《緊急告知》白石准が再び沖縄に【ケンツビッチ音楽祭 in OKINAWA】

沖縄の皆様へ。
明日、浦添市てだこホールにて
“ケンツビッチ音楽祭 in OKINAWA”
が開催されます。 開演時間はお昼2時半です。(開場は30分前)
(※案内サイトはこちら ⇒http://tpyakko.web…

null今回の公演は、津堅直弘氏がNHK交響楽団を定年卒業された記念、またトランペットキャンプ25周年を記念しての公演です。
トランペットキャンプとは、津堅直弘氏が沖縄でおこなっている講習会です。25年間で延べ800名の受講生が参加して津堅さんの指導を受けました。そこから数多くのプロ奏者、指導者が育っていきました。今の沖縄の吹奏楽界のレベルの高さは、津堅さんのこの業績に追うところが大きいのです。

先日のキジムナーフェスタで初めて沖縄の方々にお目にかかった山猫合奏団ですが、その主宰者である白石准が、今回のケンツビッチ音楽祭にも伴奏者として出演します。

キジムナーフェスタで電子ピアノを手配してくださった粟国朝厚さんが、この公演を仕切っていらっしゃいます。キジムナーフェスタの会場でも、粟国さんからお預かりしたチラシをお客さまに配りました。

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また、山猫合奏団の恩納村公演、および名護市の公演で、譜めくりのお手伝いをしてくださった伊禮門夏子さんも出演すると伺いました。粟国さんも、裏方だけではなく、出演されるのでしょうか。聞き忘れちゃった。

粟国朝厚さんのご紹介、また白石准と津堅直弘氏の長年の関係については下記記事に書きました。
 ⇒http://lince.jp/hito/onnanight…

2008年の5月、津堅直弘氏が沖縄タイムスの芸術大賞を受賞された時の受賞者公演でも白石准は津堅さんの伴奏を務めました。
M.A.P.after5のブログを立ち上げたばかりの頃に、その記事があります。
 ⇒http://lince.jp/hito/cdhanbai…
その時のプログラムがこれです。
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その中の「津堅直弘トランペットキャンプ有志」に、粟国朝厚さんと伊禮門夏子さんのお名前が掲載されていました。
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なんだかあっちこっちと繋がって、ややこしい記事になっていますが、こうなったらどこまでも。

初めてこのM.A.P.after5で津堅さんのことを話題にした記事をお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/gen.html
この記事で紹介した玄明玉さんは、沖縄交響楽団で事務局をやられていた方のようで、とすると、たぶん粟国朝厚さんともご面識があるのではないでしょうか。

また、その記事にリンクを貼った“津堅直弘氏行きつけの沖縄の居酒屋「山将」のブログ記事”は、沖縄タイムスの芸術大賞の受賞者公演の翌日の記事で、そこにある画像をよく見ると、なんと伊禮門夏子さんが写っていました。

時空を越えて、なんて大げさですが、なんだか不思議ですね。

 ⇒白石准のブログ記事

続きを読む

tag: 沖縄タイムス  白石准 

孤立無援の交流

沖縄タイムスへ寄った。
真久田さんに会った。
「名護市民会館の、鳩山さんが記者会見したロビーで記念撮影してきましたよ」
「あそこは観光地じゃないよ」
と、真久田さんは笑った。

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もう、山猫合奏団の高山正樹ではない。
では、何の高山正樹なのか。そのあたりがよく分からなくなってきた。なぜ沖縄なのか。全て「第4の琉球処分」の所為である。

「M.A.P.という会社の代表ではないのですか」
「しばらく、許して欲しい。会社がどうかなれば、責任は全て取る」

きっと、たくさんの人に会う。けれど、というか、だからこそというか、僕の沖縄へのアプローチは、きっと孤立無援なのである。
「お願いです。くれぐれもひとつの記事だけで、何かを判断してしまうことのありませんように……」

tag: 真久田巧  辺野古  沖縄タイムス 

山猫合奏団沖縄ツアーの宣伝in銀座

あのノニです。(⇒8日前のノニ
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いったいこの後どうなるのかちっとも見当がつかない。
もしかするとただただ生ゴミを大事に保管しているだけなのかも。

