過去のイスラエル関係の記事を眺めている。あ、いかん、出かける時間、とっくに過ぎてる。9時に間に合いそうもない、ごめん! @ubukatamichi この記事にコメントしました。なんだか胸がしめつけられます。→ http://t.co/UVPJq6XN
11-21 07:55

2010年8月20日の記事。世界のユダヤ人ネットワークによる日本戦時国債の引き受けとか…もう一度考える。でも「会社のブログとしては間違っているのかもしれないな」/“~としては間違っている” http://t.co/XTIYiJt1
11-21 13:21

2009年7月18日のブログ。劇団コーロの「ハンナのかばん」を観て。「今、何故ホロコーストなのか」と、ホントはパレスチナの事を思いながら書いていたのだが。/「カバンにいっぱい詰め込んで」 http://t.co/Iv4GwvQJ
11-21 14:20

2010年9月8日(鈴木宗男氏の上告を最高裁が棄却し実刑が確定した日)のブログ。小沢一郎氏のことも少し…/密かに世界のことを考えている。【杉原千畝・鈴木宗男 vs.エリート官僚】 http://t.co/z78I0aRh 全てが3.11より前のこと。
11-21 14:51

僕は、曖昧な洒落を吐き出していたらしい。そんなつもりなかったのに。誠実でありたかったんだ。でも、顧みれば風の吹かないコンクリートの記憶。歯医者で貰った痛み止めは、たった一粒飲めばいいのかね。少しだけ忘れさせてください、お願いだから。寒さが体にこたえるくらいの冬になるまで。
11-21 15:16

ボスキャラ登場。「おい、コラ!そっちの方向じゃねえだろう。俺について来い。お前、もしかして、アラシクロバネか?」
(※11-21 15:29

前回の登場時は「小人」ばかりだったのだ…)
小人図鑑のボスキャラFin…
結局おちゃらけて終わるのか。
だが、僕が書いた過去の記事も同じようなものではないか。
実態を知らず、現実に匹敵する言葉を持たない僕が、それでもなんとか語ろうとすると、いつもこうして、何一つ責任を引き受けることなく、下卑たコメディアンが逃げ出すように転ぶ。
今の僕に、ガザの悲惨な状況について、何かを語る材料も能力も資格もない。ただ沈黙は暴挙に承認を与えている事と同じだという声に脅かされ、きっと僕は免罪符を求めているだけに過ぎないのだ。
世界に向けてみすぼらしい独り言を呟いてしまった。いまさら取り消すことはできない。


【外間守善氏死去の報を受けて…】

儀間進さんと外間守善氏のことを話した思い出。「外間守善氏のこと」 http://t.co/VCUFWqNL 嗚呼… ご冥福を心から心からお祈りいたします。/東京新聞:沖縄学の第一人者 外間守善氏死去:社会(TOKYO Web) http://t.co/PgKMe5TT
11-21 16:44

そうなんです。そして儀間進氏はその次の船で疎開されました。対馬丸が沈没した話はかん口令が敷かれていましたが、誰もが噂で知っていて、知りながら次の船に乗り込んだのだそうです。 @gyoruikonoehei 亡くなった外間守善氏の妹さんは、あの対馬丸事件の犠牲者なのか…。
11-21 17:30

※僕の裏ブログ、是非読んでいただきたい。
 ⇒儀間進氏の「ほんとうのはなし」

次の日の呟きだが…

かつて柳田國男の「椰子の実」も同じような利用のされ方をしました。「方言論」はさておき、文化で国家を語るやり口を僕は一切拒否します。 @ikuetamaki 小林よしのりが、『沖縄論』で、「外間守善氏は沖縄の言葉を日本の方言としている。だから、やっぱり沖縄は日本の一部なのだ」と…
11-22 10:01

