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クソ忙しい…

片付け中です。

今日は旧暦12月24日ウグヮンブトゥチですが…
クソ忙しいので、説明は来年にさせてください…

tag: 沖縄この日何の日 

新規の企画に向けて…

休む間もなく、事務所の大整理を始めました。

整理開始

新規事業に向けて事務所の近くに小さな部屋を借りました。

全然関係がないのですが、今日2月6日久米島紬の日です。
何でかって? 2010年1月15日の琉球新報によると、久米島町の平良朝幸町長と久米島紬(つむぎ)事業協同組合の松元徹理事長は、2月6日を「久米島紬の日」に制定すると宣言したとのこと。だからです。

新規事業、せっかくだから、沖縄mapも頑張って、久米島紬とかも扱いたいなあ…

tag: 沖縄この日何の日  事務所の光景 

仏教と映画祭とふいご祝いとクリスマス


今日はクリスマスイブ? 知らん!なんてことは、泉龍寺の東堂さんは仰らない。
だから今日は旧暦の11月7日、沖縄ではふいご祝いの日だから、その話をしよう。
ウチナーグチではフーチェーとかフーチヌユエーとかいうらしい。
(お経の会でも、この話をすればよかったな…)

沖縄大百科事典の「フーチヌユーエー」の項には「鞴(ふいご)の祝い。鍛冶屋が一年中の安全息災を祈る行事」とある。全国的に分布している行事で、沖縄でも全域にあり、工具への感謝の祈願を行ったりと、地域によって祝い方は様々なようだが、城辺砂川のちょっと面白いお祭りが事典で紹介されてるので、それを転載してみる。

「鍛冶屋の製作した農具で殺生された地中の虫、草の霊が祟らないようにと、鍛冶屋の子孫と部落の代表が、鍛冶屋跡地で拝む。そのとき、豚の頭が供えられ、夜中に松明をともして村はずれのイビシ(拝所)までそれを捨てに行く。その行列の火を見ると祟られるといわれ、見た者はむこう3年間、11月8日にフーツキヨーカの祈願をしなければならない」

農業や漁業のお祭りは山ほどあるが、いわば工業のお祭りはこのふいご祝いだけ、かつては他のお祭りに較べてかなり重要な地位のお祭りだったらしい。鍛冶屋の仕事が神聖視されていた証なのかもしれない。
考えてみると、クガニゼーク(金細工)よりカンゼーク―(鍛冶屋)の方が庶民にはずっと馴染みのある言葉だったに違いないし、だからこそ明治になって、シバイシー(役者)が雑踊りの金細工に「カンゼーク―」という読み方を当ててしまった(というか、カンゼーク―という鍛冶屋の踊りに「金細工」という華やかな文字を当ててしまった)という混乱も、なんだか頷けるのである。

そういえば健次郎さんにずっと会っていない。「クガニゼーク」のことも、最後の詰めをしていない。
唐突だが、三上知恵監督の映画もやっていない。どちらもこのままテーゲーにしておいていいのだろうか。

無神論の僕にとって、どうやら今日は、なんでもない日なのだが、事務所では今日、子供たちを集めて琉球舞踊を踊らせて、そしてクリスマスをお祝いするのである。
なんともテーゲーである。

ほらね…
踊り収め?

クリスマス

節操のない一日。

tag: 泉龍寺  沖縄この日何の日  三上知恵  「クガニゼーク」のこと  金細工  沖縄大百科事典  MAP琉球舞踊教室  事務所の光景 

トゥンジーに鍋を食う

今日は トゥンジー(冬至)、トゥンジージューシーを作って、火の神(ヒヌカン)や仏壇にお供えをし、家族の健康と繁栄を願ってみんなで食べる。

ここ喜多見の秘密基地では、一組の夫婦を除いて、家族ではないみんなでジューシーならぬ鍋を食べてる。特に何も願うこともなく。
不思議なメンバー
※撮影は村上さん。

でも、氏ちゃんの奥様カヨティの誕生日。
みんなで祝ったのであった。
カヨティとケーキ

次の日に呟いた。

tag: 識名盛繁  西川郷子  沖縄この日何の日  事務所の光景 

カママーイの日に奉納舞、巨大竈を考える会の前日です

旧暦10月1日、カママーイ (竈回り)
かまどや屋敷の掃除を行う日。
昔、御嶽やシーサー像のある部落では、この日に火災防止の祈願を行った。村の有志が(王朝時代は役人が)各家をまわって火の用心を呼びかけたのだとか。きっと、火の神様を祭る“ヒヌカン(火の神)”にお供えをして祈願をしたんだろう。でも10月は神無月。もしかして、沖縄の火の神も、出雲に出張してしまうのだろうか。そんなわけない、文化圏が違うだろうと思っていたのだが、ネットで、そんなふうなことを書いているサイトを見つけた。守ってくれる神様が不在だから、人間同士で声かけあって、火の用心をしたのだと。
さて、よくわかりません。