銀座周辺には沖縄関連の事業所が数多くあって、この日、夏の名護公演やキジムナーフェスタの宣伝にあちこち回ることにしていました。
でも、帳簿が終わらない。高山正樹は居残りかなと迷ったのですが、エイヤっと同行することにしました。帳簿の方は、あと二日くらい睡眠時間3時間を覚悟すればいい。甘いかな。

午前中、まず琉球新報社に伺って、たっぷり1時間、話を聞いていただきました。
次の約束は3時の沖縄タイムス社。ともかく昼飯食おうよ。
准ちゃんお勧めのキッチン“レッスンあづま”へ。
准ちゃんが頼んだのはあづまスペシャル。
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ごちそうさまでした。おいしかった。
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白石准は、現在CHICAGOの舞台に立って(座って?)います。でも今日は休演日なので引っ張り出しちゃったのです。

まだちょっと時間があります。そこでちょいと銀ブラです。
箸やさんです。
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なぜかすっげえオルゴールがあるのです。
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聞かせてもらいました。何故か、結婚行進曲でした。
琉球漆器の箸です。
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これは数千円というお手ごろ(?)なお値段でしたが、10万円を越える箸も売っていました。いったいどういう人が使うのでしょうかねえ。
おまけ。箸やさんの入り口に置いてある猫(?)のオブジェ。
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こいつについては「宮沢賢治考」にて。
 ⇒宮沢賢治考“銀座で見つけた猫(?)”

ぼちぼち沖縄タイムスの約束の時間ですが、その前に沖縄公演のチラシを置いてもらいに沖縄コンベンションビューローに寄りました。
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沖縄コンベンションビューローさんからは沖縄の手帖を扱わせていただいています。今後もよろしくなのです。

そして沖縄タイムス社へ。
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白石准どの。本日はお疲れ様でした。

tag:   沖縄_沖縄工芸.琉球漆器  沖縄コンベンションビューロー  白石准  沖縄_沖縄的食物.果物.ノニ  沖縄タイムス  琉球新報 

あっちもこっちも

沖縄から。

朝、琉球新報へ行って…

一旦ホテルに戻って…

午後、ちょっと沖縄タイムスに寄って…
【沖縄からの第4報】
久しぶりに又吉千夏さんに会ったら、イメチェンしてました。
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それから、いしだ文栄堂

おきなわ堂

おきなわ堂から三線屋さんに行く途中、この前の味噌屋さん(玉那覇味噌醤油店)の前を通ったので…
【沖縄からの第5報】
ちょっと寄ってみました。やっぱりこの前のおばさんが店番をしていました。
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味噌を買いました。500gで450円。

この先は別記事で…
(宇夫方路)

忙しそうですなあ。

でも、こっちも忙しいのよ、殺人的に。

ACCESSの同一フィールドを、例えば「/」の前と後ろに分割するモジュール……
Public Function AddrDiv(Addr As String, i As Integer) As String
Dim A() As String
A = Split(Addr, "/", , vbTextCompare)
If i <= UBound(A) Then
AddrDiv = A(i)
Else
AddrDiv = ""
End If
End Function

tag: 沖縄の旅_2010年1月  沖縄タイムス 

またもや宇夫方路の沖縄報告その12

16:00、琉球新報。

7:00、沖縄タイムス。
そこで受付の山田早希さん(左から2番目)を囲んで記念撮影。
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(山田さんの右から玉城さん、金城君、そして宇夫方隆士、父です。)

国際通りで買い物。
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キーストーンというお店。金城君お勧め。
いってみればM.A.P.のライバル。でも私たちは正直に、いいものならばライバルだってなんだって紹介していきます。
だから、当ブログを、今後とも御贔屓に!

