一日中ぶつぶつ……

東日本大震災から121日目……
“チョンダラーの歌”をどうしよう、そのことを考えるために、今日の三線の稽古を休むことにした。
 ⇒この日の三線教室専用ブログの記事

しかし、いっこうにアイディアが浮かばない。勢い、ツイッターばかり眺めていた。
ぶつぶつ、ぶつぶつ……

【呟いたこと……】

10:00
シャワーを浴びようとパンツに手をかけたら揺れた。テレビつけて変なカッコでニュース速報を待つ。


民主党の前原誠司が辺野古移設について「どこが与党でも推進」と強調したというニュース。どこがって自民党以外にないのだろうが、ふと思ったので呟いた。

12:32
原発再稼動も同じ。それに反対する人間が総理になったら菅直人と同じようにボロボロにされる。メディアが共謀。洗脳される国民。


13:09
何か確信があって菅直人を擁護しているのではない。ただボクの周りには菅をボロクソに言う者ばかり。メディアが流す偏った表層的な情報のイメージを、何故これほど単純に信じているのか。疑え、と言いたいのだ。


我が家の比較的近くで、放射線量を継続的に調べてツイートしている方を見つけた。
 ⇒http://twitter.com/#!/Ilovemana
そこで……
13:15
一度我が家の傍でも計っていただきたい。その際は是非同行させていただきたいものです。

……と呟いておいた。

竹田圭吾は原発について比較的中立で信用が置けるというような誰かのツイッターを読んだので、しばらくフォローとやらをしていた。だいぶ前に一度書いたことだが、彼がこんなことを呟いた。

「そこまで反原発を唱えるなら、なぜ同じ熱意で反米軍基地と言わないのだろう。汚染や放射線が心配とか、要するに自分の身の安全を心配してるだけじゃないか。と、もし自分が嘉手納町民や名護市民だったら」

僕はなんだか引っかかったから、「だからよー」と呟いた。

彼は反原発なのか否か。また、嘉手納町民でも名護市民でもない竹田圭吾は沖縄の米軍基地をどう考えているのか。彼の過去の言説を調べれば分かることなのだろう。だが僕は、竹田圭吾の冷静を装った短い言葉が、どうも鼻についたのである。
彼は、この短い言葉で、反原発を唱える人々に向けて、原発と同様に沖縄の基地問題にも目を向けようというメッセージを送ろうとしたのか、全くそうではないだろう。結局彼は何も語っていない。
「この男は、人間的な感覚を無意識のうちに高みから見下しているのではないか」

だから彼の言説は無味乾燥で、生きた人間を置き去りにしている。国家全体の利害にとって、沖縄の基地や原発が必要だという理由を見つければ、彼は簡単に賛成に回るだろう、そんなふうに思えた。だから、「自分が嘉手納町民や名護市民だったら」という言い方が、やけに「汚い」と思った。

以来その印象は強くなった。何度かRTの実験もしてみたが、反応があるわけもなかった。

ある人が、竹田圭吾のツイートに対して、「いつからかすっかり脱原発に変身した?」と呟いた。竹田圭吾はそれに「元からだよ」と反応した。この「すっかり」が重要だったのだ。
そこで僕はRTした。

13:29
なんだそうだったんですか。そうじゃないと思ってたからフォローしていたのに。分かりにくいなあ


すると竹田圭吾から返信がきた。
「フォローしてほしいなんて誰も頼んでないけど。」
“元からだよ”といい、“誰も頼んでないけど”といい、初めてやり取りする年長者に対してなんとも失礼な言い方だ。
しかし僕はジッとこらえて真面目に答えたのである。

14:31
もちろんフォローするかしないかはこちらの勝手。分かりきったハナシです。なのにそこだけを突っ込んだ返信。本旨の「分かりにくい」に正面から答えが返ってくれば面白いと思ったのですがね。


竹田圭吾は僕をブロックした。僕は竹田圭吾を見限った。

すると、三線の稽古を終えた鈴木雄介からツイッターでメッセージが届いた。
「twitter いじってるヒマあるんだったらコンサートに来なさい」
今日の夜、シーサーズのライブなのである。“チョンダラーの歌”で閃けば、元気に出かけるつもりなのだ。しかし、どうも期待薄である。

ぶつぶつ、ぶつぶつ……

デーブ・スペクターが「菅さんが一番最初にストレステストを受けた方がいいと思ってるのは私だけ?」と呟いた。またこれだ、と、思った。そしてデーブ・スペクターに向けて呟いた。

18:24
貴方の他にもたくさんいます。きっと日本人の9割くらいは。しかし一番最初にストレステストを受けるべきはやっぱり原発でしょう。違いますか?


