FC2ブログ

仏教と映画祭とふいご祝いとクリスマス


今日はクリスマスイブ? 知らん!なんてことは、泉龍寺の東堂さんは仰らない。
だから今日は旧暦の11月7日、沖縄ではふいご祝いの日だから、その話をしよう。
ウチナーグチではフーチェーとかフーチヌユエーとかいうらしい。
(お経の会でも、この話をすればよかったな…)

沖縄大百科事典の「フーチヌユーエー」の項には「鞴(ふいご)の祝い。鍛冶屋が一年中の安全息災を祈る行事」とある。全国的に分布している行事で、沖縄でも全域にあり、工具への感謝の祈願を行ったりと、地域によって祝い方は様々なようだが、城辺砂川のちょっと面白いお祭りが事典で紹介されてるので、それを転載してみる。

「鍛冶屋の製作した農具で殺生された地中の虫、草の霊が祟らないようにと、鍛冶屋の子孫と部落の代表が、鍛冶屋跡地で拝む。そのとき、豚の頭が供えられ、夜中に松明をともして村はずれのイビシ(拝所)までそれを捨てに行く。その行列の火を見ると祟られるといわれ、見た者はむこう3年間、11月8日にフーツキヨーカの祈願をしなければならない」

農業や漁業のお祭りは山ほどあるが、いわば工業のお祭りはこのふいご祝いだけ、かつては他のお祭りに較べてかなり重要な地位のお祭りだったらしい。鍛冶屋の仕事が神聖視されていた証なのかもしれない。
考えてみると、クガニゼーク(金細工)よりカンゼーク―(鍛冶屋)の方が庶民にはずっと馴染みのある言葉だったに違いないし、だからこそ明治になって、シバイシー(役者)が雑踊りの金細工に「カンゼーク―」という読み方を当ててしまった(というか、カンゼーク―という鍛冶屋の踊りに「金細工」という華やかな文字を当ててしまった)という混乱も、なんだか頷けるのである。

そういえば健次郎さんにずっと会っていない。「クガニゼーク」のことも、最後の詰めをしていない。
唐突だが、三上知恵監督の映画もやっていない。どちらもこのままテーゲーにしておいていいのだろうか。

無神論の僕にとって、どうやら今日は、なんでもない日なのだが、事務所では今日、子供たちを集めて琉球舞踊を踊らせて、そしてクリスマスをお祝いするのである。
なんともテーゲーである。

ほらね…
踊り収め?

クリスマス

節操のない一日。

tag: 泉龍寺  沖縄この日何の日  三上知恵  「クガニゼーク」のこと  金細工  沖縄大百科事典  MAP琉球舞踊教室  事務所の光景 

今日は沖縄そばの日ではないか?

今日は、沖縄そばの日である。
ふと、“沖縄この日何の日”というカテゴリの記事が、やっぱり3.11の所為で中途半端になっていることを思い出した。いったいどこまでアップして止まってしまったのか、整理してみたくなった。
“沖縄この日何の日”は、2010年の1月から記事を書き始めたようだ…


