2011年02月04日(金)08時49分
【ハチウクシー】と【マドゥトゥシビー】さらに【ウフトゥシビー】
旧暦1月2日、ハチウクシー
(参考:『那覇市史』資料編第2巻中の7)
ハチウクシー(初興し)。要するに仕事始め。小禄では3日。久米村では書初めをする。首里は那覇市史に記述なくてわからない。初拝みは小禄でも同じ。
(※ここまでは昨年の記事をコピペ)
ハチウクシーは、大きく括れば初御願(ハチウグヮン)の一種です。旧暦1月2日は、その他にも初御願関連の行事が沖縄各地に色々とあるのですが、それについてはまた来年かな……
※併せてコメントをお読みください。
『沖縄大百科事典』によると……
初起し はつおこし(ハチウクシー):年頭におこなう仕事始めの儀礼。正月2日か3日に仕事を手がけるまねをする。農家では〈ハチバル〉(初の畑仕事)といい、畑を3度鍬で掘り起こしたり、畑の見回りをして朝のうちに切り上げる。(中略)漁民は〈舟起し〉として、サバニに供物をしたり、鰹船などでは、大漁旗を掲げ、船霊に年間の安全、豊漁祈願をして祝う。大工は鋸の目立てをする。どの職業も本格的な仕事始めは初起しの翌日である。
もうひとつ。
マドゥトゥシビー
『沖縄大百科事典』によると、首里・那覇の還暦を過ぎた人は、今日から2月15日(つまり旧暦の1月13日)の間の、自分と同じ干支の日に小宴を開くのだそうです。それを「マドゥトゥシビー」という。
今年の旧暦1月は(括弧内は新暦)……
1月2日(2月4日)寅
1月3日(2月5日)卯(今年のトゥシビー)
1月4日(2月6日)辰
1月5日(2月7日)巳
1月6日(2月8日)午
1月7日(2月9日)未
1月8日(2月10日)申
1月9日(2月11日)酉
1月10日(2月12日)戌
1月11日(2月13日)亥
1月12日(2月14日)子
1月13日(2月15日)丑
これについては、まずトゥシビーのシステムを理解していないと分かりにくいですね。去年の記事にも書きましたが、あらためて「トゥシビー」についての説明を再掲します。やはり『沖縄大百科事典』から。
トゥシビー:奄美・沖縄では、自分の生まれた年と同じ十二支の年を生まれ年といい、その年の正月初めの同じ十二支の日に、無病息災を先祖や火の神に願い、祝宴を開く。(中略)生まれ年は12年ごとにまわってくるから、数え13歳・25歳・37歳・49歳・61歳・73歳・85歳・97歳に年祝いを催すことになる。このほか88歳(米寿)にも年祝いがおこなわれる。88歳と97歳の祝いはそれぞれ旧暦の8月8日と9月7日におこなう慣わしであった。沖縄諸島では88歳の祝いをトーカチ、97歳の祝いをカジマヤーという。また、生まれ年を厄年といい、今でも一部に家や墓の新築または結婚を忌む遺習がある。(中略)
首里・那覇では、マドゥトゥシビーといって還暦以降は、毎年正月に生まれ年と同じ十二支の日に小宴を開く習俗がある。原武雄によると、トゥシビーは年忌の訛であろうという。(後略)
要するに、60歳以下の人は、自分の干支と同じ干支の年の、旧暦の正月2日から13日までの間の自分の干支と同じ日にトゥシビーの祝宴を開く、けれども60歳を過ぎたら、自分の干支と同じ干支の年だけではなく、毎年正月、自分の干支の日にお祝いをする、それをマドゥトゥシビーという、というわけです。
『沖縄語辞典』によると、「マドゥ(madu)」は「隙間」のこと。また「平素」「不断」「ふつうの時」という意味もあります。つまり本来の「トゥシビー」の合い間であっても、お年寄りに対しては、平素からいつも敬いましょう、といったところでしょうか。
※ウィキペディアには、この「マドゥトゥシビー」について、還暦以上の人だけのお祝いとは限らず、年男か年女かも関係なく、「旧暦の1月1日から1月13日にかけてその年の初の干支ごとに家族全員がそれぞれ自己の干支の日に祝う」と記述されています。
通常トゥシビーといえば、年男年女とは関係のない「マドゥトゥシビー」ではなく、年男年女のお祝いを指し、「マドゥトゥシビー」に対して「ウフトゥシビー」と言われます。
