FC2ブログ

2009年の旅のエピローグ【BOOKS“じのん”店長 天久さん登場】

帰り際、久しぶりに“じのん”さんに寄りました。
null
店長の天久さん、お顔は“M.A.P.after5” 初登場です。
(おきなわおーでぃおぶっくのブログでは既に出演済み。⇒08/9/15の記事

天久さんに、是非とも「カンゼーク」のことについて伺ってみたかったのです。
何故「金細工」と書いて「かんぜーく」と読むのか。

「やはり『かな』が訛って『かん』になったのではないですか」
「それがね、沖縄語辞典には『金』という意味の単語で『かん』という音が使われている言葉がひとつも載ってないのですよ」

天久さんは、さっそく売り場の本棚から「沖縄語辞典」を取り出して調べ始めました。

「ほんとですねえ。いや知らなかったなあ」

そして天久さんは、この先の探索の道を拓いてくださいました。沖縄で古書店一筋の天久さんでなければ、なかなかできないことです。それは・・・
いやいや、残念ながら、この先は、今はまだお話しすることはできません。

この“BOOKSじのん”さんには、沖縄にお住まいの学究的著名人が多数出入りしています。そんなわけで、ここに来るとインターネットでは発表できないような情報に色々と出会えるのです。その他にも掘り出し物が・・・・・
うー、しゃべりたい、でも我慢します。知りたい方は、東京の喜多見あたりで一杯やりながら・・・。

さて時間切れです。これからレンターカーを返して空港へ向かいます。「カンゼーク」と「クガニゼーク」のことも、ここらで一旦小休止となりますが、天久さんのお陰で、またまた沖縄に来る楽しみがひとつ、いや、ふたつほど増えました。

「わかったら僕にも教えてくださいね。とっても気になるから」

もちろん、ご報告に来ますとも。
でも、今度はいつ来れるのかなあ・・・


というわけで、今年の沖縄の旅はこれで打ち止め、長々とお付き合い、ありがとうございました。

tag: 天久斉  「クガニゼーク」のこと  沖縄の旅_2009年12月  じのん 

ハンスト中の知花昌一氏を訪ねた

朝、まだ薄暗い。沖縄の夜明けは遅い。沖縄が夜型社会なのは、朝からのズレが、夜まで影響しているのじゃないだろうかなんて、無責任なことを思ったりもする。会社は9時からというような、全国一律の通念がおかしいのかもしれない。

コンビニで朝飯を買う。
null
おでんにホカロンなんてものも置いてある。
沖縄らしくないって? いえいえ、沖縄に移住した人たちはみんな言う。2年目からの冬は、やっぱり寒い。それは全国一律である。

パラダイス通りでごうさんを拾って、58号を北へ、レンタカーを走らす。
嘉手納を越えれば読谷である。間もなく、58号から左に折れる。そこは返還された土地。あのゾウの檻のあった楚辺通信施設の跡地。

ゾウの檻にまつわる一連の出来事も、知花昌一さんを抜きには語れないが、もしご存じない方は、是非とも調べて頂きたい。

ようやく返還された広大な土地、しかしその利用方法はまだ定まっていない。
米軍の滑走路だったところを、現在はそのまま道として使っている。
null
僕らはこれから知花さんに会いに行くのだが、今日は「ゾウの檻」のあった返還された土地ことではない。

この記事に直接来られた方は昨日の記事をまず是非お読みください。
 ⇒年月だけ積み重なって【「カクテル・パーティー」から42年】
トリイ通信基地(トリイステーション)の正面ゲート。
null
僕は不信心なので、鳥居がどうされようと別段何とも思わないが、この米軍のふざけた洒落には、やはり唖然とする。沖縄における米軍のこの無神経さが、全てを象徴している。鳥居は、沖縄が所属する日本国の一つの文化でありながら、沖縄を利用し放置してきた「大和」の象徴でもある。日の丸を焼き捨てた知花昌一さんの目に、この鳥居はどのように映っているのだろうか。

この鳥居の左側に、小学校の運動会で使われるようなテントがふたつ、そこに知花昌一さんがひとりで椅子に座っていた。
「おはようございます」
「ああ」
近所の顔見知りがちょっと寄ったかのように、知花さんは至極自然に、僕らの座る場所を作ってくれた。
null

null 
ゲバ字だ。久しぶりに見たな・・・
知花さんの周りには、こんな字が書ける支援者がたくさんいる集まっているのかもしれない。でも何度でもいうが、今の知花さん自身からは、そんな空気は全く出て来ない。