そして鳥越俊太郎の呟きを見つけてリツイートした。
「メヂイアやTwitterみてると、管さんに悪口雑言、悪口言いたいを放題、バッシング集中砲火だねぇ。管さんの悪口が日本の流行みたい。流行に乗り遅れないよう先を争っているよ。でも今回の震災・原発どれもが想定外のこと。何べんも現場を見てきた者が言うが。そんなに簡単にはいきませんぜ。」

18:34
でもさ、ストレステストなんかやらずに原発は停止する。その上で温暖化問題に叡智を傾け、もし電力不足があるならそれもなんとか対策を搾り出す。きっと哲学も必要。そんな日本発の潮流が生まれないかなあ。ストレステストの結果が原発再稼動の根拠なんてのだけは御免だなあ。


昼過ぎ、放射線量を調べている方に向けての呟きに、夕方返信が来た。
「当方幼子連れにて、予定を合わせるのが難しいので同行はご容赦ください。」
そこで僕も返事を書いた。
18:34
それは残念です。農作物と同じで、計測した人が分かる情報を人は信頼する、それがM.A.P.after5の理念(大げさ?)。でもしかたないですね


この方はGM管のTERRAとシンチレーション式のDoseという二つの機種を使っていて、いつもおおよそGM管が0.09μSv/h、シンチレーション式のほうが0.05μSv/hといったところ。その違いを直接伺ってみた。

19:23
二機種の数値の違いをどう読めばいいのか、ご教授頂けませんか?

すると、「私も素人なので正確にはお答え出来ません」との鄭重なお答えが返ってきた。

そこでちょっと調べてみた。
ここから先は、下記記事と合わせてお読みくださいませ。
 ⇒安全デマか、煽っているのか
いわゆるガイガーカウンターは、普通GM管(ガイガーミュラー計数管)のことを指す。GM管は本来β線を計測するもので、物の表面線量測定に向いている。空間線量で問題になるのはGM管では計測しにくいγ線。飛んでるγ線を感知するわけだけれど、GM管はγ線が1000個飛んだうち例えば10個程度しか捕まえられない。そこでγ線に合わせて×100というような補正するわけだが、β線の方は逆に1000個のうち100個を拾ってしまうので、その入射したβ線も100×100で計算してしまって結果とても大きな値になってしまう。それを避けるためには、アルミ板を使うなど、何らかの方法でβ線を遮断しなければならないのだが、これがなかなか完璧にはいかないらしい。つまりGM管はどうしても放射線値が高めにでる傾向があり、0.1μSv/h以下の値を正確に測定することはできないと思ったほうがいい。しかし、通常値を超える高い放射線の測定には十分有効とのこと。

一方、シンチレーション式はγ線を計るには適している。GM管は放射線が飛んでる回数しか検出できないが、シンチレーション式は放射線のエネルギーを検出できるものもある。要するに精度はよいのだが、ちょいと高価。

だが、β線や、さらにα線を無視てもよいのかということだけれど、α線・β線は透過力が低く、皮膚の表面で止まってしまう。皮膚は放射線に対する感受性が低い(放射線に強い)ので、空間の放射線量を計る場合はα線・β線をシーベルト(Sv)の計算(つまり人体への影響)に入れないほうがむしろよいのだ。
空間にα線・β線を出す放射能(放射線を出す元素及び物質)があったとしても、例えばヨウ素やセシウムが出すβ線は、プラスチック板で遮ることができる。悪名高きプルトニウムはα線、こちらは紙一枚でOK。とりあえず、外で呼吸したいのならマスクしろってこと。

但し、以上はあくまで空間線量の外部被曝の話である。今や危険なのは内部被曝。体内に取り込んだ放射能が出すα線・β線が問題なのだ。保育園の砂場の汚染状況などは、むしろGM管のガイガーカウンターを使うほうが有効なのかもしれない。しかし、それでもサンマの汚染は計れないのである。

