第3回 沖縄映画祭⑧「島尾伸三が語る『狂うひと』,その他のこと」

12月7日、ゲストが島尾伸三さんだというので、梯久美子さんの「狂うひと」出版記念イベントに出かけた。
伸三さんに沖縄映画祭で「死の棘」について語ってもらおうという思惑があったのだが、トークショーの話を聞いて諦めた。
さてどうするか、それからずっと考えていた。「死の棘」は諦めたが、しかしやっぱり“父敏雄と母ミホ”について、今回も前回に続いて話してもらいたい、「狂うひと」の評判を思えばおさらだという思いが強くなっていく。
映画祭に来ていただくことは決まっていたが、内容をどうするか、はっきり決まらないまま、「島尾伸三と黒糖酒を飲む会」という仮称でお茶を濁していたのだが。
思い切って「狂うひと」について語ってもらいたいと、伸三さんに打診した。二つ返事であっさり「いいですよ」となった。感謝である。とはいうものの伸三さんのことだ。話はそれだけにとどまらないだろう。なので「その他のこと」と付け加えておくことにした。
もちろん、“島尾伸三と黒糖酒”は副題にして残してある。

第3回 喜多見と狛江で小さな沖縄映画祭+α 特別企画1
島尾伸三と奄美の黒糖酒を飲もう会!Vol.3

「島尾伸三が語る『狂うひと』,その他のこと」

狂うひと

ノンフィクション作家の梯久美子が、膨大な未公開資料の検証と関係者への徹底的な取材によって、島尾敏雄ミホ夫妻の実像を暴く。狂っていたのは本当にミホの方だったのか…
「恐ろしいばかりの人間の業の深さ」
本年度No.1ノンフィクションとの呼び声が高い。

※島尾敏雄さんとミホさんのプロフィールは沖縄映画祭2016の告知記事をご覧ください。
  ⇒島尾伸三が島尾敏雄と島尾ミホを語る

日時:1月28日(土)17:00~
会場:M.A.P.


【チケット料金】
 前売り 1,000円(当日1,200円)
 学生及び75歳以上 前売り 500円(当日700円)

  ※受付で学生証・保険証等を提示してください。
  ※ご予約を頂けば、前売り扱いにて、チケットを受付にお取り置きいたします。
 11枚綴り 10,000円(1000円券×11枚)

 ⇒オフィシャルサイトのチケット購入ページ
  ⇒CoRich 直通(PC用)
  ⇒CoRich 直通(携帯用)

電話でのご予約・お問合せ:03-3489-2246(M.A.P.)
 総合案内記事へ

【島尾伸三さんの御紹介】
日本の写真家、作家。1948年に神戸で生まれ、奄美大島で育つ。1974年、東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。1978年に写真家の潮田登久子と結婚し、ともに中国香港の庶民生活をリポート。父は作家の島尾敏雄、母は島尾ミホ。娘は漫画家のしまおまほ。
島尾伸三

tag: 島尾伸三 

「狂う人」出版記念イベント

この日の「狂う人」出版記念イベントのことを、この日と次の日に呟いた。

tag: 島尾伸三 

「打ち上げ」と「延長戦」

後日ちゃんと書きます。

こちらは打ち上げ

こちらは延長戦

tag: 西初枝  島尾伸三  喜多見_居酒屋.酒菜 

島尾伸三が島尾敏雄と島尾ミホを語る

喜多見と狛江で沖縄映画祭 特別企画 ①
島尾伸三が語る父(島尾敏雄)と母(島尾ミホ)


日時:1月31日(日)17:00〜
会場:M.A.P.(第1会場)
料金:
一般 1,200円
    学生及び75歳以上 500円 ※受付で学生証・保険証等を提示してください。
      前売りチケット1,000円あり
      ※ご予約を頂けば、前売り扱いにて、チケットを受付にお取り置きいたします。
      ※11枚綴り 10,000円(1000円券×11枚)

 ⇒オフィシャルサイトのチケット購入ページ
  ⇒CoRich 直通(PC用)
  ⇒CoRich 直通(携帯用)
 電話でのご予約・お問合せ:03-3489-2246(M.A.P.)

 ⇒総合案内記事へ

父 敏雄は福島県相馬の出身、母は奄美加計呂麻島のおひーさま。
そして息子 伸三の複眼は、世界を冷徹に批評している。


島尾伸三氏が語る父と母は嘘かマコトか、文学ファン沖縄ファンならずとも興味尽くせぬ話を聞きながら、上等黒糖酒を味わう? そんな珠玉の時を、一緒に過ごしてみませんか?

