金城実パネルトーク「差別の構造~沖縄という現場」

金城実「沖縄を忘れた日本」緊急パネルトーク
「差別の構造~沖縄という現場」

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五年経った2015年12月3日、ようやく僕は、この日感じたことをなんとか報告すべく書き始めた。
まずはネットで記事を探し、見つけたこの日の辛淑玉氏の発言を、自分の記憶をたどりながら要約するところから始めよう。

日本は、朝鮮に対する恐怖を増幅させながら、「だから防衛力(軍隊=暴力装置)を増強させなければならない」と喧伝する。
これまで、パチンコ疑惑やテポドン、そして拉致、その都度発生する在日コリアンに対する暴力事件に関し、捜査も検挙もゼロに近い。そんな時、在日問題に理解ある良心的な人たちから「ひどい日本人だけでない、私は応援している」と言われることもあるが、実はこれは「自分のことは殴らないでね」と予防線を張っているのと同じ。
またよく「日本が好きか」と聞かれるが、これも「日本が嫌いだったら出て行け」というのと同じ。こうして踏み絵を踏ませて敵か味方かを判断する。そして日本に好意的な外国人なら受け入れるが、日本の習慣に従わないような外国人はバッシングする。朝青龍がいい例。これは関東大震災の際の朝鮮人虐殺と同じ構造である。


(※後日執筆予定)

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tag: 金城実  知花昌一 

辺野古の前に(2)【6・23 国際反戦沖縄集会にて】(沖縄通信no.6)

《辺野古の前に報告しておきたいこと(2)》
ややこしいことのふたつめ
Bar“土”のマスターごうさんの日記を、ごうさんに許可を貰って、ここに「沖縄通信」として転載します。

【沖縄通信 No.6】(from ごうさん)
第27回 6・23 国際反戦沖縄集会で
「大和から来た人たちは沖縄で活動しないで、大和に帰ってください」
「大和で活動してください」
演説の終わりで、Uさんは、このことを強調して演壇から下りた。

司会のHさんが
「ここにはいろんな考え方の人が集まっていますので、Uさんのように考えてる人もいますね」
と、フォローすると、
会場前列から「Uの意見を弱めるような発言をするな」と、声が上がった。

「Tさん、それなら、壇上に上がって、自分の意見を言ってください」
Tさんは壇上に上がり、更に民族主義的な、大和排斥的なことを言ったらしい。

聴衆の中の一人として、知花昌一が声を上げた。

「Tさん、やまとんちゅうにもうちなんちゅうにもいろんな人がいる。
排斥するよりも、力を合わせて運動を展開していくほうが活路が開けるんじゃないだろうか?
実際、辺野古新基地建設阻止運動は大和から来た人たちが半数以上いて、運動を支えている。
うちなーのことはうちなんちゅうでやる、と言ってるあなた自身、現地に行って、行動してるの?」

と知花昌一が問いかけると、Tさんは
「確かに知花さんは現地に行って戦ってるけど、うちなんちゅのみんなが知花昌一になれるわけじゃない」
と言い放って、議論はちょんちょん。

という一幕があって、その夜、金城実アトリエで、そんなこんなを議論した。

チェ・ゲバラはアルゼンチン出身だが、カストロやキューバの人たちから迎え入れられ、キューバ革命の大いなる力になったのではないか?

人頭税廃止運動を展開し、琉球王国によって課せられた重い人頭税に苦しんでいる宮古島の人々を重税から開放した。運動の中心人物は新潟出身の中村十作ではなかったか?

今、沖縄から靖国を問う裁判、靖国訴訟を支え続けてくれてる人々のほとんどは大和から来てる人たちだ。

だから、大和だウチナー(ウチナーで括ってしまったら、ヤイマーもミャーコも排除されるのだが)だのと、こだわりを捨て、世界規模で沖縄の基地のことなどを考える方向性をもっと浸透させなければ。
それをみんなに解ってもらうためにはどうしたらいいのか?

沖縄の住民の人たちのパワーをもともっと引き出すには何が必要なのか?
ということなどなどを、深夜まで、酒を酌み交わしながら、非国民的男どもは延々と語り合ったのだ。

しかし、沖縄県民は今回の選挙で
変節を繰り返してるあい子さまを選び、筋金入りの山城さんを見放したのだ。
いったい自分たちの将来を...

投票率は全国最下位。
あの県民大会などの怒りをどこに持って行けばいいのか解らなくなったのか?
日本にもアメリカにも沖縄にも民主主義は死語なのだろうか...

