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トゥンジーに鍋を食う

今日は トゥンジー(冬至)、トゥンジージューシーを作って、火の神(ヒヌカン)や仏壇にお供えをし、家族の健康と繁栄を願ってみんなで食べる。

ここ喜多見の秘密基地では、一組の夫婦を除いて、家族ではないみんなでジューシーならぬ鍋を食べてる。特に何も願うこともなく。
不思議なメンバー
※撮影は村上さん。

でも、氏ちゃんの奥様カヨティの誕生日。
みんなで祝ったのであった。
カヨティとケーキ

次の日に呟いた。

tag: 識名盛繁  西川郷子  沖縄この日何の日   

カママーイの日に奉納舞、巨大竈を考える会の前日です

旧暦10月1日、カママーイ (竈回り)
かまどや屋敷の掃除を行う日。
昔、御嶽やシーサー像のある部落では、この日に火災防止の祈願を行った。村の有志が(王朝時代は役人が)各家をまわって火の用心を呼びかけたのだとか。きっと、火の神様を祭る“ヒヌカン(火の神)”にお供えをして祈願をしたんだろう。でも10月は神無月。もしかして、沖縄の火の神も、出雲に出張してしまうのだろうか。そんなわけない、文化圏が違うだろうと思っていたのだが、ネットで、そんなふうなことを書いているサイトを見つけた。守ってくれる神様が不在だから、人間同士で声かけあって、火の用心をしたのだと。
さて、よくわかりません。


考えてみると、竈の神様を祀る翌日に原発対話の会というのも、何だか意味深な巡り合わせだこと。
火の用心か…、皮肉だなあ。

そして夜は奉納舞。
荻窪天沼八幡神社入口
でも、神様いないんじゃないの?

今年も会えました。
 ⇒告知記事
熊手を売る出店


【追伸】この日の夜のことを、翌日呟きました。

尚家の家紋は“左三つ巴”、能舞台の暖簾にも“左三つ巴”
チームはいさい地謡部

チームはいさい地謡部の皆様。来年もよろしくお願いします。

tag: 沖縄この日何の日 

月が美しいのは十三夜

今日は泡盛の日でした。かつて酒の精度を泡を盛って確かめたらしく、その「泡を盛る(あーむい)」が語源なんだとか。泡盛も語り始めればキリがないのですが、本日は旧歴の話です。

再開した「沖縄この日何の日」です。
今日は旧暦の9月13日。旧暦8月15日は誰もが知っている十五夜、そして9月13日の夜は密やかに十三夜。「中秋の名月」に対して「後の名月(のちのめいげつ)」と言われます。その十五夜と十三夜、両方とも月見をしないと、片月見(かたつきみ)といって、良ろしくない、縁起が悪いなんて言われているの、ご存知でしたか?
でもまあ、いずれにしても十三夜は沖縄に限った話ではありません。つまり、これだけでは「沖縄この日何の日」にはならない。

それはそうなんですけどね、ウチで販売している沖縄手帖には、旧暦と沖縄にちなんだ記念日などがその日の欄に記されているのですが…

●

そこに九月十三夜とあるのがどうも気になって調べてみたのです。
確かに、灯台記念日も計量記念日も沖縄とは関係ないので、この十三夜もそれらと同じ扱いなのかなあと、ここまでかなと思ったのです。でも、ふと思い出した八重山民謡の“月のかいしゃ”

つきぬかいしゃ とぅかみっか
みやらびかいしゃ とおななつ

月が美しいのは十三夜
娘が美しいのは十七歳

なんだかねえ、こいつが頭にこびりついて離れなくなっちまったので、ちょいと投稿してみたわけであります。

旧暦9月13日、ジューサンヤ
沖縄では商売の神・金銭の神をまつる門中の例祭らしい。
もう少し、調べてみようかな。

というワケで、来年の沖縄手帖、ご予約受付中!
あら宣伝しちゃった。だって商売の神様の日だから、どうかお許しを。

Coccoの「月ぬ美しゃ」です。
きっとすぐ削除されてしまうので、お早めにどうぞ~~
※1年後、まだ削除されていないみたい。


因みに、十五夜の話は…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-2421.html

tag: 沖縄この日何の日  ダイアリー 

カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュには早すぎる


くしくも今日は去年制定された世界のウチナーンチュの日
翁長雄志知事宣言文、行動宣言文(2016年10月30日)