※本プログラムは、特に必ずご予約をお願いいたします。
お問合せ:M.A.P. 03-3489-2246

【島尾伸三】
写真家、作家。
1948年に神戸で生まれ、奄美大島で育つ。
1974年、東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。
1978年に写真家の潮田登久子と結婚し、ともに中国香港の庶民生活をリポート。娘は漫画家のしまおまほ。

【島尾敏雄】しまお としお、1917年(大正6)4月18日〜1986年(昭和61)11月12日
小説家。
海軍第十八震洋特攻隊(いわゆる人間魚雷)の隊長として、奄美群島加計呂麻島に赴任。島尾中尉は、島人から「隊長さま」と慕われていた。1945年8月13日に出撃命令、しかし発進の号令を受けぬまま終戦を迎える。
作品は超現実主義的な「夢の中での日常」などの系列、戦争中の体験を描いた「出発は遂に訪れず」などの系列、さらに家庭生活を描いた「死の棘」などの系列に大別される。日記や紀行文は生涯書き続けられた。
また「ヤポネシア」や「琉球弧」など、彼の南島に関する論考は、沖縄を考える知識人たちに大きな影響を与えた。

【島尾ミホ】しまお みほ、1919年10月24日〜2007年3月25日
作家。
奄美の加計呂麻島の祭事を司る「ノロ」の家系に生まれ、巫女後継者と目されていた。
加計呂麻には海軍特別攻撃隊の基地があり、震洋特攻隊長として島へ赴任してきた聡明篤実な海軍士官、島尾敏雄と知り合う。戦後1946年に結婚。ミホは後々まで、白い海軍の正装姿の若き日の敏雄の写真を大切に自室に掲げていた。
「トシオはただの人。でも、『隊長さま』は神さまでした」とミホは述懐する。(小栗康平談『御跡慕いて』)
『海辺の生と死』で田村俊子賞を受賞。他に『祭り裏』、短編「その夜」など故郷奄美を題材にした作品が多い。

「死の棘」
※当日、死の刺を上映する訳ではありません。
心因性の精神症状に悩む妻ミホとの生活を描いた島尾敏雄の私小説。1990年に映画化。監督は小栗康平。主演、松坂恵子、岸部一徳。第43回カンヌ国際映画祭にて最高賞パルム・ドールに次ぐ審査員グランプリを受賞。


ミホとトシオは結婚10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、二人は奄美大島・加計­呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋に­おちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して共に死のうと決意していた娘と­の、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出­発は訪れなかったのだ。そして、二人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻­がくる...。
(YouTubeにアップされた映画予告編の説明文より)

tag: 島尾伸三 

島尾伸三と奄美の黒糖酒を飲もう会!Vol.2の告知です!

島尾伸三と奄美の黒糖酒を飲もう会!Vol.2
今回のテーマは中国雑貨!

日時:7月21日(月・祝) 15時30分 OPEN 16時 START!
会場:M.A.P.
 狛江市岩戸北4-10-7-2F
 小田急線喜多見駅徒歩5分 島田歯科2階
   ⇒会場へのアクセス
会費:2,500円 (20名限定)
※お酒を飲まない方は1,200円(ワンドリンク付き)
 黒糖焼酎あるだけ 飲み放題
 (おつまみの持ち込み大歓迎です。)
 ※ご予約をお願いいたします。

お問合せ:M.A.P. 03-3489-2246

 ⇒Vo.1「島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会!」の様子

【島尾伸三さんの御紹介】
日本の写真家、作家。1948年に神戸で生まれ、奄美大島で育つ。1974年、東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。1978年に写真家の潮田登久子と結婚し、ともに中国香港の庶民生活をリポート。父は作家の島尾敏雄、母は島尾ミホ。娘は漫画家のしまおまほ。

