プログラム12「9.11-8.15 日本心中」

第五回 喜多見と狛江の小さな映画祭+α 上映作品11

※できることなら、前作「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男も見て頂きたいのであるが…
9.11-8.15 日本心中
(ドキュメンタリー 145分/2005年)
監督:大浦信行

くり返される死。あの時わたしたちは、死ななければ、ならなかったのだろうか…

「9.11-8.15 日本心中」チラシ表

※クリックすると大きくなって記事が読めます。
「9.11-8.15 日本心中」チラシ裏

針生さん、どこまで歩いて行くの?


日本語字幕付きで上映するために、ただ今、文字起こし作業中!

 ※スクリーン脇の別途スペースに縦書きで映写します。

日時:8月27日(日)13:30~
会場:M.A.P.

※上映後、鈴木邦男氏と足立正生氏の対談があります。
※手話通訳の必要な方がいらっしゃる場合、スタッフが手話通訳を致します。

【チケット料金】
 前売り 1,000円(当日1,200円)

  ※介助の方と御同伴の場合は、お二人で一人分の料金、またはチケット1枚
   (なお当作品の上映会場は車椅子の対応が出来ていません。お問合せください。)

 学生及び75歳以上 前売り 500円(当日700円)
  ※受付で学生証・保険証等を提示してください。
  ※ご予約を頂けば、前売り扱いにて、チケットを受付にお取り置きいたします。

ご予約・お問合せ:
TEL:03-3489-2246(M.A.P.担当うぶかた)
FAX:03-3489-2279
Mail:kitamitokomaenoeigasai@gmail.com(チラシ掲載アドレス)
・・・mpro@mbh.nifty.com(従来アドレス)

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トークショーに大浦監督もお誘いした。すると大浦監督は、「鈴木邦男×足立正生」という対談は極めて面白い。そこに監督が顔を出したら、遠慮してトークがおとなしくなってしまうかもしれない。なのできっとボクは参加しない方がいいと仰られた。しかしもしかすると、当日、ひっそりと客席の隅っこにサングラスを掛けた大浦監督が座っているかもしれない…

【鈴木邦男氏プロフィール】
鈴木邦男氏1943年、福島県郡山市生まれ。政治活動家。合気道三段。柔道三段。
67年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。在学中から「生長の家」学生会全国総連合(生学連)に所属し、書記長として活動。その後、全国学生自治体連絡協議会(全国学協)委員長。
早稲田大学大学院修士課程を中退して産経新聞社に入社。70年の三島由紀夫事件に衝撃を受け退社。
72年、犬塚博英、四宮正貴、阿部勉らと新右翼団体「一水会」を創設し会長に就任。99年、同会代表を退任し顧問に。
一水会結成当初は暴力的な行動右翼そのもののスタイルだったが、冷戦終結後から「宿敵・左翼の崩壊を危惧する」「左右の超越を訴える」といった独自の立ち位置を確立し、左右の友人と幅広い交流関係を持つ。
著書に『腹腹時計と〈狼〉』『闘うことの意味─プロレス、格闘技、そして人生』『夕刻のコペルニクス』『公安警察の手口』『増補 失敗の愛国心』『反逆の作法』『愛国者は信用できるか』『「蟹工船」を読み解く』など多数。

【足立正生氏プロフィール】
足立正生1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。
1971年にカンヌ映画祭の帰路、故若松孝二監督とパレスチナへ渡り、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、パレスチナゲリラの日常を描いた『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作。1974年重信房子率いる日本赤軍に合流、国際指名手配される。1997年にはレバノン・ルミエ刑務所にて逮捕抑留。2000年3月刑期満了、身柄を日本へ強制送還。
2006年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルに描いた『幽閉者 テロリスト』で35年ぶりにメガホンを取り、日本での創作活動を再開。


以下、プログラム冊子「9.11-8.15 日本心中」の針生一郎投稿文より抜粋
対談を多く撮影しすぎて理屈っぽすぎると途中で大浦監督が言いだした。それでも最後の対談相手は外国人芸術家がいいと言う。
(中略:最後の対談相手が金芝河になる経緯が述べられたあと…)
当時の金芝河は朝鮮建国の神話的英雄檀君の「弘益人間」の思想に傾倒していた。(中略)わたしが「日本でも古代天皇制確立以前の古神道には、自然崇拝と祖先崇拝を中心とするいいものがあったかな」とつぶやくと、金芝河は「ぜひともそれを研究しなさい」とすすめた。
ところが試写会を見ると、金芝河との対談のあとに、重信房子の娘(重信メイ)が金芝河を訪問して対談してくる場面がでてくるのにおどろいた。金芝河が彼女を迎えると、「パレスチナで解放のためにたたかって、今日本で投獄されている重信房子さんの娘で、やはりパレスチナ育ちで今日本で暮らしているメイさんが、軍事政権時代の韓国で長く政治犯として投獄されていたわたしに会いにくるなんて、何か運命的な出会いだな」などと語った。それにしても、美人で、事情は分かっていてもあまり理屈を言わない重信メイは、映画全体の理屈っぽさをやわらげたいという、大浦監督の編集方針にはぴったりで、金芝河との対談のあと海をみつめるメイさんの姿で終わるのもうなずける。
(中略)
主役は金芝河と重信メイさんで、わたし自身はダシみたいなものだから、何も言うことはない。(後略)

Wikipedia“針生一郎”より抜粋
宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部卒業。東京大学大学院で美学を学ぶ。
大学院在学中、岡本太郎、花田清輝、安部公房らの「夜の会」に参加。1953年、軍国少年だったことへの反省から日本共産党に入党したが、1961年、60年安保闘争時の時の共産党の指導方針を批判して除名される。
反権威的な美術評論・文芸評論で活躍、日本藝術院批判の急先鋒でもあった。1970年の大阪万博に反対。第三世界にも目を向けた活動を行った。
多摩美術大学教授、和光大学教授、岡山県立大学大学院教授などを歴任。美術評論家連盟会長、原爆の図丸木美術館館長、金津創作の森館長なども務めた。
2010年5月26日、川崎市で急性心不全により逝去(享年84)。
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