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ちんどん屋さんの深い話


午前10時、事務所にて、スタンバイ完了。
ちんどん屋さんスタンバイ

10時25分、まさに喜多見の街へ出向かんとしたその時…
消防署

時系列が後先になりますが、この日の夜に呟いたツイート。
gajumui

昨日の東京新聞武蔵野版に映画祭の記事が載った。とたんに今朝、消防署から3人来た。あさって、事務所に再び消防署の人と、東京都の建設事務所の役人が来るという。好むと好まざるとに関わらず、ステージがひとつ上がってしまったということか。潰されてはかなわないが、俺はきっと悶々と悩むだろう。
05-26 18:33


(※建設事務所ではなく、正確には建築指導事務所。後から気づいたのだけれど、この時すでに消防署と建築指導事務所は横の連絡を取っていた。元来縦割り行政なのに何故?それは追々分かってくるのです。)

まあ、んなこたあ忘れて、今日はちんどん屋を楽しみましょう。
消防署が来て少し手間取ったけれど、10分遅れくらいで出陣できました。小生はビデオカメラを持って後を追います。
宇夫方女史は紅型来てチラシを配る係りです。
満面の笑み 記念撮影
喜多見駅前で記念撮影。

4人で収まった記念撮影の写真、でっかい太鼓を叩いている女性が村上友子さんです。龍前照明の現場で知り合いました。うちの会社で、地図調査員として働いてくれていたこともあります。でも、役者さんなのです。
その隣の小生を飛び越えて、嶋崎靖さんがチンドン屋 U-Stageのボスです。芝居も書きます。演出もします。役者さんでもあります。
そして隈本吉成さん。ザ・スーパー・カムパニイの役者さんで、映画祭では30日の「カクテル・パーティー」にもご出演いただきます。
映画祭影のボス、チラシ配りの宇夫方路さんも今は琉球舞踊の先生ですが、やっぱり役者さんです。
ビデオ係りの小生を含め、要するにみ~んな役者なのです。

ちなみに、チンドン屋さんのルーツは無声映画時代の楽士さんたちだったのだとか。
そういえば、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」もこんな一節から始まります。
「ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係でした。」
映画がトーキーになって、映画館専属の演奏家たちは職を失いました。そんな彼らがちんどん屋さんになったのです。なるほど、つまり、チンドン屋さんと映画って、深いつながりがあるんですねえ。

その後、今度はサーカスの楽団の人たちが沢山ちんどん屋業界に入ってきました。きっとサーカスの興行も厳しくなってきたんですね。あの「天然の美」という曲、ちんどん屋さんの定番のように思われていますが、あれは元々サーカスの定番の曲だったのです。

僕らが子どもの頃、昭和30年台のちんどん屋さんは、和服着てズラを被っていました。ちんどん屋さんて、そういうものだと思っていました。でも違うんですって。あの頃、大衆演劇もどんどん下火になっていって、その役者さんたちが大挙してちんどん屋さんになったのだそうです。だからあんなカッコをしていたらしい。それより前からやっていたちんどん屋さんも、その流れに押されて、カツラを被らなければならなくなった一時期があるんですって。

あ~、ちんどん屋さんの歴史って、なんだか哀愁があるなあ。嶋崎靖さんはおっしゃいます。「ちんどん屋は芸人が最後に行き着くところ、吹き溜まりなんですよ」
それを聞いて、沖縄の京太郎(ちょんだらー)を思い出しました。日本の旅芸人が最後に行きついた沖縄。きっと居心地がよかったんだろうなあ、沖縄も、ちんどん屋も。
かの小沢昭一さんが最後に研究し残したのが沖縄の旅芸人チョンダラーでした。一緒に、と企んでいたのに間に合わなかった。隈本吉成さんは小沢昭一さんの弟子です。

労働の後は事務所でちょいとお疲れさまの一献。
おつかれさまでした

コスチュームを脱げば只の人です。きっせいさんは学校で講師をやっているので先にお帰りになりましたが、U-Stageのボス、嶋崎靖さんと話が尽きなくなりました。そのあたりはいずれどこかに書きます。
友ちゃんにも、あえてここには書きませんが、本当に感謝なのです。今度は…、ね!

