2018年10月30日(火)23時25分
帰りながら。
例の話をしたら、何故かスーチカーを貰った。
恩納村の道の駅に寄った。
お土産を買った。
ここにもハロウィンがあった。
ハロウィンの本番は明日だ。アメリカンビレッジは大騒ぎなんだろうか。
ハロウィンで始まりハロウィンで終わる今回の旅。そういえば今回の沖縄ではオスプレイを見なかった。見たいわけではないが、ちょっとに嘉手納の道の駅も立ち寄ってみることにした。平日だ。戦闘機の1機や2機くらい飛んでいるだろう。
たくさんの修学旅行生と、中国か台湾かの観光客がいっぱい。
結局、いくら待てどもドローン一台も現れなかった。
もしもオスプレイがやってきたら、はたしてこの人たちは、いったいどんな反応をしたのだろうか。
今回の沖縄は、なんだかダニエル・ロペスの映画「カタブイ 沖縄に生きる」の世界を歩いてきたような感じになった。
空手の名人
琉球舞踊の伝統を継ぐということ
栄町とおばあラッパーズ
波乃上の宮司さん
そして金城実
沖縄は、やっぱり暑かったのかな…
20時45分 那覇発
スカイマーク 522便 羽田行
遅れないことを祈る。
tag: 沖縄の旅_2018年10月 宮崎るみ
2018年10月30日(火)23時20分
愛楽園を出て
どのくらいの方が、交流館を見学にいらっしゃるのか、受付にいらした方に伺ってみた。
2015年6月に開館してから3年、来場者は3万人ほどだという。一日30人といったところか。それが多いのか少ないのか。
「小中学校の団体なども含めてですからねえ」
「なるほど」
辻さんにはあらためてご連絡することをお約束して、愛楽園を出た。
門を出ると、そこには戦時中の弾痕が残る壁が、そのままにされてあった。
愛楽園のある屋我地島の北に古宇利島がある。そこに渡る古宇利大橋は、今や人気の観光スポットである。
この日、少し早く着き過ぎたので、評判の古宇利大橋まで行ってみることにした。といってもすぐのところ、愛楽園から西へ1kmにも満たない距離である。まだ9時前、いくら人気スポットでも、まだ誰もいない。
愛楽園を出たのは11時半。曇っていた空が、今はすっかり晴れている。ならば時間にも余裕があるし、もう一度古宇利大橋に寄ってみることにした。
朝と、同じ方向から撮影してみた。
海の色が全く違う。
※なぜ海は海の色が美しい時に見ることが大切なのかについて
⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4605.html
朝は誰もいなかった浜にも、たくさんの観光客が降りている。
こうした観光客たちを、もし愛楽園に導くことができったなら、いや、古宇利大橋を訪れる旅人は、必ず愛楽園に寄るべきだと、僕は強く思った。
※この日お会いした自治会会長、金城雅春氏が、交流会館が開館して半年たった時のインタビュー記事を見つけた。
⇒ハンセン病制圧活動サイト
氏はその中でこう語っている。
「ここは観光スポットの古宇利大橋から見える場所なので、グランドオープンに合わせて橋のたもとにも案内看板を立てたんですね。そのせいもあってか、観光客の方々がレンタカーで園内に入ってきてくれるようになりました。沖縄は戦争に関する博物館や平和祈念館などを見て回る観光客も多いですから。(中略)交流会館も愛楽園も地域の人たちにどんどん出入りしてもらいたい。これからもハンセン病のことをまったく知らない人たちをできるかぎり呼び込んでいきたいと思っています。人が集まるということがやっぱり大事なんですよ」
しかし、人間とはいい加減なものである。「古宇利大橋を訪れる旅人は必ず愛楽園に寄るべきだ」などと偉そうに言っているが、今から7年前にここに訪れた時、愛楽園のことなど何も知らなかったのだから。そりゃ交流会館が出来る前の事ではあるが、でももしもその時に交流会館がすでに出来ていたとして、はたして僕はそこへ行こうと思っただろうか? 極めて怪しいのである。
古宇利島を一周してみることにした。
すると、鳥居のある御拝所を見つけた。
※これについては、波上宮の記事を仕上げたら追記する。
え?動物愛護でやらなくなったショー。やってるの?
