喜多見の“酒菜”で真久田さんと

《10月18日(火)》
大震災から221日目……
昨日の朝、宮崎のホテルで見たNHKの朝の番組。全国からいくつかの家庭を選んで、一週間の食事の放射線量を測ったがさてその結果は、といった内容。なんだかどうしても納得がいかなくて、一日明けて呟いた。

【そして……】

11:23
例のNHKあさイチ、ホントは呟きたくないのだが…単体の商品などを測定する場合、定量限界(下限)以下をNDとするのはある意味致し方ない面もあるだろうが、3週間3食計21食調べたのなら検出限界と誤差を示した上で数値を公表すべきではなかったか。
11:25
番組の中で0.3Bqくらい検出できると言っていた。その検出限界10倍の3Bqが定量限界でそれ以下を0としたのでは?須賀川で出たセシウム134が3.66Bq/kgが最小だったというデータともピッタリ。僕、素人です。間違い指摘してください。

11:38
あさイチ追伸。例えばセシウム134と137が毎食2Bqづつ検出されていたとしてもどっちも定量限界以下だから0+0。一日だと12Bq。しかし0。2週間で252Bqも0。これでも間違いではないってことですよねえ。僕、素人です。間違っていたら指摘してください。


「定量限界」ってなんだみたいな話は、このご時勢、ちょっとネット検索すればいくらでも丁寧に分かりやすく説明してくれるサイトがあるだろうからそちらにお任せするとして、問題の一日12Bqが高いのか低いのか、それは意見の分かれるところ。ただ0.3Bqを検出できると言ってしまったら、見ている人は0は少なくとも0.3Bq以下だと思ってしまう。まだそれならいいほうで、ボソっと言っただけの「0.3Bq」を聞き逃した人にとっては0は0だ。こういうことをやられると、根本的にこの検査、信用置けるのかとなってしまうわけで。まあ、この点についても、ネットはずいぶんと賑っているので、どうぞそちらで。

しばらく空けていた書斎。その間に家人が掃除してくれたので、少しは線量が低くなるかと思ったがちっとも変わらず、やっぱり0.10から0.12くらい。線量計、宮崎便の機内で使って、壊れちまったのかと心配したがそうでもないらしい。
気まぐれにベランダに出て測ってみた。
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よくわからん。それでも測り続けるよ、出来るだけさ。

もうひとつ昨日のこと。帰りの飛行機に乗る前に、沖縄タイムスの真久田さんから電話があった。東京に出張、明日(つまり今日の18日)そっち(つまり喜多見)に行く。ブログ(M.A.P.after5)に乗ってる酒菜というお店に連れていけという。

ボチボチ時間、書斎を出て喜多見に向かう。

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鉢呂経産相辞任の記事のこと、自由報道協会のこと、沖縄タイムス本社の受付のこと、三線コンクールの新人賞課題曲の伊野波節のこと、新しい三線音楽のこと、前近代が残る沖縄が今日本で果たすべき役割のこと、全て後日ご報告する。暫し。

tag: 真久田巧  震災・原発・放射能_あちこち測る  喜多見_居酒屋.酒菜 

孤立無援の交流

沖縄タイムスへ寄った。
真久田さんに会った。
「名護市民会館の、鳩山さんが記者会見したロビーで記念撮影してきましたよ」
「あそこは観光地じゃないよ」
と、真久田さんは笑った。

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もう、山猫合奏団の高山正樹ではない。
では、何の高山正樹なのか。そのあたりがよく分からなくなってきた。なぜ沖縄なのか。全て「第4の琉球処分」の所為である。

「M.A.P.という会社の代表ではないのですか」
「しばらく、許して欲しい。会社がどうかなれば、責任は全て取る」

きっと、たくさんの人に会う。けれど、というか、だからこそというか、僕の沖縄へのアプローチは、きっと孤立無援なのである。
「お願いです。くれぐれもひとつの記事だけで、何かを判断してしまうことのありませんように……」

tag: 真久田巧  辺野古  沖縄タイムス 

小さくて温かい送別会(沖縄にて)

(父、隆士の携帯電話で撮った写真でお送りします。)

沖縄を引きあげる両親の為に、井上真喜ちゃんが送別会を開いてくれました。場所は両親の家の近くにある“みぃーむーん食堂”。引越し屋さんが荷物を取りに来た後の最後の食事。

両親と、井上真喜ちゃんと、それから沖縄タイムスの真久田巧さんと又吉健次郎さんと、たった5人の小さな小さな食事会。
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 ⇒朗読会にも皆さん来てくださいました。
真久田さんは、あの最後のコラムを書いたあと、文化事業部へ異動されたそうです。

