東京ビッグサイトで「杜の賑わい」のリハ

うぶかた女史から画像が届く。
東京ビッグサイトで「杜の賑わい」のリハ。

琉球國祭太鼓。
琉球國祭太鼓のリハ
四つ竹のメンバー、花笠置いてガン見している。

阿波踊りもあるらしい。
阿波踊りのリハ

明日本番。
事務所では、原発対話の会Vol.20があるというのに…

tag: 四ツ竹  琉球國祭太鼓 

『第130回 杜の賑い·東京』に出演します!

2010年の1月に『第115回 杜の賑い·沖縄』に出演しました。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1400.html

それから7年、今年は生徒さんたちと一緒に、東京で開催される「杜の賑い」に四つ竹で出演することになりました。
取り急ぎのご案内です。

第130回 杜の賑い 東京 2017
日時:10月7日(土)①11時 ②14時 (開場は1時間前)
会場:東京ビッグサイト東8ホール

杜の賑わい2017

大きなイベントで、後のことはよく分かりません(笑)

【10月3日追記】
二回公演ですが、どちらもチケット完売だそうです。
JTB主催で、外国からのツアー客がメインターゲットなので、一般にはあまり宣伝していないみたい。それでも赤字らしい。まあ宣伝費なので問題なしなのでしょう。

ネットで見つけた沖縄公演の模様です。

沖縄だから地謡さんも生。東京の場合は日出克さんのテープ、シンセサイザーの電子音で踊ります。なんだかな~。

tag: MAP琉球舞踊教室  四ツ竹 

舞台に沖縄の風を吹かせることが出来たならば

gajumui

朝から、気分最低・・・/在特会などが辺野古テントへ妨害呼びかけ http://t.co/2JWMt234
02-19 10:37

ついに“四つ竹”まで。「初音ミク」も増殖するってことじゃ「ハルメリ」的か。便乗して宣伝ふたつ→ http://t.co/3J6kEWCwhttp://t.co/KStMGrJM /初音ミクの琉舞(四つ竹): http://t.co/7DJZeF2k
02-19 10:59

各地の稽古場近くの居酒屋に傘を配っている。このままだと本番までに事務所の傘が全部無くなる。今日は雪。川崎へ、4月の公演の打ち合わせ2件。その後、5月本番の芝居の稽古場に顔を出すかも。鹿島田の居酒屋にも傘が一本増えるかどうか。雪、止まなければいいのだが、予報は夜曇り。危ない…
02-19 13:20

ハルメリについての呟きはさておいて…

川崎駅そばにある文化財団へ。
以下が、5月上演の市民劇「大いなる家族」のフィナーレで踊られる“四つ竹”の出演者の一覧である。文化財団が川崎の沖縄県人会に話を持って行って決めてもらったらしい。
公演日舞踊※「研究所」省略三線※「研究所」省略太鼓
多摩市民館
 5月2日(木)佐久川・平良宮森平良豊子宮良政子宮島とみえ
 5月3日(金)新城・宮城宮森新城ヤス子前田裕美宮島とみえ
 5月4日(土)西原小那覇謝花静江湯浅満里子宮島とみえ
川崎教育文化会館
 5月24日(金)赤嶺宮城・前田長松照子宮良政子福嶋千恵美
 5月25日(土)阿波連金城山崎千鶴前田裕美福嶋千恵美
 5月26日(日)山崎金城前田利恵子鈴木福嶋千恵美

一言で沖縄芸能といっても一筋縄ではない。うまく出演者を選んでいただけるのだろうかと心配していたが、琉球舞踊に関しては、概ね川崎市で活躍されている大きな研究所は押さえられているようで、少し安心した。といっても、宇夫方路が所属する関りえこ琉球舞踊研究所は見当たらないが。まあ、川崎市の協会に参加していないので致し方なしではあるのだが。因みに関研究所は川崎に教室がありながら東京琉球舞踊研究所に属している。
さらに三線となると、古典だ民謡だ八重山だ、古典にも色々流派や協会や保存会などあり、またどの琉舞研究所はどこの三線に地謡を頼んでいるかみたいなことが複雑に絡んで、たった6日の公演で全て振り分けるのは不可能、つまりは出演する琉舞研究所の都合、きっとそれでいいのだろう。

財団の方と、諸々の意思疎通の確認を終えて、バスで川崎沖縄県人会のある川崎沖縄労働文化会館へ向かう。そこの2階にある集会室で、4月5日の金曜日に、渡久山英男さんのライブを行う。その下見と、財団で話したことを踏まえての打ち合わせである。
 ⇒渡久山英男特別公演「“かぎやで風”から“四つ竹”まで」の告知記事