※ウィキペディアから「ウフトゥシビー」についての記述をお借りしました。
ウフトゥシビー:13・25・37・49・61・73・85・97歳と12年ごとに巡る干支を祝う儀礼で、世帯に該当する者がいた場合に限って実施される。祈願は年始めの初のその干支の日に合わせて行われるが、97歳のみは旧暦の9月7日に行い、これをカジマヤーという。一般的にウフトゥシビーの年は厄年とされており、それにあたった者にとっては多難な年となるとされている。したがって新築・移転など重大な決定は避けるべきだと考えられている。
13・25・61・73・85歳はいずれもその数にウユエー(お祝い)という言葉をつけて呼ぶが、49歳は「クワヌトゥグンジューヌウユエー」と呼ばれている。クワンヌトゥは9を意味し、グンジューは50を意味する。これは厄年である49歳を早く通り越し、50歳を迎えたいという願いがこめられている。
25歳、37歳、49歳は家族のみで行われ、61歳からは、親戚・友人・近所を自宅に招き盛大に祝う。
年ごとの特徴
13歳:大人の仲間入りとして祝うものであり、体の念願や幸運、立身出世を願うものとされている。なお女子の場合は、次のトゥシビー(25才)には嫁いでいることがあるため、しばしば実家での最初で最後の祝いとなることから、当人の女友達や親戚も招いて盛大に行う習慣があった。
25歳・37歳:祝う習慣はなく、厄年の災難が無事に切り抜けられるよう願立てをする。
49歳:老人の仲間入り、大厄。
61歳:還暦。大きなお祝いを開く。
73歳:長寿を祝う。ヒヌカンやトートーメーへの祈願のみ、家族で食事を行う程度。
85歳:干支を7回りを祝い、大きな宴席を設ける。一方、これ以上の長寿は稀であったため、これ以上の長命は子や孫の分まで生きるものとして嫌う考えもあった。
97歳:カジマヤー。(奄美にはほとんど見られない。)※別途記事にて
こんな調子で“沖縄この日何の日”アップしていこうとは考えているのですが。
しかし、隙間(マドゥ)なく記事が書けるかなあ…
(参考:『那覇市史』資料編第2巻中の7)
ハチウクシー(初興し)。要するに仕事始め。小禄では3日。久米村では書初めをする。首里は那覇市史に記述なくてわからない。初拝みは小禄でも同じ。
(※ここまでは昨年の記事をコピペ)
ハチウクシーは、大きく括れば初御願(ハチウグヮン)の一種です。旧暦1月2日は、その他にも初御願関連の行事が沖縄各地に色々とあるのですが、それについてはまた来年かな……
※併せてコメントをお読みください。
『沖縄大百科事典』によると……
初起し はつおこし(ハチウクシー):年頭におこなう仕事始めの儀礼。正月2日か3日に仕事を手がけるまねをする。農家では〈ハチバル〉(初の畑仕事)といい、畑を3度鍬で掘り起こしたり、畑の見回りをして朝のうちに切り上げる。(中略)漁民は〈舟起し〉として、サバニに供物をしたり、鰹船などでは、大漁旗を掲げ、船霊に年間の安全、豊漁祈願をして祝う。大工は鋸の目立てをする。どの職業も本格的な仕事始めは初起しの翌日である。
もうひとつ。
マドゥトゥシビー
『沖縄大百科事典』によると、首里・那覇の還暦を過ぎた人は、今日から2月15日(つまり旧暦の1月13日)の間の、自分と同じ干支の日に小宴を開くのだそうです。それを「マドゥトゥシビー」という。
今年の旧暦1月は(括弧内は新暦)……
1月2日(2月4日)寅
1月3日(2月5日)卯(今年のトゥシビー)
1月4日(2月6日)辰
1月5日(2月7日)巳
1月6日(2月8日)午
1月7日(2月9日)未
1月8日(2月10日)申
1月9日(2月11日)酉
1月10日(2月12日)戌
1月11日(2月13日)亥
1月12日(2月14日)子
1月13日(2月15日)丑
これについては、まずトゥシビーのシステムを理解していないと分かりにくいですね。去年の記事にも書きましたが、あらためて「トゥシビー」についての説明を再掲します。やはり『沖縄大百科事典』から。