考えてみると、竈の神様を祀る翌日に原発対話の会というのも、何だか意味深な巡り合わせだこと。
火の用心か…、皮肉だなあ。

そして夜は奉納舞。
荻窪天沼八幡神社入口
でも、神様いないんじゃないの?

今年も会えました。
 ⇒告知記事
熊手を売る出店


【追伸】この日の夜のことを、翌日呟きました。

尚家の家紋は“左三つ巴”、能舞台の暖簾にも“左三つ巴”
チームはいさい地謡部

チームはいさい地謡部の皆様。来年もよろしくお願いします。

tag: 沖縄この日何の日  宇夫方路踊る  高山正樹地謡 

月が美しいのは十三夜

今日は泡盛の日でした。かつて酒の精度を泡を盛って確かめたらしく、その「泡を盛る(あーむい)」が語源なんだとか。泡盛も語り始めればキリがないのですが、本日は旧歴の話です。

再開した「沖縄この日何の日」です。
今日は旧暦の9月13日。旧暦8月15日は誰もが知っている十五夜、そして9月13日の夜は密やかに十三夜。「中秋の名月」に対して「後の名月(のちのめいげつ)」と言われます。その十五夜と十三夜、両方とも月見をしないと、片月見(かたつきみ)といって、良ろしくない、縁起が悪いなんて言われているの、ご存知でしたか?
でもまあ、いずれにしても十三夜は沖縄に限った話ではありません。つまり、これだけでは「沖縄この日何の日」にはならない。

それはそうなんですけどね、ウチで販売している沖縄手帖には、旧暦と沖縄にちなんだ記念日などがその日の欄に記されているのですが…

●

そこに九月十三夜とあるのがどうも気になって調べてみたのです。
確かに、灯台記念日も計量記念日も沖縄とは関係ないので、この十三夜もそれらと同じ扱いなのかなあと、ここまでかなと思ったのです。でも、ふと思い出した八重山民謡の“月のかいしゃ”

つきぬかいしゃ とぅかみっか
みやらびかいしゃ とおななつ

月が美しいのは十三夜
娘が美しいのは十七歳

なんだかねえ、こいつが頭にこびりついて離れなくなっちまったので、ちょいと投稿してみたわけであります。

旧暦9月13日、ジューサンヤ
沖縄では商売の神・金銭の神をまつる門中の例祭らしい。
もう少し、調べてみようかな。

というワケで、来年の沖縄手帖、ご予約受付中!
あら宣伝しちゃった。だって商売の神様の日だから、どうかお許しを。

Coccoの「月ぬ美しゃ」です。
きっとすぐ削除されてしまうので、お早めにどうぞ~~
※1年後、まだ削除されていないみたい。


因みに、十五夜の話は…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-2421.html

tag: 沖縄この日何の日  ダイアリー 

カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュには早すぎる


くしくも今日は去年制定された世界のウチナーンチュの日
翁長雄志知事宣言文、行動宣言文(2016年10月30日)

我々は今日、世界のウチナーンチュのみなさんに伝えたい。

  我々ウチナーンチュは、持っている。
  我々ウチナーンチュは、未来を創造する力を持っている。
  我々ウチナーンチュは、未来への希望を持っている。
  我々ウチナーンチュは、世界へ飛び立つ勇気を持っている。
  我々ウチナーンチュは、互いを許し合う寛容の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、互いを助け合う相互扶助の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、豊かな伝統文化を持っている。
  我々ウチナーンチュは、困難に打ち勝つ不屈の精神を持っている。
  我々ウチナーンチュは、先祖への感謝の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、家族を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、出会った人を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、郷土を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、平和を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、ウチナーンチュであることに誇りを持っている。
  ウチナーンチュは一つになる。

