沖縄出張2日目の午後

金城君の案内で。

首里の末吉公園近くの路上から撮影した那覇郊外の風景です。
那覇郊外の風景
当たり前のことですが、ここには沖縄の「普通の」人たちの生活があります。
画像左下に見える銀色のタンクは水を貯めておくもの。沖縄では一般の家屋にも「普通に」よくあるものです。
10年以上前に聞いた話。
「沖縄は恒常的な水不足で、台風の時期に一挙に降る水を各家庭で確保し、水不足に供えている。しかし、水の不足する時期にも貯めてしまうので、それがまた水不足を助長している。」
ダムがいくつか出来て、今はだいぶ改善されているようですが、全てうまくいっているのでしょうか。ダムと自然環境は、うまく折り合いがついているのでしょうか。金城君、教えて。

さて180度振り返ると、路地の反対側には…
下門の入口
沖縄そば下門(しむじょう)の入口。
沖縄で「門」を「じょう」と読むのは「普通」のこと。でも「『門』を『じょう』と読む」という表現はどうなのでしょう。「『城』を沖縄では『じょう』ではなく『グスク』と読む」というより、「沖縄の『城』は『グスク』という」という方が正しい感じがする。それに従うと「沖縄の『門』は『じょう』という」のが正しいのでは?
ああ、なんだか分かんなくなってきた。カナグシク君、助けて。うり、カネグシクは間違い? ああムチカシイ。「ムチカシイ」って、首里言葉では何て言うんだっけ……

ブツブツ言いながら入って行くと…
下門の建物1
2007年の3月に、国の登録有形文化財に指定された家屋です。
中は、観光客の方で賑わっていました。

ソーキそばを注文して、出来上がる前のちょっとの間、表を巡ってみました。
下門の建物2
下門の建物3

裏手にはこんなものが。
フール
フールです。豚の飼育小屋 兼 人間の便所。
人間の汚物を豚が食べる。いわば自動餌供給システムですね。
「カミサンの母上はやんばる出身、20年以上前だが、その実家のあたりで普通に見た記憶がある。もちろんもう使ってはいなかったけれど」とは、高山正樹の便、じゃない、弁。

便所の後に食べ物の画像とは、ちょっと気が引けないでもありませんが、結局、育った豚は人間に食べられたわけだから、この並びも間違いではありませんね。
下門のソーキそば
ご馳走様でした。

表に出ると、あ、モノレールだ。
モノレール
冒頭の画像のちょっと右側、駅舎に停まっている車輌、分かりますか?

さて、腹ごしらえも終わり、いよいよ金城君引き回しの旅のはじまりです。

まずは沖縄タイムス社へ。
さあ、あらためて、金城君のご紹介です。
又吉さんと金城君
左側で笑いこけているのは金城君じゃありませんよ。例の又吉千夏さんです。
右でにこやかに笑っているのが金城史彦。年齢不詳。

続けて琉球新報へ。
久場安志記者と金城君
いつも“おきなわおーでぃおぶっく”を記事にしてくださる久場安志記者と金城君。
久場さんのお兄さんが金城君の同級生だと判明。(こんなふうにあっちの友達とこっちの親戚が繋がっているみたいなことは沖縄では「普通」のこと。)
つまり、金城君は久場さんより年上だということですね。で、久場さんはおいくつなの? ミステリー!

沖縄出張2日目は、まだまだ続く……

tag: 金城史彦  又吉千夏  久場安志  那覇  沖縄の呑食処.下門(しむじょう)  うちなーぐち  ソーキそば  琉球新報  沖縄タイムス  沖縄の旅_2009年2月 

外間守善氏のこと

外間守善という方は、柳田国男とともに沖縄研究の祖師と仰がれるような存在です。伊波普猷の提唱した「沖縄学」、その志を引き継いだ人物で、沖縄を少しでもきちんと勉強しようとした人ならば、その名前を知らないということはない、そのような人です。
高山正樹の書斎にも何冊も外間さんの著作がありますが、なかでも「うりずんの島」という本は、高山のお気に入りです。
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27日のこと。《その日の記事を読む》
沖縄タイムスのロビーにて。儀間進さんのお話。
外間守善は戦争のことは全く話さなかったですよ。同級生の大田昌秀はよくしゃべるけどねえ。外間守善は、ちょっとでも戦争の話になると、体が震えだしてねえ。それが最近になって語り出したようだ。沖縄タイムスに自分の回想を連載していて、その中で、戦争のことも書いていたのではなかったかなあ」