ああ、本日のお勉強はここまで。これ以上は手に負えない。
というか、そんな勉強している場合じゃあなかったのだが。もう、シーサーズのライブはとっくに終わっている。
深夜、僕は、鈴木雄介に間の抜けた返信をした。

24:49
インスピレーションがいっこうに沸かないからtwitterいじくっているわけよ


ぶつぶつ、ぶつぶつ……

630の講演会で

《7月2日(土)-1》
東日本大震災から113日目。

今日は大崎の沖縄語を話す会恒例の夏の宴の日。
 ⇒2009年7月4日の夏の宴
去年の夏の宴は知人の結婚式で出られず、今年は是非にと思っていたのだが、急遽思わぬオファーがあって、夏の宴の方を失礼することにした。

※後で聞いたことだが、今年の夏の宴には藤木勇人さんが来たとのこと。しょうがない。体はひとつしかないからね。しかし残念。
 ⇒藤木勇人さんとウチナーグチの話

オファーしてくださったのは“ゆんたくの会”の日高さん。
630事件を忘れてはいけないという講演会で琉球舞踊を踊ってくれないかとのことであった。講師は去年と同じ、あの牛島満中将の御子息の牛島貞満さんである。
 ⇒去年の講演会の記事
 ⇒630宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のこと
 ⇒「慰霊の日」と牛島満中将のこと

沖縄戦や沖縄の基地問題などの市民運動に参加する「内地」の方々は、総じて琉球舞踊のような今の現実の沖縄の文化にはあまり興味を持っていない。僕は常々、それでは沖縄の諸問題も、その表層しか見えないのではないかと思っていた。

※逆に、大崎の沖縄語を話す会(ウチナーンチュが7割くらい)で基地問題が話されることは殆どない。例えば東京沖縄県人会では基地の話はタブーだとも聞いたことがある。

いい機会である。日高さんに感謝して、どうせなら三線もやるかということで参加した。
会場は明治大学のリバティーホールの教室。踊りの様子と三線演奏の様子はそれぞれの専用ブログにてご覧あれ。
 ⇒琉球舞踊の専用ブログ記事
 ⇒三線教室の専用ブログ記事

そのあと、牛島貞満さんの講演。
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1959年の6月30日の17名の命を奪った米軍ジェット戦闘機の宮森小学校墜落事件も、沖縄でさえ風化しつつあるという。しかし、と僕は思う。沖縄戦で命を落とした住人(軍人を含まない)は10数万人を越える。これがいかに異常な数であるか、沖縄という小さな県だけで、今度の震災での死亡者行方不明者3万人の数倍の人が、天災ではなく、人の手によって殺されたのだということを想像すれば、実に空恐ろしくなる。そして終戦後も、さらには日本に復帰した後も、次々と繰り返される基地がらみの事件。宮森小学校墜落事件がどんなに理不尽な事件であったとしても、それは沖縄で起こった数え切れない出来事のうちのひとつのエピソードにしか過ぎないのだ。630事件の真実を知れば知るほど、そんな悲惨な事件にもかかわらず、沖縄では単なるひとつのエピソードにしかならないということに愕然とする。それなのに、何故「内地」の日本人がこれほど沖縄問題に無頓着でいるのか、「それは絶対に許されることではない」と大声で叫びたくなるのだ。

原発の即時停止を主張する者たちを、非現実的でヒステリックな馬鹿だと見下す経済学者や政治家は、これまで数十年間、原発で命を削っていた最下層の労働者を見ようともせず、中央から離れた過疎の町に原発を押し付け、遠い未来の子孫に廃棄物の処理を丸投げしている。彼らは、階級と空間と、そして時間における辺境の者たちに対する想像力を完全に失っているとしか思えない。

「2番じゃいけないのですか」
それどころじゃない。3番だって10番だって50番だってかまわない。某政治家が、今のこの日本の豊かさを子孫に伝えたいと、良き爺さんのように語れば語るほど、世界中にどれほど貧しい人たちがいるのか、その数は、豊かな人々よりはるかに多いという事実をどう考えているのかと聞きたくなる。日本が良ければそれでいいのか。僕が貧しい国の親であったなら、きっと殺意すら覚えるに違いない。