会場はこんな感じ…
川崎沖縄県人会館集会室

今は殆どテーブルを置いての宴会か、カラオケ大会くらいにしか使っていないらしい。ここを、当日、なんとしても劇場にする。普段この施設を利用している人たちの固定観念、机を縦に並べて、舞台正面から横を向いて座り飲み食いするのが当然だろうという思い込みを取り除く、してみれば、この空間利用の可能性はものすごく広がるはずなのだ。小さな落語会やコンサートも出来るだろう。そうなればこの場所に、きっと町の人たちが戻ってくる。そのお手伝いを何とかしたい。僕は、電球が一個切れ、どうしてもこれ以上明るくならない舞台、顔に影が出来てしまう舞台を眺めながら、そう思っていたのだ。

帰り際、玄関脇に置いてあった2013年1月20日発行の川崎県人会便りを一部頂いて読んだ。その一部をご紹介したい。

「会員はじめ『沖縄』をキッカケにひとり一人力を合わせて困難を乗り切り、ともに助け合い、分ち合う沖縄県人会として再出発したいと考えております。
沖縄一世の方は戦前はもとより、戦後苦労されて、ここ川崎に生活の基盤を築きました。沖縄は本土と異質なものとして、その苦労は並々ならぬものがあったと思います。一世はもとより、二世三世の時代も沖縄人(ウチナーンチュ)として差別されてきたことでも分ります。今、二世、三世は一世の沖縄人(ウチナーンチュ)から何を継承すべきか、大いなる課題が与えられています。一世より学び、沖縄の文化を知り、生き方を学ぶことが次世代の誇りにつながると思われます。
そして本土の皆さまに沖縄を理解して頂き、ともに生き合う地域に開かれた県人会でありたいと思います。」


何十年も前の資料ではない。数ヶ月前に、川崎に住んでいらっしゃるウチナーンチュの方が書かれた文章である。「文責座覇」という署名がある。実はまだ掲載の許可を頂いていない。無断で、とりあえずこの文章を紹介してしまった。どうしてもご紹介したかった。後ほどお許しの確認をしたい。叱られれば、もちろん陳謝して即刻削除する。

川崎市民劇に参加する皆様、今一度、当時のここ川崎の「沖縄人の大いなる家族」を、人間一般の思考の存在を信じ、スタニスラフスキーの方法でもって演じる切ることが出来るのかどうか、深く考えてみて頂きたいのである。

取り急ぎ…

(※4月3日に、以上の文章に若干の改稿を加え、また以下の部分を追記した…)
その後すぐ、川崎市沖縄県人会を紹介してくださった久手堅さんを通じて座覇さんに文章掲載についてお伺いをした。そして快い承諾のお返事を頂いた。むしろ喜んでいらっしゃるのではないかと聞いて、安堵し、また嬉しかった。舞台の本番などがあって、今日までご報告が遅れてしまったことを大変申し訳なく思っている。

座覇さんはフルネームを座覇光子さんとおっしゃる。女性でいらっしゃったのかと再度の文章を読み返したりしている。因みに、どうやら僕は、座覇さんとお会いしたことがあるらしいのである。座覇さんが大崎の沖縄語を話す会のメンバーでいらして(わけあっておやめになられたとのことなので正確にはいらしゃったというべきだが)、そこで何度かお目にかかっていると、はて、どの方なのか、これもまた失礼千万で申し訳ない話だが、お会いするのが楽しみになった。

はじめ、この記事をアップしたとき、「僕の思いの詳細は後日書く」と記した。しかし、今あらためて読み返して、僕の思いは座覇さんの文章に尽きていると思う。そこにいかほども付け加えることはない。例えば、この日の会場の下見にわざわざ立ち会ってくれた久手堅さんから、会員が高齢化してきて、ずいぶんと人数も減り、新しく若い人たちが入ってこないと聞かされて、それで僕が何かを考えたのだとしても、座覇さんの今後に向けての決意に、僕の思いなどかき消されていいと思う。現状は現状、それを衰退の結果と見るか、あるいは始まりとするか、どちらがポジティブかは明らかである。

それにしても、「そのお手伝いを何とかしたい」などと偉そうな物言いをしながら、われながら、M.A.P.の集客能力のなさが悲しい。もう明後日に迫った渡久山英男特別公演のことである。「川崎市民劇と渡久山英男のコラボレーション」と銘打ちながら、市民劇に出演する若い役者たちを呼ぶことさえ出来ない。「ハルメリ」があって、一ヶ月市民劇の稽古を抜けざるを得なかったとはいえ、まさに僕の人徳の無さか。

それでも最後の悪あがきをしてみよう。とはいえ、彼らがこの文章を読んでくれてナンボの話ではあるのだが。

君たちは、座覇さんの文章の「沖縄は本土と異質なものとしてその苦労は並々ならぬものがあった」という一文をどう読むのだろうか。人間の本質は同じだという演出家、そうでなければ日本人にチェーホフが出来るわけがない、確かにこれまで多くの日本の役者がチェーホフの作り出した世界の中で「人間」を見事に演じてきたではないかと。そのことに限って言えば、僕もそれを否定しようとは思わない。しかし、日本人がチェーホフを演る場合は、ロシア人の本質を意識しはしないし、作者のチェーホフもまたそれを欲してはいないだろうと思う。なぜならチェーホフが描こうとしていたのは、「ロシア」から解放され「個」に目覚めようともがいていたアプリオリの人間であった。そんな時代であった。

