2022年11月09日(水)23時59分
仕入れ
2018年11月28日(水)23時19分
沖縄から手抜きのメッセージ
それが本日みっつ。
要するに、コメントも適当に膨らまして投稿しておいておくんなさいなってことらしい。
てやんでい、こっちだってヒマじゃねえんだ。
えい、そうときたら、その手抜きのコメントはそのまんま、三つ纏めて投稿しちまうことにした。



「沖縄~。沖縄の人たち半袖~」
「明日はここで踊るんだ❣️と里美さんです。」
「パレットの前はクリスマス」
※ここでの「ここ」とは、新しい琉球新報ホールです。
tag: 沖縄の旅_2018年11月 琉球新報ホール 鈴木里美
2018年10月26日(金)13時12分
北谷のアメリカンビレッジでハロウィンを見つけた

街はまだ眠っている。


それにしても、街並みは有料テーマパークのようだ。



なるほど、日々こうして街を整えているんだ。

まだまだ進化するらしい。


ボチボチと店が開店し始める。



那覇空港のおにぎりやさんの本店はここだったのね。

そして…
⇒7年前の北谷アメリカンビレッジ北谷アメリカンビレッジ、7年ぶりのボクネン美術館。あの頃の人はもうだれもいない。 pic.twitter.com/9EYoNIRCbO
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月26日
【追伸】
インスタに、北谷アメリカンビレッジで拾ったハロウィンの画像をアップし始めた。日本人の節操のなさは今に始まったことではないので、いまさら批判する気もないし、かといって面白がっているわけでもない。ただ思うことがあって、それは近々FBに投稿する。https://t.co/w4Vn4IGPxw
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月27日
【まずはそのインスタをここに貼り付けてみる】
めんどくさくなってきて4枚いっぺんに投稿した。
インスタグラムを記事に貼り付けるのは、一枚がいいところだ。
【そしてFacebookに投稿した】
朝9時頃、まだお店が開く前の街を、近くの保育園の子どもたちが、5人くらいずつ乳母車に乗せられて散歩していました。お店が開いていなくても、子供たちにとってはまるでディズニーランドのように楽しい街なんだろうな。保母さんも、けっこう楽しんでいたみたい。


やがて、たくさんの仮装した家族連れが集まって来ました。26日の金曜日のことです。ハロウィンの本番はまだ先なのですが、街はもうすっかりハロウィン仕様、そこでまだ街が静かなうちに、子どもたちに解放したという感じでした。


もちろん日本人家族(ウチナーンチュなのかな)が多いのですが、アメリカ人ファミリー(たぶん軍関係者)もたくさん、こんな光景、東京じゃきっと見られないなと思ったのです。とっても楽しそうだし。
こうして子供のころから米軍家族(たぶん)と交流していたら、在沖米軍に対する嫌悪感は生まれないんじゃないかなと感じた。
でも、やっぱりボクにはこいつは買えない。