「今度のことは、どう考えてもおかしいから、いてもたってもいられなくなって来ました。でも来たからといってどうなるわけでもない、自己満足なんですが」
そう言った僕に、知花さんは「俺だって自己満足さ」と呟いた。
はじめは、ちょっとだけ座り込みをして終るつもりだった。それがなりゆきでハンストになった。毎晩家に帰って眠れるのだと思っていた、食べなきゃいいのだろうと。
ところがそれじゃあハンストにはならないと周りから言われて、だんだんと大事になってしまった。支援者は、毎晩風呂に入ってから酒を持って集まってくる。知花さんは食べていないから、早いところ眠りたいのに、取り巻きは勝手なことを言い合って、いい加減酔っ払って深夜に帰っていく。そんなことを、知花さんは微笑みを持って話してくれた。

null

クリスマスなので、鳥居の脇にはこんな看板が立てられていた。
サンタクロースのオブジェ
この基地の中に、自分の犯した罪を償おうともせずにノウノウとしている男がいるというのに。こんなオブジェは引き倒して壊さなければならない、それをやるのは知花昌一しかいない。取り巻きがそんな勝手なことを言う。なんで俺がやらんといかんのか。
もちろんこれも本当のエピソードではあるが、やっぱり笑い話である。

きっと知花昌一さんは、こうして伝説の男に仕立て上げられていったのに違いない。

知花さんは、差し入れのサーターアンダギーと水でもてなしてくださった。
null
「俺が食べられないのを知っていて、食い物を差し入れに持ってくるわけさ・・・」

記念撮影しようよ。
null
後から来た方が、撮影してくださった。
アップにしてみたら、みんな、妙な顔をしていると思った。
null
まじめな顔して写ろうと、打合せをしたわけではないのに。
決して笑えない話をしていたわけでもないのに。

ごうさんは読谷住まいなので、ごうさんを残して、僕らは空港へ向かいます。短くて長い旅も、間もなく終わりです。

tag: 沖縄の旅_2009年12月  知花昌一  ごうさん  トリイステーション 

年月だけ積み重なって【「カクテル・パーティー」から42年】

“じんじん”を出て、ごうさんにちょいと教えてもらいたいことがあって“土”に行った。
ごうさんは不在、帰ろうとすると、大西君は僕らを引き止めてごうさんに電話をしてくれた。ごうさんは今すぐ行くから待っていろという。

「米兵のひき逃げさあ、やっぱりどう考えておかしいからさ、どうにも納得いかないからさ、明日わりと早い便で東京へ帰るんだけどね、その前に知花昌一さんがハンストしているところへ、どうしても行きたくてさ、どこでやってるのか教えてもらいたいと思って。」

去る11月7日早朝に起きた米軍トリイ基地所属の米兵によるひき逃げ死亡事件。犯人は証拠隠滅のため被害者の外間さんの血痕や髪の毛が付いた加害車両を修理工場に持ち込んだ。それで犯人が特定されたのだが、日米地位協定により犯人は逮捕を免れ、任意の取り調べも拒否。検察は犯人の引渡し要求をするという見解を示したが、いまだ動かず。このままでは、被害者への保障もママならない。

大城立裕著「カクテル・パーティー」からもう40年以上経っている。しかし、何にも変わっちゃいない。

null
「じゃあ一緒に行こう」
「いいよ、場所さえ教えてくれれば」
「トリイステーションの門の前。いっしょにいこ。朝、電話で起こしてくれる」・・・

“ななしん屋”へ
明日早いのだが、下山久さんが来ていることを知っていたから。
今日は、なかじんさんもいる。
酔ってる“なかじん”は三線を弾いているのか寝ているのか null
なかじんさん、まだ失恋の痛手から立ち直っていないらしいとは、午前中に下山さんから聞いた話。でもそれには触れてはいけない。長くなるから。明日、早いんだからね。沖縄は、朝の飲酒運検問がとっても多い。4、5時間の睡眠じゃあ引っかかる。他に捕まえるべき者がいるはずなのに、などと思うのだが。

「え?、まだ捕まってなかったの?」
沖縄でも、事件の現況を知らない人たちが多い。それは日常茶飯事の出来事なので、動きがなければニュースにはならないから。だからこそ、昌一さんはハンストを始めたのだ。ここを見てくれと言うために。