そしてそれは、日本が沖縄に対してしてきたことと重なるのである。沖縄は辺境であり続けたのだ。だが、「沖縄」と「原発」の辺境は必ずしも重ならない。棄てられた者は棄て去っていた者でもあり、棄て去られてきた者が今度は棄て去る。そして僕は、いつも辺境から遠く、棄て去り続けていたのではないか……

そう思うと、琉球舞踊の静かな歩みと、三線の音の違和感が、ひどく身に染みるのである。

会の後、お誘いを受けた。牛島さんはじめ、皆さんと色々とお話をしたかったのだが、生憎この後約束があって失礼することにした。きっと毎年おやりになるのだろう。来年こそは、大崎の夏の宴と重なることがないことを期待して。

だけど、来年、いったいこの日本はどうなっているんだろうなあ。

(※7月18日に追記)
菅直人、国内で脱原発を言い、リトアニアやベトナムやトルコには原発輸出。本当なら許しがたい。日本から見ればリトアニアもベトナムもトルコも辺境。

ゴロゴロピー

《6月29日(水)〜30日(木)》
東日本大震災から110日目〜111日目になりました。

【呟いた!】

6/29、22:50
たった今決算書完成!「ボク何日か休めるの?」「しあさって本番です」「……殺す気か」「あしたとあさっては死んでもらってけっこうです」唖然。開いた口にプルトニウムが。「大丈夫です。直ちには死にませんから本番に支障はありません」


本部で飲んだ。
やっぱり沖縄。
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眠いはずなのに眠れない。
でも、いつも間にか眠っていた。

6/30、6:50
ゴロゴロピー。ポンポンいたい。直ちに影響出た。「飲みすぎです」「プルトニウムを?」「……もういいかげんに」





M.A.P.縁(ゆかり)のセブンイレブン《友たちよ、聞いているか》

東日本大震災から102目。

時間がないので、毎日買ってきた弁当みたいなものばかり食べている。健康ゲームどこへやらである。

おや、セブンイレブンの弁当のシールが改善されたらしい。
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おお、井阪、やっとか。
 ⇒シールがベタベタしているという話
 ⇒そのことをセブンイレブンの社長に進言した話
 ⇒そのことを喜多見のセブンイレブンのバイトの女の子に報告した話

まさかね、俺の意見でシールが改良されたなんてこたァないよなあ。

しかし、あらためて振り返ると、結構セブンイレブンのことを記事にしている。そんなら、と、セブンイレブンのサブカテゴリを作ることにした。さて、どのメインカテゴリのサブに分類しようか。喜多見店があるから「喜多見」にするか、しかし話は喜多見店に限っちゃいないので、社長が知り合いだから「M.A.P.縁の人たち」の中にぶち込もう。井阪が社長を辞めたらどうしよう。まあ、その時はその時だ。

役者などという職業についてから、自分の出る舞台の案内を、同級生たちに送ることなど、殆どなかった。一、二度あったかもしれないが、それは切符が売れないと死活問題だという主催者に頼まれて致し方なかった時だけだった。それが、自分で会社などをはじめて、その会社が舞台などをプロデュースするようになって、毎回、闇雲に案内を送るようになった。会社の死活問題だから。

そんなメールだから、返信がないといって怒る筋合いのものではない。もちろん返信がなくたってなんとも思わない。むしろメールを送って申し訳なかったと思う。それでも、案内のメールを読んで来てくださる人もいらっしゃるワケで、感謝感謝である。断りの返信を下さればそれはそれでうれしいが、「いけないけどあしからず」なんて文句があるとカチンとくる。きっと悪気はないのであろうが、「あしからず」はいい言葉じゃない。そんな返信なら梨のつぶてのほうがありがたい。いやはやなんとも勝手な思い。わざわざ返事してくださったのではないか、反省である。

セブンイレブンの社長だが、結構返信してくれる。もちろんいつだって忙しくて伺えず申し訳なしという内容だが、誰よりも早い。もしかすると秘書の仕事なのかもしれない。でも大きな会社のトップになる奴はなるほど違うなどと、誰でも言いそうなことを言ってみたくなる。

