カジマヤーとキジムナー


今日は……
旧暦10月26日、カジマヤー

数え年97歳のトゥシビーに長寿の祝いをする。「風車」とか「風車祭」とか表記する。

トゥシビーについてはこちらを…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1428.html

カジマヤーとは「風に舞うもの」の意。かざぐるまをそんなふうに呼ぶ。美しいと思う。転じて十字形のものもカジマヤーといい、四辻(十字路)などもカジマヤーである。
老いれば童心に帰るからカジマヤーなのだというふうに言われているが、古来は模擬葬式であったらしい。昔は人が死ぬと、墓まで七つの四辻を渡っていった。それを模して、例えば名護では97歳の老人に死装束を着せて盛大にパレードをする。七か所の十字路では人々が待ち受けていて、ご当人から風車を貰ってその長寿にあやかる。
「もうあの世に行かれる歳になりました。どうぞお引き取り下さい」
そんな内容の祈願でもあったのだと聞けば、なんだか悲しくもある。

映画監督のOさんがOさんと一緒にやって来た。ややこしい。ひとつは、11月31日の中央公民館の会議が終わった後に発表する。もうひとつ、というかふたつというか、来年一月の沖縄映画祭の上映作品のこと。Oさん(監督の方)から、連絡を待って発表する。

今日は他にもやらなければいけないことが山積み、でもそれらはそっちのけで、やっぱりあれこれ大嫌いな政治がらみのことを考えていたのだ。しかし、もうそれどころではない。あしたは保育園での本番。ちゃんとした仕事である。
ふと、思いついた。宇夫方女史をカジマヤーならぬキジムナーに仕立てよう。童心に返ってもらう。よし、これで行こう!そう決めたら腹が減っていることに気がついた。マーチャンそばに飯を食いに行くことにした。

肉野菜炒め

Yさんが今夜も飲んでいた。そのYさんから、Yちゃんに(またややこしい)殴り掛かられたという話を聞いて、またひとつ呟けない話を聞いてしまったのである。

【追伸】
この日の新聞に、上原成信さんがお亡くなりになったという記事が載った。

上原成信逝去1 上原成信逝去2

思わず声が出た。
成信さんと初めてお会いしたのは、大崎の“沖縄語を話す会”(2009年7月)であった。その時に成信さんからゴーヤーの苗を頂いた。今年は忙しくてゴーヤーまで手が回らなかったが、以来事務所で栽培するゴーヤーは、苗ではなくその前年に収穫したゴーヤーの種から育てているもので、つまり成信さんに貰った2009年の苗の子孫たちなのである。

上原成信さんとは2010年の忘年会が最後になってしまった。2014年に沖縄へ戻られていたことは知らなかった。
2016年の沖縄映画祭比嘉賢多「沖縄/大和」を上映したが、その映画には上原成信さんが登場されていた。普天間に立つ元気な上原成信翁をスクリーンに観て、成信さんはいてもたってもいられずに時々沖縄に行かれているのだろうと思っていたのだが、「沖縄/大和」は2014年の作品、その頃に沖縄に戻られたということか。

しかし、「沖縄/大和」の中の上原成信氏は、ネトウヨに毛が生えたような若者たちと議論してかみ合わず、むしろ論理的には負けていた。でもそれは、成信翁の責任ではないと僕は感じたのだ。なんというか、彼らを説き伏せるだけの力を持つ思想を構築して来なかった「内地」の運動の脆弱さを思ったのである。さて、そのシーンを撮って映画に使った比嘉賢多はどう思ったのか、今度会ったら聞いてみたいと思う。

自宅の書斎の本棚から、上原成信さんが2009年に出版した「那覇軍港に沈んだふるさと」を引っ張り出してきた。
那覇軍港に沈んだふるさと

装丁は三線で使われる蛇皮の柄、そして上原成信さんの言葉が書かれている。
「沖縄の基地をめぐる状況は、64年余、基本的には何ひとつ変わっていない。しかし、若いウチナーンチュたちが中心となり、闘っていくことでいつか基地のない沖縄がくることを信じている」
それからもう8年、相変わらず何も変わらない沖縄。むしろ状況は酷くなっている。