それにしても、このパラダイス通りの小さな店で、こうして下山さんと飲んでいる不思議・・・
長い一日、明日のために、そろそろ幕を下ろそう。

tag: 沖縄の旅_2009年12月  沖縄の呑食処.ななしん屋  沖縄の呑食処.Bar土 

国際通りの老舗“じんじん”【チャンプルーとタシヤーとイリチー】

じんじんで夕食。といっても肴つまんで飲むんですけどね。
じんじんには、いつも何かの集まりで来ることが多くて、なかなかしっとりと飲む機会がなかった。それで、今回の旅では、じんじんへただ飲みに行こうと最初から決めていたのです。

null
今日は、はじめてカウンターに座りました。マスターの真ん前。
じんじんは創業40年近い。いわば国際通りにある居酒屋としては最古参です。だから、マスターはもうずーっと那覇に生息する、沼の大ナマズみたいな存在だと思っていたのです。あんな顔しているしねえ。
ところが、実はマスター、数年前まで、なんと神奈川でふぐ料理屋をやられていたのだそうです。そこで、海釣りと日本酒に明け暮れていた。

マスターの親戚がじんじんをやっていたのだが、それが続けられなくなった。マスターに白羽の矢がたった。そしてマスターは、生まれ故郷の沖縄へ戻ってきたという物語。

神奈川にいる時に身体を壊して酒を辞めた。沖縄に帰ってきて、たまには飲むが、もう日本酒は飲む気にならない。やっぱり沖縄にいると泡盛が飲みたくなる。釣りは沖縄でも続けている。じんじんの売りの一つは、その日の朝マスターが釣ってきた新鮮な魚が食べられることです。

さて、本日はゆっくりと料理のご紹介をしましょう。
お通しはいつもの通り、絶品のゆし豆腐。

マスターの今日の釣果、グルクンのお刺身と、それからチキナチャンプルー
null
グルクンは沖縄県の県魚。フエダイ科タカサゴ属。チキナとはシマナー(島菜)を塩漬けにしたもの。シマナーとは、からし菜の仲間で、高菜みたいなもんですかね。

グルクン君のアップ。
null
うーん、見つめないで・・・

ソーミンタシヤー
null
ソーミンチャンプルーじゃないのかって。まあそれでもいいんですけどもね。でも本来チャンプルーとは島豆腐と野菜を炒めたもののことをいうんですねえ。
沖縄大百科事典の「チャンプルー」の項にはこう書いてあります。
「豆腐と野菜などの油炒め、沖縄で最も親しまれている家庭料理。(中略)豆腐を手で大きくちぎり、表面にこげ色がつくまで炒めてから野菜を入れ、塩で味をととのえる。使う野菜の名を上につけて〈…チャンプルー〉と名づける。(後略)」
だからチキナチャンプルーなわけね。
豆腐と野菜以外の炒め物をタシヤーという。
tasi=juN :(食べ物を油で)いためる(『沖縄語辞典』)
?iricii :油いため。油でいためた料理(『沖縄語辞典』)
ということは、「〜タシヤー」は「〜の炒め物」で、「〜イリチー」は「〜炒め」っていう感じかなあ。
だけどソーミンイリチーとはあんまり言わないですねえ。なんでかなあ……
※本記事の後ろに正解・異論を追記しました。

料理の薀蓄はここまで。
あとの料理は名前だけでご勘弁。

ドゥルワカシー、絶品です。大好き。
null

アイゴ。やはりマスターの釣果。スクガラスのスクの親です。
null
にが菜と島豆腐付き。このにが菜が曲者です。

おなかいっぱい。結構ボリュームがあるのです。
マスター、ご馳走様でした。また来ます。よいお年を・・・

続きを読む

tag: 沖縄大百科事典  ソーミンタシヤー  チキナチャンプルー  ぐるくん  にが菜  島豆腐  沖縄の旅_2009年12月  沖縄の呑食処.じんじん  どぅるわかしー  アイゴ 

銀細工の伝統

国際通りもクリスマス。
null

アルバトロス・シルバー館。ふと、気になって中に入った。
null
六代目又吉誠睦は、戦後宝飾店で働き、米兵向けのアクセサリーを作っていた。
http://lince.jp/hito/okinawamap/arumisede…
http://lince.jp/hito/koubousaihou…
もしかすると、この店で聞けば、その頃の「クガニゼーク」ならぬ「カンゼーク」のことが分かるかもしれない……

