ハワイと沖縄 ~南の風が伝えた物語~

日系二世映画上映と“うちなー噺”という異色のコラボ!がM.A.P.で実現します。
ハワイと沖縄の根底に流れる共通するものとは…?
ハワイと沖縄 ~南の風が伝えた物語~

主催: NPO法人NAC-J/M.A.P
共催: 喜多見と狛江の小さな映画祭

日時:7月29日(土) ①13:00~ ②17:00~ (各回定員30名)
会場:M.A.P.
  (小田急線喜多見駅徒歩5分)
  狛江市岩戸北4-10-7-2F 島田歯科の2階
  ⇒会場アクセス
料金:3,000円
御予約・お問合せ:
   M.A.P.(03-3489-2246)/NPO法人NAC-J(090-3501-1249)
            
※チラシをクリックすると大きくなります。
日系二世映画の上映とうちなー噺

まず小さな会場で生のフラダンスを、間近にご覧いただきます。
続けて映画上映
Go for broke! ハワイ日系二世の記憶
ドキュメンタリー(93分/2012年)
監督:松元裕之
ホノルル・フィムル・アヲード〈ベスト・オブ・ハワイ〉受賞
マウイ映画祭プレミア上映作品


上映後松元監督志ぃさー(藤木勇人)さんのトーク。
そして最後に“志ぃさーのうちなー噺”でお楽しみいただきます。

Facebookのイベント

※“Go for broke!ハワイ日系二世の記憶”は2014年第2回喜多見と狛江の小さな映画祭でも取り上げました。その時の告知文を再掲します。

わたしが目にしたオールド・ハワイの日系社会
わたしが経験した戦争の真実
すべての記憶を、今ここに語ろう・・・


いま

むかし

年間多くの日本人観光客が訪れるハワイでは、それほど英語の必要がなく、地元の人々が歓迎してくれます。しかしそれも、日系移民の末裔の人々が長い年月をかけて、ハワイの社会に果たして来た役割に負うところが大きいのです。その日系人の立場を好転させ飛躍的に向上させたのが、二世の大戦時の功労でした。本作は、日系二世の退役軍人とその妻たち34名のインタビューを中心にまとめられたドキュメンタリーです。






【藤木勇人(ふじきはやと)プロフィール】
〈高座名〉うちな〜噺家 志ぃさー(しぃさー)
1961年1月9日生まれ
1985年 劇団「笑築過激団」入団。
1986年 「りんけんバンド」加入。
1991年 「笑築過激団」退団後、「りんけんバンド」専属となる。
1993年 「りんけんバンド」からも独立。
     落語家立川志の輔に師事、沖縄・東京での一人ゆんたく芝居定期公演を開始
1998年 「第32回沖縄タイムス芸術選賞〈演劇部門〉」奨励賞受賞。
2001年 東京公演で活動が認められNHKテレビ小説「ちゅらさん」に出演。
     沖縄料理店『ゆがふ』店長役&沖縄ことば指導担当。
2007年 「沖縄かりゆし寄席」座長公演開始
2008年 関東での「ゆんたく独演会」開始
2010年 立川志の輔の番外編弟子として正式に認められる。
2011年 NHKBSプレミアム『テンペスト』出演
2013年 志の輔より名前をもらい、立川志ぃさーに改名。
     現在は立川を返上し、高座名 志ぃさーで活動中。

【踊ってくださるフラダンサーの御紹介】
石川麻衣子さん(13時の回)
沖縄生まれ沖縄育ち。古謝美佐子さんとのご縁で東京ツアーやうたの日コンサート、琉球フェスティバルなど童神で出演。沖縄でもフラ教室を主宰。
石川麻衣子さん

マカレア理恵さん(17時の回)
マカレア理恵さん沖縄生まれの東京育ち。
2002年からフラを学び、フラハラウ(教室)Na Makale'a O Ka Ua Kilihuneを設立。
モットーは…
「心の繋がり、思いやり」
「人や自然、環境に感謝する」


ターゲットに合わせたチラシを作ってみました。
フラ入りチラシ

オマケ(2010年7月中野にて撮影)
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tag: 藤木勇人 