もうすぐかな?
古宇利島から見た古宇利大橋の海はくすんでいる。北から撮影、つまり逆光なのである。
美しいエメラルドグリーンの海を見るためには、天気と太陽の方向が重要なのだ。
結局、ハブとマングースのショーをやっているところは見つからなかった。
そのかわり、こんなでっかい施設に、しかし何だかよく分からない施設に、観光客がいっぱいだったのである。
小さな施設が、大きな資本の施設に潰されたのか、ボクはそんなことを想像していた。小さな映画祭が、大きな力に圧殺されていく、他人事ではない、切実な問題なのである。大きな力とは、何も権力側のことばかりではない。敢えて言えば、打ち上げ花火のような革新系イベントもまた、我々にとっては同じような「力」でしかないのである。
※数日後、少しでも愛楽園を知ってもらいたくて、インスタグラムにも投稿してみたのだが…
tag: 沖縄の旅_2018年10月 愛楽園 古宇利島
2018年10月30日(火)23時14分
国立療養所沖縄愛楽園
沖縄はまだ朝未来。
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月29日
これから愛楽園に向かう。 pic.twitter.com/2CLo6GzdOk
名護から奥武島へ渡りそこから屋我地大橋で愛楽園のある屋我地島へ、という南からのルートを選ぶ。
大橋のたもとの小さなパーキングで見つけた“のがれじまの碑”
ジャルマ島とは、奥武島の西約500mに位置する小さな無人島。
ハンセン病患者でもあったキリスト教伝道師、愛楽園の創設につくした青木恵哉の苦難の歴史については、また勉強して報告したいと思うが、各地を追われた青木恵哉が、1935年(昭和10年)に逃れたどり着いた島がジャルマ島で、そこは風葬に使われていた水のない無人島だった。人の住める平地は約300平方メートルで、子供3人を含む40人ほどが暮らしたが、その後、ようやく屋我地島を安住の地とし、1938年(昭和13年)に愛楽園が生まれたのである。
国立療養所沖縄愛楽園は、屋我地島の北の端にある。
なぜ、沖縄にはキリスト教徒が多いのか、それだけでもきっと十分大きな研究課題になる。
この愛楽園で、金城実さんの彫刻と森口豁さんの写真のコラボ「沖縄の傷痕~アメリカ世の記憶」展が開催されたのは一昨年のこと。主催は愛楽園の自治会。昨日金城さんのアトリエで会った知花さんに自治会のことを少し伺っていた。
今日、ココに訪れたのは、去年の沖縄映画祭で「沖縄愛楽園から伝えたいこと」を上映させていただいたことのお礼と、そして次回の映画祭で「忘れてほしゅうない」という強制不妊手術の映画を上映することになったので、その上映会の時に、トークの資料になるようなものがないか、そんなこともご相談したかったのである。
※愛楽園での強制不妊手術のことが、新聞報道されたのは、今年の5月のことだった。
⇒断種「おまえの番だ」 愛楽園強制不妊 もがく男性羽交い締め 屈辱の手術
しかし…
※浮かんできた微妙な気持ちを、ともかく沖縄を発つ前に吐露しておきたくて、この日の夜、那覇空港で呟いた。
沖縄のハンセン病施設、愛楽園。自治会長さんにお会いする。いつもなら、一緒に写真をと気軽にお願いするのだが、今日はそれができなかった。まもなく那覇空港を離陸するのだが、俺はずっと、今日の俺自身を見つめ続けているのだ… pic.twitter.com/Xhz9djxImw
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月30日
このことについては、もう少し考えて、モヤモヤした思いをどうにか形にした上で追記したいと思う。
少し先を急ぐ。