しかし、その事例を日本人が日本の芝居において「沖縄人」を扱う場合に当てはめることはできないと、僕は断固として思う。「沖縄」と「本土」の「異質」は、個人個人それぞれが異質な存在であるということと本質的に違う話である。両者は決して相容れるものではない。視点が違うのである。

いったい「沖縄」は「本土」と比べてどう「異質」なのか、そこを探り考えないかぎり、決して「沖縄」は、軽々しく「本土」と繋がってくれることはないであろう。そしてその作業は、まず我々が丸腰で沖縄に対し謙虚であろうとしなければかなわぬことと自覚するべきなのだ。

僕自身のことを言えば、僕は30年間そこに到達できずに、芝居が書けずにきてしまった。もし、沖縄へのこだわりを捨てれば、もう少し違った演劇人生があったかもしれないとも思うが、後悔はしていない。
そんな僕の30年間が、今の沖縄に対して無頓着な稽古場に冒涜されていると、僕は感じている。

でも、せっかく関わる舞台である。たとえ共演者に理解されず嫌われたとしても、最後まで努力しよう。それが「本土」で「並々ならぬ苦労」をされ、「三世の時代」になってもまだ消えぬ沖縄の人々の苦労に対して、せめて僕ができることだ。

僕の声を聞いてくれた共演者とともに、ほんの少しでも本番の舞台に沖縄の風を吹かせることが出来たならば、それだけで本望としなければならない。
(※4月3日追記して脱稿 文責:高山正樹)

川崎市沖縄県人会館

tag: 四ツ竹  川崎  「大いなる家族」  ハルメリ 

この日のツイートは麻生区の……

(※以下、赤字は3月26日に追記しました。何のための追記なのか、何かを主張したいわけではありません。この日、このようなことを考えながらツイートしていたということを、弁解じみて報告することにどんな意味があるのかと問われれば、その通りとお答えするしかありません。しかしそれはこのブログ全てに当てはまること。右、左、多くの人が揺るがぬ主張でやり合う中、腕組みして、いや、しかし、とはいうものの、と、接続詞ばかり並べて揺れる考えを吐露してみるのも、一興かと思っているのです。「一興」などといえば、またお怒りになる方もいらっしゃるのでしょうけれど……)

gajumui

(計測され投稿された0.77μSv/hという数値が)もし本当なら市に報告すべき値(※と、この日の時点で僕はそう信じていた。)、そこで今朝測りに行ってきました。(数ヶ月前の情報では川崎市の対応基準は0.19μSv以上ということでした。)
01-16 10:35

現地は急な斜面で簡単に立ち入れるところではなく、建物をぐるりと回ればたどり着けたのかもしれませんが●●●の社宅なので遠慮しました。
(※ツイッターは難しい。「●●●の社宅なので」と言えば、●●●という会社だから遠慮したように聞こえる。そんな意図はなかった。どんな会社であれ、社宅ならそこには守られるべきプライベートがあると思ったから遠慮したのである。だが、実際のツイッターでは会社名を伏字にはしなかったのだし、現地の画像まで公開してしまったわけだ。とても迷っていた。しかし、0.77μSv/hという数値が既にネットで公開され、サイトの地図には社宅の会社名がはっきりプロットされている。そうである以上、検証したことも公開したほうがいいという考えがこの時は勝っていた。)
ツイッターで公開した画像
画像の左の方には公園があったので、そこで計測してみました。
01-16 10:49

近くの公園の線量

DoseRAEで0.9~1.0μSv程度、この数値なら現在この周辺では特別に高い値とはいえません。RADEX1700は0.17μSvという高めの値を示していますが、これも珍しくはありません。仕事前なので時間に余裕がなく、再挑戦する予定。
(※ツイッター本文も、分かりにくい部分を若干手直ししています。)
01-16 10:59

……ということを、事務所に戻って呟いてみたら、何人かの方から続報を待つ旨のコメント(メンションというのだろうか)を頂いた。

そんな時、宮台真司氏の言葉が流れてきた。
「教育とは、恣意的な境界線を必然的であるかの如く思い込ませる操縦であり、自明でない事物を自明であるかの如く思い込ませる操縦」
僕は思わずそれに反応して呟いた。

実にタイムリー。でも物事をオリジナルにカテゴライズすることは重要。しかし結局、自ら構築した自明性から抜け出せなっていく。
01-16 11:30

いったい僕は何を思っていたのか。
ある者は絶対に危険だと言い、またある者は大したことはないと言い、どちらも自説を自明なこととして相手を罵る。しかし果たして放射能の危険性を自明なこととして語ることが出来るのだろうか。だからある者はハナから考えることを放棄し、またある者は早急な答を求めて躍起になる。僕はといえば、「自明性」を獲得したくて勉強を続けるのだが、そう易々と結論に辿りつけるわけもなく、ともかく「生死に関わること、放射能は甚だ危険なものとして処するべきだ」と決めている。しかし、本当に僕は冷静なのだろうか。「恐怖」が生んだひとつの感覚を、論理的な帰着と思い込んで固定化してはいないか。「もしかすると安全かもしれない」などと主張したいわけでは決してない。ただ、僕の自明と信じて疑わないことに、信じるに足る根拠があるのかどうか、再確認したいと思ったのである。

