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高山正樹 ラジオ生出演顛末記【FM世田谷“せたがやじーん”】

13:45 保幸氏と連れ立って、東京世田谷の三軒茶屋にあるキャロットタワー26階展望ロビーに到着。
その一角にサテライトスタジオ「キャロット」はある。
デジタルカメラでカシャ!
サテライトスタジオ「キャロット」

この画像を使って「おきなわおーでぃおぶっく」のブログに記事を書いた。
 ⇒http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

ブースの中では、(というか、この箱、上が開いているのである。つまり外の音が筒抜け。)神(じん)太郎さん、生放送中である。
神さんは、展望ロビーをうろついている僕を見つけて、窓の中で軽く会釈してくださった。初対面なのになあ、ははあ、たぶん事前にホームページなどを見てくださっているということですな。

音楽がかかっているスキを見はからってスタジオの扉をたたく。出ていらっしゃったのは美しい女性、まずは御挨拶。中には神さんとこの素敵な女性スタッフのお二人だけ。なんだかとても微笑ましい感じでうれしくなった。

14:00 改めてスタジオ入り。番組が始まるまでの30分間、別番組が放送されている間を使っての打合せ。というか、打ち合わせらしいことは、“セロ弾きのゴーシュ”のどこを流すのかと、“カクテルパーティー”も御紹介くださるということで、それのどの辺を聞いていただきましょうかという2点だけ。後は雑談。でもきっと、この雑談の中から、神さんは話すことを決めているのだろうなあ。

30分の間にも、神さん担当のスポットのおしゃべりが2回ほどあって、その時は僕らは黙って神さんの前に座っているのである。

14:30 いよいよ本番。FM世田谷“せたがやじーん”、世田谷で活動している人を紹介する番組。ほんとは事務所は狛江市なんだけど、最寄駅は喜多見なので問題ないとのこと。
特別に緊張することもなく、雑談の流れのまま突入。
いきなり神さん、「なんとご紹介したらいいのでしょうか」と来た。
考えてみれば当然そこからだよなあ、でも何にも考えずにやってきたので、さて弱った。なにしろ一番答えにくい質問なのだから。
「さて、何なんでしょうねえ…」
でも、きっとこの一言で、本日の高山正樹像が決定したのである。神太郎と高山正樹との暗黙の決まり事。「飄々として、何となくいい加減な感じの変なおっさん」、後はそれを演じ切ればいいのである。

「小金井芦州さんのお弟子さんだったそうで」
おっと、いきなり予想外の展開。30分の雑談では全く触れなかったこと。この神さん、ただものではない…

ウチナーグチの「わー」と「わー」のはなし。(これも打合せなし。というより、ほとんどが雑談では話題にしなかったことばかり。たぶん、これが神さんの作戦なのかもしれない。)
沖縄では、「わたし」は「わー」で「豚」も「わー」。でも微妙に違うらしい。沖縄出身の僕のかみさんにはその違いがわかるのだが、僕にはわからないというはなし。
「まあ、最近かみさん太ってきたので、わーが私でも豚でもおんなしようなものなんですけどね」
いい加減な男である。

15:00 あっという間の30分であった。
へえ、ラジオって、こういうものだったのか。神さんが投げてくる球をどう打ち返すのか、なかなか面白い経験をさせてもらったのである。

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保幸氏曰く、「隣に座っていて冷や汗が出たよ」

15:10 携帯メールの着信音。
「聞いたよ、おもしろかったよ、わーより」

※以下に、山猫合奏団のブログに書いた記事を転載

FM世田谷“せたがやじーん”に高山正樹が生出演。世田谷に縁のある人を紹介するという番組。ONエアーは14:30からの30分間でした。
出演者がリクエストした曲を、話の合間に流すのですが、高山正樹は、山猫合奏団の“印度の虎狩完全版”をリクエストしてしまいました。長いので、中途でフェイドアウトするのかなと思いきや、全曲流してくれました。

はたして、どのくらいの方々が聞いてくださったのでしょうか。

先日の川越公演は、FMせたがやを聞きながら車で会場入りしたのですが、その時は、杉並区・練馬区を越え、新座あたりまで聞こえていたので、これはなかなかあなどれないなあと思ったのでした。

放送後、パーソナリティーの神太郎さんと記念撮影。
神さんとツーショット

とても楽しいひととき、ありがとうございました。

tag: 別ブログへ  高山正樹外部出演  FMせたがや  駒場28  神太郎  声門破裂音  おきなわおーでぃおぶっく  山猫合奏団 

M.A.P.はラジオづいてます。(明日は生放送)

M.A.P.関係者、ラジオゲスト出演情報!

高山正樹 明日12月12日、FMせたがや14:30“せたがやじーん”
大島純 FM津山(収録は12月30日)
菅家ゆかり 来年1月12日・19日、ラジオ日本21:00“鰐淵洋子の一期一会”

ちなみに、ラジオ日本“鰐淵洋子の一期一会”のプロジューサーは、高山・菅家の高校の同級生、平石ひとみさんです。
高山君にも、よろしくと言われた、というメールが菅家さんから届きました。

「じゃあ、俺も出演させろ」と、高山正樹は言ってます。

最近、言うことが危なっかしくなってきたようで…
津嘉山さんの影響でしょうか。いえいえ津嘉山さんが危なっかしいことをおっしゃる方だということではなくて、表現者たるものどうあるべきか、というお話。
明日、生放送で変なこと言わないかなあ……
(誰が書いてるの、この文章…)