先日の琉球舞踊公演の案内も同様であった。でもその後、別途のメールを彼に宛てて送ってみたのである。

喜多見駅前のセブンイレブンは頻繁に利用させてもらっております。
ところで琉球舞踊の公演をやります。喜多見のお店にパンフレットの広告掲載をお願いしているのです。喜多見のセブンイレブンにそれをお願いするなんてことは無理なのかな。ダメ元でのお願い。


新年会で井阪と話したことを思い出したのである。
 ⇒今年の都立駒場おりこうさんグループ新年会

しかし、さすがにこのメールに返事は来なかった。常識はずれの希望だったのか。「経営者」として、「人間」として、あるいは「友」として。

【追伸】
この日、宇夫方女史は関東沖縄IT協議会の懇親会で踊ったようです。琉球舞踊専用ブログにそのことが7月4日にようやくアップされていました。
 ⇒http://mapryukyubuyou.ti-da…
2月16日の新年会以来、3度目です。
しかし、アップが遅いなあ。

6月4日の公演以来、琉球舞踊専用ブログにはけっこうなアクセスがあったようですが、やはり公演の記事がずっとアップされず、訪れてくださった方々に向けて、仲間を増やすような有効なメッセージを送ることができなかったようです。

記事が遅いのはM.A.P.after5だけで十分です。

それから、琉舞のブログで、おきなわおーでぃおぶっくの久米明さんの朗読CD「ノロエステ鉄道」を紹介しているのですが、ちっとも宣伝になってないんだよなあ。
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そこで、“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Siteの「ノロエステ鉄道」のページにリンクを貼ろうと思ったら、サーバーに不具合があって復旧中だとか。
つまりM.A.P.販売サイトにも繋がらないということ。うーん、今後自前の販売サイトを充実させていこうと考えていた矢先の出来事、考えちゃうなあ。

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tag: #セブンイレブン  旧友  ノロエステ鉄道 

「永井宏・詩写真集刊行記念展」と斉藤哲夫のミニライブ

《6月14日(火)》
東日本大震災から95日目。

昨夜、福岡原発の4号機が水蒸気爆発か再臨界を起こしたのではないか、と誰かが呟いた。そしてその呟きにリンクされていたその根拠とした4号機のライブ映像の記録動画がこれである。
(※映像開始から2分過ぎにその瞬間が記録されている。)


この呟きを、あの上杉隆氏がリツイートした。コメントなし、ただこんな絵文字をつけて。
 ( →_→) RT
僕は上杉隆がリツイートしたからそのことを知ったのである。
「水蒸気爆発?ほんとうならえらいこっちゃ!」
だが、それっきりちっとも話題にならない。

なんだか、天気がよくない。今にもパラっときそうである。しかし、「直ちに」影響がなければ、どうってことないさ。

そういえば、あの日も雨だったっけ。
 ⇒哲ちゃんと渋谷で再会した3月23日
後になって公開され始めたデータによると、その日東京に降り注いでいた放射線の数値は、結構高かったらしい。

青山にあるタンバリンギャラリー。
今からほぼ一年前、島尾伸三氏の写真展がここであった。
 ⇒島尾伸三氏に会って話をした2010年6月

今日は……
~永井宏・詩写真集刊行記念展~
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やがて、斉藤哲夫がギターを抱えて到着。
「埼玉じゃあ蟻が大量に逃げ出してるってさあ」
なんで哲っちゃん、そんなこと俺に向かって言うの?俺がその話題に一番食いつきそうな顔してたのかしらん。

「なんだか昨日、福島の4号機が水蒸気爆発起こしたらしいっすよ、ツイッターの噂だけど」と、僕は逆襲した。
「え、ほんと?」
と、哲っちゃんが食いついた。こうやって、デマは拡散していくのかもしれない。だが、本当にデマなのかどうか。

永井宏の詩写真集と、詩写真集越しの斉藤哲夫。
詩集

詩集越しの斉藤哲夫
永井宏は二ヶ月前の4月12日に永眠した美術作家。斉藤哲ちゃんの友人。

※この日のことは、後日もう少し追記しようと思うが、その前に、とりあえず哲ちゃんの写っている画像数枚と、この日のミニライブの動画をアップしておこう……

打ち上げにて…
斉藤哲夫1 斉藤哲夫2

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続きを読む

tag: 斉藤哲夫  リック・タナカ 

“枡形城・落日の舞”間もなく千秋楽

東日本大震災から71日目……

舞台の袖に幽霊が……
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いや、違った。稲垣さんが曲がったカツラを直しているところだった。