でもせっかくだからひとつだけ、嶋崎さんから伺ったちんどん屋さんの極意の話をご紹介しましょう。
「いかに姿を消すか」
ちんどん屋さんはあくまで宣伝係りです。主役はパチンコ屋さんだったりスーパーだったり、あるいは映画祭だったり。着替える場所がなければ、家から衣装と化粧のままで電車に乗り(今日もふたりはそうでした)、その恰好のまま町の食堂に入るのです(今日もそうでした)。さりげなく、目立たぬように。
ちんどん屋さんは人を集めません。集まってきたらこれまたさりげなく場所を移動します。つまり、町に迷惑を掛けては絶対にいけないのです。

ところが最近、修行の足りない若い人たちがちんどん屋業界に入ってきて、盛り上げるだけ盛り上げる。すると近所から苦情が来て、もう次の年からはちんどん屋さんは呼ばれなくなる。ちんどん屋って、ストリートミュージシャンや大道芸人とは本質的に違うんですね。実にストイックで、プロ、職人なのです。役者としても、考えさせられるところがたくさんあります。

もし、来年も映画祭が続けられるのならば、ちんどん屋さんは定番にしたい、心からそう思っています。僕自身が、ちんどん屋さんに転職していなければ、ですが(笑)

そして!
嶋崎靖さんが、あるお知り合いの方に電話してくださいました。それで6月1日の「非行少年」のゲストが決まりました。

日本映画大学の学長、佐藤忠男さんです!
もう、びっくりなのであります。

ともかく、チンドン屋さんには魔法がかかっているのではないか、そんな気がしてきました。だってみんな笑顔になるんだもん。今まで一度も話したことのないお店の方が、ニコニコしてお店から出てきて、喜んでチラシを受け取ってくれて、頑張ってねって言ってくれるのです。
映画祭のアンケートの、「どこでこの映画祭をお知りになりましたか」の選択肢に、「チンドン屋さん」を追加することにしました。

(※小生が撮影した動画はいずれアップします!他の写真も後ほどアップします!)

ubukatamichi

明日です!来てね!/三線・琉球舞踊の無料体験 http://t.co/uTjccr99OQ
05-26 23:59

tag: 喜多見  隈本吉成  嶋崎靖 

チンドン屋さんがやってくる!

“喜多見と狛江の小さな映画祭+α”
  オープニングイベント

喜多見と狛江に チンドン屋さんがやってくる!
ちんどんや

日程:5月26日
  喜多見駅周辺 10:30~12:30頃
  狛江駅周辺 13:00~15:00頃


第60回全日本チンドンコンクール第三位のチンドン菊乃家(U-Stage)が、喜多見と狛江を回って“喜多見と狛江の小さな映画祭+α”を宣伝します!
もちろん街を歩くのですから、ごらん頂くのにお足(御銭)など頂きません。
U-Stage
こんなにたくさんは来ませんけれど…

【チンドン菊乃家(U-Stage)のプロフィール】
世界各地、100を超える街を公演して絶賛を集める。とりわけ、学校公演やワークショップ、各国市民・アーチストとのコラボレーションには定評がある。
1999年ロンドンにて「Japan Festival Awards 」 2002年「外務省在外公館長賞」受賞。
02年度「外交青書」コラム掲載。公式な日本外交史にチンドン屋が初めて載った!
日本国内では、富山チンドンコンクールなど、プロのチンドン屋として各賞を受賞。
2008年「関東チンドン選手権大会」優勝、初代チャンピオンとなる。
2011年より、チンドン屋として最も歴史の古い「菊乃家」の屋号も継承する。


では、第60回全日本チンドンコンクール準々決勝の第二試合 チンドン芸能社vs遊舞台(U-Stage)の模様をご紹介しましょう。後から出てくるチームがチンドン菊乃家の精鋭三人組です。
(※U-Stageの三人は、3分45秒くらいからの登場です。サックスの人がきっせいさん。女性が友ちゃん。で、真ん中の人は今回喜多見には来ませんが、代わりチンドン菊乃家のボスがやって来ます。)


見てくれました? 3分45秒から後です。ね、馬鹿でしょ。笑ってやってください。で、ご本人たちはと言えば、つい受けるので、というか、お客様が求めるのでこんなバカなことをやっているけれど、これは本物の伝統的なチンドンやさんに失礼だという認識があって、申し訳ないので自分たちは絶対に優勝してはいけない、だからいつも準優勝を目指しているのだそうです。ははは

どうしてチンドンやさんがやってくることになったのか
M.A.P.のしゃちょう&きたみとこまえのえいがさいじっこういいんちょう
たかやままさき

友ちゃんとは、りゅうまえしょうめいのげんばでしりあった。そのあと友ちゃんは、うちのかいしゃ、M.A.P.ではたらいてくれたこともある。そのはなしはひとまずおいといて…

