選挙嫌いが考えると「政策で選ぶのではない」という結論になってしまう

狛江駅前で、共産党の阿部真氏が街宣するというので、事務所に行く前に寄ってみた。去年ちょいと色々あって、知らぬ男ではないが、それからもう一年半である。選挙は人で選べなどと言いながら、人を確かめないでなんやかんや言うべきではない。

その報告の前に。

まず一つ目の関連記事。
 ⇒落合貴之という政治家(10月1日)
同様のことをFacebookにも投稿してみた。
 ⇒10月2日の投稿
そのふたつの記事と、FBの投稿にコメントした10月3日までの内容を合わせて告知記事を作った。
 ⇒「ありふれたファシズム」の再々上映会

10月3日以降のFBのコメント内容を、以下にまとめるが、その前に過激すぎてFacebookや告知記事では触れなかったTwitterをいくつか貼り付けてみる。

ではあらためて。
FBの記事のコメント。

10月3日の続き…
「共産党関係者の方やそれに近しい方々からの異論反論弁解等々、コメントを待っているのだが、いっこうに来る様子がない…」

希望の党からの出馬を表明し、「市民団体」と話をすることも、もうそんな時間はないとして拒否していた山花郁夫氏が、立憲民主党が立ち上がったら、無節操にもそちらから公認もらって立つことになった。
“山花郁夫が希望の党から”という段階で山花氏を批判して立候補を表明した(と僕は理解しているのだが)共産党の阿部真氏、ちょいと知り合いなので、僕は当の阿部氏にFacebook上で質問を投げたのである。

「阿部真くん、どうするの」
返事はない。

10月5日
「一昨日(3日)の朝の段階では、立憲民主党に入るのかどうか、落合氏の秘書に聞いてみたら分からないとのことだった。その日、僕の大嫌いな市民連合のTLから『落合くん立憲民主党から立候補する』という情報が流れてきた。
(大嫌いなのに何でそんなTLに参加しているのか、それには『致し方ない成り行き』がある)
まあ、そうなるだろう、現実を考えればその選択肢しかないことは分かっていた。これも「致し方なし」である。
もちろん、市民連合のリベラルのおっさんたちおばさんたちは大喜びしている。しかし、山花くんのような風次第の凧がいっぱい立憲民主党に入ってきたら、なんだ民進党とどこが違うんだってことになって、票は希望の党に行っちゃうよ、と思うのは僕だけだろうか。
東京6区は共産党の立候補予定者が降りた。落合貴之の応援に回るらしい。それは落合君にとっては風なのだろうけれど、あんまり共産党が前面に出て来ると、なぜか『市民連合』の方々は喜ぶけれど、それをシラーッと眺めている無党派層とか言われる人たちは、『なんだよやっぱり赤じゃねえか』なんて思っちゃうわけで。そうなると、ドイツのナチス前夜、共産党と極右なら、右を選ぶってなことにもなりかねない。
…てな選挙分析を、世界的歴史的規模でやってみようというのが10月19日の木曜日のイベントなのである。」

「本来リベラルとは『自由』、実は共産党がその対極にあるということを、リベラルの方々も共産党末端支持者の方々も認識されていないのではないか。だから時に極右と極左が結び付くということが理解できない。しかし、極右とか極左を選ぶ人たちの中には、意外にも(意外じゃないかな)孤高で自由に思索している人たちも多い、ということがさらに話をややこしくしているのではあるけれど。
しかし実は小生、若い頃、資本論を全編読むほど共産主義(というよりマルクスかな)にシンパシーを感じている。でもそれは日本共産党を支持することには決して繋がらない。
さらに言うと、みんな平等に働いて平等に分配するってのは共産主義の入口、次の段階が、働ける人が働き、必要な人に分配する。しかしその先がある。働きたい人が働きたいだけ働いて、欲しい人が欲しいだけ取る、という理想郷。そして多くの人たちは多くの時間(好きなだけの時間)を、音楽を楽しんだり趣味に費やしたり、そんな遠い遠い未来の世界を見据えている、と僕は理解している。
しかし、爆発的に生産性が向上しなければ、少ない労力でたくさんの人を支えるなんてことは可能ではない。共産党が『原発反対』と言い切れないのはソコなのではないか。原発でなくても、たぶん爆発的な生産性の向上は、きっと地球を壊す。
なんともママならぬ世界ではないかか。
…てなことを、みんなでやいやい語り合ってみたい。


10月9日
「落合貴之」を確かめに行く。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-3034.html

この日、山花氏と阿部真ちゃんは、狛江駅前では並んで共に街宣を行ったらしい。
真ん中に狛江の老害を挟んで。

10月10日公示日

こんなツイートを見つけた。

このツイートにはいくつものメンションツイートがくっついている。削除されては読めなくなるので、簡単にまとめておこう。

なぜ一本化できなかったのか。
「22区だけでなく、東京全体の総合的な調整をするだけの時間が圧倒的に足りなかった」
「犯人探しはしてはいけない」
「統一候補に関して、両陣営とも真摯に検討していた。22区が山花氏の地盤であり、過去に当選していることから考えて、共産党が候補者を下ろす方向で調整したかっが、幾つもの選挙区で候補を下げている共産党としても、比例区への備えも含めて、小選挙区候補者を確保しておかなければならない事情があって、統一候補が出せなかったのでは」

(※こうコメントした人は「山花陣営に応援に入ります」と宣言した)
因みに候補者数によって比例で使える街宣車の数が変わってくるみたいな話も聞いたが、そういう政党の事情は伏せておきたいらしい。