開演前、楽屋の前の廊下では撮影大会が始まる。こうした公演の、千秋楽にありがちな光景である。
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丸尾聡&宇夫方路
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小生が撮影したのはこれだけ、たった2枚だけだったが、橋田芽衣子さんが画像を送ってくれた。感謝。
null
背後霊が……
その正体。
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左端の方は千秋楽のNewFace、柴田悦子さん。里の子供しのを演じました。
累計54人、役名+スタッフ紹介:39名1団体+11名。

ミズノタクジが泣いて悔しがる画像。若い美女たちに囲まれて鼻の下を伸ばす水野父。
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もっと悔しがらしちゃおう。ほれ!
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この他に、一緒に写った画像をお持ちの方、どうか送ってくださいませ。

思い残すこと、ありませんか? では、間もなく、一ベルが鳴ります。

tag: 「枡形城落日の舞い」  丸尾聡 

枡形城・落日の舞い:初日

いよいよ今日である。
でも、東日本大震災から56日目だということ、忘れてはいない。

5月1日の山猫合奏団の公演でお客様に配ったメッセージの後半を、ここに再掲させて頂きたい。

平家が壇ノ浦で滅んだすぐ後、京都で大地震が起こります。その原因は平家の怨霊の崇りだと噂されるようになります。時の権力者にとって、平家の崇りを鎮めることが重大事となったのです。その役目を任されたのが琵琶法師でした。
また庶民の間では地霊をなだめることが琵琶法師の仕事でした。当時の人々は、土地に鍬を入れることさえ土地を傷つけることだと考えていたのです。
「枡形城 落日の舞い」は、鎌倉時代に多摩丘陵に城を構え、農民たちを大切にしていた稲毛三郎重成の物語りですが、僕はその舞台で琵琶を弾きます。僕は琵琶を奏でながら、未来に向けて祈ろうと、秘かに思っているのです。


多摩市民館は多摩市役所の2階にある。
一階ロビーにはこんなオブジェが。
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ご存知、川崎市ゆかりの芸術家、岡本太郎氏の作品である。
※M.A.P.関係ブログの岡本太郎氏についての記事いくつか……
 ⇒宇夫方路版“晴読雨読”
 ⇒琉球新報“晴読雨読”本物だと信じる踊りを
 ⇒久高島のこと、そして

楽屋に上がっていくと、通路のケータリングにこんな最中(モナカ)が。
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岡本太郎のオブジェに似ている!
神野美奈実さんの差し入れらしい。しかし栗とは笑った。青田いずみさんから、今日の舞台を観に来ると連絡があった。終演後、時間があれば、美奈実&いずみの現役Wババサマと、宇夫方路もババサマだったし、それに隠れババサマだった高山正樹も加わって(つまりこの4人、同じ役をやったことがあるのである)、秘かに栗談義で盛り上がろうかと計画していたからである。
何のハナシかって?言えません。内輪のハナシ。
 ※ヒント⇒http://lince.jp/hito/pkon…

宇夫方路さん、着付けの合間にちょっと撮影。
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撮影している宇夫方女史、わかります?
ではズームアップ。
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おや?
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サイコロだ。こんなの付けてるの、知らなかった。芝居なんて、所詮博打だってことか、と妙な納得をする。

本番前にゲネ。ゲネラールプローペ(総合稽古)の略。

続々と集まってくるお客様。
配られたプログラム。
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しみじみと、こんなに出るんだ……。
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恥ずかしながらわたくしの名前が一番最初に載ってますが、それは一番最初に声を出すから。後は書割でもいけるような役です。

