11月12日の呟きのまとめ《イオマンテの祭りの意味を僕らは知っているのか》

11月11日という日を、発表会だけで過ごしてしまった。だからといって、感じる必要のない「後ろめたさ」。だがいたしかたない、これが性分なのだと、最近は開き直ることにしている。それをいちいちこうして書き連ねて弁解するところが、もしかして僕、かわいい?

冗談である。

一週間くらい前から、事務所の入り口の正面の壁に、初めて首相官邸前のデモに行ったときに貰った“NO OSPREY”のビラを、発表会のチラシの傍の貼ってみた。

NO OSPREY

琉球新報の号外は、その後いつのまにか貼られていた。宇夫方女史が貼ったらしい。
「なんで貼ったの」
「あったから」

gajumui

11.11、昨日の10万人集会の情報を知りたいと、事務所のTVをつけてみた。ネットをあちこち巡ってみた。だが…
11-12 10:11

確信犯的メディアは別として、NEWSの価値をどう作り出すかとという戦略(←性に合わない言葉だが)について思う。北谷での朗読劇でなるほどと気づかされたこと。企画が持ち上がり、稽古が始まり、出演者が高江に行き、そして本番、その都度ニュースになった。有難かったと高江の人たち。
11-12 10:16

もうずいぶん前のことだが、状況劇場(赤テント)が戦略を変えた。それまでテレビを頑なに拒否していたが、そこへ劇団の役者たちを送り込む事に決めた。根津甚平、小林薫、時を隔てて佐野史郎…、ミイラ取りがミイラになったかどうかは知らぬが、今回はそれとは違う。すでに名の知れた俳優諸氏がノーギャラで引き受けた。観客を呼ぶ力のある人たち。
無名の役者であることが潔いなどと斜に構えてきた自分の20数年を、3.11以降、僕はとても後悔している。
入り口の看板は何でも構わない。看板に誘われて入った人たちに知ってもらえればそれでいい。きっかけが津嘉山正種でも北島角子でも、ヤンバルクイナでもノグチゲラでも、ジュゴンでも構わないのである。

辺野古のこと。「ジュゴンを守るために基地建設に反対する」のか、「基地を作らせないためにジュゴンを守る」のか、そんな内部対立があったという話を聞いた。運動に関わっていた人にそのことを話したら、あったかもしれないが大した問題ではなかったと。ひとつの聞きかじり、ふたつの聞きかじり。
11-12 13:55

動物好きの娘は読まないでください。父は嫌われたくないから。“社長とは呼ばないで”という僕の裏ブログ。「頗る貴重なスペースを避けて」イオマンテの祭りの意味を、お前は本当に知っていたのか。 http://t.co/ci6pW1rI
11-12 14:01

さらに僕は、2009年に“社長とは呼ばないで”に書いた記事も思い浮かべていた。
 ⇒生物多様性と自然淘汰
でも、これについては呟かなかった。自分のうちの飼い猫のことなら「冗談」と許されても、「ジュゴンを殺す」とまで言ってしまえば、きっとそこだけを取り出して立腹して責めたてる方々がいてもおかしくはない。

とはいえ、僕には飼い猫を食うこともできないだろう。ジュゴンを殺して構わないとも思っていない。
だが、切実に自らの生活が脅かされる事になったとして、それでも変わらずにいられるだろうか。僕たちは本当に、イオマンテの祭りの意味を知っているのだろうか。

そろそろ出掛ける時間である。頭を切り替えなければならない。

草野心平の「河童と蛙」や「るるる葬送」も、坂本遼の母親が死ぬ間際に、林檎と梨と、どちらのスープがいいかと問われて「安い方のがええ」と答えた話も、あながち無関係ではないと、後ろめたさから逃れるように僕は思い始めている。

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