上の記事に対する小生のコメント。
「市民連合に対する違和感。一度でも小池百合子に尻尾振った事実は大きい。落合貴之氏とはえらい違い。立憲民主は山花を排除して、阿部真氏で一本化すればいいのにと心から思う。共産党好きじゃないけど。阿部ちゃん、『立憲~』から出ればいいのに。しかし、全て無理筋か」
無理に決まっている!
「しかし、狛江の自称『市民』の方々はどうするのだろうか。みんなで集まって方針決めるあたりが市民とかけ離れているのだが。『自主投票に決定』かな。選挙なんて自主投票に決まってるだろうと思う川崎市民なのであった」



そして今日、10月13日である。

狛江で街宣

いつもの如く、共産党市議たちと狛江の「市民団体」が周りを固めている。矢野裕氏もいる。
聴衆は残念ながら少ない。だから遠目とはいえ、僕がいることは何人かは認識したはずである。でも誰も僕のところにはやってこない。嫌われているから仕方がない。いや、もしかしたら、そんな悪気はないのかもしれない。それにはワケがある。僕には話しかけないでくれと、かつて僕の方から要請したことがある。そんな事情あるのである。もしかすると、それがまだ続いているのかもしれない。
そんなこと知らない候補者本人だけが、最後に僕のところに来てくれた。
「Facebookの質問、答えられなくてごめんね」
10月3日のことである。
「やっぱり答えられない?」
「あの時は答えられなかった。でも、今はもうFacebookに書いたから、それ見て」


人としては合格である。これって、とっても重要なのである。
さて、肝心かなめの演説の内容だが、それについて異論はない。というか、いつだって共産党の基本的な政策に関して、特に異論はないのである。重要なのは、問題はソコにはない!ということである。それは絶対におかしいけれど、でもやっぱりソコではないのである。さらに言うと、多くの人が共産党ではなく自民党を選ぶ理由は、共産党の基本政策より自民党の基本政策の方が優れているからなのだろうか?もしかすると、そんなこと関係ないのではないかという僕の思いは、今や殆ど確信に近くなっているのである。

はたして、こんな結論でいいのだろうか!

山花氏のこと、伝聞だけでずいぶんと悪く書いた。ただ、昨年僕がトークをしたイベントに山花氏も来ていたので、その時じっくりと観察させていただいた。しかし、それから一年以上、人は時に変わることもわけで、今度近くで街宣があれば、必ず行くと決めている。そして、やはり「その人」を確かめようと思う。それまでは棚上げである。

事務所に戻って、「10月3日には答えられなかったこと」を、阿部真氏のFacebookに探しているのだが、どうも見つからない。どこにあるのか、今から阿部ちゃんに聞こうと思う。

【追伸:見つけた!】
 ⇒阿部ちゃんの10月9日の投稿
※消えちゃうといけないから転載させて下さい。阿部真どの、事後承諾ですが宜しく。
いよいよ明日公示となりました。
一昨日は街頭演説、事務所開き、昨日は22区市民連合の街頭集会、直後に公開討論会となかなかハードな二日間でした。
すでにご案内の通り、立憲野党の選挙協力は全国289の小選挙区のうち、249選挙区で統一候補が実現するという、市民と野党の共闘体制で初めてたたかう総選挙に相応しいものに成長しました。
一方、ここ22区についても党本部間で真剣な協議が行われましたが、時間的制約の中で結論にいたらず、日本共産党と立憲民主党の候補者が相並び立つことになりました。各党一定数の小選挙区候補を擁立しなければ、比例選挙の政見放送や宣伝カーなど有権者に訴える手段に制約が出るという選挙制度の弊害もありました。
候補者統一を願い活動してきた多くのみなさんのお気持ちは最後までしっかり胸に刻んでたたかいたいと思います。同時に、昨日の22区市民連合の街頭集会でのアピールでは「両候補の奮闘を心から期待します」というメッセージもいただきました。安倍暴走政治とその補完勢力に全体として勝利するために、いろいろな思いを飲み込んで、高い決意で送り出していただいたと受け止め、必ず自民党とその補完勢力・希望の党を少数に追い込む結果を出さなければと気持ちを新たにしています。
そのために私ができることは、激戦を勝ち抜いて勝利するのみです。
最後まで全力で駆け抜ける決意です。みなさんどうぞよろしくお願いします。


全国289の小選挙区のうち、249選挙区で統一候補が実現したのに、なぜ22区はダメだったのか、そこが知りたいのだけれど…

伊藤達也氏のハナシも、金ヶ崎絵美氏のハナシも聞かないとなあ…と思っている僕。

別に追っかけじゃないのだけれど…


tag: 落合貴之 

“原発対話の会”前日の予習「トリチウム」のこと

明日は「原発対話の会」である。トリチウムの勉強会である。難しすぎるのか、マニアックすぎるのか、こんなこと勉強しても何にもならないと思われているのか、総選挙前の喧騒の所為か、はたまたもはや原発問題について考えることにみんな疲れたのか、ちっとも人数が集まらない。
でも続けるしかない。それが、責任というものだろう。
 ⇒告知記事「徹底的にトリチウムを考える」

《7月14日共同通信記事》
東電、トリチウム水は海に放出へ
川村会長が明言、漁業者ら反対

東京電力福島第1原発で高濃度汚染水を浄化した後に残る放射性物質を含んだ処理水を巡り、同社の川村隆会長が13日までに報道各社のインタビューで「(東電として)判断はもうしている」と述べ、海に放出する方針を明言した。処理水はトリチウムを含み、第1原発敷地内のタンクに大量に保管されているが、風評被害を懸念する地元の漁業関係者らが海への放出に反対している。
東電の経営トップが公式の場で海洋放出に言及するのは初めて。トリチウム水については、有識者による政府の小委員会が現在、海洋放出を含めた処分方法を絞り込む議論を続けており、川村氏の発言は波紋を広げそうだ。