貸し出せる資料などについては交流会館の学芸員、辻さんが詳しい。ということで交流会館の方に伺った。
しかしこの日、辻さんはお休みだった。
さらには、交流会館の展示を見て回るうちに、映画祭のために何かお借りするのは難しいかもしれないとも思い始めていた。そこで、展示されている資料の中から、上映後のトークの時に御紹介できるエピソードの類いをメモして、これでヨシとした。それをここに、アップさせて頂こうと思う。
「奪われる命」というコーナー、案内パネルにはこう書かれていた。
「社会から排除された入所者の中には、生きる希望を失い自ら命を絶つ者が多かった。療養所には開園当初から解剖室があり、患者は死後、解剖された。また、療養所では子どもを生むことは禁じられており、医師や看護婦などの手によって強制的に断種、避妊中絶が行われた。生まれて間もない命さえ絶たれた。逃げ出した夫婦の中には、親や親戚の下で生んだ例もあったが、それを断られて療養所に戻り、処置を受けた例もあった。我が子を抱きしめることのできない親たちがいる。」
アメリカーに見られた断種手術
僕は戦後第1号の断種だよ。知念看護婦は見つけてすぐに引っ張って行った。だからあれが来たらみんな逃げよったんだよ。承諾書なんてないよ。強制なんだから。
青空で手術。僕ともう一人、一緒に手術したよ。戦前からあった手術台はコンクリートで残ったから、それに乗せられて。周りをアメリカーがぐるっと取り囲んで、見られたよ。あの頃は麻酔も消毒もないだから、病棟に入ることもない。痛いとも何とも言えない。手術を受けたことは知られたくないから、すぐ帰って来てなるべく普通にしておったよ。人に分からんように。みんなそうだったよ。
堕胎された夫婦
<妻>
このお腹に打つ針は本当に大きかったよ。ちょうどおへそのあたりに、ばんっと打つ。胎児堕胎するときでも病棟の普通のベッドの上でだよ。ちゃんとしたところでじゃない。医者でもない、看護婦たちだよ。呼んで寝かして、お腹広げておって、ヨーチンみたいの塗って、針もってきてばすっと。中にいる赤ちゃんに当てて殺すつもり、本当の殺人。お腹に注射打ったのは誰かわからんよ。マスクで顔隠れているから。注射打ってね。もうお腹張ってね。中で動かんでしょう。どうしても出てこないでしょう。「いつなったら出るね」と言ってもね、分からない。
<夫>
注射打ったまま、そのまま看護婦はほったらかしだよ。いつ出てくるか分からないから側に付き添っていて。一週間くらいかな。(妻は生んだの)覚えていないよ。無意識のうちに産んでいるから。あれは夜だったね。「出てきているから」って看護婦にお願いしてから、初めて看護婦も来ていた。看護婦よばなかったらこないわけよ。看護婦は注射打ってそれだけさ。そしたら、そのまま子どもをベッドの下に、箱に入れて置いてあるわけさ。後片付けは自分でやれって言わんばかりに。赤ちゃんはタコみたいだった。薬で真っ黒くしてだらーっとして・・・。
そして、『ボク』という詩
瓶ノ中
ホルマリンニ浸ッテ
モウ ドノクライ経ッタノダロウ
手ノヒラハ ツイニヒラカズ
ヘソノ緒ヲ浮カシ
ウツラウツラネムリ呆ケテ
四十年
「モー イイカイ?」
「マー ダダヨ!」
未来永劫
育タナイ ボク
ラッキョウミタイナ
オチンチン
ボクノ
オトッツァンョ
オッカサンョ
ライハ
イッタイ
イツ終ルノデスカ!?
なんだか、重くなった。
続きは、記事をあらためることにする。
tag: 沖縄の旅_2018年10月 愛楽園
2018年10月29日(月)23時27分
実さんが元山君に電話で伝えたこと
野仏、増えたかな。
前回買い物に行った塩ビのパイプが役に立っている。
「ちわ~」
「おう」
そんな挨拶のようなものを交わしたのかどうか。最近はいつもこんな感じ。
巨大な荷物?がいっぱい。
わ~!