我々は今日、世界のウチナーンチュのみなさんに伝えたい。

  我々ウチナーンチュは、持っている。
  我々ウチナーンチュは、未来を創造する力を持っている。
  我々ウチナーンチュは、未来への希望を持っている。
  我々ウチナーンチュは、世界へ飛び立つ勇気を持っている。
  我々ウチナーンチュは、互いを許し合う寛容の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、互いを助け合う相互扶助の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、豊かな伝統文化を持っている。
  我々ウチナーンチュは、困難に打ち勝つ不屈の精神を持っている。
  我々ウチナーンチュは、先祖への感謝の心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、家族を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、出会った人を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、郷土を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、平和を愛する心を持っている。
  我々ウチナーンチュは、ウチナーンチュであることに誇りを持っている。
  ウチナーンチュは一つになる。

5年の時を経て、今日、また、世界中からウチナーンチュが集い、心が一つになった。
ウチナーンチュがウチナーンチュであることを祝おうではないか。ふたたび世界中からウチナーンチュが集まった今日10月30日を祝い、「世界のウチナーンチュの日」としようではないか。今日10月30日を「世界のウチナーンチュの日」とし、この誇りを我々ウチナーンチュの魂に刻み込もうではないか。
ここに、誇りを持って宣言します。今日は、「世界のウチナーンチュの日」です。今日は、めでたい「世界のウチナーンチュの日」です。
おめでとう、世界のウチナーンチュ。いっぺーにふぇーでーびる。サンキュー ベリー マッチ。ムチャス グラシアス。ムイト オブリガード。ちばらなやーさい。頑張ろう。

tag: 上原成信  沖縄この日何の日 

菊酒(チクザキ)を飲む?

旧暦9月9日は菊酒
菊酒(チクザキ)の日だから菊酒を飲むのだ。

9月9日は重陽の日。五節句の最後、菊の節句である。元々中国の陰陽思想に由来して、大和では平安時代初期に宮中行事として定着した。庶民の間では「お九日(くんち)」として親しまれ、「長崎くんち」などはその名残。

五節句とは…
1月7日「人日(じんじつ)の節句」(七草の節句)
3月3日「上巳(じょうし)の節句」(桃の節句)
5月5日「端午(たんご)の節句」(菖蒲の節句)
7月7日「七夕(たなばた)の節句」(笹の節句)
そして9月9日が「重陽(ちょうよう)の節句」で別名は菊の節句。

奇数は陽数、偶数は陰数。9月9日は奇数の数字で一番大きな九が重なるので、「重陽の節句」と呼ばれ、最も重要な節句であった。この日に菊酒を飲む。菊の葉を三枚浮かべてまずは仏壇や火の神に供え、家の繁栄と安全の御願を祈る。
と、ここまで説明すれば、特に沖縄とは関係がない、全国共通ではないか、わざわざ「沖縄この日何の日」に加えるまでもないのではないか、とも思えてくる。しかし大和では陽の気が強すぎてかえって不吉なことが起こりやすいという考え方もあったりして、他の節句のように今ではあまり聞かなくなったが、沖縄ではいまだ大和よりも残っているようである。何しろウチのサイトで扱っている沖縄手帖には、「桃の節句」も「端午の節句」もないのだが、この日だけは「菊酒」としてしっかり掲載されているのである。

菊酒の日

とはいうものの、実際に沖縄で菊酒の行事など見たことも聞いたこともない。ご存知の方がいらっしゃったら、是非ご教授頂きたい。

因みに、来年の沖縄手帖であるが、今までの沖縄コンベンションビューローが作るのをやめて、いしだ文栄堂さんが引き継いだ。その関係で、今年は発売が遅れて、11月半ばになるらしい。というわけで、どうかしばらくお待ちいただきたい。

そうそう、実はネット販売に関して、大きな展開がありそうで、今日もそんな相談をしていたのである…

読書グッズ

22時55分…
Twitterで「会社として、3.11以来の大きな転機になるかもしれない…」と呟いた。

tag: 沖縄コンベンションビューロー  沖縄この日何の日  いしだ文栄堂  ダイアリー  よむパラ 

カジマヤーとキジムナー


今日は……
旧暦9月7日、カジマヤー

数え年97歳のトゥシビーに長寿の祝いをする。「風車」とか「風車祭」とか表記する。

トゥシビーについてはこちらを…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1428.html

カジマヤーとは「風に舞うもの」の意。かざぐるまをそんなふうに呼ぶ。美しいと思う。転じて十字形のものもカジマヤーといい、四辻(十字路)などもカジマヤーである。
老いれば童心に帰るからカジマヤーなのだというふうに言われているが、古来は模擬葬式であったらしい。昔は人が死ぬと、墓まで七つの四辻を渡っていった。それを模して、例えば名護では97歳の老人に死装束を着せて盛大にパレードをする。七か所の十字路では人々が待ち受けていて、ご当人から風車を貰ってその長寿にあやかる。
「もうあの世に行かれる歳になりました。どうぞお引き取り下さい」
そんな内容の祈願でもあったのだと聞けば、なんだか悲しくもある。