劇団TEAM SPOT JUMBLEの「SELECT!」なる舞台

座・高円寺に沖縄からやってきた劇団TEAM SPOT JUMBLEの「SELECT!」なる舞台。

SELECT!チラシ表 SELECT!チラシ裏

少し心配したが、山城博治氏が保釈されることが決定した。その日に、沖縄の若者たちによる「コザ暴動」の芝居を観る偶然。
ロビーでは、大城弘明氏と山城博明氏というタイムスと新報を代表する報道カメラマンの写真展が開催されている。

写真展1 写真展2

この日のアフタートークは、その大城弘明さんと藤木勇人さんと、そして劇団を主宰する津波信一氏。

トークショーの中で、一枚の写真が紹介された。「コザ暴動」で、道の中央で焼かれてひっくり返されたアメ車を、翌日屈強な米兵が持ち上げてもとに戻そうとしている写真。沿道で、たくさんのウチナーンチュがその様子を眺めている。その中に一人の少年が写っている。実はその子こそ偶然そこに居合わせていた幼い藤木勇人さん。その写真を撮影した松村久美さんで、客席にいらしていた。1969年から72年、74年から76年、トータル5年間沖縄に住んで、コザの街を撮影し続けた写真家、大城弘明さんとも旧知の間柄なのだと、後で聞いた。

一昨年、大城弘明さんの写真展と金城実さんの彫刻展のコラボ企画をM.A.P.でやった時に、そういえば藤木さんが金城さんに会うためにウチの事務所に来たっけ。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4522.html

この日発売されたAERAには、山城博治氏の特集記事が掲載されていて、その記事の写真は大城弘明さんが撮影。それもまた何とも不思議な偶然である。

山城さん保釈 AERAの記事
※クリックすると大きくなります

芝居が終わって、今夜も大城弘明さんと飲みに行くことになった。

ロビーで記念撮影

ロビーで記念撮影した6人、弘明さんと、弘明さんの妹さんと、弘明さんの糸満高校の同級生、昨年閉店した阿佐ヶ谷のグル君のマスター神谷さんと、そして藤木さんと松村久美さん。あとから、神谷さんの奥様、かのこさんも合流する。

Twitterで、山城さんの保釈の様子を、ボク宛にメンションを送って実況してくださる方がいた。とても有難い。
※日付をクリックすると、実況の全てを見ることが出来ます。
「博治さんの保釈のこと、こっちの新聞に載りますかね」
「載らないでしょ、朝日と東京新聞が一段記事にするくらいじゃないかね」
そんな会話をしながら、とりあえず乾杯。

高円寺の居酒屋にて

「権力は山城さんの存在が怖いんですかね」
「そうだと思いますよ。今、辺野古は元気がない。100人位しか集まらない。でも博治がいれば300人になる」
でも僕は、その大城弘明さんの答えを聞いて考え込むのである。
さっき見た「SELECT!」という芝居で、沖縄の若者たちが示した過去の「暴動」に対する理解、しかし一方で、現代の「戦い」への疑問もまた彼らは語ったのではなかったか。

もちろん、そんな話ばかりしていては楽しくない。

昨夜に続いて、だから今夜も糸満高校時代の話は尽きないのである。
以前にもブログで話題にしたことがあるかもしれないが、M.A.P.三線教室の川崎仙子先生も糸満高校、なんとおふたりとの同級生。それだけでもびっくりなハナシなのだが、さらに今日は不思議な偶然が続く。

この度、川崎先生は、色々な事情があって、先日の発表会を最後に、ウチの教室の先生をお辞めになった。つまり、ある意味ウチの三線教室は存続の危機にあった。教師免許を持った「先生」がいなければ、安冨祖流の看板を掲げて教室を開くわけにはいかないのであるから。

ちょうどこの日、沖縄で宇夫方女史が安冨祖流三線の教師免許の試験を受けていた。「SELECT!」の本番中にその発表があった。幕が下りて、携帯の電源を入れると、合格したというメールが届いていた。ああこれで、どうにかこうにかウチの教室も、新たな展開を迎えることができそうである。コンクールレースからリタイヤした僕も、「宇夫方先生」の代稽古という立場で教えることも可能らしい。ちっともやりたいわけではないが。

