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一日中PCに向かって


「珍しく」は余計。ガンバハルさんの、賽の河原のような作業をしながら、どうしても聴いていなければならない理由がある。まず誰が口火を切って、そしていったいどう喋るのだろう。それを確かめてから、明日のまんちゃーひんちゃーをどうするか考える。

この後のコーナーでは、泉の森会館の館長、元木さんが紹介されていた。いつも僕の疾患を心配し、そして僕のだらしなさを叱咤してくださる方。その元木さんから朝LINEで届いた画像は、元木さんが戯れに書いた赤い「鳥」一文字。コロナはもうケッコーケッコーといういうダジャレだそうな。

諸ちゃんがアシスタントをしてくれた最後の放送の聴き逃し配信をアップしてFacebookで案内した。夏休みいっぱいくらいは公開しておこうと思う、そして時々聴くつもりだというコメントを添えた。でも反応は極めて薄い。まあこんなもんでしょ。上っ面を滑っていくのが苦手。俺が悪いのである。


そら姐さんが昨日の読経会のことをTwitterで呟いたツイート見つけた。でも、東堂さんのことを「ご住職」と。だからこんなメンションを送った。

あのね、住職引退したから、ご住職じゃなくて、東堂さんなんだよ。あ、御前様じゃなくて、午前様になっちゃった。ややこしやw

でも、だいじょぶだい。お経の会に参加している人たち、殆ど檀家さんじゃないんだってさ。宗派も色々違う。みんなも時々ご住職って呼んでるし、東堂さん、返事するし。緩いんだな。それがいいところ。


そらぼっくり姐さんのtweetにメンションを送る。
明日はよろしくね。涙拭くハンカチ、忘れないようにね。

木下さんから、バトンを受け取らなければいけないんだっていうメッセージが来た。
いったいどんなバトンなのか、考え続けている。



気が付けば、今日も一日中PCに向かっていたわけだ。SNSやっていると、まるでいろんな人とリアルに繋がっているような、自分はアクティブな人間だという勘違い、自分が巣ごもりしていたという現実をつい忘れてしまう。事実は、先週火曜日のコマラジ生放送を終え、それから今日まで、あとは読経会だけ、殆どは事務所で作業していたのであって、これは間違いなくよくない傾向なのである。

tag: 地域繋がりの人々  そらぼっくり  木下幹康  東堂さん 

潰してはならない秘密基地

近い将来、決して相容れない立場に分かれて対峙することになるかもしれない、そんなふたりを引き合わすことになった。元山仁士郎と金城実が初めて会ったこの場所で。お登紀さんと千葉茂樹監督が同席した場所、斉藤哲夫とさこ大介が共演した場所。ここM.A.P.はそんな場所。潰してはならない秘密基地。

gajumui

さ、今日は落合貴之君がM.A.P.に来るのである。
09-11 08:15


tag: 落合貴之  木下幹康 

内緒…と、まんちゃーひんちゃー



だから内緒。



すると、ある人から妙な絡み方をされた。しかし、僕は「永遠の0」も「Fukushima 50」も見ていない、その上での話なので、話は嚙み合わず。だからこの件をブログに転載する気はない。

※その後、「Fukushima 50」を見た。その上で以下を追記することにした。

映画の内容をとやかく言いたいわけではない。
まず前提として、僕は、どんな主張のためでも、「ヒロシマ」「ひろしま」「Hiroshima」といった表記、「フクシマ」だろうが「Fukushima」だろうが、また沖縄を「オキナワ」としても、そのこと自体に何の問題はないと考える。カタカナや横文字にすることに表現者がどんな意味を込めたとしてもかまわない。内容を批判することはあっても、表記だけで批判することは決してしない。だから、“Fukushima 50”という横文字の表題が悪いなどと言うつもりは僕には全くないのである。戦争の背景や、福島の原発事故が抱えている根本的な問題、その中には当然国家や企業を批判する視点もあるだろう、それを棚上げして、「事件」を感動的な人間ドラマに仕立てることに強烈な違和感を感じるということはあるにしても、それは別問題である。

その上で、映画の内容とは関係のない話。
要は、「フクシマ」と表記することは福島にレッテルを貼って利用しようとすることであって、それは許しがたいと主張していた人たちが、「Fushima~」の表記については全くスルーするのはなぜか、そこに僕は違和感を感じると言いたいだけだ。

