対馬丸記念館で消えたミステリー

(この記事、実は10月の14日に書いたのです。)

玉那覇ウシ商店と対馬丸記念館はすぐ近くです。対馬丸記念館に行くのが本日の一番目の公式作業。でも画像はありません。
 ⇒どうして画像が無いのかを書いた明日の記事を読む
でも、もともと画像は写しませんでした。あまりその気にならなかったのです。
ちょっと残念なご報告をしなければなりません。
事務局長の瑞慶覧さんが突然お辞めになりました。お父様の具合が悪くなって、その介護をなさるというのが理由だと伺いました。ふっと、宮城文子さんのことを思い出しました。文子さんは義母の宮城巳知子さんが少し弱られたからという理由で、長年続けてきた仕事も辞めて東京から沖縄に行ったのです。仕事よりも家族、そんな沖縄の心みたいなものを感じます。

実は、ここ対馬丸記念館で、あるイベントが実現間近だったのです。それをすべて仕切ってくださっていたのが瑞慶覧さんでした。残念ながら、それが白紙に戻ってしまいました。瑞慶覧さんに任せっきりにしていたのが……、というような瑞慶覧さんの上司の方のお話でした。本当の理由はわかりません。例の事業仕分けも大きく影響しているのかもしれません。いいたいことは山ほどあるのですが(実際、この日全部申し上げてしまったのですが)、ここでご報告することは控えます。
仕切り直しをすれば実現できるのかもしれません。その糸口をちゃんと作っておくのが今日の仕事、無理に拝んだり、ごり押ししてやるものではありません。まずは気持ちよく何かを共有できるかどうか、その可能性の見極めることからやり直しです。

M.A.P.after5には“mystery”なるカテゴリがあって、その中に“消えたmystery”というサブカテゴリがあります。そこに加える記事がひとつ増えました。

瑞慶覧さん、きっとまたどこかでお会いできる日があることを願っています。

対馬丸記念館で、こんな本を買いました。
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(買ってきた本を後から撮影したのです。)
もう一度、きちんと勉強します。このツアーで、つい先日、プリティー千恵ちゃんから聞いた武州丸のこともあるしね。もしかすると、M.A.P.がやらなければならないのは、対馬丸ではなく武州丸なのかもしれません。

tag: 対馬丸記念館  対馬丸 

羅針盤のない航海

対馬丸記念館。
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美しい女性はすぐアップにしたがるM.A.P.after5の悪い癖。
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うれしきミステリー。

納品を終えて首里へ。コンビニに寄る。
できることならば、全てにおいてよき航海であることを願っているのだが。
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沖縄でコンビニといえば「ローソン」か「ファミリーマート」。セブンイレブンはない。
僕にとって、ここ沖縄は、船に乗って来るか、空を飛んで来るかでしかたどり着くことのできない場所なのだということをあらためて思う。それから、僕の妻の、愛する故郷に歩いて帰れぬ場所に住むということの決意。
そして、この島を闊歩する故郷を持たぬ若者たちの喧騒。
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まず、乾いた喉を潤して、あらためて「対馬丸」に向かおうと思っている。
「本当に伝えるべきことは何なのか」
座礁を避けて蛇行している間に、目的地を見失ってはならない。

ただ、頼れる羅針盤がない。

tag: 沖縄の旅_2009年11月  対馬丸記念館  #セブンイレブン 

対馬丸通信が届きました。

Official_Blog にも書きましたが、対馬丸記念館から「対馬丸通信」18号が届きました。
対馬丸通信のロゴ

それには昨年9月23日に琉球新報に掲載された“おきなわおーでぃおぶっく”の記事が紹介されていました。

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他に記事がなかったのか、あんまりCDが売れないからか、いずれにしてもご紹介くださることはとても有難いことで感謝なのですが、今日ご紹介したいのは、その右ページの記事のことです。
「沖縄通信no.2」でご紹介した沖縄戦の遺骨発掘収集活動をしていらっしゃる「ガマフヤー」の具志堅隆松さんが、対馬丸記念館で講演をされました。その時の要旨が掲載されているのです。その中に、具志堅さんでなければ書けない一文がありました。それをここで、ちょっとご紹介したいと思うのです。
注釈なしで……

「壕内の収集でよく見られる、上半身が無い遺骨の原因が解ったときはショックでした。なぜ上半身が無いのか、それは手榴弾による自爆者の遺骨なのです。日本軍は兵士に手榴弾を2個与え1個はアメリカ兵を殺すため、もう1個は捕虜になる前に自分を殺すために使えと命令しています。(中略)そしてその遺骨の傍らには、アメリカ兵に対して使うことのなかった手榴弾が残っています。」

tag: 具志堅隆松  自死  対馬丸から  対馬丸記念館 

沖縄出張4日目(長ーい一日1)

朝一、対馬丸記念館再訪、“カクテル・パーティー”納入。
時間がちょっとあるので…
福州園へ

あら休園。
福州園休園

じゃあ、ということで識名園へ

途中、与儀公園の脇を通ったので……
与儀公園
休憩中(?)のおじさん二人と、よく見えませんが「フレンド」という赤い看板を撮影してみました。
夜、女性一人で歩いても安心な公園。なぜ?
男性の場合は100円ライター2回カチカチが合図だとか。何の?
ミステリー。