決して何か結論めいたことを言いたいわけではないのです。ただモヤモヤしている。
読谷にある金城実さんのアトリエには、時に海兵隊員が遊びに来る。実さんは言います。
「こいつらに責任はない」
あの写真家石川真生さんだって、過去にはたくさんの米兵と付き合いがあったはず。
つまり、それとこれとは別なのだ。そうなのですが、なんだかやっぱりモヤモヤして考えています。
今の沖縄の、若者たちの冷静さ。白か黒か、反対か賛成か、そんな簡単な二者択一ではないのですと。
そりゃそうだよな、生まれた時から日本で、そしてそこには当然のように米軍基地があったワケ。
「それとは関係がないです」なんて言われそうだ、その通り、君たちは正しいと思う。
多くのうとぅすい(お年寄り)は、あの戦争の経験を、あまりに惨かったが故に自分の子どもたちには、むしろ自分の子供たちにこそ語ることが出来ぬまま、後生(ぐそう)に旅立っていく…
復帰後しばらくの間、大和からの旅行者は、まず南部の戦跡を訪れた。それが沖縄の「定番の入口」でした。果たしてそれがいいことだったのかどうか、沖縄を「悲劇の島」というふうに認識してしまうことが、お互いにとって幸福なことだったのかどうか、今さら考えても詮無いことではあるのですが。
今はどうなんだろう。考えてみれば、僕も南部のそうした場所に殆ど行かなくなって久しい。たまに映画祭のネタのために行くだけ。
明日は初心に帰って少し南部を廻ってみよう、ボクはそう思ったのでした。
【オマケ】
…と、知った名前のラーメン屋が。
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年10月26日
"まるよし"
もしや、と思い、暖簾をくぐるとそこには津嘉山正種さんの息子さん。
「普天間のお店は?」
「去年こっちに移転したんです」
「ブログで紹介していい?」
「もちろん」
というワケで、まずはTwitterにて。 pic.twitter.com/sR2MaXpuaQ
しかし、今日はあいにくまだ腹が空いていない。今度腹を空かせて来よう。
あら、立て看板の矢印が逆じゃないの?裏も逆なので、裏表間違えて立てちゃったのね。

そういえば拓ちゃんのラーメン屋は11月1日に開店だ。拓ちゃんていったい誰かって?狛江のミートステーションで働いていたあの拓ちゃんだってば。え?なんの関係もないだろって? それがそうでもないんだなあ。
先日、津嘉山さんから芝居のご案内が来ました。

「象の死」という、戦時中の動物園の話。拓ちゃんの奥さんの季里ちゃんはどうやら今回出ないのね。
それについては、あらためて。
2018年09月17日(月)23時50分
カジマヤーのお祝いで
東京沖縄県人会最高顧問、東京琉球舞踊協会名誉会長、関東伊是名郷友会会長nどなど。そんな大きな肩書いっぱいの仲田清祐さんのカジマヤー(97歳)のお祝いで、松竹梅鶴亀を踊ってきました。 pic.twitter.com/b4iuDRmwDY
— 宇夫方 路 (@ubukatamichi) 2018年9月18日
2018年05月12日(土)23時30分
僕は仲介者なのかな

読谷到着。

するといきなり金城実さん。
「いいところに来た。買い物に行こう」
実さんを乗せて車で出発すると、そこへ知花昌一さんの車。
「買い物に行ってくる」
「ああ」
みたいな会話。
「いいんですか」
「まあ、いいじゃろう」
買い物は買い物だが、塩ビのパイプ何本も買って、それを自分たちでをカットするのだから、小一時間かかる買い物。

戻ってくると、知花さんはしびれを切らしたのか、もうお帰りになっていた。
短く切った塩ビのパイプは、野仏の土台にするのである。


実さん、100体を目指すらしい。
働いたら腹が減った。奥様も一緒にお昼へ。
いつものように、またご馳走になってしまった。
先日のこと。実さんから電話があった。
「前からあんたに読ましたいと思っていた例のやつなあ、見つかったから今度来たら渡す」
忘れるわけがない。お昼を食べてアトリエに戻ったボクは実さんに聞いた。
「例のやつ、ありますか?」
「例のやつ? おお、あれな、どこやったかなあ、この前みつけたんじゃが」
と、実さんはガサゴソ探し始めた。
「かかあに整理しろ整理しろとうるさく言われているんじゃ…」

「あ、名嘉さんの本、売ってるんですね」
(ガサゴソ探しながら…)「応援してやろうと思っておいてあるんじゃが、全然売れん」
「ボク、一冊、買います」
「あった、あった」
「例のやつ」とは、実さんがこのところ書き綴っている平敷屋朝敏の研究論文。僕にとっては宝物である。
その宝物を持って、アトリエ中2階の実さんの書斎に入り込んだ。