映画監督のOさんがOさんと一緒にやって来た。ややこしい。ひとつは、11月31日の中央公民館の会議が終わった後に発表する。もうひとつ、というかふたつというか、来年一月の沖縄映画祭の上映作品のこと。Oさん(監督の方)から、連絡を待って発表する。

今日は他にもやらなければいけないことが山積み、でもそれらはそっちのけで、やっぱりあれこれ大嫌いな政治がらみのことを考えていたのだ。しかし、もうそれどころではない。あしたは保育園での本番。ちゃんとした仕事である。
ふと、思いついた。宇夫方女史をカジマヤーならぬキジムナーに仕立てよう。童心に返ってもらう。よし、これで行こう!そう決めたら腹が減っていることに気がついた。マーチャンそばに飯を食いに行くことにした。

肉野菜炒め

Yさんが今夜も飲んでいた。そのYさんから、Yちゃんに(またややこしい)殴り掛かられたという話を聞いて、またひとつ呟けない話を聞いてしまったのである。

【追伸】
この日の新聞に、上原成信さんがお亡くなりになったという記事が載った。

上原成信逝去1 上原成信逝去2

思わず声が出た。
成信さんと初めてお会いしたのは、大崎の“沖縄語を話す会”(2009年7月)であった。その時に成信さんからゴーヤーの苗を頂いた。今年は忙しくてゴーヤーまで手が回らなかったが、以来事務所で栽培するゴーヤーは、苗ではなくその前年に収穫したゴーヤーの種から育てているもので、つまり成信さんに貰った2009年の苗の子孫たちなのである。

上原成信さんとは2010年の忘年会が最後になってしまった。2014年に沖縄へ戻られていたことは知らなかった。
2016年の沖縄映画祭比嘉賢多「沖縄/大和」を上映したが、その映画には上原成信さんが登場されていた。普天間に立つ元気な上原成信翁をスクリーンに観て、成信さんはいてもたってもいられずに時々沖縄に行かれているのだろうと思っていたのだが、「沖縄/大和」は2014年の作品、その頃に沖縄に戻られたということか。

しかし、「沖縄/大和」の中の上原成信氏は、ネトウヨに毛が生えたような若者たちと議論してかみ合わず、むしろ論理的には負けていた。でもそれは、成信翁の責任ではないと僕は感じたのだ。なんというか、彼らを説き伏せるだけの力を持つ思想を構築して来なかった「内地」の運動の脆弱さを思ったのである。さて、そのシーンを撮って映画に使った比嘉賢多はどう思ったのか、今度会ったら聞いてみたいと思う。

自宅の書斎の本棚から、上原成信さんが2009年に出版した「那覇軍港に沈んだふるさと」を引っ張り出してきた。
那覇軍港に沈んだふるさと

装丁は三線で使われる蛇皮の柄、そして上原成信さんの言葉が書かれている。
「沖縄の基地をめぐる状況は、64年余、基本的には何ひとつ変わっていない。しかし、若いウチナーンチュたちが中心となり、闘っていくことでいつか基地のない沖縄がくることを信じている」
それからもう8年、相変わらず何も変わらない沖縄。むしろ状況は酷くなっている。

享年90歳。普通なら大往生なのかもしれない。しかし死因が膵臓がんだと聞けば、まだまだ戦っていらっしゃたのに違いないと思えてくる。カジマヤーを迎える前に死ぬことは、ウチナーンチュにとっては早すぎると、僕はそう思う。

最近、このブログに登場する方のタグリストなるものを作った。
 ⇒このブログに登場する沖縄の人たちのタグリスト
亡くなられた方には、△印をつける。その数がずいぶんと増えてしまった。上原成信さんにも今から△をつける。僕はこちらに住んでいらした成信さんしか知らないので、「内地」在住のウチナンチュのママにしておこうと思う。