大阪住吉区にある市民交流センターの壁面に、部落解放運動の象徴として設置されていた実さんの作品、高さ12.3m幅7m重さ3tというレリーフ「解放へのオガリ」が8等分され、5月22日、読谷の金城さんの元に帰って来たことを報じる琉球新報の記事。
※画像をクリックすれば大きくなるので、是非全文をお読みいただきたい。開いた画面をさらに部分拡大すれば、壁面に張り付いた巨体の全貌が分かる。
前回訪れたのが5月の10日だから、そのあとすぐに届いたということか。それから5か月、ここに置かれたままになっているということ。あの巨大台風の時もここにあったわけだ。新しい設置場所は読谷の予定、元参議院議員の服部良一氏が色々と画策しているらしいが、さてどうなることか。
「いつまでもこのママにしておくと、合体する時にうまく合わなくなるんじゃないですか」
「そうなんじゃ。まあ仕方ない。どこを切るかも考えて、せいぜい三つくらいに分けたかったのだが、それではトラックにも乗らんし、職人さんも精いっぱいやってくれたんじゃろう」
また、こんな立て看板も。
実さんが名文だとしてこよなく愛する水平社宣言である。
全國に散在する吾が特殊部落民よ團結せよ。
長い間虐められて來た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々によってなされた吾らの爲の運動が、何等の有難い効果を齎らさなかった事實は、夫等のすべてが吾々によって、又他の人々によって毎に人間を冒涜されてゐた罰であったのだ。そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集團運動を起せるは、寧ろ必然である。
兄弟よ。
吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、實行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり、男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮を剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代價として、暖かい人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が來たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が來たのだ。
吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ。
吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなゐ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦る事が何であるかをよく知ってゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求禮讃するものである。
水平社は、かくして生れた。
人の世に熱あれ、人間に光りあれ。
大正十一年三月三日 全国水平社創立大会
最後の「人間」は「にんげん」と読むのではない。「じんかん」と読むのである。
とことん闘う実さんだが…
沖縄の歴史を刻んだレリーフ「戦争と人間」が、先日の台風でこんな有様に。
「自然にはかなわん」
…と、笑う。識名さんと気が合うわけだと思う。
「業者に頼んどるんじゃが、忙しくてこっちまではなかなか手が回らんのじゃ。あちこちで家の屋根が壊れとるからのう、そっちが先じゃ。こんなのはどうでもいい。生活のほうが大切じゃ」
アトリエで…
※とりあえずここまで。以下後日追記するための覚書
波上宮の話
※ダニエル・ロペスの映画「カタブイ」のハナシもした。そうしたら、そのダニエルが一昨日アトリエに来たので「読谷祭りに連れて行ってやったのじゃ」そうである。そうか、南部に行かず読谷祭りに行ったらダニエルに会えたのかもしれない。
授与式の和服の話
そして県民投票の話
どれもこれも「空気」の話
知花昌一さんがやって来た。
「おう、どうした」
「ちょっと、寄っただけさ」
「元山仁士郎というのはナイチャーか」
「違う、ウチナンチューじゃ。そういうふうに勘違いしとるウチナンチューがけっこういる」
ちょっと寄っただけの知花さんだが、けっこうの時間一緒に話をしてお帰りになられた。
愛楽園の自治会のこととか。しかしそれについては別の記事で書くことにする。
沖縄の闘いと共産党の話。
「沖縄の闘いでは共産党の旗は揚げさせん」
「これは彼に、言っておかなければならんなあ」
(内地の、狛江の共産党や革新系の方々にこそ聞かせたいハナシ)