今日のこの日に、宇夫方女史が沖縄で教師試験に合格というのも、やはり不思議な偶然だという気がする。
僕が弘明さんと初めてお会いしたのは、僕が三線のコンクールで沖縄に行った時のこと。今日はそれ以来二度目なのだけれど、ちっともそんな感じがしない。ボクはコンクールからリタイアすることになったわけだが、もしもリタイアしていなければ、僕もこの日教師の試験で沖縄に行っていたのかもしれないし、もしもそうだったら、この日大城さんと神谷さんと一緒に飲むことはなかったのである。

もちろん松村久美さんとお会いすることもなかった。松村さんと色々な話が出来たことがホントに嬉しい。沖縄のこともさることながら、村松さんは最近奄美に嵌っていらっしゃるようで、かくいう僕も、近頃なぜか奄美が気になっている。

永田浩三さんと、氏が奄美の本をお出しになる前にちょっと奄美の話をした。
島尾敏雄氏の御子息である伸三さんには、度々M.A.P.でお話をしてもらっている。
敏雄さんとミホさんの評伝「狂う人」は、近頃もっとも刺激的な本だ。
奄美の黒糖酒、西平酒造のせれなちゃんとは対バンを企んでいる。
最近知り合った東京演劇アンサンブルの松下重人さんは喜界島出身。
さらにはこの日一緒に飲んだ藤木さんのルーツも奄美。
神谷さんの奥さんのかのこさんも奄美の人。
そういえば今度M.A.P.でライブをする斉藤哲夫さんの奥さんも奄美の方。

まだまだ数え上げればキリがない。

こんな偶然の重なった日に、松村久美さんとお知り合いになれたこと、なんだか奇跡のようだ。

「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ!」

コザ暴動ではなく「騒動」であるとか、いや「蜂起」というべきだと、金城実さんはじめ、多くの方たちから聞く。僕もそう思っていた。しかし今、誇りを持って「暴動」という人たちがいるのだと、松村久美さんに教わった。

そして僕は、若い沖縄の俳優たちの、現代の「戦い」への微かな疑問について、やっぱりずっと考え続けていたのである。

tag: 大城弘明  藤木勇人  奄美  MAP三線教室 

この日のtweetは金城実ばかり


tag: 金城実  藤木勇人 

昨日の大城会のこと(7/22のツイート)

脳味噌が少し乾いたから、昨日の大城会のことを呟いておくことにする。

gajumui

昨日の銀座大城会。百数十人のお客様の中にはウチナーンチュの名士がいっぱい。司会は藤木勇人氏とシーサー玉城さん。ゲストには渡嘉敷勝男氏も。僕の前の出し物は伊良皆高吉さんのステージ。打合せなしで笛の屋宜先生と太鼓で朝夫さんが加わって、歌三線は僕一人で四つ竹と貫花の地謡。嘘、助けて…
07-22 21:31

参院選の日。下地幹郎氏の祝辞を読み上げるシーサー玉城。「映画祭、気になってたけど、忙しくて行けんかった。ゴメンね。カメジロー、見たかった~」 お集まりの皆様、はたして投票していらしたのだろうか。「二次会、行かんの」と藤木さん。「いや、今日はこれから三線の稽古」、と、選挙速報。
07-22 21:51

大城会。紅型着てる宇夫方路さんは引っ張りだこ。記念撮影中を横から撮影してみました。因みに、彼女は岩手県出身です。 http://t.co/FFBoIhtBLI
大城会記念撮影
07-22 22:23

ubukatamichi

そっか、渡嘉ちゃんたら。お目当ては紅型だったのね。瘠せよっと。 @gajumui 大城会。紅型着てる宇夫方路さんは引っ張りだこ。記念撮影中を横から撮影してみました。因みに、彼女は岩手県出身です。 http://t.co/9b0kyk6Rcx
07-22 22:32

