2008年10月16日(木)18時51分
「対馬丸の悲劇」中島高男さんの講演
和光大学付属の小学校は、世田谷と町田の鶴川に2校あります。先日、世田谷の小学校にお伺いしたことはご報告しましたが(その時の記事へ)、その際、鶴川小学校の6年生の授業で、対馬丸の船員だった中島高男さんをお招きして体験談をお話していただくのだと伺って、是非参観させていただきたく校長先生にお願いしたところ、快くお許しくださいました。
行田校長先生です。鶴川と世田谷と、毎日交互にいらっしゃいます。

そして今日がその授業の日、朝から鶴川小学校へお邪魔しました。
授業前の校長室にて。

中島高男さん(左)です。右の方は、こども王国首脳会議事務総長の山本和昭さん。
中島さんは82歳。15歳で対馬丸の船員となり、それから2年後の17歳の時に、あの対馬丸の悲劇に見舞われたのです。船員で生き残られた方も何人かいらしたそうですが、現在御健在なのは中島さんおひとり。他の方は、もう皆さんお亡くなりになってしまわれました。
いよいよ子どもたちの前でお話が始まります。
まずは校長先生から、中島さんのご紹介です。

戦争が始まった頃のお話から、当時対馬丸がどのような仕事をしていたか、そして疎開する子どもたちがどのように船に乗り、そうして……

中島さんのお話しを、子どもたちも食い入るように聞いています。
中島さんは、特にことさら誇張してお話されたわけではありません。ただ体験されたことを淡々とお話になっただけです。ですから、ここでそれを文章にしてご紹介することも容易なことかもしれません。しかし、中島さんの肉声だからこそ現れてくる心と、思わず漏らされた中島さんの嗚咽を伝えることは決してできません。
「対馬丸のことをしゃべったら、軍法会議にかけて処刑する」
これは「かん口令」などではなく、中島さんにとっては、日本軍の「脅し」以外の何ものでもなかったのではないでしょうか。17歳の青年にとって、それがどれほどの恐怖であったか、想像に難くありません。
そうして中島さんは、結局33年間、口を閉ざすことになるのです。
今、沖縄の戦争の真実をめぐって、様々なことが言われています。だからこそ一方で、ようやく重い口を開き始める方もたくさんいらっしゃいます。そうした方を含めて、体験された方々の搾り出されるような「声」に耳を傾けることの重さを、今日は改めて思い知らされたのです。どこかの誰かの論説に影響されて、そして早急な結論を出す前に。
あっという間の1時間半、貴重なお話、本当にありがとうございました。
敢えて宣伝をさせてください。
※ブログを分けようなどと考えていた頃だったから、こんな妙な一文を添えたのだ。
「おきなわおーでぃおぶっく」菅家ゆかりの「対馬丸」
⇒《宣伝記事へ》
500枚売れれば、次へ繋がるのです。「カクテル・パーティー」とともに、どうか、よろしくお願い申し上げます。
《追記》
試しに始めたmixiの日記に、この日のことを、次のように書いてみました。
対馬丸の船員、中島高男氏にお会いする。
82歳のご高齢。
当時17歳。
生き残った船員は、もう中島さんしかいない。
かん口令。
「しゃべったら軍法会議にかけて処刑する」
その脅しは、17歳の青年にとって、どれほどの恐怖であったか。
中島さんが口を閉ざしていた33年の月日。
ようやく語られた南の海の出来事。中島さんの嗚咽。
事実の重さに、とめどなく涙があふれる。
16日から書き始めた日記。何故17日の日付になるのか。こういうところが、mixiが大嫌いな理由なのだ。
mixiに氾濫する「沖縄」
だが、「対馬丸」で検索しても、何も出てこない。
そして2年後、このmixiの日記を削除しました。
行田校長先生です。鶴川と世田谷と、毎日交互にいらっしゃいます。

そして今日がその授業の日、朝から鶴川小学校へお邪魔しました。
授業前の校長室にて。

中島高男さん(左)です。右の方は、こども王国首脳会議事務総長の山本和昭さん。
中島さんは82歳。15歳で対馬丸の船員となり、それから2年後の17歳の時に、あの対馬丸の悲劇に見舞われたのです。船員で生き残られた方も何人かいらしたそうですが、現在御健在なのは中島さんおひとり。他の方は、もう皆さんお亡くなりになってしまわれました。
いよいよ子どもたちの前でお話が始まります。
まずは校長先生から、中島さんのご紹介です。

戦争が始まった頃のお話から、当時対馬丸がどのような仕事をしていたか、そして疎開する子どもたちがどのように船に乗り、そうして……

中島さんのお話しを、子どもたちも食い入るように聞いています。
中島さんは、特にことさら誇張してお話されたわけではありません。ただ体験されたことを淡々とお話になっただけです。ですから、ここでそれを文章にしてご紹介することも容易なことかもしれません。しかし、中島さんの肉声だからこそ現れてくる心と、思わず漏らされた中島さんの嗚咽を伝えることは決してできません。
「対馬丸のことをしゃべったら、軍法会議にかけて処刑する」
これは「かん口令」などではなく、中島さんにとっては、日本軍の「脅し」以外の何ものでもなかったのではないでしょうか。17歳の青年にとって、それがどれほどの恐怖であったか、想像に難くありません。
そうして中島さんは、結局33年間、口を閉ざすことになるのです。
今、沖縄の戦争の真実をめぐって、様々なことが言われています。だからこそ一方で、ようやく重い口を開き始める方もたくさんいらっしゃいます。そうした方を含めて、体験された方々の搾り出されるような「声」に耳を傾けることの重さを、今日は改めて思い知らされたのです。どこかの誰かの論説に影響されて、そして早急な結論を出す前に。
あっという間の1時間半、貴重なお話、本当にありがとうございました。
敢えて宣伝をさせてください。
※ブログを分けようなどと考えていた頃だったから、こんな妙な一文を添えたのだ。
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《追記》
試しに始めたmixiの日記に、この日のことを、次のように書いてみました。
対馬丸の船員、中島高男氏にお会いする。
82歳のご高齢。
当時17歳。
生き残った船員は、もう中島さんしかいない。
かん口令。
「しゃべったら軍法会議にかけて処刑する」
その脅しは、17歳の青年にとって、どれほどの恐怖であったか。
中島さんが口を閉ざしていた33年の月日。
ようやく語られた南の海の出来事。中島さんの嗚咽。
事実の重さに、とめどなく涙があふれる。
16日から書き始めた日記。何故17日の日付になるのか。こういうところが、mixiが大嫌いな理由なのだ。
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だが、「対馬丸」で検索しても、何も出てこない。
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