金城実vs.南灯寮生

告知のような記事「南灯寮生への手紙」
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4080.html



【追伸】
そして夕方、寮監さんが二人の学生を連れてやって来た。
たったふたり?いや、とても気持ちのいい青年ふたり。
金城実は語る。語る。
金城実語る 金城実語る語る

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2010年の5月15日に一番近い日曜日【南灯寮のエイサーの日】

事務所で仕事をしていると、どこからか太鼓の音が響いてきた。
そうだ、今日は5月15日に一番近い日曜日だ。
仕事をおっぽり出して、カメラを持って飛び出した。

5月15日は沖縄本土復帰記念日。南灯寮のエイサーの日。

今年も沖英寮からかわいい女子大生がやってきて、一緒になって商店街を練り歩く。
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今年の京ダラー(チョンダラー)
チョンダラー
車が来ると誘導します。
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ちょっと得意げ?
駅前で輪になって。
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あれ? 向こうに南灯寮の寮長、幸地さんが。
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いつも一緒に歩くんですか?って聞いたら、いやいや、そうじゃないんだけど、今日は沖英寮の寮長夫妻が見えているんでね、といって携帯で学生達を撮影していた。南灯寮は喜多見にある沖縄県の学生寮。沖英寮は豪徳寺の女子寮。
イエーイ!
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結構人が集まって見ている。商店街と協力体制でやったらいいのに。
「こいつら突然やるからね」
そう言って、幸地さんはやさしく笑った。

傍らにカメラ片手に学生たちを見つめる一人の女性。
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最後はお決まりのカチャーシー。その時その女性が飛び出した。
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ん、これは私も踊らねば!
結局、沖英寮の女学生たちは、ただ手を打ってはやすだけ。複雑な気持ち。

踊った女性は沖英寮の寮長さんだった。
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「沖縄の方ですか?」って聞かれた。私が沖縄出身じゃないとわかると、ちょっと残念そうだった。気のせいかな……
沖英寮の寮長さんは石垣の出身だった。新城亘さんもご存知だった。
今日はM.A.P.主催の三線教室初日。ぼちぼち準備しなくっちゃ。
(報告:宇夫方路 代筆:高山正樹)

追伸。
※去年の記事には本土復帰のこと、京ダラーのことが書いてあります。
 ⇒去年の5月15日に一番近い日曜日
もう一年か。大城君、元気かなあ。一年前は、普天間移設と辺野古埋め立てが規定路線だった。来年はどうなっているのだろう。

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5月15日に一番近い日曜日

5月15日は犬飼毅が武装した海軍の青年将校たちに暗殺された日。1932年(昭和7年)のこと。
軍服を着て街を歩くと、市民から非難されるというような、大正デモクラシーがまだ辛うじて残っていた頃の話。これからあと、日本は急速に戦争へと突き進んでゆく。

日本は、第2次世界大戦に敗れ、沖縄は日本国から分離される。

そして。
5.15事件から数えてちょうど40年、1972年(昭和47年)の5月15日午前0時をもって、沖縄の施政権がアメリカから日本に返還される。
「本土並み」の復帰を目指したが、実際に残った米軍施設の面積は沖縄県全域の12%であった。

今日は、その5月15日に一番近い日曜日。
喜多見にある沖縄県男子学生寮(南灯寮)の寮生たちは、沖縄復帰を記念して、エイサーを踊って喜多見の町を練り歩く。

あの大城君もいるのだ。
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去年の暮の大城源二君を見る。

豪徳寺にある女子寮(沖英寮)からも助っ人が来ている。
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チョンダラー(※)だってちゃんといる。
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※チョンダラーは「京太郎」と書く。その昔、京都からやってきた芸能者が沖縄にひろめた念仏踊りがエイサーの起源なんだとか。チョンダラーはエイサーを盛り上げる道化でありながら、実は隊列を制御する重要な役目を担っている。まさに聖と俗、トリックスター。しかし今日のチョンダラー君は、隊列を乱す張本人だった?

沖縄復帰は彼らが生まれるずっと前のこと。
「君たちはいったい何を祈って踊っているの」

この日、喜多見の町には、エイサーの太鼓の音が延々と響きわたっていたのです。

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