川口喜代子先生の訃報

昨日、一報が入りました。
緘口令のようなものはなかったようなので投稿します。

昨日午前11時5分、東京琉球舞踊協会会長の川口喜代子先生がお亡くなりになりました。
川口喜代子先生の訃報

このブログには、川口会長のカテゴリがあります。
登場人物一覧(タグリスト)の、会長のお名前の前に△印(鬼籍に入られた方の印)を付けました。
http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4398.html

しかし、投稿できていない記事もたくさんあったり、少し整理します。
 ⇒カテゴリ「川口喜代子」

先生、長い間ご苦労様でした。
川口先生のご冥福を心からお祈りいたします。

それにしても、ずいぶんと亡くなられた方が増えてしまった。しかし、もう他人事ではありません。子供たちへ、伝えておかなければならない言葉がたくさんあるような気もします。

そのためには、もう少し、このブログというツールを大切にしようかな。

tag: 川口喜代子 

今日は沖縄そばの日ではないか?

今日は、沖縄そばの日である。
ふと、“沖縄この日何の日”というカテゴリの記事が、やっぱり3.11の所為で中途半端になっていることを思い出した。いったいどこまでアップして止まってしまったのか、整理してみたくなった。
“沖縄この日何の日”は、2010年の1月から記事を書き始めたようだ…


2010年
1月22日 旧12月8日 鬼餅(ムーチー)
2月3日 ニンジンの日
2月14日 旧1月1日 正月
2月15日 旧1月2日 ハチウクシー
2月16日 旧1月3日 三日の祝
2月17日 旧1月4日 ヒヌカンウンケー
2月20日 旧1月7日 七日の祝(ナンカヌスク)
2月21日 旧1月8日 トゥシビー
2月25日 旧1月12日 アマウェーダー
2月28日 旧1月15日 旧暦1月15日
3月1日 旧1月16日 十六日祭(ジュールクニチー)
3月2日 裏ニンジンの日
3月4日 三線の日
3月5日 旧1月20日 二十日正月(ハチカソーグァチ)
3月5日 珊瑚の日
3月8日 三板の日
3月30日 旧2月15日 二月ウマチー(ニングヮチウマチー)
4月3日 シーサーの日
4月4日 沖縄県誕生の日
4月10日 とうがんの日
4月16日 旧3月3日 浜下り
4月18日 旧3月5日 清明(シーミー)
4月18日 もずくの日
4月25日 さとうきびの日
5月8日 ゴーヤーの日
5月12日 アセローラの日
5月15日 沖縄本土復帰記念日
5月27日 旧4月15日or16日 アブシバレー
6月1日 かりゆしウェアの日
6月13日 旧海軍司令部壕慰霊祭
6月16日 旧5月5日 グングヮチグニチ
6月17日 沖縄返還協定が調印された日
6月18日 海外移住の日
6月23日 慰霊の日
6月26日 旧5月15日 五月ウマチー
6月30日 宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のあった日
7月1日 沖縄県産品の日
7月8日 那覇の日
7月10日 指笛の日
7月15日 マンゴーの日
7月26日 旧6月15日 六月ウチマー
7月30日 7・30(ななさんまる)
8月1日 パインの日
8月5日 裏ゴーヤーの日
※このあたりから、記事のアップが追い付かなくなってきたらしい…
9月4日 古酒(クース)の日
※10月17日は沖縄そばの日なのに、その記事がない!
10月25日 空手の日
11月1日 泡盛の日
※抜けた穴を、二年目で埋めようとした。また二巡目の説明はさらに詳しく、と…
2011年
1月11日 二巡目の鬼餅(ムーチー)※二巡目をどうしようかと…
2月2日 旧12月30日 年の夜(トゥシヌユル)※明日から二巡目を始めるにあたり…
2月3日 旧1月1日 二巡目の正月
2月3日 二巡目のニンジンの日
2月4日 旧1月2日 二巡目のハチウクシー
2月5日 旧1月3日 二巡目の三日の祝+今年のトゥシビー
2月6日 旧1月4日 二巡目のヒヌカンウンケー(火神加那志の下天)
2月8日 旧1月6日(この年の初牛) 二巡目のアマウェーダー
2月9日 旧1月7日 二巡目の七日の祝(ナンカヌスク)
2月18日 旧1月16日 後生の正月・正月十六日
  ※「この日何の日」のなかなかアップできない状況も…
2月22日 旧1月20日 二巡目の二十日正月(ハチカソーグァチ)と尾類馬
3月2日 二巡目の裏ニンジンの日+1974年3月2日に那覇市小禄で起こったこと
3月4日 二巡目のサンシンの日
3月5日 二巡目の珊瑚の日
3月8日 二巡目の三板の日+1982年3月8日、具志堅用高が14回目の防衛に失敗した日
そして大震災が起こる。それでも続けようと努力したのだが…
5月8日 二巡目のゴーヤーの日は無内容。
5月15日 二巡目の沖縄本土復帰記念日は何も書けなかった。


それから6年、ブログはボロボロになった。ブログなどボロボロになってかまわないのだが、今一度、ボチボチと過去の記事も埋め始めた。これからは、過去の記事をアップする場合は、いつ穴埋めしたのかを冒頭に記しておこうと思う。いつか穴埋めが終わった時にも、ボロボロであった痕跡が分かるように。しかし、死ぬまでに埋めることが出来るかどうか。

中途半端な“沖縄この日何の日”も、ゆっくり完成させよう。
というワケで、今日は沖縄そばの日について。
でも、2009年の10月18日に沖縄そばの日についてきっちりアップしているので、そこからコピペして手を抜くことにする。

『沖縄大百科事典』「沖縄そば」の項より抜粋。
「麺は平打ちのうどんに似て小麦粉で作り、ゆでて油をからませる。昔は灰汁(あく)の上澄みを使ってねり平打ちにしていたが、現在はほとんどみられない。」
日本の全国生めん類公正取引規約には、そば粉が30割以上使われていないと「そば」と表示してはならないとある。だから小麦粉100%の沖縄そばの「そば」はこれに抵触しているとして、復帰して4年後、1976年に名称の変更を余儀なくされた。
しかし「そば」は琉球王国の宮廷料理で、「そば」は沖縄の伝統的な呼称なのだ。そこで粘り強い折衝を重ね、1977年10月17日、ようやく「沖縄そば」という名前の使用が許された。許された? おかしな話である。県内のみ許可。なんともお役所仕事である。
翌78年のやはり10月17日、名産・特産扱いという裏技を使って、ようやく全国で「沖縄そば」の名称使用が可能となる。
(といっても本土への移出認可は1987年であった。ちなみに元来宮廷料理の「沖縄そば」は、明治になってからも一部の金持ちの食べ物だった。庶民が食べるようになったのは戦後のことである。)
そして…
1997年、沖縄生麺協同組合が10月17日を「沖縄そばの日」に認定したのである。