すると、“Fukushima 50”は「Fukushima」とは違う、海外メディアが現場の50人の作業員を“Fukushima 50”と呼んだのであって、いわばゴレンジャーみたいな固有名詞、それは「フクシマ」という表記とは違うのだと。なるほど一理あるのだが、なぜか妙な気分である。なぜそこまでしてボクに進言されるのか。素直な映画愛なのか。あるいはもしかすると、その方も、「ヒロシマ」や「フクシマ」などとカタカナ表記する「反権力の人たち」のことが、そもそもお嫌いなのではないか…、そんな疑念が沸いたから、僕は「なるほど」と引き下がるわけにいかなくなったのかもしれない。

僕? ふむ、確かに僕は逆に、「フクシマ」という表記を福島にレッテルを貼ることだと決めつける人間が大嫌いなのである。だから、「武漢肺炎という差別用語」とか、「福島に感謝」とかいうtweetに、僕は反応したのだろう、たぶん。

木下さんは、“Fukushima 50”は涙なしには見られなかったとおっしゃる。そりゃそうだ、主義主張とは関係なく、戦争だろうが原発事故だろうが、自らの命を賭して他者のために何かを為そうとする人間の姿が、感動的でないわけがない。たとえその行為が、悪に加担しているのだとしても、他国の人々を敵と見做す行為だとしてもである。だからこそ、感動とは時として実に危ういのだが、感動してはいけないなどと言うつもりは毛頭ない。

木下さんは、「ヒロシマ」や「オキナワ」「フクシマ」というカタカナ表記に嫌悪する人たちがいる、ということについてご存じかどうか、今夜の番組が終わって、あらためて落ち着いた時にでも伺ってみようと思う。

今夜のテーマは「溶融塩炉」のこと。
終わればやっぱりミートステーション。


gajumui

昨夜のまんちゃーひんちゃー。類化性能と別化性能という話。おおよそ一般受けしないだろう内容。それはそれとして、一見全く違うものに共通点を見つける類化性能について伝えたいがために分析的な別化性能に陥る。ラジオというメディアで、少しでも面白く分かりやすく、これが落とし穴なのか。
03-11 10:44

新型コロナについて、インフルエンザに比べて大したことはないから検査限定「派」と、いや大きい脅威なのだから検査増強「派」の違いは、公衆衛生寄りの医師と目の前の患者に向き合う開業医の違いのような気がするとも言ったのだが、これも単純過ぎた。その先こそ語りたかったのだが時間切れ。反省。
03-11 10:55

コロナについてはステージが変わったし、元々人々の意識を単純に分析することなど不可能。ただなあ、公衆衛生は政権寄り、開業医的発想は政権批判的という感じは否めないのだがどうなのだろう。妙なプライドの所為で、最初に自分が発した言葉に縛られたりこだわったりしないこと。自戒を込めて。
03-11 11:13


tag: 木下幹康  狛江_居酒屋.ミートステーション 

03/08のツイートまとめ

3月3日のまんちゃーひんちゃーのゲストは木下幹康さんだったが、今度の10日も木下さんに来ていただくことにした。
めんどくさい番組だが、辛うじて、まだ打ち切りにはならないみたい。さて、どこまでやれるかな。コマラジ次第?

井戸端会議は座談のこと。
お気軽に、ということさ。


gajumui

ぼくのいけん。コロナの正体が分らないから最悪を考える。でもきっとこの感染はもう止められない、ならば感染のピークが医療のキャパを越えないことを考えるしかなさそう。具体的にどこまで行動を制限し、どのような対処をするか。やることは一緒でも、その根拠を理解してもらうことがとても重要…
03-08 20:37

でも木下さんは、やるべきことをやればパンデミックを止めるられる、でも日本じゃ無理かも、みたいな感じ。いずれにしろ「エビデンス」しかし、アベじゃあねえ。どうしましょ。
03-08 20:50

今、在宅の人がいっぱい。このピンチ、色んな意味でチャンスなんだけどなあ。ラジオもそうだが、例えばyouTubeとか。
03-08 21:33




安冨祖流の教師免許試験が、コロナの影響でDVD審査になったらしい。
03-09 00:09

だからさ、川崎のはいさいフェスタが延期になって、ウチの一世一代のイベントと重なっちまったのだ。深夜の泣き言。ダメージは予想以上に大きくて長引く。
03-09 00:22

ミミズだって、オケラだって、ウイルスだって…タンパク質と核酸からなる粒子。「非細胞性生物」とか「生物学的存在」とか。彼らは遺伝子を捨てた。そして寄生に特化する道を選んだ。結果「非生物」と差別され蔑まれる。神は何のためにウイルスを作り給うたのか。河原者の深夜。
03-09 00:51

tag: 木下幹康  読経会  泉龍寺  まんちゃーひんちゃー 

03/03のツイートまとめ

gajumui

SNSに溢れかえる崩壊した国会の醜態。かつてなら、その内どれか一個だけでも政権が揺るぐ事例なのに、ふんぞり返って薄気味悪く笑う老害たち。この国を捨てて出ていくことができない子供たちが不憫で仕方がない。それにしてもいい天気、眩暈がするくらいに。
03-03 08:28