かわさきしみんげきではじめてきょうえんしたきっせいさんがチンドンやさんをやっているので、こんど、喜多見と狛江の小さなえいがさいに、きてもらいたいとおもった。ほんとはチンドンやさんをよぶのはけっこうたいへんなのである。でもきっせいさんのボスが、こういうえいがさいならおうえんしなくちゃいけないと、ボスみずからひとはだぬいでくれて、きっせいさんとふたりできてくれることになった。ほんとは3人がチンドンやさんのきほんなのだけれど、そこまでぜいたくはいえないから、これでもとってもうれしかったのだ…

じつはである。
さっきひとまずおいておいた友ちゃんだけれども、友ちゃんはきっせいさんたちのチンドンやさんのグループのメンバーなのである。だからね、友ちゃんきてくれないかなあとおもったのである。で、おもいきってきっせさんにきいてみたのである。そうしたら、きっせいさんからメールがかえってきた。
「友ちゃんが、たかやまさんのたのみならいかないわけにはいかない、とのことでごじゃりました。よって5がつ26にちには3人でうかがいまする」

おほほほほほ!なのである。

というわけで、にっぽんチンドンやせんしゅけんでだい3いの、とってもおかしなチンドンやが、喜多見にやってくることになったのである。

いちばんひだりがきっせいさん。そのとなりのヒゲが友ちゃん。まん中がボス!だよん。
チンドン菊乃家

tag: 喜多見  隈本吉成 

“喜多見と狛江の映画祭+α”10月定例会 “斉藤哲夫アンコールライブ”

斉藤哲夫アンコールライブ
ゲスト:皐野アル
前座:高山正樹+鈴木雄介+宇夫方路

 高山正樹のリードボーカル
 鈴木雄介のコーラスと魅惑のウクレレ
 そして宇夫方路の・・・


※イベント開始前に琉球舞踊を一曲地謡付でM.A.P.の教室のメンバーが御披露します。
 今回は第一回を記念して曲目は「かぎやで風」です。


日時:10月27日(日)15時開演
会場:M.A.P.

 狛江市岩戸北4-10-7-2F
 小田急線喜多見駅徒歩5分 島田歯科2階
料金:1,500円
チケット発売開始!30枚限定。お申し込みはお早めに!
お問合せ M.A.P. 03-3489-2246

そんなわけで…
ねえ君!斉藤哲夫のアンコールライブに遊びに来ない?


【これまでの斉藤哲夫関連動画付き記事一覧】
 ⇒(ちょっと吉祥寺に行ったので…)※youTube“吉祥寺1973”
 ⇒下北沢での遊び方【高田渡と斉藤哲夫と…】※youTube“悩み多き者よ”+おまけ
 ⇒それぞれの人生、されど私の人生は※youTube“されど私の人生は”吉田拓郎Liveバージョン
 ⇒斉藤哲夫は“テッちゃん”だった※youTube“吉祥寺(Live)”&“ここは六日町あたり”
 ⇒哲っちゃんと再会しました※youTube“グッド・タイム・ミュージック”
 ⇒「永井宏・詩写真集刊行記念展」と斉藤哲夫のミニライブ※USTREAM実況
 ⇒斉藤哲夫が十九の春を歌う※youTube 高田渡vs金城恵子“十九の春”
 ⇒斉藤哲夫ファンに出会うと嬉しくなる※youTube“親愛なる紳士淑女の為に”
 ⇒哲っちゃんには会えなかったけれど※youTube“日の丸”
 ⇒5/19~20のツイートまとめ※youTube“さんま焼けたか”
 ⇒5/28のツイートまとめ※youTube“もう春です(古いものはすてましょう)”
 ⇒選挙の前日に再開した健康ゲーム※youTube“明日になれば”
 ⇒斉藤哲夫の“僕の古い友達”※youTube“僕の古い友達”

 ⇒映画祭の斉藤哲夫ライブ告知記事※youTube“われわれは”
 ⇒映画祭の時の斉藤哲夫ライブの記事※youTube【斉藤哲夫 高田渡を語る】

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tag: 斉藤哲夫  喜多見  上り口説 

イキツケの店には丸腰で行くこと

《12月3日(金)25時》
とり井を出ると、水才君が“酒菜”に行くという。あっちこっちと飲み屋をツマミ食いする水才くんだが、やはり中真水才のホームグラウンドは“酒菜”である。それではと、オイラも行くことにした。

