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うぶかたみちの沖縄日報(4)【劇団創造の稽古場】

【うぶかたの報告】
車を降りると、真喜ちゃんが下向いてなんか言ってます。
「あ、マンホールが闘牛だ」
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ちょっとご相談があって、劇団創造で制作を担当されている又吉さんと、赤道の春日国際ホテルのロビーで待ち合わせ。
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制作で一番大変なのはお客さん集め。
「そうなんですよね。本番当日雨が降ったりしたらお客さんは入らない。そんな時、雨のせいにするけど、本当は制作の問題なんだよ」
先日の「人類館」の公演は大入りでした。
「あれはがんばった」

劇団創造は再来年50周年を迎えるということで、今、企画検討中。まだ何をやるのか決まっていないのに、井上真喜ちゃんと金城史彦君とわたし、3名予約しました(笑)。

創造の稽古場を見せてもらいました。
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なんと贅沢な空間。うらやましい。

※追加画像3月12日
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 この雑然と散らかっている感じが稽古場っぽいね。

又吉さんに色々とお頼みした後、那覇に戻ってジュードーチョップへちょっとご挨拶。
今日は看板猫ちゃん少しだけ動いてくれました。

変身!
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なんちゃって。
続く…

tag: MAP扱い商品  闘牛  JudoChop    劇団創造  又吉英仁  井上真喜  金城史彦  シーサー  沖縄の旅_2009年3月 

うぶかたさんの沖縄通信その3の3

私たちはCDの販売で忙しく、ロビーの歓談には不参加。やっと落ち着いてから、改めて楽屋に御挨拶に伺いました。
知念正真さんと再会です。
知念正真さんと再会
横を向いていらっしゃる時は笑っておられるのですが…

楽屋通路で皆さんと記念に。
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この画像はOfficial Blogでも使用したのですが、撮影したのは金城君。
金城君「知念先生、笑ってください。」
知念先生「今、思いっきり笑ったんだけどなあ。」

左の方は、もちろん演出の幸喜良秀さん。そして右の方は今回制作を担当された「創造」の又吉さんです。
又吉さんは終演後の舞台挨拶で私たちのCDを宣伝してくださいました。
「人類館のCDをロビーで販売しています。定価2300円のところ、本日おいでの皆様には、特別に2300円で販売いたします。」
場内大爆笑!おかげでたくさんのお客さまにCDを買っていただきました。ありがとうございました。

この日、沖縄の劇場に来たお客様の感じは、東京とはずいぶん違いました。ウチナーグチは、東京では「違い」を際立たせる武器、でもここでは、「同じ」であること分かち合う温かい命の道具なのですから。

劇場を出ると、知念先生の奥様にお会いしました。
記念に一枚お願いします。カシャ!
知念先生の奥様と

これで、今回の沖縄からの報告は、全て終わり!

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tag: うちなーぐち  劇団創造  知念正真  幸喜良秀  沖縄の旅_2009年2月  「人類館」  金城史彦  裏へ  沖縄の人 

うぶかたさんの沖縄通信その3の2

さて、今日の劇団創造の「人類館」の公演は東京早稲田の大隈講堂での公演の凱旋公演として行われたものです。

終演後のロビーでは、役者さんを交えて、たくさんの方々が和やかに歓談されていました。
男:花城清長さん 調教師:上江洲朝男さん 女:小嶺和佳子さん
花城清長さん(男)、上江洲朝男さん(調教師)、小嶺和佳子さん(女)です。

八木政男先生大城立裕先生知念正真氏幸喜良秀氏
八木政男先生も、大城立裕先生もいらっしゃいました。
そのほかにも、きっとただならぬ方と思しき人々も。
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さらに次の記事へ続く…

tag: 劇団創造  沖縄の旅_2009年2月  花城清長  上江洲朝男  小嶺和佳子  八木政男  大城立裕  知念正真  幸喜良秀  沖縄の人 

カテゴリー“儀間進”

儀間進氏のカテゴリーを作成しました。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/tag=儀間進

そういえば儀間進さんのご紹介をOfficial_Siteでもきちんとしてないなあということで、とりあえずここでご紹介しておくことにしました。

1931年、首里に生まれる。
琉球大学文理学部国文学科卒。
伝説の雑誌「琉大文学」にも参加。

ずっと高校の先生でいらっしゃいました。
以前ご紹介した海の一座の作者、謝名元慶福氏も、人類館の知念正真氏も、儀間先生の教え子です。
高校教師のかたわら、1970年には個人誌「琉球弧」を創刊し復帰前後の評論を発表。あの温和な儀間さんは、当時どんな論客だったのでしょうか。
また、今でこそたくさんのウチナーグチにまつわるエッセイやコラムがありますが、儀間さんは「琉球弧」に「沖縄の言葉遊び」と題して書いていて、それが「新沖縄文学」、「沖縄タイムス連載」と繋がっていくのです。まさにこの分野でのパイオニア的存在です。
(儀間先生に限らず、当時の沖縄は、いわゆる文筆業だけで暮らしていけるような状況ではありませんでした。大城立裕氏も小説家と博物館館長という二足の草鞋、劇団創造はアマチュアでみなさん仕事を持っていらっしゃいます。詩人新川明氏も新聞記者などなど、ただ、これは沖縄にかぎったことではないのかもしれません。まだまだ中央文壇という存在はとても大きい。なんだか風穴開けたいなあ)