きのうからあしたにかけて。さんしん、選挙、踊り、さんしん、地図、地図、踊り、地図、地図、地図、踊り、地図、みたいな感じです。
07-22 22:39


【この日のスナップ写真集を頂いたのでアップします。】(2014年4月19日)
※クリックすると大きくなります。
2013年大城会1

2013年大城会2

tag: 沖縄_沖縄の人.渡嘉敷勝男  地図の仕事  シーサー玉城  藤木勇人  #大城洋子 

2/9のツイート+おまけ

gajumui

いったい僕は何を閃いたのか!さあ、やっとこれで告知記事が三つ書ける。ああしかし、もう出掛ける時間です。 @mapafter5 追記して決定稿としました。閃いたのです!/沖縄へ行く前の日、市民劇のことをずっと考えていた http://t.co/hmK5I7FX
02-09 17:25

ubukatamichi

@nakayama1414 父親と毎日晩酌!
02-09 17:29

義母が今日、朦朧とした意識の中、少しですがおしゃべりしました。毎日毎日良くなっていくようです。人間の生きる力ってすごい!って、あらためて思っています。お医者さんの言う何%なんてあてにならないって。(でもお医者さんはあえて悪い数値を言うらしいですけど)
02-09 17:32

gajumui

渋谷!なんじゃこりゃ。歩けない。昔の渋谷は何処へ。俺の渋谷を返せ!山手教会地下。昔のジャンジャン。入口はかつての楽屋口。あの頃の面影なし。
02-09 18:57


晩飯に炭水化物を食べなくなって久しい藤木勇人氏と僕のダイエット勝負。
藤木勇人氏と
どうもオイラのところばかりに照明が当たっているのが不利だ。

【おまけ】

昨夜、藤木勇人氏から貘さんのお宝を貰った。言っていいのかな。止めておこう。
02-10 09:50

tag: 藤木勇人 

1/23のツイートまとめ

gajumui

小川信夫先生に登戸まで車に乗っけてもらい、僕は特別企画の新作の構成をするために事務所に戻ってきたのだが、結局コンニャクで一杯やりながら、「やっぱりなんだかな~」と考えている。長いし寒いし。その所為なのか、遅刻欠席が多過ぎる。毎日黙って(黙ってないか)座っている俺が阿呆みたいだ。
01-23 01:49

朝からまた考えてる。「大いなる家族」が沖縄の人である必要がないのなら、沖縄の人じゃない設定にするのが自然ではないか。でも、なぜ他県出身者だったら問題ないのか、どうして沖縄だけ特別なのか。「アメリカ人が嫌い」と気楽に言えても、なぜ「韓国人嫌い」とは言えないのか、と、似ている。
01-23 10:01

「こんどのCD」って? @goimongolka 高山さん、こんどのCDのドゥチュイムニィはすごいです。めちゃくちゃかっこいいです。
01-23 10:03

ほー! @goimongolka 海賊盤CD『IGALOO-II』をもっか制作中
01-23 10:20

何を歌っても「沖縄」と言われることに嫌気して歌をやめた佐渡山豊氏。今、あらためて彼はウチナーンチュとして歌う。市民劇の皆様。戦後すぐの川崎に住んでいたウチナーンチュ(この定義も考えましょう)で、「沖縄」を抱えずに生きていた人なんていただろうかという想像力、リアリティーの問題です。
01-23 10:21

「在日」「沖縄」「朝鮮戦争」「アメラジアン」「登戸研究所」… 市民劇で深く扱うには困難な題材だったというべきか。「登戸研究所」も枯葉剤を思い起こさせる。2010年10月にアップしたブログ記事です。→【旧陸軍登戸研究所のこと】 #川崎市 http://t.co/URrohfzd
01-23 10:39

右傾化する日本。「朝鮮戦争」も、戦争と経済復興という極めて今日的な問題に繋がっている。沖縄との関わりでいえば、奪われた土地を基地にされ、そこから朝鮮半島へ向かった軍用機もあったわけで、一部の沖縄の人はその自らの加害性にも苦しんだ。考えよう。じゃないと僕は舞台に立てないさ~。
01-23 10:57

いい加減、頭を切り替えないといかん。
01-23 11:37

だめだ。神様がいっこうに空から降りてこない。たったひとつのインスピレーションでいいのだが…
01-23 15:24

昨日、西山正啓監督の、こんなツイートが流れてきた。
「年末の沖縄取材を終えて映画『主権在民パート2』の編集にとりかかっていた。ほぼ完成!タイトルは『沖縄・フクシマ~女たちのレジスタンス』(96分)。一昨年の経産省前の抗議行動から昨年まで一年間の記録を丹念に紡いだら、こういうタイトルになった。唄や踊りが満載!抵抗はアートである!」