ふたつの線量投稿サイトを、あらためてじっくり閲覧してみた。と、マイナーなサイトの方にも、同じ1月9日の計測データがあることに気がついた。(それは現時点でも残っている。)なるほど、二つの場所のデータは、同一人物が計測したものだったのか。さらにその投稿者が、どうやら中学生らしいということも分かった。
そうだ、0.74μSv/hの場所の方は、確か公道から簡単に入れるところだ。ということは、知らずに子供が入り込んで遊んでいてもおかしくないということだ。
仕事が一段落したところで、僕は再度現地へ行ってみることにした。

0.77μSv/hの箇所は敷地内奥なのでやはり立ち入ることは遠慮しました。しかし同一建物の真反対に、同じ方が計測し0.74μSv/hを投稿されている場所がありました。ソコは公道との間に遮断物がなく、誰でもスッと入れる場所なので測定してみることにしました。
01-16 18:05

サイトにプロット

再度現地へ行った報告をひとつツイートした時、川崎市の危機管理室から電話が来た。実は事務所に戻ってすぐ、僕は川崎市へ電話を掛けていたのである。行政に報告しようと思ったのは、勿論線量が高さが一番の理由だが、誰でも入れる場所であったこと、そして計測し続けているのが中学生であるということが気になったから。なぜこの線量のデータが、ただひっそりと、殆ど誰にも注目されずに投稿されているのだろうか。もしかするとその少年は、身近の誰にも相談できずにいるのではないか。
始め、総合案内の女性には、そうした窓口はないと言われた。だが話しているうちに少々お待ちくださいと待たされ、再度電話に出た彼女は「あまりに数値が高いので、危機管理室の者がお話を伺いたいと……」と来た。なんだ、窓口、あるではないか。

すいません。続きのご報告が遅くなりました。川崎市の危機管理室の方から電話があり、たった今まで話していました。少し問題を整理させてください。まずこういう場合の市の対応について一般的なご報告をします。
01-16 18:50

事務所では琉球舞踊教室が始まる。僕は“かぎやで風”を聞きながらツイッターで呟く。

川崎市では現在も0.19μSv/hで何らかの対応をするそうです。しかしそれはあくまで市の施設内でのこと。民間の私有地となると話は別です。国からは民間でも1μSv以上は対処するようにという指示があるとのこと。しかしそれ以下は……
01-16 20:41

しかし1μSv以下はなかなか手が出せない。基本的には各自考えて処理して欲しい。聞かれれば、例えば土を掘り返して下の土を被せて線量を下げるとかの指導はしますとのこと。「例えば、汚染された土をビニールに入れて捨ててもいいのですか?」すると危機管理室の方は……
01-16 20:54

「捨てていいかという質問にはなんともお答えできないです」「捨てていいかどうか答えられないものなのに、そっちで勝手に決めて処理してくれというのは、なんだか変ですねえ」「はあ、うーん……」←ここまでは川崎市の一般対応基準。さて今回の件は……
01-16 21:01

今回の件は民間の敷地内のことで、その上、小生は全くの部外者。これ以上はお話しにくい。顛末はいずれ報告できるようになった時に。ともかく1μSv以下の非常に小さいスポットに過剰反応は必要なし。ただ仕切なく近所の小さな子供でも簡単に入れる場所なのはやはり問題、だから報告しました。
01-16 21:13

しかし過剰反応とは何なのだろう。勿論過剰はよろしくない。しかしそれでは言葉の遊び、要は何を基準にして過剰なのかを判断するのか。毎時1μSvという数値で騒ぎ立てるのは過剰なのかどうか。
「この数値が高いとは認識されていても、さてそれが本当に危険なのかどうか、危機管理室の方々も実は判断基準を持っていらっしゃらない、わからないってことなんですよね」
「確かにそうです」
危険であるという確信が持てれば、行政も動くと思われた。確信がなければ動けない、これが行政なのだ。しかし、危機管理室の人に1μSvの危険を説明し納得させる知識など僕にあろうはずもない。
(※【直置き1μSv程度の汚泥について考える】を、この記事の最後に追記します。)
「民間の施設に対しては手が出せないのです。出来れば高山さんから管理人さんにでも話して貰えませんか」
「いえいえ、僕の家から近いと言っても、車で10分です。決してご近所さんでもないし、顔見知りの方さえ一人もいません」
「そうなんですか」
「だけど、公道から誰でもヒョイと入れるところなんですよ」
「うーん……」
こんなやり取りを何度か繰り返して、ようやく次のような約束を引き出した。
「分かりました。こちらから●●●に連絡しましょう」
「是非お願いします。それからね……」