わたくし宇夫方路は、18:00より稽古。

これをもちまして、今回の「またもや宇夫方路の沖縄報告」は終了です。ご愛読、ありがとうございました。

沖縄報告その1から読む

tag: 琉球舞踊  キーストーン  琉球新報  沖縄の旅_2009年3月  国際通り  沖縄タイムス  山田早希  玉城郁恵  金城史彦  宇夫方隆士 

“沖縄通信”が始まる

夜、沖縄の金城君から第2回目の沖縄通信が届きました。
第1回の沖縄通信は、宇夫方路女史の代わりに画像を撮影してもらって、コメントつけて送ってくれたものでしたが、今回はお任せです。)
でも、今回送られてきた画像のうち数枚が開けず、再送願っているので、残念ながら本日はご報告できません。

今までの「沖縄、見つけた!」というカテゴリーの名前を「沖縄のことを…」に変更して、そのサブカテゴリーに「沖縄通信」を追加しました。

不発弾処理や米兵の犯罪や開発による自然破壊のニュースが、毎日のように沖縄の地方新聞に載っているということは、沖縄以外でも、多くの日本人がよく知っていることです。いや、「よく知っている」というのは少し違うかもしれませんね。日々起きている個々のニュースが「中央」で報道されることはほとんどないのですから。しかし、沖縄の現状が多分そうなのだろうなあということは、たくさんの人が感じているはずです。
(もちろん、知らない人もたくさんいます。でも、そうした人たちは現在の日本の外務大臣の名前も知らないという人たちです。)

沖縄の置かれている状況はわかっている、でも沖縄の未来は一向に見えてこない。この閉塞状況に、多くの日本人は無力感に包まれているということなのかもしれません。

僕は、20年ほど前の数年間、沖縄の地方紙を読んでいました。過去からの連続を確認するために、それ以前の縮刷版も購入しました。また大手新聞も数紙を入手し、沖縄関連の記事全てを切り抜いてスクラップにしました。日々怒りながらその作業を続けたのです。けれど、まるで賽の河原、状況は全く変わる気配を見せない。とうとう精根尽きて、スクラップ作業を放棄しました。(切り抜きだけはまだ続けていますが。)
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正直に言うと、今どんなに不発弾や米兵犯罪や自然破壊という沖縄のニュースに触れても、無力感以外の感情が湧いてくることはなくなってしまいました。

しかしこの「無力感」は、沖縄のことだけではないというふうに思えてきます。日本人全体が、何か巨大な状況に押さえつけられて、身動きが取れないでいる。もしかすると、「無力感」は大多数の「良心的な日本人」が持っている感覚なのではないでしょうか。
そんな中でも、ひとつひとつの具体的な事件を根気よく報告し続けることはとても重要なことでしょう。そういう活動をしていらっしゃる多くの方々に、僕は深い敬意を表したいと思います。

でも、この“M.A.P.after5”では、そうした報告をするつもりはありません。なぜなら、それは知ろうとすれば知ることができることです。例えば沖縄タイムスや琉球新報のサイトをはじめ、僕が報告するよりもずっと正確で多面的な情報を発信しているところがたくさん、そちらにお任せしましょう。

M.A.P.は、「無力感」に苛まれて澱んでしまった目を、つまりこの僕自身の目を覚まさせるような報告を、「沖縄通信」に期待することにします。
さて、それはいったいどんなものになるのか、今のところわかりませんが、例えば、どんなに東京でアンテナを立てていても、決して聞こえてこないようなニュースだとか、共同通信で流れてくるような写真ではなく、現地の生活者でなければ捉えられないような画像だとか、ステレオタイプの意見とは違う視点からのコメントだとか……。

さてさて、今後「沖縄通信」としてどんな情報がやってくるのか、楽しみにして待つことにしましょう。

tag: 沖縄タイムス 

亡き義父の命日(沖縄3日目の午後その3)