金城さんのいう彼とは、やはり元山君のこと。電話番号が分からないというので、僕が彼にメッセージした。すぐに返信が来る。
実さんがその電話番号に電話をするが出ない。しばらくすると、彼の方からかかってきた。
県民投票が終わらないと公開できない内容のハナシ。
「どうじゃ、誰も傷つけないように、なかなかうまくしゃべったじゃろう」
県民投票が終わったら追記する。どうかそれまでどうかお待ちを。
「イデオロギーではない、アイデンティティなんじゃ。イデオロギーは変えられるが、アイデンティティは変えられん。ウチナンチューはウチナンチューをやめることはできんのじゃ」
「金城実は右翼だよって、ボクは最近みんなに言ってるんですよ」
「おう、それでいい」
「実さんがそっちでいくなら、ボクは徹底的にアナーキストでいきます」
すると、お互いなんだかしっくりくるのである。
「まさか金城実がこんな穏やかな作品を作るなんて思わんじゃろう。芸術家は詐欺師じゃからな」
確かに
最近の実さんの作品は
野仏といい
金城実らしくないかも。
ひとのよにねつあれ じんかんにひかりあれ
飲み始めた金城さん。泡盛の缶コーヒー割り。
いかん、これに乗っかったら、帰れなくなる。
tag: 台風 金城実 知花昌一 元山仁士郎 沖縄の旅_2018年10月
2018年10月29日(月)13時32分
新生識名農場も間近か
そうだ、その前に識名さんの新旧の農場がどうなったか、見に行くことにした。
古い畑は、もうすっかり更地。
これだけ見ればいいと思っていたのだが、まだ時間には余裕があるので、勝連城の向こう側にある新しい畑の方まで回ってみようと車を走らせる。
南から見る勝連城。これは裏なのか、表なのか。
新しいハウスも出来上がっていた。
誰かがいる気配はない。新しい畑の進捗状況を見ることができたので、それで満足して車を出発させた。しかしなあ、やっぱりここまで来て、識名さんに何も言わずに立ち去るのは如何なものかと考え直し、車を停めて電話を掛けてみた。すると、今畑の中にいるという。雑草の中で見えなかったが、作業をしているのだと。すぐに道まで出ていくからとおっしゃるので、すぐに踵を返した。
先日の台風で、色んなものが打ち上げられてきた。それを行政が回収して行ったので、かえって前よりきれいになった。台風のお陰と、識名さんは笑顔である。
しかしあれだけでっかい台風、大変だったのに違いない。聞けば識名さん、高潮と満潮が重なって、この腰くらいまで水が上がって来たと説明してくれた。
画像では、浜と道の落差が良く分からないので、5月に行った時の浜から写した画像をご覧いただきたい。
いやはやとんでもない高さである。笑い事ではない。
識名さんは台風の中、ひとりでこの畑を見に来ていた。畑は盛り土してあったのでなんとか持ちこたえたが、もう少し水が高かったら、畑もすっかりやられていただろう。
忘れては困る。識名さんは盲目なのである。畑と道路の境にあるこのフェンスにしがみつき、腰まで水に浸りながら、今ここで大きな高潮がきたら、俺はきっと死ぬんだなと思っていたと、相変わらず笑いながら話してくれた識名さんは、やはり只者ではないと、あらためて思い知らされたのである。
今後もっと大きな台風が来るようになるかもしれない。その時はどうなるのだろうか、「だいじょうぶなんですか」と問うたボクに、「いや、大丈夫じゃない」と、識名さんはやっぱり笑って答えたのだった。
識名さんのトマトが無くなっては困るという業者さんがたくさんあって、その人たちが手伝いに来てくれるのだという。初収穫は1月かなと。今識名さんは近くの港町に家を貸してくださる方がいて、そこで1人暮らししている。
「いつでも泊まれるから」
そうか、今度はいつ来られるのかなあ。
でもその前に、次は是非とも狛江にお越しくださいませ。
tag: 沖縄の旅_2018年10月 識名盛繁 台風
2018年10月29日(月)12時11分
シアタードーナツへ
ボクは、真喜ちゃんに沖縄市に面白い人がいるという情報を貰ってさっそくやって来た。
階段を上がっていくと、そこはカフェ兼待合室。手づくりドーナツがウリ。
だからシアタードーナツ。
上映中はお静かに。
まるでホームシアター。渋谷のアップリンクにも通じる。
寄せ集め(?)の椅子なのはウチと一緒。広いとソファーも置けるんだな。だけどそれはまだまだお客さんが少ないということでもある。大盛況の映画館になればこうはいかない。でも、そのほうがいいよね。だからこれは、今だけの光景なのかもしれない。
残念ながら、このシアターの主、真喜ちゃんに「会ったらいいさ」と言われていた宮島真一氏は出張で不在でした。
でも、スタッフの方とお話が出来た。
スタッフの方からこんなことを聞かれた。
