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「枡形城・落日の舞い」妄想演出ノート(2)

兵藤裕己『琵琶法師』より。
「平家の物語が琵琶法師によって語り出されたのは、平家一門が壇ノ浦で滅亡してから間もなく、その死霊のたたりがいわれはじめた当初からだった」
「壇ノ浦で平家がほろんだのは、元暦二年三月二十四日である。それから、三ヶ月半後の七月九日、京都の町を大地震がおそった」
「大地震の原因として、『竜王動く』とも、『平相国(清盛)、竜になりてふりたる』ともうわさされたのだ。民間では、盲僧・琵琶法師や下級陰陽師などの巫覡の徒によって、さかんに『地神経』が読誦されたろう」
「王朝の秩序世界を混沌におとしいれた清盛以下の平家一門は、死後もこちら側の世界をおびやかしている。竜王の眷属となった平家のたたりをいう流言には、うちつづく天災や飢饉に苦しむ民衆の情念(ルサンチマン)が投影しただろう。平家怨霊の慰鎮は、治承・寿永の乱という祝祭的なオルギーが去ったあとの京都の貴族社会にとって、きわめて深刻な政治課題だった」


さて、頼朝の死の原因について、その本当の史実を探ることには何の興味もない。ただ当時の人びとの間では、頼朝は「平家の怨霊」の祟りで死んだと信じられていた。それが歴史の真実というものだ。旅僧(ワキ)もまた、それを疑ってはいなかった。

しかしこの芝居のストーリーテラー(シテ)である老女、かつて稲毛三郎重成に仕えていた元侍女は、「平家の怨霊」という巷の噂の影に、もう一つの真実のあったことを匂わすのである。
「『吾妻鏡』のこの(頼朝の死の)前後は、十二月二十二日より二月までの間、何者かの手で切り取られておるそうにございます」
「はて、なにゆえに」

頼朝の死と北条の謀略。

何度でも言う。本当の史実に興味は無い。というより、頼朝が事故で死んだとしても、つまらぬ病気で死んだとしても、あるいは謀略がその死の原因だとしても、それらにどんな違いがあるのか。犯人探しをして、罪あるものに罰を与えようとしているわけではない。いずれにしても頼朝の死が、北条にとっては都合のよい出来事であったということに変わりはない。だが、北条が自らそれを認めるわけにはいかない。それこそが北条が編纂した正史「吾妻鏡」の欠落の理由ではなかったのか。しかし、小林秀雄に倣って言えば、その欠落が却って陰謀の存在を想像させる。

源氏の後に権力を握った北条にとって、頼朝の死の原因は「平家の怨霊」であってくれる方がいい。そうすれば自分たちに責任はないと澄ましていられる。怨霊を鎮める役割は、盲目の琵琶法師に任せてある。
しかし、時代を動かしているのは、時の支配者にとって都合のいい「怨霊」などではない。歴史は、いつだって生身の人間が作っているのだ。ただ、権力者の手によって改竄された歴史だけが、積み重ねられていく。傍らにある数多くの真実の物語を抹殺しながら。
老女は、そのようにして置き去りにされた物語たちの中から、一篇の美しき物語を、旅僧に向かって語り聞かせるのである。

「これは、聞きしに勝る哀れなことでございました。かくなるうえは、この物語、この琵琶にのせて、末永く語り伝えてまいりましょう」

さて……。本当かな……。
なんだか気に入らない。
ちょっと手の届かないところにゴールがあったからこそ面白そうなゲームだったのに、尤もらしい屁理屈を考え出して、自分を誤魔化してそのゴールを手前に引き寄せてしまった感じ。
頼朝は北条の謀略によって殺され、続けて畠山重忠と稲城重成も、北条によって誅殺される。それが歴史の真実だ!なんだかとても詰まらなくなった。歴史の真実に興味はない。

何かが足りねえんだよなあ……

そして稽古を終えて、今日もちょいと居酒屋に寄った。

確かにさ、この芝居、頼朝が重成と重忠に深い寵愛の感情を抱いていなければ、お客さんはきっと、頼朝に忠義を尽くす従兄弟に納得しないだろう。では頼朝と重忠・重成を結びつけるものはいったい何なのか。それこそが彼らに共通する自由の感覚なのである……。
ふん、なかなかうまくまとまっているのだが。

だらだらと、言いたいこと言ってお開き。
神野美奈実さんと石山海くん
お疲れさま。4人いるの分かる?遠くでふたりほど手を上げているのだが。本日はnew faceなし。

帰り道、僕はひとりツラツラと考えていた。

たぶん、お客さんが重成に感情移入するために最も効果的なのは、重成とその最愛の妻、綾子の場面をどう作るかだ。重成は綾子から天真爛漫に愛されていて欲しい。そうすれば、頼朝の重成に対する態度に微妙な影があったとしても、この芝居は成り立つ。

だいたい人間そうそう単純な感情で行動を決めているわけではない。重忠と重成が頼朝に忠義を尽くす理由に、義理や建前や夢といったどうしようもない男の論理が重なってきても構わない。むしろその方が、この芝居の懐は深くなるだろう。何よりも、女性である綾子の純粋さが際立ってくる……

そんなふうに、実際の芝居作りに即して、色々考えてみるのも悪くはない。しかし、それは僕がとやかくいうことではない。僕がこのブログで書いている興味は、それとは別なゲームなのである。

はたして頼朝の死は、「平家の怨霊」の仕業ではなかったのか。また、源頼朝と稲毛三郎重成と畠山二郎重忠は、「源平交代思想」の呪縛からは自由であったにしても、歴史からも自由であったといえるのか。

M.A.P.after5は連載ブログである。結論は、きっとまだだいぶ先にある。
神野美奈実さんに言われた。
「桂夫さん、働いてるんだ」
美奈実さんは観世桂男さんと、昔からのお知り合いだったようで。
芝居の世界も狭いということみたい。

役者がブログなんかであんまり演出がらみのことをなんだかんだ言ってると、きっとだーれも使ってくれなくなっちゃうよね。

いえいえ大丈夫です。ここで僕が書くことは、妄想ですから。
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