やはり世界遺産の中城城跡へ。
中城の寒緋桜
お金がかかるからというよりも、もう時間がないので、寒緋桜(カンヒザクラ)を撮影できたから、それでよしとして退散します。
あーあ、桜祭り、行けそうにないなあ。大城先生は、桜祭り行ったのかなあ。

そういえば、中城は文豪大城立裕の故郷です。
だから大城立裕文学碑があるのです。
大城立裕文学碑

おまけ。
ふっと、舞い降りた鳥一羽。
おまえは、本当にイソヒヨドリなのか…
太ったイソヒヨドリ
だとしたら、おまえ、太りすぎだろ…  自己嫌悪。

そのあと、大好きな古本屋“じのん”さんに寄って、伝説の文芸誌、「琉大文学」を見せてもらった。しかし、第三巻の号ばかり、それでも高価なものは一冊4,000円を超える。問題の第一巻第六号からの数号は、いったいいくらで売るのでしょう。
残念ながらお目当てのものがなかったので、代わりに小生の蔵書、「新沖縄文学」のご紹介。
沖縄タイムス社、1970年18号、特集「反復帰論」。
新沖縄文学
(下の新しめの「新沖縄文学」は、ずいぶん前に、“じのん”の前身、那覇の“ロマン書房”で買ったのです。)
「反復帰論」には、大城立裕「文化創造力の回復」と、新川明「<復帰>思想の葬送」が並んでいる……。

葬送といえば、今日は、義父の命日である。
久米島出身の義父は、日本より中国が好きだと言った。それでも、東京の結婚式には来てくれた。皇居に行ってみたいというので案内したが、実は僕も初めてだった。義父は、玉砂利にいたく感心していた。
義父は沖縄タイムスの社員であった。本と酒で暮らす余生を楽しみにしていた。いよいよそんな生活ができるはずであったのに、定年退職して間もなく、心臓の病で倒れた。連絡を受けた妻は、すぐに沖縄へ向かった。那覇空港に降りて、電話を探した。運び込まれた病院で、父ちゃんはそのまま亡くなってしまったのだと告げられた。間に合わなかった。最後に、父ちゃんは「死んでたまるか」と言ったのよと、妻は妹から聞かされた。
もし東京の病院であったなら、口には出さなかったが、その時、僕はそう思った。今はあまり聞かれなくなった「島ちゃび」とは、離島の苦しさを表す言葉だが、僕はその言葉を思い出していたのだ。だが、はたして僕は、沖縄の現実をしっかりと見ていたのか、あるいは沖縄を差別していたのか、今となってはもうわからない。
亡くなった義父の財布には、生涯一度きりの、東京への旅の航空券が、大切に収められていた。僕も妻も、とめどなく涙があふれた。
それから、もう19年になる。

あれ、いつのまにか文体が変わっちゃった。これは、「社長とは呼ばないで」ではありません!

さて、本日の珍道中はここまで。わたくし、亡き義父にお線香を手向けるため、妻の実家へと参ります。
当然のことながら妻の実家はずっと沖縄タイムスを購読。従って、先日の琉球新報のわたくしめの記事を、皆さんは読んでいらっしゃいません。というわけで、その新聞を、義理の弟の奥方が、勤務先の古新聞の中から探して出して持ってきてくれました。
それをバアちゃんは、そっとトートーメーにお供えしました。
トートーメー
19年間、毎朝毎夕届いた新聞は、まずここに供えられます。もしかすると、琉球新報がここに置かれたのは、はじめてのことなのかもしれません。来月からは夕刊がなくなります。不況と、インターネットの所為。
とうちゃん、淋しいだろうなあ。