みぃーむーん食堂はちっちゃなお店だから、5人ですっかり貸切です。店長の呉屋くんがこの日のためだけの特別メニューを作ってくれたらしい。
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解像度のよくない携帯のカメラだから読めないかもしれませんが、「宇夫方様達のための特別な晩ごはん」と書いてあるのです。
最後に、真久田さんが八重山民謡を歌ってくださったと聞きました。
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何を歌ってくださったのだろう。とっても長い歌。会の最後にお客様を送り出す時に歌う歌で、お客様がすっかり帰るまでず〜っと歌うのだそうです。だから長いんですって。

皆さま、長い間父と仲良くしてくださって、本当にありがとうございました。
(宇夫方路)

tag: 宇夫方隆士  真久田巧  又吉健次郎  沖縄の呑食処.みぃーむーん食堂  井上真喜 

宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会《又吉健次郎さんがメンテナンスしたジーファー》

パラダイス通り……大東そばで腹ごしらえして……
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“Bar土”へ
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今回の旅の最大の目的。
“宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会”
  ⇒告知記事

まだ準備中だったので、ちょいと2階のギャラリーへ……
“石川真生展”のためのスナップ写真がたくさん貼ってあった。

やっぱり強烈だ……

石川真生の名前を知ったのは、確か大江健三郎の何かの著作だったはず……
M.A.P.after5でも、ほんのちょっとだけ真生さんのことに触れたっけ……
  ⇒http://lince.jp/hito/…
「あしたの夜6時から、展覧会の会議やるけど来る?」
「そんな自由なの」
「そうだよ」
参加したいけど、今回はスケジュールが一杯。

開演前、流れる映像は“一瞬のコーヒー”……
  ⇒“一瞬のコーヒー”のページ

やがて朗読会が始まる。
こんな感じで語り……
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こんな感じで聞いている。

真喜ちゃんが撮影している……
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終演後……
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左から、宇夫方隆士氏、沖縄タイムス文芸部長で論説委員の真久田巧さん、そして又吉健次郎さん
浦添美術館での宇夫方隆士詩画集展の仕掛け人が健次郎さん。それがきっかけで宇夫方隆士さんは沖縄タイムスの新聞小説の挿絵を書くことになった。その時の担当が真久田さん。その真久田さんが、私達を大城立裕氏に繋いでくださった。たった一年半前のことなのです……

その他に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々。
石鹸の森山さんご夫妻
沖縄県立博物館ミュージアムショップ“ゆいむい”店長の池宮城さん
この度、“儀間進さんのコラムを読む”の企画に参加してくださることになった井上さん。
それから、今朝、首里の味噌屋で遭遇した映像クルーの女性。
(※実は真喜ちゃんの仕事仲間だったのです。こんなこと、沖縄ではよくあることです。)
その他、隆士さんのお知り合いの方々。(ご紹介できずにごめんなさい。)

皆様、ありがとうございました。

そして、おきなわおーでぃおぶっくのCD“人類館”と、それ以外にも、宇夫方隆士氏がジャケットデザインを担当した“カクテル・パーティー”“「対馬丸」より”“ノロエステ鉄道”も、“bar土”で販売してくれることになりました。ごうさんに感謝です。
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これで一区切りつきました……

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tag: 「クガニゼーク」のこと  井上真喜  沖縄の呑食処.大東そば  沖縄の呑食処.Bar土  沖縄_おーでぃおぶっく.  ジーファー  真久田巧  宇夫方隆士  又吉健次郎  沖縄(2009年冬) 

沖縄2日目その2(大城立裕氏のお誕生会)

いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

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右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。

実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。

大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!

そして記念撮影です。
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左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?

そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。

さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。
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うまかったんだなあ、これが。

まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)

沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。

儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・

じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと……
それはまた次の記事で。

tag: トートーメー  国際通り  うちなーぐち  金城牧子  井上真喜  真久田巧  大城立裕  儀間進  沖縄の旅_2008年秋  沖縄の呑食処.じんじん 

沖縄オーディオブックのはじまりのこと

2008年の春、会社を設立して初めての決算を前にして、高山正樹は考えていました。
自立した一人前の会社にするために、僕らにできることは何なのか。たくさんのことを思い浮かべたけれど、そのほとんどが次々と消えていきました。
その中に、オーディオブックもありました。例えば、著作権切れの作家の作品を朗読してデータ配信するのはどうだろう。でも、誰もが思いつきそうなお手軽な発想、事実、そんなサイトは、もうすでにたくさん存在していました。
高山正樹は思いました。「これも違うな」。