※6・23 国際反戦沖縄集会の会場にぼくはいなかったので、やりとりの正確さ詳しさが欠けてるだろうと思います。


【11月17日に追伸】
僕はこのごうさんの日記を転載するにあたり、この出来事について、何かを言おうとずっと考えていました。でも、なかなか書けずにいました。
この頃、多くの沖縄の人たちが大和を憎み始めているという印象を強く受けていました。だから、知花昌一さんの発言に救われた思いがして、そのことを書きたかったのですが、Uさんの名誉を傷つけることなく書くにはどうしたらよいかと考えていたのです。

さらにある日のこと、「やまとんちゅ」の運動家に寛容であった知花さんが、「もう独立しかないのではないかと思い始めている」と発言された場に居合わせることになりました。とうとうココまできたかと、その時僕は思いました。権力に対する闘争である限り、共闘は可能でしょう。しかし、独立運動となれば話は別です。支援はできても、知花さんの立つ場所とこちらとの間には、絶望的な溝が横たわっている、そんなことを考えていたら、ますますコメントできなくなっていきました。
(※その日の記事も、まだアップできずにいます。)

その頃から、沖縄のために活動している「やまとんちゅ」に対して、度々疑問を感じるようになりました。しかしなかなか説明しがたい。どういえばいいのでしょう、例えば活動家たちは、自分の考えの正しさを、あまりに天真爛漫に信じ過ぎているのではないか……

結果僕は、Uさんの「民族主義」に激しい嫌悪を感じながら、その一方で、Uさんの気持ちを尊重したいという思いに駆られるようになりました。
しかしUさんは、そういう僕と、「天真爛漫な活動家」とを全く区別しないでしょう。僕はUさんから拒絶されているのです。

だから、もう黙って転載だけしておくしかないと思ったのですが、結局少し語り過ぎてしまいました。

でも、これでようやく、辺野古のことを書く準備ができました。

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tag: 宮古  辺野古  沖縄_沖縄の人.知念ウシ  知花昌一  ごうさん 

西山正啓監督作品上映会第一夜【ゆんたんざ沖縄(1987年)】

なんだかオリンピックみたい。
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さかさまだけど。
明日のゴーヤーの芽へ

きみはずいぶんおっきくなったねえ。
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けっしてないがしろにしているわけではないのだが。
しあさってのゴーヤーの苗へじゃあ、いってくるね。

狛江市中央公民館、第4会議室にて。

西山正啓監督が撮った沖縄
〜その原点と今〜
【連続上映会】第一夜
ゆんたんざ沖縄(1987年/110分)

沖縄タイムスと琉球新報から最近の新聞がドッと届きました。
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販売の準備もできました。
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上映前、お約束の三線の演奏です。
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ひとつのエピソード。
この日、隣の部屋では、近隣にお住まいのシルバー世代の方々が、囲碁を楽しんでいらっしゃいました。その中のお一人が、私たちの企画の貼り紙を見て声を掛けてくださいました。
「沖縄のことはとっても気になっていてねえ」
「そうですか、それなら是非ご覧になってください」
「この人たちは、日の丸に反対している人たちなの、ふーん。僕はね、日本人なら日の丸を大切にしなければいかんと思うんだ。」
そう言って、こちらの話は一切聞こうともなさらずに去っていかれました。
僕はここで、日の丸の是非について語ろうとは思いません。ただ、たとえば日本を愛し、素直に日本人として日の丸を掲揚できるようになりたいのだが、どうしてもそれができない、日の丸を強制的に押し付けられることを、どうしても感情的に受け入れることが出来ない、そういう人たちがいるのだということ、そして一番重要なことは、そういう人たちが、なぜそう思わざるえを得ないようになってしまったのか、その背景にある歴史を、まず知って頂きたいと思うのです。その上で、あらためて日の丸のことについても考えてほしい。
至極もっともらしく、自分の国の国旗に敬意をはらうのは当たり前だという単純な「モラル」を振りかざして、日の丸を見るだけで震えがくるほどにも心に深い傷を負っている人々の感情を理解することを、その入り口で拒否するような「日本人の良心」に、僕は疑問を覚えるのです。
「自分の国の国旗に敬意をはらうのは当たり前」だというなら、その前に、自国民をこれほどまでに長きにわたって他国の影響下に置いておくような国が、「当たり前の国」といえるのかということも、一度は問うて頂きたいと思うのです。
 ⇒知花昌一さんと日の丸のこと

本日の映画から。
ありし日の丸木位里さんです。
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丸木位里・俊ご夫妻が“沖縄戦の図”(佐喜眞美術館所収)を書かれた際、実際に沖縄戦を体験された方々にポーズをとってもらって描いたという話は、何かで読んで知っていました。まさにその場面が、この映画の中に納められています。

