2009年06月20日(土)16時15分
今日の報告のプロローグ【うちなーぐち講座《2》の1】
沖縄語を話す会に、またまたお邪魔しました。
今日の日のご報告をする前に、前回の宿題から片付けましょう。
(⇒前回の記事を是非とも読んでください。)
まずは日本語の「〜へ」と「〜に」の違いから。
簡単にいってしまえば、「〜へ」は方向を表し、「〜に」は点を表すというような違いがあるようです。
訪れるその場所に、何か明確な目的がある場合は、「〜に」を使う。「役所へ行く」と「役所に行く」とを比べると、確かに「役所に行く」の方が、印鑑証明を取りにいくというような、何か明確な用事がある印象がありますね。
逆に、失った恋の思い出から逃れるための北国の旅(近頃あまり聞きませんが)は、「北に行く」よりも「北へ行く」と言った方がよく似合います。それは、「〜に」だと、なんだかはっきりした目的があるみたいで、あてのない放浪の寂しい感じがあんまりしないからでしょう。
ちゃんと授業に出席する(そんなこと滅多にありませんでしたが)つもりの時は、「学校に行ってくる」と、堂々と母親に告げて家を出ましたが、ハナっから学校の近くの喫茶店や雀荘に引っかかることがわかっている場合は、根が正直な僕は、無意識のうちに「学校へ行ってくる」と、小声で呟いていたような記憶があります。(つまりいつもそうだった。)
とはいうものの、大概の場合、「〜へ」は「〜に」に置き替え可能です。「〜へ」は、方向を示す時など限定的にしか使われませんが、「〜に」は、かなり広義に使われ、単に方向を示す場合に使ったとしても間違いでなさそうです。
『広辞苑』には次のように書かれています。
「え(へ)」:(1)移動の意味をもつ用言に対し、動作・作用の進行するその目的の所在の方向を示す。…の方に。…に向かって。
(2と3は今日のはなしとは直接関係ないので省略。)
「に」:(1・格助詞)存在し、動作し、作用する点を、時間的・空間的・心理的に「そこ」と指定するのが原義で、時・所・対象・目的・原因・結果・状態・手段・資格・よりどころなどを指定する。(1は時間に関するものなので省略)(2)所・方角を指定する。(3から6まで省略)(7)目的を指定する。(8から14、及び「接続助詞」と「終助詞」の記述も省略。)
さて、では本題に移りましょう。
先日おきなわ堂で購入した沖縄語辞典より引用します。
「-kai」(〜かい):(助)へ。に。目的地を示し場所を表す語につく。
「-Nkai」(〜んかい):(助)に。
「-nakai」(〜なかい):(助)に。のなかに。存在する場所を表す。
極めて簡単な記述です。しかし、日本語の「〜へ」と「〜に」を理解したうえで、じっくり考えていたら、もうちょっと詳しい説明は必要なのではないかと思えてきたのです。
日本語の「〜に」には、先にご説明したように、多分に「〜へ」という意味も含まれています。それを踏まえたうえで、沖縄語辞典の「〜かい」と「〜んかい」の項目の説明を読み直してみました。
「〜かい」の項にある日本語訳の「に」ですが、それは日本語の「に」に含まれる広義の意味のうち、「〜へ」的な意味だけを表しているのではないかと思われるのです。ちなみに、「〜かい」の項目の中で例文として採用されているのは、全て「〜へ行く」といった、方向をきっちり表す文章ばかりです。
一方、「〜んかい」の項の「に」の方ですが、今度は逆に、日本語の「に」が意味する全範囲から、「〜へ」という意味を除外した、若干狭い意味に限定されているように思われます。
「〜んかい」の項の例文は次の通りです。
「木に登る」「親に言う」「先生に差し上げる」「先生に習う」「兄に叱られる」「仕事に熱中する」
つまり、「北に行く」的な、「へ」に置き換えられる、方向を示すような例文はひとつもないのです。
(「〜なかい」は少し難しい。沖縄語辞典の例文の日本語訳をご紹介しますので、イメージでお考えくださいませ。「首里にあったはなし」「どこにもない」「あっちに海が見える」「あの道にお化けが出た」)
國吉眞正さんのお話によると、本来「〜かい」というべきところを、最近はみんな「〜んかい」で済ますようになってきたとのこと。國吉さんは、致し方ない変化かもしれないと、この件については寛容でいらっしゃいます。
しかし、日本語の「〜へ」と「〜に」の意味を考えたうえで、「〜んかい」と「〜かい」の区別がなくなっていくというこの現象を考えてみた時、僕はひとつの仮説にたどり着きました。
