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絵都夫くんの作曲した“道行の音楽”【坂本龍一と細野晴臣の安里屋ユンタ】

天気予報では夜から雪らしい。迷ったが、やっぱり自転車で行くことにしました。
旅僧の道行きの音楽が仕上がっていました。でもねえ……
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川崎絵都夫さんは、大変に著名な作曲家です。坂本龍一氏と仕事をしているなんていったら喜びそうな連中が僕の周りにも結構いそうだな。



あ、そうだ、因みに来る3月13日、狛江の「中央公民館のつどい」で、小生この“安里屋ゆんた”を三線弾いて唄うのです。いずれそっと告知しますけどね。そうか、その日は市民劇の稽古がある日だから、市民劇のお仲間はいらっしゃることはできませんねえ。残念。僕、申し訳ございませんが稽古、お休みさせてくださいませ。

2月1日の稽古の記事で書いたことなのですが、山口昌男氏が難しげに論じていたことを噛み砕いてもう一度。
この世ならぬ者に対する行為の「かたち」は「呪文」か「歌」か、はたまた「詐術」、時には「食べる」だ……、というハナシです。なんのことかというと、つまり、呪文を唱えるとか歌を歌ったりとか、そういう日常生活に入り切らない行為によってのみ、あの世の住人と交流できるのだ、ということですかね。そうした異界の存在を呼び寄せる行動を、山口先生は「磁気を帯びた行為」と呼ぶ。

さてね、川崎絵都夫先生(僕より年下ですが、これ、暴走族と沖縄では絶対なんですよ、だから会ったらまず干支を聞く)の音楽は、それはそれは素敵なのですが、果たして古の霊を呼び出す磁気を帯びたような曲なのかどうか……

なんだかさ、今まで僕がなんだかんだとここで書いてきたことが、音を立てて崩れていくような。

それにしても琵琶はどうなるのでしょう。一応ね、語り担当とは言っても、僕、山猫合奏団の一員なのです。作り物の張りぼてでエアー琵琶ってわけにはいかないのです。それがはっきりするまで、私、市民劇のチケットを知り合いに宣伝することに、どうしても積極的にはなれないのです。

関さーん、一ヶ月で人様にお金頂いて聞いていただける琵琶の演奏なんて、無理ですよーん。

絵都夫くん。早いとこ音楽全部作曲したまえよ。

【おまけ】
M.A.P.三線教室のメンバー、鈴木雄介氏のお好み……
細野晴臣の安里屋ユンタ


M.A.P.after5の細野晴臣関連記事ふたつ……
 ⇒京浜ロックフェスティバル《古きもの新しきもの、変わるもの変わらぬもの》
 ⇒智内さんの【天空企画】が出した本のこと
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tag: 「枡形城落日の舞い」   

Comment

No:1014|
安里屋ユンタが収録されてる「はらいそ」前後の細野晴臣が一番好きかなあ?。あのころの自分や自分のまわりが一番すきだったのかも。
No:1015|
音楽作曲が遅れていて大変申し訳ありません。確かに、もう3月になってしまいました。
今までに作った音楽は、ふじあさや先生からは一応「この雰囲気だよ!」とOKが出ていますが、稽古場に見学に行かせて頂いたりして、合わないようで有れば直しをする可能性はあります。
また、生楽器の演奏に関してはほとんど打ち合わせが出来ていなくて申し訳ありません。
ちょっといろいろあって、他の作曲やオケアレンジでバタバタしていますが、なるべく急ぎます。
特に「琵琶パート」が完成し次第連絡させて頂きます。それまでに、演出助手の方を通じて生楽器の部分についてスケジュールなどを早急に打ち合わせします。
どうぞよろしくお願いします。
No:1016|
>川崎絵都夫さま
御多忙の中、まさかコメントを頂けるとは、恐縮至極です。
どういうルートでこの記事までたどり着かれたのか、もし唐突にお読みになったのならば、寝耳に水、暗闇からいきなり飛び出してわけのわからない文句をつけたようになってしまって、大変申し訳なく思っております。
ただ、このブログの「落日の舞」のカテゴリ(http://lince.jp/hito/kawasa...)を最初からお読みくだされば、もしかすると、僕がこう考えるにいたった経緯を、多少なりとも御理解いただけるかなと、淡い期待を持っております。
といってもただの一兵卒です。演出家の判断に異を唱えて、音楽についてとやかくいう立場にはありません。
また、僕がこれまでこのブログで書き綴ってきた思いは、今回の市民劇の諸事情を無視したバランスを欠いた考えであることも、重々承知しています。
さらには、今度の「旅僧」の役を、僕はできることなら盲目の乞食坊主で演りたいのですが、しかし台本は全くそのようには書かれていません。だとすれば、僕の考えは、独り善がりという謗りを免れないでしょう。
僕は、このブログを連載記事のつもりで書いています。なので、この記事も最終の結論ではありません。あくまで途中経過です。
確かに今のところは、川崎さんの音楽をも含めた現在の芝居の枠組みの中で、どうにか折り合いをつけて、異界(歴史)からのザワメキを、少しでも聞き取りたいと思案しています。そのためにこそ琵琶は生で、という希望があります。でも、もう間に合わないかな、ということもあって、それが正しい行き方なのかどうか、これからまた考えなければとも思っているのです。
僕の芝居を決めるのは、きっと僕ではありません。
失礼がございましたならば、お詫びいたしたいと存じます。そして、一兵卒の呟きを気に留めてくださったことに感謝いたします。
お会いしてお話する機会がありますように、心から願って楽しみにしております。
No:1017|
琵琶の「さわり」について書いている次の稽古の記事も是非読んでください。
http://lince.jp/hito/kawasa...

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