「映画館の興行組合に加盟してらっしゃいますか」
「いえ、ウチは映画館ではないので。映画祭をやる度に、防火対象物一時使用届け(要するに建物の目的外使用の申請)を消防署に出しています」
「そうなんですね」
「だから、そもそも組合には入れない」
「加盟していないと、上映を断られる映画があるので」
上映映画を探すのに苦労していらっしゃるらしい。年に2回の映画祭をやるだけのウチだって大変なのだから、通年毎日3本程度の作品を上映しているシアタードーナツのその苦労は想像に難くない。ウチの場合、映画館ではないということが、逆に制約を免れているのかもしれない。
「ドキュメンタリー映画ばかりにしたくないので」
それは予期せぬ話の展開だった。ここへ来るまで、というか、昨日の夜はじめて真喜ちゃんに聞いてここを知ったのだし、沖縄の映画を、それもたぶんドキュメンタリー映画を中心に上映するところだと思っていたし、それですぐにここに飛んできたのである。事実ネットでは「シアタードーナツは県産品映画を上映するカフェシアター」というふうに紹介されている。沖縄を題材にした映画は数多くあれど、「県産品映画」と限定すれば、ガレッジセールのゴリさんの映画や(それも吉本興行だし)、高嶺剛や若い才能ある沖縄出身監督の作品などもあるが、きっと多くはドキュメンタリー映画にならざるを得ない。でも、当初のコンセプトはどうあれ、今のシアタードーナツは、決してそれでヨシとしているわけではないらしい。
ふと周りを見れば、「ET」や「ひまわり」といった映画のポスターが貼られていたりする。
12月に開催する「喜多見と狛江の小さな映画祭」のことだが、はじめて意識的に、できる限り劇映画をやろうと考えた。それは何故かということを、どうにかして伝えたい、このところとずっと考えているのだが、そのためには、「ドキュメンタリー映画を上映することイコール政治的プロパガンダと見做される」というあたりから話を始めなければならない。たとえそのドキュメンタリー映画が政治的プロパガンダとして制作されたのだとしても、それを上映するという営為は、必ずしも政治的プロパガンダではないということ。ドキュメンタリー映画もひとつのフィクションであるということ。また、娯楽のために作られた一本の劇映画が、観た人の人生を決めることだってあるということ、つまりその人の「政治的な立場」をも大いに左右する可能性だってあるのだということ。
「ウチが、比較的に劇場にかかった映画を上映することが出来るのは、狛江市に映画館がないかららしいのです。だから地域の興行を牛耳るプロの興行屋さんの影響がない」
「わかります。コザにもたくさんあった映画館が、今は全部なくなってしまいました。だからココを立ち上げることが出来た…」
つまり、映画館が無くならなければ、宮島氏は自前で映画館を運営することなどなかったということでもあるのだろうと思った。
東映、東宝、新東宝、大映といった配給会社の映画は、ウチで上映することは一切できない。それでも、日活さんなどは色々と考慮して下さってきたし、松竹さんは、無料上映会ならばDVDでの上映を(もちろん上映料を支払ってのことだが)許可してくれていた。大変感謝している。ところがそれもなかなか難しくなってきた。それは、ウチが認知されてきたからというより、フィルムセンターなどが出来てそこで素材が一括管理できるようになってきて、お金があれば別なのだろうけれど、ウチのような小さなところにとっては、なかなか厳しくなってきたのだ。(まさかジャスラックのようなことがなければいいが。ジャスラックがこのコザという街の文化を潰したというハナシを以前、記事に書いたことがある) この状況は、今後ますます進んでいくに違いない。狛江のようなπ(パイ)の少ない街で、劇映画をできるだけたくさん取り上げるという映画祭を、いったいこれから続けていくことができるのだろうか。同じ内容のイベントをもっと大きな町でやれば今の10倍のお客さんが来るとよく言われるのだが、それに対して「いやこの小さな街で、この街の人たちがやって来るような映画祭にしなければ意味がないのだ」と、果たしていつまで突っ張って叫んでいられるのだろうか。
ボクは俄然、宮島真一という人に興味が沸いてきた。今ボクが考え悩んでいることを、もっともよく理解してくれる人が、もしかするとココにいるのかもしれないと思ったのである。そこでボクは、宮島氏宛に手紙を書いてスタッフの方に託し、必ずまたこのシアタードーナツに来て、今度こそ宮島真一さんに会うと心に決めて、沖縄市唯一の、小さくて、だからこそ素敵な映画館を後にしたのである。
※以上、若干の脚色を交えて、その日のことを再構成してお伝えしました。フィクションも、また真実なのですからw
参考までに。