「ここ、気持ちいいですね~」
「そうじゃろう」
いつだったか、金城さんと平敷屋朝敏の作品における大和的なモノと沖縄的なモノみたいな話をしたことがある。
「なかなか勉強しちょるな」…と、実さんは笑顔になった。
僕が琉球の古典を三線で弾くということと併せて、そのころから、僕は実さんにきっちりと認知されたような気がする。だから、僕は実さんと、決して「運動」みたいなことを通して繋がっているのではないのである。
金城実アトリエ中二階で書見。海風心地良く、いつしか居眠り。ヤールーの声に起こされる。 pic.twitter.com/RY050bUSq0
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年5月12日
いつしか夢の世界。満腹になったら昼寝、まるで子供だな。いや、老人の居眠りかな。
今回の旅の最大の目的は、識名さんの畑の最後のトマトを収穫してくること。それから、この金城実の平敷屋朝敏論をゲットすること。そのふたつはクリアした。しかしもうひとつ、大切なミッションがある。それは、映画監督の仲村颯悟くんを金城実さんに繋ぐこと。
しばらくして、りゅうご君がやって来た。これで、ともかく金城実と仲村颯悟が繋がった。
そういえば、H氏が僕のことを仲介者(メディエータ)と規定していた。
「メディエータ」には幽霊と話ができる霊能者という意味もあるらしいが、ボクにそんな能力はない。沖縄には、特に女性にはけっこういるようだが。もしかすると、仲村颯悟も案外そんな能力の持ち主なのかもしれない。でなければ、「人魚に会える日。」なんて撮らないだろう(笑)
数日前に元山仁士郎君もこのアトリエに実さんを訪ねて来たらしい。そういえば元山くんと金城さんが初めて会ったのは、M.A.P.だ。今年の2月3日「喜多見と狛江で小さな沖縄映画祭」の時。
彼が進めている県民投票については、色々な意見がある。僕もどうなんだろうかと思っていた。なので金城実さんに聞いてみたのだ。いったい元山くんに、なんて言ったのか。するとこんな答えが返ってきた。
「どんどんやれと言ったんじゃ。若いものが自分で考えたことなら、どんどんと思い切って好きにやればいい。そうして空気が変わればいい。空気が重要なんじゃ。敵も空気なんじゃから」
なるほど、ボクは妙に納得した。
一方、仲村君の話もまたなかなかナイーブなことだったので、はたしてどうなるか、少し心配していたのだが杞憂だった。ただ今後どう展開していくのか、そこは実さんの意思がどうであれ、なかなか難しい課題もありそうだ。でも、きっと実さんが力を貸してくれるだろう。
実さんにはこういう懐の深さがあるから、色々な人がここへやって来るんだろうと、あらためて思ったのである。
でもね…
実さんの奥様はとっても素敵な方である。
「大和の人はミノルのことを持ち上げるけど、沖縄の人はそんなこと思ってないよ。ただの変わりモン、迷惑なじいさんだと思ってる。少年の心を持っているなんて、冗談じゃない、間もなく八十なのに、いまさら少年でもないでしょ~」
奥様は実さんを、深く愛している!…と、ボクは信じている。

仲村颯悟を金城実に繋げば、僕の役目は終わりである。
二人の話は続いているが、ボクは空港へ向かうのだ。これ以上ここにいると、東京に帰れなくなる。
【追伸】(6月28日)
元山君にあるイベントを案内した際、辺野古県民投票のことで沖縄に帰っているので参加できない旨の返事が来たので、金城さんのアトリエに行ったそうでとメッセージを送ってみた。すると「金城さんも呼びかけ人になっていただいてます🙋」という返信。なるほど、元山君、よかったね。
2018年05月12日(土)12時03分
読谷に行く前に
「そうだ」
波之上宮に行ってみることにした。
先月バッタリ会った宮司さん、その時ふと思いついたことを実現させてしまえという企み。
しかし、宮司さんはいらっしゃらなかった。でも、波之上No2である禰宜(ねぎ)の大山晋吾さんにお会いして話をした。大山さんは、「それはいい企画ですね」と、大変乗り気になってくださった。すぐに企画書を送って欲しいとのこと。これでまる子さんに土産ができた。いい土産か、厄介な土産かは僕には分からないが。
しかしなあ…


