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午前中のコザのパークアベニューで

朝。高取英氏の死去を知る。
第2回の映画祭で氏の「聖ミカエラ学園漂流記」を上映した。上映後、高取さんにはトークもしていただいた。いつか『アリスの叛乱』をやりたかった。坂本龍一が音楽を担当したという幻の自主映画。無念。心からご冥福をお祈りする。

(2014年4月15日 阿佐ヶ谷Cafe&BarJANIS にて)
月蝕歌劇団の高取英氏と


泊漁港内にある魚市場。
泊市場
朝飯を調達してコザに向かった。

10時到着。
約束の時間は11時半だから、まだ一時間半もある。キジムナーフェスタで来た時の懐かしい街。レンタカーを駐車場に突っ込んで、時間までパークアベニューあたりをブラブラしてみることにしたのだが、しかし殆どの店が閉まっている。もう少しすれば開くのか、いや、多くが空き店舗だ。

開いているのはこんな店。
刺しゅう店
買いに来るのは米兵か、暴走族か。
沖縄とアメリカ軍人という10月の旅のテーマは、まだ終わりそうもない。

ん、200円? 元々いくらだったのだろう。
泊市場
それにしても
CAMP HENOKO って
まだ辺野古基地なんてないんだし
いやいや「まだ」という言い方もおかしいし
基地のTシャツ
鳥居も、たっぱり何だか腹立たしい。

そして、こんな張り紙も見つけた。
エアーフェスタ

こうなりゃオマケにこれだ!
名護市長の件

もうひとつ。まちなか図書館の掲示板。
そう、今日はこれから、「米軍が最も恐れた男」上映中のシアタードーナツに行くのである。
カメジロー

でも、まだ少し早い。パークアベニューの突き当りまで歩いて、懐かしい“コリンザ”に行ってみることにした。

 ⇒続く

tag: 鈴木里美  沖縄の旅_2018年11月  高取英  泊漁港  パークアベニュー  辺野古  沖縄の基地  トリイステーション  名護  瀬長亀次郎 

名護の海は綺麗だった(追記暫定再投稿)

《8月2日(火)-1》
再び……
あの大震災から144日目……

7月30日の朝には気がつかなかったとんがり山を発見。
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ネットで調べてたぶんそうだろうというこの山の名前を見つけたのだが、万が一世界に向けて間違ってはいけない。
ただ、色々と調べていくうちに、500メートルにも満たない山々だが、沖縄の山を登るのは、かなり面白そうだということが分かった。

おはよう!
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出発。
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まず、明日の公演の打ち合わせのため、名護市民会館へ。
すると、とてつもなく美しい海が見えた。
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会館の方に伺うと、やはり今日はとりわけ美しいという。太陽の角度なのか、あるいは海の温度なのか、午後になるとくすんでしまうらしい。
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もろもろ詳細後日。

tag: 名護 

名護の市民会館に寄りました

《7月17日-7》
沖縄市に戻る前に、21日の山猫合奏団の公演会場である名護市民会館に寄ることにしました。今回の山猫合奏団のツアーは、名護市民会館のご協力がなければ実現できませんでした。だからこそ、少しでも多くのお客さんに来ていただかなければなりません。幸い名護の公演に先がけてキジムナーフェスタがあり出し物も違います。ならばキジムナーフェスタの会場で、名護の公演の宣伝をしようと思い立ち、チラシを受け取りにいくことにしたのです。

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でも、もしキジムナーフェスタでの“どんぐりと山猫”の評判が悪ければ、却って逆効果になってしまうかもしれません。こいつは賭けだな、なんてね。
もういい歳なんだから、肩の力を抜いて楽しめる仕事をしたい、そんな思いでプロデュースを始めたのですが、どっこいなんだか若い頃を思い出すような、青臭い不安と期待。こんなはずじゃなかったのにな、と、この緊張感をちょいと楽しんでいます。

市民会館に到着すると、こんな案内が貼ってありました。今日の催し物の案内です。
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しまくとぅば語やびら 名護市大会
見ていきたいなあ、と思ったのですが、今夜は沖縄市のコリンザでキジムナーフェスタの開会イベントやらパレードやらがあるらしく、是非参加をとスタッフの方から言われていて、何をするんだか勝手がよくわからないのですが、でも行かないわけにはいきません。仕方なく沖縄市へ向かいました。

なるほど、今の沖縄の子供たちは、もう島の言葉なんか見向きもしないのかなと思っていたのですが、一生懸命「しまくとぅば」を勉強している子供たちがたくさんいるんですね。頼もしい……

そうだ、いいこと思いついた!


【裏】
名護市には、今、話題の辺野古があります。その名護で公演をする、それがこの旅の、僕の憂鬱の原因のひとつでもあったのです。
名護市は沖縄本島の西海岸から東海岸までに亘っていて、(沖縄本島全域でいえることなのですが)賑やかなのは西海岸側、名護市民会館もそちら側にあります。辺野古は東海岸です。

基地に苦しむ市町村ほど財政は比較的豊かです。反対に、基地の無い行政区は大変厳しい。本土東北地方の原発みたいなものですね。
また、沖縄の東海岸は、豊かな自然があっても観光客が来るような目立った施設がない。

名護の基地は、東に辺野古弾薬庫とキャンプシュワブがあります。名護は決して基地に依存した市ではありませんが、もしかすると、このふたつの米軍施設がなければ、山猫合奏団の公演に予算などつかなかったのかもしれません。

そういえば、最近とんと聞かれなくなってしまいましたが、泡瀬の埋立も東海岸だったよなあ。

澤地久枝さんは、その名著「琉球布紀行」の中で、奄美大島でのエピソードを紹介しています。
「(奄美は)復帰以前は『米軍の占領下』という沖縄と同じ歴史を通っている。しかし沖縄の本土復帰よりも十九年早く、復帰は実現した。
『オキナワがうらやましい。……基地があるから』
初老のタクシー運転手の呟きには、おきざりになった島人の本音がにじんでいるようだった。」

この「運転手の呟き」に、昨日紹介した島尾伸三さんの文章が重なって、僕の眩暈はひどくなっていくようです。

僕の頭はこんなふうにゴチャゴチャしていたのですが、会館の方々と辺野古の「へ」の字もなく笑顔で挨拶を交わして、名護を後にしたのでした。

でも、皆様お願いです。だからといって、沖縄の多くの人が基地を望んでいるんだなどという固定観念を持つことは決してしないでください。大嫌いな軍隊なのに、その基地に頼らざるを得ない人々の深い苦悩というものを、どうか想像してみていただきたいと思うのみです。

tag: 名護  沖縄の旅_2010年7月  辺野古  奄美  キジムナーフェスタ  うちなーぐち  山猫合奏団