2010年
1月22日 旧12月8日 鬼餅(ムーチー)
2月3日 ニンジンの日
2月14日 旧1月1日 正月
2月15日 旧1月2日 ハチウクシー
2月16日 旧1月3日 三日の祝
2月17日 旧1月4日 ヒヌカンウンケー
2月20日 旧1月7日 七日の祝(ナンカヌスク)
2月21日 旧1月8日 トゥシビー
2月25日 旧1月12日 アマウェーダー
2月28日 旧1月15日 旧暦1月15日
3月1日 旧1月16日 十六日祭(ジュールクニチー)
3月2日 裏ニンジンの日
3月4日 三線の日
3月5日 旧1月20日 二十日正月(ハチカソーグァチ)
3月5日 珊瑚の日
3月8日 三板の日
3月30日 旧2月15日 二月ウマチー(ニングヮチウマチー)
4月3日 シーサーの日
4月4日 沖縄県誕生の日
4月5日 清明(シーミー)
4月10日 とうがんの日
4月16日 旧3月3日 浜下り
4月18日 もずくの日
4月25日 さとうきびの日
5月8日 ゴーヤーの日
5月12日 アセローラの日
5月15日 沖縄本土復帰記念日
5月27日 旧4月15日or16日 アブシバレー
6月1日 かりゆしウェアの日
6月13日 旧海軍司令部壕慰霊祭
6月16日 旧5月5日 グングヮチグニチ
6月17日 沖縄返還協定が調印された日
6月18日 海外移住の日
6月23日 慰霊の日
6月26日 旧5月15日 五月ウマチー
6月30日 宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のあった日
7月1日 沖縄県産品の日
7月8日 那覇の日
7月10日 指笛の日
7月15日 マンゴーの日
7月26日 旧6月15日 六月ウチマー
7月30日 7・30(ななさんまる)
8月1日 パインの日
8月5日 裏ゴーヤーの日
※このあたりから、記事のアップが追い付かなくなってきたらしい…
9月4日 古酒(クース)の日
※10月17日は沖縄そばの日なのに、その記事がない!
10月25日 空手の日
11月1日 泡盛の日
※抜けた穴を、二年目で埋めようとした。また二巡目の説明はさらに詳しく、と…
2011年
1月11日 二巡目の鬼餅(ムーチー)※二巡目をどうしようかと…
2月2日 旧12月30日 年の夜(トゥシヌユル)※明日から二巡目を始めるにあたり…
2月3日 旧1月1日 二巡目の正月
2月3日 二巡目のニンジンの日
2月4日 旧1月2日 二巡目のハチウクシー
2月5日 旧1月3日 二巡目の三日の祝+今年のトゥシビー
2月6日 旧1月4日 二巡目のヒヌカンウンケー(火神加那志の下天)
2月8日 旧1月6日(この年の初牛) 二巡目のアマウェーダー
2月9日 旧1月7日 二巡目の七日の祝(ナンカヌスク)
2月18日 旧1月16日 後生の正月・正月十六日
  ※「この日何の日」のなかなかアップできない状況も…
2月22日 旧1月20日 二巡目の二十日正月(ハチカソーグァチ)と尾類馬
3月2日 二巡目の裏ニンジンの日+1974年3月2日に那覇市小禄で起こったこと
3月4日 二巡目のサンシンの日
3月5日 二巡目の珊瑚の日
3月8日 二巡目の三板の日+1982年3月8日、具志堅用高が14回目の防衛に失敗した日
そして大震災が起こる。それでも続けようと努力したのだが…
5月8日 二巡目のゴーヤーの日は無内容。
5月15日 二巡目の沖縄本土復帰記念日は何も書けなかった。


それから6年、ブログはボロボロになった。ブログなどボロボロになってかまわないのだが、今一度、ボチボチと過去の記事も埋め始めた。これからは、過去の記事をアップする場合は、いつ穴埋めしたのかを冒頭に記しておこうと思う。いつか穴埋めが終わった時にも、ボロボロであった痕跡が分かるように。しかし、死ぬまでに埋めることが出来るかどうか。

中途半端な“沖縄この日何の日”も、ゆっくり完成させよう。
というワケで、今日は沖縄そばの日について。
でも、2009年の10月18日に沖縄そばの日についてきっちりアップしているので、そこからコピペして手を抜くことにする。

『沖縄大百科事典』「沖縄そば」の項より抜粋。
「麺は平打ちのうどんに似て小麦粉で作り、ゆでて油をからませる。昔は灰汁(あく)の上澄みを使ってねり平打ちにしていたが、現在はほとんどみられない。」
日本の全国生めん類公正取引規約には、そば粉が3割以上使われていないと「そば」と表示してはならないとある。だから小麦粉100%の沖縄そばの「そば」はこれに抵触しているとして、復帰して4年後、1976年に名称の変更を余儀なくされた。
しかし「そば」は琉球王国の宮廷料理で、「そば」は沖縄の伝統的な呼称なのだ。そこで粘り強い折衝を重ね、1977年10月17日、ようやく「沖縄そば」という名前の使用が許された。許された? おかしな話である。県内のみ許可。なんともお役所仕事である。
翌78年のやはり10月17日、名産・特産扱いという裏技を使って、ようやく全国で「沖縄そば」の名称使用が可能となる。
(といっても本土への移出認可は1987年であった。ちなみに元来宮廷料理の「沖縄そば」は、明治になってからも一部の金持ちの食べ物だった。庶民が食べるようになったのは戦後のことである。)
そして…
1997年、沖縄生麺協同組合が10月17日を「沖縄そばの日」に認定したのである。