間もなくこの僕も還暦である。まだまだ小僧である。世相を越えてゆったりした存在になれる日が、はたしてこの僕に来ることはあるのだろうか。

上原成信さんの御冥福を心からお祈りしている。

tag: 比嘉賢多  沖縄この日何の日  うちなーぐち  喜多見_居酒屋.マーチャンそば  上原成信 

深夜のミートステーション

10月25日は空手の日
手出しをしない日。
だからというワケでもないが、ひとつも呟かなかった日。

夜、呼び出されてミートステーション。
そこで知った厄介な情報。これもまた呟けないが、俺は来年の4月28日という日程の変更はしないし、調整などさらさらする気はない!根性あるなら、変革したいなら、ケツをまくってみろ!と、誰もいないのに煽るボクなのであった。

あ~、午前0時を回ってしまった…

10月26日はカジマヤー
それは寝て、そして起きたら。
深夜0時のミートステーション

tag: 狛江_居酒屋.ミートステーション  沖縄この日何の日 

沖縄「この日何の日」一覧

※以下順次リストを増やす予定です。
※2017年11月18日更新

※クリックすると、該当記事に飛びます。

《旧暦》
旧1月1日 正月
旧1月2日 ①ハチウクシー ②二巡目とマドゥトゥシビー
旧1月3日 ①三日の祝 ②二巡目の三日の祝
旧1月4日 ヒヌカンウンケー
旧1月7日 七日の祝(ナンカヌスク)
旧1月8日 トゥシビー
※1年で最初のその年の干支の日。2010年は寅年で、この年の旧暦最初の寅の日が1月8日であった。
旧1月12日 アマウェーダー
旧1月15日 旧暦1月15日
旧1月16日 十六日祭(ジュールクニチー)
旧1月20日 ①二十日正月(ハチカソーグァチ) ②二巡目の二十日正月
旧2月15日 二月ウマチー(ニングヮチウマチー)
旧3月3日 浜下り
旧3月5日 清明(シーミー)
旧4月15日or16日 アブシバレー
旧5月5日 グングヮチグニチ
旧5月15日 五月ウマチー
旧6月15日 六月ウチマー
NEW!旧9月7日 カジマヤー
NEW!旧9月9日 菊酒(チクザキ)
NEW!旧9月13日 ジューサンヤ
NEW!旧10月1日 カママーイ (竈回り)
旧12月8日 鬼餅(ムーチー)
旧12月30日 年の夜(トゥシヌユル)

《新暦》
2月3日 ニンジンの日
3月2日 裏ニンジンの日
3月2日(1974年) 不発弾爆発
3月4日 三線の日
3月5日 ①珊瑚の日 ②二巡目の珊瑚の日
3月8日 三板の日
3月8日(1982年) 具志堅用高が14回目の世界王座防衛に失敗
4月3日 シーサーの日
4月4日 沖縄県誕生の日
4月10日 とうがんの日
4月18日 もずくの日
4月25日 さとうきびの日
5月8日 ゴーヤーの日
5月12日 アセローラの日
5月15日 沖縄本土復帰記念日
6月1日 かりゆしウェアの日
6月13日 旧海軍司令部壕慰霊祭
6月17日 沖縄返還協定が調印された日
6月18日 海外移住の日
6月23日 慰霊の日
6月30日 宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のあった日
7月1日 沖縄県産品の日
7月8日 那覇の日
7月10日 指笛の日
7月15日 マンゴーの日
7月30日 7・30(ななさんまる)
8月1日 パインの日
8月5日 裏ゴーヤーの日
9月4日 古酒(クース)の日
NEW!10月17日 沖縄そばの日
10月25日 空手の日
NEW!10月30日 世界のウチナーンチュの日
11月1日 泡盛の日
NEW!12月22日 トゥンジー(冬至)

沖縄研究

tag: 沖縄この日何の日 

今日は沖縄そばの日ではないか?