コザ最後の映画館は「コザ琉映館」、ウィキペディアにはこう書かれてある。
1960年(昭和35年)7月に設立。コザ市内としては最後に開館した映画館。開業当初は第二東映の専門館だったが、その後は各社の邦画を中心に上映。1970年代以降はピンク映画へとシフト。
2010年代に入り、映画業界は本格的なデジタルシネマ時代に突入。沖縄県内の既存映画館が相次いでデジタル上映へと移行していったが、コザ琉映は35mmフィルム映写機のみ設置しており、フィルム映画の上映に特化して営業していた。しかし開業から半世紀以上を経て老朽化が進んだこともあり、2016年(平成28年)7月31日をもって閉館。56年間営業を続けた当館の閉館により、沖縄市内の映画館はすべて姿を消すことになる。(一部省略)
お、宮島真一さんのアカウント発見。@MiyajimaVAC
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月31日
先日、コザのシアタードーナッツに行ってきた。ダミーのチケット売り場に、映画館愛を見たのです。来月は宮島さんに会えるかな。
地域の映画上映について、思うところいっぱい。4K・VR徳島映画祭とか、そうだ、それも今回の旅の小さなテーマになった。 pic.twitter.com/lCqIXxnzZm
会えなかった宮島真一さんとはこんな人。
tag: 沖縄の旅_2018年10月 シアタードーナツ 宮島真一 コザ
2018年10月28日(日)23時30分
お疲れの真喜ちゃんと
でも、苗は閉店していた。
どんどんと知っているお店が無くなっていく。
真喜ちゃんから電話が来る。近くの“ふくぎ”という店にいると。
行ってみたら、来たことのあるお店だった。
真喜ちゃん、那覇空港から直行で疲れているみたい。ごめんね。
真喜ちゃん、今、堀内加奈子さんと一緒に首里クェーナ保存会でやってるらしい。
真喜ちゃんが、ダニエル・ロペスの「カタブイ 沖縄に生きる」はいい映画だったねと言った。ただダニエルがテレビ番組の司会で出ている場面は余計と笑った。
そして来年の沖縄映画祭で、真喜ちゃんが作ったTV番組を三本上映することに決まった!
映画といえば沖縄市に面白い人がいるよという情報を真喜ちゃんから貰った。
真喜ちゃんに、自分のやっていることに素晴らしい価値があるということを知らないオジイが西表島にいるから、会いに行ったほうがいいと言われた。
真喜ちゃんに、今度また新しいお店を教えてもらうことにした。
いつか僕らを、“土”というBarに連れて行ってくれたみたいに。
(そうだ、あの日のことを思い出した。真喜ちゃんとはじめて会った日。それははじめて苗に行った日。その日、真貴ちゃんは僕らを“土”に連れて行ってくれたんだ。そんな日のこと。その“土”も、ごうさんが死んじまって、だからもう今はないんだ…)
2018年10月28日(日)20時23分
首里城祭り②
そういえば、首里城のタグが付いた記事はいくつかあるが、実際に行ったという記事はひとつもない。タグを集めて「沖縄あんなとここんなとこと」としてまとめているが、首里城の画像が一枚もない。そうか、ブログを始める前に行ったいわゆる定番の場所が、すっかりこのブログから抜け落ちているのだ。初心に帰ってあらためて訪問することにした南部の戦跡と同様、首里城をはじめ、そういう場所に今一度行ってみるのもいいかもしれないと思い始めた。
ということで、首里城へ。
(あ、肝心な守礼門の画像を撮り損ねた…)
首里城へ入る第一の門。
冊封使(さっぽうし)を歓迎する意が込めて歓会(かんかい)門と名付けられている。
登って来た道を眺める。
向こうに見えるのが、今くぐって来た歓会門で、手前右にあるのが久慶門(きゅうけいもん)である。
歓会門が正門であるのに対し、久慶門は通用門で、主に女性が利用したらしい。国王が寺院に参詣したりするときにも使用された。つまり、人々が日常的に出入していた門である。
首里城正殿のある「御庭(うなー)」に入るには入館料が必要。その前にある広場が「下之御庭(しちゃぬうなー)」で、正殿前の御庭で行われる儀式の控えの場である。御庭への入口の反対、下之御庭の西にあるのは、「系図座(士族の家系図を管理する役所)」と「用物座(城の物品資材を管理する役所)」のあった建物で、復元されたその建物は、現在休憩案内所になっている。
夕暮れの頃、その建物の前に、観光客が集まって来た。
首里城では、「舞への誘い」というイベントが、毎水曜・金曜と土日及び祝日に、午前11時、午後2時と4時、1日3回開催されている。しかし今日は首里城祭りなので特別プログラム、普段はない夜の舞台もあって、運よく見ることが出来た。
まずは四つ竹から。なんと、踊っているのは妙ちゃん(左)ではないか!