思いのほか野田秀樹氏が批判されている。アマノジャクの僕は、そういうことなら彼を擁護しようと思って、あらためて彼の声明の全文を読み返してみたのだが。やっぱり無理だ。批判すべきはエビデンス無しに幼稚な思い付きをたれ流す政権のはず。「劇場の真髄をついた言葉」という空虚な言葉。
03-03 09:04

@komae_election 偽陰性に関しては総合的な判断に基づく対応ということも言ってたね。再検査も有効だと。ただ検査で見つからない原因は単なる確率の問題ではないだろうからどうなんだろう。あと偽陽性はどうするか、特異度について触れていなかったから、そこを突っつく半可通が湧いてきそうだ(笑)
03-03 10:03



木下さん① 木下さん②

tag: 木下幹康  狛江_居酒屋.ミートステーション  諸ちゃん 

「原発対話の会」Vol.23のテーマは“トリウム溶融塩炉”

今日は泉龍寺の読経会であった。
ようやく告知記事までたどり着いた。

これまでの経緯をたどって頂ければありがたい。

 ⇒2014年4月12日 シンポジウム「次世代にどのような社会を贈るのか?」
  ※2016年8月14日 はじめて参加したお経の会の後、木下幹康さんと話す
  ※2017年6月5日 木下さんの発言「原発のことは専門家だけで決めるべきではない」
 ⇒2017年7月2日 長瀨隆「トリウム原子炉革命」
 ⇒2017年9月3日 トリウム溶融塩炉の話
 ⇒2017年12月6日 自民党の勉強会を侮ってはいけない
 ⇒2018年6月14日 動き始めた溶融塩路
 ⇒2018年6月17日「そもそも論」ということ
  ※2018年8月9日「原発対話の会」Vol.23 開催日程決定

そして昨日呟いたこと。


「原発対話の会」Vol.23
今回のテーマは、“トリウム溶融塩炉”です!

~トリウムは、未来エネルギーの救世主となりうるのか~

※追伸
木下さんから、SMR(Small Modular Reactor=小型原子炉)の文字が、7月のエネルギー基本計画に乗ったというメッセージが来た。アメリカのメーカーは、水を使った原子炉を考えているらしいが、それでは廃棄物問題は解決しない。
また今回北海道で起こったようなブラックアウトは、今の原発の1/5くらいの大きさのモノをたくさん作っておけば解決できるとのこと。さて、皆さんはどう考えるのか。ともかく、まずは知って、そして考えましょう
(以上9月14日追記)


●日時:9月16日(日) 14時 Start (開場30分前)
●参加費:500円(資料代含む)
●会場:M.A.P.
 03-3489-2246
  (小田急線喜多見駅徒歩5分)
  狛江市岩戸北4-10-7-2F 島田歯科の2階
  ⇒会場アクセス
●講師:木下幹康 (NPOトリウム溶融塩国際フォーラム理事長)

《原子力災害に、溶融塩炉の復活で向き合う木下幹康氏からのメッセージ》
理論数学系の物理屋です。
原子力エネルギーは人類にとって使いこなせるものなのか。福島の事故を二度と起こさない、そのような原子力の技術はほんとに可能なのか。高レベル廃棄物を含んだ使用済み燃料や福島原発の溶け落ちた炉心の後処理をする、そんなことができるのか。
1960年代に発明された溶融塩炉は、今の原発よりはるかにシンプルな仕組みで動く原子炉で、事故の原因となるメカニズムがほとんどありません。安全性を最大限考慮しながら、国会議員(自民党も野党も)の後押しも得て、溶融塩炉の実現に汗をかいています。
福島原発の溶け落ちたデブリを焼却することが第一の目標ですが、まずは、太陽の光を受け止める技術、太陽の光で高い温度で直接水を分解して水素を作ったりできる技術として普及させたいと考えています。
最終目標は、溶融塩炉によって余剰プルトニウム(47トン)や使用済み燃料、福島のデブリを燃して実害を最小限にすることです。
3·11(2011年)の東日本大震災・原子力事故では、私が住む狛江にも3月14日から放射性ヨウ素が降りました。
狛江は電力中央研究所発祥の地でもあります。今回は、その狛江で、溶融塩炉開発現場のプレーヤーの一人としてお話をします。