イカの墨汁です。
イカの墨汁
「おかわりしなさい。」
「はい」
でもすごいカロリーなんだよね。また太る、心臓にもいいわけない。
でもやめられない…… 
自己嫌悪。

tag: 沖縄タイムス  沖縄の旅_2009年2月  トートーメー  イカ墨汁  ゴーヤーチャンプルー  大城立裕  じのん  中城城跡 

沖縄出張2日目の午後

金城君の案内で。

首里の末吉公園近くの路上から撮影した那覇郊外の風景です。
那覇郊外の風景
当たり前のことですが、ここには沖縄の「普通の」人たちの生活があります。
画像左下に見える銀色のタンクは水を貯めておくもの。沖縄では一般の家屋にも「普通に」よくあるものです。
10年以上前に聞いた話。
「沖縄は恒常的な水不足で、台風の時期に一挙に降る水を各家庭で確保し、水不足に供えている。しかし、水の不足する時期にも貯めてしまうので、それがまた水不足を助長している。」
ダムがいくつか出来て、今はだいぶ改善されているようですが、全てうまくいっているのでしょうか。ダムと自然環境は、うまく折り合いがついているのでしょうか。金城君、教えて。

さて180度振り返ると、路地の反対側には…
下門の入口
沖縄そば下門(しむじょう)の入口。
沖縄で「門」を「じょう」と読むのは「普通」のこと。でも「『門』を『じょう』と読む」という表現はどうなのでしょう。「『城』を沖縄では『じょう』ではなく『グスク』と読む」というより、「沖縄の『城』は『グスク』という」という方が正しい感じがする。それに従うと「沖縄の『門』は『じょう』という」のが正しいのでは?
ああ、なんだか分かんなくなってきた。カナグシク君、助けて。うり、カネグシクは間違い? ああムチカシイ。「ムチカシイ」って、首里言葉では何て言うんだっけ……

ブツブツ言いながら入って行くと…
下門の建物1
2007年の3月に、国の登録有形文化財に指定された家屋です。
中は、観光客の方で賑わっていました。

ソーキそばを注文して、出来上がる前のちょっとの間、表を巡ってみました。
下門の建物2
下門の建物3

裏手にはこんなものが。
フール
フールです。豚の飼育小屋 兼 人間の便所。
人間の汚物を豚が食べる。いわば自動餌供給システムですね。
「カミサンの母上はやんばる出身、20年以上前だが、その実家のあたりで普通に見た記憶がある。もちろんもう使ってはいなかったけれど」とは、高山正樹の便、じゃない、弁。

便所の後に食べ物の画像とは、ちょっと気が引けないでもありませんが、結局、育った豚は人間に食べられたわけだから、この並びも間違いではありませんね。
下門のソーキそば
ご馳走様でした。

表に出ると、あ、モノレールだ。
モノレール
冒頭の画像のちょっと右側、駅舎に停まっている車輌、分かりますか?

さて、腹ごしらえも終わり、いよいよ金城君引き回しの旅のはじまりです。

まずは沖縄タイムス社へ。
さあ、あらためて、金城君のご紹介です。
又吉さんと金城君
左側で笑いこけているのは金城君じゃありませんよ。例の又吉千夏さんです。
右でにこやかに笑っているのが金城史彦。年齢不詳。

続けて琉球新報へ。
久場安志記者と金城君
いつも“おきなわおーでぃおぶっく”を記事にしてくださる久場安志記者と金城君。
久場さんのお兄さんが金城君の同級生だと判明。(こんなふうにあっちの友達とこっちの親戚が繋がっているみたいなことは沖縄では「普通」のこと。)
つまり、金城君は久場さんより年上だということですね。で、久場さんはおいくつなの? ミステリー!