あらためて、「この日何の日」の記事一覧を、アーカイブの記事としてアップすることにしよう。その記事リストに、今日の記事を加えておこう。
 ⇒沖縄「この日何の日」一覧

tag: 沖縄この日何の日  沖縄そば  沖縄大百科事典 

連載エッセイ風宣伝文(最後の足掻き1)

喜多見と狛江の小さな映画祭+α 2017
いよいよ明日開幕です。

そこで…
最後の足掻きです。

スケジュール

少し(だいぶ)長いけれど、読んでください。

初日20日の日曜日は西河原公民館3階の多目的ホールにて。
この日のテーマは「夏休みの一日」です。

最初のプログラム(10時~)は「あの、夏の日 とんでろじいちゃん」、大林宣彦監督の作品です。尾道シリーズ全6作品の最後、大林監督は、この作品で初めて尾道弁を使いました。自前の字幕は、その尾道弁をそのまま文字起こししています。
「目に見えるもんが見えんで、見えんもんが見えることがある。どうしてじゃろうのう」
「橋が出来ると人は海を忘れる。海を忘れないためにも、橋に感謝することを忘れないためにも、元気な者は、島まで泳いで渡らなければならん」

なんとも今回の映画祭を暗示するようなセリフです。
おじいちゃんは最後に「お前に孫が出来たら話してやるんだぞ」という。なぜ子どもではなくて孫なのか、そもこともずっと僕の頭の中に残っています。
最後に、この映画に向けた大林監督のメッセージをご紹介します。
「20世紀を生きたおじいちゃんと、21世紀を生きるこどもたちに、この映画を捧げる」
是非、ご家族でお越しください。そして夏休みの一日、いつまでも心に残る思い出を作ってください。
なお、この作品は、23日(水)に喜多見駅徒歩6分、甘味処わらびーでも上映されます。
わらびーは訪問介護の会社が、誰でも集まれる場所を作りたいとはじめられたお店です。車椅子の受け入れOK、トイレも大丈夫です。車椅子が上がれないM.A.P.にとって、今後わらびーさんとは、是非お付き合いをさせて頂きたいと思っています。
皆さんのお越しをお待ちしています。

20日(日)夏休みがテーマその2。
特別企画“夏休み こどももおとなもみんなで食堂”!
「あの、夏の日 とんでろじいちゃん」(12時過ぎ終了予定)と、18時からの「二十四時間の情事」の間に同会場で開催されます。
この企画は入場無料です。
どうしてこんな企画が立ち上がったのか、要するに、上映可能なちょうどいい夏休みの映画が見つからなかったのですが、でもせっかくだから何かをと、最近狛江で始まったいくつかの「食堂」(…といっても通常の飲食店ではなく、ここから先がなんとも説明しにくいのですが、参加してくださる団体さんが作ったチラシによると「食堂系ボランティア団体」)に、何かおやりになりませんかとお声を掛けたら、たくさん集まってくださいました。
「月末食堂」
「ごはん+居場所 おかえり」
「みんなの居場所」
「こどもの多摩里食堂」(有志)

そしてそれらの団体さんのいくつかに食品を提供されている「フードバンク狛江」さん。
当然、老舗の「狛江子ども食堂」さんにも声を掛けました。でもさすがにNPO、すでにこの時期たくさんの活動されていらっしゃり、また、理事会等にはからなければいけないとのことで、今回は残念ながら参加は叶いませんでしたが、応援してくださっています。
映画を見た後(見なくても)、おいしい「天ぷらそうめん」やクレープが食べられるらしい。子供は無料、大人は実費程度とのことです。
そして会場では、いくつかの楽しそうなパフォーマンスがあります。
その中で、大道芸をやってくださる星野りゅーたさんをご紹介します。りゅーたさんは、​幼少期から音のない世界で健常者と共に育ち、補聴器から入るかすかな音と口の動きを読み取る読唇術でコミュニケーションをとるという方です。
今回の映画祭は、なんだかんだ聴覚障がいに関わることがいっぱいあります。しかし、だからりゅーたさんのような方を選んでお願いしたというワケではありません。それはほんとに偶然の出会いなのです。なんだかとっても不思議なんだなあ。
そういうわけで、色々満載の“みんなで食堂”、映画祭のスタッフもとても楽しみにしているのです。
ちなみに、会場では食堂スタッフ一同、首から筆談ボードをぶら下げて、耳の聴こえない方にも一生懸命対応しようと思っています。またそれでは対処できない場合、手話通訳の出来る頼もしい方が映画祭の実行委員におりますので、いつでも飛んでいきます。
そんなわけで、映画を見た後や見る前に(見なくても)、どうぞお気軽に遊びに来てくださいね。

“夏休みの一日”最後のプログラムは18時スタートです。
邦題「二十四時間の情事」、いったいどうしてこんな題名にしたのでしょう。きっとずいぶん勘違いして映画を見に来た人たちがいたんじゃないかなあ。
原題は“Hiroshima mon amour”です。なので多くの日本の方々は「ヒロシマわが愛」とこの映画を呼びますが、今回その名前で告知しようと思ったら、配給会社からストップがかかりました。あくまでも正式な邦題は「二十四時間の情事」なのだそうです。
個人的な話なのですが、ホントに懐かしい映画。ずっと「好きな映画だよ」と誰彼に伝えていたのですが、今回30数年ぶりにあらためて見て、ふーん、こんな映画だったっけなあという感慨がありました。
ウチの映画祭でも上映した日本映画「ヒロシマ」の映像が使われています。当時、そんなこと気にしていなかった。
映画の冒頭で、こんなセリフが語られます。
女「私は広島を見た」
男「君はなにも見ていない」

もしかすると僕も、当時見たのだけれど、しかし実は何ひとつこの映画の本質など見えていなかったのではないかと思うのです。
きっと昔見たという方もたくさんいらっしゃるに違いありません。どうですか、今一度、この懐かしき名作を見て、過去を確かめてごらんになりませんか?
この作品は、26日(土)の14時半から、M.A.P.でも上映します。こちらでは、お酒でも飲みながら、いかがですか?
因みに、この作品は基本フランス語の映画なので、字幕付きです。文字起こししたのは、殆ど、ラストの日本のおばあさんと男の会話だけでした。