【木下幹康氏プロフィール】
電力中央研究所に数十年奉職し原子力を担務。もんじゅ高速増殖炉、福島、大間、伊方、大飯の原発の安全審査、原子炉内の強い放射線で材料の「秩序が回復する」プロセスをテーマに、2004年から5年間、原子力委員会の特命研究プロジェクトリーダーを務める。
現在、NPOトリウム溶融塩国際フォーラムの理事長、
   熔融塩技研/MSLab(株)(調布の電通大アライアンスセンター内)社長

主催:原発対話の会
 ⇒FBのグループページ
 ⇒FBのイベントページ

お問合せ・ご予約
03-3489-2246(M.A.P.)


≪これまでの講演・勉強会・イベントなど≫
2013年
12/2(土)「どうする原発?異なる意見で対話する会」
      参加者:澤田哲生さん(東工大)他

2014年
5/10(土)「福島原発で働く人たちの今、福島浜通りの未来」
      講師:吉川彰浩さん(元東電社員、AFW代表)
5/18(日)「福島原発事故と甲状腺がん」(監督:木村修)試写会
7/27(日)「3.11以降の原子力研究開発、その目的と課題」
      講師:倉田正輝さん(原子力開発機構研究主席)
9/6(土)「3.11福島事故の現在と未来」
      講師:畑 孝也さん(原子力・放射線部門の技術士)
10/5(日)「原発事故の健康被害とは」
      講師:越智小枝さん(公衆衛生修士、医学博士、相馬中央病院勤務)
12/4(日)「リスクコミュニケーション”を考えよう!」講師:寿楽浩太さん(東京電機大)

2015年
2/27(金)・3/29日(日)「福島第一原子力発電所視察報告会」講師:吉川彰浩さん
5/31(日)「福島原発事故の真実」講師:菅直人元内閣総理大臣
11/1(日)「福島第一原発最新情報」講師:吉川彰浩さん
12/12(土)「鹿目久美さん(母ちゃんずメンバー)とおしゃべりしませんか」

2016年
3/12日(土)「Sv(シーベルト)の勉強をし直そう!」
        ~電中研の佐々木道也さんを迎えて~
4/9(土)「政治における原発問題の現状」~衆議院議員落合貴之さんと話そう~
5/28(土)「放射能汚染とどう向き合うべきか?」講師:今中哲二さん
8/24(水)「原発事故から5年半、その心の軌跡」~吉川彰浩くんを迎えて~
11/19(土)「原発事故を考える」講師:おしどりマコさん

2017年
2/11(土)「半谷輝己のここだけの話」
4/24(月) 原発対話の会主催福島第一原発視察
7/23(日)「第一原発の現状と復興本社の取り組み」
      東電復興本社前代表の石崎芳行氏を迎えて
10/7(土)「徹底的にトリチウムを考える」講師:電力中央研究所の佐々木道也さん
10/14(土)「"想い"をたずさえて 未来への道のり」
      講師:篠原美陽子さん(浪江から避難)
11/19(日)「東電特別顧問石崎芳行氏を迎えて“続編”」
12/19(火)「アトミック・カフェ」上映会

tag: 泉龍寺  木下幹康  溶融塩炉 

「お経の会」と「平和フェスタ」、そして原発対話の会へ


そして狛江平和フェスタ。
今年は市長の挨拶があった。セクハラ市長の一年目、やってきた市長が、受付に共産党員がいたことに激怒し、以来、挨拶どころか、市との共催もやめたという。しかし、それは確信犯だったのではないか。

tag: 泉龍寺  木下幹康  溶融塩炉 

「対話の会」は会うことから

会わなければ動き出さない、ということ。
疲れていたって、会えば元気になる。そう信じてきた。それは間違いではなかったと、会えばそう思える。問題は、誰だってそうそう会い続けてばかりはいられないということ。

久々の人たち

※この日の記事は、8月25日にアップした。従って、以下のツイートにある「少しずつお話ししたい」ことは、既に過去の記事にて「木下幹康」や「溶融塩炉」のカテゴリで投稿している。

これできっと、また会える。

tag: 木下幹康  溶融塩炉  鹿目久美 

「そもそも論」ということ

泉龍寺の読経会。
木曜日に衆議院議員会館であった「熔融塩炉」のイベントの話になる。木下さんが案内したので、このお経の会からも参加した方がけっこういたのである。

皆さん、「溶融塩炉」について、難しいことは分からない。だが皆さんの多くは、最後に舞台に並んで、原発の研究をさせて欲しいと訴えた若い科学者たちに、少なからず驚かれたようである。特に、もんじゅもやめるべきではないと、エキセントリックに語った学生に対して、どうして?と感じられたようだ。