沖縄出張2日目は、まだまだ続く……

tag: 金城史彦  又吉千夏  久場安志  那覇  沖縄の呑食処.下門(しむじょう)  うちなーぐち  ソーキそば  琉球新報  沖縄タイムス  沖縄の旅_2009年2月 

外間守善氏のこと

外間守善という方は、柳田国男とともに沖縄研究の祖師と仰がれるような存在です。伊波普猷の提唱した「沖縄学」、その志を引き継いだ人物で、沖縄を少しでもきちんと勉強しようとした人ならば、その名前を知らないということはない、そのような人です。
高山正樹の書斎にも何冊も外間さんの著作がありますが、なかでも「うりずんの島」という本は、高山のお気に入りです。
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27日のこと。《その日の記事を読む》
沖縄タイムスのロビーにて。儀間進さんのお話。
外間守善は戦争のことは全く話さなかったですよ。同級生の大田昌秀はよくしゃべるけどねえ。外間守善は、ちょっとでも戦争の話になると、体が震えだしてねえ。それが最近になって語り出したようだ。沖縄タイムスに自分の回想を連載していて、その中で、戦争のことも書いていたのではなかったかなあ」

「じゃあ、タイムス社からもう出版されているんじゃないですかねえ」
高山はそういって、受付の又吉さんのところへ向かいました。
「あのね、外間守善さんて、知ってる?」

又吉さんは、社員名簿を開くという失態を、またもやらかしちゃったのです。
「あーあ」
「あ、またやっちゃいましたか」
「やっちゃいました」…
 《前に「やっちゃった」時の記事を読む》

そうして入手した本です。
「回想80年 沖縄学への道」外間守善
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高山はさっそくパラパラとめくってみました。そうしたら、そこにびっくりする記述を見つけたのです。
「あ、外間さんの妹さん、対馬丸に乗船されていらっしゃったのですね。そして、あの事件で亡くなられたのですね」
「ほー、それは知らなかった…」

沖縄にいると、とてつもない話が、すぐ身近にあるといつも感じさせられます。
人もそうです。人間国宝がカルチャーセミナーみたいな企画で教えていらっしゃったり、居酒屋に行けば民謡の大物がすぐそばで歌っていたり、映画を見に行ったら隣に有名な映画監督が座っていたり、古本屋を探していると池澤夏樹や又吉栄喜の署名本がちょこちょこ出てきたり。

考えてみれば、いつも気楽にお話させていただいていますが、儀間先生だって、大変なお方、今でこそ沖縄のメディアではたくさんのウチナーグチの話題で賑わっていますが、儀間先生はそのパイオニア的存在なのですから。

実は、この日の儀間さんのお話ですが、この外間守善氏の話の前後に、もっとずっと長い物語がくっついているのです。でもそれは、ここでは手に負えません。いずれ高山が、「社長とは〜」に書くと申しておりますので、ややこしい続きは、そちらの方で。

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tag: 沖縄タイムス  外間守善  儀間進  対馬丸  又吉千夏  裏へ  伊波普猷 

強行軍その1

10:30国立劇場おきなわ
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11:00FM沖縄にて山川悦史さん
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13:00沖縄タイムス
儀間進さんにお会いするのも、もう4回目、おきなわおーでぃおぶっく次回企画の詰めのご相談をしていたのですが、お話はあっちへ転びこっちへ転び、いつものことですが、それが全部ほんとに楽しくて貴重なお話なのです。今日もたっぷり聞かせていただきました。いずれゆっくりご紹介します。お楽しみに。
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お馴染みの又吉さんと儀間進さんの2ショット。受付の椅子に座っちゃう儀間先生の遊び心が大好きなのです。いつもはカメラを向けると、真面目なお顔をされてしまうのですが、今日は笑わしちゃった。そうしたらどうですこの笑顔。これがホントの儀間先生のお顔です。ああ儀間先生を持って帰りたい。一家にひとり儀間おじい…
 ⇒《儀間さんのスマシタお顔を拝見する》

tag: 裏へ  又吉千夏  FM沖縄  山川悦史  沖縄の旅_2008年10月  国立劇場おきなわ  沖縄タイムス  おきなわおーでぃおぶっく  うちなぁぐちフィーリング  儀間進