「じゃあ、タイムス社からもう出版されているんじゃないですかねえ」
高山はそういって、受付の又吉さんのところへ向かいました。
「あのね、外間守善さんて、知ってる?」

又吉さんは、社員名簿を開くという失態を、またもやらかしちゃったのです。
「あーあ」
「あ、またやっちゃいましたか」
「やっちゃいました」…
 《前に「やっちゃった」時の記事を読む》

そうして入手した本です。
「回想80年 沖縄学への道」外間守善
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高山はさっそくパラパラとめくってみました。そうしたら、そこにびっくりする記述を見つけたのです。
「あ、外間さんの妹さん、対馬丸に乗船されていらっしゃったのですね。そして、あの事件で亡くなられたのですね」
「ほー、それは知らなかった…」

沖縄にいると、とてつもない話が、すぐ身近にあるといつも感じさせられます。
人もそうです。人間国宝がカルチャーセミナーみたいな企画で教えていらっしゃったり、居酒屋に行けば民謡の大物がすぐそばで歌っていたり、映画を見に行ったら隣に有名な映画監督が座っていたり、古本屋を探していると池澤夏樹や又吉栄喜の署名本がちょこちょこ出てきたり。

考えてみれば、いつも気楽にお話させていただいていますが、儀間先生だって、大変なお方、今でこそ沖縄のメディアではたくさんのウチナーグチの話題で賑わっていますが、儀間先生はそのパイオニア的存在なのですから。

実は、この日の儀間さんのお話ですが、この外間守善氏の話の前後に、もっとずっと長い物語がくっついているのです。でもそれは、ここでは手に負えません。いずれ高山が、「社長とは〜」に書くと申しておりますので、ややこしい続きは、そちらの方で。

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tag: 沖縄タイムス  外間守善  儀間進  対馬丸  又吉千夏  裏へ  伊波普猷 

強行軍その1

10:30国立劇場おきなわ
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11:00FM沖縄にて山川悦史さん
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13:00沖縄タイムス
儀間進さんにお会いするのも、もう4回目、おきなわおーでぃおぶっく次回企画の詰めのご相談をしていたのですが、お話はあっちへ転びこっちへ転び、いつものことですが、それが全部ほんとに楽しくて貴重なお話なのです。今日もたっぷり聞かせていただきました。いずれゆっくりご紹介します。お楽しみに。
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お馴染みの又吉さんと儀間進さんの2ショット。受付の椅子に座っちゃう儀間先生の遊び心が大好きなのです。いつもはカメラを向けると、真面目なお顔をされてしまうのですが、今日は笑わしちゃった。そうしたらどうですこの笑顔。これがホントの儀間先生のお顔です。ああ儀間先生を持って帰りたい。一家にひとり儀間おじい…
 ⇒《儀間さんのスマシタお顔を拝見する》

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千夏さんと早希さんでした

ちょいと別件で沖縄タイムスに電話。そしたら又吉さんのあっかるい声。
そうだ、名前、聞いちゃおっと。
しつこいけどまたおんなじ画像を見てください。

沖縄タイムスの受付の画像

又吉千夏さん(左)と山田早希さん(右)でした。

tag: 沖縄タイムス  又吉千夏  山田早希 

沖縄オーディオブックのはじまりのこと

2008年の春、会社を設立して初めての決算を前にして、高山正樹は考えていました。
自立した一人前の会社にするために、僕らにできることは何なのか。たくさんのことを思い浮かべたけれど、そのほとんどが次々と消えていきました。
その中に、オーディオブックもありました。例えば、著作権切れの作家の作品を朗読してデータ配信するのはどうだろう。でも、誰もが思いつきそうなお手軽な発想、事実、そんなサイトは、もうすでにたくさん存在していました。
高山正樹は思いました。「これも違うな」。

ある日、高山正樹は、ふっと気がついた、高山の書斎には1000冊近い沖縄関係の蔵書があるのです。「これだ!」と高山正樹は思いました。その日のうちに、知り合いのルートを頼って、沖縄タイムスの文芸部長にコンタクトをとりました。「是非とも、大城立裕先生にお会いしたいのですが。」
沖縄に特化したオーディオブックを作る。ならばその始まりは大城立裕氏以外には考えられない・・・