上映会の総括は、第二夜が終わった後で。

別の総括(要するに飲んだよというご報告)なら毎日でも。
泡盛の封を開けたら、まずキャップに注ぎ、酒の神様に供える。
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ハンサム・マーキーさんです。
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こんなメンバーです。
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僕も写りたい……
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あらトミヒサさん。あんなにご自身のブログで辛辣なことをお書きなのに、UCLAのTシャツを着ちゃったりなんかして、それってあり?
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シドロモドロ……

決してカツアゲされているわけではありません。
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アヤシイ関係でもありません。
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でも、叱られました。
「もっと早くからちゃんと宣伝しなくちゃだめだ」

ハンサム・マーキーさんについては、とても一言ではご紹介できそうにもありませんので、追々ね。

大槻紀子さんです。本日はお骨折り、ありがとうございました。
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そして、お疲れさまでした。

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tag: 日の丸  泡盛.泡盛のこと  知花昌一  大槻紀子  ハンサム・マーキー  #とみ久さん  西山正啓  沖縄の基地  ゴーヤー栽培.2010 

西山正啓作品上映会【ゆんたんざ沖縄】【チビチリガマから日本国を問う!】

この度、西山正啓監督の「シリーズ未来世」の新作、「チビチリガマから日本国を問う!」が完成し、現在東京の各地で連続上映会が開催されています。
 ⇒西山正啓監督の新作完成
この映画は去る4月6日から9日にかけて、金城実、知花昌一両氏が首相官邸前で行った普天間基地移設に対する緊急直訴行動を記録したものです。
M.A.P.は、来る5月28日に、この映画の上映会を急遽主催することといたしました。

金城実氏・知花昌一氏の今回の行動は、決して機を衒ったものではなく、お二人の長きに亘っての地道で持続的な活動の一環です。M.A.P.としては、そのことも併せて是非知っていただきたく、28日の「チビチリガマから…」上映に先駆けて、5月26日に「シリーズ未来世」の原点とも言うべき“ゆんたんざ沖縄”も上演させていただくことにしました。
 ⇒緊急告知!M.A.P.主催の上映会

“ゆんたんざ沖縄”は、西山監督が1986年から沖縄読谷村に滞在して「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」製作、強制集団死遺族の証言、読谷高校の卒業式で繰り広げられた「日の丸」強制に抵抗する高校生たちの行動を記録したドキュメンタリー映画です。

西山正啓監督が撮った沖縄
〜その原点と今〜
【連続上映会】

5月26日
ゆんたんざ沖縄(1987年/110分)

5月28日
《ゆんたんざ未来世シリーズ》
チビチリガマから日本国を問う!(2010年/106分)


料金:(カンパ制)
場所:狛江市中央公民館第4会議室(両日とも)

(小田急線狛江駅徒歩3分)
時間:18時15分開場 19時開演 (両日とも)

この機会に、是非ともこの2作品をご覧頂き
沖縄の心を深く理解するきっかけにしていただければと願うものです。


26日には、開演前に三線の演奏をお届けする予定です。
また、今回の上映会は急遽決定したため、残念ながら当日西山監督のご都合がつかずおいでいただくことができません。そこで本編の上映終了終、17日に開催された上映会での監督とお客様の質疑応答の模様を撮影した映像を、ご覧いただけるよう準備しています。

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tag: 普天間  知花昌一  金城実  西山正啓  沖縄_戦争・基地など.(その他)  日の丸 

西山正啓監督の新作完成【チビチリガマから日本国を問う!】

去る5月14日に、西山正啓監督からこんなメールが届いていました。

4月6日〜9日、首相官邸前で金城実、知花昌一さんが座り込んで、緊急直訴行動したのはご存知でしたか。私は4月1日沖縄入り、チビチリガマの慰霊祭を取材後、彼らに同行して東京に行き密着取材となりました。そこでお願いしていた上映会の件ですが、今回の座り込みと25日読谷村で行われる県民大会までを撮影した緊急報告ドキュメントを見ていただきたいと思っています。
5月末までが正念場、マスコミがなかなか取材しないので、上映会を通して一人でも多くの人たちに現場の雰囲気を伝えたいと思っています。
西山正啓 拝


金城実さんと知花昌一さんの座り込みのことは、ある方から教えていただいていたので、知っておりました。
 ⇒怪しいメールが教えてくれたNEWS(4/9)

そして、その作品が出来上がったようです。
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(西山さんから届いたチラシ)

また、完成したこの記録映画についての記事が、本日の東京新聞に掲載されました。
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写真に写っているのは知花昌一さんと金城実さんです。
(新聞は前回の東京新聞同様、読谷出身の比嘉くんに頼んで新聞を入手。比嘉くん、いつもありがとう。)