見入るふたり。
ふたり?
いやいや、その向こうにいらっしゃるのは、知名文子先生ではありませんか。
「系図座・用物座」の控室へ行って、記念撮影。
元々妙ちゃんは、知名先生に太鼓を習い、踊りは川口喜代子先生に習っていました。でも、川口先生のところからではコンクールが受けられないということで、関りえ子研究所から新人賞を受けたのです。でもその後、案の定色々あって、妙ちゃんは、琉球舞踊の先生でもある知名先生の研究所に移りました。
つまり、今日の首里城の舞台は知名先生の教室が担当していて、弟子たちの踊りを、知名先生は真剣に見ていたというワケなのですね。
この日は、まだもう一回ステージがあるとか、頑張ってね、僕らは帰ります。
もう日はとっぷりと暮れ、ライトアップされる首里城。
さあ降りよう。
振り返れば…
首里城音楽祭が開催されていました。
夜の守礼門は、しっかり撮影しました。
まる子さんは、この日の遅い飛行機で東京に帰りました。
tag: 沖縄の旅_2018年10月 首里城 丸山ゆうき 江端妙子 知名文子
2018年10月28日(日)15時09分
首里城祭り①~公文書館
途中、待機する琉球王朝の集団。
神宮会館での授与式が終わり、祝賀会(要するに食事会)が始まった頃だろうか、こちらではパレードが始まる。
今日は首里城祭り。その関連イベントである。
琉球王朝絵巻行列
覚書。
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月29日
首里城祭。 pic.twitter.com/vIL1ABa0wY
ボクは大東そばで昼飯。
レンタカーで、波之上に宇夫方女史とまる子さんを迎えに行く。
千日屋でぜんざい。
それから一度行ってみたかった公文書館へ。
琉球王朝絵巻行列を見た後だから、なかなか興味深い資料であった。
2018年10月27日(土)23時42分
今夜は栄町
⇒2013年6月2日“ゆんたく高江”あら堀内加奈子さん。久しぶりに会いました。函館の女、今やすっかり沖縄のネーネー。いや、子連れ唄者。満を持して、栄町祭初出場だって。 pic.twitter.com/OoEBz1lrk9
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月29日
もうすぐ彼女、出番なのです。
まずはおばあラッパーズ。
夜は栄町市場屋台祭り。
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月29日
生おばぁラッパーズ。喜多見と狛江の小さな映画祭でもお馴染みだからね。 pic.twitter.com/MplfPQGxDv
tag: 栄町 堀内加奈子 沖縄の呑食処.紋 沖縄の旅_2018年10月
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そんな曲者芦州を、ある劇作家に紹介されて、3日後、僕は芦晃という名を芦州からもらった。弟子になったつもりなどないのに、弟子を取らない芦州が弟子を取ったと狭い講談界で話題になった。芦州の前座で、修羅場を語った。昔から高座を見続けてきた本牧亭の売店のおばちゃんに、久しぶりにいい修羅場を聞かせてもらったと褒められた。涙が出た。
ある時、酒の席で、若手の講談師に、役者の片手間に高座に上がることを責められた。普段は饒舌な芦州が、ただ黙って聞いていた。次の日の朝、僕は芦州の元を去ろうと決めた。
以来、一度も芦州とは会わなかった。齢五十を過ぎて、僕のプロフィールは、芦州との思い出だけでいいと思っている。
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