そういえば若い頃、飲み屋は決まった数軒だけあればそれで十分だった。店のオヤジかマスターか、あるいはバーテンか、そんな大人たちと、まるで親友のように色々な話をした。今考えれば、彼らはプロだったのだろうと思う。その頃に比べると、今行く飲み屋は物足りない。しかし、残念ながら変わったのはこちらである。昔ほどウブではなくなってしまったのだ。銀座あたりに行って大枚払えば、満足させてくれる店もまだあるのかもしれない。しかし、ブログで紹介なんぞしたら、出入り禁止になるに決まっている。

喜多見情報なんか書き始めて、ますますイキツケといえるような店がなくなってしまった。当たり前だ。ブログであれやこれや書かれてしまっては、たとえそれがいいことばかりだとしても、店のオヤジが腹割って付き合ってくれるわけがない。

本当に「イキツケ」を楽しみたいなら、店でデジカメを持ち出して、ツマミなんかを撮影してはいけないのである。

どんぶりいっぱいの小松菜のおひたし。
大量の小松菜
もちろんメニューにこんなものない。それをボクの顔を見れば出してくれる。スーさんもプロである。だから、“酒菜”をイキツケにしている若者がたくさんいるのである。

まったく水に晒さないオニオンスライス。
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水に晒すと、血をサラサラにするなどの健康効果がなくなるんだって。知らなかった。スーさん情報。

オイラも昔のような「イキツケ」の店を探そうかな。沖縄とは全く関係のない店、狛江か、成城あたりにさ。
そんなお店が見つかったら……
いえ、決してブログなんかで紹介することはいたしません。

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tag: 地域繋がりの人たち  中真水才  喜多見_居酒屋.酒菜  喜多見  健康ゲーム 

菊地さんのこと・昔の酒菜の思い出

※紀伊國屋ホールで津嘉山正種さんにご挨拶した後……
久しぶりに菊地さんの顔でも見ようと、歌舞伎町の市場寿しに向かった。5月15日以来。ところが……
テナント募集の貼紙

菊地さんと始めて出会ったのは、喜多見の美登利寿司。世田谷通り沿いに2軒あったけれど、駅に近いほうのお店。
「ウニ、どう?」
そう聞いたら、目だけでやめときなと帰ってきた。ただ「うに」と頼めば「へい」と握ってくれたに違いない。一見の客である。安いネタじゃあない。食わせてしまえばそれで終わり。しかし「どう」と聞かれて菊地さんは何を思ったのか。僕がニヤッと笑ったら、菊地さんは片側の口角をちょっと上げた。
メニューにない“づけ”、握ってもらえるのか頼んでみた。30分ほど待てという。もちろん待つと言った。
出てきた“づけ”には洋ガラシが乗っていた。
「ああ、これさ、小笠原とか八丈島とか、あのあたりじゃあネタを醤油につけ込んで、洋ガラシで食べるんだよね。島寿し。これが美味いんだ」と僕が連れに能書きを垂れたら、菊地さんはちょっとおどけてつまらなそうな顔をした。そうか、これは菊地さんのネタだったらしい。
「いや、ごめんごめん。このハナシは菊地さんが語るはずだったんだ。そして俺はそれを拝聴して、へえそうなんですかって感心しなきゃいけなかったんだな」
「いやな客だ」

それから、僕はちょくちょく店に顔を出すようになった。僕の顔を見れば、時間のかかる“づけ”を菊地さんは黙ってまず仕込んでくれた。新顔を連れて行くと、「づけ、いくつ」が挨拶代わりのやり取りだった。
いつしか菊地さんの本日のお勧めで任せて握って貰うようになった。でも一度もウニを握ってくれたことがない。もしかすると、それは菊地さんの作戦で、まんまと僕は乗せられていたのかもしれない。

このお店は、かの有名な、でも有名になってから地元の人は行かなくなったという梅が丘の美登利寿しの直系。諸々裏事情はお話できないが、“こもろ家”と屋号を変えた後も、菊地さんが店を仕切っているように見えた。

やがて、それまで姿をお見かけしなかったオーナーが、“こもろ家”になってしばらくした頃から、よくカウンターの中に入られるようになった。そうして間もなく、菊地さんの「リストラ」が決まった。菊地さんを慕っていたバイト君も、菊地さんが辞めるのとほとんど同時にいなくなった。僕のように、菊地さん目当てに来るお客さんも、遠退いたと聞く。

“こもろ家”のオーナーがどうのこうのというつもりは全くない。小生も会社の代表の端くれ。一従業員やバイト君の一方的な話しを聞いて、何かを云々するほど単純ではない。むしろ、客やバイトに人気のある職人さんを使わなければならないオーナー職人の立場を想像すれば、その苦労が見えるようで、心からご同情申し上げたいとも思う。
僕が今日語りたいのは、ただ菊地さんのことだけである。それによって、別の何かを貶める気は全くない。