呟いた順番が前後するのだが…

え?なんで僕の名前が新聞に!どうして、もう出ること決まってるわけ?もう断れないの?わかんないけど腹くくれってか。そんな、練習しなくちゃいけないじゃない。えっと、暗譜だよね、3曲。どうすんの。もうそろそろ今日も出かけなきゃいけないってえのに。あと何日あるんだ?
11-21 16:52

本件については明日に続く

その前に、本日の夜は川崎へ、でもそれはまた別の話。
あらためて次の記事にて。

tag: 儀間進  ユダヤとイスラエル  対馬丸  外間守善 

8/9~10のツイートまとめ

大震災から517日目……

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もう今日です! @gajumui 沖縄タイムスの儀間進氏のコラム”語てぃ遊ばなシマクトゥバ”がオーディオブックになります。その公開録音を明日16時から、那覇バラダイス通りBar土2階ギャラリーにて。料金は無料。最低1ドリンク注文を。問合せ090-1651-6312(宇夫方)
08-09 07:10

gajumui

【呟き再掲】
昨日は大城立裕オジイ、おっと失礼、立裕先生のお宅にお邪魔しました。伊野波節をお聞かせするという暴挙。それから2時間、いつものように大変面白い話を伺ってきました。ウチナーグチのこと、組踊のこと、「さんぱちろく」のこと等々、どんな本にも書かれていない貴重な話。いずれご紹介します。
08-09 08:38

昨日の夜はBar土でミニミニライブしちゃいました。かぎやで風、海のチンボーラー、そして貫花。宇夫方路女史の踊り付き。琉球朝日放送の報道の女性ふたりに会いました。高江のオスプレイのTシャツを着ていたら、ありがとうって言われました。「頑張りましょう」って。
08-09 23:58

本日、朝はももちろん伊野波節の稽古。
午後からは儀間進さんのコラムの録音でした。儀間先生のウチナーグチに対する深い思い… やっぱり簡単には呟けないなあ。あ、考えているうちに、日が変わっちゃった。
08-10 00:05

というわけで大震災から518日目になってた……
※儀間進氏のコラム録音については、いずれゆっくりと記事にします。

大城立裕先生に伊野波節を聞いてもらっちゃったという僕の朝の呟きに「はぁっしぇ、沖縄の大御所ばかりで…」という反応を頂いたので、調子こいてさらにこんな呟きをしてしまいました。

もう昨日になりましたが、さっきまで映画監督の篠田正浩さんと飲んでました。篠田監督の沖縄考、いずれブログにて。
08-10 00:15

篠田正浩監督と
おや、篠田監督と僕の間に貼ってある学位免状は新城亘先生のもの、そう、ここはもちろん栄町の“うりずん”です。今夜も亘先生の三線で宇夫方女史が踊り、最後はやっぱりカチャーシーでありました。
カチャーシー

北野大のポスターそして入り口脇にはこんなポスター…

北野大(「ビートたけしの実兄」ってポスターにわざわざ書いてある)の対談があるらしい。その催しに新城亘さんも出るらしい。ポスターの左下は「鳥刺し」の亘さん。その右はきっと琉球鼓楽舞の三人だな。
 ⇒山マヤー一族の“京太郎の歌”

この催しについての新城亘氏の辛口コメントについては、まあたいしておもしろい話ではないので(ということにしておこう)ご紹介は差し控えることといたしましょう。

ともかく、ここ沖縄というところは、東京あたりにいるよりもはるかに有名人と近しくなる可能性が高いところなのです。そして近しくなれば、なーんだ、どんな有名人でも、人間みんなたいした違いなんかないんだ、ということがよーくわかる場所なのです。

