カタブイの日に…

(後日ゆっくりと記事を仕上げます。)



大雨の中。

辺野古。
大雨の辺野古

僕らは、車を停めることも出来ずに先を急いだ。



ともかく今日は、高江まで行きたかったのである。
「7月5日午前8時35分、東村高江の北部訓練場ヘリパッドにつながるN1表ゲートから、砂利や杭を積んだトラックが15台ほど入りました。工事に反対する市民9人は警備員に囲まれ身動きがとれませんでした」
そんな夏の沖縄タイムスのツイート以降、高江の工事に関する投稿は見られなくなった。
10月11日、高江で、米軍ヘリが炎上して話題になったが、それ以外には高江に関する大きな情報を目にしていない。いったいどうなっているのだろう。

高江は晴れたのだが。
高江現況

tag: 高江  辺野古  沖縄の旅_2017年11月 

高円寺で初めての出張上映会



高円寺は、東京における高江ヘリパッド建設反対運動の発祥の地ではなかったか。
しかしお客様は来ない。というか、むしろそうだからこそ来ないのかもしれない。皆さんすでに見ている映画なのだろうから。だが、ボクはこの映画に批判的、そんな話がしたかったのだ。
この映画に、琉球舞踊をセットすることの意義。それを目当てにくる方がいないだろうかと微かに期待もしたが、やっぱり残念。少ないお客様では犬の遠吠えの如く。

それよりも何よりも、高江とも辺野古とも無関係な人々が、外の道をたくさん通り過ぎていく。
たとえここ高円寺が、沖縄の基地反対運動のメッカだとしても。

tag: 宇夫方路踊る  高山正樹地謡  高江  辺野古 

「内容が偏ってる」というコメントに対して…

Facebookで沖縄好きが集まっているらしい非公開のグループに参加している。
集客に苦労するのは毎度のことだが、今回は特に告知が遅れていて、なので藁をもつかむ思いで、そのグループに、昨日の13日の金曜日、映画祭の本チラシ裏表を投稿してみた。「こんな映画祭があります」という簡単なコメントだけ添えて。

概ね好意的な反応。といっても、3000人近いメンバーがいるのに、反応は30人足らず。それでも他の投稿よりマシで、つまりあんまり活発に動いているグループではないらしい。いったい、何人くらいの人の目に止まったのか、それも定かではない。

そこに本日14日のお昼過ぎ、13日の金曜日に投稿したのが悪かったのか、次のようなコメントが付いた。「ひどいね」マークと共に。
「内容が偏ってる様な気がする…
沖縄発の最も
(←ママ)素敵な映画は沢山あるのに。」


ボクはしばし考えた。慌てて反応すると、ロクなことにはならない。

そういえば思い出した。第一回の映画祭が終わってずいぶん経った時に、どこかの居酒屋で、「左の映画祭だって言われてるよ」と教えられたことがあったっけ。
はじめての沖縄映画祭の時だったか、沖縄の「お」の字でもつけば政治的と見做すというようなことを、市では言っているとか、そんな話を関係者から聞かされた。

ああ、あんなに、「まずは知ることから始めよう」と宣言してきたのに、且つ「ドキュメンタリーはフィクションである」ということも忘れないように、だからこそ単発上映ではなく、映画祭にして世界を多角的に見ようとしてきたのに、こんなふうにレッテルを貼られてしまう、その理不尽。

しかしレッテルを貼られるには致し方ない事情もある。我々のような小さなグループが映画を上映しようと思えば、やはり上映料が大きな問題となる。大手映画会社の作品は、おいそれと上映できるものではない。どうしたって自主制作映画の、特にドキュメンタリー作品から選ぶことになる。そうした採算度返しで作られる作品たちは、監督さんが自腹を切ってでも伝えたいことがあるという「思想」に支えられてる。そんな作品だから、やはり今の世の中に疑問を抱き、現状を問い、糾弾し、あるいは世の中の片隅で忘れ去られている現実に光を与えるようなモノが多くなるのは必然なのである。

だいたい、芸術や表現というモノが、世界との親和性の中から生まれるとは、僕には到底思えないのである。権力に寄り添うような、いわば国策映画が出て来るような時勢の後に世界でどんなことが起こってきたか、歴史が証明しているではないか!なんて、本当は言いたい気持ちもあるのだけれど、それでは全く対話にはならない。お互いに旗振って終わりになる。