「喜多見で、いい物件ないかな」
せっかく自分についたお客さんたちを相手に、自分の店を持って寿しを握りたい、そりゃそうだ、相談されてよき場所がないか探してみた。今、鳥力中央研究所の入っている店舗が、その時ちょうど空いていた頃で、そこを検討してみたりもした。

数ヶ月後、市場寿しに誘われたと聞いて安堵した。

それから、まだ2年くらいしか経っていない。菊地さん、なんで電話のひとつもくれないのだろう。市場寿しが閉店したのはいつなんだろう。菊地さん、今、どこでどうしているのさ。まだ菊地さんの握ったウニ、一貫も食べてないんだけど。

致し方なく、喜多見まで戻って“酒菜”に寄った。
かつてまだ“酒菜”にスーさんがいなかった頃、沖縄出身の「とくさん」がやっていた。今でも“酒菜”には沖縄のツマミが結構あるが、「とくさん」の頃はもっと沖縄色が強かった。そういえば「はじめちゃん」というかわいい男の子もいたっけ。その「とくさん」がいなくなって、僕は“酒菜”に行かなくなった。
スーさんの“酒菜”に行くようになるまで、ずいぶんと時間が必要だった。今でも、今の“酒菜”に対する微かな「よそよそしさ」が僕の頭蓋骨の裏にへばりついている。それはきっと、昔の“酒菜”での思い出の残り滓なのだろう、そんな気がしてきたのである。

なんとも五十絡みの厚かましいおっさんには似合わない話だ。確かに、僕が今スーさんとする話は、高血圧と尿酸値のハナシばかり。それが現実。

要するに腹が減っているのだ。
カルビ焼肉サラダ。
牛カルビ焼肉サラダ
本日は豚カルビではなく、牛カルビを使用。

「とくさん」は今、狛江の串かつ屋さんにいるらしい。喜多見だけで手一杯。狛江まで範囲を拡げたくはなかったのだが、会社の登記は狛江市だし、串揚げ屋さんをご紹介しない理由はない。
菊地さんにも電話をしてみよう。明るい声で。

そして“こもろ家”さんにも行ってみよう。それがM.A.P.的な正しき道。
(文責:高山正樹)
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tag: 喜多見  菊地さん  喜多見_居酒屋.酒菜 

ブログネタはゴーヤーから健康ゲームへ

健康ゲームについて。
少し整理しましょう。減塩しているのは血圧が高いからです。尿酸値とは直接関係ありません。尿酸値が問題なのは、僕の場合腎臓がひとつしかないので結石ができると命取りになりかねないから。でもそのために徹底的にプリン体の多い食物を控えているのかというとそうでもない。まあ、ちょいと運動をしたり、食べる量を少なめにして、果たして一ヶ月くらいでどうなるものか見てみようというのがゲームの趣旨です。

明日、一ヶ月ぶりに医者に行って尿酸値の数値を調べます。ゲームの結果が楽しみですなあ。
(血圧の方は、これだけ塩分を少なくしているのに、あんまり変わっている感じがしないんだよねえ……)

今日のお昼。
ある出来事があって以来、オリジン弁当にはいい印象がないのですが、喜多見のお店で料理を一生懸命作っているパートの方々に対しては文句なんか全くありません。
今日、ちょいとダメ元で減塩おにぎりを頼んでみたのです。そうしたら、若い方は途方にくれていたようですが、ベテランらしき年配の方が、「塩なしで握ってあげるよ」と言ってくださったのです。
塩なし御握り
これが美味かった。具のシャケの塩分だけで十分。お店というものは食中毒が怖いから、お持ち帰りは濃い味にするのが常道。だからもしかすると、塩なしの御握りを売るなんてルール違反なのかもしれないけれど、そんな固いこと言っちゃダメだぜ、時々店を巡回する支配人。

お昼を食べ終えて、大島くんとの録音作業も終えて、久しぶりにゴーヤーを撮影してみました。このところずっと動きなしなのです。
最後のゴーヤー
柿の場合(他の果物は知りません)、木の上のほうの実を一個だけ残して、来年の豊かな実りを願うのですが、そんな感じになってきました。
最初のゴーヤーから見る
4日後のゴーヤーへ

そして夜になると、目がランランとしてくる僕でありました。鳥目のクセに……。

さあ、今から下北へ繰り出すぜい!