少し遅くなってしまいましたが、M.A.P.after5でも、本作品の上映会のお知らせをいたします。

記録映画「ゆんたんざ未来世〜チビチリガマから日本国を問う!」
東京連続上映会日程(名古屋以外は上映終了後、西山監督のトークあり)
●5月17日(月)開場18時30分 上映19時〜
  会場:世田谷千歳烏山「らくだとTUBO」
   (京王線千歳烏山下車徒歩5分 TEL:03−5313−8151)
  主催:今とこれからを考える一滴の会
●5月19日(水)上映19時〜
  会場:駒込琉球センター「どうたっち」
   (TEL・FAX:03−5974−1333)
●5月21日(金) 上映19時30分〜
  会場:三鷹はちのこ保育園
   (三鷹市野崎3−22−16 TEL:0422−32−3081)
●5月22日(土) 上映14時〜
  会場:津田塾大学・小平キャンパス1112教室
   (西武国分寺線・鷹の台下車徒歩8分)
  主催:沖縄関係学研究会
  共催:近現代東アジア研究会
  問合せ:e-mail:tinsagu@vvfm.Mm-m.ne.jp
●5月29日(土) 上映14時〜
  会場:名古屋YWCA403号
   (地下鉄栄駅下車徒歩5分)
  主催:不戦へのネットワーク(052−731-7517)

そしてM.A.P.でも
上映会を主催すべくただ今検討中
M.A.P.だからこそできる上映会を緊急模索中

…なのです。まもなく告知?



tag: 沖縄_戦争・基地など.(その他)  金城実  西山正啓  知花昌一  チビチリガマ 

怪しいメールが教えてくれた情報《首相官邸前で金城実が下駄を持って踊る》

怪しげなメールが、宇夫方女史のところに届いた。

うぶかた様

我んねー都雲(つくも)燎(りょう)やいびーん。初みてぃやいびーん。見ー知っちょーてぃ呉みそーれー。

沖縄が大好きでうぶかた様のブログで「金城さんの沖縄料理を食べる会」の記事を見ました。おいしそうですね。
私は、昨日(4月8日)所用で永田町を歩いていましたところ面白い光景にであいました。首相官邸の前に人だかりが出来ていました。人だかりの中で小父さんがサンシンを弾いていました。眺めていますとサンシン演奏がおわると真っ白い口髭と顎髭の小父さんが出てきて下駄をもって空手みたいな演舞を始めました。横で見たいた人に訊くと「下駄手」という武道だそうです。琉球では武器を取り上げられ、素手(空手)、ヌンチャク(日本の棒を女性の髪で編んだ綱で結んだ武具)、トンファー(草刈り鎌)等で敵と戦ったそうです。それが銃も刀も槍もない琉球の人達の抵抗手段だったそうです。写真の武芸も下駄を両手に持ち、戦う手段だったそうです。
この人達は「これ以上沖縄に米軍基地を作らないでください」と鳩山首相などに請願に見えた方たちだったそうで、「普天間基地を移転してください。しかし、キャンプシュワブやホワイトビーチなどへの移転は止めてください。国内ではなく(特に県内ではなく)国外(出きる限り米国)へ持ち帰ってください」と話していました。 面白い物を見ましたので、沖縄の事を取り上げてあるうぶかた様のブログに掲載して頂ければ……と思い、お便りを差し上げました。
突然の不躾なお願いをお許し下さい。

都雲 燎


そして、画像が2枚添付されていた。
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おや、三線を弾いているのは、あの知花昌一さんではあるまいか。
そして「下駄手」なる武道を披露しているのはBar「土」のブログによく出てくる金城実氏では……

しかし都雲燎(つくもりょう)という名前、どこかで聞き覚えがある。うん? もしや……
わかってきたぞ、うまいことカモフラージュしているようだが、ただ漢字を変えただけじゃないか。これじゃあ最初から分かってちょうだいといっているようなもんだ。ミステリーにもなりゃしない。むふふ。あの人らしいといえばらしい。「金城さんの沖縄料理を食べる会」の料理がおいしそうだって? あんなに食べてたくせに。
ネタ元はこれだ!http://ameblo.jp/yamaeyes…
そこから画像を一枚パクった。あの人ならきっと許してくれるだろう。
パクった画像がこれだ!
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なんと左の男性は西山正啓監督じゃあないか。そうか、知花さんや実さんと共に東京に来ていたのか。知っていれば会いに行ったのに。

はじめまして、都雲燎さん。
興味深い情報、いつもありがとう!です。また近々お会いしましょう!