初日から二日の間をおいて、23日(水)が2日目です。

2日目の10時半から「FAKE」
私事ですが、この映画の主人公である佐村河内氏のゴーストライター新垣氏、その師匠である中川俊郎氏は知り合いです。実はその中川氏に、「FAKE」の上映会でゲストに来てもらおうかと思って打診をしました。答えは、もし新垣氏が弟子でなかったら、面白いねと参加したかもしれない。しかしやはりこのナイーブな問題を、弟子の新垣氏が日本の音楽界にとって貴重な宝であると信じるがゆえに、気軽に話すワケにはいかないのですと、丁重に断られました。
そのかわり中川氏は、新垣くんの事務​所からこの映画に対する公式な見解が出ているよと教えてくれました。
映画「FAKE」に関する新垣隆所属事務​所の見解
 ⇒http://www.takashi-niigaki.com/news/576
いずれにしろ、ウチの映画祭は、どんなドキュメンタリーでも盲目的にその作品の「真実」に加担することはありません。それこそ我が映画祭の重要なポリシーです。
上映後、いくつかのことをお話したい「ネタ」があるのですが、もし聴覚障がいの方が来られた時、この日も、二回目の上映の8月25日(金)の19時にも、手話通訳をお願いする方が見つかっていません。どちらも会場はM.A.P.です。
なんとか筆談等で対応しようとは思っているのですが…
もしボランティアで手話通訳をお願いできる方がいたら、是非ご紹介ください。

14時からは「天皇と軍隊」です。そしてこの作品は、最終日(27日)の最終プログラム(18時から)でもあります。〆は、元一水会最高顧問の鈴木邦男氏のトークです。
鈴木氏はこの映画にも出演されているのですが、以下のようなにコメントされています。
「1970年当時は愛国心だとか憲法改正とか天皇の問題とかそういうことを語るのは少数派でした。現実問題として三島由紀夫さんは、憲法改正を訴えるために死んだわけですから。憲法改正ということは、タブーだったし言えなかった、ですから命を懸けて言わなければならないテーマだった」
右翼とか左翼とか、そんな分け方は、世界が単純だった冷戦時代ならば有効だったのかもしれませんが、もうそんな時代ではなくなりました。にもかかわらず、いまだ右翼っぽい人がいたり、左翼っぽい人がいたりする。その左翼っぽい人たちは、天皇制について云々するのは今だにタブーだと言います。天皇制反対などと言おうものなら、右翼が街宣車でやってくると憤ります。でも、鈴木さんに言わせれば、憲法改正を主張することもタブーだったということになる。その原因は、左翼っぽい人たちの「憲法改正絶対反対」という原理主義ではなかったのか、そしてそれは今も続いているのではありませんか?それは「天皇制を議論することのタブー」と、どこが違うのだろうか…
…なんてね、こんなことをこうして語ってしまう僕は、もしかすると右翼っぽい人なのかもしれない。なんだか危ないなあ、大江健三郎の「政治少年死す」みたいだ。
でも、こんな映画祭を主催している僕のことを、ありゃ左翼だとレッテルを貼っている人がいっぱいいるはずです。
つまり、申し上げたいことは、世界はさほどに単純ではないのだということです。どうでしょうか、右も左も前も後ろも、みんな同じ地平に立って、この複雑な現代と、それに続く未来の在り方について、一緒に考えてみませんか、色々と。

2日目の19時は“わらびー”にて「あの、夏の日 とんでろじいちゃん」(前掲)

三日目24日(木)は一日中央公民館での開催です。

10時から「第九条」です。
実はこの映画、ある友人から是非とも若い人たちに見てもらいたいから映画祭でやってくれないかと頼まれた作品なのです。でも新しい映画でもあるし、ちょっと難しいと思うよと伝えました。
「監督の名前も正樹だから大丈夫だと思う」とか言われて、じゃあまあダメ元で、と聞いてみたのです。そしたらトントンと話が進み、上映できることになりました。
しかしねえ、「若者に見せたい」ねえ、そこがなかなか難しい。今の若者は忙しい。それから、お金もあんまり持っていないみたいで、アルバイト、大変そうです。
どうしてなんだろう、僕だって学生時代はアルバイトしていたし、でも一日中北海道の草っぱらに横になって空を見ていたり、けっこうヒマだったような気がする。
というわけで、この日の上映以外に、何とか一番集客できそうな枠、26日の土曜日ラストの上映を決めました。終わってからも話す時間があるように、18時というちょっと早めの時間設定。会場はM.A.P.です。でも、今のところ若者からの反応はありません。
話を戻しましょう。この映画をやりたいと言った友人が車椅子ユーザー。なので、一回目の上映を、車椅子受け入れOKの狛江市中央公民館の日にしたのです。
ところが…
友人に怒られました。
「そんな早い時間に行けるか!」
そうか、朝の人の多い時間、世田谷線に乗って、小田急線に乗って、10時なんて時間に到着するなんて、命懸けだって。いやいや気がつかなかった。初日、夏休み企画に拘らなければ、そこで出来たのだけれど後の祭り。ひとつひとつ勉強です。
「あれ、だけどさあ、●●さん、あなた映画もう見たんでしょ、だから見なくてもいいんじゃない? 上映が終わった頃に来て、話し合いに参加すればいいんじゃないの?」
「あ、ホントだ、目からウロコ」

というわけで一件落着。
でもねえ、若い人たちに見せたかったんだよねえ。若者、来るのかなあ…
この映画、「天皇と軍隊」と較べると、ある意味ものすごく分かりやすい。というか、憲法第九条改正の賛成派と反対派との、今でもホントにありそうな議論を、若い俳優たちが再現しています。あらためて憲法第九条を理解するには絶好の作品です。その意味ではホントに若者にお勧めです。
また、少しでも「九条」について考えたことのある人ならば、きっと自分の意見に近い登場人物が発見できるはずです。
敢えて言うとね、ちょっとステレオタイプで、少し浅い議論だなということ。そのことを、冷静に認識してみるのも面白いと思う。たぶん、この議論では出口は見つからない。その意味では、若い人だけではなく、ずっと「運動」をやって来た方々にも見て欲しいと僕は思います。
そしてできることなら、「天皇と軍隊」と、併せて見るのがすごく面白いのではないか、そう思うのです。
ああ、しかし、「天皇と軍隊」の上映会場は、二日とも車椅子に対応していないM.A.P.だ、また●●さんに怒られるよう…
なお、24日は、手話通訳の出来る実行委員さんがいらっしゃます。ああ、なかなか「みんなで」を実現するのは難しいです。忸怩たる思い。

13時からはいよいよ「フリークス」です。
佐村河内氏を追った「FAKE」が、他者から最も分かりにくい「障がい」を扱った映画であることに対して、この「フリークス」は、敢えて言えば最も分かりやすい障がいを持った人々の話です。
「FAKE」のポスターでは、「ドキュメンタリー」という言葉と、「出演」という言葉が、意味深に強調されて並べられています。
一方、この「フリークス」は、当時のサーカスや見世物小屋のスターたちが文字通り演技をしているわけですが、その「異形」の姿は、まさに真実、ドキュメントなのです。
今の日本、外形からはっきりと障がいと分かる人たちを差別してはいけないというモラルは、少なくともルールとしては共有されてきました。しかし、分かりにくい障がいに対する理解は、はたしてどれほど進んでいるのでしょうか。そんな意味でも、「フリークス」と「FAKE」も併せてみていただきたい作品です。
《フリークスに出演しているスターたち》
ハンス(小人症):ハリー・アールス
フリーダ(小人症):デイジー・アールス
ロスコー(吃音症):ロスコー・エイツ
シャム双生児:デイジー&ヴァイオレット・ヒルトン
骨人間(るいそう):ピーター・ロビンソン
ひげの濃い女性:オルガ・ロデリック
半陰陽者:ジョセフィーヌ・ジョセフ
クー・クー(ゼッケル症候群):クー・クー
ジップ(小頭症):エルヴァイラ・スノー
ピップ(小頭症):ジェニー・リー・スノー
シュリッツ(小頭症):シュリッツ
ハーフボーイ(下半身欠損):ジョニー・エック
腕の無い女性:フランシス・オコナー
生けるトルソー(手足欠損):プリンス・ランディアン
アンジェロ(小人症):アンジェロ・ロシェット
鳥女:エリザベス・グリーン