追伸
明日の「せたがやじ~ん」ゲスト出演。まずは“セロ弾きのゴーシュ”から、どこか流してもらおうと思っています。
生放送です。ON AIRは14:30から30分間。その頃に世田谷近辺にいらっしゃる方、どうぞ83.4MHzにチューニングしてみてください。

tag: 駒場28  菅家ゆかり  大島純  FMつやま  FMせたがや 

FM世田谷にゲスト出演予定

来る12月12日金曜日、14:30より、FM世田谷の番組「せたがやじ〜ん」に、高山正樹がゲスト出演することになりました。パーソナリティの神太郎さんと1対1、打ち合わせなし、ぶっつけの生放送らしい。ぶほほ。

FM世田谷のHP
※fmsetagaya.co.jpがfmsetagaya.comに変わりました。

何しゃべるの?
30分あるからね。「おきなわおーでぃおぶっく」と「山猫合奏団」と「夢丸さん」と「地図」と、全〜部しゃべっちゃおうっと。7分づつか。

tag: FMせたがや 

FM世田谷へ行ったぞー(日本のオーディオブック)

FM世田谷:http://www.fmsetagaya.co.jp

何しに行ったかについてはミステリー。
目指すは「おきなわおーでぃおぶっく」と「喜多見」と「地図」のコラボ。
83.4MHz
ただうちの事務所では電波が入らないんだよねえ。深井さん、なんとかしてください。

※おきなわおーでいおぶっくOfficial_Siteの更新記録⑦
  2008/10/6 「初めての方へ」のページをアップしました。

※2018年11月26日に追記
ミステリーの90%はお蔵入り。この日、それと関係のある文章を、おきなわおーでぃおぶっくのオフィシャルサイトにアップしました。
それを、ここに転載しておくことにします。


日本のオーディオブック・・・高山正樹

オーディオブックとは、耳で聞く書物のことです。
欧米では、人気のコンテンツです。日本でもここ数年、時々耳にするようになりました。しかし、なかなか浸透していかないのは何故でしょう。

欧米のオーディオブックは書物の代用品。運転しながら本を読むことはできないけれど、聞くことならできます。これは忙しい人には有難い。 出来るビジネスマンは、会社への行き帰り、車を運転しながら、オーディオブックを聞いて勉強しているのです。
この点は日本でも同じです。日本でよく売れるオーディオブックとは、ビジネス関連のHow toものなのです。

しかし、問題は文学作品。欧米では新刊書籍の販売開始と同時にオーディオブックが発売されるというくらい定着している人気のコンテンツなのに、日本ではさっぱり。 それは、どうしてなんでしょうか。
ひとつには、日本の本が、欧米各国に比べて安いという事情があります。欧米の本はとても高い、オーディオブックの方が本より安いというのが普通なのです。
でも、それだけではありません。日本の読書好きの人たちは、たとえオーディオブックが本より安かったとしても、すぐにオーディオブックを購入するとは考えられません。 それはいったい何故なのでしょうか。

それは、日本では、書かれる言葉と語られる言葉がとっても違うからなのです。だから日本の小説は、読まれることを前提にして書かれているのです。
でも、日本の文学が、最初からそうだったわけではありません。万葉の時代、和歌は書かれたのではなく、詠まれたのです。 つまり、和歌を作ることは、声に出して詠むことを抜きにしてはあり得なかったのです。
それを変えたのは、漢字でした。漢字は「詠む」と「読む」を区別することを可能にしました。 元来、50音程度の組み合わせで言葉を構築しなければならなかった日本語は、豊富な語彙を獲得するのが難しい言語でした。 ところが、漢字というものを手に入れたことによって、同音異義語が可能となり、結果、極めて複雑な思考をも可能にしたのです。
しかしながら一方で、書かれる日本語は、生きた肉体から遠く離れていったのでした。いまだにお役所言葉などは、その最たるものです。 明治になって、夏目漱石など近代文学者の多くが、そのことに立ち向かって小説を書き始めました。 そして彼らの努力によって、一部の学識ある人々だけのものであった文学が、よりたくさんの人たちの楽しみとなったのです。
でも、完全に書き言葉と話し言葉の溝を埋めることはできませんでした。というより、完全に溝を埋める必要はなかったというべきでしょう。 話し言葉だけでは言い尽くせぬことを、書き言葉でなら表現できる、それが日本文学の素晴らしさであることもまた事実なのですから。

あれ? だとしたら、日本で近代文学をオーディオブックにするなんて意味がないのでは?

いいえ、そうではありません。書き言葉を《声》にして読む、文字と言葉、この異質なものが出会う場所にこそ、新しくさらに深い世界が現れる可能性があるのです。 もしかすると、それは肉体を失った文学に、再び肉体を取り戻させてあげるということなのかもしれません。 私たちは、文字と声の「違和感」を見据えて、その違和感をこそ武器にしたいと考えているのです。

確かに、これはとても困難な作業でもあるのです。なぜならば、例えば「読む」と「詠む」の違いを、音だけで伝えなければならないのですから。 でも、その難しさを乗り越えようとする苦しみは、ぞくぞくするような魅力を併せ持っています。

日本のオーディオブックは、欧米のような書物の代用品ではありません。
日本のオーディオブックには、文学を越えた表現の可能性がある、私たちはそのことを信じて疑いません。

予告!「沖縄とオーディオブック」
「文字」と「声」のいい意味での「違和感」を、もっとも感じさせてくれるのが沖縄!
このことについては、後日、ここでまたお話することにいたします。

※そして、この予告は、未だ実現していません。

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