うぶかたさんの沖縄通信その3の3

私たちはCDの販売で忙しく、ロビーの歓談には不参加。やっと落ち着いてから、改めて楽屋に御挨拶に伺いました。
知念正真さんと再会です。
知念正真さんと再会
横を向いていらっしゃる時は笑っておられるのですが…

楽屋通路で皆さんと記念に。
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この画像はOfficial Blogでも使用したのですが、撮影したのは金城君。
金城君「知念先生、笑ってください。」
知念先生「今、思いっきり笑ったんだけどなあ。」

左の方は、もちろん演出の幸喜良秀さん。そして右の方は今回制作を担当された「創造」の又吉さんです。
又吉さんは終演後の舞台挨拶で私たちのCDを宣伝してくださいました。
「人類館のCDをロビーで販売しています。定価2300円のところ、本日おいでの皆様には、特別に2300円で販売いたします。」
場内大爆笑!おかげでたくさんのお客さまにCDを買っていただきました。ありがとうございました。

この日、沖縄の劇場に来たお客様の感じは、東京とはずいぶん違いました。ウチナーグチは、東京では「違い」を際立たせる武器、でもここでは、「同じ」であること分かち合う温かい命の道具なのですから。

劇場を出ると、知念先生の奥様にお会いしました。
記念に一枚お願いします。カシャ!
知念先生の奥様と

これで、今回の沖縄からの報告は、全て終わり!

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うぶかたさんの沖縄通信その3の2

さて、今日の劇団創造の「人類館」の公演は東京早稲田の大隈講堂での公演の凱旋公演として行われたものです。

終演後のロビーでは、役者さんを交えて、たくさんの方々が和やかに歓談されていました。
男:花城清長さん 調教師:上江洲朝男さん 女:小嶺和佳子さん
花城清長さん(男)、上江洲朝男さん(調教師)、小嶺和佳子さん(女)です。

八木政男先生大城立裕先生知念正真氏幸喜良秀氏
八木政男先生も、大城立裕先生もいらっしゃいました。
そのほかにも、きっとただならぬ方と思しき人々も。
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さらに次の記事へ続く…

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知念正真氏(沖縄3日目の午後その1)

沖縄市海邦2丁目7-12 “cafe casa”
cafeCASA

知念正真氏と金城君
知念正真氏と金城君の、穏やかな笑顔のスナップ。

人類館CD制作に関係する書類に、知念さんの判子を頂くということが第一の目的だったのですが、しかしそれは郵便のやり取りでも可能なこと、今回どうしても知念正真さんに直接お会いしたかったのには、特別な訳があったのです。でも、はたしてこちらのお願いを受け入れてくださるだろうか、とても自信がありませんでした。だから、知念さんの高校時代の恩師である儀間進さんに同行していただいて、あの飄々とした雰囲気で話をしやすくして頂こうなどと、よからぬことをたくらんでいたのですが、儀間先生は風邪でNG。こうなったら当って砕けろ。
その結果は、どうぞOfficial_Blogをお読みください。

ただ、お会いしてみて、今回に限っては、どんな繋がりにも頼らず、丸腰でお会いしたことが却ってよかったと思っているのです。
いや、もしかすると、金城君が同行してくれたのがよかったのかもしれないね。やっぱり、誰かに助けられているということなのかな。

Official_Siteではご紹介しなかった秘話。
戯曲「人類館」の登場人物は3名。それは何故か。何故って、3人だからこそ「人類館」の緊迫感があるわけで、その登場人物は3名以外に考えられないのですが、知念正真氏が「人類館」を書いた1976年当時、劇団創造は、その歴史の中で団員が一番減ってしまった時期で、役者も3人しかいなかったのだそうです。そういう逆境であったからこそ、「人類館」は生まれたのかもしれません。
「今は劇団員は何人くらいいらっしゃるのですか?」
「それがねえ、最初はきちんと規約も作って、参加費を募ってやっていたんだが、いい加減でねえ、やめたんだかどうだかわからないのがね…、だからよくわからん……」

そしてもうひとつ。
「今まで沖縄の人間は、本当に抵抗したことがないのではないかと思うのですよ」
ほんとうに穏やかな知念正真さんの、ぽつりと言われたこの言葉を、どうやら僕は、一生忘れることはないだろうと思うのです。
(文責:高山正樹)

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“晴読雨読”「沖縄」に出会った一冊

25日付け琉球新報が届きました。
さて、高山正樹の執筆記事は載ったかな……
あった。
晴読雨読の記事
おほ、五木寛之の「親鸞」の上だぜい!
原稿料は、まあ数時間で書いたから、マクドナルドのアルバイトよりはだいぶマシかな。でも、五木寛之先生の、ずーっと下ですね。

マクドナルドと言えば、しばらく、マックのハンバーガーは控えようかな。痩せなきゃいけないし、イスラエル支援企業だし。
しかしイスラエル支援企業ということならマイクロソフトも同じ、ということは、ブログやめなきゃいけないのでしょうか。WindowsからMacに切替えてみても、最近Macにもintel入ってるし……
マックとMac、ややこしいなあ。

しかし、マクドナルドにお勤めの方々もたくさんいらっしゃるわけで。不買運動というものは、どこかヒステリックで、ちょっと危ない感じもあります。風評被害とまでは言いませんが。