このスターたちの連名は見て、ボクは何故か、津久井やまゆり園の被害者たちのお名前が公表されないこととを思い出しました。
以下、ブログの告知文から転載します。
「この映画を上映プログラムのひとつに選んでいいのかどうか、実はかなり悩んで、色々な人に相談しました。障がいを持った人たちの中には、嫌悪感を抱く方々もいるだろうという話も伺いました。
しかし、ボクはこの映画を見終わった時、フリークスのスターたちが親しい友達のように私の心の中に残っていることに気付きました。上映して構わない、いや上映すべきだと、その時、思ったのです」


16時からは、今井ミカ監督の作品を上映します。
ようやく本日、ブログの告知記事が決定稿になりました。
当初予定していた「あだ名ゲーム」「食べる。」に加えて、「100ページ目の告白」という作品も上映することになりました。
<あらすじ>
ろう者の悠斗は、初めての聴者の恋人・結美とのコミュニケーションに悩んでいた。一方、結美は筆談で充分だと思い、手話の必要性を感じてはいなかった。ある日、悠斗の家に泊まった結美は、彼の寝言ならぬ「寝手話」を目撃する。「手話で話がしたい」……。
ろう者が常に感じる、聴者とのコミュニケーションの難しさを、自身もろう者である今井ミカが真撃に向き合った力作。

今回、手話通訳について、色々と悩みました。
これまでの経緯をブログに別途記事にして報告しました。そこから抜粋してここに転載します。
ひと口に手話と言っても、日本の手話には日本語と同様に様々な方言があります。そのことは前から知っていました。しかしそれとは別に、元々ろうの方々のコミュニティーの中で生まれ、日本語とは全く違う文法体型をもった「日本手話」というものがあり、それは我々がよく知っている日本語の語順で手話単語を並べた(つまり日本語が出来る人たちにとってわかりやすい)手話を「日本語対応手話」とは別物だということを、今回初めて知りました。
今井ミカ監督にとっての第一言語は、日本語ではなく「日本手話」なのです。「日本語対応手話」(イコール「日本語」ということですが)もお出来になりますが、苦手だと伺いました。だから、自らの思いをきちんと伝えるためには、やはりトークは「日本手話」で話したい、そんな思いがおありなる。当然のことですし、真摯に上映会のことを考えてくださっているわけですから、有り難いことです。
(中略)
(手話通訳について)切実な問題として、お金のことがあります。ただ、トークの時間だけお願いするなら捻出できないという金額ではありません。でもそのためには、上映が終わった頃においでくださいということになる。確かに、通訳の方のことを、情報保障するための道具だと割り切ればいいのかもしれない。そしてむしろ手話通訳の方々は、プロとしてそれこそを望んでいらっしゃるのかもしれません。お客様の中に、手話通訳が必要とされている方がいてもいなくても、プロの仕事として通訳をして帰る。
でも、我々はそこでハタと立ち止まってしまうのです。
たとえ聴覚障がい者がいなくても、こうした催しには必ず手話通訳をつけるということの社会的な意義も十分理解しているつもりです。それでも考えてしまう。それは、20人そこそこしか集まらないけれど、それだからこそ存在するこの映画祭のアイデンティティと深く関わる問題なのです。そしてそれについては、いずれきちんとお話しなければならないと思っています。
(中略)
今井監督から「100ページ目の告白」が送られてきて、それを拝見しました。拝見して、なるほど、この作品こそ、今井ミカさんが我々に伝えたかったメッセージなのだと得心したのです。
ここ数年、ずっと聴覚障害について考えてきました。そして、もし僕に身体がみっつくらいあれば、そのひとつは手話習得に充てたいと切実に思うようになりました。しかし残念ながら、僕にはあまり健康とはいえない不満足な体と、あまり性能の良くない頭、それぞれひとつずつしか持ち合わせがない。
ふと、沖縄出身の妻とホントにコミュニケーションを取るためには、ウチナーグチに対する理解こそが欠かせないものだったということを思い出したりもしています。

また「100ページ目の告白」について、Twitterで呟きました。それもここに転載しておきたいと思います。
「健常者」と「障がい者」の間にある障壁をどうに乗り越えるか、何も特別なことではなく、お互いに思いやる心があれば通じるのか。良き人は可能だというかもしれないが、しかし現実はそう簡単ではない。まずマジョリティとマイノリティの置かれた状況が、決定的に非対称だという認識が必要なのである。
だから成熟した社会は、考慮しなければならないのはマジョリティの側であるというルールを採択するのである。そのことがどれほど社会に浸透しているか、その程度がどれだけ成熟した社会であるかのバロメーターになる。
しかし今井ミカは「100ページ目の告白」に恋愛関係を持ちこむことによって、いったんは非対称の関係性を無化して見せるのだ。その時、耳の聴こえないひとりの男性と、彼を愛した「聞こえる女性」は対等となる。むしろ聾のコミュニティーに入り込んだ彼女の方が、マイノリティーとなる…
さて、ふたりの筆談ノートの100ページ目に書かれた告白とは。ふたりの(あるいは聴覚障がいを持つ今井監督の)選んだ「方法」はいかなるものだったのか。そこに貴方は、個人的な関係の普遍的な解決策を見出すのか、あるいはそこに限界を読み取ってしまうのか…
思索のための私的な【覚書】である。

今回の映画祭で、本プログラムは、皆様に最も見て頂きたいもののひとつになりました。
ぜひともたくさんの方々においでいただきたいと存じます。

19時からは瀬戸洋平さんとのコラボライブイベントです。
第一部は、狛江の篠笛奏者である瀬戸洋平さんと高山正樹の朗読のコラボ…
「耳なし芳一」の再々演。いわば聴く映画
【初演時のプログラムから抜粋して改稿】
我々の西洋的な自我は視覚に支えられています。しかしそれは、我々が視覚に縛られているかということでもあります。
そんな視覚から自由になるために、平家物語における「主語の揺らぎ」を参考にして、今回のテキストにも採用してみました。
目が見えないから見えるモノ。
目が見えるから見えないモノ。
目が見えるばかりに却って見えなくなってしまったモノを聞く為に耳を澄ましてみてください。
瀬戸さん曰く…
「盲学校では、健常者の世界で生きていくために、余計なモノを聞かない訓練をしてきた」
新しい発見を、瀬戸さんとボクは楽しんでいます。皆さんも一緒に楽しんでください。