那覇あたりで有名人や文化人が来るお店って、昔の新宿ゴールデン街にちょっと似てるのかもしれません。違うのは、普通の人にも敷居が低いということですかね。


追伸【この日のことを次の日に宇夫方女史が呟いた】
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昨晩は榮町の うりずん へ行きました。いつものように新城亘しぇんしぇいの唄三線で踊りました。昨日は「浜千鳥」。お客様はフランスの方と、ベトナムの方と、そのほか観光客のお客様と、そして映画監督の篠田正浩さん御一行さまでした。篠田正浩さん、お若い!
08-10 09:29

tag: 沖縄の呑食処.うりずん  新城亘  篠田正浩  うちなぁぐちフィーリング  儀間進 

8/6~7のツイートまとめ

大震災から514日目……

gajumui

儀間進“語てぃ遊ばなシマクトゥバ”のオーディオブック化企画、いよいよスタートです。午前中“伊野波節”を濱元先生に稽古してもらったあと、パラダイス通りの“土”にて儀間先生と打ち合わせ。八木政夫・北村三郎両大御所もお越しくださいます。(なんとしてもコンクールと両立させなければ…)
08-06 08:32

@sugimaru35 沖縄に来ています。実はご相談したいことがあったのですが、大変にお忙しそうなので、ご迷惑になってはいけないと控えました。でも、いつか…
08-06 08:35

@sugimaru35 僕のひとつふたつ前の呟きの件なのです。9日の2時から4時間位ライブ録音します。今後続けていくつもりです。もしお時間おありでしたら是非お遊びに。取り急ぎ。また夜にDMさせてくださいませ。
08-06 13:27


そして…
儀間進さんと北村三郎さん

大震災から515日目……

ひとねむりのつもりが、起きたら日が変わっていた。もう昨日のことなのだが、那覇パラダイス通りのBar土2階ギャラリーにて。儀間進さんと北村三郎さんとの濃密なシマクトゥバの時間。イベント告知は夜が明けたらにしよう。 http://t.co/FYyvi5qo
08-07 00:37

伊野波節を皆さんに聞いて貰った。北村三郎氏、「上等。安富祖流ですね、僕は野村だから」と。ウチナンチュの女性は「声は新人賞とは思えない、最高賞、でも言葉がちょっと違う。やっぱりヤマトの人」、喜んでいいのかどうか。「微妙に違う」、この感覚が、さっぱりわからんところなのです。
08-07 00:46

人間国宝クラスなら話は別だが、沖縄の歌三線には大和の芸能ほどに鍛えた声は不要。扱いを間違えると、むしろ鍛え上げられた声は邪魔にさえなる。でも今日の呟きはココまで。(大和の芸能を知らぬ方には異論もおありだろう。決してどちらの方が上等と申し上げているのではないことだけは御理解を。)
08-07 01:11

沖縄へ来てから、線量計は0.04μSv/hでずっと安定している。スーパーの食材の多くは県産ものか九州産。キャベツやレタスは北関東のものもあるが、放射能を気にするストレスは殆ど無い。東電という会社のことを伝えるテレビニュースは、どこか遠い国のトピックス。(俺の子供たちは、今…)
08-07 02:07

tag: うちなぁぐちフィーリング  沖縄の呑食処.Bar土  儀間進  北村三郎 

磯野波平と同い年、矢吹丈はあの1962年生まれ(12/12のツイート)

gajumui

なんだって!磯野波平が54歳だって!同級生かい。なんだか絶望的な気分だ。星一徹にいたっては33歳。丹下段平はいくつ?
12-12 09:23

丹下段平は当時推定45歳~50歳。
因みに矢吹丈は1962年生まれ。
※この年米ソによって実施された大気圏核実験は人類史上最悪の核汚染を引き起こしたと言われる。アメリカ合衆国が行った核実験は105回。この翌年、米・ソ・英の間で部分的核実験禁止条約調印、以降は大気中での核実験が禁止され地下の核実験が主流となる。62,3年に生まれた子供たちへの核実験の影響を調査をすべきなのか否か、なかなか難しい問題である。福島の事故においても、この議論はやがてタブーとされ、2チャンネル的な領域に追いやられてしまうのだろうか。
なお波平の妻ふねさんは48歳。
オマケ、バカボンのパパは41才。