著書…
「香港市民生活見聞」新潮社 1984年12月
「絵本 中華食三昧」旺文社 1986年11月
「中華図案見学」新潮社 1989年8月
「裏街春秋―中国庶民生活誌」東京書籍 1994年8月
「季節風 照片雑文★☆」みすず書房 1995年10月
「生活 照片雑文★★」みすず書房 1995年10月
「中国茶読本」平凡社 1996年5月
「月の家族」晶文社 1997年5月
「風の地図―島尾伸三のアジア漫歩」メタローグ 1997年9月
「星の棲む島」岩波書店 1998年3月
「ひかりの引き出し」青土社 1999年9月
「ケンムンの島」角川書店 2000年8月
「雲を呑む 龍を食す」NTT出版 2000年12月
「まほちゃん―島尾伸三写真集」オシリス 2001年11月
「東京~奄美 損なわれた時を求めて」河出書房新社 2004年3月
「中華幻紀―照片雑文」ワールドフォトプレス 2004年10月
「魚は泳ぐ―愛は悪」言叢社 2006年4月
「禁産趣味者宣言」usimaoda 2008年7月
「小高へ 父 島尾敏雄への旅」河出書房新社 2008年8月
「中華幻紀―島尾伸三写真集」usimaoda 2008年
「Something Beautiful Might Happen」オシリス 2010年7月


【追伸】
チラシ作りました。
島尾伸三氏と飲む2

tag:   島尾伸三 

奄美の黒糖酒を飲む会はいつしか「島尾伸三と愉快な仲間たち」に

昨夜の呟きひとつ再掲…
gajumui

狛江の老舗の酒屋、超有名店の籠屋さんから足りなくなるといけないので黒糖焼酎4升仕入れてきました。いよいよ明日、3時半です。まだ空き有り!/島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会! http://t.co/0MNAxv6a27
03-01 18:49

そして…

@kagoya02 秋元さま。本日、宜しくお願いいたします!/島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会! http://t.co/0MNAxv6a27
03-02 11:01

今日のわが企画、たったふたりで乗り切るしかない。しかし、狛江市民の催しに参加すれば受付の割り当てがあって、相棒はそれをこなすため、雨の中を自転車で遠くの公民館に向かった。放射能まじり、そんな呟きが流れてくる。判断不能。ただ、冷静であることが難しくなって、胸の辺りがザワザワする。
03-02 11:58


※実験:ツイッターの新機能を使って埋め込んでみよう。
※ははあ、アイコンが今のになっちゃうんだね。ま、いっか…

受け入れ態勢万全です。
準備完了

あと15分で開場です。先着20名さま(定員20名なので全員のはずですが)に、お母様の島尾ミホさんが書かれた「海辺の生と死」(中公文庫)を進呈いたします。/島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会! http://t.co/0MNAxv6a27
03-02 14:49


詳細は後日。
画像を何枚か先行アップ!

旨き酒に酔い、宴は徐々に佳境へと…
HIROくん

宴

島尾伸三さん

最後はカチャーシーならぬ六調。奄美だからね。
六調
※この写真のことを次の日呟いたので、そのツイートはこっちに移しておこう。
(もう新機能は使わない。)

gajumui

奄美の〆は六調です。歌うは徳之島の唄者、HiROくん。手前の大きな背中が島尾伸三さんです。まだ黒糖酒が残っているので、またやります。で、また新しいのを仕入れるでしょ、するとまた余るでしょ、そうすると… 黒糖酒は永遠なり。 http://t.co/DpeUyHfuef
03-03 11:52



記念撮影。
記念撮影

HiROくんに感謝と拍手を!
HiROくん感謝

黒糖酒の深き薀蓄をお話しくださった籠屋の社長、秋元さん。
ありがとうございました!
秋元賢さん

最後のエピソードはまた後日のお楽しみ。
お帰りです1 お帰りです2
伸三さん、またやりましょう…
「島尾伸三と愉快な仲間たち!」

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tag: 島尾伸三  HiRO  カチャーシーの光景 

島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会!

“喜多見と狛江の小さな映画祭+α”2014年3月定例会。
島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会!
父方は福島県相馬、母方は奄美、その子伸三の深き複眼は、世界を冷徹に批評している。

奄美から直送される秘蔵の黒糖酒。そんなお酒の話からはじめましょうか。酒を語れば、文化の話にもなります。文化を語れば沖縄や大和の話にもなる。酒を飲めば島の言葉が出る。歌も出る。
幼き伸三が見た父敏雄と多くの作家たちとの交流、そんな話が飛ぶ出すかもしれない。
あるいは、酔いが進めば、ご両親の馴れ初めの話なんてのも聞けるかもしれない。

島尾伸三が語る話は嘘か真か、いずれにしても、この機会を逃しては聞けない伸三さんの話を聞きながら、奄美の島以外では飲めない絶品の酒を味わう、そんな珠玉の時を、一緒に過ごしてみませんか?

