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この親父が記憶していることを…

喉が痛い。
首にタオルを巻いて、眠ろうとするのだが。
起き出してPCを開く。

いつ、年が明けたのか、知らない。というより、正月二日の夜見た夢が初夢ということは、本来12月31日の24時を過ぎようがそんなこととは関係なく、大晦日に寝て、そして太陽の下、目覚めた時からがきっと正月だったのはずなのに、デジタルの時刻表示が正月の始まりを変えてしまったらしい。

今年も、全ての日本人と一緒に、ひとつ年を重ねた。そんなことを金城実氏に言ったら、なんと返ってくるのだろう。できれば一緒くたにされるのは御免蒙りたい。そう思う者が、この日本国にいったいどのくらいいるのだろうか。
…などと、ボーっと考えていたら、2年半前の金城実氏のアトリエに行った時の記事を、今ならなんとか書けそうだと思えてきた。ずっと気にしながら暫定投稿のママほったらかしていた文章である。熱っぽい脳味噌が、手抜きして書くことに寛容になっている。この隙に、その記事をでっち上げてみることにした。

ああしかし、そこに到るまでのたくさんの記事の体裁を整えるのに時間が掛かる。またこれだ。古いブログからの引越し作業がまだなのである。つまらない作業、その腹立たしさ。

僕の書斎は厚手の黒いカーテンを閉めっぱなしなので、空が白んでいたのかどうか、それも知らない。いつの間にか眠りに落ちていたらしい。

長い時間身体を横たえておく体力がないから、寝ている苦痛に耐えかねて起き上がる。
もし眠る苦痛から逃れるための起きるという力まで失ってしまったら、この苦痛を抱えながら横たわり続けなければならないということか。
「想像するだけで地獄だ…」
きっと熱に魘された妄想である。

一昨年の夏に他界した父親を想った。
親父は、死の直前まで寝たきりにならずに済んだ。仕事が忙しくて殆ど家に帰れなかった僕以外の家族の、暖かい介護のお陰である。

2013年元日。この暗い書斎から出て、まだ生きている母親のために、仏壇に線香をあげるべきなのだ。でも、その役目は、女房や子どもたちが果たしてくれている。

僕は家族の写真を撮らない。ブログにも余程の事がない限り書かない。だから、死ぬ間際の親父の顔は思い出せても、それより1年遡ってしまうと、何も憶えていない。
「やはり俺は歪んでいる…」
分かっている。でも構うものか、それが俺の役割なのだと開き直る。

元日は年々特別な日ではなくなっていく。365日の、たまたま一番最初の日。その大部分の時間を、僕は家族と無縁な過去と向き合って過ごしていたわけだ。
「こんな親父だが、この親父が記憶している事を、まだ起き上がる力が残っているうちに、お前たちに話しておきたいのだ」

gajumui

お正月。みんな何してるんだろう。僕、ちょっと風邪気味で、この時とばかりに昔のブログを整理している。2010年夏のブログ。辺野古に移設なんてできっこないという伊波洋一氏の話。だが、そこには裏が…/「辺野古に行って考えたこと」 http://t.co/iXkrpgay
01-01 21:21


そして、ようやくたどり着いてでっち上げた記事。

after5のアイコン mapafter5

平敷屋朝敏のデスマスク、チェ・ゲバラのデスマスク、そして“ちゃーすが!?沖縄~金城実のレジスタンス”/「金城実アトリエ訪問」(2年かけて書いた2010年7月23日の記事)
01-01 22:39
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 ⇒http://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-1706…

しかし、こんな昔のことを今さら読んでくれる人がいるんだろうか。でももしかしたら、当時の画像をココに貼り付けておけば、ついついクリックしてしまうお方もいるかもしれないと、策を弄してみたのだが、果たして…。

でも、子どもたちは、こんなブログなど読んじゃいないのだ。
もしかすると子どもたちは、何年か後、親父のデスマスクとしてこのブログを読むのかもしれない。俺は、それでいいと思っている。
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tag: 金城実 

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