識名園、おや休園。
識名園休園

残念。そうだ、せっかくここまで来たんだから識名壕を覗いてみましょう。
今回は、お家の方にご挨拶ができました。でも灯を持っていないので、ちょっと入口を見るだけです。前回の画像は中から撮影したものです。
識名壕入口 
識名壕の御嶽
ここに休園なんかありません。毎日の生活の中に祈りがあるのだから。
振り返れば、ここにも生活の匂いがするこんな風景が拡がっています。
街並
前回の識名園と識名壕の記事を読む。

※でも新ブログに引っ越したため、サブカテゴリの数が足らなくなりました。というわけで、記事を分けることにしましょう。

tag: 那覇  対馬丸記念館  沖縄の旅_2009年2月  識名園  識名壕  福州園  カクテル・パーティー 

大城立裕氏(沖縄2日目の午前中)

朝一番、対馬丸記念館へ。
下の画像にもありますが、あの中島高男さんの本が出版されました。
受付にて販売中  
 ⇒Official_Blogを読む
事務局長の瑞慶覧さんと記念撮影。
瑞慶覧さんと記念撮影
なんか変ですか…。
昔の美川憲一さんをちょいと太らせた感じ?
もすこし笑ってくださればいいのにね。
きっとカメラマンの問題ですねえ。

対馬丸記念館の裏には、琉球王府より特別な扱いを受けた八つの神社(琉球八社)のひとつ、波上宮があります。
波上宮の鳥居

波上宮の案内看板
なんだか大和風で、拍子抜けしますか? これも、沖縄です。
またその隣には波上山護国寺という沖縄最古のお寺もあるのです。察度王時代の1368年、波上宮の別当寺として建立され琉球王の勅願寺でした。境内には、明治初期のキリスト教宣教師ベッテルハイムの碑もあります。
いずれご紹介しましょう。
この護国寺と対馬丸記念館の関係は、こちらをどうぞ。
 ⇒対馬丸記念館のホームページ

そして、久米明さんのことをご報告に、大城立裕先生のお宅へ。
立裕オジイはカメラを向けると、いつも難しいお顔をされるので、なんとか笑わせて、写真家の石川真生さんが撮影したような笑顔をゲットしたかったのですが……。
大城さんのニコリ 大城さんのニヤリ

大城さんのオホホ
まあ55点というところでしょうか。
ちなみに、芥川賞決定の電話を受け大喜びの大城氏という、あの有名な写真は、実際の芥川賞決定報告の電話を切ったあとに、写真を撮りそこなった新聞記者に頼まれてポーズを取った「やらせ」なのだそうです。ああ、こんなこと、バラしてしまっていいのでしょうか。まあ、おめでたいことだし、やらせに乗ったのも喜びの延長の遊び心だったということは、皆さんの笑顔を見れば分かります。時効ということでひとつお許しください。
(文責:高山正樹)

大城氏のご自宅を辞して、さあ、金城くんと再会です。

tag: 対馬丸  中島高男  沖縄の旅_2009年2月  大城立裕  対馬丸記念館  波上宮  瑞慶覧達次 

一方沖縄では大城立裕先生にインタビュー

オーディオCDの「あとがき」を大城立裕先生にしゃべっていただくことになり、その録音を野外で行いました。
ついでに録画も。担当してくださったのは去年の春沖縄に移住した井上真喜さん。元NHKエンタープライズのエンジニアなのです。ありがとうございました。
録音場所は対馬丸記念館の裏にある旭が丘公園。どうしても自然の風の音が欲しかったのです。
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沖縄は9日までずっと天気が悪く、昨日の10日も朝のうちは雨、でもお約束をした午後2時にはすっかり雨は止みました。
沖縄はいつでも真っ青な空というイメージがあるのですが、結構雨や曇りの日が多いんです。
なお、大城立裕さんのお話は是非CD買って聞いてくださいね。

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最後に対馬丸記念館に飾ってあった対馬丸の模型の前で記念撮影です。なんだかとってもペアルック。

なお来る8月22日には対馬丸記念館において対馬丸慰霊祭があるとのこと、大城先生は記念館の受付の方から「大城先生、是非いらしてくださいね」と声を掛けられました。大城立裕先生はそれに答えて「うん、うん、うん」と小さく返事されたのですが、後でこんなことを呟かれたのです。
「実は今まで、一度も出たことないんだ。遺族の方にお会いするのが悲しくて、つらくてねえ。」
今年もきっと、先生が慰霊祭に参加されることはないんだろうなあ。

この後、大城立裕翁は急いでお帰りになりました。なんてったって甲子園での高校野球、沖縄代表浦添商業高校の試合のプレイボールの時間が迫ってるんですから。
浦添商業高校はめでたく2回戦を勝ち抜きました。おめでとうございます。

tag: 対馬丸  沖縄の旅_2008年8月  対馬丸記念館  大城立裕  おきなわおーでぃおぶっく  井上真喜