後夜祭を残して(7/1のツイートまとめ)

こんなツイートを見つけた。
datechibu

喜多見と狛江のちいさな映画祭会場、とても映画祭の会場には見えないローカルっぷり、とふぐしまの田舎もんに思わせるロケーション、素晴らしい。 http://t.co/mdf6Px7VN9
06-30 13:12

なんとなく嬉しい朝。

KitamiFilmfes

喜多見と狛江の小さな映画祭、「夜じゃないけど後夜祭」を残して、全てのプログラムが終了しました。期間中、延べ400名をはるかに超えるお客様においでいただきました。そんな観客の皆様に、またなんらかのご尽力を頂いた全ての方々に、心からの謝辞を申し上げます。本当にありがとうございました。
07-01 08:15

関係者、出演者、ゲストなどを含めれば来場者述べ500名位。大きなホールに比べては半日分ではありますが、なんのその!あのニーチェの馬を観た直後、全てのカットを覚えていたように、今はお越しいただいた方々全てのお顔を思い起こすことができます。一人ひとりに向けて、ありがとうございました。
07-01 08:20

gajumui

仮に小さな映画祭が、山形あたりのそれみたいにでっかくなったとしても(でかくするつもりもないし、でかくなるわけもないのだが)、僕には心底笑うことはできないだろうと思う。新しいたくさんの人々と出会えたとしても、去った人々の向こうに連なる「広大な何か」。それは、説明し難い不在の感覚。
07-01 09:13

ネガティブなことは語るべきではないと、多くの方々に暖かく忠告されます。一歩一歩だよと。よくやったよと。感謝いっぱいです。でもね、分ってもらえない、伝えられないといったことではないのです。いったいどう言葉にしたらよいのだろうと、昨日から考え続けているのですがママならないのです。
07-01 09:36

見えぬ陰の中の存在(もしかすると存在しない何か)への想像力と共感。誰もが見向きもしなかったものにスポットを当てる。だがその瞬間から、陰の住人―「非存在」ではなくなるという矛盾。そして笑いを獲得した成り上がりものは、棄てられしモノから棄てる主体に変貌したことに気づくことはない。
07-01 09:49

見捨てられしものは存在しないが如く、「非存在の代弁者」は、その名前そのものが自己矛盾であることに躓く。いったい非存在はどこにあるのか探すのだが、対象が非存在である限り見つかるはずもなく、想像妊娠のような陰の中からの眼差しに傷つきながら、ただ自らを見つめるしかない。不在の感覚。
07-01 10:32

決してネガティブであるつもりはないのです。ただこの世界には間違いなくネガティブな場所が点在し、それを忘れては世界は変わらないと信じているのです。そしてそのことは、極めて具体的な事例から形而上の思索まで貫き、かつ個々バラバラに助けを求めているらしいという認識です。
07-01 11:05

最後のプログラムが、混沌とした想念に名前をつけようとする営為、再びその厄介さに向かうきっかけに充分であったことを、櫻井篤史と加藤到という古き友人2人に感謝したい。不在の感覚に慄くまだ見ぬ多くの友人のために、僕はここから離れないと決めた。http://t.co/zzMoVBDiUS
07-01 11:25

だが一方で、僕は一介の役者でありたいと、切実に思っているのである。
07-01 11:27

RT @maYmaYuko_515: ブログを更新しました。 『ありがとうございました!』 http://t.co/8cbwJASFd0
07-01 11:28

加藤到は山形国際ドキュメンタリー映画祭の副理事長らしい。30年以上前、やつはいつも俺に「お前の脳味噌を使って考える」と言った。やつの脳の貧弱さを補うために、優秀な脳を利用された俺の身にもなってみろ。(続く…
07-01 11:52

…続き)そして加藤到はいつも、週刊誌のゴシップ記事のように、「自分の考え」をでっち上げるのであった。※さて、この連続悪たれツイート2発、他人さまはどう読むのでしょうかしらん。
07-01 11:57


そして後夜祭へ…
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tag: 【映画祭】  都立駒場高校_旧友たち 

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