店の男の子は、興味を持って僕の話しをじっくりと聞いてくれた。
最近、ちょくちょくお客さんから又吉健次郎さんのことを聞かれるのだという。
「でも、勉強不足で。」
彼は、男性用の銀のカミサシをずっと探していたらしい。
「それなら一本だけ、売っている店、知ってるよ。もうこれから出ないかもしれない。絶対お買い得だよ」
仲嶺舞踊小道具店のことである。
「もうあきらめて、髪切っちゃいました」
「ウチナーカンプーにしたくて髪を伸ばしてたんだ」
「そうなんです」

たくさんの銀製品が展示されている。すごい品揃え。
「これ、叩いて作ってるの」
「いえ、鋳型です。叩いて作っていたら、値段も高くなるし、お客さんのニーズに答えられませんから。」

彼は、30年仕事をしている職人さんにわざわざ電話をかけて、「カンゼーク」について聞いてくれた。
「簪(かんざし)を作るからカンゼークというのだと思うよとのことでした」
又吉健次郎さんが「カンゼーク」であることに、何の疑問もないようであった。やはり、切れた伝統の中で、ウチナーグチも右往左往しているのだ、と、僕はそう思った。

「ありがとうね」
「いえ、今日は勉強になりました。」

続きを読む

tag: 国際通り  首里  「クガニゼーク」のこと  沖縄の旅_2009年12月  ジーファー  うちなーぐち  房指輪 

下山久さんと田村邦子さん

キジムナーフェスタ のプロデューサー、ACOの代表取締役である下山久氏を訪ねた。

null

看板には・・・
 てぃしらじ劇場
 沖縄県芸術文化振興協会
 ウチナー口演劇塾 綾船
 ACO株式会社エーシーオー沖縄

・・・と、ある。

下山さんとは、13年ぶりの再開である。
null
1996年9月カンダパンセホール。ふじたあさや脚本・演出
“出発は遂に訪れず”
〜島尾敏雄、島尾ミホ作品による〜
奄美に駐留していた震洋特攻隊の話である。島尾敏雄隊長と、島の名家の娘ミホの恋の話である。
この時の制作が下山さんだった。また、この時の照明は龍前照明の坂本義美氏、キジムナーフェスタの照明総責任者でもある。
この芝居の時のこぼれ話を、僕はかつて記事にした。
 ⇒文藝家協会訪問記(島尾ミホと宮城まり子)
今、楽天市場で、我々はこんな商品を売っている。
 ⇒島尾敏雄が撮ったアマミ

下山さんは、開口一番・・・
「太ったねえ。スラッとしてる印象があったけど」
null
返す言葉はない。

今日は“山猫合奏団”のために来たのである。ハードルはやはり不景気。30万出してくれるスポンサーさえ見つかれば、それさえ乗り越えられれば、山猫合奏団と沖縄が、はっきりと繋がる。夢が叶う。

下山さんは、たくさんの糸口を教えてくれた。ここから先は、我々の問題である。


タイフーンFMを訪れた。6月12日以来だが、今日は沖縄タイムスの真久田巧さんの紹介で田村邦子さんに会いに来たのだ。彼女は“田村邦子のマジカルミステリーツアー”という番組を担当していらっしゃる。その番組に又吉健次郎さんが出演した1830回を、先日の記事で紹介した。
11月22日「“金細工またよし”再訪」

「まくちゃんがね、おもしろいことをやっている人たちだから是非会ってくれって。まくちゃんがそんなふうに言うことはないから」
まくちゃんとは、真久田さんのことである。この言葉をまともに信じるほど間抜けではないけれど、有り難い話である。
null
次にお邪魔する時は、タイフーンFMの社長とお話できることになりそうである。感謝感謝である。

ちなみに下山さんは“マジカルミステリーツアー”に3回出演している。
 ⇒2008年2月20日(1384回)
 ⇒2008年7月8日(1484回)
 ⇒2009年7月24日(1748回)

tag: 山猫合奏団    沖縄の旅_2009年12月  田村邦子  下山久  坂本義美 

キリギリスを見習う蟻になりたい(moso'sふうの記事)

moso'sのブログ風に。

沖縄には昨日来たばっかりなのに、たくさんのことがあって、たくさんの人に会って、もうずいぶん長いこと沖縄にいるような気がしています。宇夫方です。

先月の旅では、どうしても時間が合わなくて来ることが出来なかったmoso'sの工房に、やっと今日お邪魔することができました。7月22日以来です。あの時はまだきのこちゃんがいたんだよね。時間の経つのは早いものです。
みんなにちょっとずつ余裕ができれば、きっとおもしろいことができるのに、今は、そのほんのちょっとの余裕を作るために余裕がなくなっている、なんだかそんな感じがするのです。ということは、もしかすると、気持ちの問題なのかもしれないなあ、なんてね。これ、皆さんのことじゃなくて私たちのこと、自戒してるんです。

