「内容が偏ってる」というコメントに対して…

Facebookで沖縄好きが集まっているらしい非公開のグループに参加している。
集客に苦労するのは毎度のことだが、今回は特に告知が遅れていて、なので藁をもつかむ思いで、そのグループに、昨日の13日の金曜日、映画祭の本チラシ裏表を投稿してみた。「こんな映画祭があります」という簡単なコメントだけ添えて。

概ね好意的な反応。といっても、3000人近いメンバーがいるのに、反応は30人足らず。それでも他の投稿よりマシで、つまりあんまり活発に動いているグループではないらしい。いったい、何人くらいの人の目に止まったのか、それも定かではない。

そこに本日14日のお昼過ぎ、13日の金曜日に投稿したのが悪かったのか、次のようなコメントが付いた。「ひどいね」マークと共に。
「内容が偏ってる様な気がする…
沖縄発の最も
(←ママ)素敵な映画は沢山あるのに。」


ボクはしばし考えた。慌てて反応すると、ロクなことにはならない。

そういえば思い出した。第一回の映画祭が終わってずいぶん経った時に、どこかの居酒屋で、「左の映画祭だって言われてるよ」と教えられたことがあったっけ。
はじめての沖縄映画祭の時だったか、沖縄の「お」の字でもつけば政治的と見做すというようなことを、市では言っているとか、そんな話を関係者から聞かされた。

ああ、あんなに、「まずは知ることから始めよう」と宣言してきたのに、且つ「ドキュメンタリーはフィクションである」ということも忘れないように、だからこそ単発上映ではなく、映画祭にして世界を多角的に見ようとしてきたのに、こんなふうにレッテルを貼られてしまう、その理不尽。

しかしレッテルを貼られるには致し方ない事情もある。我々のような小さなグループが映画を上映しようと思えば、やはり上映料が大きな問題となる。大手映画会社の作品は、おいそれと上映できるものではない。どうしたって自主制作映画の、特にドキュメンタリー作品から選ぶことになる。そうした採算度返しで作られる作品たちは、監督さんが自腹を切ってでも伝えたいことがあるという「思想」に支えられてる。そんな作品だから、やはり今の世の中に疑問を抱き、現状を問い、糾弾し、あるいは世の中の片隅で忘れ去られている現実に光を与えるようなモノが多くなるのは必然なのである。

だいたい、芸術や表現というモノが、世界との親和性の中から生まれるとは、僕には到底思えないのである。権力に寄り添うような、いわば国策映画が出て来るような時勢の後に世界でどんなことが起こってきたか、歴史が証明しているではないか!なんて、本当は言いたい気持ちもあるのだけれど、それでは全く対話にはならない。お互いに旗振って終わりになる。

実は沖縄映画祭の上映作品選定に際して、こんな表を使っている。
作品選び
横軸は、左が文化、右が時事問題。縦軸は、上が昔で、一番下が今となる。例えば復帰の頃の沖縄の自然を扱った映画があれば、ど真ん中あたりの作品ということになる。そこに作品名を記入した付箋を貼っていくのだが、色は「沖縄本島」「八重山」「宮古」「奄美」の違いを表している。
ある程度上映作品が揃った段階で、集まれる実行委員何人かで、この作品はどのあたりかね、などと考えながら、ひとつづつ付箋を貼る。そして最後に全体を眺めて、この辺にピンクが足りないねえ、とか、ここの空いたところに青が欲しいねえとか、そんな映画あるかなァというようなやり取りをしながら、ラインナップを詰めていくのである。

実は今回、最終的な作品決定に至るまで、とっても手間取った。それにはいくつか理由があるのだが、一番の影響は、去年の12月20日、米軍普天間飛行場の辺野古移設に伴う埋め立ての承認を取り消した翁長知事を国が訴えた訴訟の上告審判決であった。最高裁第二小法廷はこの日、県側の上告を退け、県の敗訴が確定した。