tag: ゴーヤー栽培.2010  健康ゲーム  喜多見 

喜多見勝忠の祖先は秩父氏の末裔【喜多見氷川神社御輿巡幸その2】

神楽殿では里神楽が厳かに行われていた。
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八雲神詠。天照大神の弟、須佐乃男命(素戔鳴尊)が大蛇を退治する物語。

喜多見の氷川神社は、天平12年(740)に建てられたと伝えられる。祭神は素戔鳴尊、配祀神は天照大神と稲田姫命。古くは多摩の川岸にあったというが、延文年間(1356〜1360)、暴れ川と呼ばれた多摩川の洪水で古文書などが流失し、創建の頃の史実は定かではない。
永禄13年(1570)、江戸頼忠が社殿を修復。その孫、喜多見勝忠が神領五石二斗を寄進、三代将軍家光から10石2斗を賜る。
その後、喜多見重政が貞享3年(1686)に2万石の大名になって立藩、喜多見藩主となる。今の東京都の範囲で、江戸時代に大名がいたのは、ここ喜多見だけなのである。

…と、偉そうに書いているが、この日まで何も知らなかった。

時代はローカルだなどと言い、沖縄の文化を学べば大和が分かるなどといい、喜多見情報というカテゴリを作ったはいいが、居酒屋情報に終始し、京都のカテゴリに至っては私的な事情があるとはいえ、あたかも日本において沖縄に対抗しうる文化は京都にしかないといわんばかり、いやはや我ながら呆れている。喜多見で活動していながら、この町を見ようともせず、その古の歴史など少しも興味がなかった。

当たり前のことだが、日本中いたるところに生活があり、そこに住む人々が営々と繋いできたその歴史に、重い軽いの区別などあろうはずもない。

佐藤優さんが、大太鼓や神輿の説明をしてくださった。
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中真水才も、宇夫方路も、感心して聞いている。しかし、きっと水才くんは家族の住む沖縄の歴史を知らず、路女史は生まれた盛岡の文化を学んではいない。得てして、そんなものなのかもしれない。

金ピカの神輿
「いったいこれ、いくらするんだろう」
「こら!」
「商人だけが世界をひとつにする可能性を持っているのだ」

こんなふうに、まぜっかえさないといられない性癖なのだ。大和魂とは程遠い。

しかし、それにしても不思議ではないか。川崎の市民劇「枡形城・落日の舞い」があるらしいと知ったのは昨日のことなのだ。

喜多見勝忠の祖先である江戸氏は、桓武平氏秩父氏の末裔であった!
……なんて言ったって何のことやら分からない。また悪い癖。と同時に、結末の分からない新しい連載小説の始まりである。

佐藤さんと初めて出会った“ばりき屋”で一杯やることになった。
佐藤優さん
佐藤さんのかわいいメル友(左)と、宇夫方路。
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「犯罪ですよね」と佐藤さんの息子のヒデ君(右)。
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その左で、楽しそうに今日の神輿のことを語り合っているのは、佐藤さんとメル友のお父さん。

さて、神輿のこと、たくさんご教授いただいた。
割り箸使ったりして…
割り箸神輿
しかしそれについては、あまりにも付け焼刃なので、ここでお話することは控えよう。また来年。
そういえば、去年も喜多見のお祭りの記事があるけれど、しょぼい内容だったなあ。
 ⇒去年の10月4日(日曜日)の記事

そうして乾杯、一本締めで、長い一日が終わった。
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お見苦しい何かが見えましたなら、今日はお祭り故、どうかお許しのほどを。

10月17日は終わったが、夜はまだ終わらないんだよねえ。

tag: 「枡形城落日の舞い」  喜多見  中真水才  喜多見_焼肉.ばりき屋 

喜多見氷川神社御輿巡幸

今日はお昼過ぎから第11回の三線教室だった。
三線教室の様子
 ⇒M.A.P.三線教室のブログ

そしてそのあと、喜多見の氷川神社に向かって出発したんだ。

昨日のこと、佐藤さんに電話をした。え?佐藤さんて誰だって? 8月28日に“ばりき屋”で出会った佐藤優さんのことさ。そしてお祭りに行くよと言ったんだ。そうしたら佐藤さん「うれしいなあ」と答えてくれたんだ。まさか一ヶ月以上も前に飲み屋でちょっと話したことを、ホントにするなんて佐藤さんは思っていなかったのかもしれない。