もしかすると、日本語の広義な「〜に」が沖縄へ入ってきて、その結果、直訳的に「〜に」=「〜んかい」となってしまって、本来「〜へ」の意味のなかった「〜んかい」に、「〜に」に含まれる「〜へ」の意味が付与されることとなり、そしてその結果、「〜かい」というべきところも全て「〜んかい」で言い表すようになってきたのではないか、ということなのです。
これも、比嘉光龍さんから教えていただいた、「ミクストランゲージ」の一種ではないだろうか。だとすれば、「〜んかい」の乱用は、看過できないものなのではないか……
⇒http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
このことについては、いずれ光龍さんの意見も聞いて、「ミクストランゲージ」の詳しい説明とともに、またここでご紹介したいと思います。
ちょっと前置きが長くなりました。その上、だいぶ難しい話になってしまいましたので、ここでちょっと小休止。この後は次の記事にて。
⇒この日の次の記事を読む
今日の日のご報告をする前に、前回の宿題から片付けましょう。
(⇒前回の記事を是非とも読んでください。)
まずは日本語の「〜へ」と「〜に」の違いから。
簡単にいってしまえば、「〜へ」は方向を表し、「〜に」は点を表すというような違いがあるようです。
訪れるその場所に、何か明確な目的がある場合は、「〜に」を使う。「役所へ行く」と「役所に行く」とを比べると、確かに「役所に行く」の方が、印鑑証明を取りにいくというような、何か明確な用事がある印象がありますね。
逆に、失った恋の思い出から逃れるための北国の旅(近頃あまり聞きませんが)は、「北に行く」よりも「北へ行く」と言った方がよく似合います。それは、「〜に」だと、なんだかはっきりした目的があるみたいで、あてのない放浪の寂しい感じがあんまりしないからでしょう。
ちゃんと授業に出席する(そんなこと滅多にありませんでしたが)つもりの時は、「学校に行ってくる」と、堂々と母親に告げて家を出ましたが、ハナっから学校の近くの喫茶店や雀荘に引っかかることがわかっている場合は、根が正直な僕は、無意識のうちに「学校へ行ってくる」と、小声で呟いていたような記憶があります。(つまりいつもそうだった。)
とはいうものの、大概の場合、「〜へ」は「〜に」に置き替え可能です。「〜へ」は、方向を示す時など限定的にしか使われませんが、「〜に」は、かなり広義に使われ、単に方向を示す場合に使ったとしても間違いでなさそうです。
『広辞苑』には次のように書かれています。
「え(へ)」:(1)移動の意味をもつ用言に対し、動作・作用の進行するその目的の所在の方向を示す。…の方に。…に向かって。
(2と3は今日のはなしとは直接関係ないので省略。)
「に」:(1・格助詞)存在し、動作し、作用する点を、時間的・空間的・心理的に「そこ」と指定するのが原義で、時・所・対象・目的・原因・結果・状態・手段・資格・よりどころなどを指定する。(1は時間に関するものなので省略)(2)所・方角を指定する。(3から6まで省略)(7)目的を指定する。(8から14、及び「接続助詞」と「終助詞」の記述も省略。)
さて、では本題に移りましょう。
先日おきなわ堂で購入した沖縄語辞典より引用します。
「-kai」(〜かい):(助)へ。に。目的地を示し場所を表す語につく。
「-Nkai」(〜んかい):(助)に。
「-nakai」(〜なかい):(助)に。のなかに。存在する場所を表す。
極めて簡単な記述です。しかし、日本語の「〜へ」と「〜に」を理解したうえで、じっくり考えていたら、もうちょっと詳しい説明は必要なのではないかと思えてきたのです。
日本語の「〜に」には、先にご説明したように、多分に「〜へ」という意味も含まれています。それを踏まえたうえで、沖縄語辞典の「〜かい」と「〜んかい」の項目の説明を読み直してみました。
「〜かい」の項にある日本語訳の「に」ですが、それは日本語の「に」に含まれる広義の意味のうち、「〜へ」的な意味だけを表しているのではないかと思われるのです。ちなみに、「〜かい」の項目の中で例文として採用されているのは、全て「〜へ行く」といった、方向をきっちり表す文章ばかりです。
一方、「〜んかい」の項の「に」の方ですが、今度は逆に、日本語の「に」が意味する全範囲から、「〜へ」という意味を除外した、若干狭い意味に限定されているように思われます。
「〜んかい」の項の例文は次の通りです。
「木に登る」「親に言う」「先生に差し上げる」「先生に習う」「兄に叱られる」「仕事に熱中する」