これで、年明け、辺野古が動く。

それまで「圧殺の海-沖縄・辺野古」「圧殺の海 第2章『辺野古』」も、上映作品リストにはなかった。高江の作品だけでいいと考えていたのである。しかしこうなってみると、「丸ごと沖縄」を目指す我々としては、辺野古なしで今の沖縄は語れない、それなしで済ますわけにはいかなくなったのである。

さらに追い打ちをかけるように、中山石垣市長が26日、自衛隊配備を受け入れると表明した。
考えて見れば、今までウチの映画祭ではたくさんの沖縄の映画をやってきたのに、自衛隊に関する映画はやっていない。だいたい、自衛隊を扱った映画が少ない。(そういえば天皇を扱った映画もないなあ…)
自衛隊、今やらないでいつやるのだ!と、そんな気持ちになった。そこで、急きょ「はての島のまつりごと」の上映を決定したのである。

さて、そうなってあらためて作品選択のための表を眺めると、やっぱり右下(現在の時事問題)が重い。
※ここで一言申し上げておきたい。時事問題が重くなったからと言って、決してそれは思想的な「左」を意味しない。確かに辺野古と高江の映画については反基地の主張が鮮明である。そしてそれについてとやかく言われる筋合いは全くないと思っているのだが、「はての島のまつりごと」については、決して半自衛隊を主張する映画ではない。賛成派も反対派も、どちらでもない人も、淡々と島の人たちを追いかけている。どちらの立場も、監督の視線であることに変わりはない。

というわけで、あまり政治とは関係のない骨太な作品がどうしても欲しくなった。それで浮かび上がってきたのが、大林宣彦監督の「風の歌が聴きたい」だった。
前から気になっていた映画、でも、メジャーの映画を撮っている大物監督の映画なので、それだけで無理かなという先入観があった。しかし今回の映画祭ではバリアフリーも大きなテーマ、「聴覚障がいを持った若い夫婦が過酷な宮古島トライアスロンに挑む」というこの映画は、是非やりたい作品として一度は検討していた。ところが、配給会社が倒産したとか(夜逃げしたという話があったり)で見つからず諦めていた。いや、考えてみれば、むしろ配給会社が存在しないのはチャンスだったのである。ダメ元で再挑戦、直接監督さんにアプローチしてみることにした。そうしてやっと大林監督の事務所にたどり着いたが、時遅かりし、あちらが年末年始のお休みに入る間際であった。結局しばらく連絡も取れず、もう諦めるしかないと実行委員のみんなに宣言したその日、上映許可の連絡が来た。もう正月気分も抜けた連休直前の7日のことだった。これで、あのバランスシート表が希望通り埋まった。

さて、話を戻す。
夕方まで考えて、僕は「内容が偏ってる」というFBの沖縄好きグループのコメントに対して、次のように返信したである。

「高倉健の沖縄ヤクザの映画とかもやりたいんですけどね、でも大手映画会社の映画は我々のような小さいところの力では上映できません。どうか東映とかに頼んでください。日活さんみたいにできるようにしてくださいと。
そういう高いハードルがありながら、私たちはものすごくバランスを考えてラインナップしています。
もしかして●●さんは、辺野古や高江の映画ばかりに目を奪われてはいらっしゃいませんか?
『宮古島トライアスロン』には安倍首相夫人とか自衛隊配備を容認した下地敏彦宮古島市長とかも出演されています。
『沖縄/大和』では、例えばあの手登根さん(オスプレイファンクラブ代表?)へのインタビューもしています。
『人魚に会える日。』を見た反基地の人たちには、もやもや感一杯の方たちもいるらしい。
そしてそれらの作品は、どれもこれも決して安倍首相夫人や下地市長や手登根氏や、基地推進派の人たちを否定的に扱っているわけでもありません。
他にも、組踊の映画を始め、オキナワノコワイハナシとか、政治色などの全くない様々な映画がいっぱいあるんですよ。」


※1月20日現在、これについて●●さんからの返信はない。そして「いいね!」がひとつ付きました。
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