トゥシビー:奄美・沖縄では、自分の生まれた年と同じ十二支の年を生まれ年といい、その年の正月初めの同じ十二支の日に、無病息災を先祖や火の神に願い、祝宴を開く。(中略)生まれ年は12年ごとにまわってくるから、数え13歳・25歳・37歳・49歳・61歳・73歳・85歳・97歳に年祝いを催すことになる。このほか88歳(米寿)にも年祝いがおこなわれる。88歳と97歳の祝いはそれぞれ旧暦の8月8日と9月7日におこなう慣わしであった。沖縄諸島では88歳の祝いをトーカチ、97歳の祝いをカジマヤーという。また、生まれ年を厄年といい、今でも一部に家や墓の新築または結婚を忌む遺習がある。(中略)
首里・那覇では、マドゥトゥシビーといって還暦以降は、毎年正月に生まれ年と同じ十二支の日に小宴を開く習俗がある。原武雄によると、トゥシビーは年忌の訛であろうという。(後略)
要するに、60歳以下の人は、自分の干支と同じ干支の年の、旧暦の正月2日から13日までの間の自分の干支と同じ日にトゥシビーの祝宴を開く、けれども60歳を過ぎたら、自分の干支と同じ干支の年だけではなく、毎年正月、自分の干支の日にお祝いをする、それをマドゥトゥシビーという、というわけです。
『沖縄語辞典』によると、「マドゥ(madu)」は「隙間」のこと。また「平素」「不断」「ふつうの時」という意味もあります。つまり本来の「トゥシビー」の合い間であっても、お年寄りに対しては、平素からいつも敬いましょう、といったところでしょうか。
※ウィキペディアには、この「マドゥトゥシビー」について、還暦以上の人だけのお祝いとは限らず、年男か年女かも関係なく、「旧暦の1月1日から1月13日にかけてその年の初の干支ごとに家族全員がそれぞれ自己の干支の日に祝う」と記述されています。
通常トゥシビーといえば、年男年女とは関係のない「マドゥトゥシビー」ではなく、年男年女のお祝いを指し、「マドゥトゥシビー」に対して「ウフトゥシビー」と言われます。
※ウィキペディアから「ウフトゥシビー」についての記述をお借りしました。
ウフトゥシビー:13・25・37・49・61・73・85・97歳と12年ごとに巡る干支を祝う儀礼で、世帯に該当する者がいた場合に限って実施される。祈願は年始めの初のその干支の日に合わせて行われるが、97歳のみは旧暦の9月7日に行い、これをカジマヤーという。一般的にウフトゥシビーの年は厄年とされており、それにあたった者にとっては多難な年となるとされている。したがって新築・移転など重大な決定は避けるべきだと考えられている。
13・25・61・73・85歳はいずれもその数にウユエー(お祝い)という言葉をつけて呼ぶが、49歳は「クワヌトゥグンジューヌウユエー」と呼ばれている。クワンヌトゥは9を意味し、グンジューは50を意味する。これは厄年である49歳を早く通り越し、50歳を迎えたいという願いがこめられている。
25歳、37歳、49歳は家族のみで行われ、61歳からは、親戚・友人・近所を自宅に招き盛大に祝う。
年ごとの特徴
13歳:大人の仲間入りとして祝うものであり、体の念願や幸運、立身出世を願うものとされている。なお女子の場合は、次のトゥシビー(25才)には嫁いでいることがあるため、しばしば実家での最初で最後の祝いとなることから、当人の女友達や親戚も招いて盛大に行う習慣があった。
25歳・37歳:祝う習慣はなく、厄年の災難が無事に切り抜けられるよう願立てをする。
49歳:老人の仲間入り、大厄。
61歳:還暦。大きなお祝いを開く。
73歳:長寿を祝う。ヒヌカンやトートーメーへの祈願のみ、家族で食事を行う程度。
85歳:干支を7回りを祝い、大きな宴席を設ける。一方、これ以上の長寿は稀であったため、これ以上の長命は子や孫の分まで生きるものとして嫌う考えもあった。
97歳:カジマヤー。(奄美にはほとんど見られない。)※別途記事にて
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要するに、地域によって色々あるということ。
それは日本中同じだが、沖縄の狭さを考えれば、こうした行事の多様さは驚きである。なにしろ那覇市だけでこれだけ違うのだから。