それについて吉川宏彰君がFacebookに次のように投稿した。
「現場がどれだけ理解を求めようと、次の未来のために海洋放出という選択を地域で暮らす方と本当に悩みながら進めていることを知ってる身の上としては、丁寧な発言を考えて欲しいと思います。こういった発言からは反発しか生みません。東京電力HDはトップを外部から力を借りていますが、その発言は政治家と同義で一言一言が問われ続けます。未来のための協働として、東京電力も地域も本当に話し合える対話環境づくりを昨年から進めています。(中略、しかし)こうしたニュース一発で元の木阿弥、水泡に帰すです。」

それに対して、僕は次のようなコメントをした。

吉川君の言いたいことはよく理解しているが、それでも残る違和感がある。

第一に、トリチウムの危険性について「ほぼない」(少なくとも致し方のないレベル)という大前提であること。この吉川君の投稿に共感する多くの人が、トリチウムの危険を言う「はんげんぱつ」の人たちを「放射脳」だといって見下している。吉川君はそんなこと一言も言っていないのに、である。
ネットには、水と同じ振る舞いをするトリチウムの危険を警告する多くの言説が散見する。それに対して僕は、全てデマのレベルだと規定してしまうことがどうしてもできない。それは僕に知識が足りないということなのかもしれない。しかしながら、気にするなという方々は、果たしてこの僕よりも多くの知識を持っているのだろうか。
原発事故前から、原発周辺の環境を調べて、殆ど世間から顧みられない状況でも、生態系の変化などをずっと報告し、原発から出る排水の危険性を指摘し続けている方がいることも知っている。もしも本当に、トリチウムが危険でないというなら、まずそのことを丁寧に説明することから始めなければならないはず。しかしながら、吉川君を含め、残念ながらそれが十分なされているとは、僕には思えないのである。

もうひとつ。
世界に繋がる海にトリチウムを放流することについて、福島に住む人たちと、日本政府、あるいは日本の人々だけでの共感で決めていいのだろうか、その「内向き」な在り方に疑問を感じるのである。
もちろん、原発事故から遠い世界の人々は、その知見においてかなり貧弱であり、勝手であり、それこそ「風評」の如きモノだけでワイワイ騒ぐ、そういうモノであることも分かっている。別の問題、外国の不手際に関しては、日本人も同様だろう。しかしながら、それが世界の日本を見る目であり、それによって世界は日本を判断するのである。まさに政治家が最も気にかける「国益」は、そうした「いい加減な」目によって損なわれるのである。だからこそ、まずはきちんと説明すること、そこは吉川君も言っているわけだが、さらに加えて世界をも意識して、世界を納得させるように説明しなければいけないのだと僕は思う。世界の「環境を思う良心」にも届く発信をする努力を、不断に重ねていかなければならないのだ。そのためには、「大前提」を常に疑い続けることも重要なのだと思うのである。

少し話は変わるが、喜多見にある「電力中央研究所」、そのサイトでは、例えば「閾値なし」について、放射線業務管理において有効な概念なのであって(それだけのことなのであって、ということらしい)、それをもって環境について何らかを言うべきではないというような、最近の(?)ICRPの見解を紹介しているようだ。
こんな僕でも、一度に被曝するのと、同じ放射線量を長期にわたって少しずつ受けるのとでは、遺伝子の修復という現象があるのだから、人体に与える影響は全く違うのではないかと思っていた。つまり「閾値あり」ということも十分ありうるのではないか、と。でもそれは、僕が放射線の勉強を始めるにあたってテキストとしたゴフマンの「人間と放射線」(澤田哲生氏は古いと言ったが)、その地道なデータ処理から得られた結論とは違うものである。ゴフマンは「閾値なし」と結論付ける。

今まで、電研の方々をはじめ、実際に話を伺って信頼できると思った方たち全てに共通して言えることは、様々な危険性について、「ない」とか、「気にする必要はない」などと断言される方はひとりとしていなかったということ。吉川君しかり、越智小枝さんしかり、あの(笑)半谷輝己さんしかりなのである。厳密にいえば「わからない」としか言いようがない。そこから先、どういう選択をするかは、科学的な知見とは基本別の要素が必要なのだと僕は思っている。だから早く哲学の領域に踏み込みこみたい、多くの人々が原発について考えることに疲れて(もうそうなっているのかもしれないが)、現状の考えで思考を固定してしまう前に、と密かに思っているのである。

徹底的にトリチウムの勉強をしたくなってきた。


《以下、原発対話の会のメンバーとのやり取り》
S氏:厳密にいえば「わからない」、その代り、ざっくりと言えば「わかってることも多い」のです。放射性物質のリスクは数値化できます。トリチウムのリスクは、数ある放射性物質の中でも、特に低い。これが「わかってること」です。安易に「わかった」とは言えないのは、その数値をどう評価するかという点です。つまり、「安心していいか」ということ。
高山:ざっくりと言えば「わかってることも多い」、しかしその先が問題です。何が分かっているのか。その丁寧な説明のないことを問題にしています。さらにそれを説明する時、分かっていないことを隠すような発信はNGだということです。
S氏:民衆の側に「わかっている」ことを知ろうという意欲が足りないと、丁寧な説明も心に届きませんからね。こうした勉強会を通じて、知りたいという欲求を喚起していけたらと思います。
高山:でも、「安全」を喧伝する前提での勉強会には疑問を感じます。そうしたものをやる気は起こりません。
S氏:安全も危険も、安心も不安も、「喧伝」するのは間違いですね。


澤田哲生氏:高山さんは、1Fの現地を見学された際にサブドレン(地下水汲み上げ)装置をご覧になって、その説明を受けられたと思います。下記にあるように、トリチウムに関するWHOの飲用水ガイドラインは10000Bq/lです。サブドレン水の管理目標は1500Bq/l。
http://www.tepco.co.jp/decommision/planaction/monitoring/index-j.html
また、このページには〝浄化して水質を確認した上で海に排水するサブドレン他水処理施設を2015年9月より運用開始しました。〟と記載されています。サブドレン水と炉心部の地下から回収してアルプスなどでトリチウムを除く62核種を除去したいわゆる〝汚染水〟の間にある本質的な差異は何なのでしょうね。つまり度し難い何者かが横たわっている。そこに高山さんのいう哲学の出番がある!?