日時:3月2日(日) 15時 OPEN 15時半 START!
会場:M.A.P.
 狛江市岩戸北4-10-7-2F
 小田急線喜多見駅徒歩5分 島田歯科2階
   ⇒会場へのアクセス
会費:2,500円 (20名限定)
 黒糖焼酎飲み干すまで 飲み放題
 肴あり (おつまみの持ち込み大歓迎です。)
 ※ご予約をお願いいたします。

お問合せ:M.A.P. 03-3489-2246

【島尾伸三さんの御紹介】
日本の写真家、作家。1948年に神戸で生まれ、奄美大島で育つ。1974年、東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。1978年に写真家の潮田登久子と結婚し、ともに中国香港の庶民生活をリポート。父は作家の島尾敏雄、母は島尾ミホ。娘は漫画家のしまおまほ。

著書…
「香港市民生活見聞」新潮社 1984年12月
「絵本 中華食三昧」旺文社 1986年11月
「中華図案見学」新潮社 1989年8月
「裏街春秋―中国庶民生活誌」東京書籍 1994年8月
「季節風 照片雑文★☆」みすず書房 1995年10月
「生活 照片雑文★★」みすず書房 1995年10月
「中国茶読本」平凡社 1996年5月
「月の家族」晶文社 1997年5月
「風の地図―島尾伸三のアジア漫歩」メタローグ 1997年9月
「星の棲む島」岩波書店 1998年3月
「ひかりの引き出し」青土社 1999年9月
「ケンムンの島」角川書店 2000年8月
「雲を呑む 龍を食す」NTT出版 2000年12月
「まほちゃん―島尾伸三写真集」オシリス 2001年11月
「東京~奄美 損なわれた時を求めて」河出書房新社 2004年3月
「中華幻紀―照片雑文」ワールドフォトプレス 2004年10月
「魚は泳ぐ―愛は悪」言叢社 2006年4月
「禁産趣味者宣言」usimaoda 2008年7月
「小高へ 父 島尾敏雄への旅」河出書房新社 2008年8月
「中華幻紀―島尾伸三写真集」usimaoda 2008年
「Something Beautiful Might Happen」オシリス 2010年7月


今回は単独チラシを作ってみました。
島尾伸三と黒糖酒を飲もう会!チラシ
 (※↑クリックすると大きくなります。)

【おまけ】
“秘蔵の黒糖酒を飲む会”とは特に関係ありませんが…

「死の棘」について
「死の棘」は伸三さんの父・島尾敏雄の小説。1990年に映画化された。監督は小栗康平。主演、松坂恵子、岸部一徳。


ミホとトシオは結婚10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、二人は奄美大島・加計­呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋に­おちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して共に死のうと決意していた娘と­の、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出­発は訪れなかったのだ。そして、二人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻­がくる...。
(YouTubeにアップされた映画予告編の説明文より)

tag: 【映画祭】  島尾伸三 

(仮称)島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会!

“喜多見と狛江の小さな映画祭+α”2014年3月定例会です。
島尾伸三と奄美の秘蔵の黒糖酒を飲もう会!

いったいどんなことになるのやら、まだまだ分らないことだらけですが、まずは日程だけ決まったので、取り急ぎお知らせいたします。

日時:3月2日(日)
※スタート時間は未定ですが、なんたって飲むので、夜まで続くことは間違いなさそうです。
会場:M.A.P.
 狛江市岩戸北4-10-7-2F
 小田急線喜多見駅徒歩5分 島田歯科2階
   ⇒会場へのアクセス
料金:?
※いったいどんな酒(黒糖酒ですけれど)が出てくるのか、どんなツマミがあるのか、それによってご負担いただく金額も違ってきますが、会場はいつものM.A.P.なので、格安でなんとか頑張ろう!と思っています。

【2月12日に追記】
※2月5日に島尾伸三氏と散々飲み、表題から仮称を取ることに決定。本気で飲みます!
※色々決定したので、この暫定告知記事はそのままに、あらためて告知記事をアップします!
   新しい告知記事

【島尾伸三さんの御紹介】
日本の写真家、作家。神戸生まれで、奄美大島育ち。東京造形大学造形学部写真専攻科卒業。父は作家の島尾敏雄。母は島尾ミホ。妻は写真家の潮田登久子、娘は漫画家のしまおまほ。