では最後に著作のご紹介もしておきましょう。


追伸!
儀間進氏のオーディオブックのカテゴリーも作りました。
 ⇒うちなぁぐちフィーリング

tag: 新川明  劇団創造  大城立裕  儀間進  うちなーぐち  知念正真  謝名元慶福 

朝帰り、というか…「人類館」のページをアップ

桜新町から事務所のある喜多見まで、一時間半、高山正樹、ひとりトボトボと歩く。
朝帰り? いえいえ、出勤するのだから帰りではありませんな。
いったい、何日帰ってないのだろうか。

世田谷通り。
こんなところにもタリーズが。
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そういえば連絡ないなあ。
それって、どうなんだろう……

タリーズは永遠のミステリー?
ということで、ふじわらさんの「イーナちゃん」はお蔵入りです。

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こういうややこしい歩道橋は調査員泣かせだなあ、などと、今やってる地図の仕事を思い出したりして……
さあ、早く帰って(事務所に帰るのさ)仕事しなきゃね。


※おきなわおーでいおぶっくOfficial_Siteの更新記録⑨
 2008/12/28 「人類館」のページをアップしました。
  ⇒http://www.ownmap.jp/jinruikan.htm


「人類館」

戯曲「人類館」の伝説が、今ここに蘇る。

null1976年、知念正真は「人類館事件」(1903年)を題材に、戯曲「人類館」を書き上げました。 沖縄の劇団「創造」によって「人類館」は上演され、台本が1976年『新沖縄文学』33号に掲載、 翌1977年には全国誌である『テアトロ』に転載され、そして1978年、戯曲の芥川賞ともいえる「岸田戯曲賞」を受賞することになります。
「創造」による「人類館」は、観る者に衝撃を与え、以来、伝説の舞台として語り継がれてきました。
沖縄出身の名優、津嘉山正種は、劇団「創造」のメンバーでしたが、当時、既に上京して青年座の一員となっていたので、その伝説的な舞台を観てはいません。 しかし、津嘉山正種の「人類館」に対する思いは強く、2008年の夏、その思いは、ついに津嘉山正種ひとり語りの朗読劇という形で結実し、青年座劇場などで上演されました。
ここに、新たな伝説が始まったのです。
“おきなわおーでぃおぶっく”では、その津嘉山正種の「人類館」を、全国のたくさんの方々に体験して頂きたく、CD化を決定しました。 津嘉山正種氏ご本人は勿論、知念正真氏、青年座「人類館」の演出を担当された菊地一浩氏、青年座の制作部の方々などの全面的なご協力のもと、 加えて劇団創造の幸喜良秀さんにも大変に暖かいご理解を頂きながら、ついにこのCDを完成させることができました。
この機会に、津嘉山正種、渾身の朗読を、是非お聞きください!

「人類館事件」について
(『沖縄大百科事典』「人類館事件」の項より抜粋)
1903年(明治36)3月から7月まで大阪の天王寺今宮で政府主催第5回勧業博覧会が開かれたとき、会場周辺には営利目的の見世物小屋が立ち並んだ。 その中に〈学術人類館〉と称する茅葺き小屋があって、学術研究資料の名目で朝鮮人・北海道アイヌ・台湾高山族・インドキリン族・ジャワ人・トルコ人・ アフリカ人などといっしょに、甘言にのせられて沖縄から連れてこられたジュリ(遊女)二人を〈琉球の貴婦人〉と銘打って見世物にした。
(太田良博氏による)

知念正真プロフィール
1941年沖縄市生まれ。ゴザ高校卒。 演劇集団「創造」所属。1976年、戯曲「人類館」を「創造」で初演。(劇作・演出) 以来「人類館」は、幸喜良秀演出で県内外で再演、今日に至る。 他の作品に「コザ版どん底」(1986)「コザ版ゴドー」(1988)「幻のX調査隊」(1997)などがある。

津嘉山正種プロフィール
1944年生まれ。沖縄県出身。1964年に上京し、翌年劇団青年座へ研究生として入団。1987年、「NINAGAWAマクベス」の主演で英国ロンドン公演に参加、注目を浴びる。 第30回紀伊國屋演劇賞受賞(1995)、第4回読売演劇対象最優秀男優賞受賞(1997)。

