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工学院少林寺拳法部のOB会

(※一方この日の宇夫方路は……)
今日は新百合ヶ丘の麻生文化センターで琉球舞踊を踊ってきました。毎年恒例の麻生区文化祭です。去年は高山正樹氏が観に来て、M.A.P.after5に有難いような迷惑なような記事を書きました。
だからというわけでもないのですが、琉球舞踊専用のブログを開設したので、今年は私がそちらに書きます。
  (※書きました。⇒http://mapryukyubuyou.ti-da.net/e3179292.html

新百合ヶ丘から事務所に戻り、荷物を置いてそのまま蒲田に向かいました。毎年11月、かまた祭(工学院の文化祭)の頃に行われる少林寺拳法部のOB会に、何年ぶりかで出席するためです。
今年、山猫合奏団沖縄ツアーの恩納村での公演でお世話になったルミさんと、M.A.P.で地図の仕事を手伝ってもらっていた劇団昴の石井ゆきさんと、そして私は、当時の少林寺拳法部の3人娘でした。いつか3人そろって出席したいねとみんな思っているのですが、なかなか叶いません。今年もルミさんとゆきさんは欠席。

工学院通りに入ると、昔あったお店はもうありません。少し歩くと右にも左にも立派な建物が建っていました。どうやら新校舎です。工学院は懐かしい、ではなく、知らないところになっていました。左側の3号館に目指す会場らしい。

蒲田キャンパス案内図

みんなはすでに飲んだり食べたりで盛り上がっていました。工学院は短大と同じ2年制なので、1期上と1期下以外の人とは一緒になったことはありません。でも、何年か前の○○周年記念の祝賀会で踊りを披露したことがあるので、私を知っていてくれる人がずいぶんいらっしゃいました。その時は日本舞踊を踊ったのです。私は琉球舞踊をはじめて日舞をやめたので、ということは20年近く前。早いですネエ、おそろしい。
(私が祝賀会で日舞を踊ることになったのは、工学院で日舞を教えていた花柳紀寿郎先生の内弟子に、私がなったということを、皆さんが知っていたからです。先生は、今は新潟の直江津で“なおえつ茶屋”というお店を開いて頑張っています。)

同じテーブルにいた1期先輩の服部さんと横屋さんに聞いたら、私は9期らしい。今の現役は42期。あーあ……。
同期の相沢さんは、今は秋田に帰って仕事をしています。でもこのOB会にはいつも出てくるそうです。カメラで撮っていらしたので、あとで送ってと頼みました。でもパソコンが苦手みたいだから、いつ届くのかしら。

そして、皆さんに13日の三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川江戸資料館公演の御案内をしたのでした。どのくらい来てくださるかなあ。

【追伸です】
東京奏楽舎の公演に、服部さんご夫婦と横屋さんが見に来てくださいました。服部さんの奥様は、去年の公演を観て、とても気に入ってくださっていて、またあるときは絶対教えてねと、うれしい言葉を頂いていたのです。さて、今年はいかがだったのでしょうか、気になる……
(宇夫方路)

tag: 琉球舞踊  東京奏楽舎  石井ゆき 

ハンサム・マーキーさんにバッタリ!

とりあえず画像2枚。
豚の塩鍋 智子と雄介とマーキー
記事はあとで。

tag: スーチカー  駒場28  ハンサム・マーキー  沖縄居酒屋.ぱなり場 

都民教会で久米明さんに会いました

一昨日御案内した久米明さんの朗読会に、鈴木雄介夫妻と行ってきました。会場は下北沢の教会です。
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【Yusuke氏の世界配信】
 ⇒http://www.bcphotoshare.com/photos/…

チョウゲンボウという鳥と小学生のとうすけ少年との物語。本番前、久米さんに御挨拶をしました。去年の3月、「ノロエステ鉄道」を録音した日以来です。この日お会いした久米さんは、少し足腰が弱られたのかなという印象を受けました。しかし、本番で語り始められたそのお声は、以前と全く変わらずに力強く、そして深い艶も同じで安心しました。

久米明氏と鈴木雄介の父上とは、東京商科大学(現一橋大学)の演劇サークルでの大親友。こちらは昨年1月14日以来の再会ということで、昼の部の終演後、教会の玄関前で記念撮影をしました。
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今日の僕の仕事はCD販売。まだ夜の部があります。
僕のお隣では久米明さんの娘さんが久米さんの書かれた本「朗読は楽しからずや」の販売をされていらっしゃいました。
僕がこの日購入した「朗読は楽しからずや」
久米明さんの娘さんは舞台芸術家の久米ナナ子さんです。そんなナナ子さんが、この日わざわざ僕と同じように本を売るためだけにいらっしゃったワケはありません。久米明さんは昨年倒れられました。以来こうしてお父様のお仕事に付き添われていらっしゃるとのことでした。

