5/25~26のツイートまとめ

gajumui

藤木勇人さんがfacebookで「素晴らしい内容だったよ。昨日、明日まで演ってるよ。興味のある方は絶対に観たほうがいいよ。沖縄県民は全員観た方かいい」と投稿してくれました。だが…(続く/「川崎市民劇 “大いなる家族”に出演します」 http://t.co/BGEfHue9Er
05-25 08:05

続き)5月4日、別班を観た宇夫方女史も、今回はずっとよくなっていたと言う。きっと、少しは役者もイキイキし始めたのだろう。だが(ここからが「だが」なのだが)、芝居に感動すれば、普通「いい芝居だった」という。「いい内容だった」とは言わない。(続く
05-25 08:12

続き)ただ、藤木氏が「いい内容だった」と言ってくれて、少し安心した。さらに「ただ」なのだが、しかしそのハナシは後日。今日も本番、もう出掛けなければ着到(「ちゃくとう」という演劇用語)時間に間に合わない。
05-25 08:15

続き)安心したというのは、芝居が良かったらしいと思ったからではない。沖縄ではチョー有名な藤木さんが「素晴らしい内容だった」と評してくれたことによって、沖縄の人たちから批判続出という事態は避けられたと思って安心したのである。だが、沖縄の人の優しい笑顔を甘く見てはいけないさー。
05-26 07:37

阿波連さんの四つ竹は素晴らしかった。だが俳優や舞監や演出にそれを感じ取ろうとする何かが決定的に欠けている。6ヶ月も琉球舞踊の傍で稽古してきたというのに。いつものことだが僕は楽屋に御挨拶に伺う。「ご丁寧にありがとうございます」と言われて恐縮する。他の誰かがこの楽屋に来た様子はない。
05-26 07:47

阿波連宗家のお孫さんに話を伺った。なんと明治大正の時代から、沖縄と川崎を行き来していらしたとのこと。今回の芝居のモデルになった佐久川昌子さんの生きた時代よりはるか前のことではないか。知らなかった。はたして、その頃の川崎における琉球舞踊・沖縄芸能は、いったいどのようにあったのか。
05-26 07:57

沖縄の人たちにとって、特に遠く島を離れたウチナーンチュにとって、戦い続ける沖縄人にとって、沖縄の芸能がどれほど重要なものか、市民劇に参加した人たちは勉強してよくご存知のはずである。頭だけで、言葉だけで、知識だけで。演じる体験は、それを身体性にまで高めるチャンスであったはずのに。
05-26 08:06

「教育」「労組」「在日」等、様々な問題を扱う中の、「沖縄」はそのうちのひとつに過ぎない。でも、だからといって雑に扱っていい訳はない。第一場のカチャーシーの場面、ヤマトゥンチューだけでその場を作るのは無理と分かっていても、5ヶ月の稽古の中で数時間の練習でいいはずはない。(続く
05-26 09:35

続き)芝居について「おもしろかったよ」と言った人が、盆踊りかよさこいにしか見えなかったカチャーシーの場面についてこう言った。「演出がカチャーシーのこと、大切にしてないんでしょ。琉球舞踊も三線も。」
05-26 09:39

@R_Kuraken トモコさんなのかどうか、大きな方。関りえこさんのことも、宇夫方路さんの名前もよくご存知だったみたい。宮森先生も、阿波連はいい踊りをするって仰ってた。阿波連さんにそんな歴史のあること知ってた? 僕はびっくりしたさ~。
05-26 09:45

「だって市民劇だろ」と色んな方に言われた。「批判は如何なものか」という批判ももっともであるし甘んじて受けよう。だが、財団の力を借りて3,500人の観客を集める公演である。結果的にしろ、表層を撫でるような「沖縄」の扱い、この芝居に関わるものとして、僕は黙ってはいられなかった。
05-26 09:58

願わくば今回の芝居をきっかけに、共演者の方々が沖縄の今を感じるようになればと思う。偏狭な「大和」の思考回路で、「沖縄」を理解できるという思い込みを、どうか一度疑ってみて欲しいと思う。入り口は、琉舞の動きや唄三線の音色にある。今日が最後のステージ、終わりにするか、始まりにするか。
05-26 10:12

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