何より僕は、数値をサイトに投稿した中学生のことが気になっていた。敢えて「過剰反応は…」と言ったのもそれがあったがためである。
しかし、本当にその中学生のことを考慮するならば、中学生と分かった時点で、キッパリとツイッターで呟くことを一切やめるべきであったのかもしれない。

「線量をものすごく気にする人もいます。でも、ガイガーカウンターなんか持って測ってるんじゃねえというような人もたくさんいる。線量を測っていた僕の友達には、『殺すぞ』という脅迫メールが届いた。色々な人がいます。くれぐれも中学生が傷つくことのないように、十分に気をつけて欲しいのです。」
「わかりました」

危機管理室の方々に大した権限はなさそうであったが、間違いなく誠意があり謙虚な方々だと僕には感じられた。もちろん、「いい人」に現状をどうにかする力があるわけはない。むしろ逆かもしれない。でも、納得できる理由さえ見つかれば、協力してくれる可能性のある人たちだとも思った。


ubukataicon ubukatamichi

今日のM.A.P.琉球舞踊教室は「かぎやで風」と「四つ竹」、定番ふたつのお稽古でした。どちらも奥が深くてちゃんとやろうと思ったら難しい踊り。でも最初に憶えます。それは「かぎやで風」は基本の動きがたくさん入っているから。「四つ竹」は華やかな衣装でゴマカシが効くから。(笑)
01-16 22:04

gajumui

昨日は横浜にコンサートを聞きに行きたかったのだが仕事があって断念した。今日も昼間仕事を頑張って夜は新宿のイベントに行きたかったのに、高線量のゴタゴタで、結局仕事もロクスッポできず、イベントもダメだった。今日は事務所の床に布団敷いて寝る。
01-16 23:07

中学生のツイッターのハンドルネームは“いたち君”

本日の総括。麻生区のある社宅、雨どいの出口。9日に“いたち君”がエステーエアカウンターで測った時は0.74μSv/h。本日の計測では、DoseRAE:0.66、RADEX1700:0.69、いたち君、相談があります。連絡ください。
01-16 23:29

雨どいの出口

DoseRAE2は0.66 RADEXは0.69

彼は僕をフォローしてはいなかったから、DMという機能は使えなかった。だから公開で伝えるしかなかった。僕は、まず社宅の住人であるのかどうか彼に確認したかった。住人でないなら、もう他人の敷地に入って線量を測ることなどやめるように伝えたかった。またもし住人であったなら、誰かに相談して、後はその方に任せるように言いたかったのだ。

だが、僕も彼をフォローしていなかったのであるから、彼もまた僕にDMは送れなかったわけで。本当に彼のことを考えていたのかという謗りを、僕は免れないのだ。

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tag: かぎやで風  四ツ竹  MAP琉球舞踊教室  DoseRAE2  RADEX1706  震災・原発・放射能_麻生区のホットスポット  MAP事務所の線量 

辺野古の前に(1)【日米安全保障条約50周年記念イベントの画像】

《辺野古のことを書く前に報告しておきたいこと》
※この記事は、実は8月13日に書いたものである。
沖縄ツアーの記事がなかなか書けずに、ようやく21日のご報告まで書き終わって、いよいよ22日というところで、ハタと止まった。22日は、朝、辺野古に行ったのだが、その報告をする前に、面倒な記事をふたつばかり書かなければならない。

ひとつめ
6月26日、僕は宜野湾市長伊波洋一の講演を聞きに行った。そして記事を書いた。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog…
その中で、サンディエゴ市の上級政策補佐官が、普天間飛行場受け入れを示唆している、という話をご紹介した。そして、その話には補足が必要なので、その時、ちょうどサンディエゴに行っていた宇夫方女史が帰ってくるのを待って、現地の情報を加味してあらためて書くと言った。その「ひとつめ」がまだ書けずにいる。
宇夫方路は6月29日に帰ってきているのだから、もうひと月半になる。それなのに、約束した記事が書けないのには理由がある。

僕は宇夫方女史に、はたしてサンディエゴの一般の住民たちは、基地のことをどう考えているのかということを聞いてきて欲しいと連絡をしたのだ。その実際に現地で聞いた声が、僕が加味したいと考えた情報であった。しかし残念ながら、僕のメッセージが彼女に伝わったのは、彼女がサンディエゴを離れたあとだったのである。

そこで宇夫方女史の帰国後、サンディエゴでお世話になった日本人向けフリーペーパー“ゆうゆう”のスタッフ、Noriko_Sato_Sahara(佐藤紀子)さんに宇夫方のほうからメールを送ってもらって、このM.A.P.after5を御案内したうえで、僕が知りたかった内容を質問してみたのである。
佐藤さんからは「週末に記事を読んで、お答えします」という嬉しいお返事をいただいた。
しかし、結局未だにそのお答えが届かない。多忙な方なので、もしかするとお忘れなのかもしれないとも思ったが、催促のメールを差し上げるのは控えている。