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早稲田大隈講堂「人類館」にて

早稲田大隈講堂で行われた、沖縄のアマチュア劇団“創造”による「人類館」の公演に行きました。
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公演の詳しい情報などはOfficial Brogの方に掲載するとして…

私たちは、ふじたあさや先生と大隈講堂前で待ち合わせました。
というわけで話しは横道に。

先日、新宿の紀伊国屋劇場へ青年座のお芝居「MOTHER」を観に行ったときに見つけたチラシ…
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どうも写真は以前のものの使いまわしのようで、そこにはいらっしゃらないのですが、よく読むと、戌井市郎だ瓜生正美だという、生きながら既に伝説になってしまっているような方々のお名前に混ざって、ふじたあさやの文字が、それも演出とか脚本ではなく役者で参加しているらしい。まあ、基本的に出たがりだということは薄々感づいてはいたのですが、まさか…

というわけで、この日、ご本人に直接お伺いしてみたのです。そうしたら…
「見たの、ちらし…」
あら、ほんとだったんだ…
「30年ぶりかな、みんな楽しんでやってるよ」
ですって。
「今日も稽古してきたんだ。流山児もここに来るかもしれない」

流山児とは、もちろん流山児祥氏のこと。ショッキングピンクのチラシのパラダイス一座の「続々オールド・パンチ」という、なんとも怪しげな芝居の演出を担当。役者を含めたメインのメンバーで一番若い61歳というのだからおぞましい(?)。

この寒空に御高齢のふじた先生を立ちんぼにさせておくなどできるわけありません。ふじた先生になりかわり、高山正樹が流山児さんをお待ちしました。(結局、本日はいらっしゃいませんでしたが。)

大盛況のうちに終演。
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我々は、津嘉山正種さんたちと打ち上げへ。
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知念正真さん、幸喜良秀さん、津嘉山正種さんのスリーショットです。

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津嘉山さんはそっと若者たちに語り始められました。
やがて…
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明日は、おきなわおーでぃおぶっくの「人類館」の波音の録音が、朝早くからあります。どんなに立派な志があったとしても、まずはいいものを作ること、それが大切なことなのだと、改めて自らに言い聞かせて、我々は帰途についたのでした。
表現とはいかにあるべきか、熱く語られる津嘉山さんの姿に後ろ髪ひかれながら。

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沖縄4日目その1(東江裕吉さんと幸喜良秀さん)

※国立劇場おきなわで、13日と14日の2日間、大城立裕さんの戯曲「嵐花」を上演。そのロビーで、出来上がったばかりのCDを販売させていただいた。
そのことについては8月15日に告知した。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-651.html
以下、おきなわおーでぃおぶっくのオフィシャルブログから転載する。


9月14日、「嵐花」で、組踊りの創始者玉城朝薫の弟子平敷屋朝敏の役を務めている東江(あがりえ)裕吉さんに、楽屋でお話を伺いました。東江さんは、玉城流玉扇福珠会師範でいらっしゃいます。
東江裕吉さん

東江裕吉さんのコメント:
大城先生の小説「花の碑」(「嵐花」の小説版)を読むと随所にヒントがあり、最後まで読み終わってなるほどなあと思いました。
平敷屋朝敏を演ずるに当たり、演出の幸喜良秀先生からは、あの時代に恋愛をするような喜怒哀楽の激しい性格を表現するように言われました。
普段は舞踊や組踊りにたずさわっていますが、今回は沖縄芝居に挑戦です。ウチナーグチはイントネーションが変わると意味が違ってしまうために非常に気を使っています。
今回の「嵐花」は、自分を含めて若手の舞踊家が演じるということもあり、初演とは雰囲気の違うものになったと思います。
沖縄の方言を知らない若者が増えているので、ぜひ「おーでぃおぶっく」で残してください。

東江裕吉さんプロフィール
昭和50年5月31日生まれ
8歳から踊りを始める
平成12年教師免状取得、平成19年師範免状取得
現在は組踊りと琉球舞踊で活躍中。

演出の幸喜良秀さんにもお会いしました。
幸喜良秀さん

「おきなわおーでぃおぶっく」の次回の企画は「人類館」ですが、元々この戯曲は、幸喜良秀さんの劇団、沖縄のアマチュア劇団である創造が初演した作品で、今年12月16日、早稲田大学の大熊講堂で再演されることが決まっています。もちろん演出は幸喜さんです。我々おーでぃおぶっくのスタッフも、当然この伝説的な舞台を観に行くことにしています。
幸喜さんからは、是非宣伝してねと言われました。言われなくても当然宣伝しますとも。

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