「何をしたいのか、その意図は何か」沖縄タイムス文芸部長の真久田さんから当然の質問が来ました。
即刻、高山正樹は20年間の沖縄との関わりを綴ったメールを送りました。(高山正樹の沖縄との関わりについては、いずれ高山本人が「社長とは呼ばないで」に書くでしょう。)
すぐに真久田さんより、「大城先生が会ってもよいとおっしゃっておられます。直接に電話するように。たった今なら御自宅にいらっしゃいます」と、大城先生の電話番号が書かれた返信メールが届いたのです。

6月8日。初めて大城立裕先生のお宅に伺いました。首里の高台にある、平屋の一見ごく普通のお宅。
奥様が上等な「ちんすこう」を出してくださいました。でも高山は緊張のためか口が渇いていて、もそもそして頂くことができなかったようです。

大城先生が、開口一番おっしゃいました。「又吉くんのほうが、いいんじゃないか」
又吉くんとは、「豚の報い」で芥川賞を取った沖縄の人気作家、又吉栄喜さんのことです。高山正樹は答えました。
「いえ、まず何としても大城先生の作品で始めたいのです。それも『カクテル・パーティー』から、それ以外は、全く考えておりません。」

大城立裕先生は、こちらのお願いを快くOKしてくださいました。次の日、大城先生をご紹介いただいたお礼と、併せて「セロ弾きのゴーシュ」のCD発売を記事にして頂けることになったお礼の御挨拶のため、おもろまちにある沖縄タイムス社まで出向きました。そのついでに、といってはなんなんですが、受付そばのテーブル一個を占拠して、山猫合奏団のコンサートを沖縄でやるための作戦会議をしていたのです。あつかましいはなしですね。でも、受付の二人の女の子は何の文句も言わず、それどころかニコニコ応対してくれて、とっても仲良くなりました。
「二人とも、とび抜けてカワイイ」とは高山正樹の弁。
「あんまりかわいいから、憎らしいから、もう一回画像を貼り付けちゃおう」
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そのうち、ついに高山が、受付の又吉さん(左側の彼女。偶然にも作家の又吉さんと同じ苗字)にちょっかいを出したのです。(右側は山田さんです。)
「ねえ、大城立裕さんて知ってる?」
すると彼女は、受付に常備している社員名簿を取りだして調べ始めました。
「違うよ、社員じゃないよ。あれー、大城立裕も知らないの? ここ、確か沖縄タイムス社だよねえ。今日の朝刊にも、大城さんの記事、出てるんだよ」、高山正樹はそう言って、新聞を持ってこさせて、その掲載記事を彼女に指し示したのでした。

ちょっとお昼を食べに出て、また営業会議の続きに戻ってくると、又吉さんが飛んできて、そして高山の手を取って、
「ごめんなさい。大城さんて大変な方だったんですね。うちでも何冊も本を出して頂いていて、大変お世話になってます。上で聞いたんですが、とっても叱られました。これからも色々教えてください。よろしくお願いしまーす。あ、それから、山猫合奏団の記事が出たら、その新聞、5部くらい、とっておきますから。また寄ってくださいね。」

あとでその話を真久田さんに話したら、
「今は、もうそんなもんですよ」と苦笑いしていらっしゃいました。

要するに、会社の顔に必要なのは、大城立裕を知っているかどうかではなくて、かわいいかどうかってことなのか、とは高山正樹の呟きです。
商売的には前途多難かなと、その時は思いました。でも今は違うことを思ってます。今の若い人は、沖縄の若者でも、大城立裕の名前さえ知らない。しかし、だからこそ逆にやりがいがある、やらなきゃならない、そんな気がしてきて、ファイトが湧いてきているのです。

今までは、まだ朗読の収録前だったので、お知らせできなかったことを、今日ついに御報告することができました。
明日、CDに特別収録する大城立裕氏のインタビューを録音して、あとは出来上がりを待つばかりです。また後日ご報告します。
あ、そうだ、ジャケットのデザインがまだ決まってない。大変だ・・・。

tag: 又吉千夏  山田早希  又吉栄喜  沖縄タイムス  山猫合奏団  真久田巧  大城立裕  おきなわおーでぃおぶっく  カクテル・パーティー