第二部は狛江で初めての試みです。
「瀬戸さんと一緒に絵画鑑賞」
【ブログの告知記事から抜粋】
目の見えない瀬戸洋平さんと一緒に絵画を鑑賞するわけですから、瀬戸さんに絵画の説明をするのかと思いきや、ちょっと違うのです。
瀬戸さんはおっしゃいます。
「それでは面白くない。見える人が説明しなければならないと思ったら、それだけで疲れてしまうし、実はそういう説明は、目の見えない人にとってもあまり面白くない」
このイベントは、瀬戸さんが目の見える人たちに知りたいことを質問していくという形で進められます。どちらかがどちらかを楽しませるということではなく、目の見えない人も見える人も一緒に楽しむ。質問に答えてた人は、そのことによって絵画から呼び覚まされた自らの感覚を自覚的に認識し、またそれを聞いた人たちは、目の見える人も見えない人も、答えた人の感覚を共有することになります。なるほど、そういう見方もあるのか、なるほどそういう感情も沸き上がるのか、と。
「瀬戸さんと一緒に絵画鑑賞」は、自分と他者を発見する場となるに違いありません。
さて、どんな絵を準備しようかなあ。


25日(金)から、いよいよ後半戦に突入!

13時「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男」
偏ってないかって?偏ってます。ものすごく。突き抜けて反対側から出てきてしまうほど。
映画の中で針生一郎氏が語る話は難解。しかし、すこぶる面白い、ボクは。それはきっと、大浦氏が映画監督である前に画家だからだとボクは思っています。大浦監督にとって重要なのは、針生一郎の言説ではなく針生一郎という存在なのではないか。
“大浦信行”と”遠近を抱えて”とを「画像」で検索してみてください。ね、偏ってるでしょ。
例えば富山県立近代美術館は、右翼団体や神社関係者から大浦信行作品とその図録の非公開、さらには焼却処分まで求められた、そんな作品です。
大浦監督はその頃、美術批評家である針生一郎氏と出会うワケです。
ともかく、ご興味のある方は是非ご自分で色々と調べてみてください。
え?なんでそんな偏ったものをやるのかって?いやいやだって面白いのです。「言説」ではなく「アート」として。針生氏は、美術批評の目で現代を解釈する必要性を説くのです。そうしなければ到達できないモノ。そこに、左も右もありません。
もうひとつ、24日以降の作品群、なんだか今年やっておかないと、来年できなくなって後悔するような気がしたのです。共謀罪?いえ違います。本来、思索とは実に複雑で晦渋なモノですが、そこに没頭するのに最低限必要な時間を、来年は捻出できないような気がしたのです。右だろうが左だろうが、短絡的で暴力的な時代になる前に、アートで遊びたかったのです。
「果たして、思索は映像化されうるのか…」
この映画のコピーです。
すいません、分かりにくくて。
続編が27日の13時30分から上映されます。都合のつく方は、是非そちらも併せてご覧いただきたいと思うのです。

16時からは「断食芸人」です。
監督は足立正生氏。ではブログの別途作品紹介記事にアップした足立監督のプロフィールの抜粋から。
【足立正生監督プロフィール抜粋】
日大芸術学部中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。
1971年にカンヌ映画祭の帰路、故若松孝二監督とパレスチナへ渡り、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、パレスチナゲリラの日常を描いた『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作。1974年重信房子率いる日本赤軍に合流、国際指名手配される。1997年にはレバノン・ルミエ刑務所にて逮捕抑留。2000年3月刑期満了、身柄を日本へ強制送還。

『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』は最終日27日10時半から上映します。午前中から見る映画じゃないかも(笑)
「断食芸人」はそんな足立監督の最新作です。
こんな経歴の人間が撮った映画なんて…とか言わないこと。だって見てみたくありませんか?そういう好奇心こそが重要なのです。
「断食芸人」の出演者は…
山本浩司(断食男)
桜井大造(興行師)
流山児祥(呼び込み屋)
本多章一(監視人)
愛奏
伊藤弘子(女医)
井端珠里(若い女)
安部田宇観
和田周(老僧)
川本三吉(若い僧)
吉増剛造(吉増剛造氏)

流山児祥氏が現代版「人類館」の調教師と思しき役をやっているのも、個人的にはとてもくすぐられますが、なんたって桜井大造という名前が気になる。僕が最も好きだった、でも今はもうない劇団「風の旅団」の主宰者です。
9月14日(木)~18日(月・祝)まで、井の頭公園西園文化交流広場(ジブリ美術館となり)に特設テントを立てて、野戦之月というアマチュア劇団が公演するのですが、その座長が桜井大造氏で、ボクも案内を頂いていて、行くことにしています。
ウィキペディア【風の旅団】より
1989年の東京大学駒場寮公演で学生5名の逮捕者を出す刑事事件となったことをはじめ、多くの刑事事件に関わっている。関係者は「テーマとして、朝鮮、山谷寄せ場など政治的な問題を扱っていたため、国家権力からの弾圧も受けている」からだと考えている。
あらら、大丈夫かな、こんな映画祭やって(笑)
大丈夫です。皆さんはちゃんと自分の頭で考えていらっしゃるのだから、何を見たって洗脳なんか絶対にされません。
全然映画の説明じゃなくてごめんなさいでした。

25日最終19時は「FAKE」(前掲)の2回目の上映。

残るはふつか。26日の土曜日!
11時「フリークス」(前掲)は2回目の上映。
14時半の「二十四時間の情事」(前掲)も2回目の上映。
18時「第九条」(前掲)の“若者来たれ!”ということでやはり2回目の上映。

そして最終日27日の日曜日です。

10時半から「赤軍PFLP・世界戦争宣言」
少し真面目に。(今まで不真面目だったわけではありませんが…)
【ブログの告知記事より転載】(なんだ、真面目じゃなくて手抜きか?)
世界をパレスチナの視点で描く!
パレスチナ解放のために闘うアラブゲリラに迫った伝説のドキュメンタリー。劇場公開を拒否し、世界革命のためのニュース映像として、全国の大学や工場などで上映された。
…その当時、学生や労働者たちは、この映画をどのように受け止めて見ていたのだろうか。今も「労働運動」という形態は存在するわけで、そこに携わる人たちは、この映画を見てどう思うのだろう。今の彼らに世界革命闘争などと言ってみたところで、彼らの興味は、不当解雇の糾弾と賃上げの闘いにしかないように見える。
(平和運動?それは労働運動なの?) 
是非とも色々と聞いてみたいと思うのだが、果たしておいでくださるだろうか。まさかその代わりに右翼の街宣車がやって来るとは、もはや到底思えない。つまり、半世紀隔てた今、この映画の中で語られる言説には、それほどにもリアリティがないと、僕には感じられてしまうのである。なぜだろう、かつてあれほど近しかったのに。
字幕付きで見ることが出来るようにと、今、この僕が文字起こしをしているのだが、2分に1度くらい瞑目するので、遅々として進まないのである。
(文責:高山正樹)

ともかく最後の、元赤軍リーダー重信房子のインタヴューは必見なのです!
そして上映後には、足立正生監督のトークがあるのです!