著書…
「香港市民生活見聞」新潮社 1984年12月
「絵本 中華食三昧」旺文社 1986年11月
「中華図案見学」新潮社 1989年8月
「裏街春秋―中国庶民生活誌」東京書籍 1994年8月
「季節風 照片雑文★☆」みすず書房 1995年10月
「生活 照片雑文★★」みすず書房 1995年10月
「中国茶読本」平凡社 1996年5月
「月の家族」晶文社 1997年5月
「風の地図―島尾伸三のアジア漫歩」メタローグ 1997年9月
「星の棲む島」岩波書店 1998年3月
「ひかりの引き出し」青土社 1999年9月
「ケンムンの島」角川書店 2000年8月
「雲を呑む 龍を食す」NTT出版 2000年12月
「まほちゃん―島尾伸三写真集」オシリス 2001年11月
「東京~奄美 損なわれた時を求めて」河出書房新社 2004年3月
「中華幻紀―照片雑文」ワールドフォトプレス 2004年10月
「魚は泳ぐ―愛は悪」言叢社 2006年4月
「禁産趣味者宣言」usimaoda 2008年7月
「小高へ 父 島尾敏雄への旅」河出書房新社 2008年8月
「中華幻紀―島尾伸三写真集」usimaoda 2008年
「Something Beautiful Might Happen」オシリス 2010年7月

お問合せ:M.A.P. 03-3489-2246

tag: 【映画祭】  島尾伸三 

拝啓、智内好文さま【天空企画「ウチナー・パワー~沖縄 回帰と再生」】《3》

拝啓、智内好文さま。

いよいよ「ウチナー・パワー〜沖縄 回帰と再生」が出版されましたね。おめでとうございます。早速お送りいただき、ありがとうございました。すぐにも読んで、宣伝をと意気込んだのですが、地味ながらその内容の重さに、しばしば立ち止まって沈思黙考、申し訳なく思っています。

今日から沖縄へ行ってきます。山猫合奏団の沖縄公演ツアーのためです。山猫合奏団の公演を沖縄で実現させる、それは、大げさに言えば僕の夢でした。山猫合奏団の仲間や、山猫合奏団を応援してくださる方々は、僕の最も大切にしなければならない人たちですが、そのみんなに、僕が30年間「沖縄」の何に拘ってきたのか、その一端を知ってもらえる機会がやっと訪れたのです。同時に、沖縄を通じて知り合った方々には、僕が沖縄とは関係の無いことにも一生懸命に関わっている人間だということを知ってもらえるのです。「沖縄問題」が全ての日本人にとっての課題であるならば、今回のような機会こそがとても大切なのだと、僕は思っているのです。M.A.P.after5なるブログは、このためにこそあったのかもしれません。

にもかかわらず、何故かとても憂鬱なのです。その原因を説明するのは、なかなか困難なのですが、僕は周期的に、沖縄に関わっていることがとても嫌になる、ちょうどその時期にあたってしまったようで、でもこんなことを言うと、沖縄に関する優れた仕事を継続的に続けてこられた智内さんから、きっと叱られるに違いありませんね。

沖縄へ向かう機内で、東京から持ってきた唯一の本「ウチナー・パワー」をツラツラと読んでいます。
null
沖縄が「沖縄」に「回帰」し、そして「再生」しようと声を上げれば上げるほど、どうやら僕の憂鬱は募っていくようなのです。

島尾伸三氏がプロローグを書いています。「夢幻琉球」という表題で。
「奄美大島で小・中学校を過ごした1950年代から60年代なかばまで、沖縄は輝いていました。沖縄にはアメリカの珍しいものや便利なものが何でもあって、道にあふれるほどいろんな自動車が走っていて、毎日たくさんの飛行機が町や村の上を飛んでいるというのです。(中略)その憧れは、1972年の沖縄への復帰後数年もしないうちに、奄美の人間にはすっかり色あせたものになってしまいました。その理由は(中略)アメリカ軍からの横流しや戦利品と呼ばれていた盗品を日本へ密輸して大儲けできる魅力が、失われたからです。」
なんという逆説でしょう。僕は、この島尾氏の文章に拮抗できる言葉を、たったひとつとして持ち合わせていないことに気づくのみです。
その代わりといっていいのかどうか、僕は、先日島尾伸三氏から聞いた話を、思い切って公開してしまおうと思ったのでした。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog…