ある日、高山正樹は、ふっと気がついた、高山の書斎には1000冊近い沖縄関係の蔵書があるのです。「これだ!」と高山正樹は思いました。その日のうちに、知り合いのルートを頼って、沖縄タイムスの文芸部長にコンタクトをとりました。「是非とも、大城立裕先生にお会いしたいのですが。」
沖縄に特化したオーディオブックを作る。ならばその始まりは大城立裕氏以外には考えられない・・・

「何をしたいのか、その意図は何か」沖縄タイムス文芸部長の真久田さんから当然の質問が来ました。
即刻、高山正樹は20年間の沖縄との関わりを綴ったメールを送りました。(高山正樹の沖縄との関わりについては、いずれ高山本人が「社長とは呼ばないで」に書くでしょう。)
すぐに真久田さんより、「大城先生が会ってもよいとおっしゃっておられます。直接に電話するように。たった今なら御自宅にいらっしゃいます」と、大城先生の電話番号が書かれた返信メールが届いたのです。

6月8日。初めて大城立裕先生のお宅に伺いました。首里の高台にある、平屋の一見ごく普通のお宅。
奥様が上等な「ちんすこう」を出してくださいました。でも高山は緊張のためか口が渇いていて、もそもそして頂くことができなかったようです。

大城先生が、開口一番おっしゃいました。「又吉くんのほうが、いいんじゃないか」
又吉くんとは、「豚の報い」で芥川賞を取った沖縄の人気作家、又吉栄喜さんのことです。高山正樹は答えました。
「いえ、まず何としても大城先生の作品で始めたいのです。それも『カクテル・パーティー』から、それ以外は、全く考えておりません。」

大城立裕先生は、こちらのお願いを快くOKしてくださいました。次の日、大城先生をご紹介いただいたお礼と、併せて「セロ弾きのゴーシュ」のCD発売を記事にして頂けることになったお礼の御挨拶のため、おもろまちにある沖縄タイムス社まで出向きました。そのついでに、といってはなんなんですが、受付そばのテーブル一個を占拠して、山猫合奏団のコンサートを沖縄でやるための作戦会議をしていたのです。あつかましいはなしですね。でも、受付の二人の女の子は何の文句も言わず、それどころかニコニコ応対してくれて、とっても仲良くなりました。
「二人とも、とび抜けてカワイイ」とは高山正樹の弁。
「あんまりかわいいから、憎らしいから、もう一回画像を貼り付けちゃおう」
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そのうち、ついに高山が、受付の又吉さん(左側の彼女。偶然にも作家の又吉さんと同じ苗字)にちょっかいを出したのです。(右側は山田さんです。)
「ねえ、大城立裕さんて知ってる?」
すると彼女は、受付に常備している社員名簿を取りだして調べ始めました。
「違うよ、社員じゃないよ。あれー、大城立裕も知らないの? ここ、確か沖縄タイムス社だよねえ。今日の朝刊にも、大城さんの記事、出てるんだよ」、高山正樹はそう言って、新聞を持ってこさせて、その掲載記事を彼女に指し示したのでした。

ちょっとお昼を食べに出て、また営業会議の続きに戻ってくると、又吉さんが飛んできて、そして高山の手を取って、
「ごめんなさい。大城さんて大変な方だったんですね。うちでも何冊も本を出して頂いていて、大変お世話になってます。上で聞いたんですが、とっても叱られました。これからも色々教えてください。よろしくお願いしまーす。あ、それから、山猫合奏団の記事が出たら、その新聞、5部くらい、とっておきますから。また寄ってくださいね。」

あとでその話を真久田さんに話したら、
「今は、もうそんなもんですよ」と苦笑いしていらっしゃいました。

要するに、会社の顔に必要なのは、大城立裕を知っているかどうかではなくて、かわいいかどうかってことなのか、とは高山正樹の呟きです。
商売的には前途多難かなと、その時は思いました。でも今は違うことを思ってます。今の若い人は、沖縄の若者でも、大城立裕の名前さえ知らない。しかし、だからこそ逆にやりがいがある、やらなきゃならない、そんな気がしてきて、ファイトが湧いてきているのです。

今までは、まだ朗読の収録前だったので、お知らせできなかったことを、今日ついに御報告することができました。
明日、CDに特別収録する大城立裕氏のインタビューを録音して、あとは出来上がりを待つばかりです。また後日ご報告します。
あ、そうだ、ジャケットのデザインがまだ決まってない。大変だ・・・。

tag: 又吉千夏  山田早希  又吉栄喜  沖縄タイムス  山猫合奏団  真久田巧  大城立裕  おきなわおーでぃおぶっく  カクテル・パーティー