「絆」は諸刃の剣。
12-12 14:34

10月頃、福島のスーパーには福島産の食品はほとんど置いていないという話しがあった。怖さを知っている福島の人達は福島産の食品を買わないのだと。 福島産は東京に流れて来ていると。今は関西。親に一切無心せず、アルバイトふたつ、京都で生活している娘が心配なのだ。
12-12 19:57

こちらこそ。子供が小さかった時のことを一生懸命思い出そうとしています。そうしないと想像力がわかないのです。情けないことですが。 @0954yoko @gajumui 大きいお子さんをお持ちの方のお話ききたいです、ぜひ次回お会いできるのを楽しみにしていますよ~!
12-12 20:15


宇夫方女史が儀間進さんに電話をした。女史の呟きふたつ…
「まずは儀間進さんに『お疲れ様でした』の連絡しなくちゃ」
「儀間進さんにさっそくお電話をしました。『もう知ってるの、早いねえ』といつもの笑い声。2年間ウチナーグチを勉強して、いよいよ先生のエッセイの音声化に挑戦したいと思いますとお伝えしました。『楽しみにしています』と、とってもうれしいお言葉を頂きました。」
それを受けて、僕は呟いた。

まずは、俺が全責任を負う。M.A.P.の行き先を照らしてくださった儀間さんの笑顔が見たい。
12-12 22:02

tag: 儀間進  うちなぁぐちフィーリング 

12/11のツイート

大震災から275日目……

gajumui

M.A.P.after5には「儀間進」さんのカテゴリがあります。http://t.co/jxY3bvfg /沖縄タイムス | 儀間進さん、ウチナーグチ連載終了へ http://t.co/bX2zVQws via @theokinawatimes
12-11 10:43

儀間進さんから頂いた言葉「第三の眼を持ってください。じゃないと立体になりませんから」、これがM.A.P.がやっている沖縄関連の仕事の原点です。http://t.co/2K3l2bNs #沖縄
12-11 10:49

遅れていた儀間進さんのウチナーグチのエッセイの音声化する仕事、いよいよ始めようと決意しました。読み手募集、そのほか協力してくださる方、是非ご連絡ください。http://t.co/3Hclg9AZ #ウチナーグチ
12-11 10:55


【宇夫方路の呟き】

ubukataicon ubukatamichi

今月の17日、王子の“北とぴあ”で沖縄芸能フェスティバル2011があります。私も踊ります。昨日は夜まで稽古してました。
12-11 12:08

私はM.A.P.のスタッフ。まずは儀間進さんに、「お疲れ様でした」の連絡しなくちゃ。
12-11 12:19

tag: 儀間進  うちなぁぐちフィーリング 

お久しぶりの儀間進先生(後日執筆)

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旅の続きへ

tag: 儀間進  うちなぁぐちフィーリング  沖縄の旅_2010年7月 

大江健三郎を朗読するという無謀な実験【“大川端語りの会”で朗読の実験】

毎月第4日曜日に、武順子さんが開かれている“大川端語りの会”に、高山正樹がゲスト出演することになりました。

日時:5月23日(日)午後3時開演
場所:そら庵
 (東京都江東区常盤1-1-1 Tel:050-3414-7591)
  ⇒そら庵のホームページ
  ⇒そら庵アクセスマップ
料金:1,500円(ワンドリンク付)
演目:川端康成「美しい日本の私」 朗読:武順子
    大江健三郎「文学者の沖縄責任」 朗読:高山正樹
  ⇒そら庵のブログの告知記事

(高山正樹のコメント)
好き嫌いではない。思想的な傾向をとやかく言いたくもない。ただ、僕にとって、大江健三郎という作家が特別な何者かであったことは間違いない。
“社長とは呼ばないで”にも「大江健三郎」という文字は何度も登場する。
例えばそのうちのひとつ……
 ⇒ 左右を良く確認して首を吊る
「社長とは…」は、停滞している極私的なブログだが、再開すれば《過去のノート》のカテゴリに「大江健三郎」はまだまだ顔を出すことだろう。