Y氏:1.トリチウムは自然界に存在します。原発がなくても地球上に太古からありました。原発による放出量とその比率はどんなものでしょうか。
2.1Fで観測されるトリチウムは多くが原発由来かと思います。その量はどれくらい?半減期12.3年なので現在はある程度は減っているはず。またトリチウムの生成には中性子が必要で、つまりは核分裂が起きていなければならない。現状は核分裂は停止しているのでトリチウムの総量は確定(推定可能としておいた方が良いか)しているはず。
3.トリチウムによる被ばく量は原発事故前からある程度はあったはず。この事故による放出されたトリチウムによる追加被ばく量はどれくらい?
安全か危険かを問う前に前提としてこれくらいはみんなが確認しておくべきではないでしょうか。


《参考》
「トリチウムの排出基準が 1,500Bq/Lなのはどうしてか」
 ⇒https://togetter.com/li/1083147

高山:リッターあたり~bqという排出基準ではなくて、海に排出される総量で考えるとどうなるんでしょう。というか、総量で考えるべきなんではないですかねえ。事故前、原発から排出されていたトリチウムの総量と比較して今はどうなのか。
(事故直後、汚染水を希釈して海に流す、あれって、やはりどう考えてもペテンだとしか思えなかった。総量は一緒でしょと)
さらに一歩進んで、地球規模で汚染される状況を考えなければならない。そのへんが哲学の入口かな。
と、そういえば、トリチウムなんて大したことはない、もっともっと重大な影響を及ぼしている化学物質はいっぱいあるという話になる。もちろんその通りなのですが、といって、それを理由に、だからトリチウムぐらい気にするなって話にもならないはずで。いずれにしても、じゃあ総量は?ということですかね。
ああ、なんだかうすっぺらな自然環境絶対主義者みたいなこと言ってるボク、ちょっと自己嫌悪ですが、しかし総量を語らず基準値とやらだけで安全を喧伝する政権発表について、突っ込みを入れたくなるわけです。


Y氏:直接の安全だけなら濃度でもいいかもしれません。環境中のトリチウム濃度に関しては学生時代から話題になっていましたが、たぶん一般には知られていないのでしょうね。

澤田哲生氏:総量なのか濃度なのかーーートリチウムの総量は局所的(<ー空間的・時間的、1F周辺)では増えているんでしょうねえ。トリチウムというのは核燃料(放射線源)と冷却水との関係性の中で埋めれてきますので、通常運転時の原子炉ではじわじわと発生しているものが、事故によって溶けた核燃料によって両者の関係性がドバーッと一気に進んでしまった。しかし高山さんがこだわっている総量ということでいえば、この地球にあるトリチウムを含む放射線源の総量、また地球は宇宙の一部で宇宙線という線源(これによって大気中でトリチウムが作られている)つまり宇宙の線源の総量も気になるところですねえ。

S氏:地球上に存在する自然由来のトリチウムは96京ベクレル。福島第一の原子炉だと、一基あたり毎年20兆ベクレルずつ蓄積するそうです。
《参考》
「原発きほん知識 >トリチウム(水素-3、3H)」
 ⇒http://www.cnic.jp/knowledge/2116

S氏:トリチウムについて考えると、放射性物質の問題は放射能、即ちベクレルだけで測れないと言うことを痛切に感じます。トリチウムから出る放射線は、セシウム137に比べると、100分の1くらいのエネルギーしかないんですよね。しかし、規制の基準はベクレル、即ち1秒に何発の放射線がでるか、なので。
高山:それについては、例えばプルトニウムや内部被曝に関しては別の方向として作用するわけですよね。だからこそSvがあるはずなのだけれど、変換の過程の係数に任意的な要素がありすぎて…
S氏:そうした数値に関しては、明確な矛盾でも出てこない限り、既存のものに従うしかありません。さもないと、「懐疑の暗黒面」に堕ちてしまいます。
高山: いえ、先日のSvの勉強会を企画しての結論です。


《7月23日》「原発対話の会」Vol.19
東京電力復興本社前代表の石崎芳行氏を迎えて
この時に、トリチウムについて石崎氏に質問をした。
※トリチウムだけ残った「処理水」を海に放出することについては、いまだ漁協の皆さんに納得してもらえていないとのことだった。

そのあと、僕がTwitterで呟いた関連ツイートを、ここに転載する。
「1F規模の原発が一年の通常運転で放出するトリチウムは20兆ベクレル。すぐ東電の技術者はスマホで調べている。それに対して自然環境に存在するトリチウムは100京ベクレル、ボクはその少なさに驚いたと問うた。すると彼はむしろ20兆と比較して十分に多いと思うと見解を述べた。しかし…」
「日本の原発50基が全て稼働すれば、一年間で1000兆ベクレルを放出することになる。それは自然界に存在するトリチウムの総量の1/1000、それは問題のない量だと言えるのか。徹底的にトリチウムを勉強して、もう一度、東電に問うてみる。あくまでも対話。納得できる回答があればそれでいい」
「その時、この件について問題としたのは、~bq/リットルという濃度で安全性を語る東電に対し、放出される量で説明されなければいけないのではないか、ということだった。結局、その場には原子力規制庁、原発研究者、東電の技術者、といった多くの専門家がいたのだが…」
「…僕を含めて、総量を説明出来る人は誰もいなかった。しかし、たとえ~兆だろうが~京だろうが、数値が分かったとして、それだけで安全性云々など全く評価できないということ。トリチウムの勉強会が待ち遠しい」