あらためて、「この日何の日」の記事一覧を、アーカイブの記事としてアップすることにしよう。その記事リストに、今日の記事を加えておこう。
 ⇒沖縄「この日何の日」一覧

tag: 沖縄この日何の日  沖縄そば  沖縄大百科事典 

11/25のツイートまとめ【猫の成仏】

ubukatamichi

沖縄は雲ひとつないすごくいい天気。でも今から飛行機に乗って帰ります。残念。
11-25 11:07


県立博物館の3階にある喫茶店「茶花」で藤木勇人氏を待つ。
県立博物館の喫茶店にて

裏庭でラジオ用のインタビューを受ける。
県立博物館裏庭
藤木勇人氏に聞かれる
話題は“おきなわおーでぃおぶっく”。新作「儀間進のうちなぁぐちフィーリング~語てぃ遊ばなシマクトゥバ~」を中心に。藤木さんはシーサー玉城さんから新作を貰っちゃったので、ミュージアムショップ“ゆいむい”で「人類館」を御購入くださいました。
ゆいむいにて
店長の池宮城さんと記念に。撮影は西岡美幸さんでした。

美幸ちゃんを家まで送って、僕はカミサンの実家へ。
刺身でシマーを飲り始める。

gajumui

今日は壺屋で焼き物をしている沖縄の娘と1日デート。夕方は県立博物館にて藤木勇人氏からラジオ用の取材を受け、今はカミサンの実家でシマーを飲んでいる。えっ、三線弾けってかい?
11-25 20:38

三味線の皮は猫だとか、我が家の猫は、ありゃでかくて猫じゃなくて犬だ、沖縄のマヤーはもっと小さいとか、我が家に猫が三匹もいる所為でカミサンはなかなか沖縄に来れない、へたすると猫は20年生きる、犬より長生きなんだとか、そんな話をしているうちに、そういえば母ちゃんの生まれた本部でも、死んだ父ちゃんの故郷の久米島でも、死んだ猫を木に吊るしている光景を見たことがあるみたいな話になった。なんでも義理の弟は、久米島では道の両側の木々に全部で10匹くらい、布袋に覆われた猫が吊るされているのを憶えているらしい。
「それって、どんな意味があるわけ」
「わからん」
「ツイッターってえのはさ、こういうの質問すると、すぐに返信があったりするんだよね」
「まさかよ~」

その昔、沖縄のヤンバルとか久米島で、死んだマヤーを木に吊るしたという話をご存知の方はいらっしゃりませんでしょうか?一体それにどんな意味があったのでしょうか?
11-25 21:57

2分後…「猫吊るし!? 」という返信が。
「ほ~らね」
「すごいさ~」
そこで…

そういう名前の風習でもあったのですか?
11-25 22:03

すると…「久米島の知人に聞いてみます」
その後も別の方々から次々に…
「沖縄本島南部の者ですが、聞いた事あります。死んだ猫が化けて出ない様に、成仏出来る様に吊すと」
「ホテルハイビスカスと言う映画で紹介されてます」
(民宿のオヤジさんから)
「岸本司監督の映画『アコークロー』にも出てきました。」
ほう、どうやら沖縄では一般的な風習だったらしい。ああ、しかし今晩はなんだか猫が夢に出てきそうです。こりゃあもう酔うしかない…