ともかく、自動車乗ってるから温暖化問題について語る資格はないのだというような、幼稚な論理に陥らないことは大切ですね。じゃないと、世の中変わらない。自分のことを棚に上げて主張すべきこともあるということです。

いけないいけない、最近少し太り過ぎ、じゃない、語り過ぎです。反省。

話を元に戻して。
琉球新報の「晴読雨読」、高山正樹が大城立裕「カクテル・パーティー」について書いた記事の全文を、Officialのブログに掲載しました。
 ⇒http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

いくら画像でご紹介しても、目の不自由な方にはお伝えできませんので、テキストデータで掲載すれば、音声変換ソフトで聞いていただけますから。
(そうだ、だから画像にきちんと名前つけることも重要なんだよね。記事を書く時のひと手間が面倒で、殆ど「null」になっていますこと、陳謝いたします。時間を見て、順次画像に名前をつけていく所存です。「弱者」の方々に対する想像力が足りない。それこそ反省しなければ。)

ところで、音声変換ソフトってWindowsとMacと、共通なのかな。

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tag: ユニバーサルデザイン  知念正真  イスラエル  人類館事件  大城立裕  琉球新報  カクテル・パーティー 

カテゴリー“儀間進”

儀間進氏のカテゴリーを作成しました。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/tag=儀間進

そういえば儀間進さんのご紹介をOfficial_Siteでもきちんとしてないなあということで、とりあえずここでご紹介しておくことにしました。

1931年、首里に生まれる。
琉球大学文理学部国文学科卒。
伝説の雑誌「琉大文学」にも参加。

ずっと高校の先生でいらっしゃいました。
以前ご紹介した海の一座の作者、謝名元慶福氏も、人類館の知念正真氏も、儀間先生の教え子です。
高校教師のかたわら、1970年には個人誌「琉球弧」を創刊し復帰前後の評論を発表。あの温和な儀間さんは、当時どんな論客だったのでしょうか。
また、今でこそたくさんのウチナーグチにまつわるエッセイやコラムがありますが、儀間さんは「琉球弧」に「沖縄の言葉遊び」と題して書いていて、それが「新沖縄文学」、「沖縄タイムス連載」と繋がっていくのです。まさにこの分野でのパイオニア的存在です。
(儀間先生に限らず、当時の沖縄は、いわゆる文筆業だけで暮らしていけるような状況ではありませんでした。大城立裕氏も小説家と博物館館長という二足の草鞋、劇団創造はアマチュアでみなさん仕事を持っていらっしゃいます。詩人新川明氏も新聞記者などなど、ただ、これは沖縄にかぎったことではないのかもしれません。まだまだ中央文壇という存在はとても大きい。なんだか風穴開けたいなあ)

では最後に著作のご紹介もしておきましょう。

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tag: 大城立裕  儀間進  うちなーぐち  知念正真 

早稲田大隈講堂「人類館」にて

早稲田大隈講堂で行われた、沖縄のアマチュア劇団“創造”による「人類館」の公演に行きました。
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公演の詳しい情報などはOfficial Brogの方に掲載するとして…

私たちは、ふじたあさや先生と大隈講堂前で待ち合わせました。
というわけで話しは横道に。

先日、新宿の紀伊国屋劇場へ青年座のお芝居「MOTHER」を観に行ったときに見つけたチラシ…
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どうも写真は以前のものの使いまわしのようで、そこにはいらっしゃらないのですが、よく読むと、戌井市郎だ瓜生正美だという、生きながら既に伝説になってしまっているような方々のお名前に混ざって、ふじたあさやの文字が、それも演出とか脚本ではなく役者で参加しているらしい。まあ、基本的に出たがりだということは薄々感づいてはいたのですが、まさか…

というわけで、この日、ご本人に直接お伺いしてみたのです。そうしたら…
「見たの、ちらし…」
あら、ほんとだったんだ…
「30年ぶりかな、みんな楽しんでやってるよ」
ですって。
「今日も稽古してきたんだ。流山児もここに来るかもしれない」

流山児とは、もちろん流山児祥氏のこと。ショッキングピンクのチラシのパラダイス一座の「続々オールド・パンチ」という、なんとも怪しげな芝居の演出を担当。役者を含めたメインのメンバーで一番若い61歳というのだからおぞましい(?)。

この寒空に御高齢のふじた先生を立ちんぼにさせておくなどできるわけありません。ふじた先生になりかわり、高山正樹が流山児さんをお待ちしました。(結局、本日はいらっしゃいませんでしたが。)

大盛況のうちに終演。
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我々は、津嘉山正種さんたちと打ち上げへ。
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知念正真さん、幸喜良秀さん、津嘉山正種さんのスリーショットです。

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津嘉山さんはそっと若者たちに語り始められました。
やがて…
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明日は、おきなわおーでぃおぶっくの「人類館」の波音の録音が、朝早くからあります。どんなに立派な志があったとしても、まずはいいものを作ること、それが大切なことなのだと、改めて自らに言い聞かせて、我々は帰途についたのでした。
表現とはいかにあるべきか、熱く語られる津嘉山さんの姿に後ろ髪ひかれながら。

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tag: 人類館事件  幸喜良秀  知念正真  津嘉山正種  流山児祥  「人類館」  ふじたあさや