実は沖縄映画祭の上映作品選定に際して、こんな表を使っている。
作品選び
横軸は、左が文化、右が時事問題。縦軸は、上が昔で、一番下が今となる。例えば復帰の頃の沖縄の自然を扱った映画があれば、ど真ん中あたりの作品ということになる。そこに作品名を記入した付箋を貼っていくのだが、色は「沖縄本島」「八重山」「宮古」「奄美」の違いを表している。
ある程度上映作品が揃った段階で、集まれる実行委員何人かで、この作品はどのあたりかね、などと考えながら、ひとつづつ付箋を貼る。そして最後に全体を眺めて、この辺にピンクが足りないねえ、とか、ここの空いたところに青が欲しいねえとか、そんな映画あるかなァというようなやり取りをしながら、ラインナップを詰めていくのである。

実は今回、最終的な作品決定に至るまで、とっても手間取った。それにはいくつか理由があるのだが、一番の影響は、去年の12月20日、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立ての承認を取り消した翁長知事を国が訴えた訴訟の上告審判決であった。最高裁第二小法廷はこの日、県側の上告を退け、県の敗訴が確定した。

これで、年明け、辺野古が動く。

それまで「圧殺の海-沖縄・辺野古」「圧殺の海 第2章『辺野古』」も、上映作品リストにはなかった。高江の作品だけでいいと考えていたのである。しかしこうなってみると、「丸ごと沖縄」を目指す我々としては、辺野古なしで今の沖縄は語れない、それなしで済ますわけにはいかなくなったのである。

さらに追い打ちをかけるように、中山石垣市長が26日、自衛隊配備を受け入れると表明した。
考えて見れば、今までウチの映画祭ではたくさんの沖縄の映画をやってきたのに、自衛隊に関する映画はやっていない。だいたい、自衛隊を扱った映画が少ない。(そういえば天皇を扱った映画もないなあ…)
自衛隊、今やらないでいつやるのだ!と、そんな気持ちになった。そこで、急きょ「はての島のまつりごと」の上映を決定したのである。

さて、そうなってあらためて作品選択のための表を眺めると、やっぱり右下(現在の時事問題)が重い。
※ここで一言申し上げておきたい。時事問題が重くなったからと言って、決してそれは思想的な「左」を意味しない。確かに辺野古と高江の映画については反基地の主張が鮮明である。そしてそれについてとやかく言われる筋合いは全くないと思っているのだが、「はての島のまつりごと」については、決して反自衛隊を主張する映画ではない。賛成派も反対派も、どちらでもない人も、淡々と島の人たちを追いかけている。どちらの立場も、監督の視線であることに変わりはない。

というわけで、あまり政治とは関係のない骨太な作品がどうしても欲しくなった。それで浮かび上がってきたのが、大林宣彦監督の「風の歌が聴きたい」だった。
前から気になっていた映画、でも、メジャーの映画を撮っている大物監督の映画なので、それだけで無理かなという先入観があった。しかし今回の映画祭ではバリアフリーも大きなテーマ、「聴覚障がいを持った若い夫婦が過酷な宮古島トライアスロンに挑む」というこの映画は、是非やりたい作品として一度は検討していた。ところが、配給会社が倒産したとか(夜逃げしたという話があったり)で見つからず諦めていた。いや、考えてみれば、むしろ配給会社が存在しないのはチャンスだったのである。ダメ元で再挑戦、直接監督さんにアプローチしてみることにした。そうしてやっと大林監督の事務所にたどり着いたが、時遅かりし、あちらが年末年始のお休みに入る間際であった。結局しばらく連絡も取れず、もう諦めるしかないと実行委員のみんなに宣言したその日、上映許可の連絡が来た。もう正月気分も抜けた連休直前の7日のことだった。これで、あのバランスシート表が希望通り埋まった。