僕の質問をお送りするよりも前に、佐藤さんが取材で撮影されたサンディエゴの6月の催し物の画像を、こちらのブログで紹介してもよろしいということで大量にお送りくださっていた。そのうちの“赤い靴像除幕式”の画像は、既に7月4日の記事でご紹介した。“少女像贈呈祝賀昼餐会”の画像は、それより前の6月28日の記事に追加でアップした。
大量の画像データをお送りくださったことに感謝し、また大変お手間を取らせてしまったのではないかと恐縮もしている。

しかし、そんな面倒なことをしてくださったにもかかわらず、その後の質問に対するお答えは届かない。もしかすると、とても答えにくい質問を僕はしてしまったのかもしれない。我々はできるだけ中立にと記事を書いているつもりなのだが、それでも反米反基地の傾向は否めない。あるいはそれがお気に召さなかったのかもしれない。

ともかくここで、佐藤さんが送って下さった画像データのうち、まだご紹介していない画像、“赤い靴像除幕式”の前日(6月26日)に開催された日米安全保障条約50周年記念イベントの画像をアップしておくので、どうかご覧いただきたい。

質問のお答えは、今少し待ってみようと思っている。

※そして11月12日に追記。
いくらなんでも、もうお答えはいただけないだろう。残念ながら現地の一般の方々の声は聞かぬまま、伊波洋一氏(今現在沖縄県知事戦を戦っている)の講演で聞いたサンディエゴの基地事情をご報告したいと思う。

サンディエゴの基地は(サンディエゴに限らずアメリカ国内の基地は全てということらしい)、市民の住居とは数十キロ離れていて(法律で決まっているらしい)、騒音や危険が市民に及ぶことは決してない。仮に決まっている距離以内に誰かが住めば、移動しなければならないのは基地の方だという。だから、基地を新たに作った場合、その周り数十キロの範囲は人が住んではいけないという法律をまず作るのだという。サンディエゴにおける基地と住民は、基地はただ市民に利益をもたらす存在として、いたって友好な関係にあるというのだ。そしてサンディエゴ市には、まだまだ基地を受け入れる余地があり、誘致した基地は、さらに市を潤すことになる。従って、サンディエゴは普天間の米軍基地の受け入れを表明したのだと。

そんなサンディエゴの市民たちは、遠く離れた沖縄の基地事情を全く知らない。「世界一危険な基地」と呼ばれる普天間基地の航空写真をアメリカ人に見せると、こんな基地が存在するなんて信じられないことだと誰もが驚くという。アメリカだったら、絶対に許されない基地だと。

僕は8月13日にアップした日米安全保障条約50周年記念イベントの画像に一切コメントをつけるのをやめることにした。この記事の「続きを読む」にアップした大量の画像をご覧になって、皆さんは何を感じるだろうか。このM.A.P.after5は、なかなかコメントしていただけないブログ、歯がゆいが、全てこちらの責任と、半ば諦めている。

面倒な記事のふたつめは次の記事で。
次の記事「辺野古の前に(2)」へ

見ていただきたい画像は……

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tag: 日の丸  普天間  四ツ竹 

食べて踊った3泊5日【サンディエゴ踊りの旅スナップ集】

夕方4時過ぎ、成田に到着到着しました。
みんなはまだサンディエゴ。私は仕事があるので一足先に帰ってきました。
(宇夫方路)

アメリカから送れなかった画像を、食べ物中心でお送りしてみます。

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tag: 片野すゞ子  カチャーシーの光景  日傘  四ツ竹  太鼓囃子 

ヒロさんのお店《1》“CHOPSTIX TOO”

【サンディエゴからの第四報】
(日本時間28日午前10時30分・現地時間27日午後6時30分)

姉妹都市のイベントが終わってから、衣装のままヒロさんのお店に移動しました。ヒロさんが日本食レストランを経営されていることは、一昨日ちょっとご紹介しましたが、あらためて……
Hiro Nitta さんのお店はこちらの2軒です。
 CHOPSTIX 〜Sushi & Teriyaki Cafe〜
 CHOPSTIX TOO 〜Sushi & Noodle Cafe〜


お世話になったお礼に、ショッピングセンターの一角にある“TOO”のほうのお店の前で、琉球舞踊を御披露することにしたのです。
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今日は日曜日でお休みでしたが、営業しているショッピングセンターでお買い物中のお客様を集めて、“ちゃっぷスティック2”の入口のところで踊りを見せちゃおうという企画。

只今準備・搬入中。
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最初はパラパラだったお客様ですが、「かせかけ」「四ツ竹」「日傘」「太鼓囃子」と演目が進むにつれ、だんだん増えてきて、最後にはみなさんとっても喜んでくれました。
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お別れの記念撮影をしたはずの実優さんですが、イベントのあとは単独行動だというので、それならご一緒しましょうと、赤い靴の衣装のまま連れてきちゃいました。
羽島実優さん