そのツイートを読んだ方が、次のTweetを紹介してくださった。

《10月1日のブログ》
「原発を詩的に語るには時期尚早だという個人的な思い」
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-3057.html

《10月4日》
今は「対話の会」から抜けられたが、度々会に参加してくださっている須貝さんが、事前にトリチウムについて調べられたことを送ってくださった。全てはネットから拾ったデータとのことだが、ここに転載させていただく。


【トリチウムについて調べたこと】
  1. トリチウム(三重水素:トリチウム:tritium、記号:3H または T)は、質量数が3、すなわち原子核が陽子1つと中性子2つから構成される水素の放射性同位体。水素より重い(陽子:1、電子:1、に対して、陽子:1、中性子:2、電子:1)
  2. 普通の水素とは物理的性質が異なる
  3. 同位体の化学的性質は最外殻電子の数によって決まるので、三重水素の化学的性質は水素と同一、化学的には水とトリチウム水を分離することは困難。物理的な同位体効果を利用した分離技術が確立されており、トリチウム含有水の蒸留や電気分解、ガス拡散法、ガス遠心分離法、同位体交換法など、ラニウムを濃縮するのと同じプロセスなどで、何十段階も繰り返していくとトリチウムだけを取り出すことは可能。しかしそれには莫大な費用がかかる。
  4. 大気中においては、トリチウム水蒸気 (HTO)、トリチウム水素 (HT) および炭化トリチウム (CH3T) の3つの化学形で、それぞれ水蒸気、水素、炭化水素として混在。
  5. 海水のトリチウム濃度は、通常は数Bq/Lより少ない
    半減期:12.32 年
  6. トリチウムは宇宙線と大気との反応により地球全体で年間約72[PBq](7.2京ベクレル、7.2 X 10^16)ほど天然に生成される。
  7. 過去の核実験により環境中に大量に放出され未だに残っているトリチウム(フォールアウトトリチウム)+ 原子力発電所または核燃料再処理施設などの原子炉関連施設から大気圏や海洋へ計画放出されたトリチウム(施設起源トリチウム)
  8. 高純度の液体トリチウムは核融合反応のD-T反応を起こす上で必須の燃料 =>水爆
  9. トリチウムは最も毒性の少ない放射性核種の1つと考えられ、生物影響の面からは従来比較的軽視されてきた。体内濃縮がないとされてきた。
  10. トリチウムを大量に取扱う製造の技術者ではあるものの、内部被曝による致死例が2例報告されている。また、英国食品基準庁の指針に従い、1997年より10年間、毎年調査をし続けた結果では、海水が5~50Bq/Lであったのに対し、ヒラメは4,000~50,000Bq/kg、二枚貝イガイは2,000~40,000Bq/kgの濃縮が認められ、濃縮率の平均値はそれぞれ3,000倍と2,300倍であった。魚の体内で濃縮されていた。
  11. 規制基準:トリチウム水については、周辺監視区域外の水中の濃度が60[Bq/cm3](=6×10^4[Bq/L]) を超えてはならないと定められている。トリチウムには海産生物による濃縮効果がないと考えられている。そのため、他の核種の100倍を越える量が海洋に放出されている。
  12. 一般的な原子力発電所では年間約1.0~2.0×10^12[Bq](1~2兆ベクレル)ほどトリチウム水を海洋に放出している。福島第一、六カ所村は(注)参照
  13. トリチウムはベータ線を出して→ヘリウム3に変わる。中性子が1個→陽子に変わって陽子が2つになり、陽子2個と中性子1個のヘリウム3になる。
  14. トリチウムの放射線のエネルギーは小さく、0.0186MeV(百万エレクトロンボルト:食品用ラップでも防げるレベル)のエネルギーを持つベータ線で、体内では0.01㎜ほどしか飛ばない。 しかし、エネルギーが低いベータ線の特徴はエネルギーの高いベータ線より相互作用が強く、電離の密度が10倍ほどにもなる。
  15. トリチウムは原爆爆発での高温・高圧を利用して水素を核融合する水素爆弾に使われることで有名。このときは水爆の爆弾の中でリチウムに中性子を当ててトリチウムを作る。
  16. 事故前から全国各地の原発はトリチウムを海に放出していたが、福島第一原子力発電所の1~6号機だけの1年間の(2009年度)海洋放出 (2×10^12:2兆ベクレル)。この数字と比べると、タンクに貯められているトリチウムの総量(800兆ベクレル)は約400倍(=400年分)にも上る。
  17. 日本のトリチウムの水中放出の濃度限度は、1リットル当たり6万ベクレル(6 X10^4)。逆にいえば1リットル当たり6万ベクレル未満に薄めてしまえば堂々と海洋放出できる。
  18. 2009年度、日本の54基の原子力発電所全体ではどうかと言うとトリチウムを392兆1千億ベクレル(3.921 × 10^18)放出
  19. 「地層注入」「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」「地下埋設」の5つの選択肢
  20. 希釈後海洋放出がもっとも処理コストが少ない:調査から設計、建設、処分、監視までのトータルコストは「18億~34億円」で済む
  • (注)
    実用発電用原子炉施設からの年度別トリチウム水放出量(単位:[Bq])

    東京電力(株)福島第一原子力発電所
    2007年 1.4×10^12
    2008年 1.6×10^12
    2009年 2.0×10^12
    2010年 -

    東京電力(株)福島第二原子力発電所
    2007年 7.3×10^11
    2008年 5.0×10^11
    2009年 9.8×10^11
    2010年 1.6×10^12

核燃料の再処理施設からの年度別トリチウム水放出量
(単位:[Bq])
六カ所村(2003年度 年間トリチウム放出量)
(気体:大気中へ)1,900 兆 = 1.9 x 10^15 
(液体:海洋へ)1京8000兆=1.8x10^16
http://www.jnfl.co.jp/…/busi…/monitoring/periodic/discharge/

