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首里城祭り②

まる子さんが首里城に行きたいという。
そういえば、首里城のタグが付いた記事はいくつかあるが、実際に行ったという記事はひとつもない。タグを集めて「沖縄あんなとここんなとこと」としてまとめているが、首里城の画像が一枚もない。そうか、ブログを始める前に行ったいわゆる定番の場所が、すっかりこのブログから抜け落ちているのだ。初心に帰ってあらためて訪問することにした南部の戦跡と同様、首里城をはじめ、そういう場所に今一度行ってみるのもいいかもしれないと思い始めた。

ということで、首里城へ。
(あ、肝心な守礼門の画像を撮り損ねた…)
歓会門

首里城へ入る第一の門。
冊封使(さっぽうし)を歓迎する意が込めて歓会(かんかい)門と名付けられている。
首里城の踊り

登って来た道を眺める。
向こうに見えるのが、今くぐって来た歓会門で、手前右にあるのが久慶門(きゅうけいもん)である。
振り返る
歓会門が正門であるのに対し、久慶門は通用門で、主に女性が利用したらしい。国王が寺院に参詣したりするときにも使用された。つまり、人々が日常的に出入していた門である。

首里城正殿のある「御庭(うなー)」に入るには入館料が必要。その前にある広場が「下之御庭(しちゃぬうなー)」で、正殿前の御庭で行われる儀式の控えの場である。御庭への入口の反対、下之御庭の西にあるのは、「系図座(士族の家系図を管理する役所)」と「用物座(城の物品資材を管理する役所)」のあった建物で、復元されたその建物は、現在休憩案内所になっている。
夕暮れの頃、その建物の前に、観光客が集まって来た。
首里城の踊り
首里城では、「舞への誘い」というイベントが、毎水曜・金曜と土日及び祝日に、午前11時、午後2時と4時、1日3回開催されている。しかし今日は首里城祭りなので特別プログラム、普段はない夜の舞台もあって、運よく見ることが出来た。
首里城の踊り

まずは四つ竹から。なんと、踊っているのは妙ちゃん(左)ではないか!
首里城の踊り
見入るふたり。
見入るふたり?
ふたり?
いやいや、その向こうにいらっしゃるのは、知名文子先生ではありませんか。
三人見入る

「系図座・用物座」の控室へ行って、記念撮影。
控室は系図座・用物座

元々妙ちゃんは、知名先生に太鼓を習い、踊りは川口喜代子先生に習っていました。でも、川口先生のところからではコンクールが受けられないということで、関りえ子研究所から新人賞を受けたのです。でもその後、案の定色々あって、妙ちゃんは、琉球舞踊の先生でもある知名先生の研究所に移りました。
つまり、今日の首里城の舞台は知名先生の教室が担当していて、弟子たちの踊りを、知名先生は真剣に見ていたというワケなのですね。

この日は、まだもう一回ステージがあるとか、頑張ってね、僕らは帰ります。
もう日はとっぷりと暮れ、ライトアップされる首里城。
首里城ライトアップ

さあ降りよう。
帰り道

ライトの道
振り返れば…
首里城の明かり

首里城音楽祭が開催されていました。
首里城音楽祭

夜の守礼門は、しっかり撮影しました。
守礼門

まる子さんは、この日の遅い飛行機で東京に帰りました。

tag: 沖縄の旅_2018年10月  首里城  丸山ゆうき  江端妙子  知名文子 

民謡スナックでいご(7日その3)

何しろここは宜野湾市。いくら眠くてもひとりじゃ帰れない。というわけではないけれど、知名先生に行こうと誘われれば、どこまでだってついていきますとも。

というわけで、普天間にある“民謡スナックでいご”へ
波田間武雄さんのお店です。

波田間さんと知名先生のデュエット。
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波田間さんは沖縄で大人気のフェーレーという民謡グループの一員。
知名定夫がプロデュースし、憂歌団の内田勘太郎氏などがゲスト出演しているCDを発売中。



知名先生、ねむたそうな宇夫方路の顔を見て、
「みっちゃん、つまんなかった? ごめんね」
いえいえなんの、宇夫方路は、確かに目を開けて聞いていましたよ、先生。
頭の中はちょっと、ぐじゅぐじゅだったけど。

tag: 沖縄の旅_2008年12月  波田間武雄  沖縄の呑食処.民謡スナックでいご  知名文子 

差し入れと忘年会(7日その2)

コンクールの授賞式に出席していた人も合流して、チャリティー公演の打ち上げを兼ねての忘年会。
知名文子先生を囲んで記念撮影。
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お花を持っているのは今回コンクールで受賞した方です。

隣の部屋では、幸(みゆき)太鼓の会の面々が、やっぱりコンクール受賞のお祝いをしていました。会長の伊良波幸善先生は知名先生のお知り合い、ということでここでも記念撮影しました。
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伊良波先生は野村流音楽協会や沖縄伝統太鼓協会などの相談役もなさっていらっしゃいます。
「僕はイロハです。」
「え?」という顔をしていたら
「内地の人は、そう言うと名前を憶えてくれるんです」
ですって。

ともかく、沖縄には芸能者がたくさんいらっしゃるのです。
M.A.P.の事業とは直接関係ないようですが、沖縄ではこういう繋がりがとても大切なのです。

毎晩はちょっと大変ですけどね。

ところが、これで終わらないのが沖縄なのです。

tag: 笠原真理子  沖縄の人  太鼓  沖縄の旅_2008年12月  伊良波幸善  知名文子  沖縄芸能コンクール 

“もんじゃ”をカチャーシー

もんじゃです。
もんじゃ焼き
カチャーシーは、お馴染みの沖縄の庶民の踊りです。カチャーシーには「かき回す」という意味があるんです。“もんじゃ”と“カチャーシー”、なんだかビビッときませんか。

宇夫方の、沖縄の太鼓の師匠、知名文子先生です。
知名文子先生
岐阜県での催しに出演しての帰り道、沖縄へ戻る前に東京に寄って遊ぼうっと、お仲間と月島もんじゃツアーです。

安冨祖流三線金城清雄先生と
安冨祖流三線の金城清雄先生と知名先生のお弟子さんの笠原真理子さん。
そこに宇夫方路が合流。
お店の人が「自分で焼きますか?」
金城先生、やるやると言って焼き始めたのですが、説明を聞かずどんどん焼いちゃうので途中でお店の人に取られてしいました。

それじゃあ私に任せなさい…
宇夫方路が捏ねる 捏ねる捏ねながら笑う 焼く宇夫方焼く! 私、商売間違えたかしら?

そして最後は日本地図。
もんじゃで作った鉄板の上の日本地図
北海道はないし、九州もないし、その代わり沖縄だけはやけにでかいし、というより、食べもので遊んではいけません。
というか、ほんとにおいしかったの?

このあと、ちゃんとぐちゃぐちゃにして、残さず食べました。

こんなふうに、ほんとの日本も、偉い人もそうじゃない人も、沖縄も本土も北海道も、クラシックも落語も、宝塚のトップスターもどっかの無名役者も、訴えた人も訴えられた人も(これ「雨にも負けず」を意識してます)、右も左も何もかも、名札なんか捨てちゃって、みんなカチャーシーして仲良くなれば、どんなに住み良くなるかしらと、ほんとに考えている今日この頃なんです。
でも、そうなったら、江戸っ子の気風(きっぷ)とかウチナンチュの心とか、いったいどうなっちゃうのかなあ…
(宇夫方路のフリをして高山正樹が書く)

tag: 知名文子  金城清雄  カチャーシーの光景  笠原真理子