今日は、沖縄そばの日である。
ふと、“沖縄この日何の日”というカテゴリの記事が、やっぱり3.11の所為で中途半端になっていることを思い出した。いったいどこまでアップして止まってしまったのか、整理してみたくなった。
“沖縄この日何の日”は、2010年の1月から記事を書き始めたようだ…


2010年
1月22日 旧12月8日 鬼餅(ムーチー)
2月3日 ニンジンの日
2月14日 旧1月1日 正月
2月15日 旧1月2日 ハチウクシー
2月16日 旧1月3日 三日の祝
2月17日 旧1月4日 ヒヌカンウンケー
2月20日 旧1月7日 七日の祝(ナンカヌスク)
2月21日 旧1月8日 トゥシビー
2月25日 旧1月12日 アマウェーダー
2月28日 旧1月15日 旧暦1月15日
3月1日 旧1月16日 十六日祭(ジュールクニチー)
3月2日 裏ニンジンの日
3月4日 三線の日
3月5日 旧1月20日 二十日正月(ハチカソーグァチ)
3月5日 珊瑚の日
3月8日 三板の日
3月30日 旧2月15日 二月ウマチー(ニングヮチウマチー)
4月3日 シーサーの日
4月4日 沖縄県誕生の日
4月10日 とうがんの日
4月16日 旧3月3日 浜下り
4月18日 旧3月5日 清明(シーミー)
4月18日 もずくの日
4月25日 さとうきびの日
5月8日 ゴーヤーの日
5月12日 アセローラの日
5月15日 沖縄本土復帰記念日
5月27日 旧4月15日or16日 アブシバレー
6月1日 かりゆしウェアの日
6月13日 旧海軍司令部壕慰霊祭
6月16日 旧5月5日 グングヮチグニチ
6月17日 沖縄返還協定が調印された日
6月18日 海外移住の日
6月23日 慰霊の日
6月26日 旧5月15日 五月ウマチー
6月30日 宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のあった日
7月1日 沖縄県産品の日
7月8日 那覇の日
7月10日 指笛の日
7月15日 マンゴーの日
7月26日 旧6月15日 六月ウチマー
7月30日 7・30(ななさんまる)
8月1日 パインの日
8月5日 裏ゴーヤーの日
※このあたりから、記事のアップが追い付かなくなってきたらしい…
9月4日 古酒(クース)の日
※10月17日は沖縄そばの日なのに、その記事がない!
10月25日 空手の日
11月1日 泡盛の日
※抜けた穴を、二年目で埋めようとした。また二巡目の説明はさらに詳しく、と…
2011年
1月11日 二巡目の鬼餅(ムーチー)※二巡目をどうしようかと…
2月2日 旧12月30日 年の夜(トゥシヌユル)※明日から二巡目を始めるにあたり…
2月3日 旧1月1日 二巡目の正月
2月3日 二巡目のニンジンの日
2月4日 旧1月2日 二巡目のハチウクシー
2月5日 旧1月3日 二巡目の三日の祝+今年のトゥシビー
2月6日 旧1月4日 二巡目のヒヌカンウンケー(火神加那志の下天)
2月8日 旧1月6日(この年の初牛) 二巡目のアマウェーダー
2月9日 旧1月7日 二巡目の七日の祝(ナンカヌスク)
2月18日 旧1月16日 後生の正月・正月十六日
  ※「この日何の日」のなかなかアップできない状況も…
2月22日 旧1月20日 二巡目の二十日正月(ハチカソーグァチ)と尾類馬
3月2日 二巡目の裏ニンジンの日+1974年3月2日に那覇市小禄で起こったこと
3月4日 二巡目のサンシンの日
3月5日 二巡目の珊瑚の日
3月8日 二巡目の三板の日+1982年3月8日、具志堅用高が14回目の防衛に失敗した日
そして大震災が起こる。それでも続けようと努力したのだが…
5月8日 二巡目のゴーヤーの日は無内容。
5月15日 二巡目の沖縄本土復帰記念日は何も書けなかった。


それから6年、ブログはボロボロになった。ブログなどボロボロになってかまわないのだが、今一度、ボチボチと過去の記事も埋め始めた。これからは、過去の記事をアップする場合は、いつ穴埋めしたのかを冒頭に記しておこうと思う。いつか穴埋めが終わった時にも、ボロボロであった痕跡が分かるように。しかし、死ぬまでに埋めることが出来るかどうか。

中途半端な“沖縄この日何の日”も、ゆっくり完成させよう。
というワケで、今日は沖縄そばの日について。
でも、2009年の10月18日に沖縄そばの日についてきっちりアップしているので、そこからコピペして手を抜くことにする。

