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今日は“空手の日”【辺野古を考える全国上映キャラバン@世田谷】

10月25日、空手の日

1936年(昭和11年)10月25日、沖縄県那覇市昭和会館にて琉球新報社主催の沖縄空手大家の座談会があり「唐手」の呼称が「空手」に改められた。2005年、沖縄県議会は10月25日を「空手の日」と決めた。
『沖縄大百科事典』によると……
「空手の名称は、手(ティー)→組合術→拳法→唐手(トーディー)→唐手(からて)→空手→空手道と変遷するが、空手と一般的に称されるのは、本土では1929年(昭和4)ごろ、沖縄では36年ごろのことである」
……とある。

「武器を一切用いず、徒手空拳のみで護身をはかる武道。〈空手に先手なし〉に象徴されるように、心技両面において先手非道を説く」

さて、今日の小生は、先手なしを決め込み、一日書斎に閉じこもっていれば、攻めてくるものにも出会うことなく、そうすればブログネタが増えることもないだろうと、静かにしていたのだが。

やはり『沖縄大百科事典』から。
「空手は、琉球古来の武術〈手(ティー)〉と中国伝来の〈拳法〉が融合し、発展したものといわれている」
しかし確証はないらしい。

「空手が沖縄で顕著に発達する時代背景は、尚真王(1477〜1526)の中央集権化と、1609年(尚寧21)の薩摩の琉球侵略(薩摩進入)にともなって実施された、2度にわたる禁武政策であるといわれる。これは、従来までの空手発達史の定説となっているが、確証はない」

要するに、空手なのだ。なにひとつ確実な根拠となる武器がないということだ。なんだか今日の気分に合っている。

と思いきや、メールなどという厄介な、じゃない便利なものがあるわけで。
“らくだとTUBO”の石田さんからメッセージが届いたので、そのママ転載する。

「また、また、辺野古になるまで」上映とお話の会も来週となりました。
お誘いあわせてお出かけ下さい。

◆辺野古を考える全国上映キャラバン@世田谷
2004年から、沖縄・辺野古で撮影を続けているドキュメンタリー映画監督・藤本幸久さんが、自作を持って全国キャラバンを行っています。普天間移設ー辺野古への新基地建設は沖縄の問題ではありません。日本に暮らす私たち一人ひとりにかかわる問題です。映像とお話を伺って、共に考え、行動しませんか。

日時:2010年11月1日(月)午後7時〜9時
場所:らくだとTUBO(定員50名)03-5313-8151
(世田谷区南烏山6-8-7楽多ビル2F・京王線千歳烏山駅下車徒歩3分)
上映:「また、また、辺野古になるまで」(2010年/33分)
お話:藤本幸久監督
参加費:1000円

映像レポート「また、また、辺野古になるまで」(2010年/33分)
新基地建設予定地とされる辺野古や大浦湾の海と暮らし。美しい大浦湾の水中映像。沖縄の人々の闘いと意思。名護市長選挙、9万人の県民大会、普天間基地包囲行動。2004年〜2005年の海上阻止行動の日々。
(撮影・構成・編集:藤本幸久、影山あさ子 水中撮影:牧志治)

藤本幸久(ふじもと・ゆきひさ)さん
1954年、三重県四日市市生まれ。北海道在住。早稲田大学卒業後、土本典昭監督の助監督を経て、初監督作品「教えられなかった戦争−侵略・マレー半島」(1992年)。主な作品として、「Marines Go Home-辺野古・梅香里・矢臼別」(2005年)、「アメリカばんざいーcrazy as usual」(2008年)、「アメリカ−戦争する国の人びと」(2009年)、「ONE SHOT ONE KILL−兵士になるということ」(2009年)など。

主催:今とこれからを考える一滴の会


しかし、今日は疲れている。少なくとも、何らかの結論を疑わず、ある同一方向の意識に満たされている空気の中から、ひたすら遠く離れたいという気分なのだ。それは、こんな過去の記事をふたつ、アップしたからなのかもしれない。

先ほどアップした過去の記事ふたつ。
 ⇒高江のこと、知っていますか?(7/17)
  タンデムのタッチ&ゴー

 ⇒九十九龍氏による東村・高江の記録(沖縄通信no.7)(10/15)
  ムーランさんとトミヒサさん


いつまでも、何も考えず、丸腰でいたい気分なのである。それなのに、このふたつの記事を、どうしても読んでいただきたいと思っている。そして、一緒に疲れてみていただきたいと、切実に思っている。
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tag: 沖縄この日何の日  辺野古  高江  空手  沖縄大百科事典 

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