閃いたことがGOになった

演出助手から事前の連絡はなかった。ということは改訂台本が出来上がったということか。ならばと、先月末の稽古の時の約束通り、スケジュールをやりくりして市民劇の稽古に出ることにした。

しかし、たとえ台本に僕の希望通りの追記がなされていたとしても、さらに加えて、いくつかの場面で僕が三線を弾く事になったとしても、やっぱり今の現状では、今回の市民劇に僕が関わるメリットはないと、M.A.P.代表としては思っていた。

そうして、2月1日沖縄へ立つ前の日、閃いた!のである。
すぐに宇夫方女史に電話をして、こちら側の体制を整えるように指示をした。

川崎市沖縄県人会には話が通った。そのことを確認して、沖縄で渡久山英男さんと打ち合わせをした。渡久山さんも面白がってくださった。

後は市民劇の方である。
この日の昼、Sさんに電話を入れた。Sさんも乗り気になってくれた。しかし最終決定権はもう一人のSさんにある。そのSさんからGOが出ればSさんは動いてくれる。そこでもう一人のSさんに連絡を取って、30分早く稽古場へ行ってそのSさんと会う約束をした。

なかなか沖縄関係者への宣伝がうまくいっていないらしい。そんなこともあってか、話はスムーズに進んだ。これで決定である。

稽古が始まる。
結局、台本はまだ出来ていなかった。演出助手はインフルエンザでお休み。僕が出る場面にも若干の台本修正があって、暫く稽古に出れなくなる僕のために、そのシーンの部分だけのコピーが渡され、そこの部分の読み合わせから稽古は始まった。どうにか約束は守られたというわけか。でも、降板するか否か、問題はこの場面ではないのだが、もうグダグダ言わぬことにした。なにしろ閃いたことがあるのだから。

稽古の休憩時間、演出のSさんに話した。(みんなSさんなので分りにくい!)
「いいじゃないですか」とS氏。
「納得できる落としどころを自分で考えたんですよ」
S氏は僕の言葉をどう聞いたのか。

市民劇の稽古場1

市民劇の稽古場2

市民劇の稽古場3


稽古が終わって、もう一人のSさんがみんなの前で僕の持ちかけた提案を発表してくれた。これで完璧にGOである。

帰りは、作者のO先生の車で送っていただく。途中まで演出のS氏も一緒。
S氏「性格が良くていい俳優なんていないですよ」
僕「じゃあ僕はダメだなあ」
S氏「そうですか」
僕「…そこは違うでしょ。そうじゃなくて、大丈夫ですよって言うところでしょう」
S氏「ああ、そうか」

S氏は、僕に「みんなを引っ張ってください」と仰る。どこまで本音なのかは分らない。しかし、閃いたことがGOになったので、僕はあっさりと、これからはSさんの演出に協力して差し上げようと、作戦変更したのであった。

もしかすると、僕はやはり、S氏にまんまとしてやられたのかもしれない。だが、ママよ、である。

そしていよいよ、告知なのである。

【オマケの呟き】
gajumui

今日はスケジュールを調整して川崎市民劇の稽古に行った。要望は通ったのかどうか定かではないが、自分で落とし所を作ることにした。明日(もう今日か?)諸々告知する。スケッチオブミャークの上映期間が延びたのと、ハルメリの稽古に最初の二日間は出なくてもよくなって、時間に少し余裕が出来た。
02-08 00:07

関連記事

tag: 川崎市民劇.「大いなる家族」 

Comment

コメントの投稿

Comment
管理者にだけ表示を許可する