武順子さんより朗読会出演の依頼を頂いて考えた。「社長とは…」で、やはり中断している「朗読の形而上学」と同じ思い、かつて演劇において、演劇から文学性をとことん排除して本質を追及した結果、言葉のない「舞踏」が生まれたように、「朗読」もまた他者が書いた文章を読むということ、書き手の伝えたい論理を伝達するということの可能性(あるいは不可能性)を、とことん考える実験をしてみたいと思い、武さんに無理をお願いした。
今回の実験にとって、大江健三郎の沖縄に関する文章が、今の僕の関心にも重なって最適だと考えた。そして「沖縄日記」という題材を選んだ。

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上の画像は1971年の夏から73年の秋にかけて発刊された季刊誌『沖縄経験』である。季刊誌だが数が合わない。71年の冬と72年の夏が抜けている。72年の秋の4号のあと、一年後の73年秋に5号が出てそれが最後となる。
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編集は大田昌秀氏と大江健三郎氏。発行人は「大江健三郎」、発行所は「大江健三郎方」となっていて大江氏個人の住所が記されている。まさに自費出版の個人雑誌。
ちなみに、第一号には、大城立裕氏が「正直になろう」という一文を、儀間進氏が「コミュニケイションとしてのコザ反米騒動」という評論を寄せている。

「沖縄日記」は、この季刊誌に大江健三郎氏が連載していた時事評論である。

“おきなわおーでぃおぶっく”でお世話になっている日本文藝家協会を通じて、大江氏に許諾申請を出した。しかし、「沖縄日記」が書き直しを経ていない「テクスト」であるからという理由で、残念ながら許可してはいただけなかった。「お許しください」という丁寧な言葉が添えられていた。

ところで、この「沖縄日記」という季刊誌がなぜ5号で廃刊になったのか、昔から気になっていたのだが定かでない。(今度、大城さんか儀間さんに伺ってみれば何か教えていただけるのだろうか。)

大江健三郎の文章を朗読することは無理かとも思ったが、やはりどうも諦められない。今一度探してみた。
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『鯨の死滅する日』所収の「文学者の沖縄責任」
1926年、『中央公論』3月号に広津和郎の「さまよえる琉球人」が発表される。4月、沖縄青年同盟の抗議文が報知新聞に掲載、それを受けて広津は自ら「さまよえる琉球人」を永久に発禁とする。
1970年、沖縄側からの要望により「さまよえる琉球人」が復刻されることになるのだが、「文学者の沖縄責任」はその際、大江健三郎が『群像』に発表した文章である。

それをもって再度使用の許諾を打診していたが、本日大江健三郎氏より許可の連絡があった。

武順子さんが読まれるのは川端康成の「美しい日本の私」、これでノーベル賞作家を読むという当初の目論見を崩さずに済んだ。「美しい日本の私」で使われている言葉は、かなり難解らしい。大江健三郎の「文学者の沖縄責任」は、使われている単語そのものには特に難しいものはない。が、その論理性は一読してスッと理解できる代物ではない。
1927年と1970年と、そして現在の2010年の状況と、広津和郎とそれを論ずる大江健三郎と、それを読む僕と、その声を聞くお客様という、極めて複雑な関係性から何が見えてくるのか、今から楽しみである。
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(追伸)
辺野古が注目されている今、『鯨の死滅する日』とは、なんとも不思議な符号です。押し詰まっての告知ではありますが、お時間があれば、是非とも珍しき試み(苦痛な時間?)を味わいにおいでくださいませ。
(しかし、大江健三郎を朗読しようなんて変人はいらっしゃらないようで。でも大城立裕氏の「カクテル・パーティー」に較べれば……、いや、どっちもどっちかな。)