そして、間もなく幕が開く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰命頂礼、帰命頂礼。

なんだか予想外にお客さんがたくさん入ったらしい。
なんだかとっても評判がいいらしい。

青田いずみちゃんもおもしろかったって。でも明日早いから帰るって。だから栗談義はできなくなったって。こんどまた登戸あたりでって。

初日開けてちょいと乾杯。けっこう大人数が参加。
よし写真だ!と、あれ?、デジカメのフタが開いていて、バッテリーが抜け落ちている。メルトダウン。朝、栗のモナカを撮影したときには入っていたのに。どこを探しても見つからない。
だから画像なし。目の前にはんなちゃんが座っていたのに、となりにハイテンションの山口清美さんがやってきたのに、残念。これはきっと誰かの陰謀だ。
さてはM.A.P.after5に美女がたくさん登場することに嫉妬しているミズノタクジの仕業か、タクジ、許してやるから白状しろ。

というわけで、山口さんはNewFaceなので、特別にプログラムの画像を拝借。
あらためて山口清美さんです。数少ない貴重な純市民です。里の女まつを演じました。
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でも、このプログラムの写真、みんなちょっと不思議な感じの写真になってるんだよねえ。カメラを被写体の顔に近づけすぎて、魚眼レンズで撮ったみたいになっちゃったんだよね。
撮影したのはミズノタクジさんの父上、里の男三平役の京浜協同劇団の水野哲夫さん。
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みんなには和服着て写る事という指示を出しておきながら、なぜか御自分は野球帽を被っていた。

NewFace2名で累計42人。役名+スタッフ紹介は31+7名。高山正樹と着付けの宇夫方路と菅の獅子舞を舞う人々の大塚太鼓のみなさん(毎日日替わりなのです)を加えれば、累計44、32名1団体+8名。

別のテーブル席で、着付けの宇夫方女史と、この日見に来てくれた日高さんがひっそりふたりで飲んでいたのだった。

tag: 「枡形城落日の舞い」 

バータリ(baatari)

東日本大震災から55日目……

昼から衣装を着けてメイクしての場当たり。
一幕終わったら衣装を脱ぐ。ふーっ……

「おはようございます」
「もう夕方なんだから、コンニチハでいいんですよ。コンバンワでもいいくらいだ。普通の市民なんですから」

我が家のソバから獅子舞の方々が参加。
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何故こうした「場当たり」が必要なのかを、市民の方々に説明したり……

「バータリ?」
連母音です……」
「は?」
「いいんです、こんな言葉、憶えなくても。チャクトーとかチッコーとかドンマエとか」
「はあ……」

※会話はすべてフィクションです。

今日はこれくらいにしといてやらあ!
というか、これで許して……

「軽く一杯どうです?」
「ほい、行くべー、飲まなきゃ眠れそうもない、肋骨痛いし」

続きを読む

tag: 「枡形城落日の舞い」 

“オツベルと象”本番前日のリハーサル

東日本大震災から50日目……

【この日呟いたこと】
7:38
ツイッターにアクセスしようとしたら「Twitter is over capacity」と出たり、繋がっても呟けないことがよくある。そこでmixiの「つぶやき」をツイッターに飛ばす設定にしてここで呟くことにした。こんな使い方もあるんだな。
7:44
相変わらずなぜがツイッター本体では呟けない状態が続いている。mixiからツイッターへはすぐに反映された。これ、使えそうだ。しかしリツイートができない。


いよいよ明日が本番であるということを、ツイッターから発信してみたかったのである。やっとその方法を見つけて、山猫合奏団専用の「呟き」から呟いた。
17:33
ずっと忙しくて呟けませんでした。さあ、いよいよです。これから最後の合わせに本番会場へ出陣です。明日から、ブログも怒涛の更新?だめだな、白石准はこのブログの管理画面に入る方法を忘れたらしい。楠定憲は言うに及ばず。せめてここで呟けよってか


昨年は山猫合奏団のOfficial_Blogカテゴリ「過去のNEWS」の中に、「2010しんゆり芸術祭」というサブカテゴリを作って、公演までの道のりをわりと丹念に報告した。
 ⇒http://lince.jp/lince/oldnews/2010art/

