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お登紀さんが狛江にやって来た



来るはずの新城亘氏が事務所に来ない。と、メールが…
「うりずんの土屋さんが亡くなった」
昨日、沖縄で告別式があって、それに列席していたとのこと。

居酒屋「うりずん」の創業者、土屋實幸(つちや・さねゆき)さん。24日の午後7時22分、病気療養中の病院で亡くなった。享年73歳。死去した。「うりずん」を栄町に開店したのは、沖縄復帰の年、1972年のこと。僕もずいぶん世話になった。
 ⇒うりずんの思い出
いったい“うりずん”は、これからどうなっちまうんだろう…



次の日、Facebookにコメントした…

お登紀さんのコンサートに行くまで、僕は彼女の魅力を知らなかったらしい。悪い言い方をすれば、人に何かを伝えたいがため、人寄せパンダになって頂こう!くらいに考えていたのです。そのスケベ心は今もないと言えば嘘になりますが、お登紀さんは、そんなこと十分に分かった上で、ホントに自然に接してくれる。今回のステージを見ていて、妙な感覚ですが、あらためてそのことを思い知らされた。

原発やその他、色々とあちこちで発信しているお登紀さんですが、そのこととは全く関係のない魅力がステージに立つお登紀さんにはある、是非一度、加藤登紀子コンサートに足を運んでみて下さいと言いたい。心からお勧めです。

俺も、年取ったのかな…

tag: 加藤登紀子  エコルマホール  土屋實幸  新城亘  沖縄の呑食処.うりずん 

うりずん~土~ななしん屋

《8月4日(木)~5日(金)》
夜、マスターにお礼しなければと“うりずん”へ。

詳細は後日、まずはざっと報告。

入嵩西康文さんもいらっしゃいました。
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今夜も宇夫方女史は踊ります。
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お客さんたちも最高に楽しそうです。
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もちろん仕切っているのは新城亘先生。
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“うりずん”のオーナー土屋さんの実に楽しそうな笑顔。

亘先生を中心に、女性のお客様たちを交えての恒例の記念撮影。
その1
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あれ、なんで楠さんいるの?
その2
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まあ、准ちゃんまで。
そうなんです。ふたり、台風で帰れなかったんです。

だから、詳細は後日。


それから“土”へ行って……
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“ななしん屋”に行って……
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[subcate.ななしん屋]
そして午前様。

次の旅の記事へ



tag: 台風  楠定憲  白石准  土屋實幸  入嵩西康文  沖縄の呑食処.Bar土  沖縄の呑食処.ななしん屋  沖縄の呑食処.うりずん 

夜は“コザ物語”

《7月25日(月)》
あの東日本大震災から136日目……
那覇、栄町“うりずん”の2階にて、構成打ち合わせ。
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オーナーの土屋さんに感謝である。
こんなったら、“うりずん”のカテゴリを作らないわけにはいかない。
因みに、「うりずん」とは……
 ⇒「うりずん」についての薀蓄

“うりずん”と新城亘先生の深い関係をそこはかとなく匂わせる怪しげな看板。
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詳細は後日。


夜はコリンザの3階にあるあしびなー劇場へ。
“コザ物語”の千秋楽なのである。
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今回、早めに沖縄入りしたのには、これを見る目的があった。結果的に、そのおかげで“チョンダラーの歌”の詰めを沖縄でやれることになったわけで、もしそうじゃなかったらと考えるとちょいと冷や汗である。
“コザ物語”については、あちこちから色々な噂が耳に入っていた。ところが、幕を開けてみれば大変評判がいいのだという。連日満員で、当然お金を払ってくださるお客様が優先、消防法が厳密に適用される劇場なので、もう席に余裕がないらしい。「当日、空きがあれば見れるのですが」と事務局。そこで、調光室からでもいいからなんとかならないかなあと、演出のふじたあさやさんに連絡を入れてみた。
「わかった、受付に言っておく」

以下後日。

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tag: 沖縄の呑食処.うりずん  沖縄の旅_2011年7月  土屋實幸 

沖縄から(暫定投稿)

※この記事は10日に書いています。
東日本大震災から29日目(沖縄)

沖縄にいる宇夫方路から、ピンボケ画像がいっぱい届きました。
一枚だけとりあえずアップ。
美女がいる
うりずんだね。土屋さんと長池さんがいる。そして僕の知らない美女が真ん中に。誰だ?

後日…

tag: 土屋實幸  沖縄の呑食処.うりずん  沖縄の旅_2011年4月 

泡盛で夜は更けゆく【狛江の秋元酒店“籠屋”】

狛江市に、知る人ぞ知る老舗の酒屋がある。
“籠屋(かごや)”
創業明治35年。本名は秋元酒店。最寄駅は小田急線の和泉多摩川だが、そこから1キロくらいの住宅街の中にある。そんな立地でも、お客さんは絶えない。
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ともかく、空調管理された2階の日本酒がすごいのだが、それはいずれご紹介するとして、M.A.P.としては、気になるのはやっぱり泡盛ですな。
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日本酒ほどではないが、これだけ並ぶと壮観である。

ちょっと前、こんな本を見つけた。「焼酎・泡盛ハンドブック」
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巻末には全国実力派酒販店ガイドというのが掲載されていて、もちろんその中にも入っているお店。
今日訪れたのは、来る“金城さんの沖縄料理を食べる会”でお客様にご提供する泡盛を検討しにきたのである。籠屋のご主人に聞けば、色々と教えてくれる。
籠屋に来たのは初めてだが、実は籠屋のご主人とは初めてではない。昨年の10月27日、HAJIMEちゃん主催の“魚と日本酒の会”でお会いした。籠屋のご主人はHAJIMEちゃんの日本酒の会の常連なのである。
さて、今日もお薦めの泡盛を色々と教えていただいた。それについては追々ご紹介するつもり。