板塀に貼られたおまつりのビラ

そうか、神輿巡幸はお昼ごろ喜多見の商店街あたりを出発したらしい。もう夕方の5時だが、神輿はまだ神社には到着していないらしい。でもルートがわからないから、どこからか聞こえてくる賑やかな声が頼りだ。
そして追いついた。どうやらここで小休止するらしい。
お神輿発見
後で知ったのだが、こうやってところどころで休みながら神社に向かう。休む場所も決まっているらしい。
佐藤さんを見つけた。
佐藤優さんと役員さん
さあ、こっちきなよ、と、お呼ばれになった。
佐藤さんと乾杯
佐藤さんのふんどしはアンパンマン。
このご近所のお母さんたちの手作りおしんこ。
おしんこ
ただの見物の僕らが、頂いてしまっていいものだろうか。これも全て佐藤さんがいるからこそなのである。
これが最後の休憩。そしてここから神社までが担ぐ男の晴れ舞台。ちょいと数年前までは、背中にお絵描きした連中がいっぱいで、担がせろ担がせないの喧嘩が起きたが、今は、だいぶおとなしくなってしまったらしい。

お祭りは本来どこだって何月何日と日付が決まっていた。しかし今はその何月何日に一番近い日曜日みたいなことになっている。
「軟弱になった」
今でも日にちをきっちり守っているのは、府中の大国魂神社と深川だけなんだそうな。神輿を担ぐために生きていると言った深川の天ぷら“片山”のご夫婦を思い出した。

浅草の三社祭りはどうなんだろうと思ったら、年々「や」の関係の方々がどんどん多くなって、去年あたり神輿に上って担ぎ棒を壊したらしい。住民の人たちが祭りを地元に取り戻そうと、彼らを排除することにしたという。まあ僕みたいな素人には、お祭りになったら誰が「や」で誰が地元の兄ちゃんなのか、ちっとも区別はつかないだろうけど。

大人が飲んでいる隙に、ここぞとばかりにちっちゃな女の子たちが神輿にぶら下がっていた。
神輿と戯れるふたりの女の子
将来が楽しみ。

いよいよである。佐藤さん、定位置へ。
神輿出発
いざ出発。
神輿巡幸1 神輿巡幸2 神輿巡幸3 神輿巡幸4
佐藤さん、顔つきが違う。アンパンマンのふんどしをしているとは思えない。
そうだ。これは神事なのだ。
提灯を担ぐ白装束の人たち
間もなく、氷川神社である。
神輿巡幸5
神社では神輿の到着を待っている。
屋台で賑わう参道 お囃子
そこへ……
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いよいよクライマックス。宮入。
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しかし、そう簡単にはいかない。神輿がまっすぐに本殿に向かってこなければ、佐藤さんともう一人が神輿を追い返す。それが何度も何度も繰り返される。
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必ずしも担ぎ手は神輿をまっすぐに進めようとしているわけではない。むしろあえて曲げようとする。なぜなら、担ぎ手は今この時が至福の瞬間、いつまでもいつまでもこうして遊んでいたいのである。そして全ての人が、もういいだろうと、暗黙の了解をした時、神輿はまっすぐにお宮へ向かっていく。そして神主さんが柝を打てば、宮入が許された合図である。
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何度でも言う。これは神事なのだ。

急遽誘った中真水才クンがちょっと遅れてやってきた。沖縄にはこういう感じの祭りはない。だから気になっていたという。でもこんな大きなお祭りだとは思わなかった。彼は来年、必ずこの祭りに来ることだろう。

担ぎ手たちはもう酒を酌み交わしている。佐藤さんは僕たちのために席を作ってくれた。
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ただ物見遊山で来ただけで、普通はこんなところに座って酒を頂くことなどできるものではない。これも佐藤さんの力だ。たった一度、居酒屋で出会って飲んだだけのに。
やがて一気飲み大会(鉢洗いというのが正しい)が始まった。僕は健康ゲーム中。死ぬからやめろと止められた。代わって宇夫方路が行く。
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水才も行く!それに佐藤さんが付き合う。
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佐藤さん、何杯目?