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tag: 普天間  喜納昌吉  三線  #とみ久さん  金城実  西山正啓  知花昌一 

ハンスト中の知花昌一氏を訪ねた

朝、まだ薄暗い。沖縄の夜明けは遅い。沖縄が夜型社会なのは、朝からのズレが、夜まで影響しているのじゃないだろうかなんて、無責任なことを思ったりもする。会社は9時からというような、全国一律の通念がおかしいのかもしれない。

コンビニで朝飯を買う。
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おでんにホカロンなんてものも置いてある。
沖縄らしくないって? いえいえ、沖縄に移住した人たちはみんな言う。2年目からの冬は、やっぱり寒い。それは全国一律である。

パラダイス通りでごうさんを拾って、58号を北へ、レンタカーを走らす。
嘉手納を越えれば読谷である。間もなく、58号から左に折れる。そこは返還された土地。あのゾウの檻のあった楚辺通信施設の跡地。

ゾウの檻にまつわる一連の出来事も、知花昌一さんを抜きには語れないが、もしご存じない方は、是非とも調べて頂きたい。

ようやく返還された広大な土地、しかしその利用方法はまだ定まっていない。
米軍の滑走路だったところを、現在はそのまま道として使っている。
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僕らはこれから知花さんに会いに行くのだが、今日は「ゾウの檻」のあった返還された土地ことではない。

この記事に直接来られた方は昨日の記事をまず是非お読みください。
 ⇒年月だけ積み重なって【「カクテル・パーティー」から42年】
トリイ通信基地(トリイステーション)の正面ゲート。
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僕は不信心なので、鳥居がどうされようと別段何とも思わないが、この米軍のふざけた洒落には、やはり唖然とする。沖縄における米軍のこの無神経さが、全てを象徴している。鳥居は、沖縄が所属する日本国の一つの文化でありながら、沖縄を利用し放置してきた「大和」の象徴でもある。日の丸を焼き捨てた知花昌一さんの目に、この鳥居はどのように映っているのだろうか。

この鳥居の左側に、小学校の運動会で使われるようなテントがふたつ、そこに知花昌一さんがひとりで椅子に座っていた。
「おはようございます」
「ああ」
近所の顔見知りがちょっと寄ったかのように、知花さんは至極自然に、僕らの座る場所を作ってくれた。
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ゲバ字だ。久しぶりに見たな・・・
知花さんの周りには、こんな字が書ける支援者がたくさんいる集まっているのかもしれない。でも何度でもいうが、今の知花さん自身からは、そんな空気は全く出て来ない。

「今度のことは、どう考えてもおかしいから、いてもたってもいられなくなって来ました。でも来たからといってどうなるわけでもない、自己満足なんですが」
そう言った僕に、知花さんは「俺だって自己満足さ」と呟いた。
はじめは、ちょっとだけ座り込みをして終るつもりだった。それがなりゆきでハンストになった。毎晩家に帰って眠れるのだと思っていた、食べなきゃいいのだろうと。
ところがそれじゃあハンストにはならないと周りから言われて、だんだんと大事になってしまった。支援者は、毎晩風呂に入ってから酒を持って集まってくる。知花さんは食べていないから、早いところ眠りたいのに、取り巻きは勝手なことを言い合って、いい加減酔っ払って深夜に帰っていく。そんなことを、知花さんは微笑みを持って話してくれた。

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クリスマスなので、鳥居の脇にはこんな看板が立てられていた。
サンタクロースのオブジェ
この基地の中に、自分の犯した罪を償おうともせずにノウノウとしている男がいるというのに。こんなオブジェは引き倒して壊さなければならない、それをやるのは知花昌一しかいない。取り巻きがそんな勝手なことを言う。なんで俺がやらんといかんのか。
もちろんこれも本当のエピソードではあるが、やっぱり笑い話である。

きっと知花昌一さんは、こうして伝説の男に仕立て上げられていったのに違いない。

知花さんは、差し入れのサーターアンダギーと水でもてなしてくださった。
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「俺が食べられないのを知っていて、食い物を差し入れに持ってくるわけさ・・・」

記念撮影しようよ。
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後から来た方が、撮影してくださった。
アップにしてみたら、みんな、妙な顔をしていると思った。
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まじめな顔して写ろうと、打合せをしたわけではないのに。
決して笑えない話をしていたわけでもないのに。