また、例えば新垣誠氏はこんなことを書いています。
「(前略)沖縄の独自性を訴え、ヤマトとの差異化を図った言説が一世を風靡してから久しい。(中略)近代国家に取り込まれて以来、沖縄は常に苦渋をなめてきた。国家の矛盾と日常をともにすればするほど、帰属意識は薄れ、独自のアイデンティティーを問い直す作業が始まることは自然なのかもしれない。」
「しかし、また、沖縄の独自性を構築する作業は、沖縄をエキゾチックな文化的他者として陳列・観察しようとする殖民者やオリエンタリストによって強奪・利用されてきた側面をもつ。」
「他者の理解とは、多くの矛盾と困難をはらんだプロセスだ。他者理解など、そもそも不可能なのかもしれない。唯一、底知れぬ忍耐と謙虚な姿勢が生み出す共感力のみが、他者へ近づく道なのかもしれない。ましてや、自己の世界観に他者を幽閉して展示物のように眺め、自己を定義する欲求によって他者を『理解』するプロセスは、暴力以外の何物でもない」

そんなこと、分かり過ぎるほど分かっていたはずなのです。それなのに、僕はあらためて自問しています。僕は、沖縄の何を理解し、何を伝えようとしているのだろうかと。そして再び沈思黙考するのです。

「ウチナー・パワー」をそっと閉じて機内誌を手に取りました。しかしそこにも観光客に向けた沖縄特集が。
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沖縄は、逃れがたく僕のそばにあり、そしてどの記事にも、僕は「違う、違う」と呟いているのでした。

どんなに憂鬱でも、これから10日間、僕はいつもよりもずっと注意深く、沖縄を見てこようと思っています。もしかすると、今回の報告は、いつもにも増して、遅筆、かつ、時には重たいものになるかもしれません。でも、どうか山猫合奏団の記事がお目当ての皆様方にも、すこしばかり辛抱して、ぜひともお読みいただきたいと願っているのです。

智内好文さま。東京にもどったら、お会いしたいと思っています。どんな土産話ができるのか、定かではありませんが。

tag: 山猫合奏団  沖縄_戦争・基地など.(その他)  智内好文  島尾伸三  奄美 

《伊波洋一の講演》【普天間飛行場の危険】と【島尾伸三写真展】

M.A.P.after 5に度々登場する怪しいおじさん(日高さん)のカテゴリーを作りました。
その日高さんのご案内で、水道橋の文京区民センターまで、こんな会に参加するために行ってきました。
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宮森小学校米軍ジェット機墜落事件51周年と銘打った伊波洋一宜野湾市長による普天間基地関連の講演です。

会場の様子ですが……
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(前の席は仏教関係の方ですね。近頃、こうした集会によく参加されているようです。)
宇夫方女史がデジカメをサンディエゴに持っていったので、加えて携帯電話のカメラなんか滅多に使わないので、こんな写真しか撮れませんでした。

この会で配布された資料の中に、こんな記述がありました。
「サンディエゴ市のフェルナンデス上級政策補佐官は、『閉鎖される海外基地を多く受け入れたい』と語っており、普天間飛行場の受け入れ実現の可能性を示唆しました。」
このことについて、補足の説明が必要です。できれば、宇夫方女史がサンディエゴにいるうちに彼女に伝え、現地の人と話してきてもらいたいと思っていることなのですが、きっと間に合わないでしょう。
帳簿なんかと格闘していなければ、もっと準備ができたのにと、残念でなりません。

今日のことは、宇夫方女史が帰ってきたら、あちらの情報(たぶん不十分な情報)を一応聞き取り、それを合わせて整理して、日を改めてご報告したいと考えています。
※【追伸】(8月13日)
 未だ報告できません。⇒理由はこちら

その後、水道橋から千駄ヶ谷へ。智内さんに誘われて、島尾伸三氏の写真展にお邪魔しました。青山タンバリンギャラリー。
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(かりゆしウェアっぽい服を着ている後姿の方が島尾伸三氏です。)
今日が最終日ということで、到着した時には、もう皆さんビールを飲んでいらっしゃいました。
展示写真を片付け、近くの居酒屋へ。すっかりご馳走になってしまいました。

島尾氏からとても興味深いお話を伺ったのですが、果たしてどこまでブログに書いていいものか、ただ今思案中です。こちらはいずれ、本記事に追記したいと思います。お楽しみに。むふふ……

でも智内さんの秘密は書きません、絶対。
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(哀愁の智内さん)

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tag: 宮森小事件  奄美  島尾伸三  智内好文  #日高さん  普天間