13時30分からの「9.11-8.15 日本心中」、これが最後の紹介作品です。
できることならば前作である「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男」と、元赤軍リーダー重信房子のインタヴューがある「赤軍PFLP・世界戦争宣言」を見ておくと、もっと楽しめるかもしれません。なにしろ、「9.11-8.15 日本心中」は、重信房子の娘、重信メイさんが海をみつめる姿で終わるのですから。
重信メイさんのことを、針生一郎氏は「事情は分かっていながら、あまり理屈を言わない」と評します。重信房子とパレスチナの闘士の間に生まれ、二十歳過ぎまで無国籍だった重信メイ、今住んでいる日本で、これから何をしていこうかと静かに語る彼女に、なぜか希望を感じるボク。もしかしたら、大浦信行監督と、美しい女性であるメイさんが仕組んだアートというフィクションに、ボクは、まんまとしてやられているのかもしれません。
そして映画祭2017のメインイベントが「鈴木邦男vs.足立正生のトーク」です。

そして興奮も冷めやらぬまま最終は18時から「天皇と軍隊」(前掲)二回目の上映です。
〆は鈴木邦男氏のトーク

連載エッセイ風の宣伝、最後までお付き合いくださり、心から感謝申し上げます。
集客にとても苦労しています。
是非とも映画祭にお越しくださいますよう。

「多数派のエゴ、その先は」という記事のこと

今朝、事務所のポストに大きな茶封筒。朝日新聞の松下秀雄報道局編集委員(記者とは違うのかな)から、ご丁寧なお手紙と共に新聞が届いた。
多数派のエゴ

この新聞記事をこうしてアップするまでには、松下さんと若干のやり取りがあった。そのことは、下記の記事に書いた。
 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-4523.html

まずは「喜多見と狛江の小さな映画祭」に触れてくださったことに心から感謝を申し上げ、そして…
取り急ぎ、今日のところはここまで。

tag: 松下秀雄  上田要 

「内容が偏ってる」というコメントに対して…

Facebookで沖縄好きが集まっているらしい非公開のグループに参加している。
集客に苦労するのは毎度のことだが、今回は特に告知が遅れていて、なので藁をもつかむ思いで、そのグループに、昨日の13日の金曜日、映画祭の本チラシ裏表を投稿してみた。「こんな映画祭があります」という簡単なコメントだけ添えて。

概ね好意的な反応。といっても、3000人近いメンバーがいるのに、反応は30人足らず。それでも他の投稿よりマシで、つまりあんまり活発に動いているグループではないらしい。いったい、何人くらいの人の目に止まったのか、それも定かではない。

そこに本日14日のお昼過ぎ、13日の金曜日に投稿したのが悪かったのか、次のようなコメントが付いた。「ひどいね」マークと共に。
「内容が偏ってる様な気がする…
沖縄発の最も
(←ママ)素敵な映画は沢山あるのに。」


ボクはしばし考えた。慌てて反応すると、ロクなことにはならない。

そういえば思い出した。第一回の映画祭が終わってずいぶん経った時に、どこかの居酒屋で、「左の映画祭だって言われてるよ」と教えられたことがあったっけ。
はじめての沖縄映画祭の時だったか、沖縄の「お」の字でもつけば政治的と見做すというようなことを、市では言っているとか、そんな話を関係者から聞かされた。

ああ、あんなに、「まずは知ることから始めよう」と宣言してきたのに、且つ「ドキュメンタリーはフィクションである」ということも忘れないように、だからこそ単発上映ではなく、映画祭にして世界を多角的に見ようとしてきたのに、こんなふうにレッテルを貼られてしまう、その理不尽。

しかしレッテルを貼られるには致し方ない事情もある。我々のような小さなグループが映画を上映しようと思えば、やはり上映料が大きな問題となる。大手映画会社の作品は、おいそれと上映できるものではない。どうしたって自主制作映画の、特にドキュメンタリー作品から選ぶことになる。そうした採算度返しで作られる作品たちは、監督さんが自腹を切ってでも伝えたいことがあるという「思想」に支えられてる。そんな作品だから、やはり今の世の中に疑問を抱き、現状を問い、糾弾し、あるいは世の中の片隅で忘れ去られている現実に光を与えるようなモノが多くなるのは必然なのである。

だいたい、芸術や表現というモノが、世界との親和性の中から生まれるとは、僕には到底思えないのである。権力に寄り添うような、いわば国策映画が出て来るような時勢の後に世界でどんなことが起こってきたか、歴史が証明しているではないか!なんて、本当は言いたい気持ちもあるのだけれど、それでは全く対話にはならない。お互いに旗振って終わりになる。

実は沖縄映画祭の上映作品選定に際して、こんな表を使っている。
作品選び
横軸は、左が文化、右が時事問題。縦軸は、上が昔で、一番下が今となる。例えば復帰の頃の沖縄の自然を扱った映画があれば、ど真ん中あたりの作品ということになる。そこに作品名を記入した付箋を貼っていくのだが、色は「沖縄本島」「八重山」「宮古」「奄美」の違いを表している。
ある程度上映作品が揃った段階で、集まれる実行委員何人かで、この作品はどのあたりかね、などと考えながら、ひとつづつ付箋を貼る。そして最後に全体を眺めて、この辺にピンクが足りないねえ、とか、ここの空いたところに青が欲しいねえとか、そんな映画あるかなァというようなやり取りをしながら、ラインナップを詰めていくのである。

実は今回、最終的な作品決定に至るまで、とっても手間取った。それにはいくつか理由があるのだが、一番の影響は、去年の12月20日、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立ての承認を取り消した翁長知事を国が訴えた訴訟の上告審判決であった。最高裁第二小法廷はこの日、県側の上告を退け、県の敗訴が確定した。

これで、年明け、辺野古が動く。

それまで「圧殺の海-沖縄・辺野古」「圧殺の海 第2章『辺野古』」も、上映作品リストにはなかった。高江の作品だけでいいと考えていたのである。しかしこうなってみると、「丸ごと沖縄」を目指す我々としては、辺野古なしで今の沖縄は語れない、それなしで済ますわけにはいかなくなったのである。

さらに追い打ちをかけるように、中山石垣市長が26日、自衛隊配備を受け入れると表明した。
考えて見れば、今までウチの映画祭ではたくさんの沖縄の映画をやってきたのに、自衛隊に関する映画はやっていない。だいたい、自衛隊を扱った映画が少ない。(そういえば天皇を扱った映画もないなあ…)
自衛隊、今やらないでいつやるのだ!と、そんな気持ちになった。そこで、急きょ「はての島のまつりごと」の上映を決定したのである。