さて、話を戻す。
夕方まで考えて、僕は「内容が偏ってる」というFBの沖縄好きグループのコメントに対して、次のように返信したである。

「高倉健の沖縄ヤクザの映画とかもやりたいんですけどね、でも大手映画会社の映画は我々のような小さいところの力では上映できません。どうか東映とかに頼んでください。日活さんみたいにできるようにしてくださいと。
そういう高いハードルがありながら、私たちはものすごくバランスを考えてラインナップしています。
もしかして●●さんは、辺野古や高江の映画ばかりに目を奪われてはいらっしゃいませんか?
『宮古島トライアスロン』には安倍首相夫人とか自衛隊配備を容認した下地敏彦宮古島市長とかも出演されています。
『沖縄/大和』では、例えばあの手登根さん(オスプレイファンクラブ代表?)へのインタビューもしています。
『人魚に会える日。』を見た反基地の人たちには、もやもや感一杯の方たちもいるらしい。
そしてそれらの作品は、どれもこれも決して安倍首相夫人や下地市長や手登根氏や、基地推進派の人たちを否定的に扱っているわけでもありません。
他にも、組踊の映画を始め、オキナワノコワイハナシとか、政治色などの全くない様々な映画がいっぱいあるんですよ。」


※1月20日現在、これについて●●さんからの返信はない。そして「いいね!」がひとつ付きました。

tag: 映画祭のこと  高江  辺野古 

今日は照明さん?いえ運転手です…

gajumui
《再掲》

何ひとつやってもらった記憶がない。それなのに理屈ばかりなのがいたり、ただ仲間内ではしゃいでいるだけなのに、それがまるで社会のためのムーブメントだな勘違いするのがいたり… 朝9時半に博品館なので、もうボクは寝るです。
11-20 01:10

《夜が明けて…》

久々の通勤電車。吐き気がする。油汗も出てきた。よくまあ皆様平然としていらっしゃる。慣れでしょうか。さて、慣れていいコト、慣れてはならぬモノ。あ〜気持ち悪い…
11-20 08:58

雑踏
新橋。それにしても地味というか、暗いというか。皆さん健さんを偲んで喪にふくしているわけでもあるまいに。 http://t.co/71Q34ytIpz
11-20 09:21

博品館劇場搬入口。
博品館劇場の搬入口

阿佐ヶ谷に移動。久しぶりの運転手。

仕事中。
荷積み
11-20 11:28

事務所に寄って、LEDのスポットライトを見せてもらった。
※初めてこのブログのシステムを使って動画を投稿してみましょっと…※なんかちょっと重そう。youTubeの方がいいのかなあ…

ふーん、進化してるんだねえ。これは中国製らしい。LEDが切れるより、基盤の方が早くダメになるようで。そうなると直すより全部買い替える方が安いんだそうです。日本製はずっと値段が高いけれど、1年保障とかある。それにしてもPCと同じで当たり外れがあるらしく、なんだかなあ、LEDで節電っていうけれど、壊れたら全取っ替えという無駄、ほんとうに世の中って、なかなか変わらないもんですねえ。

仕事で必要と持たされた携帯も、電気がもったいないから電源を入れないピンちゃん。「情報はネットで発信する時代」と若手に言われ、そんなこたあ出来ないからと、そのかわりに辺野古へ座り込みに行った。高江では大歓迎されたらしい。「そんなにヒマなの?」「それはそれで問題なんですが…」
11-20 16:06

第七病棟の照明ピンちゃんの、昔の血が騒いでいる。@gajumui
11-20 16:13



この日の夜、まるこさんは、新宿の“やんばる”に映画祭の置きチラシをお願いしに行ってくれました。
ありがと。
新宿やんばる

tag: 龍前正夫舞台照明研究所  辺野古  高江  沖縄居酒屋.やんばる(新宿) 

2月5日のことを呟いたツイートをまとめてみました

(※金城実さんのアトリエの話など詳細は後日ですが…)

【2月5日のことを呟いたツイートをまとめてみました】

gajumui

(※昨日のツイートをひとつ再掲)
明日は朝早い。高江に行ってきます。姪っ子を連れて。ちょっと寄るだけしかできないけれど、それが始まりだと思って。只のきっかけ。躓くかどうか、後は彼女が考えること。
02-04 23:18


霧の高江

(※ここからは6日に呟いたツイート)