そこで僕は、こんなメンションを送っておいた。
「喜多見で待ってます!」

そして今日、監督から返信があった。
「高山さんありがとう。2月21日前後東京へ行く予定なのでいつものように試写上映会をやりませんか。」

だから僕は…

芝居の稽古の真っ最中なのですが、ちょうど22日がオフです。金曜日ですがその日は如何でしょうか?
01-23 15:28

さっそく(15:32)監督から…
「高山さん、早速ありがとうございます。22日了解です。やりましょう。」

ところで僕、来月頭に沖縄へ行くのですが、監督は今回いつまで沖縄にいらっしゃいますか?
01-23 15:33

すると(15:37)…
「予定は25日~2月7日です。3月1~4日、武藤類子さんを沖縄へ来てもらうための準備と取材です。久しぶりに沖縄で会いましょう。」

楽しみができた。

facebookで藤木勇人氏より「招待」が届いた。「無料で」という有難い本当のご招待。facebook、「招待」と「案内」と分けられたほうがいいよなあと思った次第。自らを顧て、毎回毎回有料の「招待」を差し上げる無礼、申し訳なく思っております。
01-23 17:34

【おまけ】
西山監督の告知ツイート…
「新作「沖縄・フクシマ~女たちのレジスタンス」(96分)完成試写会を1月26日(土)那覇市パラダイス通りにあるBAR&ギャラリー土(つち)でやります。昼の部15時~/夜の部20時30分~/上映後は美味しいビールを飲みながらゆんたく!避難者家族に観て欲しい!

tag: 沖縄_呑処食処.Bar土  川崎市民劇.「大いなる家族」  西山正啓  藤木勇人 

ラジオに出ていたらしい…

東松照明死去の知らせ。
2009年6月の僕の裏ブログ。沖縄と大和の写真家、比嘉豊光と東松照明のこと。「遠景に映える赤いゴーヤーの姿」 http://t.co/Njy8dzjB

僕、ラジオ沖縄でしゃべってたらしい。
番組はこれ。
藤木勇人のヤマトde沖縄タイム

収録は去年11月の沖縄でした…
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-2882.html

tag: 藤木勇人 

12/5のツイートまとめ

(※只今執筆中)

藤木勇人独演会チラシ数日前、来間さんからこんなFAXが届いた。
←(※クリックすれば大きくなる。「宇夫方様、高山様」という順番で書き込みがある。つまり皆様は、M.A.P.を斯様(かよう)に見ていらっしゃるわけだ。トホホ…)
年末感謝デー
藤木勇人
ゆんたく独演会
青年劇場の芝居を観た日に藤木氏が言っていたやつ、山之口獏の話。「値段が高いから無理しないで」、そう言われてちょっと迷っていたが、来間さんからお誘いのFAXが届いて断固行くと決め、2名予約をした。その日が今日である。

しかし、今日は沖縄経営者協会の忘年会もある。さてどうするか。決めた。結局経営者協会の方は、僕ではなくもちろん宇夫方が行くが、最初だけちょっと顔を出して済ますことにした。

その旨を来間さんに伝えると、「私は経営者協会の忘年会の方に行く」と仰る。「はい~?」である。「たまにはゆんたくでもどうですか?」と書き添えてFAXを送ってきてこれである。でもちっとも驚かない。なんでもない。沖縄だもん、こんなものである。

それどころか、「京太郎の歌」に来てくださった“みやらび”の川田功子さんには、前々から一度お礼を言いに来なければと思っていたので、いいキッカケが出来て来間さんには大いに感謝なのである。

3月6日以来2度目の“みやらび”だが、一人じゃたどり着けない情けなさ。

gajumui

これから池袋の“みやらび”へ。北口斜め左方向へ真っ直ぐ。メモです。これで携帯の電源が切れなければ行きつけるね。 http://t.co/Yxjn6SWC
12-05 18:00

6時半から店に入れるが、8過ぎに演目が終わるまで、酒は一切出ない。温かいお茶とかりんとうだけ。ここのところが、あちこちでやっている沖縄居酒屋のライブとは一線を画すところ。ちゃんと舞台を観てもらいたい、その徹底した姿勢は見事である。