さて、そうなってあらためて作品選択のための表を眺めると、やっぱり右下(現在の時事問題)が重い。
※ここで一言申し上げておきたい。時事問題が重くなったからと言って、決してそれは思想的な「左」を意味しない。確かに辺野古と高江の映画については反基地の主張が鮮明である。そしてそれについてとやかく言われる筋合いは全くないと思っているのだが、「はての島のまつりごと」については、決して反自衛隊を主張する映画ではない。賛成派も反対派も、どちらでもない人も、淡々と島の人たちを追いかけている。どちらの立場も、監督の視線であることに変わりはない。

というわけで、あまり政治とは関係のない骨太な作品がどうしても欲しくなった。それで浮かび上がってきたのが、大林宣彦監督の「風の歌が聴きたい」だった。
前から気になっていた映画、でも、メジャーの映画を撮っている大物監督の映画なので、それだけで無理かなという先入観があった。しかし今回の映画祭ではバリアフリーも大きなテーマ、「聴覚障がいを持った若い夫婦が過酷な宮古島トライアスロンに挑む」というこの映画は、是非やりたい作品として一度は検討していた。ところが、配給会社が倒産したとか(夜逃げしたという話があったり)で見つからず諦めていた。いや、考えてみれば、むしろ配給会社が存在しないのはチャンスだったのである。ダメ元で再挑戦、直接監督さんにアプローチしてみることにした。そうしてやっと大林監督の事務所にたどり着いたが、時遅かりし、あちらが年末年始のお休みに入る間際であった。結局しばらく連絡も取れず、もう諦めるしかないと実行委員のみんなに宣言したその日、上映許可の連絡が来た。もう正月気分も抜けた連休直前の7日のことだった。これで、あのバランスシート表が希望通り埋まった。

さて、話を戻す。
夕方まで考えて、僕は「内容が偏ってる」というFBの沖縄好きグループのコメントに対して、次のように返信したである。

「高倉健の沖縄ヤクザの映画とかもやりたいんですけどね、でも大手映画会社の映画は我々のような小さいところの力では上映できません。どうか東映とかに頼んでください。日活さんみたいにできるようにしてくださいと。
そういう高いハードルがありながら、私たちはものすごくバランスを考えてラインナップしています。
もしかして●●さんは、辺野古や高江の映画ばかりに目を奪われてはいらっしゃいませんか?
『宮古島トライアスロン』には安倍首相夫人とか自衛隊配備を容認した下地敏彦宮古島市長とかも出演されています。
『沖縄/大和』では、例えばあの手登根さん(オスプレイファンクラブ代表?)へのインタビューもしています。
『人魚に会える日。』を見た反基地の人たちには、もやもや感一杯の方たちもいるらしい。
そしてそれらの作品は、どれもこれも決して安倍首相夫人や下地市長や手登根氏や、基地推進派の人たちを否定的に扱っているわけでもありません。
他にも、組踊の映画を始め、オキナワノコワイハナシとか、政治色などの全くない様々な映画がいっぱいあるんですよ。」


※1月20日現在、これについて●●さんからの返信はない。そして「いいね!」がひとつ付きました。

tag: 映画祭のこと  高江  辺野古 

都知事選挙前日の朝に

都知事選挙前日の朝、Facebookに投稿したこと。



長くてごめんなさい、です。

沖縄の金城実さんから電話があったのはもうだいぶ前。

勝手に金城さんの言葉を翻訳したらこうなった。
「日本中どこだってそれぞれの問題を抱えているだろう。先の参院選で現政権が勝ったというが、でも、沖縄、鹿児島、それから福島を筆頭に殆どの東北…、国家的な課題を抱えているところの選択はどうだったのか。自分の地域だけよけりゃいいという話ではないだろう。東京もそれに続け!」

憲法と地方自治をちょっと学んでみて、地方の選挙で国政を語るのはおかしいというもっともらしい言説の間違いを知りました。
地道な地方の現場で具体に触れて考え、そこから国政に向かって対等に物申し、むしろ国政をハンドリングするのは地方だということなのである。

ということはつまり、足のない空中戦をやっても構わないという話でもないわけで、その意味で僕らは、まったくもって具体を知らなすぎるということにも気が付いた。選挙の時だけ勉強したって間に合うわけがない。

本来野党共闘ってのもどうなのか。みんな意見が違うんだから、やっぱりそれぞれ候補を立てて、違いをはっきりさせて論戦するべきなのだろう。

市民と政党が一緒にってのも頂けない。本来市民は、政党とは全く別に選挙すべきなんじゃないか。そこについては言いたいこといっぱいあるのだけれど、今日は止めとこう。
でも今のところはさ、ともかく市民に勉強と選挙に対する知恵が足りていないのだから、政党に頼るのも致し方なしとしようか。(…でいいのかな、ホントに…)

どう考えたって21人も候補者がいるのに、3人だけ贔屓して報道するのおかしいでしょう。

東京都政だけで判断するなら、そりゃ色々ある。
行政能力や政策だけで選べば、誰がいいのってことは勿論ある。

でも、今回に限って言えば、ともかく今回だけは、そこじゃないってことだったんじゃないのかなあ。その「そもそも」のところ、どんどんぼかされていって、あ~あ、うまいことやられているなあって感じなのだけれど。

自民党の「日本国憲法改正草案」、自民党を支持する皆さま、ちゃんと読んだことあります?もうビックリですよ。今は触れないけれど。

そういえばずいぶん前、ウチの事務所で、秘密保護法案をものすごく勉強して、全文色々解説を入れながら、リーディングに仕立ててお客さんを呼んで見て頂いたっけ。法案、通っちゃったけど。
あれって、政府が決めた特定事業者に「秘密」を使わせるって隠された意味がある!、ボク、大発見したと思ったのだけれど、さてどうだったのか。静かに厄介な何かが、押しとどめようもなく進行しているように思えて仕方がない。

自民党の中にも現政権のやり方に疑問を呈している人が一杯いる。堂々と批判する長老もたくさん。みんな現役の時はホントに感じ悪いと思っていた方々だけれど。

小林節さんだって、護憲派にしてみりゃあ天敵みたいなもんだったのでしょうが。その人まで現政権批判。怒りが嵩じて政党まで作っちまった。

僕が心から信頼しているある若き衆議院議員、彼は保守本流を目指しているが、やはりいくらなんでも現政権はダメだと言う。
保守本流と言えば、かつての宏池会、その流れをくむ谷垣ちゃんなんか、今や目が死んでいて、国会答弁もただ官僚の作った原稿を棒読みするだけだと聞いた。