六カ所村(2017年度 年間トリチウム放出量)
(気体:大気中へ)   
管理目標値 = 1.9×10^14
月(7月)  = 2.6×10^9
(液体:海洋へ)
管理目標値 =1.8×10^16
月(7月)  =7.4×10^9

福島第一原発 タンク内のトリチウム
「トリチウム水タスクフォース」は2016年4月19日、約1000基のタンクに保管

2013年12月時点での汚染水のトリチウムの総量は8×10^14(=800兆ベクレル)。
これは原発事故前に東電が保安規定で定めていた年間の放出管理基準値(2.2×10^13=22兆ベクレル)の40倍近い。



そして…
次週の「原発対話の会」Vol.21の講師、篠原美陽子さんからFBにコメントと、僕のやり取り。
篠原美陽子さん:今はトリチウムとは言わなくなりました。
多核種除去設備等処理取り扱い検討委員となりました。

※そして紹介して下さったサイト…
「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(第1回)‐配付資料」
 ⇒http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku…
高山:「今はトリチウムとは言わなくなりました」とは、どういうことなのでしょうか。ご説明いただけるとありがたいのですが。まさかトリチウムを「多核種除去設備等処理水」というようになったとか?
篠原美陽子さん:トリチウムだけの"放出問題"ではなくなったというのが正しい説明でしょうか。
多の核種を除去設備等をした、処理水をどうしていくのか、、、という議論の段階(=汚染水用タンクをもう増やせない)なので、せっかく佐々木さんを講師に呼ぶようなので、トリチウムだけのお話ではもったいないと思いました。現段階での現場の問題での議論が必要だと思います。URLから資料や議事録が読めますので、事前に学習していく人がいるといいかなとおもい、コメントさせて頂きました。
高山:当然、処理水をどうするのかという問題が残っているということは理解しています。それは、また石崎氏をお呼びした時の課題でもあると思っています。また、佐々木氏も今回二度目、それで終わりというワケでもありません。
今回の前提として、トリチウム以外は全て除去することが可能で、海に流そうとしているのは、トリチウム以外の核種は全て除去された水であるという前提の上で、まずそのトリチウムを勉強しようという趣旨です。ひとつ確認したいのは、今海に流そうとしている「処理水」は、実はトリチウム以外の核種も含まれているということなのでしょうか。
すいません。教えて頂いたサイトの資料を精読すれば分かるのかもしれませんが、なかなかその時間が捻出できません。ご教授いただければと思います。
篠原美陽子さん:そこを佐々木様に確認して、議論を進めてください。私は放射性物質は確認して、気にしているだろうけれど、冷却に使った化学物質はないのだろうかetcと気になり、第5回目の検討委員を傍聴にいきました。でも、それまでの資料を読み込んでいなくて、これって何の議論?っていう所謂、風評被害対策会議になっていました。前提としてお話を聞いてしまうと、固定観念が出てしまいがちです。私自身がそうでしたので
高山:なるほど。大変よく分かりました。まず、その点を、化学物質を含めて確認してから話を始めたいと思います。もし佐々木さんが分からなければ(きっとお分かりにならないような気もしますが)、その場合は石崎氏の会でも確認したいと思います。されにそれでも疑問が残れば、次の手を考えます。ありがとうございました。
篠原美陽子さん:電中研の顧問も見逃している点であり、石崎さんが理工学的な視点をお持ちではないので、本当に放出される前に是非議論して頂きたいです。


と言っても、残念ながら議論するほどの力はなく、資料を読む時間もないのだが。
明日の佐々木氏と議論が出来たとしても、きっと東電には届かない。篠原さんの次は東電の福島復興担当顧問である石崎氏がやってくるわけだが、さて、その先の東電の上層部に届くのかどうか、純粋に福島の人たちのことを、そして海で繋がる全世界の人々のことを、考えてくれるのかどうか。
少なくとも僕は、目を曇らせず、耳を澄ませたいと思う。

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東京ビッグサイトで「杜の賑わい」のリハ

うぶかた女史から画像が届く。
東京ビッグサイトで「杜の賑わい」のリハ。

琉球國祭太鼓。
琉球國祭太鼓のリハ
四つ竹のメンバー、花笠置いてガン見している。

阿波踊りもあるらしい。
阿波踊りのリハ

明日本番。
事務所では、原発対話の会Vol.20があるというのに…

tag: 四ツ竹  琉球國祭太鼓 

原発を詩的に語るには時期尚早だという個人的な思い

落合貴之御一考と別れて、千歳船橋から祖師谷大蔵まで歩く。
耕雲寺というお寺の本堂で、「砂の棺」という芝居を観る。
砂の棺1砂の棺2

原発事故を扱った芝居。
面白かった。一日しかやらないという。もったいないと正直に思った。

しかし原発事故や福島を題材にしているというただその一点で、僕はいまだ「面白い」と公言するのに躊躇する。
3.11の1年後、天願大介氏の「なまず」を池袋の劇場で観た。大好きな世界観で、その舞台を映像化した作品を映画祭で上映したほどで、その「なまず」を思い出した。
 ⇒「なまず」の告知記事
水槽の中に泳ぐナマズを踊るダンサーが強烈だった。「砂の棺」では、鼠と猫を踊るダンサー、その存在感。どこか似ていた。好きなのである、この感覚。
※ナマズは日本らしき国の北から南まで、その地下に眠る巨大なナマズ。その頭と尻尾のある場所には、大きな石が置かれ、伝説のナマズを封じている。北は、放射能で汚染され見捨てられた村。そこには、まつろわぬ者たちが国家を作り、そこで大きな石を守っていた。
※鼠(あるいはもっと大きな獣なのか)は、主のいない被災地の家の中を荒らす黒い鼠。猫は、その家で飼われていた白い猫。震災から何年後なのか(6年後なのか、10万6年後なのか)、家を掃除に来た夫婦。夫は自分の趣味だったウルトラマンのフィギヤを探す。妻はまだ生きていると信じる猫を探す。そして現れた猫。涙で抱きしめる妻。もう一度、ここでやり直そうと、妻は夫に語るのである。