工房の庭にあったバナナの木。
null
たわわに実っているけれど、まだ若くって食べられない。でも、そのうちにちゃんと黄色くなるはず。
ステキなアイデアが生まれるのを、ゆっくりと待っていますね。
(高山正樹が宇夫方路のフリして書きました。)
[subcate.moso's]

おまけ。島バナナのはなし。
カミサンの母親が言ってました。昔は本物の島バナナがそこらにたくさんあった。それが実ると、頭に乗っけて売りに行ったんだそうです。おいしいからすぐ売れた。そのうち、家の敷地にある島バナナを、根っこごと買い取る人たちが現れた。そのせいなのかどうかはわかりませんが、今はなかなか本物の島バナナを見ることはできません。
moso'sのこのバナナも残念ながら本シマーじゃない。でも、おいしいんだけどね。
作ったハシから売れちゃうような、そんな作品、待ってます。
(高山正樹)
[subcate.バナナ]

楽天市場“沖縄map”「moso'sのページ」へ

tag: 沖縄の旅_2009年12月  島バナナ 

上里忠邦(kuny)さんは宇宙人

朗読会を終えて、ななしん屋へ。
null
今日のママはしっとりと和服。
null
いいものらしい。お母様から貰った着物だとか。絣っぽいけど。宮古上布なのかな。全く分からない。布を見る目か。沖縄の工芸品を考えるようになるまで、そんなこと考えたこともなかった。
まあいいさ、のんびりいくさ。
 
クーニーさんこと上里忠邦さんと会うのが目的。
クーニーさんは、三線の組み立て名人。といっても、それがどういうことなのか、よく分かっていないボク。ほんとに楽天で三線を扱うのなら、もっと勉強しなくちゃいけない。
この先の道はきっと長い。さて、いつまで会社やオイラは頑張れるのだろう。
それにしても、クーニーさんは、沖縄人的宇宙人である。
null
クニさんのまともに写真を撮るなんて不可能だ。
null
クーニーさんとなら、何でも出来るか、何にも出来ないかのどっちかだね(笑)
あれ、真喜ちゃんいつからいたのって、オイラの頭はクーニーさんのおかげでおかしくなってきたらしい。
null
クーニーさんとは、きっとあと7回くらい会わないといけない気がする。
つまり、沖縄へ来たら必ず会わなきゃいけない人が、またひとり増えたみたい。

続きを読む

tag: 沖縄の呑食処.ななしん屋    沖縄の旅_2009年12月  上里忠邦  井上真喜 

蘇えったジーファーのこと

この日(Bar土での「幻影」出版記念朗読会の日)
又吉健次郎さんに預けていたジーファーが、すっかり整えられて戻ってきました。

「いいものだから、大事にしなさいよ」

null

銀を撮影するのって、難しいんだよなあ……

ジーファーのアップ
健次郎さん、本当にありがとうございました。

ちなみに「まだ見ぬ金細工師」のことの顛末を話したら、「そうだろう、他にはいないよ」と、健次郎さんはいつものように優しく微笑まれました。

tag: 又吉健次郎  「クガニゼーク」のこと  ジーファー  沖縄の旅_2009年12月 

宇夫方隆士朗読会に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々

この日の宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々の御紹介です。

井上真喜ちゃん、沖縄タイムスの真久田巧さん、そして又吉健次郎さんについては前の記事で御紹介しました。
その他に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々です。
石鹸の森山さんご夫妻
沖縄県立博物館ミュージアムショップ“ゆいむい”店長の池宮城さん
この度、“儀間進さんのコラムを読む”の企画に参加してくださることになった井上さん。
それから、今朝、首里の味噌屋で遭遇した映像クルーの女性。
(※実は真喜ちゃんの仕事仲間だったのです。こんなこと、沖縄ではよくあることです。)
その他、隆士さんのお知り合いの方々。(ご紹介できずにごめんなさい。)

皆様、今日は本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

tag: その他の登場人物  別ブログへ  森山朝順  森山和江  うちなぁぐちフィーリング  ゆいむい  沖縄の旅_2009年12月