それからもう一人のゲスト、ジョセフくんのこと。
赤い靴のパーティーで一人の女性に声を掛けられました。
「わたしの息子も琉球舞踊を習っているのです」
息子さんのお名前はジョセフくん。お話を伺うにつれ、もしかするとという心当たりの男性がいます。
佐藤さんが最高賞を受けた時、外国から受験しに来ていた若い男性がいました。踊りが上手でいい男だったので、おばさんたちは密かに注目していたのですが、もしかするとその時の彼がジョセフくんではないのか。
お母様によると、ジョセフ君は昨日まで沖縄に行っていて、今、家で寝ているとおっしゃるので、是非起こして呼んでくださいということになったのです。

わざわざやってきてくれた彼は、やっぱりあの時の彼でした。
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ジョセフくん、私たちの踊りを三板(サンバ)で盛り上げてくれました。きっと旅疲れだろうに、ありがとう。

最後はカチャーシー。
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でも今日は特別、最後の最後、ジョセフくんが私たちのために躍ってくれました。
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お休みのお店の中で軽く打上げ。お店のビールとジュースで乾杯。
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右手前の若者は、私のパソコンをネットに繋いでくれたヤス君です。
今日もせっかくのお休みを返上して手伝ってくれて、最後に自慢のサックスまで披露してくれました。
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ヤス君はこのあとデートの約束があるとかで、1曲だけ演奏してそそくさと帰っていきました。ヤス君、いろいろありがとう。

あっという間の楽しい時間。もうネオンに灯が点ります。
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報告小休止。続く。
(報告:宇夫方路 代筆:高山正樹 いつものこと?)

旅の続きへ

tag: カチャーシーの光景  沖縄芸能コンクール  日傘  四ツ竹  太鼓囃子 

サンディエゴの日本人学校で踊る

【サンディエゴからの第二報】
(日本時間27日午前8時10分・現地時間26日16時10分)

サンディエゴでの今日の予定(日本は朝だから昨日ですね)は、8時半までに朝食を終えて準備する予定でした。
私は田中さんと同室でしたが、ふたりとも2度寝して、8時過ぎに起こされてびっくり。大慌てで朝食を食べて(何があっても食事は食べるのです)、化粧して、髪を結って、なんとか間に合わせました。

現地の日本人学校で踊りを披露しました。
まずはお昼休み時間に中庭の特設野外ステージで…
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「四ツ竹」…
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「日傘」…
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私は関ゆうこさんと「太鼓囃子」を披露しました。
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そのあと、4年生の教室へ。「古典芸能を学ぶ」という授業がおこなわれ、「かせかけ」「貫華」「繁昌節」を踊りました。
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最後に子供たちとカチャーシーを踊り、日本から持っていったお土産「星の砂」を渡しました。
子供たちは、星の砂と聞いて目を輝かしました。

学校を後にして、サンディエゴの北にある高級住宅地、ラホヤに行きました。“ラホヤ”って、宝石って意味らしい。

海辺に公園があって、アザラシがたくさん寝そべっているのを見つけました。
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ラホヤの街が一望に見渡せるMt. Soledad Veterans Memorial。
丘の上には記念碑が建っていました。
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戦争で戦った兵士たちが祀られているのです。
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きっと、沖縄で戦って死んだ人もいるんでしょうね。
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沖縄の摩文仁の丘を思い出しました。
もしかすると、一緒に祀るのが本当じゃないのかな。
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tag: 沖縄  カチャーシーの光景  日傘  四ツ竹  太鼓囃子 

麻生区文化協会の文化祭

新百合ヶ丘にある麻生市民館の大ホール。午前11時から、延々と5時間近く、50近い団体(?)の出し物が続きました。そのほとんどが、いわゆる新舞踊。歌謡曲(主に演歌)に合わせて踊る日舞の一種です。

麻生区に本拠を置く関りえ子琉舞研究所の生徒さんたちはトリで踊ります。はたしてM.A.P.琉球舞踊教室のメンバーの出来栄えはどうだったのか、きっとまだまだ修練しなければならないところもたくさんあったのでしょう。でも僕は思わず感動してしまいました。何故か、それはきっと、他の出し物とは格段に差があったからに違いありません。

日舞よりも琉球舞踊の方が優れているなどというつもりはありません。
例えば、海老蔵の踊った“七つ面”はやっぱり見事でした。
http://lince.jp/hito/kabuki…
また、演歌で踊る新舞踊を、どうのこうのいうつもりもありません。かつて僕は、演歌を踊った花柳紀寿郎に、心揺り動かされたこともあるのです。
http://lince.jp/mugon/kudakajima…

また、今日の新舞踊について、とやかくいうつもりも全くありません。お年を召した方々が一生懸命に練習した成果を、一年に一度、お知り合いを招いて大きな舞台で観て頂く、それはそれでとてもいいことだと思うのです。