高江に行くとムーランに寄る。「活動」している人たちとは少し違う「佇まい」に、だらしない僕は脱力して、広がる山原の森を眺める。同行した母は、高々30分の「高江体験」で「意識の高い人」になったらしく、親父さんに色々と話し掛ける。「そんなに簡単なじゃない」と僕。奥さんがそっと頷いた。
02-06 09:09

ムーランのおじさん、あかまたを捕獲
(※ムーランのおじさんがアカマタを捕獲したときの写真)

辺野古のフェンス横の砂浜。米軍の監視カメラと目が合う。笑顔でピースしてみた。ふと足元を見るとヤドカリ。見渡すと、そこら中でヤドカリ達が、それぞれ自分の家を背負って歩き回っている。近くで、ふたりの男性と小さな船が、漁に出る準備をしていた。
02-06 09:27
辺野古のフェンス

辺野古のヤドカリ

ヤドカリアップ


恩納村の海の見える素敵なレストランで昼食。オーナーは元ライオンズクラブ会長の美しき女性。知り合いなのである(自慢です)。「高いよ」と母親を脅かしてテラスに席を取る。20食限定ランチ、コーヒーとデザートがついて1000円。「なんだ、高いって言うから…」「ここは、沖縄だよ」
02-06 10:07
海が見えるレストラン


恩納村の海

コバルトブルーの海に漁船が何隻か浮かんでいる。聞けばモズク漁だという。ここの夜のメニューには一品数千円が並ぶ。モズクを使った料理なんてあるのかな。なんだかアンバランスな光景だと、僕は面白がっていた。
02-06 10:19

(※ツイート中断と再開…)

残波岬のシーサーと

特牛節の歌碑

昨日の報告ツイートの続き。残波岬ででっかいシーサーと特牛節の歌碑をカメラに納め、金城実氏のアトリエに向かう。母親は「今日はどうも…」みたいな挨拶を始めるが、当然そんなのに興味を示さず。「姪っ子が彫刻をやってるんですよ、それで、今日連れて来たんです」途端に金城実の目が光った。
02-06 18:36

「俺の作った大獅子、見たか」「ハイ、ここへ来る前に」ここからの金城さんの話が実に面白かった。殆ど彫刻の話だけを語る金城実、そんなの初めて。でもやっぱり「金城実」なのである。ああ、間もなく搭乗開始の時間。残念。続きはブログにて。東京の雪、どうやら大丈夫みたい?
02-06 19:36

(※6日はこれで時間切れ、以下は東京に戻ってからのツイート)

予告風に。「ある日金城実のアトリエに、彫刻勉強中の19歳の女の子が訪れた。金城さん曰く《彫刻をやっている人間が此処に来たのは初めてだ》デッサンなんかくそ食らえ、大阪の銭湯で、じいさんの裸を一日中眺めて人間の骨格を覚え込んだ金城実の熱い話が始まる。彫刻家・金城実、近日ブログにて!」
02-07 13:30


自作を解説する金城実さん

何度も言うが「金城実的彫刻爆裂談義」はブログの方に書くとして、金城さんのアトリエをお暇した後、普天間飛行場をぐるりと回り、カミサンと母と姪をカミサンの実家で下ろし、小生はレンタカーを小禄まで返しに行き、モノレールで見栄橋へ、そこからタクシーで安謝の隣、港町の宝隆軒へ向かった。ふ~
02-08 08:49

「玄羽さんから紹介されて」と言ったら御夫婦途端に満面の笑顔、大サービスして頂きました。伊勢海老、ラフテー・・・もう最高!お酒込みで一人様~円… 内緒。ありがとうございました。今度は是非御一緒に。後ほどブログに画像アップ。 @b25225 宝隆軒も味のある店でしょう。楽しんでますか?
02-08 08:58
宝隆軒1

宝隆軒2

宝隆軒3

宝隆軒は日銀とか海上保安庁の御用達、だが極めて庶民的なお店。時の日銀総裁も、沖縄へ来ればこの店に訪れる。義理の妹夫婦が、お店の方のちょっとしたイントネーションを聞き分けて宮古の人だねと。ともかく暖かい。高江のムーラン、金城実夫妻、宝隆軒、この日会った三組の御夫婦。それぞれの沖縄。
02-08 09:12
御用達のお店