「とんでも」だと思っていた小林よしのり氏ですらアベ批判。

先日、元一水会最高顧問の鈴木邦男氏にお会いしました。彼はなんたって日本会議の生みの親でもある。日本会議に対して、特に批判はない。みんな確かに国を憂いて、私利私欲なく活動されているとおっしゃる。利権だとか政治家の秘書になりたいとか、そんな理由で自民党を支持しているわけではない。(どうやら鈴木さんは、今の自民党の支持者は殆ど利権だとお考えのようだが。)
そんな鈴木さんが、アベ政権は暴走している。止めなければならないと、はっきりと主張している。

このテの話、数え上げればキリがないのです。
そのくらい、今の政権、危なっかしい。

色々立場もおありでしょう。でもさ、誰に投票したかなんて、誰も見ていないのだから、今回に限って今回だけは、そんなふうに考えてみませんか。

金城実さんの気持ちを代弁するつもりが、あら、僕の主張になってしまいました。

ボク、神奈川県民なんですけどね。なんか、一線を踏み越えてしまったって感じ。踵を返して、すぐまた元の世界に、河原者の棲家に戻ります。

長々と失礼しました。


facebook/masaki.takayama/1247710001968996
11時15分現在、「いいね!」×14個 シェア×4件
選挙当日午前8時現在、「いいね!」×25個 シェア×8件

tag: 金城実 

南灯寮の件について


【Facebookへの投稿】

思うところあって通常のTLにて。

沖縄読谷の彫刻家金城実氏の作品展が各地で開かれています。丸木美術館(ただ今開催中)を皮切りに、6月まで続きますが、その最後を、ウチ(M.A.P.)で受け持たさせていただくことが決まりました。
M.A.P.での日程は、当初の三日間の予定を1日前倒しにして、11日の木曜日から14日日曜日まで、四日間の開催としました。

また、M.A.P.では、元沖縄タイムスの報道カメラマン、大城弘明さんの写真展とのコラボも検討中です。

この度、その会場として、喜多見にある沖縄の学生寮、南灯寮での開催を模索してきました。たくさんの沖縄の名士が過ごした歴史ある寮で、金城実氏も寮生でした。寮の佇まい、南国の趣のある庭などは、金城実さんの彫刻ととても似合います。実さんも、この思い出の場所にご自分の彫刻が飾られるのを、とても楽しみにされていたようです。

しかしながら先ほど、寮を管理する沖縄の財団より、彫刻展の開催は許可できない旨のご連絡をいただきました。

もとより学生の本分は勉学です。南灯寮は沖縄から遠く離れて生活する学生の経済的負担を軽減する目的の施設であり、建物の所有者は沖縄県、そこから財団があくまで寮として借りているので、その賃貸契約の問題もあって、なかなか難しかったと推察されます。

ただ、もし学生の自主的な意志により、学生主催で行うのならば可能性もあったようです。

沖縄に関して活動してきた我々は、これまで、ご近所のよしみ、南灯寮の寮生のみなさんたちと、色々交流したいと努力してきました。何年か前にはアルバイトに来てくれていた学生さんも何人かいました。しかし、南灯寮は、基本的に1、2年生限定の寮なので(稀に5年くらいいる主もいますが)、3年生になれば寮を退出しなければならず、なかなか継続的な関係を作ることができないママ、現在に到っています。

また、若い彼らとすれば、東京での生活を謳歌したいのに、東京に来てまでまた沖縄?という気分もあるのだろうと、寮監さんはおっしゃられていました。
(寮監さんもまた比較的短期間で変わられてしまいます。)

彫刻展の日程が間近ということもあり、今回は南灯寮を会場としての開催は断念せざるを得ませんが、まだまだ会場を探しています。見つからなくても、我々の事務所で開催することは決まっています。会場がどうなるかにもよりますが、著名なゲストをおよびしての様々なイベントも検討中です。

南灯寮に関係のある皆様、ご出身の方々、もしこの投稿を目にされるようなことがありましたならば、南灯寮の近くでの金城実彫刻展に、是非とも足をお運び頂けますことを、切に切に願っております。

tag: 南灯寮 

金城実さんと南灯寮

tag: 金城実  南灯寮 

東日本大震災から3ヵ月

《6月11日(土)-1》
3ヵ月前のこの日、東日本大震災が起こった……

あちらこちらでデモがあることは知っていた。渋谷のオーチャードホールでは、加藤登紀子さんがチャリティーコンサートを開催することも知っていた。かりゆし58やBEGINも出演するという。智内さんもリックも行くとか、6月8日の高円寺でそう言っていた。僕も行こうかとその時は思っていた。バックステージに入れるかもしれない。もしBEGINにでも会えれば、株式会社M.A.P.としてはなかなかおもしろい。でも、だからこそ躊躇した。地味にやらなければならないことも山積みだし、それに今日は震災から3ヵ月の節目の日、きっとたくさんの人たちが声を上げるだろう。ならば僕はじっとしていよう、そう決めた。

【だが日が暮れて呟きたくなった……】
19:25
原発作業員の被曝、それは現政権への攻撃材料となる。作業員の被曝は、何も今に始まったことではないのに。デモに参加する殆どの人もこの件については追及が緩む。フクシマを恐れ、フクシマを押さえ込むためのスケープゴートが必要だと、僕たちは心の奥底のどこかで思ってはいないか。悪魔のように。


「少し、ハナシが重いんじゃないか?」
「この件についちゃあ、相当滅入ってるのさ……」

【追伸?】
次の日、智内さんから簡単なメールが来た。
 脱原発
 昨日の渋谷です。

そして携帯で撮った26秒の動画がついていた。
あんまりショボイ画像なのでご紹介はしませんが。
高円寺のデモからひと月。もうノスタルジーなんて言わないよ、智内さん。
オイラも、行けばよかったかなあ、なんて言ってみたり……

【追伸?】
お登紀さんがこの日のコンサートことをブログにアップしました。
 ⇒http://ameblo.jp/tokiko-kato…
「楽しさをいっぱい作ることが私たちに出来る大切な支援、がんばろう」
でも、やっぱり僕にはとても言えない台詞なのです……

tag: 加藤登紀子  智内好文 

いったいなんという春なんだ!

当ブログには、こんなカテゴリがある。

M.A.P.after5を沖縄情報のデータベースとしても使えるようなブログにするために、「この日何の日沖縄篇2011年版」を、何とか完璧にしようと考えていた。
しかし3月8日の「三板の日」を最後に、このシリーズ記事は途絶えてしまった。なにもかも、あの日、3月11日の所為である。
東日本大震災から65日目……

例えば今日、5月15日は沖縄本土復帰記念日なのであるが……

【この日呟いたこと】
19:55
沖縄のことを考えなければいけない日なのに、原発は相変わらず危ない状態だし、そんな折、じいさん復活、「まるみっかなんにも食ってない」と文句を言った。医者は休み。親戚中右往左往。ところでわが会社はどうなるの?いったいなんという春なんだ!

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tag: 沖縄この日何の日