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スペインからの手紙

12:00
お昼。豚チリ丼580円をたべながら。
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私の両親は沖縄に今の居をかまえる前、14年間、スペインのカタルーニャ州にあるサンポールに住んでいました。サンポールはカタルニア地方の地中海に面した小さな町です。そこのお友達から、両親宛の手紙が届いていました。
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町のお祭りのことが書いてあるようです。

カタルニア語は、スペイン語よりもフランス語に近くて、フランス語とカタルニア語で話しても、意味が通じるそうです。つまり日本語とウチナーグチよりずっと近いということですね。母はスペイン生活の14年間、ずっとスペイン語とカタルニア語を勉強していて、今でもお友達と手紙のやり取りをしています。
でも、ずいぶんスペルが間違っているんだ、と話していました。

この町の年配の人たちは、カタルニア語を話し、文字も読めるのですが、書けない人が多いのだそうです。ここにも、沖縄にもあった言語と政治の歴史がありました。

現在のスペインのカタルニア地方とフランスのルシヨン地方は、昔はひとつの独立した国でした。しかし複雑な歴史を経て、スペインとフランスにそれぞれ分割併合されることになりました。それ以降の事情は、スペイン側とフランス側では全く違うようです。フランスについてはよくわからないのですが、スペインのカタルニアに限っていえば、フランコ政権の時代になると、カタルニア語の使用が禁止されました。自分たちの言葉で話すことが出来ない時代がありました。それでもカタルニア人は、密かに自分たちの言語を伝えてきたようですが、文字を書けない人が多いのは、やはりその時代の所為なのです。

でも、フランコの没後、新しい憲法が制定され、現在カタルニア地方では小学校3年生までカタルニア語で勉強していて、スペイン語を習うのは4年生からだと聞きました。
はたして、カタルニア語は守られたということなのでしょうか。

スペインの首都マドリッドと、カタルニア地方のバルセロナとは、まだまだほんとに仲が悪い。母がマドリッドで買い物をしていたら、店員からスペイン語が上手だとほめられ、どこで勉強したのかと聞かれたので、「バルセロナだ」と答えた。その途端、急に冷たくなって、それからは絶対にオマケしてくれなくなったそうです。

そういえば、踊りの世界でも、フラメンコといえばスペインだと思っている人も多いと思いますが、マドリッドの人は、フラメンコをスペインの踊りとは認めていません。フラメンコはアンダルシア地方のもの、アンダルシアは主に印度から流れてきたジプシーの住んでいるところで、つまり、フラメンコはジプシーの踊りだと差別されているのです。

多言語国家スペインが抱える問題は、まだまだ根が深いようです。なんとか仲良く出来ないものかなあと思う私は、考えが甘いのでしょうか。
(宇夫方路)

14:30
県立図書館へ。
大城立裕文庫開設待ち
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