僕は去年12月の自民党の勉強会の話をした。議員もみんな勉強していて、なかなか緊張感のある部会だったこと、野党は頑張らないと勝てないと感じたこと。ただそれに付け加えて、僕は、しかしあれでは、「そもそも論」ができない不安を感じたということを言った。そもそも、原子力発電などあってはならないものなのではないか、再生可能の自然エネルギーだけで、やっていけるのではないか。そんな「そもそも」をすっ飛ばしていいのかどうか。
もちろん、「そもそも」ばかりを声高に語る反原発原理主義、とくにそれが政治を担う野党だとしたら、それはそれで問題ありとは思うのだけれど。

「大変無駄のない会だったけれど、テンポが速すぎて深く思索する間がない、立ち止まって考える余地がない、そのことがとても気になった、つまり哲学がないのです」

(※この記事は8月25日に書いてるのだが…)
そのお経の会の翌日、月曜日に木下さんからLINEが来た。私信なので公開を躊躇するが、とても重要なことで、かつ僕の木下さんに対する信頼が、そのメッセージによって増したということがあって、そこで、長文のメッセージから、ごく一部を抜粋要約してご紹介させていただくこと、どうかお許しいただきたいと思う。

「そもそも論とは、集団での意識固定化からいっぺん離れてみることだと思う。集団に属するのは、生きていく以上仕方がないこと、しかしそれに縛られてはならない。ミイラ取りがミイラになる話。たとえ利権集団に入っても、明確に発言して出たり入ったりできるなら、ミイラにならずに済むだろう。波に飲まれもみくちゃにされてしまう状況になっても、我を忘れないでいられるのは、たぶんお経の会に来ているからではないかと思う」


【追伸】
この木下さんのメッセージで、思い出したことがある。2014年04月の木下さんも参加されていたシンポジウムの時に購入した森中定治氏の本「プルトニウム消滅!」に、小林正弥氏が寄せた文章の中の一文である。

プルトニウム消滅「著者は、民主主義や政治哲学に関する重要な論点についても考察し、“未来の人類の利益”という共通の具体的な目的を明確に認識して対話を行い、私的利益を離れて、対峙する双方がより正しい道を見つけ出し合意することが民主主義の理想である、と述べる。これは、公共哲学における将来世代の観点や、“熟議民主主義”と共通する考え方である。また『ポジション・トーク』を離れて考えることを主張しているが、これもジョン・ロールズの正義論をはじめとする政治哲学において重要な考え方である」

ひとつ、視野が開けたような気がしている。「溶融塩炉」が、ほんとにいいものなのかどうか、いまのところちっとも分からない。ただ、「溶融塩炉」を題材にして考えるということには、とても大きな意味があると、僕にはますますそう思えてきたのである。

木下さんに心から感謝している。

さらに…
もしかすると、溶融塩炉を買いかぶり過ぎているのかもしれない。だからこそ、2014年04月の記事に、トリウム溶融塩炉に可能性は無いと断ずる小出裕章氏の講演の動画を貼ったのである。
これについては、対話の会において、木下さんにきちんと質問して、その意見を聞きたいと考えている。“未来の人類の利益”という共通の目的のための対話である。

tag: 泉龍寺  木下幹康  溶融塩炉 

動き始めた溶融塩路


衆議院第一議員会館・B1F大会議室
「熔融塩炉・第2回推進総会」
講演者は、徐洪傑博士、夏暁彬博士(上海応用物理研究所)、山脇道夫・東大名誉教授、木下幹康・NPOトリウム溶融塩フォーラム理事長、David Holcomb博士(米国オークリッジ国立研究所)。

こんなブログを見つけた。
 ⇒原田よしあき自由民主党衆議院議員のブログ
「現在の軽水炉型原発は、様々の課題を克服しつつ、当面は運転を継続していくが、中長期的には次世代型原子炉の研究、開発は不可欠であり…」と書かれている。なんとも気持ちの悪いブログである。

最後に、若い大学生や研究者たちが登壇し、3.11以降、原発の研究が出来なくなった現状を訴え、これでは世界から取り残される、是非とも研究させて欲しいのだと、参加者に向かって「熱い」メッセージを発したのである。

いずれにしろ、熔融塩炉は、自民党の力を得て、動き始めたらしい。

【追記:後日の呟き】

tag: 木下幹康  311  溶融塩炉