ただし、です。お客様たちは、ご自分のお知り合いの踊りが終ると、その後の出し物には見向きもせずに会場を出て楽屋に向かわれます。まあ、それも致し方のないこと、だって他人様を楽しますことを目的にしている踊りではないのですから。
そういうわけで、トリで踊るということは、一番お客さんが少ない状態で踊るということに他なりません。

今日の催しにいったいどのくらいの方がいらっしゃったのでしょう。出演者を加えれば、1,000人を越えるのではないでしょうか。でも、そのほとんどの方は、琉球舞踊をご覧にならずにお帰りになりました。その方々が、例えばM.A.P.琉球舞踊教室のメンバーがこの麻生区文化祭に参加していたということを後で知ったら、どう思われるでしょう。きっとM.A.P.琉球舞踊教室も、ただ自分たちが楽しいだけの踊りを習っていると思われるかもしれません。しかし、それは断じて困る! M.A.P.琉球舞踊教室は、見せる(魅せる)ことを重要なことだと考えているのです。プロではないけれど、お客様を感動させることができたとき、はじめて踊りの本当の楽しさを知ることができるはずなのです。

「プログラム48番、かりゆしの宴、琉舞の会のみなさんです」
場内アナウンスが流れ、今までの演歌とは全く違う音楽が聞こえてきます。それでも一つ前の踊りの関係者は、ざわざわと席を立って出て行きます。残ったお客様は100人足らず、内輪ではないお客様もそれなりには残っていらっしゃいましたが、会場はやはりざわついています。

そして四ツ竹。静かに、流れるように歩みを進めます。岡本太郎が感動したのはこれだという感じ。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
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一見、ただ立ち、そして歩いているだけ、しかし、この姿勢を獲得するのに、どれだけの稽古を積まなければならないのか、どれほどの途切れぬ集中力が必要なのか、少しでも踊りの経験がある方ならばきっとわかっていただけるでしょう。
いつしか、会場からざわめきは消え、全てのお客様の目は舞台に釘付けになりました。踊りに造詣のあるなしに関わらず。僕はその場にいて、鳥肌が立ったのです。

みんな、勝ったよ……

3曲踊って、最後はみんなで深くお辞儀をして…
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ところがです。(ここからはオマケ)
このあと、ライトが落ちて、みんな引っ込んで、そしてプログラム49番、「麻生まつり唄」を全員で踊るという段取りになっていたようですが、何故かいつまでたってもライトが消えません。「え、これで終わりなんですか」という陰アナの声がスピーカーから聞こえてくる始末。そうしたら、主催者らしき方が出てこられて、平伏して動けずにいる琉球舞踊のメンバーをそのままにして、舞台の真ん中で挨拶をはじめられました。
「本日は事故もなく…」
え? たった今が事故なのでは?

ラストの全員参加の「麻生まつり唄」は急遽中止になったらしい。みなさんご自分の踊りで精一杯、だからもう帰っちゃったのかな。

どうすれば出演者とは関係のないお客様にも楽しんでいただけるような公演ができるか。麻生区を本当に文化の町にしたいのならば、もっともっと考えるべきことがあるのではないでしょうかねえ。
(文責:高山正樹。かなりソフトにお伝えしました?)

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宇夫方路の生徒さんたちが初舞台

毎年新百合ヶ丘で行われる恒例の麻生区芸能協会の発表会。
今年は新百合21多目的ホールで行われました。トリは関りえ子琉球舞踊研究所。関りえ子さんは高山正樹の奥方の親友で宇夫方路は関りえ子先生の一番弟子なのです。
宇夫方路が講師を務めている厚木カルチャーセンターとJIN DANCE FACTORYの生徒さんたちも「関りえ子琉球舞踊研究所」の門下生として、「四ツ竹」で初舞台を踏みました。
今回は関りえ子先生と同門の中村志津子先生(毎月沖縄から教えに来ていらっしゃいます)の東京の生徒さん5名に協力をお願いして、一緒に踊って頂きました。

一緒に舞台を踏んだメンバーと関先生です。
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舞台の進行が早くて、思ったよりも早く出番が来てしまいました。みんなリハーサルも心の準備もできないうちに本番を迎えることになってしまったのですが、何とか幕を降ろすことができました。初舞台としては合格点かな?

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厚木カルチャーからは5名が出演。前列左から知念さん、西里さん、後列左から城戸さん、安藤さん、山田さん。みんなとってもがんばりました。
あと一人、増田さんという方がいらっしゃるのですが残念ながら増田さんはクラス会で沖縄に帰っているため、出演できませんでした。次回はぜひとも一緒に舞台を経験しましょう。

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こちらはJIN DANCE FACTORY佐藤さん(左)と片野さん(右)です。片野さんは関先生のところで宇夫方と一緒に稽古をしていましたが、足首の骨を折ってからずっとお休みをしていました。現在JINさんの教室でリハビリ中。佐藤さんは一度沖縄に遊びに行ってすっかりはまってしまったということで今年の7月から踊りを始めました。関先生からなかなかすじがいいと太鼓判を押されました。ううん!宇夫方責任重大です。

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