【追伸】
東京に戻って調べてみました。ネットで検索すれば、例えば台湾にもある風習だったりと、色々と出てくるわけですが、ここでは『沖縄大百科事典』の「ネコ」の項から…
「(前略)イリオモテヤマネコは、現存する世界の山猫類のうち、もっとも原始的な形質をもっていると考えられている。ネコを神聖視する信仰は古くから世界的にあり、俗信も多い。沖縄でもネコは神の使いだとされ、化けるともいわれる。死骸を葬るとき木の枝に吊るす風習が各地にみられ、そうすると化けネコにならずに成仏するという」
はたして成仏して化けて出られなくなった猫は幸せなのかどうか。因みに『沖縄大百科事典』の「ネコ」の項を執筆したのは、M.A.P.after5には何度も登場し、数日前もヤンバルの森と拝みのエピソードを紹介したばかりの、片野さんの父上、故・池原貞雄氏でありました。

ubukatamichi

今日はS1グランプリだったはず。トロフィーは3年続けて私たちM.A.P.がピーナッツという工房さんにお願いして作ってもらっている壺屋焼きです。今年は誰の手に渡ったのかなあ!
11-25 22:56

tag:   池原貞雄  うちなぁぐちフィーリング  沖縄県立博物館美術館  藤木勇人  西岡美幸  沖縄大百科事典  沖縄の旅_2012年11月 

エイサーの曲を始めた

《10月5日(水)~6日(木)》
大震災から208日~209日目……

【この日呟いたこと……】
17:02
しかし、東京はいつまで航空機モニタリングの結果を出さないつもりなんだ。神奈川はその後だよなあ。東京より先はおかしいもんなあ。やっぱりさ、こんな状態で安心してる奴の気が知れない。嫌な予感がする。杞憂であることを願う。


M.A.P.三線教室で、エイサーの曲を練習することになった。チョンダラーの歌に触発された僕個人としては願ったり叶ったり。しかしエイサーの曲というものがあるわけだはなく、たくさんの曲がエイサーに使われているということらしい。少しばかり甘く考えいたようである。いったい何曲くらい覚えれば、エイサーを深く楽しめるようになるのか。

『沖縄大百科事典』より。
エイサー:(沖縄の)盆踊。旧暦7月15日の盆の夜、各戸でウークイ(精霊送り)をすませたころ、それぞれの村落の神アシャギ(村々において神を招請して祭祀を行う場所)の庭に集まり、円陣舞踊を奉納し、そのあと各戸を巡回する。エイサーは在来のエサオモロという集団舞踊に念仏形式が加わったものとみられ、はやしことばの<エイサー>から来ている呼称。本来は(中略)村の大切な宗教行事、旧盆に欠かせない魂祭として演じられた。三味線、太鼓・踊子が行列をつくり道行きの歌をうたいながら、辻々や各戸を巡回する。必ず継親念仏などの念仏歌を冒頭にうたい、祖霊の供養をおこなう。そのご<スーリー東><久高万寿主><ダンク節>など、各地の民謡歌を選んで全体的構成をとっている。(後略)

実際にどんな稽古をしたかは三線教室の専用ブログに任せるとして、練習が終わったら一杯やるのが恒例っぽくなってきた。それも持田明美、鈴木雄介両人がいればということなのだろうけれど。

今日は酒菜へ。
null
豚足には手をつけなかった。
昨日の今日、真剣に健康ゲーム再開を誓ったのに。
null

少し先を急いでいるので、ここから先はやっぱり後日。
null null
店を出たのは午前1時半であった。

tag: 喜多見_居酒屋.酒菜  沖縄大百科事典 

三板の日・具志堅用高が負けた日

3月8日、三板の日

《去年の記事をコピペ》
三板と書いて「サンバ」と読む。「沖縄三板協会」というのもあるらしい。『沖縄大百科事典』によると「琉球楽器の図」(『江戸上り史料』のなかに両班・壇板・挿板などとともに掲載され、〈拍板以指鳴之〉と奏法まで記されている」とあるくらいだから、決してブラジルのサンバと関係あるんじゃないのなんて、いい加減なことを飲み屋などで言わないでください。