僕は、前々からなんとか久米明さんによる「ノロエステ鉄道」の朗読会を、それもできれば沖縄で出来ないだろうかと考えていました。大城立裕先生にもお引き合わせしたい、そんなお話をナナ子さんにお伝えしました。しかし、無理はなかなかさせられない、特に飛行機はNGというお医者様のご意見らしい。
そのあと、久米さんご本人にもちょっとお話ししました。すると「是非やりたいですねえ、きっと大丈夫でしょう」というお返事が返ってきたのですが、「でも娘が心配してねえ」とも付け加えられたのでした。

夜の部が終わって、教会内でのちょっとした打ち上げに参加させて頂きました。
下北沢で僕の仕事が終わるのを待っていてくれた鈴木夫妻を携帯で呼びました。雄介氏は打ち上げの場で、親友久米明についてオヤジさんが語った話を紹介しました。
「一番芝居のへたくそな奴が役者になった」
久米さんは実に愉快そうにお笑いになっていらっしゃいました。
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立食のパーティーです。
久米さんはいくら椅子を薦められても、最初はお断りになっていらっしゃいましたが、最後はナナ子さんに従って、素直にお座りになったのでした。

やはり、沖縄での朗読会の実現は困難なのかもしれない。しかし、それなら東京ででもいい、なんとか可能性を探ってみたい、僕はそう思ったのでした。

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tag: 久米ナナ子  久米明  朗読  京都  駒場28 

10月26日から30日まで《狂った時系列はどう説明しても分かりにくい》

10月27日にブログの書き方を変えますと宣言して、そうしてきたのだけれど、なんだかここ数日過去に記事ばかりアップしていて、その記事がトップページに並ぶので、結局、最近どんなことがあったのかが自分でも分からなくなってきました。

というわけで、その日とか昨日とか、せめて何があったかの一言くらいは書いておこうと反省しております。

とりあえず先月の27日あたりから振り返ってみようかな。
10月26日、つつじヶ丘の“みやらび”へ行った。帰る時は既に27日だった。この記事は27日の夜に暫定アップした。
 ⇒10月27日の暫定記事
  オリオンビール


記事をアップしてから“中む食堂”へ。帰りは当然28日。連夜の午前様。この記事はさっきアップしたばっかり。
 ⇒11月6日に(つまり今日)アップした10月28日の記事
  石垣仁・中真水才・宇夫方路
 ※これで時系列が狂ってややこしくなるんだね。

10月28日はNHKのスタジオへ落語の公開録音を聞きに行った。これはなんとかその日のうちにアップした。優秀優秀。その後、青年座に寄った。暫定だがその日のうちにアップできたのでまあOK。

 ⇒10月28日の記事その2
  青年座の入口


10月29日、お昼のオリジン弁当のおにぎりのことなどを即日記事にして、夜、下北沢に行ったことは次の日に暫定アップした。許容範囲かな。

 ⇒翌日アップした下北沢その1
  足拭きマットとシーサーの置物


下北沢では1軒で終わらず2軒目へ。24時を回って30日になった。そのことは31日に書いた。翌日といえば翌日。
 ⇒10月31日にアップした下北沢その2
  シーサー

下北沢から喜多見に着いて、つい駅前のLaPortに立ち寄った。そのこともやっぱり31日にアップした。
 ⇒30日の午前2時くらいのことを31日にアップした記事
  壊れたムッシュ

で、30日のお昼は人形町の医者に行ったのだが、そのあたりの記事ふたつは11月1日にアップした。

 ⇒30日のお昼のことその2
  “久兵衛”のにぎり


で、その夜、桃原くんと待ち合わせて“仲宮里”に行ったのだが、そのことは11月3日にアップした。
 ⇒30日の夜のことを11月3日にアップした記事
  “仲宮里”の奥様と桃原健一くん


28日の“中む”の記事を除けば、まあなんとか順番に記事を書いてきたのですが、いくらなんでも4日も遅れては間抜けもいいところ。
そしてついに31日、宇夫方路は石垣島関連のでっかいイベント会場に行って奏楽舎の宣伝活動をしたのですが、忙しい宇夫方さんは、今のところ一向に記事にする気配もありません。

かく言うわたくし高山正樹もこの日は……

ああ、もうダメ、時間切れです。つまるところ、31日にして破綻したというはなし。31日から先のことは、今日帰ってきてからということで。

只今より久米明さんの朗読会へ行ってまいります。
ちなみに、宇夫方さんは、新百合丘で琉球舞踊公演の本番中です。

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