池袋みやらびにて

tag: 沖縄_東京の沖縄居酒屋.池袋“みやらび”    沖縄_沖縄の人.川田功子  藤木勇人 

藤木勇人氏と高円寺でよさこいを見つめながら…

藤木氏とシーサー玉城は、「星の息子」を観る前に昼飯を食おうと待ち合わせしていたらしい。しかしその約束の時間に藤木氏が50分遅れて飯を食い損なった。
「沖縄タイム?」
「いや、仕事には絶対遅れない。遅れるのは絶対いかん」
藤木勇人らしい話である。

藤木氏はこのあと7時から抱瓶で打ち合わせ、その前に…
「飯でも食っていきませんか」
…ということになった。
シーサー玉城は今晩もライブがある。でも6時に出れば間に合うというし、実は僕らも狛江の方でちょっとした会議の予定があったのだが、仕事というほどのものでなし、ちょっと出られなくなりましたと先方に電話を入れた。

「みんな生ビール?じゃあ生よっつ。それから?焼き鳥?」
「豚のかば焼きって何ね。ブタ?カバ?」
シーサー玉城は天才なのかもしれない。

「あたしは歌手よ」
「お前は自分のこと、わかってない」
彼女と比嘉モエル君を組ませて漫才をやらせた仕掛け人は藤木勇人氏である。
「でも年に1~2回、かりゆし寄席の時しかやらない、もっとやればいいのに」
その“かりゆし寄席”も10回という節目を迎えて発展的に幕を閉じた。でも形を変えて、さっき芝居を観てきた座・高円寺で復活するのだという。もちろん企画は藤木さん。

さて、その先の話は…

比嘉モエルのこと
秋葉シーサーズのこと
スリムクラブのこと
ダウンタウンのこと
それから、朗読劇「私の村から戦争が始まる」の沖縄公演実現までの経緯などなど。

ネットで話せないような話では決してないが、10年くらい経った時、昔話として話したほうが楽しい話。

「5時過ぎたよ」
「あいや遅刻。もう一杯」
シーサー玉城は絶対芸人向きだ。

ほい!記念撮影。
高円寺にて

5時20分。
シーサー玉城はキャリーバック引っ張って、マスクしてまだ明るい街へ消えたのだった。
シーサー玉城出発

話せることもいっぱいあるわけで。
例えば藤木勇人の師匠、立川志の輔は劇団昴劇団昴の養成所にいたとか、役者に向いていないと談志に入門したとか、かつて宇夫方路がいた劇団に志の輔が出演した事があるとか。
しゃもじのたーにーは才能があるとか。

そうだ。話せることじゃなくて話したい事がある。それは沖縄の若い役者たちのこと。でもそれはまず僕が「私の村から~」の沖縄公演についてブログに書いてからだね。弱ったもんだ。しばし待たれよって、誰も待っちゃいないだろうけど。

それからもうひとつ。
ちょうど来週の水曜日。池袋の“みやらび”で、藤木さんは山之口獏の噺をするという。おっとそいつは行きたい。みやらびにも顔を出さなきゃいけないと思っていたのでちょうどいい。
「でも高いよ、6000円。無理しなくていいですよ」
そっか、さて、どうしようか。まあ考えとこう。

6時半。
お腹いっぱい。もう暗くなってきた。
「これが信じられない。沖縄ならまだまだ明るいよ」
と、駅前の広場で、阿波踊りをやっていた。
阿波踊り

7時にはまだ少し間があるから…
手前に宇夫方路と向こうに藤木勇人
「すごいねえ…」
「うん…」「ショーになってるね…」
「エイサーは、考えんといかん…」
おっと、少し先走ってしまった。これについては、沖縄の若い俳優たちのことを語ってからにしましょうね。

では、またひとつ前の記事にお戻りくださいませ。

【追伸:次の日の宇夫方路の呟き】
ubukatamichi

狛江の公民館の会議があったんですが、つい飲んじゃって、会議の方は欠席しちゃいました。で、シーサー玉城ちゃんが町田まで行くというので、途中まで一緒にって言ってたのに、飲み足りなかったから、ひとりで行ってって、ああ、私って酷い? http://t.co/eVLuMfbA
11-29 12:51

tag: 藤木勇人  シーサー玉城 

11/25のツイートまとめ【猫の成仏】

ubukatamichi

沖縄は雲ひとつないすごくいい天気。でも今から飛行機に乗って帰ります。残念。
11-25 11:07


県立博物館の3階にある喫茶店「茶花」で藤木勇人氏を待つ。
県立博物館の喫茶店にて

裏庭でラジオ用のインタビューを受ける。
県立博物館裏庭
藤木勇人氏に聞かれる
話題は“おきなわおーでぃおぶっく”。新作「儀間進のうちなぁぐちフィーリング~語てぃ遊ばなシマクトゥバ~」を中心に。藤木さんはシーサー玉城さんから新作を貰っちゃったので、ミュージアムショップ“ゆいむい”で「人類館」を御購入くださいました。
ゆいむいにて
店長の池宮城さんと記念に。撮影は西岡美幸さんでした。