宝隆軒の誤夫婦

tag: 沖縄の呑食処.カサラティーダ  高江  辺野古  沖縄の呑食処.宝隆軒  金城実  沖縄の呑食処.夢蘭  宮古  沖縄の旅_2013年2月 

11月12日の呟きのまとめ《イオマンテの祭りの意味を僕らは知っているのか》

11月11日という日を、発表会だけで過ごしてしまった。だからといって、感じる必要のない「後ろめたさ」。だがいたしかたない、これが性分なのだと、最近は開き直ることにしている。それをいちいちこうして書き連ねて弁解するところが、もしかして僕、かわいい?

冗談である。

一週間くらい前から、事務所の入り口の正面の壁に、初めて首相官邸前のデモに行ったときに貰った“NO OSPREY”のビラを、発表会のチラシの傍の貼ってみた。

NO OSPREY

琉球新報の号外は、その後いつのまにか貼られていた。宇夫方女史が貼ったらしい。
「なんで貼ったの」
「あったから」

gajumui

11.11、昨日の10万人集会の情報を知りたいと、事務所のTVをつけてみた。ネットをあちこち巡ってみた。だが…
11-12 10:11

確信犯的メディアは別として、NEWSの価値をどう作り出すかとという戦略(←性に合わない言葉だが)について思う。北谷での朗読劇でなるほどと気づかされたこと。企画が持ち上がり、稽古が始まり、出演者が高江に行き、そして本番、その都度ニュースになった。有難かったと高江の人たち。
11-12 10:16

もうずいぶん前のことだが、状況劇場(赤テント)が戦略を変えた。それまでテレビを頑なに拒否していたが、そこへ劇団の役者たちを送り込む事に決めた。根津甚平、小林薫、時を隔てて佐野史郎…、ミイラ取りがミイラになったかどうかは知らぬが、今回はそれとは違う。すでに名の知れた俳優諸氏がノーギャラで引き受けた。観客を呼ぶ力のある人たち。
無名の役者であることが潔いなどと斜に構えてきた自分の20数年を、3.11以降、僕はとても後悔している。
入り口の看板は何でも構わない。看板に誘われて入った人たちに知ってもらえればそれでいい。きっかけが津嘉山正種でも北島角子でも、ヤンバルクイナでもノグチゲラでも、ジュゴンでも構わないのである。

辺野古のこと。「ジュゴンを守るために基地建設に反対する」のか、「基地を作らせないためにジュゴンを守る」のか、そんな内部対立があったという話を聞いた。運動に関わっていた人にそのことを話したら、あったかもしれないが大した問題ではなかったと。ひとつの聞きかじり、ふたつの聞きかじり。
11-12 13:55

動物好きの娘は読まないでください。父は嫌われたくないから。“社長とは呼ばないで”という僕の裏ブログ。「頗る貴重なスペースを避けて」イオマンテの祭りの意味を、お前は本当に知っていたのか。 http://t.co/ci6pW1rI
11-12 14:01

さらに僕は、2009年に“社長とは呼ばないで”に書いた記事も思い浮かべていた。
 ⇒生物多様性と自然淘汰
でも、これについては呟かなかった。自分のうちの飼い猫のことなら「冗談」と許されても、「ジュゴンを殺す」とまで言ってしまえば、きっとそこだけを取り出して立腹して責めたてる方々がいてもおかしくはない。

とはいえ、僕には飼い猫を食うこともできないだろう。ジュゴンを殺して構わないとも思っていない。
だが、切実に自らの生活が脅かされる事になったとして、それでも変わらずにいられるだろうか。僕たちは本当に、イオマンテの祭りの意味を知っているのだろうか。

そろそろ出掛ける時間である。頭を切り替えなければならない。

草野心平の「河童と蛙」や「るるる葬送」も、坂本遼の母親が死ぬ間際に、林檎と梨と、どちらのスープがいいかと問われて「安い方のがええ」と答えた話も、あながち無関係ではないと、後ろめたさから逃れるように僕は思い始めている。