ごうさんは読谷住まいなので、ごうさんを残して、僕らは空港へ向かいます。短くて長い旅も、間もなく終わりです。

tag: 沖縄の旅_2009年12月  知花昌一  ごうさん 

“どぅたっち”で上映会【沖縄読谷平和学】そして《知花昌一さんのこと》

昨日は三鷹、今日は駒込。2日続けての西山正啓監督の「知花昌一・沖縄読谷平和学」の上映会にお邪魔しました。
今日の上映会の場所は、山手線駒込駅のソバにある“琉球センター・どぅたっち”
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普段は沖縄の物産品を売っているお店。でも、ここで三線教室をやっていたり、色々なイベントを開催していたり。
10月には読売新聞で紹介されました。
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 ⇒“琉球センター・どぅたっち”のブログ
上映中です。
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たくさんのお客様がいらっしゃっていました。
那覇のBar“土”での上映会は11日間で80名、結構大きな新聞記事にもなっていたのに、ちょっと少ない。宇夫方路が観た時はたった一人だったらしい。
 ⇒映画の解説はこちら
上映会の後は西山監督のお話です。
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「恨(ハン)之碑」があるということの意味。
学生達が映画の中で最後に語りあったこと。
「まるで外国に来たようだ」と日本の学生。
「自分の国に帰ってきたようだ」とベトナムの学生。
韓国の学生がベトナムの学生に、韓国がベトナムにしてきたことを涙を流して謝る。ベトナムの学生は「これから仲良くなればいい」と笑います。
男子学生の少ないことがちょっと残念。

西山監督は言います。
「読谷には沖縄の全ての問題が凝縮されている」

僕はきっと、本当の読谷を知らないのだろうと思います。
僕は、宮城文子さんのはなしを思い起こしました。文子さんは長くいた東京をこの12月16日に引き揚げて、沖縄で義理のお母様と暮らすことにしました。
文子さんの義母さんはずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんで、嘉手納にお住まいです。もちろん文子さんは、今までも何度も行っているし、お正月などは長く滞在することもあった。その時には特になんとも思わなかったのだけれど、これからずーっと暮らすと決めてお宅に入った時、米軍基地から飛び立つ戦闘機の音がものすごいことに気がついたというのです。そこで生活するのだと、地に足を着けた時にはじめて聞こえてくるもの、見えてくるものがあるのでしょう。
テレビで、元の防衛大臣が蛇のような目をして、「何度も沖縄に行った」と偉そうに語っていましたが、きっと何にも見えてはいないのだろうと思うのです。
そういえば初めて巳知子さんにお会いした時、「政治家は誰も基地の現状を見に来ない」と怒っていらっしゃいましたっけ。

今度、Bar“土”のオーナーごうさんに、是非とも読谷を案内してもらおうと、あらためて思ったのです。

昨日も今日も、西山監督は、僕におきなわおーでぃおぶっくのCDの宣伝をする時間をくださいました。その上“人類館”のCDをご購入くださいました。感謝です。

宴会開始です。
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スクガラス。アイゴの稚魚(スク)を塩蔵発酵させた保存食です。昔は酒の肴の定番でしたが、最近はあんまり見かけない。やっぱりちょっと塩っ辛過ぎるのかな。それにしてもこいつは魚がでかいなあ。ほんとにスクなのかしらん。
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にんじんしりしりーも出てきました。

そして、今日の影の主役です。西山監督の娘さん(左)とそのお友達(中)です。
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お父さんの映画会に来たのは今日がはじめて。お父さんのことは、やっぱり好きじゃなかったらしい。お父さんが何をやっているのか、全く興味もなかった。でもお母さんから父親の仕事を聞かされて、もしかすると、お父さんはすごい人なんじゃないかと思ったんだって。
お母さんが話したのがきっかけじゃありません。娘さんが変わったんだよね。そのタイミングを、お母さんはきっちり見逃さなかった。父は、きっと信じて待っていた。すばらしい親子です。 

しょうがないから父も仲間に入れてあげよう。
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もうひとりの女の子。(女の子じゃあ失礼かな)
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那覇で西山監督の映画の上映会が行われている時のある朝、パラダイス通りを歩いていた彼女は、「土」の看板を見つけた。こんなところにほんとにバーがあるのだろうか……
「すいません……」
って、声を掛けたって店の人はいない。ところがその日店では西山さんなんかが雑魚寝していた。それが縁で、今日の上映会にやってきたのです。

不思議な出会いだなあ……。でも、沖縄に関わっていればよくあることです。

そして、不思議なメンバーで二次会へ。
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今日のところは、皆さんのお名前のご紹介は控えておきましょう。きっとまたどこかでお会いすることがあると信じています。その時こそ、ちゃんとご紹介します。

続きを読む

tag: どぅたっち  沖縄の基地  沖縄_沖縄的食物.スク  沖縄_沖縄的食物.にんじんしりしりー  西山正啓  知花昌一  宮城巳知子 

告知:「知花昌一・沖縄読谷平和学」上映会

知花昌一さんと、映画監督の西山正啓さんと、沖縄でお会いした日の記事を、今日の朝、アップした。
 ⇒知花昌一と西山正啓(11/20)