去年とまったく同じじゃあ芸がない。そこで。
1982年の3月8日。WBA世界ジュニア・フライ級チャンピオン具志堅用高が14回目の世界王座防衛に失敗した。

【3月10日に追記】
※当記事のコメント参照
この日はミツバチの日だったらしい。沖縄市にある小浜養蜂場では、この日は安売りするらしい。
で、宇夫方女史の報告によると、喜多見のセブンイレブンの入口に、こんな立て看板があったらしい。
null null
彼女はマンマと引っかかって、こんなパンを買ったらしい。
null
このパンの全貌は食べた日に。

tag: 沖縄この日何の日  セブンイレブン喜多見店  沖縄大百科事典 

二十日正月・尾類馬

昨日は琉球舞踊厚着カルチャーのメンバーは自主稽古をした模様。
 ⇒琉球舞踊専用ブログ記事

旧暦1月20日、二十日正月(ハチカソーグァチ)

正月行事の最終日。仏壇に田芋練り(ターンムニー)を供えるところが多い。
辻町ではジュリ馬が行われた。その起源は不明だが、辻遊郭の豊年と商売繁盛を祈るお祭りである。「ジュリ」とは遊女のこと。「尾類」とも書く。『沖縄大百科事典』によると「獅子とミルクを先頭に、各楼から選ばれたジュリが板を馬首に象った<ジュリ馬>を前帯にはさみ、装いも美しく遊郭内を練り歩いた」とある。

今年も辻町の町内会主催で開催。昔のように大々的にできない原因は「遊郭」。


踊っている人たちのウチナーカンプーとジーファーがいいですなあ。

tag: ジーファー  沖縄この日何の日  沖縄大百科事典 

後生の正月・正月十六日

旧暦1月16日、後生の正月

去年は「十六日祭(ジュールクニチー)」と紹介した。そしてこんな記事を書いた。

久米村:ポーポー(沖縄のお菓子)などを持って墓参りをする。
首里:墓参りする。一年間に不幸のあった家では、ミージュールクニチ、あるいはミーサという。
那覇:前の年に亡くなった家族の冥福を祈る。
天久:ミーサ。那覇に同じ。
小禄:ミーサー。那覇に同じ。昔は三年間毎年続けた。


つまらない記事である。今年はもう少しなんとか、と調べ始めたら、大変なことになって、どうやら今日中に書き終わることはなさそうだ。
2011年版の“この日何の日沖縄篇”について、2月2日の記事に「リアルタイムでアップできるのでは」と書いたばかりだというのに、たった3週間足らずでもう挫折した。
それどころではない。今年のトゥシビー(新暦1月3日、旧暦2月5日)も、旧暦12日のアマウェーダーも書きそびれている。

ともかく、なんだかんだと忙しいのだ。それなのに、こうまでしてブログを書く意味なんてあるのかな、とも思いつつ、続けている。まあ、もう少し頑張ってみよう。

“社長とは呼ばないで”にいたっては、1年以上も間が開いてしまったが、それもなんとか再開するつもりである。

後生の正月についても、こうなったらゆっくり書く。

【3月3日に追記】
まずは……
 ⇒「今年のトゥシビー」を追記しました。
 ⇒「今年のアマウェーダー」を追記しました。

そして……
『沖縄大百科事典』より

後生の正月:(グショーヌソーグヮチ)沖縄諸島では旧暦1月16日の〈正月十六日〉をいうことが多いが、本島北部の大宜味村では8月10日の柴差、八重山諸島では八月十五夜以降のシツィの祭りにも〈後生の正月〉という。正月十六日には一族そろって墓参りをし先祖供養をしたが、宮古諸島の狩俣ではこの日を〈正月の大祝い(ウフヨー)〉、池間島や伊良部島で〈正月の祝い(ユーイ)〉、また奄美の徳之島で15日の〈小正月〉の晩を先祖の〈年の夜〉(大晦日)とし、翌16日を〈親方祭り(ウヤホーマチリ)〉という例からすると、大正月以前の先祖の正月は小正月だったと思われる。柴差の日を一年中の行事の総括りといい、八重山諸島でシツィの初日を〈年の夜〉(年の晩とも)とよんで〈節振舞(シツィフルマイ〉を盛大にするのは、現世で祝いを怠ると死霊があの世の呪いに誘うため、村里に近づいてくると考えられているからである。この伝承に、収穫祭が生産年の変わり目の正月儀礼であり、死者儀礼ともする古代意識をうかがうことができよう。

