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首里城炎上

gajumui

若かりし頃、首里城は「ニライカナイ」ではなく「オボツガクラ」だろううと生意気なことを言って、当時の沖縄県人会の会長さんを怒らせてしまったことがある。その僕が、ひどく動揺しているのだ。そんな自分に驚いた朝。


沖縄出張最終日に思ったこと(2009年2月6日)


狸小路の隣でフレンチの店をやっていひとしから、首里城が燃えたから忠兵衛に来ていますというメッセージがラインに来た。たぶん何人かの狛江あたりの人にしか分からない話だが、なんだか俺も登戸に飛んでいきたくなったのだ。でもさ、やることがいっぱいでさ…



漆を塗り替えた直後の写真を大量にFacebookに投稿した。長文を添えて。
 ⇒https://www.facebook.com/groups…
しかしグループに投稿したので、FBにアカウントを持っていないと読めない。画像は別記事にアップするが、長文の方をここに転載する。


沖縄のシンボル?きっとそんな単純なことではない。

「首里の言葉なんか喋ろうとは思わん」
そう言いながら、オモロの歌を諳んじていて涙する金城実さんに、何故ですかと問うてみたことがある。実さんはそれにこう答えたのだ。
「それが文化というものじゃ」

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ひどいニュースだった。
それに動揺している自分に、我ながら驚いた。

今から30年も前のこと。首里の丘には、首里城建設に反対するたくさんのビラが貼られていた。
その何年後か、首里城は復元された。

東京の沖縄居酒屋で、沖縄県人会の会長さんと隣になったことがある。その年配の男性は、「首里城はニライカナイの心だ」と気分よく呑んでいらっしゃった。まだ若く青かった僕は、その大先輩に「首里城はオボツカグラではないですか?」と、生意気なことを言ってしまったのある。「ニライカナイ」は海の彼方にある庶民的な後世(ぐそー)のこと、一方「オボツカグラ」とは、天上にある権威的な他界のこと。それまでご機嫌麗しかった会長さんの顔はいっぺんに曇った。
「お前はなんにもわかっとらん」

義理の父が死んで、30年近くなる。義父は「知は力」と書かれた共産党委員長宮本顕治の色紙を居間に掛けているようなウチナーンチュだったが、鬱蒼とした森に囲まれていた戦前の首里城について、まるで桃源郷のように美しかったと、島酒に酔うたびにそう語っていた。
さて、去年の今頃のことである。
2007年頃から書き始めたブログは、いつのまにか沖縄のことがメインになっていた。首里城のタグを付けた記事もいくつかあるが、しかし実際に行った話はひとつもない。そうか、最後に首里城へ行ったのはもう十年以上前のこと。首里城なんて、沖縄初心者コース、一度行けばいいくらいにしか思っていなかったのである。
久しぶりに、行ってみることにした。

しかし仕事の都合で、行けたのは夕方から夜。そうなると、どうしても明るい陽の光を浴びた首里城の写真を撮りたくて、翌月だったか、再訪した。

その日、ガイドさんの首里城解説を聞きながら城をめぐってみることにした。いつもはそんなこと、絶対にしないのに。ガイドさんは、今日来た皆さんはラッキーですという。首里城が再建されて初めての、外壁の漆の塗り替え作業が行われていて、前日まではそのための足場が組まれていた。その足場が外された最初の日に訪れた幸運。真っ青に晴れた日の、輝く「朱」の色は、確かに、圧倒的に荘厳であった。

その日に撮影した赤い漆の画像をご覧いただきたい。だが、どうやらその漆が、火の回りを早くしたらしいというのだが。

還暦過ぎた僕には、もう二度と見ることのできない首里城なのかもしれない。
悲しいよ。あまりにも。

tag: 首里城 

作戦会議

tag: 西川郷子  まんちゃーひんちゃー  コマラジ 

「主権者として今を生きる」いよいよ告知か?