そして、御自宅の福岡に戻られた映画監督の西山正啓さんからお便りが届いた。
「1ヶ月も留守にしていると、こちらはもう冬なのだということを実感します」というご挨拶と、映画「知花昌一・沖縄読谷平和学」の東京初の試写上映会のお知らせ。
こちらのブログで、告知させてくださいとお願いしていたのである。


●12月18日(金)18時30分より
 ※上映98分と西山正啓監督のお話
 三鷹市消費者活動センター(三鷹市下連雀3-22-7)
 (中央線三鷹駅南口下車2分)
 料金:カンパ
 お問合せ:080-5255-7406(西山監督御本人)

●12月19日(土)18時より
 ※上映98分と西山正啓監督のお話
 琉球センター・どうたっち(豊島区駒込2-14-7)
 (山手線駒込駅1分)
 東口改札を左、さつき通り商店街、居酒屋「駒露地」を左折した左側。
 料金1,500円 (終了後 西山監督との交流会・参加費1,000円)
 お問合せ:03-5974-1333(琉球センター・どうたっち)

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西山正啓、新作ドキュメンタリー
「ゆんたんざ未来世〜恨(ハン)を解いて、浄土を生きる」シリーズ第一弾!
「知花昌一・沖縄読谷平和学」のプロフィール


【解説】
福岡教育大「共生社会論」講座の中から始まった、『沖縄スタディツアー“愉快なうちな〜んちゅ”と出会う旅』が今年で7回目を迎えた。亜熱帯の美しい海、ちゃんぷる〜異文化体験はもちろんのこと、沖縄に集中する米軍基地、新しい海上基地建設の反対闘争が粘り強くつづけられている名護市辺野古、沖縄戦で米軍が最初に上陸した読谷村、そこで女、子ども、老人による強制集団死が起きたチビチリガマ、投降することで九死に一生を得たシムクガマ。否応なくみえてくる沖縄の光と陰。そのさまざまな現場に立ち、そこで暮らす人々から話を聞く。スタディツアーの目的と、向き合う心がまえはいつも同じだ。今回は韓国、中国、ベトナム、オーストラリアの留学生が参加、平和の礎・辺野古、読谷村ではチビチリガマ、シムクガマに加え、強制連行され無念の死を遂げた朝鮮人軍夫の魂を、自戒を込めて慰霊する「恨(ハン)之碑」を見学した。水先案内人は読谷村議会議員でチビチリガマの語り部、知花昌一さん。旅の終わり日本とアジアの学生たちは、国家と個人、異文化を生きるお互いの友情について、アジアの平和について夜通し語りあった。西山正啓 監督・製作/98分/2009年作品。

【製作者より】
「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」建立を記録した映画「ゆんたんざ沖縄」の製作から22年、この映画に記録した彫刻家・金城 実さんと知花昌一さんは、沖縄海邦国体での「日の丸」焼きすて、右翼による平和の像破壊と再建に至る苦悩、米軍通信基地「象のオリ」奪還闘争、村議会議員への挑戦、沖縄靖国訴訟、「恨(ハン)之碑」建立、「戦争と人間」100mレリーフ製作など共に波乱万丈の人生を歩んできた。
2009年早々、私は読谷村で新たな映画記録を始めた。次世代への揺るぎない平和の継承作業と琉球独立も視野に入れた二人の大胆な思索と行動を記録しようとする試みだ。シリーズ「ゆんたんざ未来世〜恨を解いて、浄土を生きる」。シリーズ製作のための序章・第一弾は、チビチリガマの語り部として“戦争につながる動きを一切拒否する”を信念に行動してきた知花昌一さんの「沖縄読谷平和学」。競演は中国、韓国、ベトナム、オーストラリア、そして日本の大学生たち。22年の時間を経て、ふたたび世代はめぐり、未来を結ぶ。希望はそこにある。                  
美しさの中で泣いていた沖縄
沖縄は私に涙を見せてくれた。しかし沖縄はただひたすら悲しんでばかりではなかった。沖縄はその涙をぬぐおうと努力していた。米軍基地建設に反対して海を守った多くの人たち、戦争の傷跡を語り継ぎ、平和な世界を願う知花昌一さん、痛みを抱え、またその痛みを克服しようとする意志も持ち合わせた沖縄。私はこの沖縄研修旅行を決して忘れることができないだろう。
(釜山教育大学校 リュ・ヒョンチェ)