享年90歳。普通なら大往生なのかもしれない。しかし死因が膵臓がんだと聞けば、まだまだ戦っていらっしゃたのに違いないと思えてくる。カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュにとっては早すぎると、僕はそう思う。

最近、このブログに登場する方のタグリストなるものを作った。
 ⇒このブログに登場する沖縄の人たちのタグリスト
亡くなられた方には、△印をつける。その数がずいぶんと増えてしまった。上原成信さんにも今から△をつける。僕はこちらに住んでいらした成信さんしか知らないので、「内地」在住のウチナンチュのママにしておこうと思う。

間もなくこの僕も還暦である。まだまだ小僧である。世相を越えてゆったりした存在になれる日が、はたしてこの僕に来ることはあるのだろうか。

上原成信さんの御冥福を心からお祈りしている。

tag: 比嘉賢多  沖縄この日何の日  うちなーぐち  喜多見_居酒屋.マーちゃんそば  上原成信 

7/3のツイートまとめ、と…

gajumui

今朝の「そもそも総研」は疑問。補助金で魂抜かれてる状況は農業に限らず沖縄も劇団も一緒だが、企業化して付加価値つけて三ツ星レストランに卸すなんて話はTPPの問題とは無関係。安全な高級食材が食える一部の金持ちを、安い「毒」しか食えない底辺の層が支えるという構造をより堅固にするだけ。
07-03 12:34

自衛隊募集のハガキは毎年恒例。ネットで探せば過去いくらでも出てきます。去年の千葉市の話→千葉市民の声:個人情報保護について http://t.co/kOYy99tPql
07-03 13:29

※この件は7月7日に千葉市などに電話を入れて確認をいて分かったことがある。その報告は改めてするが、しかしそれまでにもいくつかこの件についてツイートしている。決して断定的な表現はしていないが、それらは憶測や仮定の呟きであり、それに反応した他の方のツイートもなんとも危うく、従ってこれ以後の「自衛隊募集のハガキ」に関するツイートは、単独で読まれたり、反応したツイートと合わせて読まれたりしては誤解を招く可能性のあるものについて、ブログに転載した段階で若干修正を加え、また削除もした。なお、元ツイートの削除はしていない。(7月7日追記)
 ⇒自衛隊からの手紙の法的根拠考察(1)へ

このところ戦っている人に水を差すような投稿ばかりして、だから詰まらないのである。読んでくれてるんだかどうだか分からないので詰まらないということもあるんだろうと思うから、ますます詰まらない。昨夜の発禁ライブはスコブル面白かったのだ。それなのに、僕はへそ曲がりだからまっすぐ呟けない。
07-03 14:30

今週末、原子力規制委員会の方に会う。それもあって、まずは国会事故調の報告書を読み始めたのだが…。
07-03 14:55

国会事故調報告書
 ⇒http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/blog…

本編第1部、事故は防げなかったのか?

「東北地方太平洋沖地震が発生した段階で、福島第一原発が地震にも津波にも耐えられない状態であったこと、また過酷事故にも対応できない状態であったこと、その理由として東京電力株式会社あるいは規制当局がリスクを認識しながらも対応をとっていなかったこと…」 @gajumui
07-03 14:57

「…そしてそれが事故の根源的な原因であること、すなわち、これらの点が適正であったならば今回の事故は防げたはずであること、を検証する。」 読む気を失ったが、ここは踏ん張って読む、か、寝るか…。ともかく7km歩いて自宅に帰る。 @gajumui
07-03 15:03

この文言では、結論ありきの検証としか読めぬではないか…

来年の一月の企み…
今日しかないということで、打ち合わせのため、また喜多見に戻らねばならなくなった。
このところ度々行く“マーちゃんそば”へ。

隣に座ったカップル。その女性、もしかして、少しふっくらしたようだが…
「あの…」
やはりそうだった。La・Portで何度か会った明花さん。写真は撮らなかった。もうあの頃のように、飲んだ時の出来事を何でもかんでもブログに書くことはなくなった。それよりも来年の一月…

ところが、数日後、カップルの男性の方の写真を撮ることになるとは、まさかこの時は知る由もなかったわけで。もうびっくりなのである。

tag: 喜多見_居酒屋.マーちゃんそば