tag: 朗読  大城立裕  武順子  高山正樹外部出演  儀間進  高山正樹企画 

ポスト噂の眞相「普天間移設問題と沖縄」【天空企画「ウチナー・パワー】《1》

喜納昌吉のライブで初めて会った天空企画の智内好文さんからご案内をいただいていた今日のイベント。

『ポスト噂の眞相』プレゼンツ
普天間移設問題と沖縄
日時:5月16日(日)19:00~
会場:Naked Loft
出演:岡留安則、宮台真司、保坂展人

残念ながら仕事が山積みで伺えなかったが、ニコニコ動画とやらで中継していたらしく、その後もインターンネットで見ることができるようだ。《官僚・米軍・マスコミ》対《民主党》という構造の認識は、喜納昌吉ライブでの対談と共通する。巨大メディアの情報ばかりに触れているとなかなか聞こえてこない意見。賛同するかどうかはともかくも、一度聞いておいても損ではないかも。
但し、60分×3本。覚悟してお聞きあれ。
 ⇒1/3  ⇒2/3  ⇒3/3

さて、智内さんの天空企画とは何かというと、本の編集プロダクション。いい企画を考えて出版社に持ち込む。
僕の書斎にも、天空企画が関わっている本が何冊か並んでいた。
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どちらも、かなり著名な方々が名を連ねている本だが、ここではM.A.P.に縁のある方々だけご紹介しよう。
2009年2月刊の『沖縄ちゅーん』には、松元裕之氏が「『アメリカー』なゲート通りに、今日も『唄』は流れて……」というコラムを書いている。また岡本ホーテンさんが「島うた」について書いていたり、BIGINにインタビューしていたりする。松元さんもホーテンさんも、先日の喜納昌吉ライブで初めてお会いした方である。
また『ウチナー・ポップ』の方は1997年の刊行だからかなり古いが、そこには儀間進さんが「ウチナーグチ会話講座」なるものを書かれている。また今は亡き船越義彰氏が沖縄の妖怪「キジムナー」についての素敵な文章を寄せている。
残念ながらM.A.P.に縁はないが、細野晴臣氏の「与那国〜精霊の島巡礼記」。そうなんだよなあ、M.A.P.には離島の風が欠落しているんだ、そんなことを思わせる文章である。

それから、文庫本も見つけた。
知恵の森文庫の『オキナワドリーム』
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2003年の発行だが、松元裕之さんが沖縄の埋立事情に疑問を呈している。
また比嘉バイロンさんがインタビューを受けている。
2003年ではM.A.P.はまだ存在していなかったが、前身のM企画で、ただただ地図の仕事をしていた頃。
M.A.P.はヒヨッコなのである。

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tag: 松元裕之  普天間  智内好文  儀間進 

素敵な仲間がたくさんできました

10ヶ月ぶりの“じんじん”です。
 ⇒前回“じんじん”に行った日の記事4ヶ月ぶりの儀間進さんです。
 ⇒前回、宇夫方が儀間進さんにお会いした日の記事null
そして2ヶ月前、宇夫方路が“儀間進のコラムを読む”那覇チームの皆さんとお会いしました。前回は6名のメンバーのうち2名でしたが、その後メンバーが1名増えて、今日はその7名のうち4名の方が集まってくださいました。僕は皆さんと初対面です。
 ⇒前回2名の方と宇夫方がお会いした時の記事
実際に儀間進さんのコラムを読んで録音するのは少し先になりそうですが、その準備段階として、とてもステキな広がりが見えてきました。
沖縄語を話す会の國吉眞正さんにも、大変お世話になっています。今日のところは、その全てをミステリーということにしておきますが、近日中に、色々な発表ができると思っています。

それにしても、今日はわたくし高山正樹が喋りすぎました。まずは僕の知っている大好きな儀間さんを、どうしても皆さんに伝えたくて仕方が無かったのです。本当は儀間先生がいらっしゃるのだから、儀間さんご本人のお話をたくさん聞けばよかったのに。
 ⇒わたくし高山正樹が儀間進さんのことを書いた文章