5年の時を経て、今日、また、世界中からウチナーンチュが集い、心が一つになった。
ウチナーンチュがウチナーンチュであることを祝おうではないか。ふたたび世界中からウチナーンチュが集まった今日10月30日を祝い、「世界のウチナーンチュの日」としようではないか。今日10月30日を「世界のウチナーンチュの日」とし、この誇りを我々ウチナーンチュの魂に刻み込もうではないか。
ここに、誇りを持って宣言します。今日は、「世界のウチナーンチュの日」です。今日は、めでたい「世界のウチナーンチュの日」です。
おめでとう、世界のウチナーンチュ。いっぺーにふぇーでーびる。サンキュー ベリー マッチ。ムチャス グラシアス。ムイト オブリガード。ちばらなやーさい。頑張ろう。

tag: 上原成信  沖縄この日何の日 

菊酒(チクザキ)を飲む?

旧暦9月9日は菊酒
菊酒(チクザキ)の日だから菊酒を飲むのだ。

9月9日は重陽の日。五節句の最後、菊の節句である。元々中国の陰陽思想に由来して、大和では平安時代初期に宮中行事として定着した。庶民の間では「お九日(くんち)」として親しまれ、「長崎くんち」などはその名残。

五節句とは…
1月7日「人日(じんじつ)の節句」(七草の節句)
3月3日「上巳(じょうし)の節句」(桃の節句)
5月5日「端午(たんご)の節句」(菖蒲の節句)
7月7日「七夕(たなばた)の節句」(笹の節句)
そして9月9日が「重陽(ちょうよう)の節句」で別名は菊の節句。

奇数は陽数、偶数は陰数。9月9日は奇数の数字で一番大きな九が重なるので、「重陽の節句」と呼ばれ、最も重要な節句であった。この日に菊酒を飲む。菊の葉を三枚浮かべてまずは仏壇や火の神に供え、家の繁栄と安全の御願を祈る。
と、ここまで説明すれば、特に沖縄とは関係がない、全国共通ではないか、わざわざ「沖縄この日何の日」に加えるまでもないのではないか、とも思えてくる。しかし大和では陽の気が強すぎてかえって不吉なことが起こりやすいという考え方もあったりして、他の節句のように今ではあまり聞かなくなったが、沖縄ではいまだ大和よりも残っているようである。何しろウチのサイトで扱っている沖縄手帖には、「桃の節句」も「端午の節句」もないのだが、この日だけは「菊酒」としてしっかり掲載されているのである。

菊酒の日

とはいうものの、実際に沖縄で菊酒の行事など見たことも聞いたこともない。ご存知の方がいらっしゃったら、是非ご教授頂きたい。

因みに、来年の沖縄手帖であるが、今までの沖縄コンベンションビューローが作るのをやめて、いしだ文栄堂さんが引き継いだ。その関係で、今年は発売が遅れて、11月半ばになるらしい。というわけで、どうかしばらくお待ちいただきたい。

そうそう、実はネット販売に関して、大きな展開がありそうで、今日もそんな相談をしていたのである…

読書グッズ

22時55分…
Twitterで「会社として、3.11以来の大きな転機になるかもしれない…」と呟いた。

tag: 沖縄コンベンションビューロー  沖縄この日何の日  いしだ文栄堂  ダイアリー  よむパラ 

カジマヤーとキジムナー


今日は……
旧暦9月7日、カジマヤー

数え年97歳のトゥシビーに長寿の祝いをする。「風車」とか「風車祭」とか表記する。

トゥシビーについてはこちらを…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1428.html

カジマヤーとは「風に舞うもの」の意。かざぐるまをそんなふうに呼ぶ。美しいと思う。転じて十字形のものもカジマヤーといい、四辻(十字路)などもカジマヤーである。
老いれば童心に帰るからカジマヤーなのだというふうに言われているが、古来は模擬葬式であったらしい。昔は人が死ぬと、墓まで七つの四辻を渡っていった。それを模して、例えば名護では97歳の老人に死装束を着せて盛大にパレードをする。七か所の十字路では人々が待ち受けていて、ご当人から風車を貰ってその長寿にあやかる。
「もうあの世に行かれる歳になりました。どうぞお引き取り下さい」
そんな内容の祈願でもあったのだと聞けば、なんだか悲しくもある。

映画監督のOさんがOさんと一緒にやって来た。ややこしい。ひとつは、11月31日の中央公民館の会議が終わった後に発表する。もうひとつ、というかふたつというか、来年一月の沖縄映画祭の上映作品のこと。Oさん(監督の方)から、連絡を待って発表する。