籠屋さんで泡盛を仕入れているところへ、Yusuke氏から電話が入る。何があったというわけでもないが一杯やろうという。酒を飲むのに理由はいらない。桜新町の家まで来いってか、ならばここでツマミも買っていこうか。

事務所に戻ってチャリンコで行くことにした。暑からず寒からず、こんな日和ならちっとも苦にならない。しかし酒瓶担いでいくのはちょいと辛いので、ツマミだけ持って酒は桜新町の酒屋で買うことにした。

桜新町の酒屋さんもけっこう頑張っていた。泡盛の量り売り。
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こちらで籠屋さんのことを聞いてみた。そうしたらよくご存知だった。全国には小さな蔵元がたくさんあるが、作る量が限られているので、地元以外にはほとんど出てこない。特においしい酒は幻の銘酒となる。そんなお酒をなんとか仕入れたいと思っても、新参者には無理。東京に出すのは籠屋さんの分しかありません、そんな蔵元がたくさんあるらしい。長いこと蔵元さんとの関係を作ってきた籠屋さんならでは、ということなんですな。
「籠屋さんみたいになりたいけれどすぐにはは無理なハナシ。でも、今は若い人たちがおいしいお酒を作っています。うちではそんな若者たちのおいしいお酒を探し出して売っていきます。」

籠屋さんで買ってきた店主こだわりのツマミの数々。
焼きししゃもにウズラの煮卵に黒糖そら豆。
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クリームチーズの粕漬に牛タンの燻製。
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そしてホヤの塩辛。
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どれもこれも実に旨そうな姿をしているのである。

桜新町の頑張っている酒屋さんで買った量り売りの瑞泉の古酒とともに。
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夜は更けていくのでありました……

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tag: 土屋實幸  泡盛.瑞泉  狛江_酒屋.籠屋  沖縄の呑食処.うりずん   

“うりずん”の記憶

新城亘さんが栄町の“うりずん”と、とても縁が深いということは、南林間の“舞天”で知りました。
 ⇒その日の記事を読む
僕も、“うりずん”には少なからず思い出があります。
結婚した時、沖縄の親戚との約束は、必ず盆正月には帰ってくること、でした。考えてみれば妙なハナシです。東京にだって盆も正月もあるのですから。
でも、沖縄には行きたかったから、正月は沖縄で過ごしました。「行かなきゃならないんだよ、それが約束なんだから」と女房の親戚の所為にして。
沖縄に行けば、必ず栄町の“うりずん”に顔を出しました。
閉店後、店の若者に説教するオーナーの土屋さん。店の忘年会での豚の丸焼き、日航のパイロット、オリオンビールの社長……
ある時、歩き始めたばかりの長男を連れて行ったことがあります。営業時間が終っても、僕は土屋さんと飲んでいました。土屋さんは息子の顔を見て、お前はウチナンチュだと言って笑いました。やがて店に残っていた人たちのカチャーシーが始まります。息子のためのカチャーシー、息子を躍らせて楽しむために。

そんなハナシを“舞天”で亘さんにしていたら
「その時三線を弾いていたいい男は僕かもしれないなあ」
だって。
「いや、そんないい男はいなかった」
その日その場で、亘さんは“うりずん”に予約を入れてくれたのです。
「土屋さん?17日、行くからさ」

そして、十数年ぶりの“うりずん”です。
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今ほど安い航空券の無い時代。子どもが大きくなってくれば、しがない貧乏役者が毎年家族を連れて沖縄へ行くことなどできるものではありません。そのうちに、東京にいても“うりずん”の噂が聞こえてくるようになりました。亘さんによれば、今は予約しなければ入れないらしい。敷居が高くなっちゃたのかな。でも今日は新城亘御大がいるから心強い。
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20年以上前のこと、亘さんと僕は、意外に近いところにいたらしい。
結局、その時はお会いすることはありませんでした。それが今になって、ここでこうしていることの不思議。
亘さんの歌うトゥバラーマが心に染みるのです。
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「亘さん、偉い先生がね、声のために、酒飲んだら歌っちゃいけないんだって。」
「それは間違ってる。酒を飲んだら歌わなければいけない。難しいこという人に限って歌は下手さ」
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亘さんの酒と三線の弟子、前城さんです。
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でも前城さんは亘さんのパソコンの先生。前城さんがいなければ新城亘博士は誕生しなかったということは内緒。

今日も宇夫方路は踊ります。
「酒を飲んだら踊らなければいけない」
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土屋さんは、宇夫方が踊っている間、ずっとニコニコ笑っていました。
あの時と変わらない同じ笑顔で。
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U:「上原直彦さんに電話したの」
T:「もう定年になって15年だから、比嘉稔さんに直接連絡したらって」
M:「比嘉稔って、琉球放送のですか?」
T:「ええ、制作部長の」
M:「彼なら同級生ですよ。昨日も会ってました」
前城さんはその場でアポと取ってくださいました。
M:「イチャリバチョーデーですよ」

関りえ子氏も合流して。
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不思議な縁。今日も実に沖縄っぽい夜でありました。

《おまけ》
松山にある、沖縄の藤山寛美、仲田幸子のお店。
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お弟子さんは師匠に似ず……
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たまんない……

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