それでも僕は、「まだだ」と思う。

3.11直後、僕は一本の芝居の構想を練った。
何十年か先の未来の話。ある湖のほとりに、老夫婦が住んでいた。ふたりは、夏休みを利用してもうすぐ孫たちがやって来るのを楽しみにしている、そんな第一幕。
第二幕の冒頭は、家の外で元気な子供たちの声が聞こる。町から子供たちが到着したのだ。そしてドアが開く。しかしそこには、防護服を着た子供たちが逆光の中に立っている。
そんな芝居の構想。

しかし僕は、この芝居を完成させる作業を放棄した。書けばどうしたって「詩的」にならざるを得ない。だが、現実に起こった原発事故を、詩的に語るには、まだまだあまりに尚早だと思ったのである。そしてその思いは、今も全く変わっていない。

10万2017年の故郷…「砂の棺」もまた優れて詩的であった。褒めこそすれ、批判しようなどとは少しも思わない。その資格もない。「詩的に語るには時期尚早」という思いは、あくまでも僕の個人的な感覚、自分自身に対する戒めにすぎない。

打ち上げにお邪魔した。
「砂の棺」打ち上げ

伊藤えりかと

帰り際、伊藤絵理花(今は「岩﨑えりか」か)と話した。ちょっとお酒の入った彼女は、はたして僕が言ったことを覚えているかどうか。

インディアンには、七代先のことを考えて判断しろという教訓がある。反原発を標榜する人たちが好んで持ち出す話である。
僕は、原発対話の会という企画を2013年から続けているのだが、その第一回「どうする原発?異なる意見で対話する会」で、僕もその「七代先」の話をした。だが、多くの理系の参加者から、無感動にこんなこと言われた。
「たった7代先までしか考えないの?」

世の中には、詩的に語る以外に出口のないことは星の数ほどたくさんある。しかし、詩的な表現をもって人様の心を深くとらえるためには、詩的世界に逃げ込むことを、ギリギリまで絶え、論理的に考え続けることをしなければ決して叶わないのだと、僕はつくづく思っている。ことに原発の問題に関しては、そう簡単に詩的な世界に転がり込むわけにはいかないと、自分に言い聞かせ続けているのである。

えりかの父君、伊藤克さんが右脳と左脳の話をする。
「女性は、右脳と左脳の境を軽々と乗り越えることが出来るのだが、男はなかなかそれが出来ないんだ」
伊藤克さん語る
ピースしてるのは劇団仲間の女優、小野瑞穂さんである。
女優はたいがい誰でもみんな名優だが、めったにいい男優はいないと語ったのは鈴木忠だったか。

「克さん、僕、自分の演技をどこまでもどこまでも理論的に考える役者が好きなんです。たいがいそんな役者は華もなくてへたくそなんですが、それがダメだって分かっていても、理屈にこだわり続ける役者が、僕、やっぱり好きなんです」
すると克さんはニヤリと笑った、…と、そんな気がした。



さて…

以上はFacebookに投稿したものである。実は、珍しくこういう記事をFacebookの自分のタイムラインにアップしたのには訳がある。それは間近の10月7日(土)に迫った原発対話の会、記念すべき第20回目に、ちっとも人が集まらないからなのである。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4614.html
総選挙の所為なのかもしれない。その日はアチコチで集会が開かれている。そういうイベントに勇んで参加するだろう人たちに向けて、ちょいとジャブのような宣伝をしてみたかったからなのである。

以下、その宣伝文を掲載する。

もうすぐ20回目の原発対話の会があります。電力中央研究所から元ICRPの佐々木道也さんを迎えて、「徹底的にトリチウムを考える」という勉強会です。
3.11前から、原発から流れ出て来る暖かい水(つまりそこにはトリチウムが含まれていたわけですが)の問題を指摘する論文や映画もたくさんありました。近海の生態系が壊れているという報告。反原発を唱える人たちは、そうしたことどもを事実として、だから原発はダメなのだと断じていました。そうした方々こそ、トリチウムを徹底的に勉強してみようという今回の企画に、興味が沸くはずだと僕は思ったのですが、しかし殆ど関心がないようです。放射性物質であるトリチウムを流す、いいわけないだろう、そんな分かり切ったことをなぜわざわざ勉強する必要があるのか、ということなのでしょうか。それともみなさんはちゃんと勉強して、もう学ぶことはこれ以上ないということなのでしょうか。元ICRPの佐々木氏でさえ「トリチウムは難しいので準備に三か月下さい」といったことだのに。
今度の土曜日です。お時間があれば是非参加していただきたい、また、ご興味のありそうな方に、是非声を掛けて頂きたいと存じます。


しかしながら、予約の電話はいっこうに鳴る気配がない。ジャブは空振りであったのか。あるいはクリーンヒットして、相手を怒らせてしまったのか。いずれにしても、戦ってはダメなのである。対話が重要なのである。そのことを忘れていた。この僕も、選挙戦とやらに影響されているらしい。

tag: 伊藤克 

落合貴之という政治家

民進党の落合貴之氏が、記者会見で希望の党には参加しないと表明した。

菅家ゆかり女史の出番だけ見て、劇場を後にし、千歳船橋へと向かう。
落合貴之君が街頭演説するというので、会いに行こうと思ったのである。
落合貴之は桶作り職人の息子。


落合氏は、しかし民進党から離党したわけではない。党籍がないと、この時期、街頭演説もできない。ともかく、日本の選挙制度は異常、党に所属していないとできないことがいっぱい、まったくおかしな国である。