神輿に魅せられた男とその奥さんと男の子ふたり。
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若き親父、一気やりすぎてもはや沈没寸前。奥さん曰く「あきらめてます」。このあと奥さんは、三人の子供を連れて帰っていった。

だいぶ記事が長くなったので、続きは次の記事で書く。ただその前に、語弊を恐れず、ちょっと思ったことひとつだけ……



ここは浅草でもなければ深川でもない。世田谷のはずれ、喜多見である。そこで、たくさんの神輿を担ぐ若者たちに出会って、日本の根っこは、ここにあるのかと思い知らされた。

そして、とても言いにくいことなのだが。

大和の若者たちと祭り。暴走族、日の丸、非合法組織、神道、天皇、……、今、僕に見えているこの連なりは、幻覚だろうか。
その連なりに、沖縄を繋げようとする人々、断固拒否する人々。

お互いの文化を理解し尊重し合ってこそ真の友になれる、というような尤もらしい言葉のマヤカシ。

ここは浅草でもなければ深川でもない、世田谷のはずれ、喜多見なのである。
喜多見喜翔睦

そして、裏には色んな話が(例えば派閥とか…)あるに違いない。

いろいろな睦

「喜多見氷川神社御輿巡幸その2」へ

tag: 値域繋がりの人たち  喜多見  日の丸  MAP三線教室  中真水才 

健康的な記事《歩いていると物事の見方が健全になるらしい?》

先月の飲んだ暮れ情報記事を今月1日付けの記事としてアップ。
 ⇒健康ゲームの開始《腎臓がひとつだと尿路結石は命取り》(10/1)
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今日も続くその健康ゲーム。自宅から事務所まで7kmを歩きました。
途中に見つけた石敢當は去年の3月と同じです。
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でも去年と違うのは小さなスピーカーとジュラルミンのカバンが傍にあること。
実はここより少し多摩川の橋寄りでネズミ捕りをやっていて、ここの路地に違反者を誘導してキップを切る場所なのです。

この小さなスピーカーからは……
「時間がないんすから早くやって。」
「あなたは27kmオーバーですね」
……なんて声が聞こえてくる。

さらに事務所に向けて町田とは反対方向に歩くと、こんな交差点があります。
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この左折車線を走って来たバイク……
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そのまま直進すると……
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捕まっちゃうんだな。この後、この先の路地から白バイが出てきて、違反したバイクを追いかけていきました。

この取締りは年がら年中やっていて、自動車で通る度、おまわり暇だなあ、もっと他にやることはないのか、などと不謹慎なことを思っていたのですが、ゆっくり歩いてみると、色々な看板に気がつきます。
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なるほどね、こういう事情もあるわけか。このもっと手前には、自動二輪の取締り強化路線という看板もありました。
この交差点にもこんな立て看板。
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交差点を渡ったところの路地には、もう一台白バイが……
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そして、ほら、また捕まった。
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M.A.P.で働く皆様、世田谷通りを町田方面からやってきた時には、多摩川を渡った先のあたりでは、十分に気をつけて、えっ、いやいや、きちんと交通ルールを守ってくださいねっていうことです。どこを走っていても、です。
はい! 本心ですとも。だって僕、健康なんですから!


※2015年秋、ブログを整理している。ついでに山猫合奏団のtweetも、こちらにアップすることにした。といっても、全くM.A.P.に関係のないものはスルー。ここまでは転載率20%くらいだろうか、たいした呟きはない。
(2016年10月25日に貼り付け)


【オマケ】
昨日、Yusuke氏から画像が届きました。
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ネズミ捕りや車線の取締りをやっている箇所よりさらに渋谷方面へ。世田谷通り沿いにあるもう一軒の魯園菜館の画像です。
 ⇒オーナーチェンジした魯園菜館の記事
知ってるよ、桜新町のYusuke氏の家から歩いて帰った時に見っけたからね。

tag: 呟き  喜多見_中華.魯園菜館  MAPの人  喜多見  沖縄 

今日も話題はゴーヤーで

山猫合奏団の呟きから。
(2016年10月25日貼り付け)

昨日と状況が似ています。
ふたつ過去の記事を書きました。
 ⇒キジムナーフェスタ2日目【ずいせん部隊・武州丸・630事件】(7/19)
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 ⇒キジムナーフェスタ終わってリラックス(7/19)
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これからまた出かけなければならないのです。昨日の夜のことは案の定持ち越しで、やっぱり今日の話題はゴーヤー頼み。お昼は“すみれ家”さんの自然食のゴーヤーチャンプルー弁当を食べました。
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このあたりで買えるお昼のお弁当で、ちょっと年配向けなら、ココのが一番かななんて思います。

事務所のゴーヤーの枯れかかった葉っぱを切っていたら、だいぶん前に萎びたらしいチビ助ゴーヤー君を発見しました。
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切り取って、ちゃんと撮影してみました。
今日の墓碑銘。
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最初のゴーヤーから見る
明日のゴーヤーへ

ボチボチ時間です。行ってきます。

tag: ゴーヤー栽培.2010  喜多見  ゴーヤーチャンプルー  山猫合奏団