●知花昌一(ちばな しょういち)
1948年読谷村生まれ。1986年、彫刻家・金城実さんの指導による「チビチリガマ(集団自決)世代を結ぶ平和の像」建立委員会事務局長として尽力。翌年秋、沖縄海邦国体ソフトボール競技開始式で「日の丸」を焼却。95年楚辺通信所、通称“象のオリ”内にある軍用地の再契約を拒否。全国的な支援を受け基地奪還闘争の先頭に立った。以来10年に及ぶ粘り強い闘いを経て、施設撤去・全面返還をかちとる。98年読谷村議会議員に当選、三期目の今日に至る。著書に「焼きすてられた日の丸」(新泉社)「燃える沖縄・揺らぐ安保」(社会批評社)がある。

●西山正啓(にしやま まさひろ)
1948年山口県生まれ。86年から沖縄読谷村に滞在して「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」製作、強制集団死遺族の証言、読谷高校の卒業式で繰り広げられた「日の丸」強制に抵抗する高校生たちの行動を映画「ゆんたんざ沖縄」に記録した。2000年には「未来世を生きる〜沖縄戦とチビチリガマ」を発表。代表作に「しがらきから吹いてくる風」「梅香里」「ぬちどぅ魂の声」「朋の時間〜母たちの季節」「米軍再編・岩国の選択」「消えた鎮守の森」「貧者の一灯」シリーズ三部作など。現在、「ゆんたんざ未来世〜恨を解いて、浄土を生きる」シリーズを製作中。


勿論、なんとか時間を作って、どちらかにお邪魔しようと思っている。
(高山正樹)

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知花昌一と西山正啓

“じんじん”を出てBar“土”へと向かいました。
“土”では、今日からこんな上映会をやっているのです。

沖縄読谷平和学のチラシ
西山正啓監督の“知花昌一沖縄読谷平和学”
 (⇒PDFで読めます、ダウンロードも可)

今日の沖縄タイムスにその記事が出ていました。
朝刊か夕刊かって? 聞かないで、今年の3月から、沖縄タイムスの夕刊は廃止されました。
西山監督映画完成の沖縄タイムスの記事
結構でっかい記事にですね。
(クリックすると大きな画像で読めます。)


パラダイス通りから“土”への通路に潜り込むと、それらしき人たちとすれ違います。
ああ、青年座の飲み会はお開きになったのかな……
“土”の扉を開けると、案の定、制作の紫雲さんがお勘定の最中です。顔見知りの方々に挨拶し、最期に津嘉山正種さんと言葉を交わし見送って、僕はカウンターに座りました。

「儀間さんは」
と、マスターのごうさん。ごうさんは儀間進さんとゆっくりゆんたくしたかったに違いない。
「バスの時間があるから帰ったよ」
「残念」
「青年座は打ち上げもココでやるって?」
「どうかな、でも津嘉山さんは気に入ってくれたみたいで嬉しいねえ」
「それはよかった。ところで、津嘉山さんが涙を拭いたおしぼり、どうしたの」
「洗わないでとってあるさ」
 ⇒Bar“土”で津嘉山正種さんが嗚咽した日のこと

青年座の飲み会は上映が終わってすぐからやってたはずだから、もうかなり時間が経っている。ずいぶん長い間ここで飲んでたんだねえ。お店の中には、その熱気がまだ残っていました。

カウンターの向うでは、今日の主人公、知花昌一さんと西山正啓監督がグラスを傾けながらおしゃべりしています。何やらコアな話しが聞こえてくる。

「日の丸焼き捨て事件」「象の檻」……、「知花昌一」という名前はよく存じています。内ゲバのことは定かではありませんが。でも今は読谷村の議員さん。何我舎(ぬーがやー)という民宿も経営。想像していたよりもずっと体のでっかい方でした。
 ⇒ごうさんが書いた「知花昌一のこと」

お二人のゆんたくにお邪魔させてもらいました。とはいうものの、結構酔っていて、話しの細部までよく憶えていないのが情けないのですが。
「左翼」、「右翼」。最近の「ネトウヨ」「ネトサヨ」なる納豆のような軟弱な輩のことではなく、しかし右左の単純なカテゴリーでは語り尽くせない情念の如き思索。知花さんの通って来た過去は、きっと大きな体でなければ歩く事の不可能な道だったに違いないと、僕はひとり妄想していたのです。
きっと同じことが津嘉山正種という役者にも当てはまる。だが、その体の大きな津嘉山さんが、森口豁氏のフィルムを見て嗚咽したのだ。
「映像の力ですね」といった僕に、
「いえ、記録の力ですよ」と、西山さんは言われました。

記念に。左、知花昌一さん。右、西山正啓監督。
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「ねえ、ごうさん。日の丸ない? 日の丸バックにして撮りたいんだけれど」
酔っ払いのアイデアとしては面白い。
だが、そんなもの(?)、この非国民Bar“土”にあるわけなどないのでした。
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