今日は他にもやらなければいけないことが山積み、でもそれらはそっちのけで、やっぱりあれこれ大嫌いな政治がらみのことを考えていたのだ。しかし、もうそれどころではない。あしたは保育園での本番。ちゃんとした仕事である。
ふと、思いついた。宇夫方女史をカジマヤーならぬキジムナーに仕立てよう。童心に返ってもらう。よし、これで行こう!そう決めたら腹が減っていることに気がついた。マーチャンそばに飯を食いに行くことにした。

肉野菜炒め

Yさんが今夜も飲んでいた。そのYさんから、Yちゃんに(またややこしい)殴り掛かられたという話を聞いて、またひとつ呟けない話を聞いてしまったのである。

【追伸】
この日の新聞に、上原成信さんがお亡くなりになったという記事が載った。

上原成信逝去1 上原成信逝去2

思わず声が出た。
成信さんと初めてお会いしたのは、大崎の“沖縄語を話す会”(2009年7月)であった。その時に成信さんからゴーヤーの苗を頂いた。今年は忙しくてゴーヤーまで手が回らなかったが、以来事務所で栽培するゴーヤーは、苗ではなくその前年に収穫したゴーヤーの種から育てているもので、つまり成信さんに貰った2009年の苗の子孫たちなのである。

上原成信さんとは2010年の忘年会が最後になってしまった。2014年に沖縄へ戻られていたことは知らなかった。
2016年の沖縄映画祭比嘉賢多「沖縄/大和」を上映したが、その映画には上原成信さんが登場されていた。普天間に立つ元気な上原成信翁をスクリーンに観て、成信さんはいてもたってもいられずに時々沖縄に行かれているのだろうと思っていたのだが、「沖縄/大和」は2014年の作品、その頃に沖縄に戻られたということか。

しかし、「沖縄/大和」の中の上原成信氏は、ネトウヨに毛が生えたような若者たちと議論してかみ合わず、むしろ論理的には負けていた。でもそれは、成信翁の責任ではないと僕は感じたのだ。なんというか、彼らを説き伏せるだけの力を持つ思想を構築して来なかった「内地」の運動の脆弱さを思ったのである。さて、そのシーンを撮って映画に使った比嘉賢多はどう思ったのか、今度会ったら聞いてみたいと思う。

自宅の書斎の本棚から、上原成信さんが2009年に出版した「那覇軍港に沈んだふるさと」を引っ張り出してきた。
那覇軍港に沈んだふるさと

装丁は三線で使われる蛇皮の柄、そして上原成信さんの言葉が書かれている。
「沖縄の基地をめぐる状況は、64年余、基本的には何ひとつ変わっていない。しかし、若いウチナーンチュたちが中心となり、闘っていくことでいつか基地のない沖縄がくることを信じている」
それからもう8年、相変わらず何も変わらない沖縄。むしろ状況は酷くなっている。

享年90歳。普通なら大往生なのかもしれない。しかし死因が膵臓がんだと聞けば、まだまだ戦っていらっしゃたのに違いないと思えてくる。カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュにとっては早すぎると、僕はそう思う。

最近、このブログに登場する方のタグリストなるものを作った。
 ⇒このブログに登場する沖縄の人たちのタグリスト
亡くなられた方には、△印をつける。その数がずいぶんと増えてしまった。上原成信さんにも今から△をつける。僕はこちらに住んでいらした成信さんしか知らないので、「内地」在住のウチナンチュのママにしておこうと思う。

間もなくこの僕も還暦である。まだまだ小僧である。世相を越えてゆったりした存在になれる日が、はたしてこの僕に来ることはあるのだろうか。

上原成信さんの御冥福を心からお祈りしている。

tag: 比嘉賢多  沖縄この日何の日  うちなーぐち  喜多見_居酒屋.マーチャンそば  上原成信 

深夜のミートステーション

10月25日は空手の日
手出しをしない日。
だからというワケでもないが、ひとつも呟かなかった日。

夜、呼び出されてミートステーション。
そこで知った厄介な情報。これもまた呟けないが、俺は来年の4月28日という日程の変更はしないし、調整などさらさらする気はない!根性あるなら、変革したいなら、ケツをまくってみろ!と、誰もいないのに煽るボクなのであった。

あ~、午前0時を回ってしまった…

10月26日はカジマヤー
それは寝て、そして起きたら。
深夜0時のミートステーション

tag: 狛江_居酒屋.ミートステーション  沖縄この日何の日