美幸ちゃんを家まで送って、僕はカミサンの実家へ。
刺身でシマーを飲り始める。

gajumui

今日は壺屋で焼き物をしている沖縄の娘と1日デート。夕方は県立博物館にて藤木勇人氏からラジオ用の取材を受け、今はカミサンの実家でシマーを飲んでいる。えっ、三線弾けってかい?
11-25 20:38

三味線の皮は猫だとか、我が家の猫は、ありゃでかくて猫じゃなくて犬だ、沖縄のマヤーはもっと小さいとか、我が家に猫が三匹もいる所為でカミサンはなかなか沖縄に来れない、へたすると猫は20年生きる、犬より長生きなんだとか、そんな話をしているうちに、そういえば母ちゃんの生まれた本部でも、死んだ父ちゃんの故郷の久米島でも、死んだ猫を木に吊るしている光景を見たことがあるみたいな話になった。なんでも義理の弟は、久米島では道の両側の木々に全部で10匹くらい、布袋に覆われた猫が吊るされているのを憶えているらしい。
「それって、どんな意味があるわけ」
「わからん」
「ツイッターってえのはさ、こういうの質問すると、すぐに返信があったりするんだよね」
「まさかよ~」

その昔、沖縄のヤンバルとか久米島で、死んだマヤーを木に吊るしたという話をご存知の方はいらっしゃりませんでしょうか?一体それにどんな意味があったのでしょうか?
11-25 21:57

2分後…「猫吊るし!? 」という返信が。
「ほ~らね」
「すごいさ~」
そこで…

そういう名前の風習でもあったのですか?
11-25 22:03

すると…「久米島の知人に聞いてみます」
その後も別の方々から次々に…
「沖縄本島南部の者ですが、聞いた事あります。死んだ猫が化けて出ない様に、成仏出来る様に吊すと」
「ホテルハイビスカスと言う映画で紹介されてます」
(民宿のオヤジさんから)
「岸本司監督の映画『アコークロー』にも出てきました。」
ほう、どうやら沖縄では一般的な風習だったらしい。ああ、しかし今晩はなんだか猫が夢に出てきそうです。こりゃあもう酔うしかない…

【追伸】
東京に戻って調べてみました。ネットで検索すれば、例えば台湾にもある風習だったりと、色々と出てくるわけですが、ここでは『沖縄大百科事典』の「ネコ」の項から…
「(前略)イリオモテヤマネコは、現存する世界の山猫類のうち、もっとも原始的な形質をもっていると考えられている。ネコを神聖視する信仰は古くから世界的にあり、俗信も多い。沖縄でもネコは神の使いだとされ、化けるともいわれる。死骸を葬るとき木の枝に吊るす風習が各地にみられ、そうすると化けネコにならずに成仏するという」
はたして成仏して化けて出られなくなった猫は幸せなのかどうか。因みに『沖縄大百科事典』の「ネコ」の項を執筆したのは、M.A.P.after5には何度も登場し、数日前もヤンバルの森と拝みのエピソードを紹介したばかりの、片野さんの父上、故・池原貞雄氏でありました。

ubukatamichi

今日はS1グランプリだったはず。トロフィーは3年続けて私たちM.A.P.がピーナッツという工房さんにお願いして作ってもらっている壺屋焼きです。今年は誰の手に渡ったのかなあ!
11-25 22:56

tag: #猫  沖縄_沖縄の人.池原貞雄  沖縄_おーでぃおぶっく.語てぃ遊ばな島くとぅば  沖縄_あんなとここんなとこ.県立博物館・美術館  藤木勇人  沖縄_沖縄の人.在住ヤマトゥンチュ.西岡美幸