つまり、「北に行く」的な、「へ」に置き換えられる、方向を示すような例文はひとつもないのです。
(「〜なかい」は少し難しい。沖縄語辞典の例文の日本語訳をご紹介しますので、イメージでお考えくださいませ。「首里にあったはなし」「どこにもない」「あっちに海が見える」「あの道にお化けが出た」)
國吉眞正さんのお話によると、本来「〜かい」というべきところを、最近はみんな「〜んかい」で済ますようになってきたとのこと。國吉さんは、致し方ない変化かもしれないと、この件については寛容でいらっしゃいます。
しかし、日本語の「〜へ」と「〜に」の意味を考えたうえで、「〜んかい」と「〜かい」の区別がなくなっていくというこの現象を考えてみた時、僕はひとつの仮説にたどり着きました。
もしかすると、日本語の広義な「〜に」が沖縄へ入ってきて、その結果、直訳的に「〜に」=「〜んかい」となってしまって、本来「〜へ」の意味のなかった「〜んかい」に、「〜に」に含まれる「〜へ」の意味が付与されることとなり、そしてその結果、「〜かい」というべきところも全て「〜んかい」で言い表すようになってきたのではないか、ということなのです。
これも、比嘉光龍さんから教えていただいた、「ミクストランゲージ」の一種ではないだろうか。だとすれば、「〜んかい」の乱用は、看過できないものなのではないか……
⇒http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
このことについては、いずれ光龍さんの意見も聞いて、「ミクストランゲージ」の詳しい説明とともに、またここでご紹介したいと思います。
ちょっと前置きが長くなりました。その上、だいぶ難しい話になってしまいましたので、ここでちょっと小休止。この後は次の記事にて。
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Comment
しかし「言語混交」でなら色々と引っ掛かってきます。異なる言語や方言(言語学的には言語と方言に区別はないという主張を支持します)が何らかの原因で混ざり合うこと。その意味では、世界中いたるところで「言語混交」は起こっていて、それによって言葉は変化し続けているともいえるわけで、その結果、全ての言葉が「混交言語」であるといっても間違いではないのかもしれません。
しかし光龍さんのいう「ミクストランゲージ」は、そういう意味での「混交言語」とはだいぶ違います。
光龍さんは、現代の「うちなーやまとぐち」を「ミクストランゲージ」だと規定します。「うちなーやまとぐち」は、「うちなーぐち」の変化した現在の形なのではなく、正しい「うちなーぐち」が厳然と存在する中で、それとは別に現れた一種のスラングだというのです。
そうした光龍さんの文脈の中で、「〜んかい」について考えてみたのですが、その詳細は後日。
またそれに加えて、厳密な使用法が変質して日本語の「〜に」と同じになった「〜んかい」に、スラング化した言語と同質性を見る当方の思いつきに、はたして若干でも正当性があるのかどうかについても、よく調べ考えて、併せてご報告させていただきたいと思います。
「私も『へ』『に』を使うとき考えることがあります。『へ』でよかったのか、後で『に』に代えたりすることがあります。
沖縄語の『んかい』『かい」『なかい』も注意して原稿を書いております。私が幼少のころ祖父は、はっきり使い分けていたのを今頃思い出して意識するようになりました。」
國吉さん、ありがとうございました。
色々考えました。
変わっていい言葉と変わってはいけない言葉を、誰かが判断して決めることなどできません。なんだか僕は、それを性急に決めたがっているようで、反省しています。
しかし、やっぱり難しい。
何事も、他者に対して「こうでなければならない」というようなことを言い出すと、途端に難しくなります。特に、近しい立場の間で対立が起きる。悲しいことです。
きっと、誠実に考えて、考え続けて、そして各自がいいと信じることを楽しんでやること、結果、それが皆に受け入れられて拡がればよし、ダメならそれも致し方なし、全て自ら引き受けるしかありません。
個人的には、お互い相手のやっていることを尊重し認めること、それが重要なのだと思います。
しかし、気がつくと、独善的な理由で相手を批判してしまう、やっぱり難しいのかな…
國吉さんの自然体、寛容さに、学ぶところが大きいのです。
國吉さん、今後ともご指導のほど、よろしくお願い致します。