氏が民進党に所属するにいたった経緯は、致し方ない成り行きもあるようで、しかしいずれにしろ、僕はそこには殆ど興味なし、ということにしている。

徹底的に組織が嫌いな小生。共産党だろうが自民党だろうが、どっかの市民グループだろうが、大嫌い。もちろん民進党も例外ではない、というか、近頃はホントにどうしようもない党だったので、嫌いの度合いも沸騰していたわけだが、組織である限り、どっちに転んでも同じ、他の党と比較することにあまり意味を感じないということ。
てなことを言いながら、自分もまた株式会社などの代表をやっていたりするわけで、人生とはママならぬモノである。

だから、どこかの組織に属しているからといって、それだけでその人を嫌いになったりはしない。それぞれママならぬ事情があるものなのだから。だから僕にとって、落合貴之が民進党だろうが無所属だろうが、関係のないこと。
さらに僕は、日頃「政治嫌い」を公言しているので、落合貴之の政治活動を応援する!なんて宣言するつもりも毛頭ない。

ただね。

ナチス台頭前夜のドイツ、選択肢が共産党と極右(ナチス)しかないという状況になって、結局、民衆は共産党を嫌って極右の方を選んでしまった、その結果ヒットラーという怪物が出来上がったのだと。
つまり、なんか似ている。

落合貴之ちゃんから、自民党の保守本流、かつての宏池会の在り方を受け継ぎたいのだと聞かされたことがある。僕は政治嫌い、特に権力側が嫌い、だから宏池会全盛だった頃の自民党だって大嫌いだったが、でもことこういう時代なので、落合貴之のその志はなかなか面白いではないかと、大いに思ったりもしているのである。
しかし、あの宏池会も、結局田中角栄という大番頭が仲間になってくれたから本流でいられたわけで、もし田中角栄が反対勢力の方についていたら、はたしてどうなっていたか分かりゃしないと、あの頃の時代を分析したりしてもいた僕なのであった。
政治とはかくなるもの、なかなか理想では立ち行かない。まあ、だから政治なんて大嫌いなのだけれど。

自衛隊のこととか、天皇のこととか、あるいは沖縄のこととか、もしかすると僕とは考えの違いが多々あるのかもしれない。それでも僕は、落合貴之、こういう男が日本の宰相におさまったら、なかなか悪くないんじゃないかと、去年の6月11日に彼の演説を聞いてそう思ったのである。

少なくとも、彼がどの党に所属しているかなんてどうでもいいことで、なんというか、話していて気持ちがいいとか、ちゃんと人の話を聞くとか、それでいてちっぽけな男でもない、どっかの党の新人ちゃんたちと違って、きちんと勉強して、委員会でも本会議でも一年生議員ながら質問にも何度も立ち、そしてなによりも今のところは永田町臭が全くない、毒されている様子がないのがいい。
もう一度言うけれど、何度でも言うけれど、こういう男が日本の宰相になるっていうのは、なかなか案外いいのじゃないかと、落合貴之は、今のところ僕がそんなふうに思えるただひとりの政治家なのである。

なんだか妙な応援。応援になってない?

さあ、これで、企んでいるイベント告知の準備ができた…

その告知記事へ
 ⇒「ありふれたファシズム」の再々上映会

tag: 落合貴之 

宣伝とか、諸々忙しく、そんな一日の始まり


菅家ゆかりから招待券を貰ったので、参宮橋のオリンピックセンターに向かう。第一部の「源氏物語」に、菅家が参加する、それを聞くのが目的。
9月15日の山猫合奏団祭り第二夜に彼女が見に来てくれて、その日の記事に「沖縄関連の宣伝をしようという魂胆」「ウチの会社的には重大発表」などと思わせぶりな投稿をしておきながらまだ果たせていない。ともかく、今日のこれを聞いてから、と考えたのである。
しかしながら忙しい。焦ってもいるのだが、重大発表はもうちょっと先になりそう。


この日の出し物についても、落ち着いたら追記しようと思う。

tag: 菅家ゆかり 

あちこちでお昼その3と、そして…

今日のお昼はビストロナガミネ。
ビストロナガミネ



tag: 喜多見_レストラン.ビストロナガミネ  小野寺通 

隣の駅でパンカベパンカベ

一昨日、成城学園駅から徒歩15分というローネ・フォンタナで配ったチラシ。
隣の駅だよチラシ

そうか、喜多見駅の隣の駅は、成城学園だけじゃない。むしろ狛江で使わなきゃダメじゃない!ということに気がついた。というワケで、狛江に繰り出した。
まずは仲村さんのお店。立ち呑み“増田”で1~2杯。
近頃、若者が増えたらしい。入りやすくなったのか、入りにくくなったのか。
立ち呑み増田

店を出ると、籠屋の若旦那。そうか、今日はエコルマホールで日本酒の催しがあったんだっけ。
籠屋の若旦那

12時を回り。
Sus4へ。
あした(じゃなくてもう今日)、本番だというのに。
「パンカベ、パンカベ、パンカベ、パンカベ、パンカベ…」
噛まずに10回言えるかどうか、役者はムキになる、そんな楽しき夜であった。
パンカベパンカベ

tag: 星ノ飛ブ夜  藤木勇人  狛江_居酒屋.増田(立ち飲みや)  石垣仁  喜多見_フレンチBar.Sus4  大沢健  狛江_酒屋.籠屋 

思うこと多く(暫定投稿)

チームはいさい増殖中!
そして祖師ヶ谷大蔵の住宅街にあるサローネ・フォンタナという小さなホールへ。
だが、ネットの案内には「小田急線の成城学園前駅より徒歩約15分」とある。そうならば喜多見の隣の駅で間違いはないだろう。
だから…
隣の駅だから

しかし、早く告知しなければいけないのだ。


思うところ多く、後日追記する。

tag: チームはいさい  さこ大介