しかし、今年はそれができなかった。それは高山正樹が市民劇に参加していたり、宇夫方路が琉球舞踊公演を6月に控えていたり、ということもあるのだが、それよりも、今回の“オツベルと象”は、今までにない練習回数が必要で、山猫合奏団についての突っ込んだブログを書くなどという余裕がなかったのである。
畢竟、山猫合奏団のブログは開店休業、練習報告はこのM.A.P.after5で、「今日は山猫合奏団の練習だった」みたいな一言で済ませることと相成った。
まあ、それはそれでよしとしよう。そこでM.A.P.after5の「山猫合奏団」のサブカテゴリに、さらに「2011しんゆり芸術祭」という分類を作ってみることにした。
 ⇒http://lince.jp/hito/mapinfo/yamaneko/2011art
でも、これで全てというわけではない。今回は高山正樹はずいぶんと練習を欠席したので、練習回数はさらに多いのである。
そして、その成果が明日出る。

夜7時。新百合ヶ丘へ。
昭和音大北校舎第一スタジオ改めスタジオ・リリエ。
本番前日のリハーサルである。
null null null null
古本大志クンはアコーディオンも弾くのだぞい。
null 
この演目は音響さんなくしてはできない。渡邉禎史さんにお願いをした。
null
照明は龍前正夫照明研究所。
null null
稲垣護さんはスケジュールの関係で欠席。明日の本番前、Bassメインの部分のみをアタる予定。
null null
 ⇒この日のことについての白石准のブログ記事

今回、全員揃っての練習というのはほとんどなかった。そのくらい忙しい連中と仕事ができることを喜びとしよう。本番で初めて全員揃って通すという芝居ではありえない緊迫感、それが却って本番を良くする要素になると信じている。

続きを読む

tag: 渡邉禎史  「枡形城落日の舞い」  山猫合奏団 

死に瀕していても実行すること

東日本大震災から35日目の昼……

【この日呟いたこと…】
伊丹万作の「戦争責任者の問題」(昭和21年)というエッセイの全文を紹介しているサイトがあることをツイッターで知った。
 ⇒http://anond.hatelabo…
それは「『騙された』とか歌って喜んでる斉藤和義と信者はこれ読めよマジで」と題されていた。
僕はそれについて呟いた。

11:21
伊丹万作氏の文章に同意。しかし、それを紹介するブログのタイトルは最低。


僕の書斎の本棚にはこの文章を掲載したエッセイ集がある。
null 伊丹万作の「戦争責任者の問題」というエッセイ
読んだのは、もう30年も昔のこと。巻末に中野重治が一文を寄せている。編者は大江健三郎である。その大江が「モラリストとしての伊丹万作」という評論の中で伊丹の「戦争責任者の問題」から引用しているので、その部分を、ここでもご紹介しよう。

「だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである」

「それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である」


原文では、この二つの引用文の間には次のような文章が挟まっている。
「このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである」


「何にも変わっちゃいない」
少し表の空気を吸いたい。そう思いながら僕は事務所を出たのだが、すっきりしない。ここ東京でも、明らかに放射能だか放射線だかの数値が上がっている。しかし、放射能と放射線の違いも、僕にはよく分かっちゃいないのだ。放射線を出す本体が放射能で、だとすれば出た放射線はどこに行くんだ?今、この東京の空にあるのは放射能なのか放射線なのか。
「安心と言われて、それにすがりつく奴隷根性か……」

世田谷通り沿いにあるびっくりドンキーへ。
今川崎の市民劇で稲毛三郎重成役をやってる石山海は、前にココでアルバイトをしていたらしい。深夜は厨房で一人ハンバーグを焼いていたんだってさ。そんなハナシを聞いていたからか、特にハンバーグを食べたいわけでもなかったのだが、なんとなくここに来ちまった。
「おタバコはお吸いになりますか」
無言で手を横に振る。放射能よりタバコのほうがずっと危険?そういう説明もどうかと思うのだが、タバコの煙は見えるからなあ。
禁煙席
席に座って、なんとはなしに窓から表を眺める。
びっくりドンキーのアルバイト募集の看板
あちこちで内定が取り消されているこの時期に、アルバイトは募集してるんだ。
「もし今、福島の原発が水蒸気爆発を起こせば、東京からも避難しなければいけなくなる可能性があるのに……」
関係ないだろ、全く。つまり、動くことが、ただ億劫になっているだけ。

伊丹万作が「戦争責任者の問題」を書いたとき、すでに伊丹は病床にあって死に瀕していたと大江は解説している。そして最後に、中野重治が伊丹万作を評した言葉を紹介する。
《伊丹万作は実行の人であった》

←こんなの付けて遊んでみることにした。
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