プリモ芸術工房

tag: 高江  辺野古 

再び辺野古2011

《8月4日(木)-2》
遊びは終わり。とっとと南へ向かおう。だが、ちょっと気になることがあって、少し遠回りだが、キャンプシュワブの脇を通ることにした。去年たくさんの人たちが集まって抗議していた場所。今年、何度も通ったはずなのだが、去年たくさんあった横断幕の記憶がない。どうしたのだろう。見逃したのか、そんなはずはないのだが、それをちゃんと確かめたかった。

ここだ。
null
やっぱり、何もない。
null
みんな、いったいどこへ行っちゃったんだろう。
(去年の画像を再掲)
2010年、座り込む人たちと演説する人とそれに聞き入る支援者たち

※数日後、Yusuke氏から画像が送られてきた。7月の30日、彼は辺野古の海に行ってきたらしい。その時の画像データを送ってくれたのだ。
null null
おや……? 画像をアップ。
null
この黄色い「沖縄に煮え湯を飲ますな」の横断幕、去年キャンプシュワブの前で撮影した時に写っていたのと同じものではないか? そうか、みんな、より工事現場に近いところへ移っていったんだ。それほど、事態は逼迫しているということなのか。


いったい僕は、ここへ何をしにきたのだろう。キャンプシュワブの金網に何も貼られていないことを確かめて、いったいどうしようというのだろう。
「俺は結局、傍観者でしかない」

宿をお世話してくださった“児童養護施設なごみの園”の園長さんにお礼の御挨拶に伺った。
null
結局、基地受け入れに賛成されているのか、あるいは反対なのか、僕には聞くことができなかった。
「聞いてどうするのか、ブログのネタ探しか」

僕は気分が沈んでいったのである。

tag: 辺野古 

辺野古2011(4)

《8月2日(火)-5》
「2006年のこと。一世帯当たり1億5千万円の一時金と年間200万円の補償金を国に要求する方針を決めたが、県内からも批判を受けて取り下げた」

公民館のロビーのガラス棚には、少年野球関連のトロフィーやら写真の額やらがたくさん並べられていた。
null

沖縄の夕方は、いつまでも明るい。公民館の表では子供たちが素振りをしていた。
null
山猫合奏団の公演を観た子供たちなのかどうか、数人の大人が付き添って指導していた。

今に始まったことではないのかもしれない。あるいは、沖縄ばかりではないのかもしれないから、どうか聞き流していただきたい。僕になんやかやと語る資格はない。
いつだったか、沖縄の方からこんなことを伺ったことがある。今、沖縄では子供に野球やサッカーをやらせることがとても流行っている。日曜や祭日の全てを、子供のスポーツの練習に付き合ったり、試合を観に行くことに費やす。子供のスポーツだけが生き甲斐というような親が増えているのだという。はっきりと口には出さないが、子供をプロ野球やプロサッカーの選手にする、そんな密やかな夢だけに支えられた生活。そこにしか主体的な希望を持てなくなってしまった沖縄、と、その方は言った。

カミサンの実家でも、家族の話題の半分は、子供のサッカーのことである。たとえ僕が沖縄の基地のハナシをしだしても、かつてのように深まっていくことなく、いつしかまたサッカーのハナシに流れていくので、最近は始めから黙っている。三線を弾いてみたところで、子供たちはさほど興味を示さない。キジムナーでの公演があっても、子供のサッカーの試合があればそちらが優先される。

「何々」より「何」の方が上等だというようなことを言いたいわけではない。ただ、「何か」しか見えなくなることは如何なものかと思うのだ。親がそうなっては、幼い子供はもっと見えなくなるに違いない。
僕には、それが一時金と補償金を要求しておかしいとは思わない感覚と決して無関係には思えないのだと、そんなことを言ってみても、きっと誰も聞かない。聞かなくてよい。僕には語る資格がないのだから。

夜のための買出しへ。西海岸まで出なければ大きな店がない。でも、例のトンネルを通ればあっという間だ。
null
1ドル=74円……
西の海は茜色の気配。
null

宿は東海岸。さびしいはずの東海岸だが。
null null
東の海はまだまだ明るい。
null
え、こんなところがこんなところに?そして、今晩はここに!
null

ダメだ、このままだと何を書き出すか、自分でも抑えられそうにない。日を改めて書く、と決めた。
だからさ、はやいところ“社長とは呼ばないで”という捌け口を再開しなきゃ。

tag: 辺野古  山猫合奏団 

辺野古2011(3)