『沖縄大百科事典』「沖縄そば」の項より抜粋。
「麺は平打ちのうどんに似て小麦粉で作り、ゆでて油をからませる。昔は灰汁(あく)の上澄みを使ってねり平打ちにしていたが、現在はほとんどみられない。」
日本の全国生めん類公正取引規約には、そば粉が3割以上使われていないと「そば」と表示してはならないとある。だから小麦粉100%の沖縄そばの「そば」はこれに抵触しているとして、復帰して4年後、1976年に名称の変更を余儀なくされた。
しかし「そば」は琉球王国の宮廷料理で、「そば」は沖縄の伝統的な呼称なのだ。そこで粘り強い折衝を重ね、1977年10月17日、ようやく「沖縄そば」という名前の使用が許された。許された? おかしな話である。県内のみ許可。なんともお役所仕事である。
翌78年のやはり10月17日、名産・特産扱いという裏技を使って、ようやく全国で「沖縄そば」の名称使用が可能となる。
(といっても本土への移出認可は1987年であった。ちなみに元来宮廷料理の「沖縄そば」は、明治になってからも一部の金持ちの食べ物だった。庶民が食べるようになったのは戦後のことである。)
そして…
1997年、沖縄生麺協同組合が10月17日を「沖縄そばの日」に認定したのである。

あらためて、「この日何の日」の記事一覧を、アーカイブの記事としてアップすることにしよう。その記事リストに、今日の記事を加えておこう。
 ⇒沖縄「この日何の日」一覧

tag: 沖縄この日何の日  沖縄そば  沖縄大百科事典 

旧正月と今尾哲也氏の葬儀

gajumui

【2月7日に呟いたこと】

今尾哲也氏がお亡くなりになった。恩師である。早稲田の前に同志社の英文科を卒業されているとは知らなかった。30数年前、今尾演出で合邦を演じた。ふじたあさや氏との繋がりもそれが最初。ご冥福をお祈りする。
02-07 08:36


null画像は僕が昔書いた五十前の若き今尾さんの似顔絵。え、ということは、もう僕は、あの頃の今尾さんの年齢をはるかに越してしまったということなんだ。

ずいぶんとお宅に伺った。ずいぶんと飲ませてもらった。空調付きの書庫が地下にあった。

今尾さんから貰った膨大な資料のコピーは、今も僕の書斎にある。

資料のコピー

【今日呟いたこと】

20数年、なるべく過去と隔絶して生きたいと思っていた。その間、たくさんの恩師が亡くなったが、一度も葬儀には出なかった。一昨々日、稽古の最中にあさやさんから着信。「今尾さんが亡くなったの知っているか、葬式いつかわかっているか」、行くと決めた。それで長年の不義理が償えるわけもないが。
02-10 10:09

健康ゲーム。ここ1ヶ月で痩せたから、喪服のズボン、あっさり入るかなと思いきや、ありゃりゃんこりゃりゃん。「ハルメリ」ではあんまり痩せないでと言われているが、その1ヶ月後には復員兵の役。ダイエットの停滞期のお尻を「ハルメリ」の楽日に合わせる健康ゲーム。
02-10 10:38


今尾先生。もうすぐ稽古の始まる「ハルメリ2013」というお芝居で、なんと僕は男の俳優で最年長らしいのです。女優さんの方は分からないということにしておきます。時の流れは速いものです。貴方は、演技を学ぶとは、自分には演じる能力がないということを知ることかもしれないとおっしゃった。どうやら僕は、まだ自分が見えていないということなのでしょうか。
今尾先生。あちらで団十郎に会うのは、49日過ぎてからでしょうか。団十郎は、先生のお眼鏡に適った役者になって、あの世に旅立ったのですか?

葬儀で、知り合いに会いたくなかったのです。みんな昨日のお通夜にきたのでしょうか、あまり会わずに済んで助かりました。それでも会った人には、上映会や「ハルメリ」のチラシなどを渡しました。全く往生際が悪い僕なのであります。

今尾先生。今日は旧の正月です。沖縄では、みんなひとつ年を取って
だからみんなひとつ若くなるといいます。
いいなあ、ポジティブで。

2010年の旧正月は2月14日だった。/旧一月朔日(正月)【沖縄の挨拶《2》】 http://t.co/E0Mq9djj
02-10 23:44

2011年の旧正月は2月4日のにんじんの日だった。/2011年【旧正月】+【にんじんの日】 http://t.co/4jlA9W5N
02-10 23:51


今尾先生。僕はもう少し、頑張ってみることにします。

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tag: ハルメリ  沖縄この日何の日  ふじたあさや  健康ゲーム