正月十六日:祖霊供養の祭り。ジュールクニチーと称し、正月元旦がイチミ(生身)の正月であるのにたいし、グソー(後生)の正月であるといわれている。清明祭が盛んな那覇や沖縄本島中部では、過去1年に死者のでた家、いわゆるミーサ(新仏)の家だけが墓参りをするが、本島北部や宮古・八重山地方では、ミーサに関係なくそれぞれが所属する墓へ行って先祖供養をする。(中略)過去1年に死者の出たばあいを初十六日という。

そういえば、ななしん屋のママが「宮古には正月や清明祭(シーミー)より大切な“後生の正月”というものがあるんだよ」と言っていたっけ。
 ⇒2009年2月の沖縄の旅2日目の夜のこと
「宮古」のカテゴリーを作りたい、でも、きっと僕には、まだその資格はない。

tag: 沖縄この日何の日  沖縄大百科事典 

旧暦1月7日は“七日の祝”です

旧暦1月7日、七日の祝(ナンカヌスク)

久米村:ナンカノシュク。七草雑炊(ナナクサジューシー)を霊前に供える。
首里:七日の節供(ナンカヌスク)といって雑炊(七日粥)と酢の物を供える。
那覇:七日祝(ナンカヌスク)である。七草を入れた雑炊をご霊前に供える。
(※那覇の項を担当執筆した方は、子供の頃経済的な理由でやらなくなったそうである。)
真和志:七日(ナンカ)の祝(シュクー)。年の夜(ユルー)に飾った、仏壇、神棚、床、火の神、および門の芯松(シンマーチー)、色紙など一切を取り下げる。晩に、御仏壇に雑炊飯を供える。
小禄:豚のコー引きといって豚小屋を拝みに行く。
(以上すべて『那覇市史』資料篇より)

『沖縄大百科事典』では……
七日節句(なのかのせっく)
【奄美】〈ナンカンセク〉という。奄美諸島では、床の間、先祖棚などに飾ってあった供え物を下げて雑炊(七草がゆ)を作って食べる。また地域によっては、この日に天から鬼が降りてくるとか、正月料理を食べて肥満した人間を、夜、鬼が食べにくるとかいう伝承があり、雨戸をたたいたり、鉄砲を天に向かって撃ったり、ホラ貝を吹きたてたりして、村中いっせいに騒ぎたてた。
【沖縄】〈ナンカヌシュク〉という。各家夕食時に火の神、仏壇に雑炊、汁を供える。地域により祈願目的に相違があり、折目であることを報告するだけ(与那原町板良敷)、豊作を乞う(石川市)、正月豚の初七日でその厄を払う(本部町備瀬)など。七日の祝いの料理は豚肉雑炊を供えるところが多いが、那覇市久米村のように七草雑炊というところもある。竹富島ではこの日を後生(グショー)の正月だとして墓地へいくのを忌む。読谷村宇座那覇市泊与那城村伊計のように、この日に正月飾りを取り払うところもある。

たぶん、これごく一部です。はあ、もう大変。
これが沖縄なのです。

今晩は“ゆんたくの会(沖縄語を話す会)”です。勉強しているのは首里の言葉です。那覇の言葉とはニアリーイコールです。ヤンバル(沖縄本島中部)とは…… 勉強不足でよくわかりません。
これが沖縄なのです。

tag: 沖縄この日何の日  ゆんたくの会  首里  沖縄大百科事典 

ヒヌカンウンケーは何時頃降りて来るの

旧暦1月4日、ヒヌカンウンケー(火神加那志の下天)