主権者として生きる表

主権者として今を生きる
今さらだが、やっぱり題名が気に入らない。シリーズ企画だから仕方がないのだが、これでは新しい人は来ない。
今回のイベントは思考ゲームだと思っている。ニュートラルな状態で参加し、最後に「そうか、この国のことを決める権利は私にあるんだ、同じように君にもあなたにもあるんだ、では今、そういうことになっているか」という地点に至れるかどうか…
いずれにしても、はじめから回答を提示するような題名は、自由な、自律的な思考を妨げると、僕は考えているわけで、それについての切実さが、どうやら他の方に較べて、僕は特に強いらしい。
だから生きずらい。分かっちゃいるけどやめられない。

少なくとも俺が関わるコーナーだけは、断固面白くしてやろうと思っている。

正式告知は、もう少し先らしい…

箱庭のような世界から

tag: 読経会  ミュージカルCoCo~ 

暗闇レストランで…

7日のばったり、からの…


どんな大役かは間もなく。
まあ、そんな大した話じゃない。

狛江市議会の今昔?

FM狛江(コマラジ-こまえエフエム)、小生が担当する番組"まんちゃーひんちゃー"は毎週火曜日の20時。第一回は11月12日で、その記念すべき最初のゲストが上々颱風のボーカル西川郷子さんに決定しました!
「沖縄だから?」
「いやいや、上々って無国籍、沖縄とは関係ないし!」
…というハナシでもしようか。



市の判子を持って雲隠れした町長。
「狛江の首長は変なのが一杯だ」
「知りませんでした。面白いですね」
「議会の構成がその時の住民の意見の比率を反映しているとは限らない、それは今も同じかも。もしかしたら連綿と続いているのかな」
議場入口の長椅子で若い職員とする話じゃないなと笑うふたり。


【追伸】
市の選挙資料探索記は次の日に続くのだが、その前にこの日の夜のこと。いつもの如く、次の日に呟いた。


さて探索記の続き。
都の選管の方が、かなり時間を掛けて調べて下さった。18日の昼過ぎに問い合わせて、返事が来たのが午後6時。昭和30年の統一地方選挙の資料が見つかり、その中に狛江町議会議員選挙の結果もあった、これだけですがとそのデータをメールで送って下さった。大感謝。しかしこれだけでは、残念ながら知りたいことが分からない。
あとは矢野元市長か、国会図書館か。

ボク、粘着気質だからね(笑)
だから、続く…

tag: 狛江_居酒屋.ミートステーション  まんちゃーひんちゃー  狛江市議会議員 

5月か8月か

tag: 坂本義美  花城秀樹 

ちょっと呼ばれまして



ちょっと調べてみた。小生が学校回りしていた頃の記録。

1983年6月24日 第七小学校
1984年11月1日 第八小学校
1984年11月2日 第五小学校
1984年11月5日 第三小学校
1984年11月7日 第四小学校
1984年11月8日 第一小学校
1984年11月12日 第二小学校
1984年11月14日 第六小学校
1994年10月27日 二度目の第五小学校

30年以上前、狛江で子供だった多くの人たちは、この時に体育館で台詞を喋っているボクを見ていたはずで、もしかしたらそんな彼らと、どっかの居酒屋で顔見知りだったり、十分あり得る話で、不思議な気分である。


地霊をなだめることが琵琶法師の仕事であった…

tag: 琵琶 

ばったり

ばったり。

ばったり

ちょっとした相談?

…と、共産党の女性議員が、仮面のような表情で脇を通って行った。
どうやら僕は、左からも右からも嫌われているようで、先日、駄倉保育園の門のところで、保育士さんたちと挨拶していたら、遠目から真っ黒なサングラスを掛けて、まるでヤクザみたいにジッとこっちを窺がっていた市議もいたっけ。

そういえば先ほど、まゆみ先生が、子供たちの書いた"まみどーま"の絵を見せに来てくれた。なんだかウルウルしてきたので、僕は後ろ向いてずっとPCに向かっていたんだ。ボク、そろそろ死期が近いのかな(笑)

tag: 狛江市議会議員  伊藤聡子  平井里美  うだがわ