これはこれ、今このことを考えるのはやめておこう。
これから、金城実という反天皇制の闘士に会いにいく。
tag: 波上宮 沖縄の旅_2018年5月 丸山ゆうき
2018年05月11日(金)19時28分
青空とオスプレイと猫とスッポン


前回来た時は、まだ母親の腹の中だった。
まだ名前はない。というか、名前なんか付けないのかもしれない。考えてみれば、こいつにとって、きっと名前など意味はないのだから。
ん…

識名さんの畑での、今日の出来事エピソード。

識名さんの農場の奥には、地図にも載っていない不思議な池がある。そいつも見に行った。

すると、池の傍に置いてあったでっかいポリボックス?の中から、キーキーという音がする。
識名さん曰く、亀が落っこちて出られなくなって、内側を爪で引っ掻いているんじゃないかな… そう言って躊躇なく手を突っ込んだ。

と!
ぎゃっ!

スッポンじゃああーりませんか!
「識名さん、危なくないの?」
「あぶないさー」
でも識名さんは笑っている。


もし亀だったら、池に返してやるつもりだったそうだが、スッポンじゃあそうはいかない。ぼちゃんとまたポリの中に放り込んだ。
「今度スッポン鍋にしよう」
いつも僕は、盲目の識名さんの生きる力に圧倒され、そして尊敬するのである。東京あたりで、あてがわれたものだけ食っているボクに、スッポンがかわいそうなんて言えるわけがないと思う。
え? あてがわれているんじゃない? 自分で働いたお金で買って食っているんだって?
そいつはご立派ですこと、でもさ、お金をかじって生きているワケではあるまい。できるものなら、自分の手で、スッポンでも猪でもマグロでも、取って来てみるがいい。
ボク、一番偉いのはお百姓さんだとずっと思ってきたのです。因みに、二番目は消防士さん。お巡りさんはずっと下の方。
そんなわけで、ここ数年途切れていたM.A.P.でのゴーヤー栽培、また今年始めようと決めた。まあ、こっちは飯事(ママゴト)だけれども。
五月蠅い。

新しい畑に行ってみよう。

ここは海沿い。

いい写真だ。

しかし…
またオスプレイ。

識名さんなら、このシバサシを投げて、オスプレイを打ち落とせるんじゃないかな。

それからまた、あちこち案内してもらって、今夜は那覇に戻るボクなのでした。
tag: 猫 勝連城跡 沖縄の旅_2018年5月 識名盛繁 オスプレイ
2018年05月10日(木)23時09分
奇跡のトマト畑の最後


約束は明日だったが、識名さんの農場へ直行することにした。

一日あちこち案内してもらって、やっぱり泊めて頂くことになった。
そうと決まれば、また歩いて飲みに行くのであった。

識名さんから、ボクはずっと「ちむぐるしい」について聞かされていたような気がする。人に対して使ってはいけない言葉なのだと。それは相手を崖から突き落とすような言葉だと。金城実さんも、そう考えていると。
あしたはその実さんのアトリエに行く。いずれ、僕に何かが見えてきたら、どこかに書こうと思う。
tag: 沖縄の旅_2018年5月 富士山 識名盛繁
2018年03月21日(水)18時09分
トマトの収穫
だからと言って、あるべき農業を考え抜く識名さんの畑が理不尽に消えてなくなるそのワケを不問にしていいはずはない。ここにもユニークな個と相容れぬ組織があり、沖縄の特殊な事情も絡まり…
— 高山正樹 (@gajumui) 2018年3月21日
そこの運動家よ、君たちが頷くのを見ていると反吐が出る。

tag: 識名盛繁 沖縄の旅_2018年3月
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