死に瀕していても実行すること

東日本大震災から35日目の昼……

【この日呟いたこと…】
伊丹万作の「戦争責任者の問題」(昭和21年)というエッセイの全文を紹介しているサイトがあることをツイッターで知った。
 ⇒http://anond.hatelabo…
それは「『騙された』とか歌って喜んでる斉藤和義と信者はこれ読めよマジで」と題されていた。
僕はそれについて呟いた。

11:21
伊丹万作氏の文章に同意。しかし、それを紹介するブログのタイトルは最低。


僕の書斎の本棚にはこの文章を掲載したエッセイ集がある。
null 伊丹万作の「戦争責任者の問題」というエッセイ
読んだのは、もう30年も昔のこと。巻末に中野重治が一文を寄せている。編者は大江健三郎である。その大江が「モラリストとしての伊丹万作」という評論の中で伊丹の「戦争責任者の問題」から引用しているので、その部分を、ここでもご紹介しよう。

「だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである」

「それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である」


原文では、この二つの引用文の間には次のような文章が挟まっている。
「このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである」


「何にも変わっちゃいない」
少し表の空気を吸いたい。そう思いながら僕は事務所を出たのだが、すっきりしない。ここ東京でも、明らかに放射能だか放射線だかの数値が上がっている。しかし、放射能と放射線の違いも、僕にはよく分かっちゃいないのだ。放射線を出す本体が放射能で、だとすれば出た放射線はどこに行くんだ?今、この東京の空にあるのは放射能なのか放射線なのか。
「安心と言われて、それにすがりつく奴隷根性か……」

世田谷通り沿いにあるびっくりドンキーへ。
今川崎の市民劇で稲毛三郎重成役をやってる石山海は、前にココでアルバイトをしていたらしい。深夜は厨房で一人ハンバーグを焼いていたんだってさ。そんなハナシを聞いていたからか、特にハンバーグを食べたいわけでもなかったのだが、なんとなくここに来ちまった。
「おタバコはお吸いになりますか」
無言で手を横に振る。放射能よりタバコのほうがずっと危険?そういう説明もどうかと思うのだが、タバコの煙は見えるからなあ。
禁煙席
席に座って、なんとはなしに窓から表を眺める。
びっくりドンキーのアルバイト募集の看板
あちこちで内定が取り消されているこの時期に、アルバイトは募集してるんだ。
「もし今、福島の原発が水蒸気爆発を起こせば、東京からも避難しなければいけなくなる可能性があるのに……」
関係ないだろ、全く。つまり、動くことが、ただ億劫になっているだけ。

伊丹万作が「戦争責任者の問題」を書いたとき、すでに伊丹は病床にあって死に瀕していたと大江は解説している。そして最後に、中野重治が伊丹万作を評した言葉を紹介する。
《伊丹万作は実行の人であった》

←こんなの付けて遊んでみることにした。
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