しかし、やっぱり今日も儀間進さんは儀間進さんでした。
「訛っている言葉なんてない。みんな同じ言葉なんですよ」
ややもすると首里や那覇の言葉が正しいといいたくなる、それを笑顔でたしなめる儀間さん。それは儀間さんのエッセイそのものです。

「はいさい」。沖縄の挨拶としてよく知られた言葉です。しかし女性は「はいさい」とは言わない。「はいたい」が正解。そのことも、コアな沖縄フリークたちには常識になりつつあります。でも、この日、儀間さんは教えてくださいました。女性が「はいたい」というのは、首里や那覇あたりでのこと。ちょっと北に行けば男も女も「はいさい」と言っています。
(もちろん、これにも注釈があります。北部でも、「はいさい」と「はいたい」を言い分けるところもある。どちらの方が多いかは定かではありません。)
さらに田舎へ行けば「さい」も言わずに「はい」だけ。
「まるで英語のようだ」
ウチナーグチは一筋縄ではいかない、と、ますます気が引き締まります。たとえば、と僕は思うのです。「沖縄の標準語」ということを、慎重に考えてみるのはどうだろう。首里という政治・文化の中心地。那覇という街の経済の力。沖縄芝居の心。先日会ったうるま市のおばあさんのように、日本の標準語と、沖縄の標準語と、そして自分の間切りの言葉と、とりあえず三つの言葉を勉強してみるというのはどうだろう。
うるま市のおばあさんに会った日のこと
(でも、それには異論があるでしょう。宮古や石垣などは全く別の言語なのですから。使われている音韻さえ違う。首里や那覇の言葉に関わる人たちが、それぞれの地域はそれぞれでおやりなさいというのは簡単です。しかし、首里や那覇だからできるという状況もあるのではないでしょうか。たとえば鹿児島県の奄美はどうするのだろう。沖縄県の条例からは漏れてしまう。間切りが違えば言葉が違う沖縄。いったいどうすればいいのか。このことはいずれ考えたいと思います。)

昼間、大城立裕さんに「新沖縄文字」について話したことを、僕は儀間さんに報告しました。
「驚きました。こんな若造の意見をきちんと聞いてくださり、ご自分にはなかった視点だということを認めてくださった。大城さんは、とても柔軟な頭脳をお持ちだということを、あらためて感じました。」
儀間さんはそれに対して、次のように答えられたのです。
「そうですね。彼のそういう柔軟さのことを、一番分かっているのは、僕だと思うんだ。」
その言葉に、僕は鳥肌が立ちました。
あの琉大文学時代にあったこと、それは調べれば調べられます。ここで僕が書くことは控えましょう。そのかわり、「社長とは呼ばないで」という怪しげなブログに書いた文章ふたつ、どうかお読みください。
 ⇒儀間進氏の「ほんとうのはなし」(儀間進氏のひとつの負い目)
 ⇒三太郎からのバースデーカード(儀間進氏のふたつ目の負い目)
そして、今まで儀間さんが話されたユーモアたっぷりの大城立裕氏のことを、きっといつかここでお話できる日が来るだろうと、確信したのでした。

今日も、じんじんのマスターが、こんな差し入れをしてくださいました。
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マスター、いつもありがとうございます。

そして、この日初めてお会いした皆さま。今日はちょっと遠慮してご紹介を控えましたが、もしお許しいただけるのなら、次回は是非とも皆さん一人ひとりのウチナーグチに対する熱い思いをご紹介させていただきたいと思っています。

宜(ゆた)さる如(ぐとぅ)御願(うにげ)ーさびら

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tag: ごうさん  うちなーぐち  首里  沖縄の旅_2009年11月  儀間進  大城立裕  沖縄の呑食処.じんじん