《8月2日(火)-4》
僕らは座り込みはしていません。
null
どういうこと? だからさ……
 ⇒辺野古2011(1)
僕らは音楽家と、それから、えーと、僕、何?
null
明日の“どんぐり”のための合わせなのです。なんたって、久しぶりですから。今日の“ゴーシュ”は問題なし。お客さん次第ですけど。

近くの食堂へお昼を食べに行きました。
白石准ちゃんはヘチマの炒め物。
null
水っぽくて独特の匂いがあって苦手だという人もいます。こういう時は必ずチャレンジする准ちゃんは「いいね!」(facebook風)

あくまで一般論として、僕が思っている個人的な意見なのですが、食べ慣れないものについては、最低3回くらい食べてみるまで、能書きは控えておくのがよろしい。

カツカレーライス。家庭料理っぽい工夫がされてます。
null
つまり、家庭料理ってこと?
※「沖縄の家庭料理問題」については今までも時々書いてきました。
 ⇒沖縄の定番【那覇公設市場周辺】
 ⇒沖縄の家庭料理を出してもお金は取れない

沖縄へ来たんだから沖縄のもの食べなきゃっていうような沖縄フリークになってはいけません。何を食べようが自由です。

なんだか今日の僕はギスギスしてるなあ、なんでかなあ。

僕は“味噌汁”を頼みました。
null
“味噌汁”というのは、沖縄の大衆食堂の定番メニューです。具沢山のお味噌汁にちょっとしたおかずと大盛りご飯がついてきます。他に“おかず”という定食メニューもあります。そんなことを知らずに、“おかず”と“味噌汁と“ごはん”を注文しようものなら、大皿のおかずと小さなおかずと、どんぶりの味噌汁と小さな御碗の味噌汁と、山盛り御飯が三つ出てきて大変なことになってしまいます。

さあ、腹ごしらえ完了。いよいよ本番です。まずはチェロの演奏から。
「はじまったよーん」
null
「宇夫方さん録画中」
null
 ⇒Official_Blogの記事

今回の公演は、宇夫方隆士氏の教会関係のお友達という繋がりで実現しました。そのお友達とは“児童養護施設なごみの園”の園長さんです。ある事情で親と一緒に暮らすことの出来ない子供たちの施設。今日のお客さんは、そこの子供たちと、近隣のお年寄りだと伺いました。そのほかにも近所の子供たちが来ていたのかどうか、なぜだか聞けませんでした。

終演後、ピザをご馳走になりました。
null
でもお昼が遅かったので、けっこうお腹いっぱいなのです。それにこのピザ、米軍基地内の店のものです。基地に入ることのできるパスを持っている方に買ってきていただいたということで、デカイのです。うっぷ…
null

米軍基地へのパスは、このあたりの方はけっこう持っていらっしゃったのだとか。でも「色々あってから」簡単には発行されなくなったのだそうです。だからこのピザは、パスを持っているお友達に頼んで買ってきていただいたとのこと。しかし、いったいどういう方にパスを待つ許可が下りるのでしょうか。これも聞けなかった。ああ、思い切って色々なことを聞いてみればよかったと、ちょっと、いやとっても後悔しています。僕は本当の現実を知る機会を、自ら放棄してしまったのです。

「お前は、この問題に対して能書きを言う資格はない」
「ヘチマのことはウチナーグチで“ナーベーラー”と言います。色々な味付けで、今まで10回くらい食べたことがあります」
「で?」

ピザは半分ほど頂いて、残りは今晩のお酒のツマミにということで、お持ち帰りとなりました。

あれ、なんだか僕、頭がおかしくなったのかなあ。
早く、“社長とは呼ばないで”を再開したいと思っているのです。

tag: 辺野古  山猫合奏団  沖縄の呑食処.(その他) 

辺野古2011(2)

《8月2日(火)-3》
※去年の辺野古の記事を、是非お読みください。
 ⇒辺野古に行って考えたこと(2010/07/22)
そして今年……
開通した道。あえて言う。完成してしまった軍用道路。
null null

後日、必ず書く。

tag: 辺野古