前年の12月24日に天に昇った火の神加那志(かまどの神)が再び降臨してくる日。かまどの神にお供えをする。『那覇市史』資料編に拠る。「小禄」には記述なし。

『沖縄大百科事典』火の神(ヒヌカン)の項によると「元来〈かまど〉そのものを拝したのであるが、やがてかまどをかたどった3個の石に変わる」とある。また「沖縄諸島に仏壇が登場したのは後世のことで、それ以前、家庭を守る神は火の神であった。したがって、家庭に吉凶のあるときは、火の神を拝した。現在でも、家庭における重要なできごとは、最初に火の神、つぎに仏壇を拝する順序をとっている」。

昨年の記事、殆ど其のママ。
只今午前0時。自動的にアップする設定。さてヒヌカンウンケーは何時頃降りて来るものなのだろうか。

tag: 沖縄この日何の日  沖縄大百科事典 

【ハチウクシー】と【マドゥトゥシビー】

旧暦1月2日、ハチウクシー
(参考:『那覇市史』資料編第2巻中の7)
ハチウクシー(初興し)。要するに仕事始め。小禄では3日。久米村では書初めをする。首里は那覇市史に記述なくてわからない。
それから初拝み。これは小禄でも同じ。

(※ここまでは昨年の記事をコピペ)

『沖縄大百科事典』によると……
初起し はつおこし(ハチウクシー):年頭におこなう仕事始めの儀礼。正月2日か3日に仕事を手がけるまねをする。農家では〈ハチバル〉(初の畑仕事)といい、畑を3度鍬で掘り起こしたり、畑の見回りをして朝のうちに切り上げる。(中略)漁民は〈舟起し〉として、サバニに供物をしたり、鰹船などでは、大漁旗を掲げ、船霊に年間の安全、豊漁祈願をして祝う。大工は鋸の目立てをする。どの職業も本格的な仕事始めは初起しの翌日である。

もうひとつ。
マドゥトゥシビー
『沖縄大百科事典』によると、首里・那覇の還暦を過ぎた人は、今日から2月15日(つまり旧暦の1月13日)の間の、自分と同じ干支の日に小宴を開くのだそうです。それを「マドゥトゥシビー」という。

今年の旧暦1月は(括弧内は新暦)……
1月2日(2月4日)寅
1月3日(2月5日)卯(今年のトゥシビー)
1月4日(2月6日)辰
1月5日(2月7日)巳
1月6日(2月8日)午
1月7日(2月9日)未
1月8日(2月10日)申
1月9日(2月11日)酉
1月10日(2月12日)戌
1月11日(2月13日)亥
1月12日(2月14日)子
1月13日(2月15日)丑

これについては、まずトゥシビーのシステムを理解していないと分かりにくいですね。トゥシビーについては、去年の記事をお読みください。
 ⇒【トゥシビー】のこと

要するに、60歳以下の人は、自分の干支と同じ干支の年の、旧暦の正月2日から13日までの間の自分の干支と同じ日にトゥシビーの祝宴を開く、けれども60歳を過ぎたら、自分の干支と同じ干支の年だけではなく、毎年正月、自分の干支の日にお祝いをする、それをマドゥトゥシビーという、というわけです。

『沖縄語辞典』によると、「マドゥ(madu)」は「隙間」のこと。また「平素」「不断」「ふつうの時」という意味もあります。つまり本来の「トゥシビー」の合い間であっても、お年寄りに対しては、平素からいつも敬いましょう、といったところでしょうか。

こんな調子で“沖縄この日何の日”アップしていきます。
さて、隙間なしに、途絶えることなくアップできるかなあ、やっぱり不安。

さらに。
ハチウクシーも、大きく括れば初御願(ハチウグヮン)の一種です。旧暦1月2日は、その他にも初御願関連の行事が沖縄各地に色々とあるのですが、それについてはまた来年かな……

続きを読む

tag: 沖縄この日何の日  沖縄大百科事典